世の中に「アホな男」は、数多おりますがこの仕事をしていると、そういう
類と遭遇する割合は世間様の何倍も多いわけで、若き頃にこの仕事をしていると
自分がどんな人間になっているかと思うと・・・怖いです(笑)


そんな、アホ男のお話を今日もひとつ・・・


長峰かすみさんは51歳とお聞きしていましたが、お逢いするととても若く
お綺麗な方で、ほんとに「名は体を現す」を実現しているようです。
そのかすみさんから開口一番出た言葉は・・



「ホントにアホな兄なんです。いつも、私と母はその尻拭いばっかりで、
もうすぐ60ですよ。いったい何時になったら、安心できることやら・・」

ため息交じりにぽつぽつと話すことをまとめると

今年58歳になる、実兄の野沢孝弘さんは、実家の繊維業を継いでいます。
もともとは現在82歳の母が、サラリーマンの父の反対を押し切って手がけた
事業で、細々とやっていたのですが、いつのまにか父も早期退職してまで
肩入れするようになってから、それなりに大きくなりました。


子供は孝弘さんとかすみさんの二人です。

二人とも手がかからず、問題のない子供時代を過ごしてきましたが、孝弘さんは
人のいいおぼっちゃんタイプの典型のような人でした。
学生時代は友達にお金を貸して、踏み倒されたり、交通事故の身代わりをしてあげて
警察沙汰寸前までいったり、水商売の女に騙されて、美人局にあったりと
さまざまなアクシデントを、自分ひとりの力では乗り切れず、その都度
父と母が始末をつける姿をかすみさんも目の当たりにしてきました。


その兄も結婚して少し気の強い兄嫁との間には子供が三人。最初は嫁姑の
ぎくしゃくした関係も、なんとなく落ち着いてきた頃、父があっけなく
亡くなりました。

そしてそれを機に、母も現役を引退して会社をすべて孝弘さんに譲ることに
したのです。
かすみさんは結婚しており、会社の役員に名は連ねているものの
実質、会社は孝弘さんのものです。


そんなこんなで父の一周忌を終えた頃、突然、孝弘さんが妻に「離婚して
くれ」と切り出しました。
理由を問いただすと
「もい一緒にいたくない。他に好きな女ができた。」
「は?」・・・妻としてはこういうリアクションしかないでしょうね。

結婚してから妻は、会社の経理や庶務の仕事をこなしてきましたから、
現実問題としても、ここで妻に去られたら会社経営自体が困ります。

「私が出たら会社、どうするのよ?」
「いや、それはいい。入ってくるのにやらす。」
・・・・・それはどういう意味?と、妻は聞かずに姑に事の次第を洗いざらい
話しました。


少し前から、夫婦の仲がおかしいなと母も感じていましたが、あまりのことに
びっくり。私に相談してきたのです。
母ももう80を越えています。しかも父が亡くなってすぐにこんなことに
なるなんて・・・

実は、兄が会社を継ぐとき、母は反対していたのです。でも、父が亡くなる時に
「あいつも責任もったらしっかりするはず」と、言い残していたので、母も
踏み切ったらしいのですが、全然しっかりしなくって・・・


やれやれ、亡きお父様も間際になって、とんだ見込み違いをしたものです。



調査の結果は簡単に出ました。
孝弘さんはなんと、自分の会社に技術研修に来ている中国人女性に手を出して
妊娠させていたのです。
調査結果を見たかすみさんの顔に、絶望と諦めが広がりました。

「ほんとに、アホです。アホとしか言いようがないです。相手のこの娘は
研修生の中でも一番年上で、確か34歳です。しかも中国に旦那さんも
子供もいるんですよ。もちろん、兄もそのこと知ってますよ。」

・・・・・・・暗闇の道を女のお尻を触りながら歩く孝弘さん。
産婦人科の玄関を女の肩を抱き寄せ、出てくる孝弘さん。

強く噛み締めたかすみさんの唇から、血が滴るのではないかと思いました。


このことは、孝弘さんの妻は知りません。
妻は離婚してもよいと言ってるのだそうです。長い結婚生活で孝弘さんが
どれほど無責任で頼りないかよく判っているのでしょう。
なんの未練もないとまで言っているらしいです。

