先週の日曜日、この春新装なったわが街の商店街に、キュートな魔女や、凛々しい
海賊。ファラオやマリオが、わらわらと出現し、とても楽しいハロウィーンの
仮装行列が行われました。




たまたまこの日は、いつもの紀伊国屋さんにちよっとしたクレームがあって
赴くところでした。
まず、この事の次第からお話しますが・・・

この前々日、もうすぐ5才の誕生日を迎えるちびにと、講談社の図鑑のセットを
求めました。
運よく全巻揃ってあったので、お誕生日用にプレゼント包装してからいつものように
送ってくださいとお願いしてあったのですが、翌日届いた物は、簡単にキャラメル包みに
透明セロハンテープ。しかも両側ともテープが外れて、折り曲げた包装紙が
プランプランと浮いています。

私は今まで紀伊国屋さんの対応で、文句があったことはありません。
接客も100点とはいかなくても、それなりのものはあると思っていました。
今回も応対は悪くはありませんでしたが、購入時に「メッセージカードは
ありますか?」と聞くと

「あちらにあります。売ってます。」と、聞きようによってはけんもホロロな
言い草に、一言とは思いましたが、その娘の胸に「研修中」の名札を認めて
一度は我慢することにしました。(少し、心が広くなったような気がしました。)

その後、包装紙やシールなどを決めるのは別の店員さんでそれは不愉快では
なかったのです。

しかし、届いた箱を開けて、そのプランプランの包装紙を見たときに、怒りが
再燃しました。
「なんなのこれ。お誕生日のプレゼントと言っておいたのに・・」
開封したのが遅くて、その日はもう閉店時間をすぎていましたので翌日、日曜日
でしたがかけました。

担当の方のお名前もありましたのでもちろんその方に・・・
口頭で状態を説明するのはとても難しかったのですが、私の説明をじっと聞いて
担当さんは平謝りに謝り倒してくれます。

私は図鑑を一冊づつ包装してまとめてリボンを架けるか、まとめて包装しても
いいからセロテープではなくシールで折り目を貼り付けリボンを架けて欲しいと
申し出ました。
どちらにするかはお任せしますと言うと

「はい。判りました。同じものをもう一度こちらから発送いたします。その折に
返送用の封筒をいれておきますので、お手数ですがその物をこちらにご返送いただけ
ますでししょうか?」と言うことです。

「それなら面倒は同じだから今日これ持って行きます。」と告げて、電話を切りました。

6冊とはいえ、DVD付きの図鑑はかなり重く、持っていくのは・・もちろん
家人ですから、カゲで私のことを罵りました。(本人は聞こえていないつもり
でしょうがよーく聞こえておりました。)

キャビンアテンダントさんご愛用という(家人いわくです。)キャリーに図鑑を
積んで、私たちは商店街を南から北まで歩くことになりました。


そこで出会ったのが、冒頭の仮装行列です。
出会うまではそれがハロウィーンの催し物とは思いもよらず、はらはらと出会う
小さな妖精たちに、あれれ・・これれ・・・これなに??

そうしているうちに商店街のプロムナード全体がなにやら妖しい雰囲気。
顔をグレーにメーキングしている綺麗な若いお母さんはどうみても「ネズミ」
押しているベビーカーの赤ちゃんはダンボみたいな耳したミッキーマウス。

すれ違う男の子は海賊王で従うお父ちゃんはその手下。
車椅子のおばーちゃんはそのまま魔女で通用する貫禄で、周りを走る悪がきたちも
おばーちゃんには一目置いているようです。

被り物のゴムマスクは「フランケン」
かぼちゃのお化けもいれば、小さなお姫様もゾロゾロ・・・
なんと言っても多いのは「魔女」
まさしく老若男女の魔女・魔女・魔女です。


