今年は不倫の当たり年なのか、年明けから世間は不倫のニュースで一杯です。
週刊文春の一人勝ちかと思えば、新潮もやってくれましたよ。
爽やか「乙武」クンの五股不倫。

そりゃあ、わたくしもこの商売で、ご飯頂いている人間ですから、不倫という
行為に驚きはしませんよ。
この業界に入って、知りました。人はすべからく浮気するということを・・
しないでおれるのは、たまたまそういうチャンスが降ってこなかっただけで、
いつでも誰でも浮気します。はい。断言できます。

ですから、かの乙武君とて例外ではないでしょう。
ただ、彼が注目を集めたのは(失礼な表現であいすみませんが、ここはわたくしの
力量不足です。お許しください。)生まれ持ったあの不自由なお体と、それを
ものともしないという意志を見せた生き方で、日本中の共感と好意を受けた爽やかと
いうイメージを覆すものであったためでしょう。
しかも、五股・・・です(これは何をかいわんや・・です)


そしてまたその上に、奥様までもが謝罪文を掲載して、ネットすずめたちを
刺激してしまいました。
危機管理専門家に言わせれば、百点満点の対処なのだそうですが、本当に???
その証拠に、この奥様謝罪は、いまや多くの意見の集約とみなされているネット
すずめたちの、批判に晒されています。


たしかに、わたくしも「あざとい」とは思います。
家人は「奥さんもこれからの生活のために、ここはって決心したんじゃない?」と
言いますが、そうなのでしょうか?

わたくしは、案外この奥様謝罪、乙武君側の指示で奥様はそれに従ったのでは
ないかと思っているのです。

今まで乙武君は、ご両親の賢明な育て方で、まっすぐに爽やかに成長して、小学校の
先生としても生徒に愛され、慈しんでというイメージでした。
その延長であるなら、奥様の謝罪も彼女自身の判断とも思えるのですが、

なにしろ、五股です。(しっこいようですが・・)

そんな人間に誠意があると、わたくしにはとても思えないのです。


そして、そんな人間なら考えそうなことですが、乙武君が生活やこれからや
子供のためなどと、言い含めて、奥様に謝罪文を書かせている光景が
じつに自然に浮かんでくるのです。
(もし事実に反していたらごめんなさい。田舎のおババのたわごとと笑って
くださいね。)

乙武クン・・案外高圧的旦那さまかもねと言うと、
「いや、それはないやろ」と家人は言います。こんな業界にいても、男は
根拠のないロマンチストです。



昨日24日は、亡夫の誕生日でした。
毎年この日には花束を買って、写真の前に飾ります。誕生日の花束というと
女性の方ですね?と、言われます。
「え?いや・・男性ですけど。うーん、今はどっちかな?」などと、
笑っていなしますけど、心の中では毎年言ってるじゃんと、ちよっと花屋さんの
社交辞令に辟易しています(笑)

今年は蒼い薔薇に紫のトルコ桔梗。黄色のシンビジュムと・・派手・・です。
でも、日記を読み返すと、2年前も蒼い薔薇と七色薔薇でしたから、
人の好みというのは、不変です(笑)


こうして家人と二人の我が家で、亡夫の誕生日を静かに祝えるのは、何事にも
動じない、わたくしのすることを何事であれ、最後は認めていてくれる
からかなと・・え?誰がって?
・・・そ、それは・・・それは・・・いや、ちょっと恥ずかしくて言えません。
そんなキャラではないですか・・・



それは、惣兵衛さんのように最後に告げることにしましょう。
今朝の惣兵衛さんのように・・・
(みなさんご存知と思いますが、朝ドラ、あさがきたの今日のシーンです)
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# by sala729 | 2016-03-25 12:02 | Comments(0)

