昨日の日曜日に、家人の友人家族と久々に旧交を温めました。
友人K氏とK夫人。そして一人娘のK嬢。もう一人K家と家族ぐるみの
お付き合いをしているW家のS嬢の四人と、私と家人。そして我が家の
ヒメ嬢というメンバーです。

S嬢が徳島医大進み、我が家との顔合わせもあって、徳島でお逢いした
のですが、先にはヒメと転げまわって遊んでいたK嬢も女子大生になって
栗色のくるくる巻き毛に、ピアスと青春してますっ!スタイルが眩しい
素敵なお嬢さんになっていました。


二人とも犬は大好きみたいで、それはそれは可愛がってくれました。
自由奔放。われ関せずのK嬢は、家人いわく私と瓜二つの性格だとかで、
私も彼女のことが大好きです。

S嬢は、しっかりと落ち着いた雰囲気で三姉妹の次女だそうで、派手では
ありませんが、しっかりとした話しぶりは、さすが医大生です。

ペット可のイタリアンレストランで楽しく食事して、近くの公園でヒメと
遊びながら近況報告しあいましたが、彼女らを見ていると、とても
いい気持ちになりました。

彼女らは最期の「ゆとり世代」だそうで、来年は受験が大変なので
今年志望校に入れてよかったと話してましたが、二人を見ていると
「ゆとり世代ってなに?」と、思ってしまいます。

東京の息子が、中間管理職になり、ゆとり女子に悩まされている話を
折にふれ零しますが、彼女らには、所謂「ゆとり臭さ」がありません。

食事のマナーも、会話の節度も内容も、動作や、大人に対する適度の
敬意と親しみを、上手に身に着けております。


遠慮しすぎず、無礼でもない。この加減をしっかりと身につけております
ので、いくら一緒にいても不愉快にならないのです。



炎天下の公園でヒメと転がりながら遊ぶ二人を見ていて、ちっとも飽きないのです。


家人は「ゆとりっていうけど、そんなことないじゃん。」とお気楽に言いますが
私はこれはひとえに「家庭教育の賜」であると思います。
帰国子女のK嬢は、はっきりものを言いますが、それでも相手に
不快感を与えないのはそれは、母であるK夫人の躾の成果であろうと思います。
S嬢またしかり・・です。

人の根幹は、性質と仕草にあります。そしてそれは決して学校で得られる
ものではないのです。
不幸にして、家庭的に恵まれず、その機会を失していながらそれでも
立派な人のことも何人か知っておりますが、それはあくまで特例で
やはり基本か家庭教育であると私は信じております。


夏を思わせる強烈な日差しの中だというのに、疲れよりも爽やかさを
一身にかんじられました。
別れるのが、勿体ないくらいです。

帰りの車の中で、ヒメは眠りこけていましたが、私はなんだか
快い疲労感に満足しながら、
「なんだか、爽やかな疲れよね。」と家人に言うと

「いやぁ、若い子はいいね~。生足の白さが違うね。」


ばしっ!!!

たわけ者めがっ
。。。。


こんな、愚かなおぢさんたちを、Kちゃん、Sちゃん許してね。
煩悩は、年とともに消える・・・というのには、個人差があるみたい(--:)
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# by sala729 | 2014-05-26 15:26 | Comments(0)

ここで何回も持論を展開して、非難されたり呆れられたり、はたまた
猛烈な反論を受けたこともあった・・・にも、拘わらず今日もまた、
私は、ある一部の皆さんの反感を買うことを承知で、年金に対しての
一考察をここに述べようとしています。(笑)
・・・・世にこれを、確信犯と言うのでしょうか・・(と、ちっとも反省の色を
見せずにのたまうのが、私の悪い癖というか、性癖というか・・ま、要するに
・・・めんどい女なんです。私)

・・・いや、めんどいおババと言いなさいと、外野からの指摘で、
それでもいいです。・・・


それはともかく、今朝のニュースで、年金受給年齢が75歳に引き上げられる
可能性が高くなったと報じておりました。
もちろん、それは選択制で選ばない手段も残されてはいます。


現在60歳から出発する厚生年金と、65歳からの国民年金。
これが段階的に引き上げられているのは事実です。


でも、これって時代と共に引き上げられても当然ではありませんか?
いや、少子高齢化でなくても・・・です。




私達の親世代は、途中から国民階保険制度になったので、いろいろな
特典を得ていました。
加入期間が20年どころか、条件によっては10年で受給されていた
ケースもありました。
わが父も15年で受給資格を得ました。