なんといっても、家族総出の仮装でいっぱいです。
みんな手に手に、かぼちゃ風船を何個も握って、それは楽しそうな光景です。



私は娘に電話を入れて、「いまどこ?」
「田舎のお祭りにきてる。」と、亡夫の里の秋祭りに行っているとのこと。
そんなことは例年したことがないのに、なんで今年また・・

そこでいま目の前の光景を説明して写メを送ると
「えぇぇーーーー。な、なんで今年から急にこんな派手なハロウィーン
するのよぉ。こんなことならそっちに行けばよかったぁ。ね、ねね
何時までやってるの?」

「そんなの知らないわよ。あなたもつくづく運のない子ね。楽しいことから
見放されているかもね。」と、およそ親とは思えない冷たい言葉を残して
私は電話を切りました。

いやはや見ているだけで本当に楽しい。。。

紀伊国屋さんに着いた時はそんな気分でした。
お店もその仮装行列の出発点にあり、一層盛り上がり、店員さんも黒づくめの
衣裳でお出迎えです。

そんな中、担当のYさんは気の毒なまでに平身低頭で、こうまでされてそれでも
罵倒するなんてことは・・・ちょっとできません。
もちろん罵倒なんてするつもりはありませんけどね。

そこで図鑑を渡して、まとめて包装してシールで折口を貼る。それにブルーの
リボンをかけるということで話がつきました。
なんでも店長さんがリボンかけの練習までしてくださったのですが、蝶々結びしか
できませんとまで言われて、却って恐縮です。

他の店員さんも私がなんの用件できているか判っているらしく、入り口の仮装店員
さんまでもが、帰る私に深々と頭を下げているのは、ちょっとこそばゆい
思いもありました。


再び商店街を逆に歩きながら
「ねぇ。来年は私達も参加しょうよ。」
「なんに?」
「これ。これに決まってるじゃん。仮装パーティー」
「・・い、いいけどキミ何になる?」
「あなたは?」
「ボクは海賊よ。ボクとちびは海賊の首領とナンバー2。あ、マリオもいいかな。」と
完全に乗り気です。

私達はこういう時は、ぴったり意見が合うのですよね。(笑)

「キミはなによ?」
「私は魔女に決まってるでしょ。」
「えっ?・・・それって仮装にならんじゃん。そのままだし・・」

むかっ!・・・とはしましたが、よく考えれば私はその昔から「魔女」と呼ばれて
きたのです。(笑)

「オニババでも仮装にならんしなぁ。かと言っていくら仮装とはいえお姫さまだと
周りが引くだろうしなぁ・・・」と、家人はわざとらしい独り言をつぶやき
続けます。

ハロウィンに、安達ヶ原の鬼婆が出るか!・・・と、叫びたいのをぐっと
がまんしてその夜、冷蔵庫に収まるビールをすべて外に放り出してやりました。


れにしても、来年は楽しみです。
もちろん娘たちも参加すると息巻いています。やはり血筋です。こういう
お祭りごとには血が騒ぐようです。(笑)

そして、紀伊国屋さんの結末はというと、翌日きちんと包装してなおかつ
入れられたダンボールの上には、「たいせつな物が入っています。丁寧に
扱ってください」という郵便局へのメッセージまで貼り付けて届きました。
その中には店長さんからの「お詫び状」も入っており、それも通り一遍ではなく
重いものを持ってきていただいたお礼。そのお詫び。
不行き届きのお詫び。今後のお願いなどそれぞれにきちんと認められており
私は大変満足いたしました。

翌日その旨を電話しましたら、店長さんは出張で担当さんはお休みだったのですが
でられた男性店員さんもこちらが名乗ればすぐに判ったようでとても気持ちのいい
対応でした。
私の「紀伊国屋・愛」は、一度は綻びかけましたが、こうして元通りに繕い
直せましたという顛末でした。
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by sala729 | 2012-10-31 14:51 | Comments(0)

昨日は、石原慎太郎氏の都知事辞任のニュースが吹き荒れていましたね。
したり顔のコメンテーターさんたちの、ご意見、ご高説は昨日から今朝にかけて
喧々諤々。
まさに、石原氏のその勢力の強さを見せ付けられた感がありましたね。