先日、世界一の棋聖(呼び名は正しいかどうかはちょっと判りません)が、
コンピューターに負けましたというニュースを食卓で見ました。

韓国の棋聖氏は、本当に悔しげにコメントしていましたが、氏のお気持ちは
少し判ります。
わたくしなどが、多少判ってもなんの助けにも、ならないことは承知も承知ですが
彼の表情の更に深いところの疵を思えば、たとえ敵対する韓国の(いや、これは
日本の国がということではありませんよ。わたくしの個人的好き嫌いの問題
ですので、サラッと流してお聞きください)人間であっても、思わず深く抱きしめて
あげたい母のような感情が湧いてきました。

もっと個人的に思うなら、こんな勝負になんの意味があるのか?
価値があるのか?
コンピューターに、よりヒトに近い複雑な思考回路を作り上げるためにと
言うなら、造るのは悪くはないでしょう。より高度にと思うのは、製作者の
望むところでしょうから。
でも、それを試すのに、斯界の第一人者を相手に選ぶ必要がどこにあるのかと
わたくしなどは思うのです。

それぞれの世界での第一人者というのは、余人にはできない事を成し遂げて
ここに至っているわけです。
その努力や精進は、それぞれであっても、勝敗だけでないそういう総合力の上に
ある地位であり、権威であると思っています。

それを勝敗だけで競わせて、一人者の誇りと気概を傷つけて、なんの意味がある
のでしょうか?


こうして「どうだ?コンピューターすごいだろ?」という押し付けニュースに
わたくしは辟易し、そして恐れます。決してそう遠くない先の時代に生きる
わが子孫達の行く末を・・・・


コンピューターたちは確実に人間の仕事を奪い、蔓延り、一握りの人間と
かれらは増長してゆきます。
まるで、手塚治虫氏などが描いた「機械社会」が、現実そのものとして
出来上がる日は、もうそう遠くではありません。


わたくしの孫は、今小学2年です。
この子が大人になった時に、この子が生きていけるのかどうか、今わたくしは
とても心配です。
機械と仕事や地位や能力を争わなければならなくなった時、この受身の
脆弱な人間たちが、戦っていけるのか?
勝ち残れるのか?と、思うと、絶望感しか湧いてきません。


機械と戦ったとき、受身の人間から負けていきます。なににも抗わず、ひょっと
したら自分が負けたことも気づかず、撤退して消えていくかもしれません。
能動的な人間は、一度は戦ったり、工作したり、抗います。そして負ける・・
これなら、機械の世界はその分だけ、ちょっと先になるかもしれません。

今、日本は、いや先進国は、少子化と騒いでいますが、これはある意味天の采配
ではないでしょうか?
多くの仕事を効率と利益のためだけに、機械に任せて、人間を不必要にしたのは
誰ですか?

いらないなら、出生率だって落としても問題はないと、神様が思し召しても
それはけっして、間違った判断ではないと、わたくしは思っています。


これからの20年、30年先を見るのは、とても怖ろしいです。
わたくしなどは、もうリタイアしているか、もうこの世にいない
かもしれませんが、わたくしの子孫たちが、機械に使われていたり、
機械に生きる場を奪われて、流浪の民になっていたりするのを見るのは
辛いです。

人は楽しく生きなければ、生きてきた甲斐がないと、孫たちに教えたい
わたくしは、これから彼らにどう生きろと教えればいいのか・・

受身でない生き方。それを探していかなければ、あなたは機械の奴隷よと
言ってみました。
彼はわたくしの顔をじっと見て「あーちゃん、本の読みすぎ?」と
聞いてきました。

あ~口が減らないとこだけは、どうやら確実に家系を継いでいるようです。
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# by sala729 | 2016-03-17 12:21 | Comments(0)

先ほど、とても不愉快な光景を目にした途端、猛然と怒りがこみ上げてきて
その気持ちのままにタイピングしておりますので、端々の過激な表現は
お許しください。
(みなさん知ってますよ。あんたがどれだけ過激なかくらいは。ながーい
お付き合いですから←家人の声)


