今年は不倫の当たり年なのか、年明けから世間は不倫のニュースで一杯です。
週刊文春の一人勝ちかと思えば、新潮もやってくれましたよ。
爽やか「乙武」クンの五股不倫。

そりゃあ、わたくしもこの商売で、ご飯頂いている人間ですから、不倫という
行為に驚きはしませんよ。
この業界に入って、知りました。人はすべからく浮気するということを・・
しないでおれるのは、たまたまそういうチャンスが降ってこなかっただけで、
いつでも誰でも浮気します。はい。断言できます。

ですから、かの乙武君とて例外ではないでしょう。
ただ、彼が注目を集めたのは(失礼な表現であいすみませんが、ここはわたくしの
力量不足です。お許しください。)生まれ持ったあの不自由なお体と、それを
ものともしないという意志を見せた生き方で、日本中の共感と好意を受けた爽やかと
いうイメージを覆すものであったためでしょう。
しかも、五股・・・です(これは何をかいわんや・・です)


そしてまたその上に、奥様までもが謝罪文を掲載して、ネットすずめたちを
刺激してしまいました。
危機管理専門家に言わせれば、百点満点の対処なのだそうですが、本当に???
その証拠に、この奥様謝罪は、いまや多くの意見の集約とみなされているネット
すずめたちの、批判に晒されています。


たしかに、わたくしも「あざとい」とは思います。
家人は「奥さんもこれからの生活のために、ここはって決心したんじゃない?」と
言いますが、そうなのでしょうか?

わたくしは、案外この奥様謝罪、乙武君側の指示で奥様はそれに従ったのでは
ないかと思っているのです。

今まで乙武君は、ご両親の賢明な育て方で、まっすぐに爽やかに成長して、小学校の
先生としても生徒に愛され、慈しんでというイメージでした。
その延長であるなら、奥様の謝罪も彼女自身の判断とも思えるのですが、

なにしろ、五股です。(しっこいようですが・・)

そんな人間に誠意があると、わたくしにはとても思えないのです。


そして、そんな人間なら考えそうなことですが、乙武君が生活やこれからや
子供のためなどと、言い含めて、奥様に謝罪文を書かせている光景が
じつに自然に浮かんでくるのです。
(もし事実に反していたらごめんなさい。田舎のおババのたわごとと笑って
くださいね。)

乙武クン・・案外高圧的旦那さまかもねと言うと、
「いや、それはないやろ」と家人は言います。こんな業界にいても、男は
根拠のないロマンチストです。



昨日24日は、亡夫の誕生日でした。
毎年この日には花束を買って、写真の前に飾ります。誕生日の花束というと
女性の方ですね?と、言われます。
「え?いや・・男性ですけど。うーん、今はどっちかな?」などと、
笑っていなしますけど、心の中では毎年言ってるじゃんと、ちよっと花屋さんの
社交辞令に辟易しています(笑)

今年は蒼い薔薇に紫のトルコ桔梗。黄色のシンビジュムと・・派手・・です。
でも、日記を読み返すと、2年前も蒼い薔薇と七色薔薇でしたから、
人の好みというのは、不変です(笑)


こうして家人と二人の我が家で、亡夫の誕生日を静かに祝えるのは、何事にも
動じない、わたくしのすることを何事であれ、最後は認めていてくれる
からかなと・・え?誰がって?
・・・そ、それは・・・それは・・・いや、ちょっと恥ずかしくて言えません。
そんなキャラではないですか・・・



それは、惣兵衛さんのように最後に告げることにしましょう。
今朝の惣兵衛さんのように・・・
(みなさんご存知と思いますが、朝ドラ、あさがきたの今日のシーンです)
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by sala729 | 2016-03-25 12:02 | Comments(0)

先日、世界一の棋聖(呼び名は正しいかどうかはちょっと判りません)が、
コンピューターに負けましたというニュースを食卓で見ました。

韓国の棋聖氏は、本当に悔しげにコメントしていましたが、氏のお気持ちは
少し判ります。
わたくしなどが、多少判ってもなんの助けにも、ならないことは承知も承知ですが
彼の表情の更に深いところの疵を思えば、たとえ敵対する韓国の(いや、これは
日本の国がということではありませんよ。わたくしの個人的好き嫌いの問題
ですので、サラッと流してお聞きください)人間であっても、思わず深く抱きしめて
あげたい母のような感情が湧いてきました。

もっと個人的に思うなら、こんな勝負になんの意味があるのか?
価値があるのか?
コンピューターに、よりヒトに近い複雑な思考回路を作り上げるためにと
言うなら、造るのは悪くはないでしょう。より高度にと思うのは、製作者の
望むところでしょうから。
でも、それを試すのに、斯界の第一人者を相手に選ぶ必要がどこにあるのかと
わたくしなどは思うのです。

それぞれの世界での第一人者というのは、余人にはできない事を成し遂げて
ここに至っているわけです。
その努力や精進は、それぞれであっても、勝敗だけでないそういう総合力の上に
ある地位であり、権威であると思っています。

それを勝敗だけで競わせて、一人者の誇りと気概を傷つけて、なんの意味がある
のでしょうか?


こうして「どうだ?コンピューターすごいだろ?」という押し付けニュースに
わたくしは辟易し、そして恐れます。決してそう遠くない先の時代に生きる
わが子孫達の行く末を・・・・


コンピューターたちは確実に人間の仕事を奪い、蔓延り、一握りの人間と
かれらは増長してゆきます。
まるで、手塚治虫氏などが描いた「機械社会」が、現実そのものとして
出来上がる日は、もうそう遠くではありません。


わたくしの孫は、今小学2年です。
この子が大人になった時に、この子が生きていけるのかどうか、今わたくしは
とても心配です。
機械と仕事や地位や能力を争わなければならなくなった時、この受身の
脆弱な人間たちが、戦っていけるのか?
勝ち残れるのか?と、思うと、絶望感しか湧いてきません。


機械と戦ったとき、受身の人間から負けていきます。なににも抗わず、ひょっと
したら自分が負けたことも気づかず、撤退して消えていくかもしれません。
能動的な人間は、一度は戦ったり、工作したり、抗います。そして負ける・・
これなら、機械の世界はその分だけ、ちょっと先になるかもしれません。

今、日本は、いや先進国は、少子化と騒いでいますが、これはある意味天の采配
ではないでしょうか?
多くの仕事を効率と利益のためだけに、機械に任せて、人間を不必要にしたのは
誰ですか?

いらないなら、出生率だって落としても問題はないと、神様が思し召しても
それはけっして、間違った判断ではないと、わたくしは思っています。


これからの20年、30年先を見るのは、とても怖ろしいです。
わたくしなどは、もうリタイアしているか、もうこの世にいない
かもしれませんが、わたくしの子孫たちが、機械に使われていたり、
機械に生きる場を奪われて、流浪の民になっていたりするのを見るのは
辛いです。

人は楽しく生きなければ、生きてきた甲斐がないと、孫たちに教えたい
わたくしは、これから彼らにどう生きろと教えればいいのか・・

受身でない生き方。それを探していかなければ、あなたは機械の奴隷よと
言ってみました。
彼はわたくしの顔をじっと見て「あーちゃん、本の読みすぎ?」と
聞いてきました。

あ~口が減らないとこだけは、どうやら確実に家系を継いでいるようです。
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by sala729 | 2016-03-17 12:21 | Comments(0)