お隣の大ぶりの白バラが、その頭の重さに耐えかねて殆どが下を向いている
のは、ご愛嬌ですがこの時期の全国のバラはその姿をあちこちで誇っている
ようですね。

お隣のバラに触発されて、その美しさに目覚めた我が家も、来年は
バラを咲かそうかと、猫の額ほどの庭の雑草を家人が一心に抜いておりましたが
もう、遅いのでは・・(笑)

そんなこんなで、お仕事的にはどうかと思うほど時間たっぷりの五月を終えようと
しています(^^:)


そんなこんなで、さきほど近くの郵便局ATMに行ってまいりました。
いつも利用する便利な処ですが、混みあうのが玉に瑕・・です。
二台が塞がっていると、戸外で待たねばなりません。

今日も先客が終わるのを待って私が奥の機械の前に立つと、たまたま
隣も空いて、年配のご夫婦が立たれました。
奥様が奥(私に近い方)ご主人様が出口側です。

カシャカシャと音がして(聞き耳たてている訳ではないのです。隣接して
いるので聞こえてしまうのです。。)ご主人が奥様に
「これ、入れとけ!」と、その年代の男らしい横柄さで命令しています。

小さな声で「はい。」と、応えた奥様が何か動作をしている気配。

「あっ!。おい、こらっ。何しとるんやっ!」と、辺りを憚らぬ声の
ご主人。
・・・・辺りったって、私しかいないんですけどね。



「え?」奥様は何を叱られたか判らぬ様子です。

「そこは、シュレッダーやないか。そんなとこに入れてどうすんやっ。」



あらら・・・そういえば、右の手の辺りに確かにあります、金属製の細い口。
そう言われれば、いかにもお札を入れるのに適した幅と細さ。
入れとけ!と、命令されて、ついそこに手がいったのでしょうか。

それとも、失礼ながらご病気で判断がつかないのか。・・・でも、それなら
連れて来られないでしょうし、連れて来たとしても、「入れろ」と指図するのは
お門違いというものですよね。


奥様は何も反論してないようで声が聞こえませんが
ご主人は
「ほんまに、お前はなにやらしても・・」と、グタグタと言い募ります。

・・・・男のくせにと思いつつ、もっと会話を聞いていたかったのですが、
入り口ガラスの向こうに、次を待っている人影が見えたので、不承不承
そこをあとにしました。


事務所に帰って、事の顛末を家人に話すと
「なにはともあれ、お札をシュレッダーに入れなくてよかったじゃん。
でも、他人事とは思えないよなぁ。いつか、君もするような気がする。」と
真剣な顔して言うのです。

「何言ってるのよ。私はしないわよっ。仕事以外では、お金降ろす用事があっても
自分ではいかない。だから、そんなことはないっ。」
・・・・・・・・・

「そーだよね。めんどくさいもんね。」と、妙にひっかかる言い方です。

昨日チビがやってきたとき
「どっちも好きやけど、あーちゃんは優しいけど難しい。いーちゃんは
優しいし、判りやすいから、いーちゃんのほうが好きかな。」と言われて
気をよくしているのです。・・・単純。

チビも一年生になって、なんとなく周りの事情や、大人の世界を判るように
なってきているらしいです。
もちろん、彼なりの解釈で・・・


・・・・ええ。ええ。難しくて結構よ。
判りにくくて結構ですっ。
[PR]

by sala729 | 2014-05-30 11:36 | Comments(0)

昨日の日曜日に、家人の友人家族と久々に旧交を温めました。
友人K氏とK夫人。そして一人娘のK嬢。もう一人K家と家族ぐるみの
お付き合いをしているW家のS嬢の四人と、私と家人。そして我が家の
ヒメ嬢というメンバーです。

S嬢が徳島医大進み、我が家との顔合わせもあって、徳島でお逢いした
のですが、先にはヒメと転げまわって遊んでいたK嬢も女子大生になって
栗色のくるくる巻き毛に、ピアスと青春してますっ!スタイルが眩しい
素敵なお嬢さんになっていました。