そして、その世代の多くは、60歳からその資格を十分に誇示し享受し
ました。
それが今の80代、90代です。
彼らは日本人の平均寿命を世界一に延ばし、年金生活期間を果てしなく
伸ばしていきました。
その世代の人たちは、先の戦争の真っ只中で、苦労の辛酸を舐めて生き抜いた
人たちです。
それに対する敬意も、謝意もありました。
僅かの掛年数で年金を得られる権利を多少はうらやましいと思っても、
そういう意味では、納得しておりました。


しかし、生き残った人たちはその寿命を延ばし続け、反比例して子供の数は
減り続け、社会の若者は定期雇用につけず、パート、アルバイトならまだしも、
実家に引きこもり、仕事はしたいのに出ていけないと泣き言を並べ、果ては
親の年金を食い潰し、親が亡き後は意図的でないにせよ、その年金を
受け続けているのが現代の姿です。

その上、お役所仕事の象徴みたいな年金の運用の失敗。後始末のさらなる
失敗。

こんなことが繰り返され、上積みされて、今の年金制度がそのままで
行使されるなんてことがあり得るはずがありません。





でも、そもそもの原因は、ひとりひとりの国民の年金に対する意識の結果が
こうなったのではないかと私は思っています。
年金は、一定時間を経ると、自分の貯金が高利回りで帰ってきて、なおかつ死ぬまでそれが続く高利回り絶対保障付き保険制度ではないのです。

年金の趣旨は「相互扶助」です。
ならば、60歳や65歳と数字で貰うことことなど考えないで、本当に働けなく
なったら貰うものではないですか?

働ける60歳や65歳が、年金を貰うべきではなかったのです。
本当に働けなくなって、その時に、たった一人でも生きていけるだけの
金額を保証してもらうためのものではないでしようか?

もっとも、年金を積み立てるよりも、生活保護のほうが高額受給という現実が
少しでも早く年金を・・という事実を後押ししているのもあるでしょう。
本当に働けなくて、止むに止まれず60歳から・・という方もあるでしょう。
そういう方は、正々堂々と受ければいいのです。
そのために、自分が積み立てたお金なのですから・・・

でも、元気でも60歳から・・と、いうのはそれは違うと思いませんか?


厚生大臣の説明の「働けるうちは働いて欲しい。そして75歳になったら
60歳時の80~100%増し金額が受給できることになる」
これは魅力的だと私は思っています。
働けるだけ働いて、本当に動けなくなったら、その時は年金だけで生活
できる制度になる・・・ということですよね?


もちろん、サラリーマンさんには、サラリーマンさんの生き方があるでしょう。
でも、人にはそれぞれの生き方があって、それは何歳からと決められるもの
ではありません。


このニュースのあと、経済評論家の荻原女史が「60歳でもらうか、75歳で
もらうか、生涯金額で言えばどっちが得かですね。」と、ほざいていましたが
こういう評論家が日本をだめにしているのではないかと思います。

年金を損得だけで決めるとこうなります。その中には、相互扶助の欠片も
ありません。
誰かを助け、誰かに助けられるという、美しい生き方は存在しません。


長く生きることは尊敬されるべきです。しかし、それは尊敬される生き方で
なければならないと思っています。


ですから、年金は強制であってはならないと思っているのです。
あくまで自由意志で決める。もちろん総額は激減するでしょう。でも、受給者も
減ります。
そして、掛け金の額だけを、今よりはもう少し、利口な利回りで運用して
いただいて得る。これが一番公平な気がします。


それで破綻するなら、それは加入者個々の責任です。
でも、そうであれば必ず政府にやっていただきたいのは、年金代わりに生活保護を
受けようとする輩は必ず罰して欲しいですね。
それが前提でないと、自由意志参加は成立しないでしょうね。


ここに、これだけ書くと必ず現役お母さんから
「私たちの子供が働く年金で、生活するようになるんだから云々」という声が
届きます。

でもね。。そういうあなたこそ、その子たちの年金を食い潰すことになる
のですよ。いつまでも、夫の扶養のまま「第三号被保険者」なんて立場に
甘んじていたら・・・。

少なくとも、私は自分の年金と、所得に応じた税金は支払ってきました。
(国税局と対立したことはあったけれど・・笑)
だから、なに?と言うわけではないのですが、年金受給資格者になる前に
一度、心のうちを吐露しておきたかった・・・ということです。
・・・・長々と失礼しました。(礼)
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# by sala729 | 2014-05-13 11:48 | Comments(0)