わたくしはお昼ごはんをいただいたあと、急ぎの用がないと商店街を
散歩代わりに徘徊します。
運動にもなりますし、人間ウオッチングや、その時に出会う様々なことが
面白いので楽しい日常のひとつです。


さて、さきほどのことです。
デパートの北海道展にいって、海鮮コロッケやらカップケーキやらを買い込んで
帰途に就くため、商店街を二分する大きな交差点に立っていました。
向かい側には中学生と思しきミニスカートから見える足もかわいらしい女の子と
その連れらしいボーイッシュな女の子。その子は長いスウェットパンツに、
大ぶりのカーディガンみたいな上着を羽織っています。

するとわたくしの後ろで声が・
「あ、あれマナじゃん。」と・・
「ほんと、マ~ナ」と二人連れの声。どうも自転車に乗っているらしいです。

手を振ったのか、ミニスカちゃんが笑顔で手を振り返します。
後ろの自転車っ子も手を振っているのでしょう。

「隣は、ありさじゃん(仮名です)。」
「ほんとや。でも、ありさって可愛い名前なんやけど、顔はまんまゴリラやね。」
「ほんとやな。まんまゴリラ。」と、自転車っ子は笑転げながら会話しています。

この声はわたくしに届いていますから、他の信号待ちの人の何人かは、
聞いていると思います。

わたくしの怒りに火が点り、振り返ろうとする気持ちを抑えて、向かい側を
見てみました。
もちろん向かい側までに声は届きはしないでしょうが、笑顔のマナちゃんの隣で
ありさちゃんは、笑い顔でもない、複雑な笑みで時々、あらぬ方向を見たりして
待ち時間をやりすごしています。

そのうち信号が変わりました。
自転車っ子はわたくしを追い越して、向かいの二人とすれ違いざま
「マナ~バイバイ~。」と手を振り、
マナちゃんも満面の笑顔で振り替えしています。

でも、マナちゃんの隣のありさちゃんには声を掛けるどころか一瞥もしない。
まるで誰もいないかのような動作。
でも、それは自転車っ子だけでなく、マナちゃんも一緒です。
隣にありさちゃんなどまるでいないかのような動作。
ありさちゃんは・・・といえば

彼女もそこに自転車っ子もマナちゃんもいないかのように、あらぬ方向に
首を回したり、微妙な笑顔を作ったり、手もふらなければ、マナちゃんに
話しかけもしません。


・・・・これはいじめの端緒なのでしょうか。
あきらかにありさちゃんは無視されています。
わたくしがこの自転車っ子の親か身内であったら、自転車蹴飛ばしてますよ。
実際、交差点でしょうかとさえ思いましたが、寄る年波、自転車蹴飛ばして
交差店内で自分が転んだら、洒落になりません。

僅かに残っている理性がそれを止めました。


怒りが収まらないわたくしは、事務所につくや家人にそのことをぶちまけると
「よう、我慢した。僅かな理性を大切にしてくれ。」と、妙な褒められ方を
したことは・・・流しておきましょう。



同性の身で、相手を「ゴリラ」とは何事ですか。
かなり前から思っておりましたが、最近のテレビ等で女性相手にあからさまに
顔の美醜を指摘するアホ男ども。特にお笑い系に多いですけどね。
見ていて耐えられません。
家人は、女の子もそれが「売り」なんだから、一概に男を責められないとは
言いますが、それは芸でしょうか?