ただ、母は違います。
いろいろあったけれど、ようやく気心の知れた嫁と今更別れて、しかも
孫は嫁が連れてでます。そして、中国人の連れ子ありの嫁と、今から一緒に
暮らすなんてできないとかすみさんの前で泣いたそうです。

かすみさんにはどうしてあげることも出来ません。
中国人女性との始末はなんとかできても、これを妻に隠しとおせるかどうか。

「ほんとに、なんでいつまでも私や母はあのアホの後始末しなければ
ならないんでしょう。」
美しい顔には、ため息ばかりが浮かんでいます。


「あほボンはいつまでたってもあほボンやなぁ」なんて吉本新喜劇の科白の
一こまが聞こえてくるようです。
かすみさんの憂鬱は濃く長く広がっているようです。
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by sala729 | 2013-10-21 14:31 | Comments(2)

それは端正な男女の「結婚写真」から始まりました。

向かい合った相談者は、河野典子さん(70才)。今も現役でエステテックサロンを
経営しておいでだからか、失礼ながら今流行りの「美魔女」とやらの括りに
十分に入る資格をお持ちの美貌と物腰です。

その典子さんの娘さんですからこの結婚写真の新婦が、美しくないはずが
ありません。それは当然とはいえ、隣に並ぶ夫という男性もまた、長身の
イケメン。すっと立った姿は、古い表現をすれば銀幕のスターの趣があります。


結婚して7年。なんと子供は4人。
それでも、妻の裕美さんは、所帯じみた「かあさん」ではありません。
いつも綺麗に化粧は欠かしませんし、動作にがさつなところはありません。

もっとも、夫の中原氏は父の会社に入社して10年目。
出身大学は日本の最高学府ですから、当然次期社長は決定しています。
中原氏の両親は、早々と現役をリタイアして、都心にマンションを持ち、
悠々自適の毎日を送っているのだそうです。

絵に描いたような幸せな生活・・・の、はずでした。

そんな美男美女の夫婦であっても、年月は心変わりを促すものなのですね。



ある日のこと、買い物を終えた裕美さんが自分の車に戻ると、目の前を
一台の見慣れた車が・・・
あ・・と、思って注視すると、ハンドルを握る夫の隣に長い髪の見慣れない
女が座っています。

前後を忘れた裕美さんが自分の車であとを追いましたが、もちろん間に合う
はずもなく、見失ってしまいましたが、その日のことを夫に問い詰めました。


もちろん夫は否定しましたが、それが契機のように夫から「そんな風に
見境なく問い詰められて一緒に暮らす気にはなれない。別れたい。」と
言ってきました。
それはまるで、裕美さんがそう言い出すのを待っていたかのようなタイミング
でした。
裕美さんは、夫を愛し、子供を愛し、今の生活を大切にしたいと思っていました
ので、夫を裏切ったことを泣いて謝りましたが、夫はもう何も聞き入れては
くれませんでした。


翌日から夫は自宅に帰ってこなくなりました。
たまに帰っても、一時間ほど子供たちと話しては帰ります。
話し合いをしょうと会社に電話を入れても、「今は出張です」とか「不在です」と
事務員が言うばかりで取り次いでもくれません。

もともと、お嬢様育ちで線の細い裕美さんがこんな生活に長く耐えられる
はずがなく、ある日倒れてしまい、現状を実家の母である典子さんが知ることに
なりました。


精神的に弱い、裕美さんに調査を打ち明けると、夫に判るかもしれないという
典子さんと私の判断で、彼女には黙って実行することにしました。

しかし、中原氏の行動を掴むのは、それは大変でした。
なにしろ、各地にある支店・支社・営業所の統括管理をしているらしく
月の殆どを出張しています。

しかも、予定を本社にも向かう支店にも知らせないのです。
それが「奥様対策」なのか、次期社長ゆえのわがままなのかは
判りませんが、ともかく神出鬼没・・足跡も軌跡も残さないのです。

