それは、本当に「あっ!」と言う間の出来事でした。

昨日のことです。お昼時間も少し過ぎてはいましたが、商店街を行き交う
人はなかなか多く、寂れたとはいえまだまだじゃん・・とか思いなが
私も近くのデパートに向かっていました。

このデパートは商店街のアーケードを抜けるとすぐに立体交差になっている
向こう側に聳えております。昨日もそこまできて、デパートに行くために
左折しょうとした時です。

角にある、地元では評判のサンドイッチとフルーツのお店から
女店員さんがなにやら紙箱をもって忙しげに出てきました。


このお店はもともと果物店で、私が生まれる前からある老舗でしたが
自家で営んでいたフルーツパーラーを畳んで、店内ではじめた
オープンサンドと生フルーツジュースが大当たりで、近隣の女子高校生や
若い女性。最近はカロリーを気にするおじ様族までがランチに
押し寄せる店になりました。

そのせいか、店員さんたちはいつもくるくるとよく動きます。


店員さんが私を追い越していくその時「ポタッ」と音がしました。
(本当にこんな音でした。)
「ん?」私は音のした地を見、店員さんもつられて空箱越に地面に
視線を落としました。


・・・・・あ、・・・・ぁぁぁ。じぇじぇ(あまちゃん風に・・)

なんと地面には、おぞましい派手やかな姿態を幾万本の羽毛に纏われた
人間界では最上級に嫌われ、忌みられ、排斥される5センチほどの
「毛虫」様ではありませんか。



思わず店員さんと視線を合わせ、お互いに口を開こうとしたその時です。

私と店員さんのその目の前に、にょきっと真っ白い足に、紅のぺディキュアも
鮮やかな、美しい生おみ足がつきでいたかと思うと、その毛虫野郎(いや、
もしかしたら女の子かもしれませんが・・・ここは行きがかり上、男の子と
いうことで・・)の上になんの躊躇もなく下ろされました。

こんどは、・・・ぷぎゅ・・という音がはっきりと聞こえました。

そしておみ足から出ている上半身を、思い切りくねらせて、身も千切れん
ばかりに、紅に染まった、親指の爪に身をもたせてこようとするではありませんか。


私と女店員さんはおみ足からそのまま視線を上にあげていきました。



すると、おみ足に負けない可愛い女の子(10代とは思います)が、目を
一杯に見開いて、自分の親指に千切れかけた上半身を乗せようかと苦悶する
毛虫野郎を見ています。

口がぱくぱくあいて、まるで呼吸困難かのように・・・


  きゃあ~~~~~



その後に響いた悲鳴です。それは「き・ゃ・あ」などという文字で
現せるようなそんな音ではありませんでした。
「あぎゃあ~」とも「ふんぎゃあ~」とも「おりゃあ~」とも
どうにでも聞こえるようなそんな「擬音」の並びでしたね。


おみ足だけでなく体も固まってしまったか、悲鳴の割には、足を動かそうとも
せず、視線を外そうともせず、叫び続ける彼女に隣の友人らしき
女性は何事か判らず、ぴくっと体を離し、アーケードを行き交う人たちも
その金属的な声に、視線を集中してきます。

いまこの時、この瞬間、彼女のこの声の原因と、状況をすべて理解できて
いるのは、本人を除けば・・いや本人すらなんでこうなったかは判りは
しないでしょう。

ということは、私と女店員さんだけになります。
なにより、女店員さんの持っている空箱から落ちたんですもの。

我に帰ったのは女店員さんが先でした。すぐに空箱を、しかもさりげなく
見回して、まだ残ってはいないことを確かめてから、私にむかって
頷きました。

反射的に私も頷き返しましたが・・・これって、これって
原因をだまっておこうねという暗黙の了承ってやつですか?


頷き返した以上、女店員さんとの信義を破るわけにはいきません。

私達は何事もなかったかのように、叫び続ける彼女を置き去りにして
女店員さんは店内に、私はデパートに向かって行ったのでした。



・・・・・デパートでの買い物を終えて、再びそこを通った時、当然もう
彼女はおりませんでしたが、タイルを張られた地の上に、あの毛虫野郎の
下半身が乾いた体液にまみれて残されておったのは無残でした。
・・・・・なんて他人事みたいに言う私をお許しください・・・・合掌
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by sala729 | 2013-05-31 11:47

