首里城を出てから、国際通りまではそう時間はかかりません。
しかし、家人が下調べしてあったといえ駐車場は見るからに「安い」ことが
売りのようで、舗装もしていなければ、整地さえしていないんじゃないかと
思えるようなデコボコの地面に、なんのラインも引かれていない場所に
適当に車を停めます。

空からはポツリポツリと雨が・・・

下調べの甲斐あってか、そんに駐車場でもすぐに屋根のある商店街に行き着く
ことができたことは、評価しましょう。(←えらそーに。BY家人)

国際通りは車も通る大きな通りで、それに交差して網の目のように牧志市場が
広がります。
ガイドブックには、市場の魚屋さんで海鮮物を買って、二階の食堂でそれを
料理してもらえるということでした。

こういう、東南アジアの屋台風のお店が、家人は大好きなのです。

地図を広げると自分の位置が判るのは男達の唯一の褒点で、それに従って
行くと、なんだか民家の入り口のようなガラス戸。
それを引くと、突然上から声が降ってきました。

「これ。これ美味しいよぉ。」明らかに違うニュアンスの言葉遣いは
台湾や中国系でしょうか。
まるで韓流ドラマに出てくるような、しゅっとした美青年が、魚を
片手に、安い、安いを連呼しています。

手元には、一昨日水族館で見た「セミエビ」。あのザリガニの爪を取って
逆さにしたような形のあれです。
「これは美味しいよぉ。」

そんなこと言われなくても判るわよ。
「じゃ、それね。」
「はい。あ、それからこの夜光貝。これもお買い得。」

手元を見ると、貝とは思えない大きさにびっくり。
身もふんだんに詰まっており、はみ出すほどです。
「これは、刺身が半分。あとはバター焼きがいいね。さっきの
セミエビも、刺身と味噌汁がいいね~。」

なんだか、彼、私の好み知ってるじゃない。と、私ものりのり。

「あと、この刺身の盛り合わせはどう?」
・・・・これで減点。盛り合わせなんていらないわよっ。

私が不満気と見て取ると
さっきの会話などなかったかのように、
「ハリセンボンあるよ。これ空揚げにしたら美味しい。」
と、吊るして皮を剥いであるハリセンボンを指差します。

へー、ハリセンボンってこんなに大きかったんだと感心していると
「美味しいよ。全部でなくてもいいのよ。少しでもできる。」

ここで、私ははたと気づきました。
我が家の私以外は、さっきから一言も発していない。なぜ??

「どーしたのよ?。何か言いなさいよ。」
「何か言えったって、言う前にどんどん決めてるじゃないか。」と
息子が、愚かにも私を責めます。

「食べたいものがあれば言いなさいよ。でないと私が決めるわよ。」
「じゃ、そのハリセンボンはいくら?」と、家人。

「これ3500円よ。」あくまで陽気な台湾人(私の中で彼はもう台湾人に
なりました)

「でも、可哀想くない?。昨日もサブマリンで見たわよね。なんだか
可愛くて、愛らしいし・・」と、娘。

そ、そう言われれば、情が移ります。・・・確かに海に漂うハリセンボンは
あのトゲトゲが幻のような可愛らしさでした。
色白の愛嬌一杯の口元を思い出します。・・・あ、思い出すともういけません。

それを食べる自分が想像できません。
まるで、食人鬼になったような気分に陥ります。


「そうだよね。」と、ちびまでが加担します。

判ったわよ。ハリセンボンは断念。

すると台湾人、負けてません。
そのまま、引き下がるかと思うと、すぐに笑顔が戻って
「じゃ、これはどう? チリクラブにすると美味しいよ。」と
これまた大きな蟹をかざします。

「そうね。それにするわ。」
家族たちが、後ろでざわざわとしていますが、気にしない。

「あと、なんにする?甲殻類はもういいかな。」
「もう、とりあえずこれでいいよ。あとはこれ食べてから決めよう。」
息子の一言に、私以外はみな納得顔です。

お金を支払うときに「値引き交渉しろ」とガイドブックに書いてあったので
「ねえ、お安くしてくれる?」と聞いてみると
「うーん。それは難しいけど、サービスに海ぶどうつける。」と
言うのです。

「いらないわよ。海ぶどうなんて。お安くしてよ。」
「・・・じゃ、じゃこの刺身の盛り合わせ付ける」
先ほどのお刺身の盛り合わせって、やっぱり「おまけ」程度のもの
じゃないと、毒づこうかと思っていたのですが、その中にマグロの
赤身があるので、言葉は封じ込めてそれをサービスでいただきました。

台湾人が選んだものを女性従業員さんに渡して、そのまま一緒に
二階に上がります。
二階は、カンフー映画に出てくるような雰囲気の食堂街になっています。

大きなテーブルに、カップルと相席になって(すみません。・・)
待つ間に、飲み物やご飯類をお願いします。
種類は数多くて、全体に中華の雰囲気です。

娘とちびは炒飯、息子はまたまた沖縄そばです。どうやら、食べ比べて
いるようです。

ちょっと待たされて・・・来ました。

まずは、大きな鉢に入れられた、セミエビの味噌汁。
これは美味。本当に美味しかったです。やっぱり、エビ系はだしで
使うに限りますね。

でも、お刺身にした肉の透明の白さと、上品な弾力は癖になりそうな
美味しさでした。
「台湾人、嘘つかない。。」

夜光貝も、これまたgood
お刺身の乳白色の弾力は、あわびよりは優しくて、そのぶん食べやすいです。
しかも、色目が綺麗。優しく暖かい乳白色は絶賛。
半身は、沖縄ではお約束の、ニンニクとバターのソテーにしていますが
これもまたよし。
ご飯がいくらでもすすむ・・・ってやつです。

それにしても、でかい。
それぞれがかなり大きいので、円卓が一杯になってしまいます。
同席のカップルが小さくなって、申し訳ないです。

そしてチリクラブ。これは、シンガポールの屋台で堪能しましたが
やっぱりここも美味しかったです。
息子は殻を入れるボールを膝に抱えて、むしゃぶり啜っていました。
やっぱり、海物を食べさせたら、やつには敵なしです。

さて、お腹も膨らんだことですし、国際通りに行きますかと、みんなで
思い腰をあげて、牧志市場を後にしました。

しばらく行くと、急に家人が
「オレとRは、ちよっと探し物があるからこっち行くよ。AちゃんとSは
国際通り行けばいいよ。終わったら、連絡する」と、言い出しました。

私にはその理由が判っていました。
娘は婿殿から、おみやげにと「限定品」を頼まれていたらしいのです。
しかし、それはお店の名前も定かに判らず、住所も不詳。
ただ、携帯ネットでのおぼろげな地図だけだったらしいのです。