春になって、日の出が早くなったとはいえ、こんな朝っぱらからの
相談電話です。

「わたくしねぇ、そちらが出来るかどうかお伺いしたいのよ。」と
それなりのお年とは思われますが、甲高いはっきりとした声の女性です。
「どういうことでしょうか?」
起きざましとは悟られないように、一息ついて落ち着いて返したつもりです。

「どういうって・・まら、あれ。あれよ。」

あれって言われても・・・どれ??

「いまお電話受けたばかりで、お話しておりませんので、あれと
仰られても、判りかねますが・・」慇懃無礼すれすれの言葉遣いで問い返すと

「あら、そーだったよね。いやだわ。わたくしとしたことが・・」と
次に高笑いが聞こえそうなテンションの高さ。

「あのほら、DNA鑑定ってありますでしょ?」

またか・・・あの芸能人親子の騒動以来この手のご相談は増えました。

もともと、あるにはあったのですが、増えたのはまさにあれ以来です。


「わたくしの息子が神戸におりますの。その息子と息子の息子の親子鑑定の
ために息子の息子の髪の毛が欲しいのですけれど・・・それ、取って来ては
くれません?」

取って来てって・・・人の頭髪を「はい。ちょっとごめんね~」なんて
言いながら取れるはずないじゃないですかっ!
と、言いたいのをぐっと堪えて

「頭髪でというなら、毛根も付いていないといけないですから、お孫さんの
お部屋でないと取れないということになりますから、それはできないですね。」


「いーえ。息子の息子はもう今年から社会人です。人伝てに聞くと、ソフトバンク
やらに勤務しているらしいです。東京のね。本社よ。きっと。」

「ならば、なおさらそんな大勢の人が出入りする洗面所で、お孫さんの頭髪を
限定して持ち帰ることなんてできないですね。」

「あ~ら。そーなの。何もできないのねぇ。」と、鼻にかかった声に人間の
出来ていないわたくしは、むっときました(笑)


「それに、ご本人の承諾なしにそんなことをしても、誰の為にもなりませんよ。」

「いいえっ。わたくしが知りたいのです。ええ。息子は離婚して以来
きちんと養育費は払い続けておりました。
でも、息子たちが結婚するとき、嫁には他に交際相手がいたのです。
それを息子が奪い取って結婚したんです。
そしたら、出来た子供が息子に少しも似ていなくて・・・

わたくしはね、出した養育費返せなんてそんなこと申しているのでは
ありませんよ。わたくしはそんなケチな了見はもっておりません。
時間を返せともおもっておりません。
ただ、ただ真実が知りたいだけですのよ。そして息子にそれを知らせて
やりたいと思っているだけですのよ。」

「息子さんがそれをお望みなのですか?」

「いいえ。息子は迷っています。知りたくないと言ったり、偶然で
判れば・・など言っておりますので、本心は知りたいのではないかと
思っております。昔から探究心の強い子でしたから・・」

・・・いや、それは探究心ではなく、単に迷っているだけで、ホンネは知りたく
ないってことですよ。


「わたくしが知りたいのです。はっきりと。」

「知ってどうなさるのですか?」

「え?」

「だから知ってどうなさるのかと・・」

「ど、どうもしませんよ。今更嫁を責めたりしません。わたくしは
そんな・・」
「了見の狭い女ではないんですよね?」
「え、ええ。そーですとも。」



これこそ、余計なお世話というやつですね。
知らなくていい事や、知らなくていい人までが、そんなに事を暴いて
どうなるというのです?