今朝はなぜか早起きした私も、いつもより早い時間にお風呂に入っておりますと
ラジオの朝のニュース番組で江川詔子さんが、同じテーマーでコメントしているのが
聞こえました。

お風呂の中でニュース聞く・・というのもアレですが(笑)これ、慣れればなかなか
いいものです。

特に朝のお風呂の時は、ニュースや道路情報、占いに天気予報と、一日の始まりに
役立つ情報が仕入れられます。
夜のお風呂のときは、DVDにセットして、映画や音楽を楽しんでいますが、これよりは
朝のほうが、私にはずっとお役立ちに思えます。

その江川コメントの中で「石原さんはもう80才ですよ。政治は未来が見えないと
いけないのに、これではやったことの結果が見れないじゃないですか。やりっぱ
なしってことですよ。」と、いう一言に私の「意地悪レーダー」がびびっと
反応したのです。

これって、結構ひどい言葉じゃありませんかね?(この私が言うのもなんですけど・・)
石原さん自身も、ご自分の年齢のことは仰っていました。
「オレ80才だよ。なんで若いのが出てこないんだっ!」って。。。

そうなんですよ。石原さんが80才で知事辞めて、新党設立して国政に出る。
これを指を咥えて見ている60代以下の諸兄よ。キミたちこそ瞑目すべき
ではありませんか?

そして、江川さん、80才でビジョンを描いてはいけませんか?
結果をみることの出来ない人は、政策を打ってはいけませんか?
人の命の長さは、誰も判らないです。
若いからと言って、長いとは限らない。また先が短いからこそ、思い切った
ことができるということもある。
人は長く生きていれば、これくらいのことは誰でも体験しますし、判ります。
やりっぱなしは、年齢ではなく、為政者の心がけの問題です。

いまの泥鰌総理は年齢的にはずっと若いけれど、そののらりくらりとした
態度と応対は、まるで仙人のごときです(あ、これはいい意味ではなくで
長寿の喩えとしてです。)
野党第一党の党首は、石原さんよりは若いですが、自らが総理であった時に
健康問題を理由にその座を降りました。

私も若き頃は、自民党の「老害政治家」を批難しておりましたが、今のこの時代
若いから気概も、夢も、気力もある!・・・なんて誰が思っているでしょう?

いいサンプルが今の与党ではないです?
若さとやる気を押し出して、その稚拙と弱気を覆い隠してとった政権の成れの果てが
今のこの有様ではありませんか。

時代は変わりました。
老人世代は、ただ若者たちが作る未来を、ほのぼのと待って、微笑んで待っている
そんな時代は終わりました。

責任回避と、周囲の目と、矮小な自身との葛藤に日々翻弄する成年世代と、
社会に融け込めず、自らの殻に閉じこもって、匿名社会の中でしか自己表現
できない青年世代。
いじめや家庭内暴力でその生命さえおびやかされている少年世代。

こんな時代ならば、猶のこと我々世代(・・お断りしておきますが私は
石原さんよりはずーーーっと年下ですよ。)が、先に生まれて、時代を
作った責任の下、余生をかけて成し遂げてる覚悟を持ってもいいんじゃ
ないかと私は思うのです。

「イクじぃ」や「イクばぁ」と、呼ばれるを良しとするなら、いっそ
社会の子供たちの「イクじぃ、ばぁ」に、なってみればいい。
もう自分個人の責任の子育ては終わったのですから、後顧に憂いはない。
(・・ホンネはあってもないとここでは言い切りたい。)


どんなに謗られても、批難されてもやらねばならないことはあります。
そんな時に、私達世代が代わってやらないでどうしますか。
そういう時のために「姥捨て山」の教訓があるのですよ(笑)
そんな年寄りだからこそ、尊敬されるのです。
(それは後世かもしれませんけどね。笑)