その、おほろげを頼りに、私も同行させると、探すことに不満がでる
でしょうし、ましてや見つからなかったら、私が娘に何言うか判らないと
判断して、自分が娘と、私が息子という風に2グループに分けたことは明白
です。

その、親心に免じて、私はその案に乗り、(肝腎の娘はその親心が判ったか
どうかは不明ですが・・)息子と一緒に、国際通りに向かいました。
途中で、息子が見つけたのが「ペンギン食堂の島ラー油」
知る人ぞ知る、ラー油ブームの魁で、今はネットでも8ヶ月待ちとのことです。
それがここで売っている・・・。

1200円という価格に、息子は「高いな」と、つぶやいていましたが、
これ一瓶で、どれだけ楽しめるでしょう・・美味しければですが。

国際通りに出ると、三越が目の前。
ぶらぶらと歩いて、路地の奥にあるような階段を下りたガラス工房は、若い
女性が二人で製作しているのだそうです。
息子はこういう、路地の裏とか、地下とか、ちょっと変わった処が好きです。
そこで、自分のためのガラスコップと、少し小さめの桜色のコップを
購入。それが誰のためのものであるかは、聞きませんでしたけどね(笑)

すると早くも家人からの電話。
もう終わったとのことで合流しょうかと・・
「えらい早いね。」と聞くと
「うん。店はあったんだけど、頼まれた物はもう販売してないんだって。
前に、販売中止になったって。」
「ふーん。そんなこともリサーチしてなかった?」
「まあまあ・・・」

こんな会話を娘は聞いてないふりしたのか、ホントに耳に入れなかったのか・・

ともあれ、合流して歩くと、目に入ったのは「88ステーキ」の大きな看板。

「なつかしいねぇ。」と思わずポロリ。
「こんな店やったんや。オレ、店内が暗くて、なんかウェスタン調だったこと
くらいしか覚えてない。」
娘を振り返ると、ブルンブルンと首を振っています。

そりゃ無理でしょう。当時彼女は2才半。覚えているはずがありません。
息子が覚えていたことのほうが、私には驚きです。

当時の沖縄のステーキというと、アメリカサイズのお皿からあふれ出る
ばかりの大きさのものというのが、私達のイメージでした。
このお店はそんな私達の胃袋と期待を裏切らないステーキを堪能させて
くれるお店であったことは間違いありません。

ただ、悲しいことに、今はもうそれにチャレンジするには、胃袋の
収納量が、決定的に減少してしまっています。
ここは、思い出だけにして、通り過ぎました。

しばらく行くと、沖縄のアイスの定番ブルーシールアイスのお店が・・
ここで寄らない選択はありません。
テキサスの片田舎の酒場(行ったことはありませんが、映画では何回となく
見ています)の、ような佇まいの店で期待感は膨らみます。

店内の女の子も可愛いです。
迷い続ける娘を尻目に、私はソフトクリームの売り場に行って、迷わず・・
え?あれれ・・・・な、ない。

前回のとき、すばらしく美味しかったパイナップルのソフトクリームを
オーダーしょうとして止まりました。
メニューには、バニラと紫いも。そしてそのミックスの三種類しかない
のです。


仕方なく、私はミックス。娘は紫芋のソフト。
あとは・・忘れた。人のことなんてどーでもいい。パイナップルソフトが
なかったことに愕然。


そこで首脳会議。
今からどうするか。ホテルに帰るか、それても娘が行きたがっていたギャラリアに
向かうか・・
そとは、時折雨が降っています。
このままホテルに帰っても、今日のマリンスポーツはちょっと無理のようです。

「じゃ、ギャラリア行くか。ちびのモノレール乗りたそうだし。」の
家人の一言で決まり。
そこから、モノレール乗り場まで散策です。
国際通りはおみやげ物屋通りですから、賑やかです。
お店の中には、大きな広口瓶に「ハブ」を漬け込んだものを店頭に並べたり
してちびを驚かせたり、修学旅行生がたむろしていたり、混沌としていて
それはそれで面白いです。

県庁前まででると、右手に「りうぼう」というビル。
これは「りゅうぼう」と読むのだそうで、沖縄の地元デパートなのだ
そうです。(息子の説明)
しかし、立地といい建物といい、前の三越さんよりはずっと上等なかんじがします。

10分ほど待って、モノレールが静かに入ってきました。
それに乗って、私達はギャラリアへ。家人はひとつ手前で降りて車を回して
くれるといいます。
外の雨は大粒になってきていますので、その方がいいかなと私も思います。


私の知らない間にギャラリアは大きく成長していました。(別に私に
挨拶はいらないですけどね。)
前回なかったヴィトンもしっかり入っています(もっともこのギャラリアの
経営母体はヴィトンということを、これも息子から聞きました)
広い店内は人も少なく、ゆっくりと見て回れます。

ちびきお買い物のお付き合いが気に入らないようで、ぐすぐずと娘に
纏いつき、お店を見たい娘はそれを叱り、なんだか落ち着きませんねぇ・・


いい具合に家人から電話が入り、待っているという店外で家人と合流。
するとそこで息子が
「イオンかりゅうぼう(ここはスーパーもしています)で、カップ麺の沖縄
そば買いたいんだけど・・」と言い出しました。
それから、ナビで検索して近くのりうぼうに・・

何が近いだっ。車で15分。しかも、ナビでないと絶対に通らないような
坂道の曲がりくねった道をすぎると、雨はザアザア。。。
その上、このお店、駐車場が見当たらない、しかもも店先の道路の一車線を
お店に行くための車とタクシーが駐車している有様。

ここは無法地帯かっ!
ちよっと隙間があればみんなどんどん車の頭を入れてきます。

息子と娘は、「ここで待ってて。」と言い捨てて、雨の中を走って店内に
消えていきました。

ここで待っててったって・・どうやって待てというのか。。。。
しかたなく、地元に習って、みんなに混じって不法な駐車。
でも、誰も怒りませんし、みんな器用にハンドル切って狭いところに
車を突っ込み、出していきます。

「ねぇ、ここ日本よね?」
思わず聞いた私に
「たぶんね。」と、半信半疑の家人。

買い物を終える二人を待つ10分が、とても長く感じられました。

「地元の人の行くスーパーで買い物するのが好きなんだよなぁ」と
悦に入る息子に、婿殿にであろう沖縄そばのカップ麺を仕入れた娘も
満足気。
でも、そのカップ麺「マルちゃんだけど?」

と、最後にバタバタとしながらも、無事に私達一行はホテルに向かった
のです。

今夜は居酒屋シリーズ第二弾。本命はじつはこちらだったのですが
到着日の木曜が定休日というので、この日に変えたのです。
「うら庭」さんというお店ですが、今夜もここがホテルまでお迎えに
来てくれます。
今日は約束の時間に遅れることもないでしょう。
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by sala729 | 2012-05-31 14:50 | Comments(0)

