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すっきりと鼻筋の通った小顔の眉根がぎゅっと寄せられて、神経質そうな細い指がカタカタとテーブルを叩いています。
中澤小夜子さん(44才・仮名)の二女のまなかさん(仮名・19才)が家出したのは一週間前です。夏休みを本当に目前にしたある朝、自転車で短大に向かったまま、彼女は帰ってきませんでした。

小夜子さんには心あたりがあります。
二ヶ月ほど前から、まなかさんの交際相手、下平直人(24才・仮名)のことで娘との仲は最悪でした。
突然、まなかさんが付き合っている人がいる。紹介したいと言い出したとき、小夜子さんは一蹴しました。
「何言ってるのよ。あなたはまだ学生でしょ。それに紹介ってどういう意味よ?」
10年前に夫を亡くして、女手ひとつで育てた娘二人です。
後ろ指を指されまい。甘やかしはしないと、毅然と育てたつもりでした。
もともと、融通が利かないと自分のことは自分でも判っています。
夫の死がその性格に輪をかけて、より窮屈にしたようでした。


「付き合っているから紹介したいって言ってるのに、なんでお母さんはそうなの?私が隠れて
コソコソしたほうがいいの?」
「そんなことは言ってないでしょ。あなたはまだ学生だし未成年だと言ってるのよ。」
「だから、お母さんに紹介して付き合いたいって言ってるんじゃない!。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まなかさんと小夜子さんの言い争いはエスカレートするばかです。
その日は収まらないままに、夜を迎え何日かたった深夜のこと・・・

遠くで車のブレーキ音を聞いた小夜子さんが寝床をでて、窓から外を窺うと、表の通りに停まった車からまなかさんが降りてきます。そして運転席のまどごしに誰かと話をしています。
小夜子さんの頭からすーっと血が抜けていくようでした。
目の前が真っ白になりました。
厳しく育て、躾に関して後ろ指さされないようにと、それを思い続けて育てたわが娘がこんな深夜に男に送られて、しかもまだベタベタと・・・・。

気付いたときにはもうその車の前にいました。
「こんなところでやめてちょうだい。」
「あ。お母さん、ちょうどよかった。下平直人君よ。」
まなかさんに悪びれた様子はありません。
「いやですよ。こんな夜中に、こんなところで。」
「じゃ、どこならいいのよ?いつならいいの?いつも、いつも世間体ばっかり。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・途中で同じように起きだした長女の提案で二人はともかく自宅に入りました。
座敷に座って改めて彼をみると、ライオンのたてがみのような金色の髪に、三個も四個もピアスをぶら下げた耳。ベージュの作業着には、赤や白のペンキがあちこちに付着しています。
そして、真っ黒に日焼けした顔とあごひげが、今流行りとでも言うように、小夜子さんを見つめ返します。
女所帯に、彼の存在は大きな脅威です。
小夜子さんは体が震えてくるのを止められませんでした。

かろうじてそこで聞いた事によれば
彼は父親と二人暮らし。仕事は看板やなのだそうです。
母は10数年前に、男を作って、有り金全部もちだし家出。その後、一度復縁したのだけれど
今度は祖母の金をもって、また別の男と逃げたと言います。
そして、今はまた別の男と暮らしているのだそうです。
彼は姉と二人姉弟で、姉は「札付きのワル」で、警察のお世話になりっぱなし。彼自身も少年院や鑑別所とも無縁でなかったと、自慢げ(小夜子さんいわく・・です)iに、語ります。

あまりの家庭環境に、小夜子さんの言葉はありません。それでも、力を振り絞って
「で、でもね、こんな時間まで遊びに連れまわしてもらったら困ります。」と、抗議すると

「なんでですか?オレらなんも悪いことしてませんよ。ホテル行ってるわけじゃないし、アオカン
してるわけでもないし。」
「・・・・・こ、こんな時間ですよ。常識にはずれてるでしょ?!」
「常識ってなんですか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・思いがけない反論に小夜子さんは詰まりました。
「世間ってことでしょ?」
「世間ってなんですか?」
小夜子さんは下平に遊ばれていると思いました。


「じょーしきなんて人それぞれでしょうが。オレは今から、ねーちゃん迎えに、○○警察署に行かんといかんのです。帰りますわ。ほな、さいなら。」

下平の人を馬鹿にしたようなもの言いは、小夜子さんを逆上させました。


その後は、まなかさんが何をどういおうと、一切交際は認めないの一点張りです。
そして、下平を呼びつけて、一方的に別れの宣言をしてしまいました。

その二日後です。
まなかさんが家を出たのは・・・・・・。


憔悴の小夜子さんとの距離を測りながら、調査はすすみました。
そして、下平との何度かの接触で、意外か事実が判りました。

下平の姉、みゆきは「男のような女」・・・・性同一性障害・・なのかどうかは定かではないのですが、ともかくみゆきには「彼女」がいます。もちろん女です。
そして、恐喝・暴行・事務所荒らしと、やることは荒事ばかりです。
警察でも有名人らしく、みゆきが逮捕されると「まぁた、あの男女、何やらかしんただぁ?」と
言われるほどなのだそうです。

このみゆきのことで、直人は何度もいやな思いをしています。
近所も親戚も、みゆきがこうなったのは、母のせいだと思っていますし、父や自分はそのことで
随分肩身の狭い思いもしてきました。
直人にとって母も姉も、「優しい女性」とは程遠かったようです。

家出調査には欠かせないスペシャルS氏が、直人に逢っていろいろ事情を聞きました。


直人は仕事帰りらしく頭に巻いたタオルを取ると、そのままそれで顔の汗を拭って、ぼそぼそと
話し始めました。
「まなかとは別れましたよ。まなかのオカンがあれでは、オレと付き合うことなんてできんでしょ?。続けたら、あいつがつらいだけやし。まなかのオカンには、どうやったったって判ってもらえるはずないし。」
「そらそーやけど、お前なぁ、初対面の人に、ねーちゃん警察に迎えに行くじゃの、前科があるじゃの言うたら、たいがいの人はひくぞ。」
こういう、いわゆる「おにーちゃん系」の男の子と話して本音を引き出すS氏の技は、ホレボレするばかりです。

「そやけど、あとから判ったほうがつらいがな。それに嘘言うのもいややし。いままでねーちゃんのことで何回も、女とはダメになってるから、もう慣れとるけど、それでもやっぱり本気になる前に言うとったほうがいいかなって・・・」
「・・・・そうか・・・」


聞いてみると、小夜子さんの言い分ばかりの子ではないようです。
家庭環境は、決してよくはありませんが、これは直人のせいではありません。

しかも、あと三日もしたら、そのねーちゃんは「彼女」を連れて、実家に引越してくると言うのです。その手伝いに、今から行かんといかんと言って、直人は汚れたパンツをパタパタとはたいて
立ち上がりました。
ちょっと「ワルっぽい」その仕草と外見が、ちょっとだけ、素直に見えたのは気のせいではないでしょう。


この直人のことをそのまま小夜子さんに話して、受け入れられるかどうかは不明です。
でも、自分と違う世界で生きている人もいることを、彼女も知らない年ではないはずです。
それでも受け入れられない母と、その母の思惑の外を彷徨う娘と・・・
この二人の邂逅は、いつになるのでしょうか・・・・。
まだまだ、調査は続きそうです。。。。

by sala729 | 2007-07-30 20:16

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