本当に私事中の私事なのですが、いつもそうですから今更・・と、
思われる方は笑ってスルーしてやってください。気候のご挨拶程度に・・
と。

私は自分の死後とそれに至るまでを、できるだけ自分でプロデュース
しておきたいと考える人間でして、そのための準備をしておきたいと考えて
おります。
ただ、そのためには自分で自分の意志を書き残すことはもちろんですが、
それに対して、家族の承認というものが不可欠になります。
これが、厄介で、私の家族たちは私のこの意思表示を、「あ、またか」とか
「やれやれ」という程度でしか受け止めておりません。

ご存知の方も多いかと思いますが「医者に殺されない47の心得」という本を
お書きになった、近藤誠さんというお医者様がいらっしゃいます。
また、先生のお友達で「死ぬのは癌に限る」を上梓された中村仁一先生。
このお二人の本を読んで、まったく私の思うことをそのまま現役のお医者
さまが仰っていると感動さえ覚えました。


そこで、先週息子が帰省するのにあわせて、近藤先生が自分用にお書きに
なったリビングウィルが本で紹介されていたのにあわせて、私も書きました。
それには家族署名が必要なので、息子の帰省に合わせて作ったものです。

私と家人は、パートナーではありますが、こういうことに関しては、
お互いが残されて、いやな思いをしないように、なるべく責任のかかることは
避けるようにしています。
特に、私には成人した子がおりますので、家人は常々「Aちゃんの最期は
Sがしたいようにすればいい。オレはそれに従う」と、言っておりますので
こういう署名は息子が適任。


・・・・・しかし、今回、この息子なかなか「うん」と言いません。
あらかじめ印鑑を持って帰るようにと言っておりましたので、印鑑と
貯金通帳(なんで通帳がいるのか判りませんが・・)を持って帰って
おりましたので、リビングウィルを見せて、署名捺印を迫りました。

すると・・・
「ち、ちょっと待って。これにサインするのオレ?オレだけ?
なんでRはないのよ。オレだけっていやだよ。救急車は呼ばないでくれだの
延命治療は一切しないでくれだの、ようは放っておいてくれって意志表示で
しょ。子として、そんなものに署名するのは・・」と、この期に及んで
ジタバタくどくどと言い募るのです。


「そりゃそうだよな。Rにも同じ責任あるよな。」と、横から家人。
もぅ・・なんであんたっていつもそう判ったふりするのよっ。

ということになって翌日、娘も呼びました。
そこで、趣旨を説明して最後に私は高らかに宣言しました。

「以上です。ただし、今回署名捺印を拒否または辞退するような
ことがあれば、今後一切の経済的援助、親子関係の継続はお断り
します。」


をいをい(--:)
それって、脅迫じゃないかっ!
ひどいっ!!
なんたる親やっ!
・・・・あんまりだ・・・

様々な怒号が渦巻く中、まず娘が落ちました。(^^)(^^)(^^)
いまは、判子を持ってきていないから、改めて持ってきて書くと言います。

「お前、経済的援助絶たれたら困るからやろ?」
「そうよ。だってそれはお兄ちゃんも同じでしょ。」
「お前はそーいう奴だよ。」
と、久々の兄妹喧嘩の勃発です。(たまに見ると、これも面白いです)


「しかし、それにしても、オレらのおかーさんというのは、とんでもない
人だよな。確かに気持ちは判らんでもないけど、子に親を見捨てろって
印鑑押させるんだからな。」と、しみじみ息子。
「ホントよ。まぁ、前からとんでもない人とは思っていたけどね。」

・・・な、なんと、最後は私への批難で兄妹喧嘩は収まってしまいました。。

なんやかやで、娘は受諾したものの、息子は「心の準備がまだ」と
言を左右になかなか署名も捺印もしょうとしません。
話が及ぶと
「結局、もしもの時はオレが決めるんでしょ。ならその時でいいじゃん。」と
逃げるのです。

「何を言うのよ。自分の最期はこうしたいと自分で決めておきたいのよ。
それに、人工呼吸器外してくれって人に言ってもらってその人に心理的
負担かけるくらいなら自分で決めておく。それに従ってもらいたい。」

・・・・・堂々めぐりです。外見はともかく、息子は内面的には
私にそっくりと誰もが言います。私も、たぶん本人もそう思っている
でしょう。
でも、ことこういうことに関しては、私はどこまでもドライで
彼はウェットです。とても・・(笑)


毎夜のこんな攻防の果て、とうとう最期の夜に脅しあげて(もちろん
経済封鎖が本気であることを骨身に沁みさせました)署名捺印させました。
・・・・・日本政府も北朝鮮に、これぐらいで迫らないから甘く
みられるのよと、身の程知らずにも思ったりしましたが・・(^^:)