「ブス」とか「へちゃむくれ」とかを、女の顔に向かって言い募る男どもの
アホ面を、自分で鏡見てみろ!と、言いたくなります。
しかも、そういいながら、叩いたり蹴飛ばしたり平気でしています。

ちょっと前に、顔のこといじられるのはいやと、テレビを拒否した女性芸人
さんがいましたが、「よくやった。」とわたくしは思います。
顔の美醜は女性のお笑い芸人さんにとって、「得」なのかもしれません。


わたくしの浅い表現では次のようにしか言えないので、もしかしたら
とても気を悪くされる方もいらっしゃるかもしれませんが、お許しください。
その上であえて言いますが

女性の顔を美醜で笑うあなた。
それは、例えて言うなら、手足がなくなった方を笑うのと同じではないですか?
このふたつがどう違うかわたくしに説明してください。



美しいか、美しくないかは、人生の精算時にはたいして差はないのです。
人は誰も年をとれば、それなりに皺も増え、色素もくすみ、90才でも100才
でも、そう変わらなくなります。
これは人生を経れば経るほど、実感としてその真意が判って来ます。

若いとき美人は得と思っていても、外見だけで判断されると有象無象の男たちが
やってきて、上辺だけで選ばれてしまう危険があります。
美人ではないと嘆いても、そのあなたを選ぶ男は、あなたの本質を見て
選ぶわけですから、たった一人であってもいいのです。

これは、残念ながらある程度の年にならないと、なかなか判りません。
でも、だからと言って、テレビの中で、女性芸人さんに
「ブス」とか「デブ」とか言い募って、あまつさえ笑いながら暴力を
揮う男性芸人さんたちを見て、またそれを見て笑転げる人たちを見ていたら
・・・・・もうこんな世の中、終わってもいいかも・・・とさえ思います。

前述の中学生も、こんなテレビ見てたのかなとさえ思います。

おババの妄想と笑われようと、もしもわたくしの身内や近しい人の中に
件のような自転車っ子がいたら、わたくしは迷わず自転車蹴飛ばそうと思います。

自分が転んでも・・です。交差点ではやめますが・・・。
そしてその親を捕まえて、被害者面して、懇々と説教垂れてやりますとも。


・・・やれやれ、我が家の平和のためにもどうぞそんな中学生は現れません
ように・・と、家人のつぶやく声がしています。
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# by sala729 | 2016-02-18 14:38 | Comments(0)

今朝ほど、たまたまネットニュースを見ておりましたら、東京ディズニー
ランドの入場料金が7500円になったとかで、ヤフーすずめたちが「びんぼー
人には行くなと言うのか!」などと騒いでおりました。

もともと、びんぼー人には行けんでしょ?

(あんた、こんな言い方したら火に油を注ぐよ。有名人なら炎上って
やつよ。と家人は申します)


炎上でも崩壊でも粉砕してもいいんですけど、わたくしの記憶の中では
ディズニーランドの入場料、5500円時代が長らく続いていたと思いますよ。

今でこそ行きませんが、オープンして子供等が幼い頃は何度も行きました。
ずーーっと昔のことですから、周囲の遊園地に比べてみたら、入場料は
段違いに高かった。
最初は、貧しい田舎の親子四人、「痛いなぁ」と思いながら、清水の舞台から
飛び降りました(・・・すみませんねぇ。例えがレトロで、なにしろ
昭和の女ですからね。)
でも、体験したらわかりますよね。大人も子供も飛び越えたあの世界観。
こんな楽しい経験のできる世界があることも驚きと楽しみ・・

その後も何度も行きましたが、その間料金は同じでした。
何度目かには「ディズニーランドの入場料って安いよね。一日遊べるし、
遊びたいもんだからお昼は軽いし、へんな処いくより、トータル料金
ずっとお安いかんじがする」と、わたくしは亡夫と話したものでした。

当時は年も若く、ふつーのサラリーマンの亡夫も同意していましたね。


子供等が大きくなって、自分たちで行くようになっても、料金は殆ど変わらず。
むしろ、その姿勢に感動すら覚えたものです。


それが、ここにきての三年連続の値上げ。


いいではありませんか。それまでの努力を正等に評価するなら、今まで
よくぞ頑張ったとわたくしは思います。

あれだけの美しい邸内を保つための人的労働と、次々と新しいアトラクションを
打ち出しているのです。
お金がかかって当たり前ではないですか?