ひとつ誤解のないように加えておきますが、私は石原氏のシンパではありません。
むしろアンチの方です。
若い頃彼の書いた「スパルタのすすめ」(タイトルちょっと違ったかも・・)を
本屋の店頭で見て、こんなお父さんに育てられた石原家の四人の男の子たちに
同情したものです。
今でもしてますけど・・・。
小説家としても、私の好みではありません。
政治家としても、支持はしていません。
でも、時折、彼の生き方を「いいじゃない~」と、見ている自分がいるのです。

そんな時、江川さんのようなコメント耳にすると、こんなことを言いたくなるのです。

「物分りのいい、優しいじーさん、ばーさんには、ならない」と決めた時に
私は少し、石原氏に歩み寄ったのかもしれません。
まだ、あの傲岸な物言いには、嫌悪を覚えますけどね(笑)
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by sala729 | 2012-10-26 10:56 | Comments(0)

今日は日本中が雨・風と天気予報が注意を促していましたが、その通り
外はしっかり雨と風とが闊歩しております。
こんな秋の日は、静かな冷気が足元から這い上がってきて、心まで冷え冷えと
しそうですが、これも「四季の贈り物」と、好意的に受け止めなければ・・
なんて、物分りの良い「おババ」には到底なれそうにない自分を感じたのは
今朝の家人との会話。


朝のニュースで、橋下大阪市長が朝日新聞に、お詫びの仕方が悪いと噛み付いたと
流れていた時のことでした。
薄いトーストに、ブルーベリージャムをたっぷり塗りこんで、「一期一会」と
ネーミングされた野菜ジュースを飲みながら、家人が
「これってもしかしたら、橋下さんの仕込み?」と、つぶやいたところから始まり
ました。

ちなみに「一期一会ジュース」というのも、家人が名づけておりますが、
毎朝私の作る「野菜ベースのジュース」は、キッチンにある手当たり次第の
野菜。果物。ヨーグルト。豆乳などを、自分の感覚と目分量で作りますので
「当たり、はずれがある」と、言うのです。
それも、尤もとは思うものの、まだ「まずっ!」とか「これは飲めない!」と
いった物には遭遇しておりませんので、このなんとも「賭け事ジュース」みたいな
ネーミングは、気に入らないのですが、彼はいたくこれがお気に入りのようで
息子や娘にも、吹聴しまくり・・・なのです。


さて、いつもの余計話はこれぐらいにして、本題に入ります。

家人の言葉を受けて私は「仕込みというより、雌伏していたら朝日が格好のネタを
提供したってかんじじゃない?」と、一度は受け流していたのです。
すると、調子に乗った家人は
「橋下さんはなんでも独断で決めるからいけないよね。話し合いがないんだから。」と
なぜか上目遣いに私を見ながら、言い放つのです。

「あら、そーかしら。今の日本政府に話し合いで物事が解決したことがあるの?
泥鰌総理は、話し合いのふりは上手だけど、その実は言い訳と逃げ口上だけだし
野党の代表は話し合いの場で、誰が聞いても判る言い逃れにコロッと騙され、
こんな政治のどこに話し合いがあるの?
橋下さんの良いところは、他の政治家さんたちに比べて嘘が少ないのと、白黒を
判りやすく話すところよ。
言ったことは守る。実現する。良かれ悪しかれそういうことを積み重ねて
信頼って生まれるんじゃない?」
私は、自分のトーストからいちごジャムが滴り落ちるのも忘れて、言い募って
いました。

「でも、独断で人はついてこないよ。」と、今朝はしっこい家人。


「では今は誰が誰についているの? 今みたいに末期的な政治の場で、これまで
みたいなやり方してたんでは、行きつく先は日本崩壊しかないわよ。どうせ
崩れるなら、ただボーっと見ているより、円柱を揺すぶって、もしかしたら
バランス取り戻せるかもしれない冒険やれるぐらいじゃないと、もうダメよ。
それに、今回のことは、どうしたって朝日が悪い。
血脈や生まれ筋のことなんて、本人にはどうしょうもないことを、公器の
マスメディア使ってやるなんて、朝日の木鐸としての矜持はどこいったの
かしらね。」

