昨今、私の身の回りには夫婦関係を改めて見直したいという友人たちが
次々とホンネを告白しはじめて、「忍耐30年限界説」なるものをひしひしと
感じております。

もともと、私の仕事は、夫婦や人間関係に深く由来するものですから、仕事
としてそんな話は山ほども知っていますし、係わってもきましたが、その場を
離れて、「私人」としての私の生活の中にも、そんな話が次々と浮かび上がってきて
私はとうとうこの限界説を唱えるまでになったのです。

世の旦那様方の多くは、妻たちのこの鬱屈に気づいていない。これは実感です。

妻たちの不満は知っていても、それを取り除くための努力などは考えてもいない。
ましてや、それがどれだけ大きく深く、妻たちの心の傷になってジクジクと
癒えることのない時間を過ごしてきたかが判らない。

これは30年という時間にも責任があることです。
結婚以来、耐えることや、退く事で、夫婦の平和を保つことを覚えた妻は
いつしかそれが身に付いて、何か事あるごとに自然にそうやって目先を眩ませて
しまうのですね。それは相手のも、自分のものも。

すると、夫はそれで事が済んだと勝手に解釈してその話はお・わ・り・・
それは済んだのではなく、妻が心の奥に鍵をかけて仕舞い込んだということに
気づきもしない。

でも、やがて月日が流れてくると、耐えることが多すぎて心の奥のスペースが
なくなったり、古い鍵がいつの間にか壊れて、そこから仕舞い込んだはずの
後悔や怨嗟や諦めを纏った忍耐が溢れ始めてくるのです。


そうなったら、もう妻本人にもどうにもできません。
溢れるばかりのものは、溢れるに任せるしかないのです。手で押さえ込んでも
蓋を無理やり被せても、溢れる力の強さには敵いません。


正直言って、この責任の一端は妻にもあります。
そうやって、耐えることで自分も騙してきたけれど、夫にも反省や後悔する
時間を与えなかったこと。。。それは、妻の落ち度でもあります。


「今までそうやってきたのだから、今回もいいだろう。」と、人は誰でも思うもの
です。ましてや、夫婦という名で結ばれた男女の共同体は、初めにそんな
形にしてしまえば、それはずっと後まで続きます。

その時に、襲ったり、戦ったり、抵抗しなかった分の「つけ」です。
その場の小さな平和のための先送りだったのです。


今更それを責めたり、指摘したりする気はありません。彼女らは私の友人
ですから・・。
彼女らが、もしも救いの場を求めてきたら、喜んで提供もします。


でも、同情はしません。私はいつまでも彼女らと「友」でいたいですから
いつでも対等でいるために、私は私の思いを告げ続けます。
・・・もっとも、それが私という人間であることを、彼女らはよく知っている
はずです。なにしろ、伴侶たちよりも長い付き合いなのですから・・(笑)


先夜の電話のあとで、家人がしみじみ「あんたはいいよね。耐えるってことが
ないし、自分で好き勝手に生きて。なにしても、まぁAちゃんだからねって
みんなが済ませてくれて。」と・・・

震える拳を握り締めながら「だって私は戦う女だもの。」と、右腕をそのまま
突き出したら・・・あらら・・・命中!!(^^;)
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by sala729 | 2012-06-30 12:20

先日のBaBa爆弾は不発だったのか、その後我が家にはなんの波風もたたず
表面は穏やかな日々が流れております。

私もここで、自身の気持ちを暴露したことを後悔・・などするはずもなく(笑)
自分の気持ちにけじめと新たな闘志を燃やしたことを再確認いたしました。

私は、私の意志とやり方を通すしかありません。(^^)←この微笑みがコワイと
家人は言います。・・むっ・・・




さて昨日の日曜日、久しぶりに映画に行ってきました。
最近は我が家のテレビのチャンネルに、日本映画専門チャンネルと、洋画
チャンネルが4本。加えてWOWOWが3チャンネル。NHKのBSとが増え、
テレビで見る映画が忙しくて、なかなか映画館に足を運ぶこともなかった(最大
の理由は、面白い映画がなかった・・ということなんですけどね)のですが
今日は「スノーホワイト」を鑑賞してきました。

公開以来二巡目の日曜日というのに、ほぼ満員です。
ただ、これには理由もあってこの映画は字幕スーパーと吹き替えで上映されています。
そして、字幕は人気がないのか、嫌われているのか知りませんが、上映時間帯が
夕方からとか、朝一番とか、ともかく敬遠されそうな時間帯が多く、唯一好意的と
思われるのがこの時間帯なのです。


私は、洋画は絶対字幕スーパー派で、吹き替えはテレビだけでじゅーぶんです。
もちろん、英語が堪能でも、語学力があるっ!・・・んなはずもありません。
でも、本人の喋る声で、音で、映画を見たいのです。
そして、近年の評価にはいろいろ問題もあるようですが、戸田奈津子さんの
訳が一番好きです。


それはともかく、映画は面白かったです。
タイトル通り「白雪姫」のお話ですが、もちろん大人の鑑賞に絶えうるように
作られていますし、それでも御伽噺のエピソードも上手に取り入れ、CG効果も
あって、大人の辛口メルヘン・・といったかんじです。
個人的にはあまり好きではありませんが3Dでもよかったかなとさえ思いました。


なんたって、戦う白雪姫と、絶世の美女の継母には圧巻です。
本当に、継母は綺麗。。。こんなに綺麗になれるなら悪魔に魂売ってもいいと
ホンネで思えるほど綺麗です。(もちろんまだ若く、残された時間が無限に
あるなら・・ですけれども。)


それに、戦う白雪姫の凛々しいこと。眉をきりりとあげて、甲冑に身を包み
(これ見て、家人はジャンヌタルク!と叫びました)白い荒馬に跨った姿は
惚れ惚れします。



昔話で恥ずかしながら、私も幼稚園時代(もちろん昭和の時代ですよ)お遊戯
発表会で白雪姫をやりました。

はい。もちろんその頃は、モンスターなんやらもおりませんので、Wキャストや
「全員白雪」なんてことはなく、私一人が白雪姫役で、7人の小人役の男の子たちを
従えて踊っておりました。(笑・・・さすがにちょっと恥ずかしいです。)

今にして思えば、この時のキャスティングの先生は、もしや「戦う白雪」を
想定していたのでは???・・・(笑)
どう考えても、どうひねくり回しても、私は童話の中の「白雪姫」という
キャラではありません。



同じ組には、長い髪を垂らして大人びた、とても綺麗な顔の美鈴ちゃんや
頬にエクボの可愛い圭子ちゃん、大人しいけれど存在感のある英子ちゃんなどが
綺羅星のように輝いていたのがうちの組でした。


それなのに・・・と、この話を家人にしたら、こやつは、はたと手を叩いて
「判った!。だからだよ。その誰にしても、残った誰かかから文句がでるから
それなら、全く違うキャラでしたほうが、どこからも文句がこないからだよ。」と
したり顔で決め付けたのです。



「そっか。。」と、一瞬納得したものの、ちょっと待て!!