家人は「あんたみたいな人ばっかりいたら、ディズニーも楽よねぇ」と
嫌味を言いますが、そうではありません。

わたくしはどちらかと言うと、世の中をシニカルに見るタイプの人間です。
でも、努力に対しての評価は当たり前と考えている人間ではあります。

ディズニーがそれまでなんの努力もしないでいての、値上げなら言いません。

それだけの努力をしているとわたくし思っておりますから、それに応じた
費用がかかるのは当然です。

最近よく職場でも「費用対効果」という言葉が飛び交っているのですが
これは、倹約しろとか、安くあげろとかいう意味ではないのです。

費用に見合った効果ということですから、効果が上がったたなら、または
あげるためなら、それに応じた費用ということですから、今回の値上がりは
そんなに非難されるべきではないと思います。



たまたま昨日、テレビで「足立美術館」を、取り上げていました。
日本で一番高い美術館という印象をわたくしも持っています。
それこそ、美術になんの興味もない子供と夫と行けば、1万円札が飛ぶと
考えたら、なかなか入れず、外でソフトクリームを買って「はい。行った
つもり」と、帰ったこともあります。

でも、昨日見ると、あの美しい庭園を維持するために、多くの人たちが働き
次世代への投資も怠りなくなくと考えれば、あの入場料金は納得できます。

幸いにも現在は行こうと思えば、もう二人分で済みます(笑)
これを行かない選択がどこにあるでしょう。


わたくしは、日本経済がどうのこうのと語るような人間ではありませんが、
いつからか、安いことだけが価値の判断で、安いことだけが美徳の基準に
なってしまった世相がますますこの経済の混迷の足をひっぱっているのでは
ないかと思います。


もちろん無駄に高いものも、現実には山ほどありますが、高いか安いかを
判断するときに、それに見合っているかどうかを、考えられない人間、
判ろうとしない人間、そういう人間たちで一杯になったら、さぞや生きにくい
世の中になるんだろうなと思います。


ま、そうなってしまう前に、もうこの世の人ではないと思いますが、そんな
社会をあの世から見ているのも、なんか辛いです。
わたくしたちが、それに手を貸していたことは事実ですから、責任の一端を
感じながら、あの世の諸先輩たちになんと詰られることでしょう(笑)
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# by sala729 | 2016-02-10 12:44 | Comments(3)

嵐の如く吹き荒れた「スマップ騒動」も、ようやく終焉を迎えたようで、
やっと世の中が落ち着きそう・・と、思ったのは私だけのようで、
週刊誌やネットの中では、まだまだ一波乱も二波乱もありそうですね。

尤も、彼らはそのニュースが糧ですから、そうたやすく終わらせてしまっては
勿体ない・・とは思っていることでしょう。

わたくしは、正直なんの興味もないのですが、この類のニュースを
見ていると、妙な符合に気づきます。
「誰がああいった。」「いやこう言った」というニュースが出て、しばらく
すると本人が「いや、そんなことは一言も言ってない。」とコメントする
のですが、そのまたあとで、「あのニュースソースは誰々だよ」なんて、
本人が否定しても、やっぱり妙な説得力であったことになるんですね。



昔からよくあった、芸能人の離婚ニュースもそうですよね。
最初のニュースのときは「えっ!」とか「まさかっ!」とか思っても
時間がたつと、やっぱりそうなっていることは多いですよね。

これは、自分も年を経て、昔のことをいろいろ思い出したら、よく判ります。



ちよっと前まで「DNA」で騒いでいた、元ジャニーズさん。
でも、古くは、かの杉良太郎氏がこれで騒がれた第一号です。
その時のご子息は、やはり俳優になられて、ちょっとした悪役で名を馳せて
いますよね。