これは私の親心です。
親の人工呼吸器を自分が外したことの責任から解き放してやるための配慮です。
息子には息子の言い分があるでしょうが、私は最期まで親でありたいと
願っています。
いつかは、心も体も自分の意志を離れて、コントロールが効かなくなる
時がくるでしょう。人は死の時を自分で演出することはできないのです。
だからこそ、いまこの時の自分が考えた、自分の終わり方を残して置きたい
のです。

私は自分が自分で御しきれなくなったら、遠くの施設に入れてくれと
言っております。
できれば海の見えるところがいいですが、街から遠く離れて、来るのに
とても時間がかかるような辺境の地がいいです。
自分がそういう状態になったら、もう外にもでません。便利な地でなくても
いいんです。
そして、滅多にこれないような土地であれば、家族たちも度々はこれませんから
これないことで家族も負担に思わなくてもいいですし、私も諦めがつきます。

一人で、じっくりと死ぬ準備をしていくというのも、なんだかフランス映画の
1シーンみたいでいいじゃないですか。

・・・・・うーん。でもそれは綺麗なお婆ちゃんだったら絵になるよね。と
家人の余計な一言。
ふん!・・・その時、あなたはもうとっくに土に還ってるわよ。
もしかしたら、異次元に生きる私が、あなたとパパ(亡き夫です)の
骨をシャッフルして、窓から撒き散らしているかもね・・

・・・・・それって、フランスのホラー映画??と、息子に突っ込まれ
そうです(笑)
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by sala729 | 2013-05-22 11:41

こんなこと書いたら、また嫌われるとか顰蹙を買うとか、そんなことは
なんでもないのです。この性格で長い時間を生きてきましたから。

でも、わざわざ人様の柳眉を逆立てるようなことを書かなくても・・という
気持ちはあります。



それでも、書かずにおれないのは、これは「業」というのか、「性」と
言うのか・・(いや、ただの意地悪なへそ曲りでしょうと隣で声がしますが、
確かにそれが一番正しい評価なのかもしれないと、さすがに今回は思います。)


と、前置きはこれくらいにして、何を述べたいかというと、最近のニュースで
とても気になっているのが、不妊治療に対する、助成金の話題です。
世の中は、39歳以上が適正かどうかで、議論が起こっていますが、私は
そもそも「不妊治療になんで政府助成金がいるのか?」というところに疑問を
持っています。


もちろん世の中には、望んでも望んでも子を得られない気の毒なご夫婦が
沢山いらっしゃることはよく知っております。
そういう方が、「子作り」にどれほど身命を賭けていらっしゃるかも、人伝に
聞いてもおります。

でも、子供は「夫婦の責任で作り育てるもの」それが基本と固く信じている
私には、夫婦で育み、育てることができないならば、それはもともと
神様がそのご夫婦には遣わせてはくれなかった天使ではないかと思うのです。


確かに、多くの男女は結婚すれば子供が欲しい。じじもばばも孫が見たい。
これは言うまでもありません。

でも、多くの人たちがそうであっても、子供にない夫婦は、子供のないことで
違う形の夫婦を作り上げている。そういう人たちを私は沢山知っていますし、
かつては、そうやって自分が望んでも得られないものを、自分のなかに
畳み込んで、それを性格の一部にして生きてきた、深い深い人たちもあまた
おります。


私は昔の人間ですから、子がなくて婚家を去った女性のことも身近に知って
います。そういう人も確かにいました。
でも、上記の子はないけれど、労わりあって愛し合って生涯をすごした
夫婦もおりました。


子供が欲しくて、不妊治療することは各々の自由だと思っています。
そのために、時間とお金を費やすことも、それもありでしょう。
でも、それを一律で助成金として得ようなんて、そんなこと本当に思って
いるのでしょうか。

とてもいやな言い方ですが、それって、「助成金がなければできなかったけど
助成金のおかげであなたは生まれた」と、言いかねないことですよね。


同じことが、卵子提供者にも言えます。
どんなことしても子供が欲しい。たとえ他人の卵子でも、精子でも。
これって本当に子供のためですか?
子供が成長して本当のことを言うときに「お母さんは、どうしてでも
あなたが欲しかった」と告げるのでしょうか。
それほどあなたが大切だったと・・・

