年末年始は、映画に明け暮れました。

「レッドリターンズ」にはじまり、蠢動、武士の献立、ダイナソー、永遠の0、ジャッジ・・・

もちろんwowowでも見ましたよ。
トラとすごした・・・とか、レ・ミゼラブル、そのときの侍、大奥綱吉編、
私は、映画は「劇場派」なのですが、それでも見逃したり、もう一度見てもいいかなと
思ったものは、テレビでも見ます。

映画に関しては、全作とはいいませんが、yahooの映画案内に自分の見た作品の
評価は記しています。
自分もあれを見て、映画に行くかどうか決めますので、自分的には、いつも
「まじめ」に書いているつもりです。


なんで今こんなことを書いているのか自分でもよく判らないのですが、今年二回目の
ブログは、まぁこんなところで・・(^^)/
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# by sala729 | 2014-01-17 16:10 | Comments(0)

明けましておめでとうございます。

今日に至って、あけましてもないと笑われるかもしれませんが
なにしろ旧型人類なので、年の初めのご挨拶は、これから入らないと
なんとも、座りが悪い(笑)

本年もどうぞよろしくお願いします。


今年の私は「年女」です。え?何回目かって?
それは・・・もう何回目でもいいじゃないですか。それぞれ
皆様の思う回数と、私の願う回数で(笑)


私は午年の獅子座という「意地と見栄」を、両手に抱えているような
運勢に生まれております。

そして、今んところ、そのままの道を突き進んでいるような気がします。


今朝は、やしきたかじんさんの訃報を聞き、昨夜はテレビの健康志向
番組を見ていて思いますが、人の死は誰にも、ある種平等に訪れます。
遣り残さずに死にたいなんて、それは無理です。
人間は死を自由にはできません。人は自分で思うようには死ねないのです。


この私の諦観をあざ笑うかのように、医学は発達を続け、手術や遺伝子操作、
細胞変種、機械や機種の向上と、どんどん神の領域に踏み込もうとしています。
この努力があるからこそ、医学の向上という誉はあるのでしょうが、
私の意識はこことは違うところで、この医学の発達を見つめています。

上手く表現できないので、お読みいただいた方の中には、不快感を
持たれたり、嫌悪感を抱かれたりすることもあるかもしれませんが、
できる限り、正直に自分の死生観を言葉にするなら
「神には逆らうな」と言うことでしょうか。

私は個別にどの宗教に染まっているわけではありません。
むしろ「無神仰人間」というほうが当たっているでしょう。
親もそうでしたから、無宗派としては筋金入りです(笑)

でも、そんな私でも、初詣には神仏にお参りもしますし、もちろんお賽銭も
供します。
おみくじや運勢も引いてみますし、苦しいときの神頼みもします(笑)


その私が、思うのです。
いろんな技術を駆使して、卵子と精子を操って、全く別の母体に受精
させたり、末期の患者を全身管通して苦痛の中だけで生きながらえさせたり
また、患者自身がそれを望んだりと・・・・それは神の領域に土足で
踏み込んでいるようなことではないかと。


もちろん、個々にそうしなければならない理由はあるでしょうし、
それまでも否定するつもりはありませんが、私が私らしく生きて
死にたいと願ったとき、それは叶うのかと、ちよっと心配になってきました。


でも、その時はもう自分では何もできないのだからそれでも仕方ないと
割り切ることはできるのですが、唯一の望みは、痛みと苦しみからは
できる限り早く開放して欲しいということです。
たとえそのために、死期が早まろうともです。
どれくらい?・・・と尋ねられたら「うーん。半分くらい」と、答えて
おきましょう。

もう、どんどんと死が近づいてきます。
身近な人間を次々と亡くした今は、死が怖くなくなっているような気がします。
向こうに行けば、逢える人たちが増えました。
もちろん、逢いたくない人もいますけどね(笑)

年賀状にプリントされた、知人のお子達もみんな大きくなりました。
この子たちの将来に、もう責任は持てないけれど、田舎の片隅で秘かに
応援するくらいはできます。

こんな世の中にした責任の一端を詫びながら、キミらの覇気のなさを
嘆きながら、私の一年はまたこうして明けていくのです。
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# by sala729 | 2014-01-08 12:17 | Comments(0)