翌朝はやっぱり・・と、言うか、自業自得というか、年寄りのなんとやら・・
何と言われても仕方のないような倦怠感。
特に、脹脛がぴくぴくと痙攣しているような気がします。
そして、なかなかベッドから起きられない・・

「なんだか、だるーい。」
「やっぱり。昨日、頑張りすきだんじゃない?」ちっとも心配気な声でも
なく、当然のように言い放つ家人にむかっ!。

「あなたの夕べの鼾で、よく眠れなかったからよっ。」
「だって、夜中に起きたら、寝てたよ。Aちゃんもボクに負けないくらいの
轟音で。」と、笑うのです。

うそ・・とは言い切れません。自分でも確かにここ2,3年、なんだか
鼾をかいているような気はしていたのです。
何回か指摘されたこともあります。
「ふんっ」と、その時は無視していましたが、確かに疲れがピークを
越えると、鼾はあり・・かも。

「頭が重いけど、お風呂に入ったら治るかも。」話を逸らして、
朝のお風呂準備です。


いやーぁ、やっぱり朝のお風呂は爽快ですね。
シャンプーして、ぬるめのお湯に漬かったら、ずいぶんと気分はよくなりました。
お部屋に帰ったら、部屋の廊下で、娘とちびがいます。

「あれ?キミたちも閉じ込めた?」


実は、今朝、昨日のルームサービスのお盆を廊下に出したときに、二人とも
部屋から出ていたのにそのままドアを閉めて、オートロックがかかっちゃった
のです。
廊下の端の電話でフロントさんに来て頂いて、開けてもらったという失敗談は
隠しておくつもりだったのですが、そうはいかないものですね(笑)


「どこ行っとったん?」とちび。
話を聞くと、朝起きて、私達の部屋に来ようと、隣の部屋を出て、もちろん
カードキーを持たずに・・。
私達の部屋をノックしても、インターホン押しても、なんの応答もなし。。

かといって、今更部屋に戻ろうとしても、息子はまだ夢の中。
それを起こしたら、また何言われるか判らないと思うと、どうせお風呂
だろうから帰ってくるのを待つしかないかということになったらしいのです。

経過はともあれ、彼らも「閉じ込めてしまった」ということには
変わりがないようです。
やっぱり鍵穴がいいかなと、アナログ人間は少し、昔が懐かしく思えました。


今朝は、中華粥が食べられるというので、昨日とは違う、中華レストランでの
朝ごはんです。

しかし、お風呂でましになったとはいえ、私の食欲は甦りません。
お目当ての中華粥も、干し貝柱入りとは言うものの、どこにある?と
いう程度のもので、点心はその湯気だけでやる気なし。

他の4人は、食欲旺盛。意気軒昂。・・・う、負けた。。く、悔しい。
特に、家人は「お粥フェチ」ですから、満足気。

私は、唯一、島バナナの入ったフルーツヨーグルトが一番美味しく
いただけました。
島バナナは小ぶりで、そのまま盛ってもあるのですが、見た目は
よろしくありません。

なにしろ、朝市では真っ黒になったバナナを二本100円で売っているのは
黄色い安いバナナを見慣れている私には、暴利としか見えませんでした。

しかし、この小ぶりの色目のやや悪いのが美味しいのです。



さて、今日は、まず「首里城」と「国際通り」そして「牧志市場」に
行く予定です。早めに帰れれば、ビーチかプールもいいかなと思っていました。
しかし、空は雨こそ降っていませんが、厚い雲に覆われています。

レンタカーのステップワゴンにみんなで乗り込んで、目指すは首里城。

またまた回顧談ですが、新婚旅行で初めて沖縄に来たとき、私達は
「都ホテル」に泊まっていましたので、守礼の門まで歩いて来たのが
最初でした。
舗装されていない土の道を、当時はまだ車が右通行の時代で、地元の
お婆さんに道を尋ねて、なんのことやらさっぱり判らず、あとあとまで
思い出しては笑ったものでした。

この沖縄のお婆さんと、その後行った、津軽のお婆さんは、私の中で
二大言語不能地域に住む方たちになっています。


その後、二回目の沖縄に来たときは、まだ全然手が入れられてなく、
跡地のような石垣の上に、掘っ立て小屋のような「資料館」が建っていました。
幼い息子と娘を連れた、若い夫婦(当然若い頃はありましたよ。)に、
その資料館の女性は、とても親切に説明してくださり、こんな荒れ果てた
処に、すごい宝物があるものだと、その時は感心しきりでした。


三回目は、もう夫は亡くなっており、息子と娘と訪れました。
しかし、丁度、大掛かりな改修工事の真っ最中で、入場ができませんでした。

四回目は、家人と二人で来ましたが、生憎の雨で、ここからずっと続く
お城の道を歩く気力が湧かず断念。

ということで、私には、およそ30年近くぶりの再訪となりました。

10数年ぶりというのに、息子は相変わらずの道路マニアぶりを発揮して
あそこを曲がって、あの店の前に・・と、細かい指示を出します。
そしてそれにも負けず、「だんどりのT」と。自画自賛する家人も、どこに
車を停めるかは、リサーチ済みです。

こんな二人は無視して、私とちびは、お城を取り巻く水路に顔を
出す亀に大喜び。
亀って、水面から顔出すときは、首がずいぶんと長く伸びるものなのですね。


しかし、曇ってはいても気温はぐんぐん上がって、守礼の門まで来ると
私はもうすでにグロッキー寸前。
入り口で、まず水分補給です。

ご存知の方も多いでしょうが、ここでは沖縄の民族衣装を着けて記念写真を
撮ることもできます。
ちらりと心が動きましたが、先客の家族連れが衣裳を着けているを
見ている周囲の冷ややかな視線を感じて、断念。やっぱり・・恥ずかしい。

それにしても、お城と名の付く処はどこもなんでこんなに広大で起伏の
烈しい場所なんでしょうね。(苦笑)





昔、舅さんに「旅行なんてものは、若いうちはいかんでもよい。年が
いってお金に余裕ができたらゆっくり見りゃあいい。」とよく嫌味(笑)
言わましたが、それは間違いですっ!と、今なら声を高くして言えますね。



ここ(首里城)もしかりですが、古今東西の旧所名跡はどこも、ハードです。
老人御用達(失礼)の、お寺にしても階段は急ですし、金比羅さんに至っては
その数を誇るところもあります。
山形の山寺はさらに階段が多いと聞いて、それだけで私なぞ、恐れ戦いて
しまいました。

急な坂や、足元の悪い道・・考えてみれば、昔の歴史の跡地なんですから
それで当然なのですけれども、そこを年老いて足元も覚束なくなって、
見学に行って、何が面白いです? 楽しいですか?