・・・・・家人はさらに言いたげでしたが、もう口は開きませんでした。
これ以上言うと、逆鱗に触れ、下手をすれば今夜どころかこれから永遠の
お酒タイムが奪われるかもしれないと、考えたのでしょう。
さすがに、少しは学習の跡が見られます(笑)


そして話を変えてきました。
「そういえば、やっとあのタイタニック見終えたよ。」
少し前にWOWOWのドラマで、タイタニックのドラマを前後編で放映していたのを
私はとっくに見ていたのですが、家人はなにしろ夜は10時に寝ますから(そのぶん
朝は4時に起きます。笑)なかなか見られなかったらしいのです。


「あれ見ていたら、インクランドの歴史的紛争がよく判るよね。でも、あの
沈みかけた船の中で、慌てず騒がず船と共に沈む覚悟の何人かの貴族の優雅な
物腰がよかったよね。オレもできたらああしたい。」

「そうだね。」急に話題を変えられ不機嫌な私。

「ね。Aちゃんならあんなときどーする?」

「どーするって?」

「まず子供は最優先で助けるよね。ボートにって。」

「そうよね。そりゃ当然よね。」

「次は?レディファースト・・ぢゃないよね?」と、当然という顔して
 私を見ます。

「うん。私はレディファーストとは思わない。まず子供の父か母。そして若い
 者順よね。私達は最後でいい。先に長い時間がある方が生き残るべきだと
 思う。」

「そう言うと思った。きっとそこで我先のオジィやオバァに説教垂れて、
 周りの大顰蹙買うよ。そこでオレがいろいろと段取りや交渉しないと
 いけないってわけよ。」

・・・・・何考えてるんだ?
私もたいがい、妄想おババと自認しているけど、私と暮らすうちにとうとう
この人も「妄想おジジ」になっちまったのか・・・・(苦笑)


「ふーん。でもその時は、私一人で乗ってるってこともあるわよ。あなたも
死んじゃって、優雅な一人旅~。でないと時間のかかるクルーズなんて乗れない。」

「いいや。そんなことはないっ。面倒くさがりのキミが、一人でクルーズなんか
楽しもうなんて思うはずがないっ。行くなら二人だよ。」

面倒くさがり・・・には、ちよっとひっかかりますが、こう言われてなんだか
心が温かくなり・・・・かけました。


「それで、ボクはシャンパン片手に・・・あぁぁいいねぇ。きっと幸せ
だろうね。」

「そうよね。あなたはお酒さえあればどこでも、誰とでも幸せなのよねっ?」

「そうだよね。・・えっ??」

自らの失言に気づいたときには、もう家人の手から薄いトーストが転がり落ち
手を伸ばしたいちぢくヨーグルとはその寸前で、私の胃袋に落ちていきました。

ふん。妄想おジジの行き着く先なんてこんなもんよ。(笑)
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by sala729 | 2012-10-23 11:31 | Comments(0)

いやはや、なんとも満ち足りたです。
今朝ほど、宮部みゆきさんの最新作「ソロモンの偽証」三部作、読み終えました。
前作「小暮写真館」について、三年待たせてこれ?・・・みたいな書評をここに
書いてしまったことを、今心から反省しています。

私は、宮部みゆきさんの「火車」以来の愛読者と自負しております。時折
彼女が出されるファンタジーは、どうも避けておりますが、その他に関しては
読破しております。

彼女が藤沢周平さんに師事しながらも、情緒や粋や、曖昧さだけでない、
言うなれば「心やさしい合理性」という文体を非常に高く評価しておりますし
愛しております。
その、私の心根を、しっかりと捕えてくれましたね。・・・書いててなんだか
ラブレターみたいになってきて、さすがに少し気恥ずかしいです(苦笑)