今年も残り少なくなってまいりました。

正直、年とともに体力的な衰えは感じております。二夜続けての
夜更かしや徹夜が辛くなったとか、走ったり跳んだりは、もともと嫌いでは
ありましたが、最近は嫌いというより、出来なくなったというほうが正しい
くらいの有様です。
そしてよく、ものに躓きます。何もないところにです。しかも、それを
堪えきれない。つっ・・と、前なら躓いてもなんとか踏ん張れたのに、
それが出来ずにパタン。

しかも、物を手にしていたらとっさにそれを放り出して体を支える・・
そんな簡単なことができなくなっています。
鼻っ柱を床に当てて、「あら、私って鼻、高かったんだ・・」なんて
余裕は・・・ありません。あ、いたた・・・。。。


それに反するように、口舌のほうは、滑らかになる一方で、将来はどんな
嫌われ者ババァになるかが楽しみです(^^)
年を経て、一番よかったなと思うのは「言えることの範囲が毎年広がって
くる」ということです。
青二才や、生意気小僧を前に「何言ってるのよ。10年早いっ!」と、一喝
できるのも、この年ならばこそ。


そう考えると、出来なくなることも、出来る事もあって、プラスマイナスは
上手くできているということでしょうか。


私とて、世間の皆様程度には、自分の老後というものは考えております。
(いやいや、世間並みなんてことは絶対ないっ!と、家族は口を揃えて
言いますが・・)

それはともあれ、自分の最期は自分では決められないのです。
これは、世界中のどなたさまも同じです。
死は与えられたときに受け止めるしかない・・・と、思っています。
当然心残りもありましょう。
でも、それでも仕方がない。心残りのない死などあり得ないのです。

私の死生観はここから出発しています。

私は自分の死後をあれこれ家族に言い残していますし、書き残してもいます。
家族がそれを実行するかしないかは、判りませんし、確かめられないので
自分で残しておくという行為だけで満足です。
できないことをとやかく思い悩むことは不毛です。

この年まで生きてくると、自分の出来る事の限界がうすうすですが見えてきます。
これも年を取るという行為の、有意義な点の一つですね。
それが見えてくるから、言い残したり、書き残したりできるのです。

あとは、「おまけ」の時間ですから、楽しくゆったりと時間を過ごしたいものです。
自分のしたことや、好きなことに囲まれて・・・と、ここまで綴っていると
ブログを横からひょいと覗いた家人が・・・

「別に、今更何言ってるのよ。これまでだって、ずーーーっと、好きに
過ごしてきたじゃん。これ以上、どーしたいの?」


・・・・・・・・・・・・・・・・むっ・・むむ・・
人が折角年の瀬に、ちょっと気の効いた「歳時記」書こうかとしてたのに、
なによ!この無作法な割り込み。


私達の次の年も、どうやら今年と同じように明けるみたいです。(笑)
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# by sala729 | 2013-12-26 12:15 | Comments(0)

「血は水よりも濃し」とは、誰の言葉かは知りませんが、まぁよくもこんな
「いいかげん」なことを・・・と、私は思っています。


もうすぐ、婚外子の相続格差が解消され嫡出子と婚外子との間の遺産相続分の
格差がなくなるようです。
仕事柄こういうニュースには耳目を立てずにはおれませんが、私はこの
法律の制定には疑問・・というより反対しています。



確かに、父と母の関係と子供の境遇を、子供自身はどうすることもできません。
でも、それを言うなら貧富の差だって、生まれながらの環境の差だって、子供
自身にはどうすることもできないではありませんか?


どんな綺麗事を言っても、どんな世界にでも「格差」はあるのです。
格差のない社会なんて、この世である以上「ない」なんて処はひとつも
ありません。
でも、それを受け止めて乗り越えて、乗り越えられない人もいて、更に
進んで・・・転がって・・そういう人たちが生まれて、生きて、死ぬのが
この世の中というものではありませんか?


