今年に入って、なんだかぴりっとしない日々が続いております。
ま、正直に言うと「お暇」と、いうことになるのでしょうか(笑)

この仕事は、集中力がすべてで、その時にいかに自力がだせるかと
いうのが勝負です。
その時のために、日々を費やしていると言っても過言ではありません。
ですから、こういう時間は必ずあるのです。
そんな時に、いろいろ考えるのですね。この偏屈おババは・・(^^)


仕事関連で毎月わが社に顔を見せる某社の営業社員のM嬢(・・これは
何か怪しい趣味と間違われそうなのでMさんにしておきます。笑)は、
ちょっと風変わりな服装趣味と、自称おタクです。
離婚して、子供が一人いるそうですが、その服装趣味たるや、まるで30年前の
アイビールックです。(もう、死語かしら?)

思わず「物持ちいいわね」と、感嘆してしまうほどその服装は古ぼけても
傷んでもおりません。毎日、ふつーのように着ている風に見えます。
しかし、今時、踵の高いロウファーや、Vネックの白セーター、箱ひだスカート
しかも膝上、なんてのを着てきますから、懐かしいやら、痛いやらで
複雑な心境になることもあります。


ただ、誤解があると困るので、断っておきますが、私はこのMさん、決して
嫌いではないのです。
いや、むしろ好きです。彼女との会話を横で聞いている、家人も
「Aちゃん、Mさんのこと案外好きだよね。」と、言ってくるぐらいですから。

本人に確認したことはありませんが、推定年齢40代半ば・・ではないかと
思うのです。


このMさん、自称おタクだけあって映画にもよく行きます。
日帰り温泉については、オーソリティと賞賛しても良いくらいの自説が
あります。
もっと、それに乗って昨年、彼女一押しの日帰り温泉に、私達も行って
みましたが、もう二度と行くことはないと思います(苦笑)


そんなMさんに映画について話たことがあります。
ご存知かもしれませんが、今ワーナーマイカルでは6回行くと1回は無料と
いうサービスがあります。
私達もよく行くほうと思いますので、200円かの手数料を支払ってその
サービスを何度か享受しました。

彼女いわく、東宝シネマーズではこのポイントに手数料はかからないのだ
そうです。
一度カード作っておくと、PC上ですべて加算されるのでいちいち劇場で
ペタンペタンと判子など必要ないし、大体手数料がいることが間違っていると
彼女は力説するのです。



そこから、映画の入場料金が高すぎるという話に展開しました。
私も1800円は高いと思います。
昔、封切館(これがどんなものか、今は知らない人の方が多いのでしょうね)
でも、二本立てでした。
二番館、三番館に至っては、二本立ては当たり前。三本立てというのも
普通にありました。その頃から考えても、割合的に高すぎとは思います。

Mさんは、いつ映画に行ってもなんらかの割引サービスは使う(もちろん
レディスーディとか、なんとかカードなどのことです)のだから、1800円
なんて数字は、あってないようなもの、もっと安くするべきと力説するのです。

超話題作であっても、最終日まで連日満席ということはないのですから、
もっと安くして、席を埋めるべきだと・・・
だいたい、映画は家族連れのレジャーとしては高額すぎるというのです。
大人が二人と子供が二人。ポップコーンにコーラ持って入ったら、結構な
金額になるというのです。


確かに一理ある。
あるのですが・・・この屁理屈おババは、何か釈然としないのです。
値引き、値引き、値引き・・・
お安くすることだけが価値がある・・今のこの風潮に釈然としないと
言ったほうがいいのかもしれません。

お客の側がお安くと求めるのは当然のことでしょう。
でも、それに応じて、値引きに応じることは、経営者としてはどうでしょう?
もともと、経営者たるもの、プロパーのお客様を大切にしないでどうしますかっ!
と、これが私の信念ですから、その観点から行くと、1800円でチケット
購入してくださったお客様にこそ、なにか特典をお付けする・・・
これではいけませんかね?

例えばプラチナポップコーンとコーラのセットをお付けする。それは店頭で
お金を出して買うときみたいな、ポップな入れ物ではなく、特別のもので
ご提供する。
今時は、デートに映画を見るかどうかは判りませんが、これって10代はともかく
少なくとも30代以上のあの一定の女の人の心は揺さぶりますよ。

こういう特別感って、好きな女性は多いです。

情報収集にかけては全盛期の今時ですから、この映画にプロパー客は何人と
いうもくろみはすぐにできるはず。
ならばその数を一番良い席に確保して、プロパー客に提供する。もちろん
空席もでるでしょうが、どうせ割引しても空席はあるのです。


常々思っていましたが、日本の国は、いつの間にか「安く売る」ことが
すべてになってしまって、定価で買うお客様への奉仕と感謝を忘れてしまって
いるような気がします。

プロパーのお客様がいらっしゃることで、商品の品質と性能が保たれるのです。
そのことを、売り手が忘れているような気がします。
プロパーのお客さまがいらっしゃるから、バーゲンの感激があるのですよ。

そして、そういうお客様が店や、販売員や、しいて言えば日本の経済を
活性化させているのです。
そういうお客様を大事にしないで、安売り客ばかり相手にしているから
今の日本の姿があるのでしょう?