あの鑑定結果で、その女性と結婚した杉氏は、鬱々として(本人から聞いた
わけではありませんが・・笑)いたのかな?と、五代夏子さんとのロマンスを
漏れ聞いたときには、わたくし、思いました(笑)


こんなことは、長く生きていたら多々あります。

本当かどうかなんて、その時のわたくし達には知る由もありませんが、
本当のことというのは、案外時間がたつと見えてくるものです。


今回のスマップ騒動も、もっと時間がたてば、見えてくるものがあるはず。
それを、一端の一端しか見えないものを、さも全容のように語るマスコミと
ネットが、物語を大きく虚構のままに作り上げてしまったものだと、わたくしは
思っています。
特に、ネットを中心としたファンの一部。
賢しらに「私たちがなんとかしてあげる」なんて、騒いで、ジャニーズ事務所を
糾弾していますが、あなたたちは何様?


アイドルといえど、彼らは立派な大人だし、事務所は社会的認知された組織です。
そこで繰り広げられる、駆け引きや争いは、周りがどうこう言うものではありません。

本当のファンなら、黙って見ていなさい。そしてどんな結果であっても
彼らの出した結論を支持して、ついていきなさい。それが「ファン道」と
いうものでしょう。

・・・・と、いうことで、今日はこれで、おしまい。
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# by sala729 | 2016-01-27 15:47 | Comments(0)

最近の・・と言っても厳密には「最近」ではなくいつからか・・


いや、もともと「この手」の番組は、子供時代からあまり好きではなく
みんなが見ていた「ドリフ」も「ひょうきん族」も、当時は見たこともなく
見たいとも思わない性格でしたから、今更・・という話になるのでしょうが、

ともかく昨今の、バラエティと冠される番組の面白くなさを通り越しての
質の悪さには、たまに流しているだけでも僻僻します。
じっと見入ることはなくても、何かのついでに流れていると、なんとなく
見聞きしていまうのがこの手の番組で、作り手とてそんなに真剣に見てもらおう
とは、露ほども思っていないことは、よく判るのですが・・


先日、台湾をテーマに、中堅どころのお笑いコンビが、出演していました。
台湾は、大好きでまた行きたいなと、ずっと思っていましたので、「どれ
どれなにか新しい見所があるかな」と、ちょっとした興味で見ておりました。

型どおりの、グルメや土地の人たちとのふれあいなどもあったのですが、
床屋さんのシーンに、がっかり。そして猛然と腹がたってきました。
昔風のその床屋さんは、私風の解釈によると所謂「角刈り」が得意と主張
しています。

そこは台湾語ですから、微妙なところは判りません。じゃ、やってもらうか
という件になって、芸人コンビが、若手ADを呼び出して、「お前、やれやれ」
と、けしかけるのです。

確かに彼は、アフロに近いヘアーで、角刈りにしたさぞやインパクトがあろうか
とは思います。

・・・・が、しかし、彼はADというからには製作側の人間ですよね。

その中堅芸人はなんのために、この番組に呼ばれて、進行しているのでしょうか?
しかも、大御所(家人は彼らは、そう呼ばれていると言ってましたが・・)風に
ADに指図しています。
というより、命令ですね。


これ、私的にはちっとも面白くありません。
ちょっと立場のある芸人が、若手の製作者に無茶振りしているようにしか
見えません。

体を張ってこその芸人でしょ?
最近多いよね。この展開。バンジーや、絶叫マシーンに若手ADを使って
見せるパターン。


制作費の都合かもしれないけど、芸人さんが一緒のとき、なんで彼らが
する必要があるの?

体張らないなら、芸人さんいらないじゃん。

大御所?
あのね、意味知っている?
大御所というのは、そんなに何人もはいないのよ。
その世界に、一人。多くて三人まで。

彼らその三人に入ってる?