男と女が出会い、結ばれ、神の前で、血縁や友人の前で互いの愛と誠実を
誓い、子をなし・・・その過程で男は結ばれた女以外の女を求めて、子をなし・・
結ばれた女は、自分の家庭と子を守り、忍耐や諦観を友達に家庭生活を守り
通してきた結果が、亡くなった夫の財産を、「その女の子」に、「自分の子
と同等」に分け与えなくてはならない屈辱と怒りを、法の制定者には判らない
のでしょうね。
(だって、彼らは、お・と・こ・ですもの。)


私は夫を亡くした女ですから、もし亡夫がそうであったとしたらという想像は
できます。
・・・・もちろん、嫌です。

子供に罪がないことは判っています。夫の責任であることも判っています。
でも、夫の責任は夫が取るべきで、夫亡き後の妻やその家族に皺寄せがくるもの
ではないのではないですか?
夫が亡くなったという衝撃の大きさにだけでも、耐えかねているのに、
他に女がいて、子がいて、しかもその子に自分の子と同じ資格を与えなければ
ならないという理不尽。
これを理不尽と言わず、なんと言いましょう。

こんなことが許されるなら、日本の婚姻制度は瓦解します。
というより、必要ないでしょう。
何にも守られず、縛られるだけの制度なんて、なんの値打ちがあるでしょう。

「明治時代から続く婚外子への差別の是正」と、裁判所は言いますが、その
もともとは、婚姻制度に背いて、別の女との間に子をなしたことにあるわけで
死後、その責任を残された妻子にあてがうなんて許されません。
婚外子の母も、その立場は十分に判っていたはずで、知らなかったというのなら
それは自分の不明を恥じるだけでしょう。


女たちよ立ち上がれ!
もともと「死後認知」などという妻の目を欺いたような制度があることすら
男達の甘えとしか思えないのに、その上の今回の民法の改正。


私は、夫亡き後、一度死んで生まれ変わりましたので、今はそういう
制度や、しきたりとは無縁の暮らしをしておりますが(もちろん、自分勝手に
です。笑)このニュースを見たときには、私の多くの友人(健全な夫婦生活を
営んでおります)の、静かな怒りを感じました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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# by sala729 | 2013-12-05 11:20 | Comments(2)

今年も、もう12月に入りました。
本当に、月日は年を経るが毎に「光陰矢のごとし」という言葉を実感する
ように速度を増していくようです。


なんて、したり顔で言いつつも、現実の中ではいろいろな事に巻き込まれたりして
右往左往しているのも、私なのですよ(笑)



先日の夜遅くの相談電話に、いや~な予感を抱きつつ、相手の中尾さん(52才)の
指定した喫茶店に辿りついた途端、私はそのまま引き返したくなりました(泣)

だいたい場所からして、公営ギャンブルの雄「競輪場」の裏手。
喫茶店の名前は「まくり」・・・・はぁぁぁ~~



私は人間界で何が嫌いといって、ギャンブルほど嫌いなものはありません。
子供時代のトラウマと家族は言いますが、もちろんそれもあるでしょうが
現在の私の中には「ギャンブル免疫拒否症候群」とでも名づけたい位の
アレルゲンが育っています。

仕事柄、それが三度のメシよりも・・という方には何度もお逢いしていますが
それは仕事と割り切っているからできる芸当です。

・・・・・正直、ギャンブルにのめり込む人は「人間として生きる資格が
ない」とさえ言い切れます。



そんな私がなんの因果か(もちろん仕事故ですが・・)こんなところに、
しかもこんなところを指定するくらいですから、かの中尾さんも、きっと
そういうご趣味なんだろうなと思うと、心は落ち込むばかりです。

そうして辿りついた「まくり」
午前10時がすぐというのに、外から見れば灯りが付いているかいないか
判らないくらいの外ガラスの曇り。
外観見ただけで、中が想像できそうな、どんよりと汚れた外壁とドア。
触りたくないけれど、押さないと開かないドアノブを指先で押すのは、却って
力が入ります。


薄暗い店内を見回して、めまいがしそうでした・・・・・

案外広い店内にある12~3個のガラステーブルは「いつ拭いた?」と
突っ込みたくなるような汚れ加減。
そして椅子の殆どは、布が破れスプリングが飛び出しています。
全体にくらーい室内に流れているのは、テレビに映った競輪中継。

どこに座ろうか・・・・見回してもテーブルに面した椅子で無傷の
ものは・・・ない。
ないって・・ないって・・・ど、どーしょう????