若い時はお金もなく、びんぼー旅行でしたけど、お城の石垣に登ったり
階段を子供と駆け下りる競争したり、誰も行かない裏手の山道を探検したり
その時の体力と気力がなければ出来ないことも沢山してきました。

そして、今はその時の史跡を子の次の代の子と来ている。
これは感慨深いものがあります。

私は、子供たちにできる限りの経験を積ませてやりたいと願い実践して
きたつもりですが(おかげで我が家は貯金や節約というものに無縁に
暮らして来ましたが・・笑)そのことに後悔は何一つありません。


と、可愛げのない感慨はさておき、首里城の中へ中へと進みます。
ここは小説や映画の「テンペスト」の舞台になった処でもありますから、
所々に見覚えのある場所があります。

全体には紫禁城のミニチュアというかんじですが、あの紫禁城の・・ですから
ミニとはいえ、なかなかのものです。

「ねね。聞得大君はどの部屋にいたんだろうね?」
小説は、読む読むと大言壮語しながらいつまでも本棚に並べている
家人がドラマで知ったストーリーを紐解きながら、話かけてきます。

・・・たしかに、あの役の高岡早紀さんはぴったりだった・・・

「知らないわよ。あの説明するおじさんに聞いたら?」
館内には節々に、琉球王朝の衣裳を身に着けた男女がにこやかに
補足説明をしてくださっていたりします。

しかし、こうして見ると、やはり沖縄は「琉球」というひとつの国にしか
思えません。
文化やしきたりは、中国のものですし、第一宮殿からして、「城」とはいえ
日本の「城」とは明らかに違います。

その昔、薩摩が急襲してこの国の文化を蹴散らし、無理やり日本文化を
嵌め込んだことが、今に至る沖縄のすべての不幸の原点ではないかと思います。
その当時の沖縄の血税が、明治維新の力になったのなら、近代日本の礎として
日本国民は、本当はもっともっと、沖縄という地域を大切に畏敬の念を
もって接しなければならなかったのではないかと、私などは思います。

とは思いながら、暑さとハードな行程に息も絶え絶え、口数も少なくなって
いきます。
ちびは娘と息子と一緒に、元気よく走り回っています。

「Aちゃん、Sと一緒のほうが話が弾むんじゃない?」
家人は言いますが、私はもうそんな気力がありません。(トホホ・・)

息子は、中学と高校の歴史の教員免許を持っているくらいですから、歴史は
好きです。
そしてそんな息子に、歴史の面白さを教え込んだのは、この私です。
亡夫も、お城が大好き人間で、息子と二人で、写真さえ見ればどこの
お城と言い当てられるほどの「マニア」でした。

ですから、息子と話すのは楽しいのですが、いかんせん・・今はもう
体力が・・・ない。(^^:)


広い邸内をようやく終えて、城郭にでると空はますます怪しくなってきました。
それでも、また歩いて車までいくのかと思うと、げんなりです。

すると、少し歩いたところで、息子がここから出れば駐車場に近いよと言います。

こういう時は、無抵抗に彼の指示に従うことにしています。
こういうことで、こやつが間違ったことは子供時代から一度もありません。
(嘘を言って、私を意図的に歩かしたことは多々ありますが・・)


確かに・・近かったです。円の周りをぐるっと回って、入場して帰りはその
円を直進した感覚です。
「こんなに早いなら、なんで行くときもこのコースにしなかったのよ?」
「だって、入り口はあっちだよ、帰りだからこのコース。覚えてる?ここ。」
「へ?」
振り返れば、どこやらの学校の構内のようです。

「沖縄文化大学。前に、なにやらで調べたってここの学食の沖縄そばが
美味しいって来たでしょ。」

・・・・そんなこともあった。・・・たしかに。でも美味しかったのか
美味しくなかったのかは・・忘れた。

「沖縄に来て、学食ねぇ。なんだか気の毒な子供たちだよね。」と
家人は他人事のように笑います。他人事ですけどね。

その時の仲間であるはずの娘は無言。
こういう時、彼女は何も覚えていないのです。なまじのことを言うと
みんなから突っ込まれそうなので無言を通しているのです。


「でも、よかったね。前の時は入らなかったし、今回、ここは絶対、
行きたかった。」と、家人の言葉にみんなそれぞれの思いで頷きます。

さて、ここから国際通りに向かい、まずは牧志市場でお昼ごはんです。
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by sala729 | 2012-05-30 15:07 | Comments(0)

トロピカルなダイニングの窓は全部がガラス窓でもちろん海が一望できます。
今日は、イタリアンフェアの最中とあって、色鮮やかなお料理がずらっと
しかも、一番乗りの恩恵にあずかって、まだ誰ひとり手を付けていないもの
ばかりです。

娘は「誰も手をつけてないなんて、なんだか緊張するね。」と・・
小心者め(笑)・・・一番乗りなんていい気持ちじゃないの。
人の手が付けられてない、大皿料理に最初に手を入れるなんて「かいか~ん」
以外の何者でもないわよっ。ふっふふ~

目の前で焼いてくださる子羊のローストのまたなんて美味しいげなこと・・
鼻腔を、スパイシーな香りがくすぐりまます。

我が家のしきたりでまずはなんと言っても「乾杯!」ですから、少しだけ
お料理を取ってきて、一同そろって、かんぱ~い・・・

ローストは、香りだけでなく、もちろんとても美味しゅうございました(岸
朝子さんにならってみました・・笑)

イタリアンですから、アンテパストは、もう海の幸がてんこ盛り。
それにチーズですもの、家人の食指がワインに向かわぬわけがありません。

私がちびと二回目のお料理探検に帰ると、すでにワインリストを広げて
います。
「あれ、もう帰ったの。もっとゆっくり選んでいればいいのに・・」と
なにやら不満げ・・・むかっ。
「どれがいい?S、いいの選んでよ。」と、息子にリストを渡します。

一応は、利酒師の資格は持っていますし、ワインにも詳しいです。その由来や
産地などは、何かの「食通雑誌のコメント」みたいです。・・・褒めているのか
貶しているのかは判りません(^^:)

家人はスパーリング系が好きで、娘はロゼ派ですので、それをとって、
なんとかなんとか・・私、興味がないので、名前は覚え切れません。
レストランの綺麗なお姉さんと、息子が二人でなにやら、楽しげに会話して
います。

「へー、あんな話もできるんやね。」と、秘かに感心。
当たり前ですが、もうお酒売り場の責任ある立場になっているのです。
しかし、親というものはいつまでも、子供時代から抜け出せないらしい
もののようです(苦笑)

「ティステングはいかがしましょうか?」綺麗なお姉さんはあくまで上品に
聞いてくれますが、息子が何か言うよりも早く家人が
「いえ、いいです。もうすぐいただきます。」

・・・・あんたは欠食児童か!・・パブロフの犬か!・・・
ワインと見たら見境のない奴め!!