それって、ミス○○と、ミス××と、ミス□□から、ミスユニバースを選ぶと
誰を選んでも、残りの所属団体からクレームが来るから、ミスでない一般ピープル
から選んでおこう・・・ってそういうこと???

「そそ・・」と、得意顔の家人にストレートパンチをお見舞いして、溜飲を
下げたあと冷静になってみると、それもありだったかもしれない・・とは
思いますね。(苦笑)


でも、断言できるのは、その時の白雪姫が、今回のような「戦う白雪姫」で
あったならば、当時のキャスティングに何の問題もありません。

むしろ、私以外の誰にできるでしょう!?・・・(こ、これも素面で言うには
さすがに恥ずかしいです。笑、笑、笑)





なんて、遠い昔の思い出に遊ぶことができるのも、昔話のいいところですね。

そんなこんなでストーリーは、すっ飛ばしちゃいましたが、この映画はお薦め
です。
「絶世の美女」が見たい殿方。「戦う美女」が見たいキャリア女性。
そんな方達が、映画館で息を詰めて鑑賞しているような気がします。
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by sala729 | 2012-06-25 15:12

私は通勤の途中では、毎日放送のAMラジオを聴いています。
ここで、FMでないってところがなぁ・・と、クスクス笑いされても、
やはり毎日放送です。

浜村淳さんの「ありがとぉ~」を、聞いていると、なんだか落ち着きます。
もちろん、帰宅時もそのまま聞きますからその時は、野村さんの番組が
流れています。

ひとつ事をすると、頑強に繰り返す習癖のある私ですから、もうこれは
定位置で変わることはありませんが、昨日のこと、帰宅時に「父の日」
特集的なことを放送していて、うちのお父さん・・の、ことをリスナーが
手紙やメールで知らせているのを読み上げていました。

うちのお父さんがいかに小心かというようなことを言っており、先日の
宝くじで、二等、10000円が当たっただけなのに、挙動不審で、
悪いことでもしているのかと思った。原因が判って、お母さんにその
10000円取られた。というような内容でした。

これに、野村さんが「そりゃ気の毒や。お父さんに10000円やな。」と
採用された賞金のことを笑っていたのを何気に聞いていたのですが、
今朝・・たまたまいつもより遅い出社になって、浜村さんは終わり、次の
番組「うわちゃんの・・・(すみません。聞き流しているのでよく覚えて
ません・・)」が流れていました。

あれ?・・・特に聞いていた意識はなかったのですが、途中から「あれ。
この話、知ってる・・」と、思った途端、昨日の野村さんの番組が甦ったのです。

もちろん全く同じ話ですから、同じリスナーさんでしょう。
私のように、いつも毎日放送聞いているので、つい同じ話を朝と夕方の二つの
番組に送ったのでしょうが、昨日、今日と続けて放送って・・・

このリスナーさんを責めているわけでも、批難している訳でもありません。
でも、放送局にはこんなダブリをチェックする機関はないのでしょうか?
それとも、番組が個々に独立しており、他番組に関しては我関せず?
それに、今まで私が気づかなかっただけ??

理由はいろいろでしょうが、こんなニアミスをみつけたのは初めて
でしたので、ちょっと面白かったです。


そして、蛇足ながら、二等は10000円ではなかったことも判りました(^^;)
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by sala729 | 2012-06-14 15:09

さて、沖縄旅行編も恙無く終わり、ほっと一息ついて明けた週初めの今日、私は
かねてから、押さえていた自分の心の重石を、そっと・・・いや、けたたましく
蹴散らすことにしました(笑・・・そっとなんて、あまりに私らしくなくて、
自分で笑ってしまいました。)


先立つ昨日は、ちびと娘を連れて、鳴門の海で遊んできました。
とてもいいお天気ですが、盛夏ほどギラギラした太陽ではなく、とても凌ぎやすく
Tシヤツとパンツで海にジャバジャバ入っていくちびは、もう満面の笑顔。

大きな波に顔を洗われても、さらさらの砂に足を取られてもへーきで楽しんでいる
姿に、しみじみ成長の跡を見ました。

それでも「ボク、やっぱり沖縄の海がいーな。」と、言うのは、私へのリップ
サービスなのでしょうか?

そうだとしたら、たいしたものです。親もできない事を、サラリとやって
のけるですから、なかなか頼もしい限りです。




本題の「重石」ですが、聡明な皆様にはもうお察しの通り、沖縄旅行にまつわる
私と婿殿との、確執の顛末です。

3月12日の「戦闘開始 番外編」以降、私がそのことに触れなかった、一番
大きな理由は、ちびとの約束にあります。

その時、すでに私はちびと「あーちゃんと一緒に沖縄に行こうね~」と、
約束していましたので、このことがで、娘家族が参加しないとなったら
私が約束を破る原因となりますので、それは絶対に避けたかった。

私は、自分が正義の人などと思ったことは一度もありませんが(それぐらいは
自分を知っています)子供との約束は、できうる限り破らない・・それを
自分に課しています。

ですから、普段の遊びの約束も、ぎりぎりまではちびには言いません。
この仕事、いつどんなアポが入るか判らず、土壇場でダメ!ということも
有り得るのです。

大人は「仕事だから」で、理解できますが、子供にとっては、仕事より大切な
ものは約束です。
その約束を反故にするような大人とは思われたくありません。


そんな私が、早くからちびと約束していたことですから、なんとしても
ちびと一緒に沖縄に行くことは果たしたかった・・・。
家人にそれを話すと「判った。じゃあ、沖縄が終わるまで、ブログでそのことには
一切触れないように。今一番優先すべきがそれなら、我慢して。」と
言われ、納得してじっと耐えてきました。


3月の末にも、ちびがらみで、娘の反乱を受けたときも、じっと黙っていました。
もちろん、本人には言いました(笑)
あくまで、ブログでは・・・です。


しかし、もうこうして旅行記までもが終わったこのとき、私は自分の我慢が
限界にきていることは十分承知していますし、これを、すべて胸に収めて
しまえるほど、心の広い女でないことは誰もが知ってますし、何より自分自身が
一番よく知っています。