仕方なく、比較的傷の浅い椅子のへりにちょんとお尻を落として、
手にしたバッグをどこへ置こうかと・・・
すると、マスターらしい大柄の男性がお冷をもってどん。

「ほ、ホットを。」
マスターの指の跡がついたウォータカップが目の前に。



もう、面談どころではありません。
私は一刻も早くここから出たい・・・・
油と埃にテカテカと光った床は、元の色が何色かすでに想像もつきません。

そして覆いかぶさるような全体に暗くておもーーーい空気。

長い一分がすぎようとした頃、中尾さんが見えました。
しかも、彼・・・なんともまぁ、この店に見事に溶け込んでいます・・・

自己紹介も気もそぞろ・・・
そして運ばれてきたコーヒーがふたつ。
お約束のように、真っ黒に爪をしたマスターの太っとい親指がカップの
内側でコーヒーの中に沈んでいます。

そのコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れてかき回して、ずずっと
すすりこむ中尾さん・・・・


いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~


もう、これは十分「怪奇」・・・・ホラーです。




叫びだしたい自分を、職業倫理がようやく抑えて「判りました。でも
そうなると調査は難しいですね。申し訳ありませんが・・」

「いや、前のところでもそう言われたんよ。でも、隣の女とおばが、うちの
家をじっと見てるのは間違いないんよ。」

「でも、そういう証明はとても難しいです。」
「それはお金がかかるということ?」
「それもあります。」
「ボク、今、無職やしな・・」
「そうですね。また、何かの折に・・・」
もう二度と会いたくないと言わなかったのは、私の職業意識です(笑)

ボクが払いますと言った言葉をそのまま有難く頂戴して、息を止めて
店を出た私は、外の空気を美味しいと心から思いましたね。

5分ほど歩いて、潮風の届くあたりまでくると、バッグを足元において
本当に久しぶり深い、ふかーーい深呼吸を繰り返して、こんな体を張った
面談はいつ以来かと思い返していました。

たしかに、死ぬほどの強烈な匂いと黴に覆われたような場所ではありましたが、
10年ほど前までは、そういうところでの面談、ちっとも珍しくなかったはず。
自分の誕生日に、現場帰りの作業員さんと狭いスペースで隣り合わせてその
強烈な体臭にヨロヨロと帰りの電車に乗り込み、我慢しきれず下車まで嘔吐を
繰り返したこともありました。
さんざんな誕生日に、自宅に帰り着いて家族に当り散らしたものでした(笑)

ネズミの屍骸の隣で面談したこともありました。

ゴキブリなんて、仕事と思えば声も出さずに耐えられました。


そんなこんなを思えば、最近は軟弱にすぎたのかもしれません。
口だけが激烈になって、行動は守りに入っていたのかもしれません。。。


とは思うものの・・・・や、やっぱり体は正直です。(^^:)
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# by sala729 | 2013-12-03 12:27 | Comments(0)

先週までは、厨子のストーカー殺人に、探偵が絡んでと毎日のように
ニュースが流れて、業界の末端に身を置くものとして、心が痛んだり、
憂いたりの時間をすごしていましたが、ここでブログを開いて、もう10年
近くになります。
いまここで、私がこの問題に触れなかったら、これは「逃げ」ですから
避けて通ることはできないかなと・・・とは思いました。


私は皆様ご存知のように、血も涙もない「冷血な女」ですから、
なるだけ冷静に、静かに(うーん、これはちょっと無理かもしれません。
過去に何度も、口害で失敗してきました・・笑)お話したいと思います。


そもそも、あの事件で、警察が被害者女性の新しい住所を、犯人にぽろりと
零したことが、発端であることは確かなのです。
いえ、これは言い訳でもなんでもありませんが、氏名だけで、日本の
どこにいるか判らない人を探すことは出来ません。

ある程度のその他の資料と情報を得なければ、不可能なのです。
私達は、その「ある程度」を、依頼者さんから見つけるために
お逢いして、お話をお聞きしているのです。

あの、調査会社のHPを開いてみると判りますが、あの会社はメール相談だけで
仕事を受けます。
これは、こちら側にとっても、とても怖いことで、特に昨今のこんなストーカー
事件流行のときに、そんな形で依頼を受けることができる神経が、私には理解
できません。

深刻に、悩みぬいている方は、そんな形での依頼は決してしません。
そして、テレビや物語の中の探偵は決してしませんが、依頼者さんにからは
得た情報を、決して不正には使わないという書類をいただきます。
これは、双方の誠意の形としてのあり方です。

私達、相談員は伊達にいるのではありません。お逢いして、その方の真意や、大切に
しておきたいものが何であるか、それを探り、確認している最前線の人間で
あると私は自負しております。


業界の末端の私などが、声高に言うことではありませんが、こういう一部の
しかも、正規でない方法の手法が、全体に紗をかけ、誤解を生じさせ、
本当に困っている方達に、二の足を踏ませているならば、とても残念なことだと
心から思います。
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# by sala729 | 2013-11-20 12:03 | Comments(0)