調査が難しいことは典子さんもよくご理解くださっていて、十分な時間を
いただきました。
そして、ようやく女の存在が判明しました。
そこで、夫と女は実質「夫婦生活」しています。
しかも、このことは夫の両親もすでに知っていたらしく、先日裕美さんの
もとに姑から電話が入り
「あなたも次期社長夫人の座を狙っていたんだったら、これくらいのことは
我慢できるでしょ。」と、言われたそうです。
この時点の、これくらいは別居のことと、裕美さんは受け取っています。
彼女はまだ、女の存在を知らないのです。

そして典子さんに
「私がパパ(夫のこと)を問い詰めたから、いけないの?パパには
女なんていなかったのに、私が邪推したから出ていっちゃったのね。
ねぇ、お母さん、私はどうしたらいいの?
パパに謝りたいけど、私には口も聞いてくれないの。」と電話をかけてきます。

一度、典子さんが
「そんなこというけど、パパだってホントに浮気してるかもしれないじゃない?」と
言うと
「そうかもしれない。でも、してないって言うんだから、してないことに
しないとね・・・」
そう答える娘は病んでますと典子さんは言います。

中原氏の女と、一緒に暮らす家は判っていますが、これを今、裕美さんに告げるか
どうかは微妙です。

このままでいくと、中原氏はきっと離婚に対して強硬手段を取ってくると思われます。
そのとき、こんな状態の裕美さんでは、とても太刀打ちはできないでしょう。

この証拠は典子さんの手元で保管し、その時にはすべてを弁護士さんに委ねるのが
一番でしょう。
その時はじめて、裕美さんは母の愛に感謝するはずです。

こんなに何拍子も揃った、男女なのに壊れる愛もある。
男女の間を繋ぐものは、愛なのか、お金なのか・・・究極の選択は今も昔も
誰も知らない。誰にも判らない・・・・。
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by sala729 | 2013-10-15 14:47 | Comments(2)

山崎豊子さんの訃報は、ほんとに残念です。
仕事をし終えて・・・というよりは戦いの最中の死ですから、これはまさしく
戦死です。
しかし、そうやって振り返ってみると、山崎さんには終戦がなかったことに
なります。
こうして、戦後の時代を自分の中で戦い続けた人もいらしたのだなぁと
中途半端な戦後生まれの私は思います。



私の世代は両親が戦争体験者で、父は最後の召集兵で満州に行っておりました。
もっとも終戦時には高知に帰っており、戦闘経験はないと本人も語っては
おりましたが・・

母は地元におりましたが、空襲を受けて逃げまくった夜のことは、私はもちろん
私の息子らも何度となく語り続けておりました。
時には、記憶が曖昧で「うそつきババァ」とカゲ口叩いたこともありますが
今にして思えば、体験者からじかに話を聞けたのは、私の財産のひとつです。


そして、そんな身近な戦争体験とは別に、国家的に、世界観のある戦争を語って
くださったのが山崎豊子さんだと私は敬愛しております。
私の戦争感はこの山崎豊子さんと、五味川純平氏の小説で幹が作られていると
思っています。
また、「白い巨塔」は、文庫本でその続編を読んでいるうちに産気づいて、このまま
出産したら一ヶ月読めなくなると(産後一ヶ月は本を読んではダメと言われて
いました)思って、陣痛の中読み終えたことも思い出します。あの時の子が
息子です(笑)



未完の作品があるとはいえ、これからの作品がここで途切れることは残念の
極みではありますが、反面このお年まで自分の仕事に囲まれて、促されて、
そして惜しまれて現役を終えた、山崎豊子さんの生涯は、私の憧れるところで
あります。

もちろん、あんなに偉くもなく、賢くもない、ただの市井の若いおばば(若いと
付けるくらいの色気はお許しください。笑)ですが、いつか私もこんな風に
自分の人生を終え、誰か一人に「あー楽しそうな人生だったね」と、言われたい
ものだとしみじみ思いました。


今年の長い秋の夜にもし一番に読み返すなら「大地の子」かなと、今は思って
います。                    合掌
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by sala729 | 2013-10-02 14:47 | Comments(0)