二人とも犬は大好きみたいで、それはそれは可愛がってくれました。
自由奔放。われ関せずのK嬢は、家人いわく私と瓜二つの性格だとかで、
私も彼女のことが大好きです。

S嬢は、しっかりと落ち着いた雰囲気で三姉妹の次女だそうで、派手では
ありませんが、しっかりとした話しぶりは、さすが医大生です。

ペット可のイタリアンレストランで楽しく食事して、近くの公園でヒメと
遊びながら近況報告しあいましたが、彼女らを見ていると、とても
いい気持ちになりました。

彼女らは最期の「ゆとり世代」だそうで、来年は受験が大変なので
今年志望校に入れてよかったと話してましたが、二人を見ていると
「ゆとり世代ってなに?」と、思ってしまいます。

東京の息子が、中間管理職になり、ゆとり女子に悩まされている話を
折にふれ零しますが、彼女らには、所謂「ゆとり臭さ」がありません。

食事のマナーも、会話の節度も内容も、動作や、大人に対する適度の
敬意と親しみを、上手に身に着けております。


遠慮しすぎず、無礼でもない。この加減をしっかりと身につけております
ので、いくら一緒にいても不愉快にならないのです。



炎天下の公園でヒメと転がりながら遊ぶ二人を見ていて、ちっとも飽きないのです。


家人は「ゆとりっていうけど、そんなことないじゃん。」とお気楽に言いますが
私はこれはひとえに「家庭教育の賜」であると思います。
帰国子女のK嬢は、はっきりものを言いますが、それでも相手に
不快感を与えないのはそれは、母であるK夫人の躾の成果であろうと思います。
S嬢またしかり・・です。

人の根幹は、性質と仕草にあります。そしてそれは決して学校で得られる
ものではないのです。
不幸にして、家庭的に恵まれず、その機会を失していながらそれでも
立派な人のことも何人か知っておりますが、それはあくまで特例で
やはり基本か家庭教育であると私は信じております。


夏を思わせる強烈な日差しの中だというのに、疲れよりも爽やかさを
一身にかんじられました。
別れるのが、勿体ないくらいです。

帰りの車の中で、ヒメは眠りこけていましたが、私はなんだか
快い疲労感に満足しながら、
「なんだか、爽やかな疲れよね。」と家人に言うと

「いやぁ、若い子はいいね~。生足の白さが違うね。」


ばしっ!!!

たわけ者めがっ
。。。。


こんな、愚かなおぢさんたちを、Kちゃん、Sちゃん許してね。
煩悩は、年とともに消える・・・というのには、個人差があるみたい(--:)
[PR]

by sala729 | 2014-05-26 15:26 | Comments(0)

ここで何回も持論を展開して、非難されたり呆れられたり、はたまた
猛烈な反論を受けたこともあった・・・にも、拘わらず今日もまた、
私は、ある一部の皆さんの反感を買うことを承知で、年金に対しての
一考察をここに述べようとしています。(笑)
・・・・世にこれを、確信犯と言うのでしょうか・・(と、ちっとも反省の色を
見せずにのたまうのが、私の悪い癖というか、性癖というか・・ま、要するに
・・・めんどい女なんです。私)

・・・いや、めんどいおババと言いなさいと、外野からの指摘で、
それでもいいです。・・・


それはともかく、今朝のニュースで、年金受給年齢が75歳に引き上げられる
可能性が高くなったと報じておりました。
もちろん、それは選択制で選ばない手段も残されてはいます。


現在60歳から出発する厚生年金と、65歳からの国民年金。
これが段階的に引き上げられているのは事実です。


でも、これって時代と共に引き上げられても当然ではありませんか?
いや、少子高齢化でなくても・・・です。




私達の親世代は、途中から国民階保険制度になったので、いろいろな
特典を得ていました。
加入期間が20年どころか、条件によっては10年で受給されていた
ケースもありました。
わが父も15年で受給資格を得ました。

そして、その世代の多くは、60歳からその資格を十分に誇示し享受し
ました。
それが今の80代、90代です。
彼らは日本人の平均寿命を世界一に延ばし、年金生活期間を果てしなく
伸ばしていきました。
その世代の人たちは、先の戦争の真っ只中で、苦労の辛酸を舐めて生き抜いた
人たちです。
それに対する敬意も、謝意もありました。
僅かの掛年数で年金を得られる権利を多少はうらやましいと思っても、
そういう意味では、納得しておりました。