この確執に点火したのがこのブログなら、その顛末もブログでつけておくのが
私流の始末のつけ方と思っていますので、それからの心根をここで
吐露しておきたいと思いました。


もちろん、かって私のブログを「カゲ口」と言い放った、婿殿にもぜひ
読んでおいてほしいとは思っています。
何を言っても、理解できず、思考できず、身に付けることができないなら
せめてこれを読んで、一矢報いてやろうと・・・カレはたぶん思わない
でしょうけれど。。。(笑)



では、顛末から・・(笑)

一時は、自分たちのコースを多少変えても、沖縄には家族で参加すると言った
娘家族ではありましたが、その後、春休みのちびの遊び方を巡る誤解が
重なり、私達との仲はさらに険悪になりました。

私は、家人の「沖縄に行くために・・」という言葉をお題目のように心で
唱えながら、一時期は本当に「こんなバカ娘に育てた自分」を、罵倒した
ものでした。天に唾吐きゃという言葉がこれほど身に応えた時期はありません
でした。



しかし、それも少しづつ波は収まったものの、婿殿と私の間にはなんの
接点もなく、こんな状況のまま、広島空港までの二時間あまりを、同乗する
なんてこと、私には考えられませんでしたからその旨は娘に伝えました。



「私たちは自分の車で行くからね。こんなままで、二時間も車で一緒に
いたくない。あなたたちは、あなたたちで行って。」
娘は困惑した顔で頷いていましたが、私の性格を知っているからでしょう。
それ以上は何も言いませんでした。


正直、この時期は私たちは関西空港利用に変えようかと思ったこともあった
のですが、たまたま修学旅行のシーズン(これは向こうに行ってよーく判りました)
で、飛行機の予約が取れるかどうか判らないというので止めましたが、
最悪、飛行機だけちびと一緒で、あとは別行動か・・と、思ったりもしました。




そしていよいよ、最終決定日を三日後に控えた日に娘から電話が入りました。
婿殿の祖母さんが体調が悪い。入院もしている(このことは知っていました)
年齢的にもみて、もしも沖縄中に何かあったら、後悔するので婿殿は今回の
旅行は行かないと言います。



それは見上げた「祖母思い」です。しかし、この時点で祖母さんは入院は
しているものの、今日の明日の・・という状態ではなかったのです。
もちろん、婿殿には祖母さんと同居のご両親もいらっしゃるし、現役で
仕事してらっしゃいますから、何かあってオロオロオタオタなんてことは
あろうはずがありません。



しかし、そう申し出る娘に「それはないでしょう?」という気にはなりません
でした。
私が婿殿を受け入れられないように、あちらも私を受け入れられないという
ことでしょう。ならば、それもよし。です。

ただ、それならそれでなぜ、そう言わない?と、もどかしい気持ちはありました。




この時点で、参加者は我が家の5人となり、いつもの「夏の旅行」に、なり
ました。
もう、あとはいろいろ考えても仕方ないことです。
私の内で、ほっとしたことは事実です。
私はこういう人間ですから、一度「嫌いだと思った人間」と、何事もないように
振舞って付き合うことができません。

このことで、もしも、一緒に行っていたら、一番気を使って大変な思いをするのは
娘であったでしょうから、その意味でもほっとしたのは、親のエゴです。



しかし、旅行の一週間前。
件の祖母さんがお亡くなりになりました。
急なことで、大慌てでしたし、場合が場合なので娘に「あなたは行けるの?」と
聞くと「うん。それは大丈夫」と言うことなので、取り急ぎ、お香典と弔電を
用意しておきました。

その週は、娘にも大変な日が続いたようです。冠婚葬祭について、電話で
いろいろ聞いてきましたが、祭事については、狭い地域であっても
そこここの「やり方」があり、実家のやり方一辺倒では、却って不興を
買うこともあります。

「お義母さんに聞いて、やりなさい。」と言うことしかありません。
「でも、お義母さんも知らないって言うんよ。」
「それなら、お義母さん方のお祖母さんに聞きなさい。」
「判った・・」


そんな、やり取りが慌しく終わったのは、もう旅行寸前でした。

もちろん婚家のご両親にも、沖縄行きの話はして、娘とちびは参加したのですが
それにしても、亡くなられた祖母さんは本当に孫思いです。

婿殿の口実を、事実にして、なおかつ、娘とちびにタイミングを合わせて下さった
かのような引き際。
生前の彼の家に、どんな確執があったかは知りませんが、ことこの事に関しては
娘も婿殿も、祖母さんに足を向けては寝れないと、私は思っています。



そして、今日まで・・・
この、祖母さんのご葬儀に関して、婿殿から私に「お礼」も、「ご挨拶」も
一度もありません。
正直、私とて今、正面切って顔を合わせたくはありませんが、自分の実家の
出来事に対して、それまでのいきさつをさておいて、義理を果たしてくれた
ことに関してご挨拶するのは、社会人としての常識です。


昔の「村八分」という慣わしの中でさえ、葬式事は残りの二分に入っており、
村八分にされている家でも、不幸があったときは、村総出でお手伝いすると
いうではありませんか。ま、今時はこんなことも知らない人もいるようですが・・

カレの言う「うちでは違う」という「ご家風」に、こんな常識はなかった。。
と、言うことなのでしょう。

私は、カレにこういう常識を教えたかったですね。
子供にはしらなくていいことでも、大人になったら知らなければならない
ことは数多あります。
それを、成長に従って、少しづつ教えていくのが親の務めと思っていますが
あの日、カレはそれを否定し、私がやってきたことは下心があるというのかと
聞いても、否定も肯定もしませんでした。

私は、それに深く傷ついています。
「うちは違う」というその一言で、私とカレをかろうじて繋ぎとめていた
細い、細い糸はぷつんと音をたてて切れたようです。


親の保護のいる子ならともかく、結婚して子まで為した今、親からとはいえ
してもらったことに感謝し、それを自分なりの感謝として示すのは、
相手が義理であれ、実の親であれ、それは当然と私は思います。

今までの5年間で、私がそれを言わなかったのは、いつかは判るかもしれない
という淡い期待があったこと。
義理という仲での遠慮があったこと。
そして、まさしく今カレが思っている、下心があると思われたくないと
いうこと。
これらが混在しています。
でも、もうこうなってしまえば、私の5年の我慢はなんだったのか・・と、
虚しくなるのです。


