笠原知美(もちろん出演者全員仮名です。41才)は、小柄で童顔のせいか、確かに若くは
見えた。
しかし、よりによって16才も年下の若宮クンとできてるなんて・・・
信じたくないという気持ちと、やられたという無念が、由紀子(40才)の中に
湧き上がってくる。
そもそもこの職場に入れてやったのはこの私で、私が若宮クンに交際申し込んだのは
知美さんも知っていたはず。
だって、知美さんは私の兄の嫁なんだから・・
私のほうが若いし(たった1才でもね)なんたって、私は独身なんだから、
若宮クンと交際する資格は私の方にあるはずなのに、私の申し込みを、若宮クンは
せせら笑って「鏡みてこいや。」って吐き捨てるように言ったのに・・
なんで知美さんならいいの?
知美さんは三人の子持ちで一番上は22才なんよ。知ってる?
こんな由紀子の呟きは無視されたように、二人は夜の街に消えていった。
自分が勤めるスーパーに兄嫁の由紀子を紹介したのは三ヶ月前だった。
裏方で惣菜を作る自分と、鮮魚の主任をしている若宮大樹は、もうずっと前から
知り合いだった。
ずっと、好意を寄せていた。年上ということの躊躇もあったが、独身同士という
それだけに賭けて告白したら、「鏡見ろ」と吐き捨てられたのだ。
それが、レジ係りとして採用された由紀子と、大樹はいつの間にか仲良くなって
週に何回かは飲みにいくようになっている。
実家に住む由紀子は、母の介護をしており、それをたまに知美の娘たちが手伝って
くれるが、知美が手伝ったことは一度もない。
それを不満に思ったことはないが、こうして自分の目の前を、知美と大樹が
仲良く手をつないで出てくのを見せ付けられると、由紀子の胸にもさざ波がたつ。
自転車を押して自宅に帰ると、知美の一番下の息子が「おばちゃん、ママは?」と
聞いてくる。
「さあ、知らんよ。」
ホントは知っているけど言えない・・そんな言葉を飲み込んで、小学生の甥に
自分用に買ったおやつを分け与えた。
「知美が最近、よく飲みにいくんよ。いいかげんにしとけ言うても聞きゃせん
しなぁ。」兄がそういって零したとき、つい口を開いてしまったのも、そんな出来事が
重なっていたからかもしれない。
兄と知美は、熱烈な恋愛結婚の「デキ婚」で、それまで不良娘に手を焼いていた
知美の親は渡りに船とばかりに、兄に知美を押し付け、いい格好しぃの兄も
妙な男気を出して、知美との結婚に邁進した。
そして23年。知美は子供を三人産んだものの、大人しく主婦に納まっているような
女ではなかった。
まず、同居の予定を覆して、隣の敷地に自分たちの家を建て、(もちろん父母の
資金で・・)
自分は専業主婦として自由を謳歌しはじめた。
子供たちのPTA活動にのめりこみ、男性役員や、先生との噂は片手ではきかない。
酒が好きというより、そういう雰囲気が好きなのか、ちよっと好意を持つと
すぐに自分から誘いかけ、飲みに行くと人目も憚らずしな垂れかかり、
小柄な体を利用するように、男の腕に抱かれたりするという噂は、由紀子の
耳にも入っていた。
そのころはまだ元気だった母は眉を顰めながらも「和正(兄の名)には聞かせたら
いかんでぇ。あの子が知ったら、おおごとじゃ。」
兄は10代のころ、友達との喧嘩でキレて刃物を振り回し、警察沙汰になった
ことがある。
一見、優しそうな茫洋とした風貌の中に「キレやすさ」を持っている兄を
母はいつも心配していた。
そして年月が流れ、父が亡くなり、母が倒れ、由紀子は嫁にいかないまま
今に至った。
子供たちも大きくなって、手があいたのと、二番目、三番目の教育資金の
確保という名目で、知美が仕事を探し出した頃、兄が
「あいつが自分で探してきたところなんて、心配やから、どこぞお前が
探してくれんか?」と、相談にきた。
由紀子はもう20年から、同じスーパーで働いている。一日たった4時間の
パート勤務とはいえ、これだけ長いと顔も効くだろうと兄は言うが、
性格からか、それとも頭の回りの悪さ故か、職場での由紀子の地位は低い。
どんなに誠実に仕事をしても、回りからは仕事を押し付けられ、休みを
相手に便利に変えられ、無料残業を押し付けられ、いいように扱われている
というのが現状だった。
それでも、たまたま、人の募集があって、知美に話すと乗り気になって、
彼女は採用された。
職場の人たちは、由紀子と知美が義姉妹と知ると「へー」と一様に驚くようだ。
由紀子の告白を聞いた兄の顔色は変わった。
思い当たることがあるのか、濃い眉がぴくぴく動いている。
こうなると、今夜は夫婦喧嘩が始まる。
案の定、その夜、三番目の甥が実家にやってきた。
「お父さんがお母さんを殴っちょる。」
またか・・と、思いつつ由紀子が兄の家に着くと、リビングには
壊れた皿や物が散乱し、足の踏み場もない有様になっている。
後ろ向きの知美の背中が大きく揺れて、あえぎながら振り向くと
「あんた、なんの恨みで告げ口なんかするんよ。自分がもてんのは
私のせいやない。あんたみたいなブスでノロマな女なんか誰も相手に
せんよっ。」
・・・・言われなれているとはいえ、同性の兄嫁からこうも直截に
言葉を投げつけられると、由紀子の胸はきりきりと痛む。
・・・私が悪いん?・・・私のせいなん?
しかし、由紀子にはこの言葉を知美に投げつけることができない。
そういう性格なのだ。
こんな夜が何ヶ月も続いて、口も利かず家庭内別居の兄は由紀子に
調査することを相談した。
しかし、兄のプライドが邪魔するのか、相談室にやってきたのは由紀子
一人だった。。。
続きます。(^^:)