でも、それも裏を返せば、お母さんあなた自身が子供が欲しかっただけ。
なんとしても欲しかっただけでしょと切り返されたら、なんと言葉を
継ぐのでしょうか。



出生率が年々下がって、なんとかしょうという政府のあがきに、
不妊に苦しむ人たちが乗せられた・・
こんな風に思ってしまう私は、やっぱり「鬼ばば」ですかね。


自分のできる限りの努力と、行為でもって、得られなかったものは、
仕方ないではありませんか。
二人でそういう努力をしたということを、夫婦の力にすることはできない
のでしょうか。

人にはそれぞれの、幸せと得るもの、失うものがあり、それは時に
不公平ではあるけれど、それを乗り越えたときに手にしなかったが故に
得られるものも、あるはずです。
私はそう思って生きてきました。


正直、いま思っているのは、そんな助成金の予算があるなら、もっと
他に使うべき途はあると思っています。

これ言うと、また火に油を注ぐようですが、例えばいま問題化している
「駆け込み出産」に関して。
いまは、無料診察券が自治体ごとに何枚かは付いているそうですが、
基本、妊娠時検診は自由診療ですね。
そのために、定期診断を受けない人が増えている。駆け込み妊娠で病院も
困っているというニュースも見ました。

ならば、これを補助すればどうですかね。
もうおなかに育った命です。これからはなんとしても守ってあげねば
ならないでしょう。
その時に、お金がないからとか、知識がないからとかで、危険な出産を
しなければならない人たちがいるなら、まずそれをこそ防ぐことが先では
ないですか。

通常妊婦さんにしても、全額保険が効けば、どんなに診察を受けやすいことで
しょう。

まず守るべきは、「いま、そこにある命」と、私などは思うのですが、これも
鬼ばばのたわごとなのでしょうか。
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by sala729 | 2013-05-15 13:59

「息子の嫁が孫を連れて家を出た・・」こんなご相談は珍しくはありません。
私的には、じゃなぜその息子が相談してこない?と思いますが、それは
それで個々の事情というものがあるのでしょう。


中野美鈴さん(仮名・57歳)も、そうやって電話をかけてこられました。
息子さんは28歳。その嫁は36歳。そして7歳の孫娘はるかちゃんとは
同一世帯で暮らしています。
その家には中野さんの夫と、30歳の長女も住んでいますから、総勢6人の
現代では大家族といえるでしょう。


息子さんと嫁は、ネットで知り合って結婚を賛成も反対も言う間もなく、妊娠
出産と続いて、あれよあれよと言う間に、7年がすぎたと美鈴さんは言います。

嫁は極端に口数が少なく、会話らしいものはしたことがないけれど、夫婦仲は
良かったと思いますと美鈴さんは言います。
長女の美梨さんも頷いています。美梨さんは自宅でエステサロンを開いていて
嫁もそれを手伝っていたというのです。
・・・・それはそれで、嫁の立場から見たら気苦労ではあったかと、私などは
思いますが、このお二人にはそんなことは全く思い浮かばないようで
いかに、孫を大切にしていか、嫁とと仲良く暮らす努力をしてきたかを滔々と
喋り続けます。


要約すると、息子さんは二交代の地元産業の工場勤務で真面目に働いています。
が・・・です。真面目には働いているのですが、彼にはお金のかかる趣味が
ありました。
車とバイクです。私らの世代にはこれに嵌る田舎の青年は多かったです。
都会と違って、車しかないのですから、それにありったけの給料を叩いて
チューンナップしたり、デコラメントしたり、それはそれは呆れるばかりの
飾りよう・・・といった車は多かったです。

でも、バブルが弾けてその後の暗黒の時代に生まれて育った息子さん世代が
まだこんな趣味に浸っているなどとは思っても見ませんでした。

「息子は酒もタバコもしませんから・・」と美鈴さんは言いますが、そういう
問題でしょうか。
普通の軽自動車に手を入れ、こね回し、300万からの支払いとか、中古の
ハーレーが200万で、今度はやっぱり新車が欲しいとか、他人の私でさえ
頭が痛くなるほどの与太話ですが、それを毎回聞かされる嫁はなんと思って
いたでしょう。


「でも、毎回嫁には相談してました。ローンがこれだけになるけど払える
か?って。そしたら払えると言うから、やったんです。」息子さんは
私に必死で弁解します。

「だけど、その結果、あなた達の生活はお母さんが見ることになったん
ですよね?あなたの服もお嫁さんのバッグも、お嬢ちゃんの習い事も、
服も靴も・・・嫁としてそりゃあ肩身が狭かったでしょうね。」