その間に、娘は息子からワインに合うパンだと薦められていたステック状の
チーズパンをしっかり用意。
私とちびを除く、三人のグラスに、綺麗な淡いピンクのつぶつぶが
まばゆいスパーリングワインが注がれています。

見た目・・ちょっと美味しげ・・
少しだけ、舐めてみました。・・・あ、案外いける・・かも。

ふと、気が付くと、ちびは、娘の隣の席でこっくり、こっくり・・

無理もありません、一日中ハイテンションで遊びまわっていたのです。
起こそうとする娘を制して
「一食くらい食べんでも死なないから寝かせておきなさい。お腹が
空いたら、その時食べさせればいいわよ。今からあなた達がご飯終わるまで
一時間はかかるでしょ。それから起きたら、スターライトクルーズに
ちょうどいい。」

ウェイターさんに小さなクッションを持ってきてもらって、ちびはそのまま
お休みです。

「ね・・ね。アンテパスト美味しかったんだけど、もう少し持ってきて
もらえる?」と、珍しく家人のリクエスト。
「いいわよ。私もデザート見てくるし・・」

気軽に立って、まず自分のデザート。

しかし、沖縄料理はデザートも含めて味が濃い。
お料理には油とニンニクと香辛料がこれでもかと入れられ、デザートは
甘いっ!・・・ほんとに甘い。この私が言うのです。まちがいなく甘いですっ。

それでも、デザートの誘惑に勝てるはずもなく、胡桃のケーキと、ババロア
レモンのスフレをチョイス。
そして、一端席に戻ると・・・

あらら・・・家人の手には、またまたワインリストが・・・


「あ、いやほら、Rがね。もっと飲みたそうだし。ほら、普段飲めない
じゃない?だから、こんな時くらい、いいだろうってね。」と、
息子や娘に助けを求めます。

確かに、婿殿が下戸ですから、娘は普段は飲みません。
しかし、家人曰く、娘は「うわばみ」なのだそうです。
いくら飲んでも、酔わん・・・

娘のワイングラスには、淡いピンクがすこーしだけ、残っていますが
平気に顔しています。
息子も、味見程度にしか飲めませんから、この一本は殆ど、家人と娘で
空けているのでしょうが、こんな時、家人は娘を優先してやりますので
娘がどれくらい飲んだかは想像できます。


「いいよ。飲んでも。でも残ったら飲み干そうなんて考えないで、お部屋に
持ってきてもらって、そこで飲んでね。全部ここで飲んだら、クルーズに
行けないよ。」

「うんうんうんうん。そーする。」

なにが、そーするよっ!・・・酒のためなら、悪魔にでも魂売るくせに・・


私の怒りを他所に、今度は赤ワインをオーダーしています。


しかし、それにしても、わが娘ながら「うわばみ伝説」は、本当らしいです。

彼女は注がれた、赤ワインを平然と飲み干し、まるでイタリア人のように
パンとケーキをそれに添えて楽しんでいるのです。

そういえば、乾杯のとき、家人と娘は、オリオンビールでしたが、二人が
顔を見合わせて「オリオンビールは薄いね。」と、囁き合っていたことを
私は見逃しませんでした。


しかし、飲んでも乱れることもなく、食事は楽しく終わりました。
その時に、娘から「母の日」にと、籠盛りの花を貰ったりしたことも
なかなかのサプライズでしたね。
南国の香りのする花を選んだという、努力の跡はしっかり見ました。


そして、食事が終わるころ、ちびはグットなタイミングで目覚めるのです。

そのままフロントを横切って、玄関ロビーに出ると、ビーチ行きのバスが
待っています。
クルーズはビーチの船着場から出ますので、これに乗っていくのが早いです。

そとは、暮れなずみバスの行く先の足元を石づくりの灯篭が、灯りを
つなげて照らしてくれています。



ビーチでバスを降りたら、浜辺で結婚式の準備をしていました。
ガーテンパーティなのでしょうが、いかにも、南国っぽくて、いいかんじです。


5分前に船着場に着いたのですが、周りには誰もいない。

受付のときに聞くと、他にもう一組だけですとのこと。
しかも、この担当さんは、昼間、娘とちびが乗ったマリンジェットの
操縦してくださったお嬢さんで、ちびのことも覚えていてくれたようです。


時間が来たので、乗り込むと、かのお嬢さんが「他の一組さんがこられ
なかったので、今夜はこちらだけです。」と、飲み物を手渡しながら
ニコニコと教えてくれます。

ラッキー!!!
貸切じゃん!!!

スターライトクルーズの船はかなり大きいのです。
そこに我が家だけの貸切なんて、ついてます。

大きな船とは言っても、やはり波は大きいので揺れますが、私達は
甲板に出ていますから平気です。

一人船室に残っている家人も、ワインの酔いと船の酔いに上手く
調子を合わせているようです。

受付のお嬢さんが案内をしてくれますが、私達しかいないせいか
とてもフレンドリー。
舳先に四箇所、船板を四角に切り抜いて、ざっくりとした網を張った
「ハンモック」状態の場所があって、そこは寝ころがって星空を
見られる特等席なのだそうです。

ただし、下は海なので、ポケットに携帯など落としては困るものは入れないで
くださいと注意がありました。

一番に寝ころがったのは娘。
もうしっかり童心に帰っているようです。ちびは、へっぴり腰でなかなか
傍に行こうとしません。

「すごいよ。」娘の声に見上げると、満天の星。星。星です。
真っ暗な空に満点の星。はるかな対岸はホテルと街の明かりが煌いています。
本当に、昼間の碧さといい、夜の煌きといい、どこまでも楽しませてくれる
ことでしょう。


「私が始めて沖縄に来たときはホテルもなくて、万座毛にもお土産物屋さんが
二軒しかなかったのよ。」
人間は大自然に帰ると、つい昔のことを口にするようです・・・。

「へーそうなんですか。今は一杯並んでいますよ。」
「残波岬だってホテルなんかなくて、岩場に荒い波が打ち付けて、灯台なんて
最果ての気がしたわね。」
「今は、ホテルもありますし、私あの近くに住んでいるんです。」

本当に歳月というのは、あっと言う間です。私だって、今ここにいるのが
不思議なくらいです。

20年、30年先の私がここにいることを当時の私が想像できたはずが
ありません。


娘や息子とお嬢さんは年が近いひともあってか、親しげに話をしています。

「シュノーケルは、一寸出るといいところがあるんです。船で行って、そこで
潜りますが、とてもきれいですよ。」
「じゃ、明日はそこに行こうか。」と、娘と息子も珍しく意気投合(笑)
「ドラゴンボートもよかったみたいですね。」
「ええ。明日も明後日も乗りたいぐらいです。」と、ノーテンキに答えて
いました。