しかも、この時期、このタイミングでのテーマというところが、この作家の
先見性と感性の真骨頂というものでしょう。
クリスマスイブに学校の屋上から飛び降りた少年。
それが他殺と告発文を書いた少女。
そしてそれが自殺なのか他殺なのかを、裁判と言う形で明らかにしていく
少年たちと少女たち。そしてその保護者や大人たち・・・

作品の中の少女も少年もどこにでもいる子たちで、その親たちもまたそうです。
教師もそうです。
私はこの時代、親でも子でもない世代でしたが、子供を持って、初めて見える
大人の社会というものもあります。

思わず・・うんうん。いるいるこんなお母さん。お父さん。
いるね。こんな先生。
悪だけでなく善だけでなく、等身大の先生や大人が、それぞれに自分の子供を
見守ったり、突き放したり、迷惑かけたり、かけられたり。。

群像劇とはいえ、長く生きているととても共感できる人たちの中の出来事で
あることが実感できます。


そして健気ではあるけれど、一筋縄ではいかない主人物の少年も、けっして
ただの優等生ではない少女も、それはそれは魅力に溢れており、この子達の
大人時代が見てみたいと心から思いました。

悪意だけで生きている人間はいないけれど、悪意はいつも心の裏側にいる。
じっと息を潜めてその出番を待っている。
それを押さえ込んだり、説き伏せたりするために、人は「友達」を得ようと
するのだろうか。
そういう意味とは知らないままで・・・・
それが本能というものの為すべきことなのだろうか・・・


宮部みゆきさんは市井の人たちにとても優しい眼差しを向けます。
でも、それはただ優しいだけではない。
弱かったり、愚かだったり、醜かったりもするけれど、それでもすべて
包み込んでしまうような、そんな優しさで描いているように思えます。



まだ読んでいらっしゃらない方のために「ネタばれ」に、なってはと
思って、抽象的に書きましたが、これは本当に「読書した」という
爽快な気分にさせてくれます。
秋の夜長・・・ぜひお薦めします。

いつもは読み終えると、片っ端から売り飛ばす私ですが(笑)
「あのさ、せめて宮部みゆきさんと、高村薫さん(私の好きな二大作家さんです)
のは、これからは置いておこうよ。老後の読み返しのためにさ。」と、
提案する家人に、たまには良いこと言うわねという感想は胸にしまって
「そうね。」と、不機嫌に呟いてみました。

こんな不機嫌なふりするときは、そーでもないってこと知ってるよなんて、
余計な注釈入れなければ、なかなかの人物なのですが、まだまだ小者です。

「あーちゃんは、ちよっと難しい」と、嬉しげな顔してちびの口癖を
真似ながら、本棚に片付けるところを見ると、家人にはどんなにしても
「本を読む」ということは、遠い動作のようです。(笑)
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by sala729 | 2012-10-17 16:01 | Comments(0)

なんと、気が付けば一ヶ月もブログをそのままに時間に流されていたようです。
先月は下旬に息子が帰ってきて、なんだかやと言っているうちに9月が終わり、
そのまま10月に入って・・・なんて毎日でしたね。


そんなのんびり日々の中、一昨日はノーベル医学賞の山中先生の快挙に、私の
日本人魂も久しぶりに喜びに震えましたね。
そもそも「ips細胞」については、大分前に小説の中で、お目にかかって
いましたので、理科オンチの私でさえ、なんとかその研究の偉大さのほんの
小さな部分は知っておりました。

すばらしいことです。しかもこの先生の素敵なところは、少しも偉ぶらない。
こんなフレンドリーな病理の先生がいらっしゃるなんて、山崎豊子さんも
「白い巨塔」のキャラ設定をもう一度見直したいと、思っていらっしゃるのでは
などと、余計なことまで考えてしまいました。