言いたいことは山ほどもあります。
ちびの親として、娘の夫として、妻や子が楽しい思いをしてきたことを
なぜ大きな気持ちで喜んでやらないのか。
行くときも、帰ったときも、見送るでもなく、出迎えるでもなく、
カレのおみやげを買うときに、私に気を遣って、娘と店を捜し歩いた家人に
謝辞を言うでもなく、ひたすら自分の中だけで生きようとするその姿に
全く共感は感じません。


いまここでこれだけのことを連ねると、私と婿殿の間にたって、娘が
さぞや苦労するかとも思い、遠慮していたこともありましたが、でも
娘は私の子に生まれ、自分で選んだ夫です。

その夫と自分の母親がどうしても相容れないとしても・、それを
受け止めるのが自分の運命です。
自分でうまく、間をつなぎながら生きていくしかないでしょう。



これを読んで、またまた私たちの間に亀裂が入るかもしれないとは思いました。
でも、それでも私はここに告げずにはいられませんでした。
ここで、またまた今夜にでも、娘夫婦の夜襲があるなら、それはそれでまた
面白いとは思いますが、それも私の希望的観測というやつでしょう。

でも、一度は自分のありままの考えをカレに伝えたかったというのは事実です。
あれ以来、一度の顔を合わせておりませんので、伝える術がありません。
そしてまた、何事もなかったかのように、顔をあわせることも、私は
望んではおりません。

謝ることは何もないと、婿殿は思っているかもしれませんし、今までも
それで通ってきたかもしれませんが、私は自分が何に怒っているか、娘にも
伝えてきました。

それでも今に至るというなら、もう折り合う処はないでしょうね。


娘には、可哀想なことと、思わないこともないですが、私はあくまで
親としての生き方を通したい。
もしも、カレが自分も・・と、思うなら、それは思いあがりというものです。
それが判らないほど・・・とは、思いたくはありませんけれど・・。


今夜は、我が家も娘宅も、これを肴に話がはずむ・・・ンな訳は
ないですよねぇ(苦笑)
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by sala729 | 2012-06-12 16:13

私が暢気に沖縄に行って、その旅行記を書き上げている間に、6月になって
今日は、またまた天体ショーとかで、太陽の中の金星が見える日だとか・・

私も見ました。日食のために買った「日食グラス」・・ほんとにこんな名前
なのかどうかは判りません。
最初は、遠近両用メガネ(最近、自宅ではもっぱらこれを愛用しています)で
日食グラスをかざしてみたのですが、どうにもぼんやりとしか見えない。

そこで、近視用のメガネを取り出して、かざしみると・・・あっ!見えたっ!!

太陽の9時の位置に、小さな点が・・はい。しっかり見えました。



こんなことしてる間にも、世間のニュースは次々と情報を流しています。

少し前から、福井県の大飯原発が再稼動かということで、世間が揺れています。
私は、かって福井県の某高校の国語の先生が「うちは原発銀座ですから、それを
受け入れて生きないといけない部分はあるんです。」というつぶやきを直に
聞いたことがあります。

もう15年位も前の話ですが、その「いけない部分」には、いろいろな
意味があると、先生も私も思っていました。
それが今も同じかどうかは判りませんが、関西地方の電力供給のために
危険だとの声を、押し返して、原発を作り続けた福井県。

雪が多く、観光と言っても、東尋坊と名刹永平寺くらいしかなく、あとは
地場産業と、お蕎麦で保っている・・・そんなイメージしかありませんでした。

ですから、原発の林立で、危険度は増えたけれど、その分、雇用は広がり
原発需要は、除々に広がっていきました。

今、その原発を一斉にやめてしまうとなれば、それに付随して生てきた人たちの
生活はどうなるのでしょう?
誰が保障してくださるのか?

彼らとて、生活のために、知恵と体力を振り絞って彼の地に生きる糧を得ている
のです。
それを、問答無用に奪い取って、いいものなのでしょうか?


「関西広域連合」などと、一読すると、怪しげな団体と見まがうばかりの名前の
付いた、知事さんたちのお集まり会ですが、関西各県の方たちが、「やめる。
やめない。」を、決められるのですか?

供給してもらっていたときは、当たり前にそれを受けつづけ、いざ「原発反対」の
声が上がったら、地域住民の安全を守るだめに、反対って・・
そりゃ、あなたの地域の人は、それでいいかもしれませんが、それってあまりに
身勝手じゃないですか?


いみじくも、福井の知事さんも「関西各県に、決める。決めないとは言って
欲しくない」と、コメント出していましたが、これはまさに正論だと
私は支持します。

せめて、今までの危険負担のお礼として、気持ちだけでも、原発を停止して
困る地元に、関西各県が負担金お支払いする・・・なんてニュースを
私は聞いたことがありません。


福井県の苦渋の選択を、高みから批評しているだけにしか見えません。




なんて思っていると、オウム真理教の「菊地直子」が逮捕されるというニュース。
JRで、ご旅行している方ならよーく後存知でしょう、あの駅に置かれた平田信と
菊地直子の等身大の手配ポスター。

しかし、・・・それにしても、あまりの変わりように言葉もなし。
20年後・・とかのイメージで、合成写真なんかも出ていましたけれど、それも
似ても似つかないシロモノ。

これは平田も同じでしたね。

やっぱり、人間の未来は、機械なんかでは計り知れないということなのでしょうか。
本当に偶然なんですけれど、今私は、馳星周さんの「煉獄の使徒」を
読み終えたばかりで、先日はNHKの、検証番組で、オウム事件を振り返って
いましたね。あれも見ました。

私の世代では(・・・麻原彰晃と同世代です)この事件は、リアルタイムで
発生から終結(本当の意味での終結はまだですけれど・・)まで知っています。

東京に行った時は、青山のアジト付近で、警察官に足止めされたこともあります。
村井が刺された時の映像もそのまま見ましたし、長野や東京のサリン。
そんなもろもろの事件が、生々しく甦ってきます。

こんなも多くの人を巻き込んで、不幸と禍を撒き散らし、今も自我の中に
入り込んだまま、煙に巻こうとしている麻原彰晃という人間は、絶対に
許せませんが、人が人のことを、許すにしても、断罪するにしても、
皆がそれを、支持するということはありません。