もちろん、私も市井の一人ですし、ごくふつーのちょっと偏屈なだけの
サラリーマンおババにすぎませんから、バーゲンも好きですし、割引に
心が躍ることはあります。
でも、それだけを目指してはいけないという、日本国を案じる気持ちも
多少はまだ心の隅に残ってるのです。



こんな私の持論を、ふんふんとさも感心しきりという風に聞いていた
Mさん・・・・
「いやぁ、すごいですね。勉強になりました。・・・でも、私やっぱり
安いのが好きです。」と、こぼれるような笑顔で言い放ちました。


・・・・笑顔で何聞いてるのよっ!と、言うことばは飲み込んで
「そうね。私もよ。だから効果のでない投資はしないようにしてるの。だから
Mさんところとも、来月までかな。」と、微笑んで返すと、さすがに
こぼれるような笑顔が、彼女の顔から消えました。

悄然と帰る彼女の後姿を見送る私に背後から
「やっぱり、鬼やな・・」と、つぶやく家人の声が心なしか震えて
聞こえます。(笑)
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by sala729 | 2014-01-20 12:28 | Comments(0)

年末年始は、映画に明け暮れました。

「レッドリターンズ」にはじまり、蠢動、武士の献立、ダイナソー、永遠の0、ジャッジ・・・

もちろんwowowでも見ましたよ。
トラとすごした・・・とか、レ・ミゼラブル、そのときの侍、大奥綱吉編、
私は、映画は「劇場派」なのですが、それでも見逃したり、もう一度見てもいいかなと
思ったものは、テレビでも見ます。

映画に関しては、全作とはいいませんが、yahooの映画案内に自分の見た作品の
評価は記しています。
自分もあれを見て、映画に行くかどうか決めますので、自分的には、いつも
「まじめ」に書いているつもりです。


なんで今こんなことを書いているのか自分でもよく判らないのですが、今年二回目の
ブログは、まぁこんなところで・・(^^)/
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by sala729 | 2014-01-17 16:10 | Comments(0)

明けましておめでとうございます。

今日に至って、あけましてもないと笑われるかもしれませんが
なにしろ旧型人類なので、年の初めのご挨拶は、これから入らないと
なんとも、座りが悪い(笑)

本年もどうぞよろしくお願いします。


今年の私は「年女」です。え?何回目かって?
それは・・・もう何回目でもいいじゃないですか。それぞれ
皆様の思う回数と、私の願う回数で(笑)


私は午年の獅子座という「意地と見栄」を、両手に抱えているような
運勢に生まれております。

そして、今んところ、そのままの道を突き進んでいるような気がします。


今朝は、やしきたかじんさんの訃報を聞き、昨夜はテレビの健康志向
番組を見ていて思いますが、人の死は誰にも、ある種平等に訪れます。
遣り残さずに死にたいなんて、それは無理です。
人間は死を自由にはできません。人は自分で思うようには死ねないのです。


この私の諦観をあざ笑うかのように、医学は発達を続け、手術や遺伝子操作、
細胞変種、機械や機種の向上と、どんどん神の領域に踏み込もうとしています。
この努力があるからこそ、医学の向上という誉はあるのでしょうが、
私の意識はこことは違うところで、この医学の発達を見つめています。

上手く表現できないので、お読みいただいた方の中には、不快感を
持たれたり、嫌悪感を抱かれたりすることもあるかもしれませんが、
できる限り、正直に自分の死生観を言葉にするなら
「神には逆らうな」と言うことでしょうか。

私は個別にどの宗教に染まっているわけではありません。
むしろ「無神仰人間」というほうが当たっているでしょう。
親もそうでしたから、無宗派としては筋金入りです(笑)

でも、そんな私でも、初詣には神仏にお参りもしますし、もちろんお賽銭も
供します。
おみくじや運勢も引いてみますし、苦しいときの神頼みもします(笑)


その私が、思うのです。
いろんな技術を駆使して、卵子と精子を操って、全く別の母体に受精
させたり、末期の患者を全身管通して苦痛の中だけで生きながらえさせたり
また、患者自身がそれを望んだりと・・・・それは神の領域に土足で
踏み込んでいるようなことではないかと。


もちろん、個々にそうしなければならない理由はあるでしょうし、
それまでも否定するつもりはありませんが、私が私らしく生きて
死にたいと願ったとき、それは叶うのかと、ちよっと心配になってきました。


でも、その時はもう自分では何もできないのだからそれでも仕方ないと
割り切ることはできるのですが、唯一の望みは、痛みと苦しみからは
できる限り早く開放して欲しいということです。
たとえそのために、死期が早まろうともです。
どれくらい?・・・と尋ねられたら「うーん。半分くらい」と、答えて
おきましょう。

もう、どんどんと死が近づいてきます。
身近な人間を次々と亡くした今は、死が怖くなくなっているような気がします。
向こうに行けば、逢える人たちが増えました。
もちろん、逢いたくない人もいますけどね(笑)

年賀状にプリントされた、知人のお子達もみんな大きくなりました。
この子たちの将来に、もう責任は持てないけれど、田舎の片隅で秘かに
応援するくらいはできます。

こんな世の中にした責任の一端を詫びながら、キミらの覇気のなさを
嘆きながら、私の一年はまたこうして明けていくのです。
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by sala729 | 2014-01-08 12:17 | Comments(0)