病気の少年と微笑みながら並んでいる姿は、本当に美しい。
しかも、山中先生はご自身でも言い、実践しているように研究を独り占めに
しない。
門戸を開いて、いかに実際に役立てるかを実践しているという「現代の赤ひげ
先生」そのもの。
マスコミにちらっと出る、奥様も奥ゆかしくはあるけれど、決して下がりっぱなし
という風でもなく、「家族の支えが・・」と、照れもなく仰る先生が、ますます
素敵に見えました。



・・・・・・・なのに・・・なのにです。

・・・・・・・・・・・・・・・・それなのに、こんなすばらしい快挙なのに、
この私の「へそ曲りの虫」は、やはりまたぞろ、蠢くのです。

でも、この自説はあまりに不謹慎で、嫌味で、見ようによっては悪意さえも
感じられるもの・・・かもしれませんので、あくまで「おババの臍曲がり説」と
笑って捕えてくださる方だけが続けてお読みください。(苦笑)


重ねてお断りしておきますが、私は山中先生には最大限の敬意を表しておりますし、
受賞に関してなんの異存も他意もありません。
また、難病に苦しむ方やご家族に対しても、そのご苦労や困難を揶揄するつもりも
批評家然と見ているつもりもありません。

ただ、純粋な疑問として私の中に芽生えたのです。
(え?・・私の中に芽生えただけでもう、純粋とは言えないって?・・うーん
それはそうかも。。。。)


と、前置きはこれくらいで・・


近い将来、ips細胞が実現化して、自分の細胞で悪い箇所を再生できるように
なったら、人間は死なないのでは・・・・ないでしょうか?
一瞬の衝撃による「即死」というものもあるので、皆無とは言いませんが、
それでも死ぬことは、とても運の悪いこと・・みたいになるのではないでしょうか?

家人は「そんなことないよ。年がいくと手術ができなくなって再生も
できないくなるよ。」と言うのですが、
その前から、悪いところを何度か再生していたら、もとの肉体の一部は90才でも
心臓が弱くて胃癌の手術ができないとしたら、まず心臓から再生して、次に
胃癌・・なんてことができるんじゃないでしょうか?

そうだとしたら、人間は死ななくなりますよね?

それってとても怖ろしい。

今だって出生率が落ちているというのに、今生きている人間が死ななければ
自然の法則に則って、出生率はますます下がります。
でないと地球から人があふれます。
しかも、医学の発達分布から見ると、北半球が年寄りばかりの大陸で
南半球は子供と若者だらけ。・・・なんて現象も出そうな気が・・


人は自分で「死に時」を決めないといけなくなるかもしれません。
今のような、延命治療の果ての死ではなく、元気でいるうちに自分の死を
何歳にするか決めておかなければ、永遠に再生し続けるとしたら・・

こわい。下手なオカルト映画よりも怖いゾンビもどきが街々を徘徊するように
なるかも・・・・

私も今は、格好つけて「いつ死んでもいいように準備している」なんて言って
ますが、これも皆いつかは死ぬという前提があればこそです。
死なないとなったら、自分で「何歳で死ぬ!」と、宣言する勇気はないかも。。


医学の進歩というのは怖ろしい。
人を助けることもできるけれど、人を人でなくすることもできるということを
知らされたような気がしました。


それでも、目の前の患者さんのために、知力と体力と想像力を振り絞って
前に進み続ける研究者のみなさんには頭が下がりますが、こんな想像してしまう
おババのことをお許しください。

そして、願わくば、「老化しないままで死ねる方法」などを、薬や治療法で
見つけ出してくだされば、もう世迷言は口にしないことにします。


でも、10年たって、あのテレビで山中先生に肩を抱かれた少年が全治して
笑顔で「ボクも医者になります」なんてコメントしたら、こんな冷血な
おババの胸もきっとジーンと熱くなるだろうなと・・・(ならないよと
いつものように家人の横槍が入りました。バシッ!!)
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by sala729 | 2012-10-10 16:13 | Comments(0)