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前回で毒を吐きまくり、まだそれでも足りないか・・・と、突っ込まれそうなのを覚悟で、今日もちょっとだけ・・(笑)

これ、ずっと思っていたんですけれど、先月、wowowで、現役最高齢監督、新藤兼人さんの特集があったのを、ごらんになりましたか?
と、言っても、みなさん私よりはずっとお若いので、よほどの映画マニアでないと見られないのかもしれませんが、私にしてもずっと上の時代の作品ですけどね。、いいえ。ホントですってば・・(むきになって否定しているが怪しい)
ホントですって。毎日一本。一週間続きました。その中には、私が生まれる前のものもありますし、そのとき見ていたとしても、幼すぎてその本当の意味の深さは全く判らなかったとは思います。

その、一番最初の作品に「狼」というのがありました。
手荒にストーリーを広げるならこうなります。

戦争が終わって、町も人も疲弊して荒廃したまま。そんな中で生きていくためにみなが必死の時代でした。そんな中で、ある生命保険会社の外務員の募集がありました。
10人以上の応募があってそのすべてが採用になります。
もともと、生命保険の外務員は、戦争未亡人のための救済目的から始まったというのは、一般知識で知っていましたから、そういうものかと・・・。
ただ、この募集にも採用にも、半分は男性が混じっています。
復員兵だったり、徴用もされなかった高齢者だったり、失業者であることは変わりありません。

しかし、採用されたものの、仕事は簡単ではありません。
なにしろ、町も人も、日々の暮らしのなりたちさえままならない頃です。
死後のための保険を・・・と、市井の人たちに言って理解してもらえるものではありません。

保険会社の上司は、最初は優しく理解あるげに言うのですが、いつしかそれが「ノルマ達成」に
絞られてきます。
達成できないのなら、親戚縁者にも回れと、最初は言外に、そして露骨に迫ります。
今、考えてみれば当たり前のシチェーションですが、当時の日本人の意識では、これはとてもきつかったのだろうと思います。

やがて、一人やめ二人やめて・・・
五人の男女が残ります。

兎唇の息子に手術をさせてやりたい若い母親。手術費用の二万円が貯まらないのです。小学生と思われる息子は、母が帰るまで暗くて狭い長屋で、母のであろう内職を手伝っています。といっても、母の留守には彼が造花を作っているのです。

もう一人の女性は二人の女の子を抱えた戦争未亡人です。
間借りしている部屋の、家賃も光熱費も払えてなく、とうとう電気を止められてしまいます。
母子三人は、その部屋でろうそくを灯して暮しているのです。

その上品に顔立ちのお母さんは、余談ながら、今をときめく俳優、香川照之氏の祖母、高杉早苗さんがやっていました。
はじめの若い母親は、新藤作品、お約束の乙羽信子さんです。

男性の一人は、ダンサーだった女性と駆け落ちしたという今は冴えないおじさんです。
でも、子沢山の彼は、彼なりに妻も子も愛しており、彼らになんとか幸せな日々を与えたいと思っているのです。

もう一人の男性は、少し知的にも見えますが、家では生活力のある妻に、邪魔にされています。
男としての居場所がない・・・と、いうかんじですが、妻のほうから離婚を迫られます。しかも
慰謝料つきで。彼に落ち度はありませんが、男としてその慰謝料を作って、離婚したいと彼は思いつめたようです。

最後の一人は、年配の元脚本家。
映画会社をクビになったところに、嫁いだ娘の夫も勤務先の鉄工所が倒産。娘一家が孫も連れてころがり込んできます。
でも、義父の家も決して楽ではないことを知った、娘婿は、あてもないのに友を頼って九州に行こうとするのです。その婿を押しとどめて彼はいいます。
「行かないでくれ。飯が食えなくなってもみんな一緒でいよう。」



こんな中で追い詰められた五人は、とうとう郵便車を襲って現金書留を奪う計画を思いつき、実行してしまいます。
もともと、善良な小市民の彼らです。郵便車の運転手に目隠しして、トランクに入れたものの、解放するときは、その場所の地名も教え、電車代まで渡しているのです。
(今では、とても考えられませんけどね)


それでも、当然そんなザル計画は露見してしまいます。
そんな彼らを新聞は「狼」と書きたてるのです。



とても、社会性のある映画で、突っ込みどころも満載です。
ある意味、戦後の現代社会のわかり易い教科書になるかもしれません。


で・・・その中で私が一番心に残ったシーンというのがですねぇ

生命保険会社に応募した、老若男女がですね。その場ですぐ採用が決まり、お昼の食事をだされるシーンがあるのです。
「おちゅうじきをご用意しています」
・・・・おちゅうじき・・・あえて、ひらがなで書きましたが、厭味な採用係りの男が笑顔でそういって彼らを誘うのです。
・・・・・・・・・・・・・・・ほんとに、こんな言葉、小津安二郎監督の映画でしか聞いたことないですよ。私は、とても奥ゆかしい、きれいな日本語とは思いますけどね。


で、彼らが恐る恐る、小会議室に入ると、長机をコの字にして、その上に、数だけのどんぶりが並べられています。卵どんぶりです。

みなが着席して、厭味な採用係りが「どうぞ、召し上がってください。」と、何度もすすめるのですが、誰も手をつけようとはしません。
そして、上司になる支店長、課長の挨拶が続きねこれがまた長いのです。
挨拶してるほうも、その長さを自覚しているのか、話の途中で何度も、何度も、さあどうぞ召し上がって・・と、いうのですが、それでも誰も手をつけません。
お互いに、周りを気遣って、手をだそうとするのですが、それでも誰もどんぶりの蓋を取ろうとはしないのです。



・・・・・・・・・・・・・・こんなシーンって、私にはかすかな記憶があります。
私たちの両親の世代はたしかに、こんな風でした。
あんまり、およばれに行くなんてことはありませんでしたが、ほんとにたまーーに、そんな機会があっても、親たちは決して、われ先に、ましてや人が話をしているときに、ものを食べたり、飲んだりしたりすることはありませんでした。
時に、無礼な呑んだくれおじさんはいましたけれども、普通の常識ある大人はみんなそうでした。

遠慮がちに、そろそろと箸を取って、もちろん、私たち子供も親より先に、箸を取ることは許されませんでした。
手土産は、必ず置いてくるもので「おもたせ」なんてことは、上流階級の所作だと思っていました。


今考えれば、確かに不合理なこともあります。
温かいものは、温かいうちに食べたほうが、美味しいですし、作ったり、出したりした方もそのほうが喜ぶかもしれません。
長話の相手も、途中で食べてくれたほうが、遠慮せずにさらに長話を続けられると思ったかもしれません。
持参したお土産は、もって行った人も食べるのが、フレンドリーでしょう。



でも、でも、今になってこういうシーンが心に残るのはなぜなんでしょう?
こんなシーンが美しく、心に映るのは、どうしてなんでしょう?


一回目のこの映画が印象的で、毎日録画しては見続けました。
どのテーマも暗いです。重いです。
でも、見ないではいられない、何かがあります。
それは、私がいまこの年だから判ることなのか、それとも誰が見ても響くものは響くのか・・・

wowowのいいところは、それはうざったいところでもあるのですが(笑)
何度も、何度も、しつこく再放送するところです。
この作品群も、今月に入って、もう再放送が始まっています。
お時間と、興味があれば、一度見てみてください。
私は、この一週間で、新藤監督と、乙羽信子さんの大ファンになりました。
濃密な一週間をありがとうございました。

by sala729 | 2010-04-08 10:51

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