夕闇の迫る商店街を、ぷらりぷらりと人間ウオッチングしながら歩いて
いると、スタバの前に差し掛かりました。

ここは、以前はとても混みあっていて、オーダーした飲み物が出来上がっても
座れないことがあったりして、ちよっと私には不向きと敬遠していたのですが
最近改装して、一人シートや、二人シート。大勢シートなどを上手に
配置して座席を増やしたので、使いやすくなりました。

なにしろ20年ほど前、新宿にスタバの日本第一号店ができたとき、
赴いて、あの座り心地の悪い丸太のような椅子に憤慨してから、この手の
コーヒーハウス・・・これも古い?・・・を、なんど行きつ戻りつした
ことでしょう。
私の世代は、やはり落ち着いてコーヒーの見ながら本をじっくり読める
喫茶店が懐かしいのです。。。


と、懐古はさておいて・・・


その改装されたスタバで、クリームパイラテを手に私は二人座りの
テーブルに着きました。
まもなく隣に20代前半かと思われる若い女性の二人連れがやってきました。
二人は飲み物を手に、椅子に座りながら

「いゃあ~えみちゃん綺麗やわぁ。ほんとに綺麗。」と、結構な声量で
片方が喋っています。
そう言われて思わず顔をあげると、えみちゃんと、ヒロミちゃん(あとで
名前が判りました)が、向かい合って座るところでしたが、正直、どう見ても
ヒロミちゃんのほうが美形です。
すべすべの白い肌に、寸分の隙のない化粧。まつげなどは瞬きする間に
落ちやしないかとハラハラするくらいです。


「なんか、すごく綺麗になったから、一緒に歩いたら恥ずかしいわぁ。」
どういうつもりがヒロミちゃんは、次から次へと、えみちゃんを褒めちぎります。
えみちゃんはといえば、テーブルに置いたコーヒーを手にするでもなく、
ヒロミちゃんの賛辞が続くたびに下を向いて、耳まで赤くしています。

誰がどう見たって、外見はヒロミちゃんの方が美形です。第三者的には・・
でも、いますよね。
どこにでも、どの時代にも・・・こういう、お・ん・な・・・



明らかに自分のほうが勝っていると、知りつつ、大袈裟に人前で相手を
褒めちぎる、姑息な手段で、自分の曲がった優越感を満足させるタイプの
女って・・何人も見てきました。もう何十年も生きていますもの・・。


「いや、ヒロミちゃんのほうが絶対綺麗やから。」やっとえみちゃんが
蚊の泣くような声で一言・・・

「そんなことないって。私なんかより、えみちゃんの方がずっと、ずっと
綺麗よ。かわいいしぃ。」
これ、そこそこ混みあったスタバで連発されたら、それはそれで、ちよっとした
拷問ですよ。

もう、えみちゃんは下を向いたままでコーヒーを手に取ろうともしません。

「永田君も、私なんかよりえみちゃんの方選べばよかったのに。」

・・・・・私は隣に居合わせただけの見ず知らずのおババですが、この会話の
成り行きにだんだん腹が立ってきました。



昔から、いましたよ。こういう女。

え?・・わたし?・・・・私はよく言われました。黙っていたら可愛い
かもしれんけど、それは無理でしょ?と(爆)


口は禍の元とは、私のためにある諺です(笑)
黙っていられなくなりました。
読んでいた本をパタンと派手に閉じて、飲みかけのカップを手にして
そこそこの声量でヒロミちゃんに向かって
「ファスナー開いてるわよ。」と、優しく微笑んで(自分ではそうした
つもりです)席を立ちました。


「えっ!!・・・いや。いや。いやっ。」
ヒロミちゃんは椅子から跳ね上がり、そのとたんテーブルのカップを
ひっくり返し、残念なことに彼女のカップにはコーヒーが残り少なかったのか
零れ落ちませんでしたけど、彼女は面白いようにうろたえて、手を背中に
回して暴れまわっています。


突然のことに、向かいのえみちゃんは呆然とその姿を見ていますし、周りの
人たちも怪訝そうに見ています。
私は悠然と、カップを捨てて、そのままお店を出ました。




・・・・いえ、嘘ではありません。

確かにファスナーは開いていました。ブーツの右足のね。上から三センチくらい。

誰も背中のファスナーとは言ってませんし、私のちよっとした「余計な
お世話」です。(笑)