本当の大御所と呼ばれる人は、製作側のいわば、演者としてなら素人の
彼らに振ったりはしませんよ。
しないと思う。しないと信じたい。


人を騙したり(楽しく騙すのは別です。さんまさんの初夢なんとかは、
とても楽しく視聴しました)
その人間を、延々と格付けしたり、わたくしはそういう番組は、どうにも
好きになれません。

なら、見なけりゃいいのにと言われたら、それまでですが、
こういう番組を、楽しげに見ている、子供や若い人たちを見ていると、
なんだかとても哀しくなってきます。


そんな鬼ババの哀しみを、誰がわかってくれるでしょうか?
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# by sala729 | 2016-01-13 16:27 | Comments(2)

2016年が明けました。

このブログを開始してからどれくらいの年月が・・というほど
大層な話ではありませんが、10年以上はもうたっています。
その間に、当然ですがいろんなことがありました。

10年ですから、ないほうがおかしいのです。
人も社会も企業も、常に流れ沈み、浮かびそしてまた流されと
綿々と続いているのですから。

わたくしも相応に年は経てきましたが、これはこれで良いこともあり
悪しきこともありで、なかなか楽しい10年でしたね。

昔よく聞かれました。
「もし、帰れるなら何時の時代に帰りたい?」と。
その都度
「今が一番いいですよ。」と答えてきたわたくしですが、その気持ちに
なんの変化もないのは、未熟ということなのか、はたまた成熟と
いうことなのか?

年の初めに従姉妹から、「あけおめ」ラインが来ましたので、今年の
抱負をと思い「今年は鬼ババキャラに更に磨きをかけるわ」と返信したら
「いやいや、もうそれ以上は誰も求めてないと思うよ」と返されて、
家族一同、妙に納得しておりました。

ま、親族でもそうなのですから、わたくしは死ぬまでこのキャラのままで
生き続けるのだと改めて実感した年の初めでございました。


もうそう長くはない余生(と、言いながら100歳軽く越える気だよと、
カゲの声は申しておりますが)

自由に(いまだって、十分自由じゃん。これもカゲの声)
奔放に(あんたが奔放でないっていったら、この世の誰が奔放?またまたカゲの声)
・・・・・・

ああ、もう煩い。
そうですよ。わたくしはわたくし、今までと同じように、自由に奔放に
思うが儘に生きていきますよ。


ということで、このブログも、そのように自由に気儘に、奔放に書いたり
書かなかったりを繰り返すこともある・・・と、ご寛恕くだされば
幸いです。


数少ない貴重なわがブログの読者の皆様に・・・

                    2016年の相談員

                  
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# by sala729 | 2016-01-10 14:52 | Comments(0)

寄る年波か、飽き性のせいかは定かではありませんが、ずいぶんと
久方ぶりです。(笑)

最近は嫌なことや、怒れる事ばかり綴っているので、意識的に避けて
いた・・という処もままあるのはあるのです。
でも、その縛りをまたも揺るがしたのが、過日の戦後70年記念番組
「レッドクロス」

そもそも、タイトルからして、なんじゃこれ?
と、思ったら、主人公(松島菜々子さんでした)が、日赤の従軍看護婦で
彼の大戦で運命にもてあそばれる「母と子」というテーマ・・らしかった
です。

・・私、これ見て、共産主義者とみなされて、レッドパージに
あった夫を支える妻の話かと思いましたよ。・・って誰もそんなこと
思わないか・・(苦笑)

それにしても、この物語は酷い。
何のための戦争特集番組なんだ!と、何度も叫びたくなりました。
まず、設定が佐賀県なのに、みんなきれいな標準語。
方言一切なし。ある程度ノンフィクションを謳っているから、佐賀県
なのでしょうが、今時、方言話さない地方ドラマなんて、ありませんよ。

松島さんもそうだけど、祖父役の山崎勉さんも、村長も、先生も友達も
みんなが標準語。
貧しい小作の家ったって・・・確かに鄙ではあるけど、間口の広い
立派な農家ですよ。誰がみても・・・