それが、この事件の不幸だと思います。
どんな形で、終結しても、決して納得することのできない事件。

若かりし頃、高橋和己さんの「邪宗門」を読んで、心が震えたことを
今も思い出しますが(いつの日か、もう一度読み返すために、アマゾンで
上下巻購入して、大切に保管しております。笑)「邪宗」と呼ぶ事さえ、
おぞましいこの団体に、きちんと冷静な分析と判断がつく日はくるのでしょうか?
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by sala729 | 2012-06-06 14:54

この海中道路の入り口には「海の駅」があります。
物産店というより、お土産物屋さんといった風情ですが、観光立国なの
ですから、それもむべなるかな・・。

雨は少し小降りになったとはいえ、まだ降り続いてはいますが、
この地では、濡れてもへーき。南国とはいいですよねぇ。(私は傘が親の仇
ほど嫌いなのです。)

しかし、海べりなので風が思いの外強く、息子でさえ風に煽られていますが
そんな状況を、ちびが指を咥えて見ている訳がありません。
屋外の海に面した、通路の立つ息子に「ボクも~」と駆け寄ると、
待ってましたとばかり、抱え揚げて海に向かって放り投げようとする息子。

思ってもみない展開に、慌てふためきジタバタすちび。
「お前みたいな言うこときかんヤツとは一泊二日が限界や。」と子供相手に
大人気ない言い方(笑)

「ふぇ~ん。Sちゃんなか嫌いだぁ。」と泣き叫ぶちび。

「おぉ。嫌いで結構。コケコッコォ~」・・・あのね、30すぎて4歳児
相手のそのマジ加減はどーよ??

昨夜あたりからのちびの、聞き分けのない言動にイライラしていたようです。
娘もその度に叱り飛ばすのですが「ごめんなさい」の一言で、許すとまた
同じことの繰り返しで、最後はママのヒステリックな声が響く・・という
展開が続いていました。

それに対する、息子のデモンストレーションでしょう。

まぁ、大人気ないといえば、確かに大人気ないですが、こういう大人の本気も
たまにはいいかもしれません。
もう4才です。すこしづづは、自分のしたことと、相手の話を理解することを
判る訓練は必要です。

娘も横目で見ていますが、口出しはしません。(いいぞ。なかなか天晴れじゃ)


降ろされたちびは、娘にすがって泣きじゃくっています。
「あんたが悪いからしょーがないわよ。」(ますますいいぞぉ~パチパチ)
私に向かって来ようとしましたが、私が「べー」っと返すと、くるりと
振り向いて、家人に駆け寄ります。

むっ・・敵もさるもの。どこに逃げ込めばいいか、心得ています。


そんな小さないざこざを抱えて、車に乗り込み、あとは一路、レンタカー
ショップを目指します。
地図で確認すると、僅か30キロ足らず・・


しかし、一般道は混んでいました。
・・・・これまでの走りで、一般道が混んでいることは、判っていたのですが
その目測をはるかに超えた混み具合です。
しかし、外の道はありませんからこれを行くしかない。


車の中でちびはまたグスグズ。。
おでこの湿疹が痒いのかぼりぼり。
「掻いちゃためっ!」と、娘は怒りますが、それもこれも薬がない故の行為。
忘れのたは誰よ?と、言いたい気持ちをぐっと呑みこみました。

そして、私の座る後部座席にやってきたちびは、またいたずらを始めます。
私が叱ろうとすると先に娘が、叱りつけますが、それにはお約束のように
「ごめんなさい。」
でも、これはただの言葉だけですぐにまた、再開することは判っています。

「あのさ、SHちゃん、ごめんなさいって何したから、ごめんなさいなの?」
「え?」
思いがけない質問に、戸惑うちび。

「今、ごめんなさいって言ったでしょ?それは、キミが何をしたからごめん
なさいって言ったの?」

「えーと。うーんと。」
思ったとおり、ちびは、ごめんなさいをいたずらのすべての「免罪符」として
使っているだけで、反省とは程遠いところにいるようです。

またまた叱り飛ばそうとする娘を制して
「あのね。ごめんなさいって言うのは、SHちゃんがいたずらしたことを
もうしませんからっていう時に使う言葉なの。だから、ごめんなさいって
言うときは、何をしたからごめんなさいか、考えないといけないのよ。」と
普通のおばあちゃまは、優しくここで諭すこで終わります。

ところが、ちびの「ババさま」はそうはいかなかった(笑)
頷くちびに
「じゃ、さっきはなんでごめんなさいだったの?」
「うーんとね。えーとね。。」一生懸命考えています。

「あー・・胸が痛い。なんだかオレが言われているみたい。」と
運転席から家人が余計な一言。

「うるさい。今は私とちびが話してるのよ。口だししないでっ。」


私は、しっこいですよ。(わっはは~)


「あ、ほら。R、普天間だよ。ほらほら戦車が並んでる。婿殿にお土産
写真撮ったら?」
話を変えようと、家人はあの手この手。

「えっ。どこどこ??」
娘もそれに乗って、ちびのシートを外してシヤッターチャンスを狙います。

丁度、道なりに普天間基地が続いていて、コンクリート平野に戦車や
ジープが綺麗に整列しています。
曇り空の向こうには、戦闘機かなにかは判りませんが、航空物が上がり下り
しているのが見えます。


こうして見ると沖縄の現実は、戦争という言葉から逸らすことはできません。
那覇空港が近づくにつれて、こうした建物や機動物は増えていき、ここが
決して、ノーテンキな常夏のバカンス地だけではないと語りかけてきます。


こんな大騒ぎをしながら、なんとか時間内に車を返し終え、空港に向かいます。
17時を過ぎていますから、なにか軽く食べておこうよということになり
空港内のレストランに・・

息子と家人は「アグー豚のカツカレー」を。娘はこんな時しか食べられない
からと「マレーシアカレー、激辛」
私は、ちびと二人で「BLTサンド」

しかし、行きがけの出来事もあります。食事は早々にして、サンドイッチは
飛行機で食べますと、お店でテイクアウトしてもらいました。(付け合せの
ポテトまで入れてくださって、お心遣いに感謝・・です。)


息子の飛行機の時間までは約1時間ありますが、身体検査を受けてまた
外に出ることもできるのだそうです。
さすがに子供時代から飛行機乗り倒しているだけはあります。いろいろ
よく知ってます(笑)

時間切れなので、従姉妹に約束したアイスクリームは、息子に頼みました。
そして、ゲートをくぐって、いつもは息子を見送るばかりのちびか゛
今回は初めて息子に見送られます。

「いぇ~ぃ。」と、両手を挙げてハイタッチ!!