しかし、生き残った人たちはその寿命を延ばし続け、反比例して子供の数は
減り続け、社会の若者は定期雇用につけず、パート、アルバイトならまだしも、
実家に引きこもり、仕事はしたいのに出ていけないと泣き言を並べ、果ては
親の年金を食い潰し、親が亡き後は意図的でないにせよ、その年金を
受け続けているのが現代の姿です。

その上、お役所仕事の象徴みたいな年金の運用の失敗。後始末のさらなる
失敗。

こんなことが繰り返され、上積みされて、今の年金制度がそのままで
行使されるなんてことがあり得るはずがありません。





でも、そもそもの原因は、ひとりひとりの国民の年金に対する意識の結果が
こうなったのではないかと私は思っています。
年金は、一定時間を経ると、自分の貯金が高利回りで帰ってきて、なおかつ死ぬまでそれが続く高利回り絶対保障付き保険制度ではないのです。

年金の趣旨は「相互扶助」です。
ならば、60歳や65歳と数字で貰うことことなど考えないで、本当に働けなく
なったら貰うものではないですか?

働ける60歳や65歳が、年金を貰うべきではなかったのです。
本当に働けなくなって、その時に、たった一人でも生きていけるだけの
金額を保証してもらうためのものではないでしようか?

もっとも、年金を積み立てるよりも、生活保護のほうが高額受給という現実が
少しでも早く年金を・・という事実を後押ししているのもあるでしょう。
本当に働けなくて、止むに止まれず60歳から・・という方もあるでしょう。
そういう方は、正々堂々と受ければいいのです。
そのために、自分が積み立てたお金なのですから・・・

でも、元気でも60歳から・・と、いうのはそれは違うと思いませんか?


厚生大臣の説明の「働けるうちは働いて欲しい。そして75歳になったら
60歳時の80~100%増し金額が受給できることになる」
これは魅力的だと私は思っています。
働けるだけ働いて、本当に動けなくなったら、その時は年金だけで生活
できる制度になる・・・ということですよね?


もちろん、サラリーマンさんには、サラリーマンさんの生き方があるでしょう。
でも、人にはそれぞれの生き方があって、それは何歳からと決められるもの
ではありません。


このニュースのあと、経済評論家の荻原女史が「60歳でもらうか、75歳で
もらうか、生涯金額で言えばどっちが得かですね。」と、ほざいていましたが
こういう評論家が日本をだめにしているのではないかと思います。

年金を損得だけで決めるとこうなります。その中には、相互扶助の欠片も
ありません。
誰かを助け、誰かに助けられるという、美しい生き方は存在しません。


長く生きることは尊敬されるべきです。しかし、それは尊敬される生き方で
なければならないと思っています。


ですから、年金は強制であってはならないと思っているのです。
あくまで自由意志で決める。もちろん総額は激減するでしょう。でも、受給者も
減ります。
そして、掛け金の額だけを、今よりはもう少し、利口な利回りで運用して
いただいて得る。これが一番公平な気がします。


それで破綻するなら、それは加入者個々の責任です。
でも、そうであれば必ず政府にやっていただきたいのは、年金代わりに生活保護を
受けようとする輩は必ず罰して欲しいですね。
それが前提でないと、自由意志参加は成立しないでしょうね。


ここに、これだけ書くと必ず現役お母さんから
「私たちの子供が働く年金で、生活するようになるんだから云々」という声が
届きます。

でもね。。そういうあなたこそ、その子たちの年金を食い潰すことになる
のですよ。いつまでも、夫の扶養のまま「第三号被保険者」なんて立場に
甘んじていたら・・・。

少なくとも、私は自分の年金と、所得に応じた税金は支払ってきました。
(国税局と対立したことはあったけれど・・笑)
だから、なに?と言うわけではないのですが、年金受給資格者になる前に
一度、心のうちを吐露しておきたかった・・・ということです。
・・・・長々と失礼しました。(礼)
[PR]

by sala729 | 2014-05-13 11:48 | Comments(0)