店を出ると、初秋の風は冷たかったですが、なんだか気持ちはよかったです。
ただ、あのあと、えみちゃんが余計にヒロミちゃんのはけ口になっていなければと
それだけが気がかりです。

本当はもう一言、えみちゃんに声をかけてあげたかったです。

「女の勝負は見かけでは決まらないのよ。ほんとにいい男は、いい女しか
見抜かないから安心しなさい。」って・・
・・・でも、これも余計なことですかね。

えみちゃんの白いうなじが、仄かに染まってぷるぷると震えている様は
とてもいじらしく可愛く見えたのだけど・・。
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# by sala729 | 2013-11-15 18:06 | Comments(0)

先日、墓参に行って参りました。
家族には内緒にしておりますが、毎月一回はこっそり参っております。
別に、こっそり行くようなことではないのですが、私のキャラと
墓参とが乖離しておりますので、いちいちそれを糾すのも煩わしく、
こっそり・・・と(笑)

いつものようにお花を取り替えようと、花挿しを取り出そうと、指を
入れようとして、動きが止まりました。
花挿しの中に、あの忌まわしいギラギラとした茶色の体を斜めにした
「ゴキブリ」が浮いているではありませんか。


なにを隠そう・・いや、別に隠すほどのことではないのですが、この私
昆虫の類が「大っ嫌い」なのです。
虫・・虫・・虫・・虫・・虫・・虫・・・
ゴキブリはもちろん、ダンゴ虫、蟻、蜂、みみず、蜘蛛・・・・

ですから、あの正義の味方と称えられる「仮面ライダー」にしても、もとが
バッタですから、もしも私に危機が迫っていても、助けるには及びません。
申し訳ないですが、バッタに命を救われるくらいなら、潔くショッカーの
手に墜ちます。


話は墓参に戻ります。
さて、私の指は宙に停まったまま、動きません。
いつもなら、指をいれてプラスチック製の花挿しだけを石の花挿しから取り出して
洗って水替えをするのですが、とてもそこに指を入れる勇気を絞ることが
できません。

ぷかーんと浮かんだ、ゴキブリの屍骸は、そんな私をあざ笑うかのように
漂っています。
・・・・・・母よ許せ。父よ諦めよ・・・と、心で詫びて、
私はプラスチックの花挿しを取り出すことを諦めて、近くの水場でいつものように
バケツに水を隆々とくみ上げてきました。
そして、柄杓にとった水を惜しげなく花挿しに何回も何回も、注ぎます。
当然、水は溢れ出し、ゴキブリの屍骸は私の手を汚すことなく、地面に
落ちていきました。
墓石の間に入ったのか、もう視界から消えたことで安心して、いつものように
花を替えて、母の好きだったビールと、父の好きだった日本酒。そして季節の
お菓子を添えて、ふと何の気なしに、自分の足元を見ると・・・・・

・・・・・・・・・・ひぇっっっっっっ~~~~~~~~~~・・・・・

な、なんと、あの件のゴキブリがヨロヨロと私の足先をかすめて、
隣の石段のかべにへばりつくではありませんか。

し、死んでたんじゃなかったの?????
そうですよね。死んでたのが生き返ったのな、そりゃ、そっちのほうが
よっぽど怖ろしい(笑)

ゴキブリの足元はヨロヨロと、まるで重病人か、過酷な戦地から帰還した
負傷兵のような足取りですが、死んだと思っていたその意外性と、
不気味さに、もっていた柄杓で叩き落すことも忘れて、私は石段に
へばりついて青息吐息のゴキブリを見て見ぬふりしました。

そして、そこに十分に意識をやりながらも、墓石に手を合わせ、枯れた前の
花を墓場の端のゴミ捨て場に持っていき、もういちど墓に帰って、
そっとかの石段を見てみましたがねそこにゴキブリはもうおりません
でした。

瀕死のあの体でどこにいったのか、周りを見回しましたが、私の視界の
中にはおりません。
・・・・うーん。天晴れな生命力ではあります。
こうして彼らは生き延びたのかと、如実に示す出来事でした。


でも、だからといって彼らに親近感も、好意も持つことはありませんし、
これからもお友達になりたいとは、絶対に思いませんけどね。
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# by sala729 | 2013-11-11 15:44 | Comments(4)