さきほどまで「Sちゃん嫌いっ!」「オレもお前なんか大っ嫌いだっ!」と
罵り合っていた、伯父と甥とは思えない、ほのぼのムード。
血縁というものは、こんなものなのでしょうか(笑)

そして、やっばり来たときと同様、バタバタと私達は機上の人になりました。
今度は、最初から娘とちびが並んで、その後ろが私達です。

雨は少あがって、雲の上に出ると、まぁるい虹が円を描いて、しかも
その中に機影がすっぽりと納まった景色が窓の外に浮かんでいます。

これは、本当に飛行機でないと見られない景色です。
今日の雨は残念でしたけど、おかけでお昼は美味しい中華が味わえ、娘は
普天間の写真が撮れ、私たちは、この世のものとは思えない幻想的な景色を
楽しむことができたのです。

ちびはポテトを口にしながら、機内のおみやげの「絵本」を貰って満足気。
私は、スターバックスのコーヒーをいただきました。
最近は、どうやらお茶とりんごジュースしかサービスしてないらしくコーヒーは
有料なのですが、失礼ながら前に出していたサービスコーヒーよりは格段に
美味しいです。ちなみに300円(^^)


広島空港は夜の帳が下りていましたが、車を近くに停めていたので、
ラクチンです。
助手席に乗りたいというちびを無視して、私が助手席に乗ると、
案の定、ちびはすぐに眠りに着きました。
そーなると思ってました。(笑)


なんや、かやと、大騒動もありましたが、こうして無事に「みんなの沖縄」は
誰一人怪我もなく、もちろん病気もなく、楽しい思い出だけを抱えて終わりました。

帰り際に息子に
「シュノーケル、残念だったね。」と言うと
「いや。いーよ。今度来た時やるから。」・・・は??誰と??

娘はちびに

「また、あーちゃんやいーちゃんと来ようね~」と言い聞かせ、その時ばかりは
とても物分りのいい子のふりしたちびが
「そーだね~」と、応えているのを見たときは、家人と二人、顔を見合わせて
苦笑いするばかりでした。

・・・・はぁ・・それにしても、疲れました。はい。

沖縄旅行記・・これで、 おしまいです。
長いお付き合い、ありがとうございました(^^/)
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by sala729 | 2012-06-04 16:55

さて、今日が最後の日だからと言うわけでもないのでしょうが、この朝
私はぐっりと寝入っており、目が覚めた意識の中に一番最初に飛び込んで
きたのは、重たい色した空でした。

ベランダの扉を開けると、ザアザアと烈しい雨音。
昨日の「汽水」はさらに色鮮やかに二色に分かれて、こちら側に迫っています。
沖に進んでいるように見える船たちは、進んでいるのではなく、海が荒れる
ことを見越しての洋上停泊なのだそうです。

「あー。これじゃ今日も泳ぐのは無理みたいね。」
今日で最後とはいえ、飛行機は17:50ですから、天気さえよければ
十分に楽しめるはずでした。

できれば、せめてもう一回「ドラゴンボート」と家人は言い、娘は
「マリンジェット」と・・。
息子はクルーズで仕入れた、「マリンシュノーケル」に未練を残しています。

私は・・私は・・プールでもいいかな(笑)


しかし、テレビを付けると沖縄地方は「大雨警報」が出ています。
小心な娘は、もう帰りの飛行機の心配をしています。

・・大丈夫。。飛行機が飛ばなかったら、向こうからも来れないんだから
差し引きしても、ホテルの部屋はあるはず。
なんとでもなるわよ。・・・という私を「世界一楽天家の母」と、思った
ことでしょう。


朝ごはんのときに、今日の予定を決めようということになり、最初の朝に
行ったレストランに向かいます。

じつは昨夜から、ちびの顔に湿疹が浮き出ています
もともと、アトピーで、定期的に皮膚科の診療を受けていますので、今回も
薬持参だったのですが、昨夜からそれが見当たらないと・・・
部屋中はもちろん、スーツケースもひっくり返してみたのですが、ない。

これは、どこかに忘れたに違いないと思い返すと、あのワインを仕込んだ夜
しかないと娘は言うのです。

そしてたまたま、今朝、その時のワインのおねーさんに出くわした娘は
薬のことを聞いてみました。
すると「ありますよ。」という返事、

やれやれです。
食事していたら持ってきてくれるだろうとタカを括っていましたが、なかなか
誰も現れず。

食事も終わりかけた頃、レストランの責任者と思しき中年のウェイターさんが
おもむろに近寄ってきて
「誠に恐れ入ります。あの夜の担当が今はおりませんので、確認をとって
おります。取れ次第ご連絡させていただきますので、携帯番号をお教え
いただきたいのですが・・」と、慇懃に言います。
娘はそのまま、自分の携帯番号を告げ、私達は部屋に戻りました。



そこで本日の予定の確認。
お昼前にここを出て、本来二人ならここにしょうかと言っていた、大人のホテルで
ランチして、海中道路を走ろうということになりました。
そして荷物を片付け始めると、部屋の電話がなり、件のレストラン責任者さんが
お部屋に行って説明させていただきたいと言うのです。

携帯番号言ってたのに・・と、言いながらまつこと数秒。
インターホンが鳴ります。

出た娘に何かいろいろ話して、謝罪しているような気配ですが、これは
娘が親として、ちびのことを聞いているのですから、私がしゃしゃり出る
幕ではないと我慢しました(苦笑)

やがて、彼は帰り娘の複雑そうな顔。
「どーしたの?薬は?」
「それがね。あの時私らが帰ったあとで外人家族が同じ席に座ったんだって。
それでその家族が帰ったあと、片付けていたら、薬が見つかったんで、
その家族のものと思って、届けたらしいのよ。
そしたら、たまたまそこのお子さんも、湿疹系の病気があったらしくて
受け取ったということなの。」

「薬を確認もせずに?」
「それはどうか判らんけど。でも、それを確認せずに、ありましたと
答えたのは、うちのミスで本当に申し訳ありませんって、丁寧に
お詫びしてもらったけど・・」

・・・・・・何も知らず、赤くカサついたおでこを、無意識に
掻いているちびを見ていると、薬がないことが一抹の不安です。


「ふーん。Rは優しいよね。私なら、ではもう一度その外人家族さんに
確認には行ってもらえませんかって、迫るけどね。」と家人にだけ
打ち明けると、「それがRのいいとこよ。」と、簡単にあしらわれました。

しかし、母親がそれでいいというなら、それは尊重しなくてはならない
でしょう。
それから、私が貰った花籠を、フロントのツアーデスクに差し入れして
精算を済ませると、目的の大人のホテル「ブセナテラス」に向かい
ます。