夢のようなトワイライトクルーズが終わって、部屋に帰ると、案の定ちびが
「お腹が減った」と・・
24時間OKのルームサービスでおにぎりをお願いして、三個のおにぎりの
一個はちびが、もう一個は娘が。そして残りを、注文時に一緒にお願いしていた
お茶とお茶碗とわさびを美味しそうにかき混ぜる家人の姿がありました。

もちろん、息子は爆睡でしょう。
ただ、朝になって、家人のあまりのいびきに、息子が悲鳴を上げたので
今夜は、私と家人。息子と娘+ちびで寝ることになりました。

明日は、首里城に行く予定です。早く帰ったら、ビーチもありですが、
天気予報は芳しくはありません。
なにしろ「梅雨」ですから、それも仕方ないのですけれどもね。

そんなことを思いながら、楽しかったけれど、肉体的には過酷な私の
一日が終わろうとしています。

いや・・・・ほんとに疲れました。
遊びには体力も気力も要ります。それを実感した一日でした。 
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by sala729 | 2012-05-29 14:46 | Comments(0)

パラーセールが終わって、この一大イベントが終わったと力の抜けた私を尻目に
ちびは、そのまま海に突っ走っていきました。

遠浅の透明度のとても高い海は、ちょっと沖にでれば、魚がスイスイ泳いで
いるのをその目でじかに見れます。
所々浮かべてある発泡スチロールの四角い板は、波間に漂うベットです。
これこそ「ウォーターベッド」と呼ばれる資格あり。



ホントに性懲りもなくという言葉がぴったりの息子がそのベットの上に
腹ばいになって、太陽を浴びています。
僅か二年前に、柏島で悲惨な「火ぶくれ」を負った事を忘れているのか、
それともソノ手の趣味があるのか・・(どんな趣味??)



彼は沖縄に着いてからも、職場からの連絡が絶えず、ホテルにFAXは入るは
PCでメールは送るわ、なんだか落ち着きません。
責任のある立場になったということで、口では「なんで休みまで追いかけて
くるんや。」と、ぼやきながらも内心は自己満足で、満ちたりていることは
間違いありません。

なぜ判るかって?
だって私の息子ですから、考えていることは、手に取るように判ります。
私も一緒ですもん。「この親にしてこの子あり」ってやつですよ(笑)

それでも、毎夜帰宅は11時をすぎていますから、かつての猛烈社員の
幻みたいな、サラリーマン生活を送っています。
昨日もちびよりも早く寝て、誰よりも遅く起きていますし、沖縄でやりたいことの
一番目に浜辺での昼寝をあげていたくらいですから、今が幸せなのでしょう。

ビーチのお店で飲み物と、かき氷を調達して、一息つくと、今度は
「サブマリンJR」・・これは海中が見える潜望艇です。
乗り込むと、左右に窓ガラスの埋め込まれた窓があって、そこから海中が
よく見えます。

一番前に乗り込むと、なんと船長さんはあの、パラセールのハンサム氏。
お話も上手です。
動き始めてすぐに、小型の白い鯛に黒いラインの入った魚が群遊しているのに
遭遇しました。
見事なまでに、みんなが同じ方向を見て、同じ方向に泳いでいます。


彼の国のマスゲームもかくやとは思いましたが、それにしても、お魚でさえ
こうしい一糸乱れず、回遊ができるのです。人間を調教するなんて、
もしかしたら、すごくたやすいこと???

 少しいくと、船長が船を止めて「ここで餌つけをします。餌を持って
いる方は外に出てください。」と、言うではありませんか。

え?・・・餌付け??餌付けって聞いてないけどぉぉぉ
家人を見ると、さっと視線を外します。

「ご、ごめん。予約のとき、知らなかった。ご、ごめん。。。」



我が家は(いや、私だけと皆は言いますが・・)この餌付けというやつが
大好きなのです。
餌を・・というフレーズがあったとき、それを外すという選択はないのです。
にも係わらず、今回はこの「餌」を、買っておかなかった家人の手落ち。
今夜は本気で、アルコール禁止令を出そうかと思いました。


ところが、何事も「人間塞翁が馬」とはよく言ったもので、餌がないので
窓辺の席に戻ると、上からばら撒く餌に群れる魚たちが目の前で見れるのです。

しかも上から落ちる餌に何度もチャレンジする小魚や、その小魚の上前を
はねる大物魚。
これは、なかなかワイルドで面白いものが見えました。

前に、グアムで潜水艦に乗って海の底を見たことがありましたが、ここでは
底に届かなくても、十分に珊瑚の海や、ハリセンボン、ヒトデ、青ぶだい、
小鯛、あと名前は知らないけれど、色鮮やかな魚たちが見られます。
そして、しっこいようですが、「餌付け」もできます。(笑)


これは家族みんなで楽しんで大満足。時間はお昼を少し過ぎています。
ホテルは目の前ですから、お昼は一度ホテルに戻ろうかというと、息子と
娘が口を揃えて
「ここでいいじゃん。海の家の食べ物なんてこんなもんよ。」と
先ほど私が飲み物を買ったショップの前で言い張ります。

正直、あんまり乗り気ではありませんが、そう言われればそれもそうかと
思いなおし、お店の前のパラソルのある椅子に座っていると、海の風が
いい気持ちです。

このビーチもホテルの管理ですから、お金は持ち歩くことなく、お部屋付けで
買えますのでとても便利です。
息子は折角の沖縄だからとまたもや「沖縄そば」娘は「キーマカレー」
ちびは「お子様カレー」家人はもちろん「から揚げとポテトのビールセット」
私は・・・迷いに迷って「ヤキソバ」と、保険のために「揚げピザ」
・・・・・・・はい。保険もろとも外れましたが・・(笑)

出てきたヤキソバ見て、がっかり。。。
だって、沖縄ソバがパスだからこれにしたのに、ヤキソバのソバは紛れ間なく
「沖縄ソバ」・・・ようは、沖縄ソバの汁気のないものってかんじです。
揚げピザは、ピザとは名ばかり、ソースを塗りつけた「揚げパン」

しかし、家人のポテトは美味しかったです。
少し大きめのポテトフライで、先ほど私が飲み物買っている時に、
パラセールのカップルもこれにしていました。
「外国人、嘘つかない」ってホントです。・・・


一段落と思う間もなく、またまたちびは海に・・
その前に、息子と三輪自転車みたいなので海に漕ぎ出す乗り物があるの
ですが、それに乗る約束をしていました。
ところが、娘が乗る、ジェットバイクの予約時間が先にきたので、
まずそれにチャレンジに行きました。