秘密を抱えて、生を終えるというのは、なかなかに根性のいることです。
でも、人間ひとつやふたつ、そんな抱えるものがあってもいいでしょう。
長いこと生きてきたのだから・・・

え?
私の秘密?
・・・・多すぎて、どれを告白したのかしてなかったのか、整理が
つきませんわ。(^^)/
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# by sala729 | 2014-04-09 14:35 | Comments(2)

同じような才能の「偽装」問題なのに(こういう括り方にご異議も
ありましょうが、所詮おババですので、ざっくりとこの程度の認識と
お笑いください)
佐村河内氏と、小保方嬢とではその収束の速度と関心がだいぶ違うように
感じています。

私などは、佐村河内氏には一片の同情も抱きませんが、連日非難されている
小保方嬢については、その叩かれ方のヒステリック加減に、日々同情が
増してきています。

先に、佐村河内氏について触れますが、彼のあの行為は、幼稚な「目立ち
たがり」に、世の常識基準のNHKが、乗っちゃった・・・というのが
すべてでしょう。
私もあの番組見ました。見ての感想の第一声は「うさんくさ」だった
そうです。(自分で何行ったかは覚えてないのですが、家人がそう言って
いました)

もともと、NHKの「クローズアップ現代」あの、大上段に構えた正義主義の
番組は、見ていてこちらが恥ずかしくなることしばしばです。

貧困・孤独・戦争・飢餓・・・そのテーマのどれもに、きちんとスーツを着て
綺麗に髪をセットして、テーブルの下に足を斜めに流して、決して若くはない
でも、自分に知性と教養の美があることを確信している女性キャスターが
したり顔で正義を説いている姿ほど、嘘っぽいものはありません。

ちょうど我が家の食事時間帯で、NHKっ子の家人がつけているものですから
自然と耳目に入るので、私も見ています。
100回に1回くらいは、ふむふむと納得することもあります。


「現代のベートーベン」笑わせないでよと、その時もつぶやいたらしいの
ですが、もちろん今はもっと強く思っていますよ。
「何々の何」って中で、唯一認められるのは「難波のモーツァルト」キダタロー
氏だけですよ(笑)



さて、ここからが今日の本番(笑)
小保方嬢についてです。STAP細胞が嘘か誠か日々報道されて、とうとう
捏造と決め付けられてしまいました。
(もちろん、ご本人は抗議しています。当然でしょうね)
でも、彼女はこの研究をたった一人でやったわけではないのでしょう?
理化学研究所なんて、私などが遠く仰ぎ見ることさえなかった、明晰な
頭脳集団の中で(なんたって理事長があの、野依さんですよ)彼女に
研究リーダーという地位を与えていたなら、与えた責任は誰にもないのですかね?

一般的な社会常識から言うなら、部下の責任は上司の責任。引責辞任があっても
おかしくない・・・とは思いませんか?
それを新聞やテレビで、「アレは彼女の単独の捏造」みたいな言い方は、
ちよっとないんじゃないかと・・

恐れ多くも、ノーベル賞受賞者の野依先生に大変失礼ながら、社会的責任の
取り方をご存知ないのかしら?と、思った次第です。


そもそも、老若男女あまたの研究者がおりながら、その誰一人も
達成できなかったことを、やろう。やったという女子です。
多少のフライングはあったとしても、不思議じゃないと私などは思います。

「あっ!」と、叫んだ結果に、マスコミが飛びついて、派手に宣伝して・・
その、あっ!のあとが、尻すぼみになったとたん、彼女の周囲の悪意がまるで
あふれでるようなバッシング。

誰もしないようなことを、しょうとした女子ですよ。多少人と違うことは
当然です。普通の子に、新しいことが見つけられるはずがない。
フライングもあるかもしれない。
もしかしたら、ちよっとぐらいは意図的な改竄もあったかもしれない・・
でも、それでも今になっても、誰一人も彼女を庇ったり、同情したりする
人が現れないのはなぜ?

ここで庇うと、理研に・・いや、日本の科学界にいられなくなるの?
長老博士たちの嫉妬を買うの?
もしかして、彼女のも案外それくらい単純なことだったりして・・

今までの生きてきた経験から言うと、得てしてこういう成果は、妬まれやすい。
そして、男の嫉妬は、女の何倍もしっこくいやらしい(笑)

日本の頭脳集団を深く敬愛しているわたくしは、できることなら世界の
野依理事長に、小保方嬢の行為を「研究者としてあるまじき行為ではあるが
パイオニアとしての精神は多いに買いたい。若手のフライングとして、
皆さんには、私からお詫びする。」くらいは言って欲しかったですね。
そしたら・・・野依先生はお望みにならないでしょうし、むしろ
ご迷惑でしょうが、私は心から先生をご尊敬申し上げ、心酔する
ことでしょう。

