その男性は、細身の締まった体を白地に紺のストライプのシャツと明るめの
グレーのスーツで包んで、私の前に座りました。
片手にはビジネス手帳と、小さめの・・・ん???
小さめの・・・ミッキーマウスの付いた何かのおまけのような薄っぺらい
手帳。
あぁ、これは何かの証拠なのねと、私は思いました。
それほど彼には似つかわしくない、安っぽく幼稚でうすっぺらい手帳。

しかし、彼は座るとおもむろにその、ミッキーマウスをぺらぺらと捲り
私に向けてきます。

「見てください。先月、私と妻が喧嘩をしたときの、言葉のやりとりです。
思い出す限り、性格に書いています。」眉間に深い皺をよせて、話す彼は
なかなか素敵です。
その手の不似合いな、ミッキーマウスさえなければ・・・



そして、おもむろにそのミッキーマウスを覗き込んで、あやうく
ひっくり帰りそうになる自らの理性を、私は丹田に力をこめて、ぐっと
踏みとどまったのでした。

そこには、小学一年が使う国語ノートのマスよりまだ大きな筆圧の強い
文字で
 
 ・あんたなんか死んだらいいとおもってる。
 ・あんたといるのは子供がいるからよ。あんたなんか大きらい。
 ・私の愛情に何も応えてくれず、怒ったり叩く真似したりばっかり。
 ・もう、うんざり。
 ・私はずっと我慢ばかり続けてきた。もうこれ以上むり!
  無理、無理、無理、無理、無理
こんな調子で20行くらい続いています。
文字も幼稚なら、言葉も幼稚。これが40才を越えて、中三を頭に三人の子の
父と母なのです。


この喧嘩のあと家庭内別居に入りました。
そして、車にICレコーダーを仕掛けたところ、こんなのが入ってました。と
おもむろに取り出したレコーダーのスイッチを入れると
突然、女の号泣。そして泣き叫び、殆ど何を言っているか聞き取れません。

「これ、相手は男ですかね?」
相変わらずハンサムな哲学者は、皺を崩すこともなく訊ねてきました。
「可能性は高いですね。でも、それにしても、激しい奥様ですね。
こんなに声をあげて夜も日もなく泣く方は珍しいですよ。」と言うと

「妻はそういう女ですよ。」と冷たく言い放つ彼。


しかし、私がむしろ気にしているのは、その妻の不貞を信じたくない
自分を持て余している彼自身です。

この向き合う小さな応接スペースには人がよく出入りしています。
こんな処でお話するような内容ではありませんので、そのたび
私は腰を浮かし、テーブルに広げた資料を伏せようとする私を
停めるのです
「いいんです。いいんです。このままで」
・・・いいの?職場で、妻が浮気したと相談してても・・・


あげく、上司という部長氏が現れ、彼は部長氏に「部長同席してください。」と
悩みきった目で上司に助けを求め。以降は私と三人でお話することになりました。

でも、話は行ったり戻ったりばかりです。
なぜ? 
彼が決心できないからです。
浮気の証拠が取れても、取れなくても、決心がつかない。


これはイマジネーションの衰退???



知的な横顔を曇らせて、思い悩む彼は、なかなか素敵ですけれど
それがただの「小心者の気弱な選択」であると、知っている人は何人
いるでしょうか???
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by sala729 | 2014-03-14 15:27 | Comments(0)