時間も、なんやかやとしているうちに、お昼近くになっています。


ブセナテラスはここからもう少し北にあって、かって沖縄サミットで
使われたということです。
ここの、チャイナレストランは、レストラン棟という独立した建物に
あって、外観だけでも、南国のリゾート感一杯です。
雨はザアザア降ってますけどね。

真っ白いチャイナのユニフォームの店員さんが傘をさしかけてくださって
店内に入ると、びしっと糊の利いたテーブルクロスの白さがまぶしいです。

ランチのコースを取り混ぜて大人分オーダーして待っていますが
ちびは始終、おでこに手をやります。そこを、娘にぴしゃりと
叱られて、また手を・・・の、悪循環。

お料理はとても美味しかったです。
広東風なのか、味付けも甘めで優しく、子供でもなんの違和感もありません。
なかでも、点心は私のハートを鷲掴み。

柔らかく、熱々の繊細なシュウマイとギョーザがほんとに美味しかった。

点心はお代わりできますよと言っていただいたのですが、さすがに
私は無理。
しかし、娘と息子はしっかり二つづつお代わりしていました。
あぁぁ「若い胃袋が欲しい」・・・この言葉、何度家人と共につぶやいた
でしょう・・・

デザートも、安易な杏仁豆腐ではなく、タピオカミルクだったことも
好ましい。

食事しながら店員さんにお聞きしたところ、このホテルにはいろいろな
棟があって13才以下は泊まれないとか、16以下は泊まれないとかの
棟があるそうです。

大人だけのときは、それはそれで静かでいいかなとも思ったのですが
16才云々の棟は、ゴルフコースに接していて、それらの顧客が
メインだとか。
willゴルフの私達には、つまらなさそう・・かも。
沖縄は、やっぱり家族みんなでがやがや来たほうが楽しいかも・・と
思いなおしました。一時的には。(笑)


ゆったりとお昼を楽しんで、次はいるま市の海中道路までです。
外の雨は少しも小降りになりません。

高速をおりて、一般道を走ってしばらくいかなければならないのですが
街中を過ぎると、段々に周りの車の数が減っています。

本降りの途中で、ちびが「おしっこ!」と叫んだときは、みんなパニック。
しかし、さすがは母です。
雨をものともせず、道端の壊れかけたストアの、何がでるか判らない
外付けのトイレに二人で駆け込んでいきました。

・・・・母業も4年目になると堂々としたものです。(^^)


行けば行くほど車は少なくなって、雨は大粒に道路を叩き、息子が
ぽつりと
「こんな時に、わナンバーで海に向かって行ってると、一家心中と
間違えられそうやね。」と。。

本当に、うちの家族はろくな比喩をしません。


それでも、ぼんやりとした雲と水平線の間が見え始め、いつしか
車は海中道路に突入していました。
引き潮のためか、最初は海とは思えなかったのですが、間違いなく
海です。
大きな「海の駅」もあります。

「いい天気だったら、最高に綺麗だよ。ここ。」
判りきったことを言う家人。

でも、いい天気だったら、ここには来ないわよっ・・・と
一人毒づく私。
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by sala729 | 2012-06-02 15:35

先ほど、定期検診に行った家人が、哀れな顔で帰ってきました。

なにごと?と、思い、尋ねてもなかなか口を割りません。
このところ、私のダイエットに添って、毎朝作る野菜ジュースの効果も
あってか先月は意気揚々と帰ってきたのに、今月のこの意気消沈。。


「あのさ、また治験すすめられたのよ。」
「いいじゃん。やりたくないの?」

治験は前にも薦められて、やったことがあります。
人のお役にたつことですし、なにより診察時間がとても長くて、十分に
自分の言い分を聞いていただけるのだそうです。
しかも、ささやかではありますが報酬もいただけます。

何より、待ち時間がなく、完全予約でしかも前日には確認電話が
入るという周到さ。


これに乗らない手はないと思うのですが・・・

「いや、治験はいいんだけどね。今回はその条件に、お酒の量の
規制があるのよ。」
「ふんふん。それはいい話じゃない?」私の心はここから愉しさで
一杯になりました。

「でもね。アルコール25グラムまでなんだよ。これってビール
500ml一本なんだよね。」

「いいじゃないの!!。その話、乗った!!」

「いや、君が乗らなくても・・それにまだ返事したわけじゃないし・・」
「何言ってるのよ。こんないい話、受けなくてどうするのよ。
あなたみたいな、飲んだくれが人のためになるって話よ。もう二度とない
かもしれない、自分を清浄化させられるチャンスよ。(今、馳星周さんの、煉獄の
使徒を読んでいるせいか、なんだかオウム真理教の勧誘員になったみたいです。)
今すぐ受けなさいよ。なんなら私が電話してあげる。」

「い、いや、三週間後に返事すればいいことになってる。だけど
これ8ヶ月続くんだよね。」
「ますますいいじゃない。なんなら一生治験してもいいわよ。」


ネットで「アルコール25g」を検索してみると、ビールならたしかに
500mlですが、日本酒なら150ml。ウィスキーはなんと60ml。
ワインは・・忘れた。

ともかく、家人にとっては、ダイエッターのカロリー制限ほどの
禁足状態になることでしょう。(ほっほほほ~~~~)

根は真面目な性格ですから、先生のお申し出を断ることはないでしょう。
現に「治験について」なんて小冊子を持ち帰って、読んでいます(笑)


本人には、辛い過酷な8ヶ月かもしれませんが、少なくともこの間
我が家は平和です。
穏やかな時間がすぎていくことでしょう。

という、号外のご報告でした。(^^)
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by sala729 | 2012-06-01 15:16

とうとう6月に入りました。(^^)

「みんで沖縄」は、遅々として進まず、ついに月を跨いでしまいました。
こうなりゃ、やけくそ(下品で失礼)このまま、突き進みます。
ここまで、お付き合いくださったわけですから、どうぞ最期まで
「腐れ縁」と思し召して、お付き合いくださいませ。(礼)



さて、ホテルに帰ったものの、雨はますます強くなる一方です。
ベランダから見る海は淡い水色と、黄土色の二色に分かれています。
これは、この万座の地域が河口でもあるため、海水と淡水が交じり合って
「汽水」という地域を作り出しているとのことですが、混合している
のではなく、きっちりと領域を分けて、合間見えているためにこんな
二色の色になっている・・と、いうのが息子の見解でした。