マスコミのみなさんも、自分たちでお祭り騒ぎ起こしておいて、うら若き
しかも、まだまだ前途のある小保方嬢をここまで叩いて、あとで
後悔するようになったらどうします?
・・・・あ、そうですね。日本のマスコミは、自省や後悔という言葉は
知らないんでしたね。
・・・・・・・・・これこそが、日本の恥部です。
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# by sala729 | 2014-04-02 12:08 | Comments(2)

その男性は、細身の締まった体を白地に紺のストライプのシャツと明るめの
グレーのスーツで包んで、私の前に座りました。
片手にはビジネス手帳と、小さめの・・・ん???
小さめの・・・ミッキーマウスの付いた何かのおまけのような薄っぺらい
手帳。
あぁ、これは何かの証拠なのねと、私は思いました。
それほど彼には似つかわしくない、安っぽく幼稚でうすっぺらい手帳。

しかし、彼は座るとおもむろにその、ミッキーマウスをぺらぺらと捲り
私に向けてきます。

「見てください。先月、私と妻が喧嘩をしたときの、言葉のやりとりです。
思い出す限り、性格に書いています。」眉間に深い皺をよせて、話す彼は
なかなか素敵です。
その手の不似合いな、ミッキーマウスさえなければ・・・



そして、おもむろにそのミッキーマウスを覗き込んで、あやうく
ひっくり帰りそうになる自らの理性を、私は丹田に力をこめて、ぐっと
踏みとどまったのでした。

そこには、小学一年が使う国語ノートのマスよりまだ大きな筆圧の強い
文字で
 
 ・あんたなんか死んだらいいとおもってる。
 ・あんたといるのは子供がいるからよ。あんたなんか大きらい。
 ・私の愛情に何も応えてくれず、怒ったり叩く真似したりばっかり。
 ・もう、うんざり。
 ・私はずっと我慢ばかり続けてきた。もうこれ以上むり!
  無理、無理、無理、無理、無理
こんな調子で20行くらい続いています。
文字も幼稚なら、言葉も幼稚。これが40才を越えて、中三を頭に三人の子の
父と母なのです。


この喧嘩のあと家庭内別居に入りました。
そして、車にICレコーダーを仕掛けたところ、こんなのが入ってました。と
おもむろに取り出したレコーダーのスイッチを入れると
突然、女の号泣。そして泣き叫び、殆ど何を言っているか聞き取れません。

「これ、相手は男ですかね?」
相変わらずハンサムな哲学者は、皺を崩すこともなく訊ねてきました。
「可能性は高いですね。でも、それにしても、激しい奥様ですね。
こんなに声をあげて夜も日もなく泣く方は珍しいですよ。」と言うと

「妻はそういう女ですよ。」と冷たく言い放つ彼。


しかし、私がむしろ気にしているのは、その妻の不貞を信じたくない
自分を持て余している彼自身です。

この向き合う小さな応接スペースには人がよく出入りしています。
こんな処でお話するような内容ではありませんので、そのたび
私は腰を浮かし、テーブルに広げた資料を伏せようとする私を
停めるのです
「いいんです。いいんです。このままで」
・・・いいの?職場で、妻が浮気したと相談してても・・・


あげく、上司という部長氏が現れ、彼は部長氏に「部長同席してください。」と
悩みきった目で上司に助けを求め。以降は私と三人でお話することになりました。

でも、話は行ったり戻ったりばかりです。
なぜ? 
彼が決心できないからです。
浮気の証拠が取れても、取れなくても、決心がつかない。


これはイマジネーションの衰退???



知的な横顔を曇らせて、思い悩む彼は、なかなか素敵ですけれど
それがただの「小心者の気弱な選択」であると、知っている人は何人
いるでしょうか???
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# by sala729 | 2014-03-14 15:27 | Comments(0)

今月も押し迫っているというのに、しかもこんなにお暇状態だというのに
昨日も、私・・映画に行って参りました(笑)
昨年末に予告編を見てから、絶対に行こうと決めていた「ハンナ・アーレント」
今月22日から、お馴染のソレイユで始っています。


話は、1960年代にナチの残党アイヒマンが、イスラエルのモサドに
捕縛されるところから始ります。
アイヒマンといえば、私などでも知っているかの悪名高きSSの指導者の
一人で、彼がユダヤ人の搬送を指示していたという人物です。

