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今年は、私にも、世の中的にもいろいろなことが、立て続けにあって、気が付いたら
もう、今日は、すっかり「夏日」のような陽気です。

街ゆく人たちも、半袖あり、ノースリーブありと、夏の花がいっせいに咲き乱れたような
華々しさです。
こんな風景を目の当たりにすると、なかなかはかどらない争点の帰結が、陽射しに溶けて
いくようです。
私は、私の出来うる限りのことをする。これしかないことは、当初から判っていたことで
これを、相手方にどう理解してもらえるか。私の本心を本心として受け止めてもらえるか。
それしかないのです。



さて、今日は「「母の日」です。

昨日、娘から写メが送られてきて、コメントに「母親になって、一番嬉しい瞬間かも」と
ありましたので、大体の察しはつきます。

写メには、満面の笑顔で「お母さんありがとう。○○より」と書かれた画用紙を持った
ちびギャングが。
絵画用紙のママの顔も、なかなか見事に描かれてありました。

もちろん、幼稚園の製作図画のひとつなので、顔はまあるく、輪郭は最初から描いて
あります。
それに、目鼻をつけ、髪を加えて(なぜか前髪総立ちで右に流れている。しかも、
まさかの赤髪。笑)


ま、なにしろ、我が家の誰に似たのか、人一倍の「感激屋」の娘ですから、それを
みて、ウルウルとしながら、私に送ってきたことは、容易に想像がつきます。

「これ、待ち受け画面にする」と、第二信が・・・
「はい。はい。なんでもして。」と、私。

判りますよ。母親の気持ちとはそんなものですよ。たぶん・・・そーだったかな。
そんな気がする・・・・そうだったかも・・・



それを見ていた、家人がぽつりと「ねぇ。これお母さんのいない子はどうするの?」と
聞いてくるのです。
うーん。どうだったかなぁ・・・
たぶん、お母さん代わりの、おばあちゃんやお父さんにあてて「感謝」の絵を描くん
じゃなかったかしら??


「あのさ、俺んち、小さい頃は母親と別れて、じいちゃん、ばあちゃんに育てられてた
じゃない。そしたら、一年生のときの運動会で、母親と一緒に徒競争というのがあった
のよ。で、母親はいないし、ばーちゃんは走れるわけないし、どーしょうって思って
たら、先生が呼んでくれて、行ったら、1年上の近所のお兄ちゃんとこのお母さんが
ニコニコ笑って、待っててくれたのよ。それで、そのお母さんが手をつないで、走って
くれて、子供心にも、ほっとしたんだけど、今でも、そんなことしてくれるのかな?」
と、素朴な疑問を口にします。


現代事情はよく判りませんが、うちの子たちが幼い頃は、その近所のお母さんの役目は
先生がしていたような気がします。
そして、お父さんの出番のとき、お父さんがいなかったり、来られてないお子達には
役員のパパが、代わっていました。
(私は、いつも役員やってましたから、亡夫は、八面六臂の活躍で、一躍、S(息子
の名)のお父さん。R(娘の名)のお父さんと、子供達の間で有名になり、本人も
ちよっぴり、それを嬉しがっている風ではありました。(もちろん、天邪鬼ですから
表立っては言いませんが、お風呂にニヤニヤしていたのですから、間違いありません。
笑)



その話をすると、家人は俄然張り切って
「判った。じゃ、ちびギャングのときは、オレがその代理父やるっ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、あなた、
あなた「パパ」じゃないし・・厳密に言えば「ヂヂ」だし(笑)

ちびギャングの代理パパして、他の子供たちの代理父もするってこと??


「もちろん。世の中にしていただいたことは、世の中にお返ししないとね。」

・・・・・・・・・・・・・・・・うーん。それはちょっと違うような気もする
のですが、それでもまぁ、もしも、そんなシーンに遭遇したら、これだけ
やる気見せてるんですから、案外すんなり、代理パパやれるかもね。・・・などと
思ったりする、母の日の会話でした。

by sala729 | 2011-05-08 17:48

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