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最近、何をみても怒りっぽく、なんだか疑ってかかるのは歳のせいでしょうかと
思っていると、家人は、ブルンブルンと首がもげるほどに横に振り続け「いーえ。
ずーーっと前からですっ!」と、断言するのです。


私はそんなことはないとは思うのですが、重ね行く年輪のせいにするのも
これまた責任転嫁みたいなので、ここは「生来の剣呑な性格なので」と、言うことに
しておきます。


ですから、あえて今からここで書くことについては、多々ご非難も、ご異議も
ございましょうけれど、この「剣呑オババのたわごと」と、醒めた心持で
お読みくだされば、たぶん腹も立つことはございませんでしょうかと・・・
自分のことはさておき、皆様にお願いするところでございます。




と、前置きは長くなりましたが、日曜日に朝から流れっぱなしの政局談義放送を
見ていると、なにやらこんな日本にいることがいやになる次第ではありますが
ネットでも、土曜日の「原発廃止デモ」のことで、花が咲いておりました。

事の善し悪しは別にして、家人はこうつぶやくのです。
「この人たちの言わんとするところに、少しは共感するけど、こんなことする
時間と労力があるなら、まず被災地ボランティアで瓦礫のひとつでも片付けたら
どーやろ。」

なるほどね。それも一理あると私は思いました。



いまこの時に、原発推進なんてこと言う人は、まずいないかとは思いますが
廃止。廃止と叫び続けて、本当にすべての原発が今この時に停まったら・・
私は困ります。



私は、かつて浜岡原発に見学に行ったことがあります。
確かに、今考えれば、チャチな建物でその当時でも、かなり老朽化はして
いました。
でも、そこに働く人たちの、誠意と情熱は十分に感じられる説明を聞いて
まるごととは言えないまでも、納得はしたのです。
事故対応もお聞きしました。今となれば、虚しくなるばかりですが、彼らの
仕事姿勢には敬意を表したいと思いました。



今年の夏は、日本全国で15パーセントの電力カットだそうです。
オフィスは照明を落とし、製造業は就業日や時間をずらし、鉄道は間引きし
エアコンは28℃を守るのだそうですね。

結構なことですが、それで日本の産業は守れるのでしょうか?
去年のように、老人たちが、熱中症でパタパタ倒れたりはしないのでしょうか?

今は農業にしても、漁業にしても、どんな産業にしても、電気の力を借りてない
ものはありません。こんなことは小学生でも知っています。



今、日本経済がこんな落ち込み路線に嵌っている時に、生産量を減らして、
日本経済はどこに立ち直りの策を見出せばよいのでしょうか?

復興支援は、何よりも最優先されるべきで、今も明日の暮らしのたたない人たちが
たくさんいる現実は、ニュースで毎日のように知らされています。
その人たちを一刻も早く救うためには、現実的に考えて「政府支援。資金援助」が
急務です。
その原資を作るためにも、日本経済の一刻も早い建て直しが必要なのではありませんか?

原発廃止ストに参加した人たちには、大顰蹙を買うのを承知であえて申しますが
経済の基盤を立て直して、今ここにいる人たちをまず救ってこそ、将来の設計が
あるのではないかと私は考えるのです。


原発が危険なことはよく判りました。
日本の誰もが骨身に沁みたことでしょう。でも、今その原発を全部止めてしまったら
今、手を差し伸べている被災者の手の何本か、何百本か、いやもっとそれ以上が
掴めない経済状況になるのではないでしょうか?


福島の原発の一番の原因は、その建屋の老朽化にあると言います。
それならば、まず既存の原発の建屋の再検討を施し、危険を出来うる限り
最小限にする「対処療法」を用いて、その稼動の間に一刻も早く、次のエネルギー
資源の実用化を果たすべきではないでしょうか。

新しいエネルギーの開発にとて、想像もつかない資金がかかることでしょう。
その資金も、今の原発を対処療法で使うことで、一日でも、一時間でも早く実現
するのではありませんか?


子供さんが心配な母の気持ちはよく判ります。
ガイガーカウンターを、レンタルしていお母さんが多いとも聞きました。
それで、幼稚園や公園を検針しているそうですね。

それで次はどうするのでしょう?
幼稚園に抗議する? 監督官庁に抗議する?
そんなに心配なら、子供を外に出さないことです。それでも心配なら、親子で
外国へ逃げることです。

基準値という数字だけで、切り分けていくこともありなら、親子の運命を
共にすることを決めることもありではないでしょうか。





子供は守らなければならないものですが、日本の国に生まれた以上は、「日本の
子」です。生まれてくる場所も親も選ぶことはできません。これは運命です。
その運命の中で、人は最善を尽くして、子供を産み育てるのだと私は思っています。
太平洋戦争のさなかで生まれたた子。バブルの時代に生まれた子。そして
今のこの時代に生まれた子。それは抗いきれない運命ではないですか?


お茶にせよ、野菜にせよ、牛乳にせよ、基準値超えた超えないと大騒ぎしていますが
その一部のものだけ食べなければいいだけで、隣の隣の田んぼでは、基準値超えてない
というなら、私は食べます。
でも、子供にはそのもっと先にものを食べさせますね。
これが、生きていくということであり、その中でも親の選択ではないかと思うのです。

とても乱暴な言い方で、申し訳ないのですが、その選択が結果間違いであったとしても
親としての、自分なりの深謀遠慮の結果であれば、その罪も甘んじて受けようと
私は思います。
もっとも、私はもう子育てを終えた、退役主婦ですからこんなことが言えると、
お叱りを受けるかもしれませんが、退役だからこそ言えるのです。


今、現実的に一番に為すべきことは何か・・・政治家に限らず、日本国民として、まずは
これから考えていくべきではないでしょうか。

・・・・・・「剣呑オババ」の独り言として、どうぞ聞き流してください。(謝)

by sala729 | 2011-06-13 14:22

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