梅雨のころ
2008年 06月 11日
こちらでは「菜種梅雨」という春先からの時期があり、そのまま「本梅雨」に入ってしまいますから、例年、かなり欝とおしい期間が長く続くことになります。
それは自然の流れですから、今更どうのこうのというわけではないのですが、困るのは、そういう時期が長く続くと、やはり精神のバランスが崩れ、否応なしに心の迷宮に滑り落ちる人たちが増えてくる・・ということなのです。
この仕事をしていて、よく判るのですが、人は誰でも、心の境目を綱渡りしているということですね。
時にその綱を踏み外したり、まっ逆さまに墜落したりすることはあっても、それが永遠に続くことは稀で、また綱渡りに戻っていたりすることが、ごく普通の人たちの「人生」であるということが、体感的に判ってきます。
ですから、多少のことがあっても、「今がそういう時期」と捉えることができますが、この時期は、その崩れが「雪崩」のように、連鎖的に起こることが多く、その対処におおわらわという一日もあります。
その、多くの時間は真夜中であることが多いのですが・・(苦笑)
中村洋子さんは、看護大学をおえ、国立病院で働いて14年。
押しも押されもしない中堅どころの、看護師さんです。そのキャリアと経歴は、院内でもトップクラス。おそらくは遠からずして「看護師長」になることは間違いないと誰もが思っています。
そんな洋子さんにも、人知れず悩みぬいていることがあります。
洋子さんの夫は、自営業とはいえ殆ど仕事のないタイル職人です。
もちろん収入は洋子さんの半分にも至りません。それでも、彼は家事も手伝い、それなりに幸せな暮らしでした。
その夫が浮気をしたことが発覚しました。(もちろんうちの調査で・・)
相手の女の自宅に週末婚の夫のように通い詰めていたことが判りました。
一時期は、洋子さんに離婚を迫っていた夫も、浮気がばれ、女の素性が明らかになるにつれ、少しづつ現実に目覚め、やり直す話し合いが持たれました。
そのとき、女は妊娠していると言い出し、直接女と話し合って、処置してもらうことを決めたのも、その費用を全額負担したのも、洋子さんでした。
これで「一件落着」・・の、はずだったのです。
ところが・・
この女・・沢口まゆかは、それから毎日、洋子さんに電話をかけてきます。
それも、何回も、何回も・・
決して、脅したりするわけではないのです。
「私の気持ちを、奥さんに判ってもらいたい。私が二次被害にあわないように、自分を守りたい」と、なんだか意味不明のことを延々と喋りつづけるのだそうです。
その他にも、自分には二回の結婚歴があり、最初の夫は「その筋の者」だし、二度目夫は、大金持ちで、今も自分は金には困っていないなどの話を続けるのだそうです。
最初は、夫を許し夫婦生活を修正する努力を続けていた洋子さんですが、連日の電話攻勢に、心身ともに疲れ果ててしまいました。
まゆかの話は留まるところを知らず、自分は余命幾許もない病に冒されているとか、彼が結婚しているとは知らなかった。自分は男がいないと生きていかれない人間だから今は新しい彼氏がいる…などと、支離滅裂。
いったい何が言いたいの??・・というような話ばかりです。
そして、最後には、私と逢ってくれと、洋子さんに迫るのです。
洋子さんは気味が悪くなりました。なぜ、まゆかが自分と会う必要があるのか?
逢って何を言いたいのか?
自分がまゆかと会いたいというならまだしも、向こうから逢いたいなどと言う気がしれないと、洋子さんは思います。
しかし、連日の、まゆか電話で、不眠が続いていたのでしょう。
イライラも募っていたのかもしれません。
夜勤明けの重たいからだを引き摺って自宅に帰りついた洋子さんは、手当たり次第に
キープしてある日本酒、ワイン、ウィスキーを煽り始めました。
そして、記憶が飛んだか、思考がショートしたかは知りませんが、私のところに呂律の回らぬ舌で電話を入れてきました。
こんなことでは何も解決はしないのです。
ただ、堂々巡りを繰り返すだけです。
でも、それでも、ボトルを手放せない洋子さん。
篠つく雨は今夜も降り続け、湿った空気が重たい夜が続きます。
こんな夜は、心の根っこから、少しづつ、少しづつ、腐っていくのかもしれません。
這い上がってくる湿気の、重たさに癖々しながら、今夜も電話口の洋子さんの
吐息を感じて、切れないままで受話器を握り締めている私です。
by sala729 | 2008-06-11 14:09