主人公は母の闘病がきっかけで医療に目覚め、看護婦になるべく勉強します。
そして、晴れて日赤の看護婦として満州に渡ります。

戦地ではないにせよ、前線で傷ついた兵士を看護し、厳しいステレオタイプの
日本陸軍の上官に、赤十字の志を宣言し、その正義のために、同僚の
医師は殴られ、のちに夫となる人も殴られ・・・・
彼女の口癖は「赤十字精神・・・」

しかし、現実はそれを発揮すればするほど、自分はもちろん、周囲の人たちも
傷つき、巻き込んでいくのです。

それは、あたかも正義を振りかざす学級委員の女子のようです。
その下で、息を潜めている子たちのことなど、何も構いはしない。
自分の正義だけが、通ればそれでいいという、幼稚な正義感。

環境は悲惨です。第一夜ではラストで、夫が四肢欠損状態で運ばれ、
彼女の目の前で亡くなります。
置いてきた子供を迎えに行った開拓村では、世話になった義兄夫婦が
無残に殺され、その子と自分の息子は、列車に乗るために、駅に行ったと
聴き、友好的な中国人の乗る馬に乗せてもらい駅に向かいます。
その間、彼女の叫びは「ヒロト!ヒロト!」

駅でも、別れ際でも彼女は、ヒロトとしか叫びません。
一緒にいるであろう、父と母を惨殺された甥のダイチのことは、一言も
口にしません。
・・・・博愛の赤十字の権化なのに、この自分の子だけみたいな設定は
なに??


二夜からはさらに「ヒロト!」の連呼。
自分の正義感で女の子を庇い、その自分を庇って死ぬ医師。
地下に隠れていろと厳命されながら、病気の女の子ひとりを手術する
ために、のこのこ出てきて、同僚の医師や看護師達を窮地に陥れる
無軌道。
これってほんとに、この女性を正義の人として描きたかったの?と
思わず疑るような、種々の設定にブラックジョークかと思いました。

わが子を甥を助けてくれた、中国人富豪の末路を聞いても、彼女の
中にはわが子だけ。
ヒロト!

そのヒロトは、いつも傍にいてくれるダイチと支えあって困難を生き延び
ながら、ついにはそのダイチも死ぬ。

その後、二人は佐賀の陸軍病院で人民解放軍の傷病兵士と看護婦として再会
するも、彼女の口から出るのは「ヒロト!」だけ。
忘れたことはなかったという自己弁護だけ。

こうなると、この脚本家は、ホントは松島菜々子さんのこと、嫌いなんじゃ
ないかな・・とさえ思ってしまいます。

しかも、少し遡れば、彼女が人民解放軍から解き放たれ、故郷に帰ってきたのは
20年後。
なのに、じっちゃんは、そのままでいる。「アカ」扱いされた孫娘のために
啖呵を切る元気もある。
これはないでしょ・・・・


などと、突っ込みどころ満載のドラマでしたが、何よりわたくしが嫌いなのは
博愛の赤十字と臆面もなく口にしながら、自分の正義と自分の子供しか愛せなかった、ひとりよがりの母の愛と正義感です。

正義を口にしなくても、そう生きた人はいたでしょうし、自分の子も
人の子も、愛し守っていた、あの時代の大人もいたはずです。


その日の昼間、


わたくしはたまたま「いしぶみ」という朗読ドラマを見ました。
1960年代に、杉村春子さんが朗読した文を、綾瀬はるかさんが
していました。
広島で原爆にあった、広島二中の子らの最後を、父母や家族が文にした
ものを朗読していました。
事実は、重いです。なんの装飾もない設定の中で、淡々と読むだけの
一語一語が胸に刺さります。
それは何十年たっても、同じように母の胸に刺さるような気がします。

真実は何よりも重く、何よりも深いことを、しみじみ感じ入った夜でした。
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# by sala729 | 2015-08-04 15:11 | Comments(0)