家人は「四級船舶」の操縦免許を持っているのが秘かな自慢のようですが
それはとっくに、更新切れで何の役にもたたないことは言いません。
娘は当然持っていませんので、インストラクターさんがついて、前にちび
後ろに娘が乗って、あっと言う間に飛び出していきました。

インストラクターさんはまだ若い、可愛いお嬢さんで、前に座るちびの
ヘルメット姿が妙に可愛く見えました。

最初はゆっくり目で、目で追えていたのですが、あれよあれよと言う間に
スピードあがって、万座毛のほうに向かったかと思うと、矢のような早さで
飛んでいってしまいました。

「へー。アクティブやねぇ。ここの人たちは子供に慣れているから、
小さな子にでも、どんどんチャレンジさせてくれるみたいやね。」と
私が感心すると

「パラセールもそうだったよね。Aちゃんが、大丈夫?って聞きすぎ。
もっと、大らかにチャレンジさせないとね」
妙に、大胆なところがある家人が言います。

悔しいけれど・・言い返せず、秘かに仕返しのチャンスを狙います。


10分ほどして帰ってきた、娘とちびは大喜びです。
「すごかったよぉ。運転するのは男の人のほうがゆっくりだって言っていた
けど、ある程度スピード出ているほうが安定してるって。
万座毛の裏側から、岸部までずっと走ってくれた。ちびもおおはしゃぎよ。」
「よかった?」
「うん。面白かった。」


「私、船舶免許取ろうかな?」
行くまでの、いざこざを忘れたかのような、楽しみっぷりです。

そんなこんなのうちに、水中自転車のことはすっかり忘れ、次はみんなで
ドラゴンボートに乗ろうということになりました。

ここのボートは二列で縦が四人乗りです。バランスのこともあるので小さな
お子さんは前にということで、ちびは一番前。
そして二列なので、私も一番前です。

このボートに取っ手がついていて、これを握っていると、ボートの先端に
繋がれた綱をモーターボートが曳いてくれるというものです。

・・・こ、これ、スリル満点。
なんたって、外洋に出ますから、波は大きいのです。
その上をぽーんと飛んだり、弾んだり、横に揺れたりと取っ手を放すと
どーなるの???と、想像すると怖い・・・・・・


でも、ちらりと隣のちびを見ると、大喜びで片手を振り上げています。
後ろでは、息子と娘、そして家人が楽しげな奇声をあげ、それに
添うように、ちびまでが振り向いたり、片手をあげたり、大騒ぎ。

私?・・・・わ、私はですね。・・・しっかり掴まってましたよ
取っ手が壊れんばかりの力で・・・

だって、重力に逆らってお尻が浮くんですよ。ぽわんっと・・
海の色はものすごく綺麗なんだけど、あまりの深い青に水深を考えると
目がくらむようです。

「あーちゃん、たのしい?」
ちびの問いかけに、「う、うん」と答えたものの、明日はパス!!と、心では
叫んでいました。


しかし、私以外のみんなは、これがとても楽しかったらしく、また乗ろうと
やる気マンマン。
ここでは滞在中フリーのマリンスポーツチケットを購入していますから、
何度でも乗れるのです。


しかし、いくらなんでも、朝9時からビーチに出て、もう4時です。(^^:)
ちょっと、シュノーケルしたいという息子に娘も付き合って、海の底を覗いて
いたようですが、私のエネルギーはもう切れかけ・・・


じつは、ビーチには「水上アスレチック」なるものもあったのですが、
これよりも、ちびは自分の浮き輪でパチャパチャがお好みのようでした。

「私はもう上がるよ。お先に~」
私が言うと、家人はもちろん私に従います。いいえ。何の威嚇もしてませんわよ。
「夜もあるから、もういいか。」と息子。

実は、今夜はホテルでご飯を食べたら、スターライトクルーズの予約を入れて
いるのです
そのため、少し早めの夕飯を取るのがいいかなと、私も思っていました。

そこで、今日はここで切り上げることにしました。
明日も明後日もまだ滞在します。

「ふー。いろいろ海にも来たけど、こんなに朝からずっとこんな時間まで
しかも、マリンスポーツしながらいたなんて、初めでやわ。」と、娘。


そーでしょうとも。私も初めてですわよ。
亡夫は、キャンプだ海水浴だと、アウトドアの人でしたが、そのころは今ほど
時間も余裕もありませんでした。

昭和のサラリーマンですから、仕事の間にレジャーを入れるにも限界がありました。
子供たちが成長して、社員旅行なんだけどと、何度も海外旅行に誘ってくれたを
私の仕事が忙しく、一度も誘いに乗らなかったことを、今では本当に後悔して
います。
一度でも、受けていたら、大切で楽しい思い出が、増えていたことは事実です。


そして。、今私は、家人も一緒の楽しい思い出を一杯抱えて、いつか彼の地に
召されたときに、亡夫に語り続けることを楽しみにしています。
もちろん、家人と亡夫を従えてですよっ!(ホッホッホホホ~)



ビーチを回って歩いてホテルに帰ると、足を洗って、そのまま部屋に帰れます。
お風呂に入って、シャワーを浴びると、ほんとにいい気持ちです。

部屋に帰って一息つくと、食事にはいい時間になっていました。
連れ立って、メインダイニングに行くと、なんと一番乗り。。。
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by sala729 | 2012-05-28 14:54 | Comments(0)

本日は「みんなの沖縄 3」に続き、4が始まります。(^^)


一夜明けると外は真っ青な晴天が広がっています。
相変わらず5時すぎに起き出す家人と一緒に朝風呂を楽しんで、一階ロビーに
出ると、「朝市」が開催されています。

海ぶどうやもずくはもちろん、豚の顔をそのままぺちゃんこにした燻製。かなり
グロテスクですが、スパイシーな香辛料がまぶされていて、食べる毎に引き裂いて
使うのだそうです。
おみやげのインパクトは十分ですが、さてこれを嬉しがって受け取ってくれる
人は・・・と、思いを巡らしましたが、誰ひとり思い当たらず断念。

そばにスナックパインがゴロゴロと並んであります。
昨日、許田の道の駅で私も二個買いました。二個で300円。
どこでもいいからスパーンと切ったら、そこから手でもいで食べるのですが
これが面白い。
しかも、濃厚に甘い。筋っぽい感じはあるのですが、こちらで食べる
パイナップルにはない濃い甘さが口に広がります。

これが、一個150から200円なのですよ。大きさはハンドボールの
ボールを一回り大きくしたくらいですね。


あと、島ラー油。これ昨日、「ちぬまん」で私も試してみました。
テーブル席に透明の油に唐辛子が10本ぐらい漬かっていて、辛いとは
判っていましたが、息子に薦められ沖縄そばのスープを蓮華にとって1.2滴
垂らしてみました。