当然、捕縛と裁判は全世界の注目となり、特に世界に散らばるユダヤ人たちの
憎悪と興味は、アイヒマンに注がれます。

その裁判を傍聴したいと、望んだのが、ハンナ・アーレントです。
彼女自身がユダヤ人であり、収容所経験者であり、脱走者、亡命者であった上に
現在はなにより、米国で教鞭を取る哲学者でもありました。
彼女は裁判のすべてを傍聴し、そしてその書評をアメリカのマスコミに発表
します。
「アイヒマンのやったことは、彼個人の罪問題ではなく、人類の問題であって
普通の人間が、組織や社会の流れの中で、その流れに従うことは誰にでもある。
また、ユダヤ人の中にも、その指導者的立場の人間でありながら、ドイツの意向に
逆らえずに、結果的に協力した人間もいた。」と、ざっくり言うなら、こんな
論旨です。

ユダヤだけでなく、全世界は「反ナチ」ですから、この論評は大きな波紋を
呼びます。
アメリカのどこでもいる平和主義者たちからは非難され、イスラエルからは
狙われ、何より自身のユダヤ人の友人たちからも、非難され排斥されます。


当時、ユダヤ人の指導者も協力者などということを言う人間はいなかったらしい
のですが、これは真実と私も思います。


と言うのも、私の好きな映画に「ソフィーの選択」というのがありますが、
これが名作というのに、どこにもビデオがない。
何の理由からか判らなかったのですが、待ちに待って昨年、wowowで見て
感動しましたが、この中にもソフィーの父が、(確かユダヤ系のポーランド人)
結果的にドイツの協力者のようなことをしていました。
とても、下世話な言い方をすれば「同胞を売っていた」のですね。

今になって思い返せば、このシーンなどが、何かの権力にひっかかって、
ビデオ化が進まなかったのかもしれないと、ほぼ確信しています。



ハンナは、自分を非難する人たちと学生を前に、朗々と自説を述べます。
若き学生たちは、その熱い言葉を受け入れられるのですが、学生に混じって
公聴していた、彼女の古い友人は、どうしてもそれを受け入れられず去り
大学の関係者たちは彼女から距離を置こうとします。

この映画に結末はありません。
自説を曲げない事で、得たものもあれば、失ったものも多いことを知らされる
だけです。
でも、失っても、それでも言わなければいけないことや、曲げられないことが
あることを静かに、強く訴えてきます。
ラストで彼女の夫のハインリッヒが「こんな結果になると判っていたら、
君はこの論評を出すことを辞めていたか?」と尋ねると、しばし時間を置いて
彼女は一言「いいえ」と答えます。

子供のいない彼らにとって、かけがえのない友人達を失っても、訴えなければ
いけないことや、その立場の人間はいるのです。


日本もかって、戦前、戦中は、国や組織の煽動に多くの人たちは迷いなく
乗っていたではありませんか。
そして、戦後になっての掌返しを、かっては多くの人たちが経験してきた
ではありませんか。

組織や国家の前では、個々の人間は本当に無力です。

その中で、どうすれば自分は自分らしく生きられるのか・・久しぶりに
そんな蒼い論争を自分の中にふつふつと感じた映画でした。

これだから、映画はやめられません(^^)
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# by sala729 | 2014-02-25 12:10 | Comments(0)

わたくしは、今年で大台を越えます。(この大台が何十代なのかは、皆様の
ご想像にお任せしますが・・・と、いうより皆様にはあまり興味のないこと
ではないかと考えます)

そこではたと考えた・・と言う訳ではないのですが、常々考えていたことを
周りの者たちに、少しづつ披瀝しましたところ、これが賛否両論、喧々諤々。
ま、当たり前なんですけどね、私の提言で多くの人が「それはいいっ!」と
賛意を示してくださったことは、自慢ではありませんが、今まで一度もありません。

それを承知でまたまたここで披瀝しょうとしているのですから、懲りないというか
反省が足りないというか・・・数多のご意見は耳から逃して、ちよっと
お聞きくださいますか?←やっぱり、言いたいんじゃんと笑う家人を一瞥して
話は続きます。


自らの余命を顧みた時、おもいたったのですが、すべての人に、60才時点で
「希望生存年数申告制」を賦課してみてはどうかと思うのです。
例えば「あと10年」でも「20年」でもよいです。
それはその人それぞれの理由と条件があるでしょうから。

でも、そうやって余命を区切るとまず一番に自分の現在の手持ちのお金を
計画的に使うことができます。
日本の多くの高齢者が溜め込んだ財産を使えないのは、自分があといくら
生きるかが判っていないからです。
もしも・・の、不安が大きすぎて使うべき時に使わず、爪に灯を点すように
暮らして、結局はアホ息子や、極道娘たちに濡れての泡の、始末の悪い
遺産を残すことになるのです。

もし自分があと10年と決めたら、クルーズにだって、南極にだって、
外国で生活するという選択だって、多くの人ができます。
自分のしたいことをし尽くして、幸せな人生の閉じ方ができるのでは
ないでしょうか?