それにしても、今朝はこの真下のプールで、かなりの年配の男性が
悠々と華麗な平泳ぎを見せていたのですが、さすがに今は誰もいません。
ただ、その向こうの一見温室に見える、ジャグジーには人影が見えるのは
雨が振り込まないからでしよう。

もちろんビーチにも人影はなし。


「帰ったら、プールくらい入れるかとおもったのにねぇ。」と
誰言うともなく空を見上げます。
でも、ま、これもありです。
自然に人間の英知など勝てるはずもなし。

一日目の美ら海と、二日目のマリンスポーツ三昧が十分楽しめたのだから
それだけで今回の旅行の「元」は取りました。
今日の首里城なんて「おまけ」みたいなものよ(笑)

フロントに下りて、例の丸いかごソファで、曇った海を眺めているのも
いいものです。そうこうしているうちに、「うら庭」さんからの
お迎えの車がきました。

我が家と、あともう一組です。

ここから15分かかると言います。
「結構、遠いですね。」と家人
「ええ。でも、この送迎システム始めたのはうちなんです。だから
他から嫌味も多くて・・」と、運転手さんは苦笑い。

国道に出てしばらくするとなんだか、見慣れた風景が・・
「あれ、私、このお店来たことある。」
車窓に流れる、「万国なにやら雑貨店」という、いかにも怪しげな
お店に見覚えあり。

「右みてごらんよ。」と、息子の冷静な一言。
「あら、ここって・・」
「そうだよ。谷茶ベィ。」

谷茶ベィホテルは前回は家人と、その前は息子や娘と泊まったホテルです。

なんだか懐かしい思いで見ているうちに、国道を逸れてすぐに、本当に
住宅地のうら庭のようなところにお店はありました。
でも敷地は広くて、私達を送迎してくれたような車も何台か停まっています。

雨の中、車が着くと、従業員さんたちが並んでお出迎えしてくれます。
みなさん満面の笑顔で、とてもいい雰囲気です。

黒木メイサさんに良く似た、可愛い女の子が応対してくれて、それだけで
家人の幸せボルテージは全開です。

「石垣牛のステーキは10食限定ですなんですが」メイサ嬢が言い終わらぬ
うちに「それ!」と、家人。
本当に、ちょっと若くて綺麗な子が応対すると、舞い上がるんだから・・。バカ

しかし、これは本当に美味しかったです。
とろけるような肉質と、赤身の弾力が失礼ながら「居酒屋ステーキ」とは
思えない美味しさでした。

アグー豚の照り焼きもOK。

そして、私とちびは入り口に行って、魚の選択です。
何種もある魚に迷っていると、ちびが「ねぇ、ここにもいるよ。」と
指指します。
みると、足元の手水鉢に、メダカが何匹もスイスイ。

「ボクぅ。それは食べれんよぉ」と、年嵩の従業員さんの受けも
のんびりと好ましいです。

お薦めの「チョータロウ」という、イサキを大きくしたような魚を
今夜は塩焼きにしていただきました。
沖縄では、なんでもバター焼きらしいですが、塩焼きもなかなかの美味
でしたよ。

そして、美味しかったのは「海ぶどう」
お昼の、牧志市場のついでに出た海ぶどうの、生育不良とはまるで
別物。

ぷっくりとたわわに連なった、プチプチを
シークワァサーノポンズに付けて食べるのですが、ポンズを決して
海ぶどうにかけてはいけないそうです。

なぜだか不思議だったのですが、誰も試そうとは言い出しませんでした。
それほど、美味しかったということですね。

ちびは、遊び疲れたのかグスグズと言い出し、家人が「口止め遊具」と
して持ち歩いている、ipadを取り出します。
ゲームをしている間はなんとか間が持ちます。

お隣の席のおじさんやおばさんは、ちびが自分でipadを操作して
遊んでいるのびっくり。
「へー」「ほー」と、感心しきり。

口止めに使っている・・・とは言えませんでした(^^:)


その間にも、娘はなにやらカクテルとか、沖縄で唯一の蔵元のお酒とか
息子に薀蓄を求めながら、ぐびぐびとのみ続けております。

部屋に帰れば、まだ昨日のワインがあるというのに・・・やれやれ。

目の前に飲兵衛がいると現実に帰るのか、今日の家人はいくぶん控え目。


最後まで「これ飲もうか。やめようか」と言いながら、トイレに
立つときにさりげなくオーダーして言った、娘の「うわばみ伝説」は
どうやら本物のようです。

今年の夏も、ビアガーデンでその本領を発揮することでしょう。


お料理も美味しく、お酒も美味しく(私には判りませんが・・)
接客も申し分ない夕食を終えると、またホテルまで送ってくださいます。
雨は、大きくなるばかりです。


ホテルに着くと、家人とちびを部屋に上げて、私たちはまたぞろおみやげ
売り場です。
前々日に、私の友人にと、沖縄ガラスのビアーグラスを買ったのですが
その包装がちょっとひどい。
できないなら、オレがするから包装紙貰ってきてという息子に、やり直して
くれるわよと、私。

お店ではその時の人ではなく、女性店員さんが、理由を告げると快く
直してくださいました。

しかし、私がそのまま帰れるはずかなく、自分達用のグラスを買うと
息子も桜色のグラスとグラス敷。
え?・・・さっき、買ったじゃん。
・・・・・・・・・これって、もしかしたら、今流行りの「二股」って
やつ?


そんな疑惑が頭を掠めましたが、そんな器用なことができるはずかないと
打ち消して、このことは心に仕舞っておきました。
いま、広げましたけど・・・(笑)

娘は相変わらずチマチマと小物買いをしています。
「これとこれとを組み合わせて誰々ちゃんに・・」はいはい、ごくろーさん。

ホテルの買い物はすべて「お部屋付け」にしていますが、最初は
「これって、いったいいくらになるの?」と、びびっていた娘も三日目に
なると、余裕です。
それでも、使いたい放題使わないのが小心者の良いところでしょう。

その中で秀逸なのが、「サーターアンダギーの素」
これって、ようはドーナツツの粉ってことですよね?(笑)

部屋に帰ると半眼にして必死で眠気と戦っている家人を尻目にちびは
元気に遊んでいました。


その夜は、娘とちび、そして私でお風呂に入り、息子はやはり一番に
ダウン。
お風呂から帰った、私達を確認して、家人も電池切れのように眠りに
つきました。


明日はいよいよ最終日です。
お天気が気になりつつも、私も心地よく、深い眠りに入りました。
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by sala729 | 2012-06-01 13:37