「いや、だけどそれならそれと・・」

「言えば、あなたはすんなりそうかと引き下がりましたか。悔しげな顔も
残念そうな顔もせずに、貯金が溜まるまで待とうとお嫁さんに言いましたか?」


・・・・・・・絶対に言うはずがありません。こういう人間は。
自分の給料ですから、いくら貰っているかは知っています。その中から、
ローンのお金をいくら払ったら、いくら残る。それで親子三人が暮らして
いけるかいけないか・・・そんなことはたやすい算数で判ります。
でも、それを見つめると、自分の楽しみが根底から覆るので、それに
めを瞑っているだけなのです。
「嫁も反対しなかった」ということを免罪符のように誇示して。
嫁は反対しなかったのではなくて、できなかったとは考えられないのです。

反対すると、目に見えて不機嫌になり、無愛想になり、自分や子や
はたまた舅や姑にさえも、不機嫌な振る舞いをする夫を知っていたから
断れなかったのです。


嫁ならば言うのが・・というのは正論ですが、中野家の場合、夫婦仲がこじれて
険悪になったとき、姑は夫婦の仲を取り持とうと、自分がそのお金を出すでしょう。
そして、口に出さずとも、嫁はそれを重圧に感じることでしょう。
であるならば、夫の無謀を受け入れておくほうがマシと彼女は思っていたのでは
ないかと考えます。


そして、我慢を重ねてきた結果がこの状況です。
我慢や忍耐はしているときは美しいですが、一度弾けると、とんでもない
形で後遺症を残します。
それくらいなら、少しづつ、小さいうちにプチ爆発させておくほうが
ほんぼかましです。

そしてそんな事例を私はもう幾多となく見てきました。


美鈴さんは、一週間後に迫った、お孫ちゃんのピアノの発表会を楽しみに
していました。
お孫ちゃん自身も、それは同じで発表会のドレスを一緒に買いに行き、
直しが明日出来上がるのだそうです。

夫である息子さんも涙を浮かべて、嫁に帰ってきて欲しいと訴えていますし
美鈴さんも、その夫も、長女も心から心配しているのはよく判りました。

でも、この心を嫁は重苦しく受け止めていたのではないかと、私は気に
なります。

美鈴さんいわく「仲良し家族」だったと言いますが、その仲良し家族に
入り込んだ嫁は、一人違う考えを持ってたのだと思います。
でも、それを言っても、夫は理解してくれず、経済的に頼らざるを得ない
姑にはそんなことを言えず、こんな手段を取ってしまったのでしょう。

私はお見積もりを、息子さんの前に出しました。
一瞥した息子さんは、美鈴さんにすがるような視線を送っています。

「やります。探してください。」美鈴さんの決意をこめた声が響き
ますが・・・私は息子さんに応えて欲しかったとしみじみ思います。



そして翌日、美鈴さんから電話がありました。
「嫁が帰ってきました。離婚届をもって。」と・・・・。
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by sala729 | 2013-05-14 12:08

悪夢のような四月が終わり、五月の声を聞いたものの、空は曇って
肌寒い日々が続いております。

わたくしは、ここで広言した「漢検」の学習に四苦八苦しております。
でも、それにも懲りず昨日、従姉妹の美容室に行き、漢検を受けると
またまた広言してしまいました。

なんともこの「有言実行行き当たりばったり性格」は、年を経て
治るどころか、ますますその度合いを悪化させゆくばかりの
ようです。(笑)

そこで従姉妹の夫氏から
「へー。漢検ならDSであったよね?」と・・・
「そうそう。そうなのよ。」

告白すれば、私もこのDSで漢検をやってみたクチです。
そして、準一級はなんなく終え、手こずったものの一級もクリアしたもの
ですから、それなら・・・と、思い至ったのが真実なのです。


ところが、そうは問屋が卸さなかった・・・ゲームはあくまでゲーム
でした。
なにしろ出題の数が違います。
ゲームは高々10問程度。検定は200問あります。

しかも、附属のペンで「ぴっぴ」と、鉛筆手書きでは、「はね」や「てん」
「はらい」などが、もうあやふや。
送り仮名は曖昧。
部首はちんぷんかんぷん・・・

見たこともない「四字熟語」・・・息子は「焼肉定食」?と、からかって
きましたが、なにを言うかっ!!
「隠忍自重」「綱目不疎」・・・これがキミに漢字で書けるかっ!


などと一人叫んでおります(笑)


そして広言を後悔しながら、それには触れず、ことあるたびに
「あ、あなたが勉強の邪魔したから今日できなかったわよ。
落ちたらあなたのせいね。」と
誰彼構わず、他人のせいにして回りの顰蹙買いまくりの最近の私です。
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by sala729 | 2013-05-02 14:26