でも、人間だからそんな上手いこと10年では死ねなかったら?と
びんぼーリアリストの家人は問います。
その時は「痛まず、苦しまず、長く考えず」に、死ねる選択ができるように
法的整備を整えておきます。

世の中には、もう十分生きた。このまま幸せに死にたいと思う人も、案外
多いと思いますよ。
そしてまた、この方法が現実化したら、その数はさらに増えるでしょう。
そして、宣告時間は優先されますので、その間に死に瀕する病気や怪我に
なった場合は、公費で最大限の手当てを受けられます。


もしも、希望年数に達したとき、まだ生きていたと願うなら、それはそれで
ありですが、その時には公的扶助はもちろん減額されますし、自分の財産の
相続は禁止されます。すべて公的財産として没収され、それはこの後の、
このシステムの継続のための資金として使われます。


家人はう~んと考え込みますが、この案、最初に聞いた人はみんな「いやぁ
そんなぁ」と嫌悪感を見せるのですが、何度かぶっていると、段々感化される
のか(笑)・・・それもありかもと言うこともあるのです。(もちろん
一部ですが・・)

自分のお金は自分で使う。
消費が増え、経済は回り、残された親族は相続で余計な争いをしなくてすみます。
しかも、自分のお金で自分が楽しく暮らすのですから、誰に遠慮もいらず
幸せな最期が迎えられるでしょう。
今流行りのエンディングノートも、具体的に書けますよね。

こうして、準備して死ねるというのは、もしかしたら人生の一番の幸せでは
ないかとさえ思います。


ここまでいうと、更に家人が
「でも、そういう人に限って、あっという間に突然死ぬんだよね。」とぽつり。
確かにそれは、判ります。

いずれにしても「死」は、私達人間の力など、とうてい及ばない処に厳然と
あるものなのです。
一人で生まれて、一人で死ぬ。これが人の運命です。
でも、そのぎりぎりのところまで、自分の行き方をプロデュースしていたい
というのが、妄想おババの本音です。
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# by sala729 | 2014-02-17 15:10 | Comments(0)

この場を忘れているわけではないのですが、こうも長い間ブログを続けていると
しばし、こういう「時」が訪れます。
忘れているわけでも、いやになっているわけでもないのに、何も書こうという
気がしない時。

こんな時は、もう思うがまま、ほったらかしにしておきます(笑)
ブログは、仕事ではありませんし、生きる糧でもありません。
ただ「楽しみ」の中のひとつとして記しているのです。
・・・すみません。見ていただいて方の中には、ひょっとして真面目に
考えていただいている方がいらしたら・・・なんてことはありませんよね。



私はブログ以外にも、日記も書いておりますし、日々の徒然はシステム手帳にも
覚書ノートにも、認めておりますので(要はメモ魔というやつです。笑)
ここに書きたくなかったら書かない。
どこかに、書くかも・・・と、自然体に生きておりますので、これを
家人は、わがままに生きていると申しますが・・・


この傾向は、年々強まり、大きな区切りの年を目の前に、更に自由に生きる
自分をそら怖ろしくさえ感じるようになりました。
だからといって、生き方を正したり、姿勢を整えたりとはしないところが
私の私たる由縁でありまして・・・ああ、なんだかごちゃごちゃと言い訳ばかり。


朝のニュースで、うら若い沙羅ちゃんを取り囲んで、涙のひとつも撮ってやろうと
身構える日本のマスコミの意地悪さに、我を忘れて怒る今朝の私は
案の定、熱過ぎるカフェ・オレの洗礼を受け、今もひりひり傷む喉を持て余し
自分の不手際を、他人のせいにして溜飲を下げるのでした。
・・・・なんだこりゃ?
支離滅裂、傍若無人、唯我独尊、我儘気儘・・・どんな言葉も当てはまるような
はまらないような、そんな自由な一日の始まりです。
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# by sala729 | 2014-02-12 11:57 | Comments(0)