あうっ!!!・・か、辛いなんてもんじゃない。
みんながいなければ、そこいら中、走り回りたい衝動に駆られるほどでした。

そして「島らっきょう」
これも昨日、食べてみました。
娘は「案外、いけるんじゃない。」と、言っていましたが、私は塩味が強すぎて
好みではありません。
カレーに添えるにしても、もう少し甘めのほうがいいかな。。。


部屋に帰ると、「なんで待っててくれなかったん。」と、ちびはおかんむり。
それを宥めて、すかして、朝ごはんに誘います。

今からお風呂に行くという息子に、朝ごはんのレストランで待ち合わせる
ように言い置いて、四人で先に向かいます。
開放的で広いレストランのさらに窓辺の席で、ゆったりと朝ごはんです。

子供連れですから、もちろんバイキング形式を選んで、ちびは大張り切り。
小さめに焼かれたパンは、とても美味しくて、種類を沢山食べれるようにとの
配慮でしょうか。


オムレツはその場で焼いてくれますから、自分でトマトやチーズ、
ハムやオニオンとチョイスすれば自分好みの味です。

私は何種類かあるジュースの中で「シークワァーサー」のジュースが
お気に入りです。濃縮タイプを買って帰ったくらいです(笑)

ホテルの人たちが十分に目配りしているので、食べ物が零れたり、
テーブルクロスが汚れたりすることはありません。
みんなきびきびと動いて、いい気分になれます。

ファミリーが多いので、子供の扱いにも慣れているようで、昨日、フロントで
子供向けの「はいさいカード」(かく部署のホテル担当員に、はいさいと言って
手を合わせて、サインをもらう。6個集まれば、記念品)の、ための申し出も
忙しい中でも笑顔、笑顔・・・。

ゆっくり朝ごはんを終えて、部屋で着替えて海への準備です。


実は、朝、食事の前に四人でビーチまで散歩していましたから、どのくらい
かかるかは判っていたのですが、フロントからビーチまで車の送迎もあると
いうので行きはそれをお願いしました。


ホテルのビーチですからいろいろな遊具がすでに海に漂っています。
ビーチフロントに行くと、浜辺のビーチパラソルとその下のベッドは無料で
提供されます。
一番前の正面にゲット。。。

ちびは浮き輪を膨らませて、もう心はすでに海、海、うみ、うみ~~~

息子は入念に日焼け止めクリームを腕や足に塗りたくって、準備万端。


その間に、食事前に予約を入れた今日のメインイベント、
パラセールの時間が迫ります。

「ホントに、Aちゃん行くの?」という不安気な娘にVサインを残して、
家人と私とちびは、パラセールの受付桟橋に行きました。

今回は私達の他にもう一組いて、その方たちのあとで飛びますという
説明をうけ、モーターボートに乗り込みます。

先の一組は、白人の若い女性と黒人のマッチョなサングラス男。
二人とも全身刺青です。
女性の水着は腰のあたりで紐状になっており、解けやしないかと、いらぬ
心配が駆け巡りました。

施設者は男女二人。二人とも40代と思われるのですが、健康的な小麦色の
肌に精悍な肢体がまばゆいばかりです。
男性もハンサムですし、女性は有森裕子さんに似た、健康美人です。

美人がモーターボートのハンドルを握り、どんどん沖合いに出て行くのです。
その間に、ハンサム氏がパラグライダーの乗り方、バーの握り方、降り方
などを説明してくれますが、沖合いに出るとかなりのスピードのせいか
前からザバザバと波が飛んできて、顔や体にかかります。

もちろんボートもかなり揺れ揺れです。

私の横に座ったちびは緊張からか、固まったまま軽口はもちろん、微動だに
しません。
ただ、時折「大丈夫?」と聞くと、大きく頷くのでそれは安心ではあるのですが・・

息子や娘たちのいるビーチは遥か彼方でもうどこやら判りません。
飛んだら写真撮ってねと頼んでいましたが、これでは無理でしょう。

一回目のパラシュートは開閉に失敗しました。
海に沈んだパラシュートをハンサム氏と美人さんが力の限り手繰り寄せて
います。


「バーはこうやって手を伸ばして持ってください。風があると揺れることが
ありますが、多少の揺れは大丈夫です。たまに落ちることがありますが、
救命具をつけてますから、浮きますので慌てないでください。
お子さんは間に座らせて、どちらかが肩を抱き寄せてあげていてください。」

よーく考えれば、かなり危険なことを、へーぜんとハンサム氏は言い放ち
まず、外国人カップル。
男性はマッチョで刺青だらけなのですが、飛ぶ寸前にサングラスを外すと
二重まぶたの長いまつげがなんとも可愛らしい。
これじゃ、サングラスいるわ・・と、思ったものです。

女性のほうは、こちらが子連れなので、手で「お先に」と、譲ってく
くださったのですが、そういうものではないので、お気持ちだけ
有難くいただきました。
人間の優しさに、国境はありません。。。


二人を乗せたベンチシートはあっと言う間に高々と空に浮かびます。


「ボク、緊張しているけど、大丈夫やね。」美人さんが話しかけてくれます。
「飛ぶ寸前まで、やだぁって泣き叫ぶ子もいますけど、飛んだら大丈夫ですよ。」
笑って言います。

私だって・・・そりゃあ緊張はしてますよ。
でも、この立場でそんなことは言えないし、微妙に笑うしかないでしょ。


外人カップルが手を振りながら降りてきて、いよいよ私達の番です。

向かって左に家人。そしてちび。右に私と三人並んで、ハンサム氏がバーを
嵌め込んでくれます。

パラセールは他でもやっているのですが、4歳児が乗れるのはここだけなのです。
ベンチシートで合計160キロ以内なら三人乗りもオーケーというので
決めたのです。


ふわり~最初の感覚はそんなものでした。
それが見る間にどんどんボートから離れて、ワイヤー一本で私達三人は
ベンチシート毎、空に高く舞い上がりました。

それはすばらしい感覚です。
飛行機のように物体の中ではなく、剝き身のままで宙に浮くことの快感。
360度の景観がすべて私のものです。
真下の青い海も目前のボートの舳先も、点在する岩や島も、上も下も横も
斜めもどこからでも見ることの出来る自由。

空が近い。掴めるほど近い。そんな錯覚が、現実のように身に迫ります。

ちびも緊張が少し解けてきたようです。

「どう、空飛んでるよ。すごいね。」
「うん。」
「お友達で空飛んでる子なんて誰もいないよ。」
「そーだね。」

先ほどまでの無言のちびが答えています。
そして空を飛ぶと、娘たちのいるビーチがはるかかなたに見えます。

「ほら、あそこがママたちのいる浜辺だよ。」
「遠いね。」
「そうだね。ママたちから見えるかな。」
もう、大丈夫。会話も交わせます。

時折、すこし横にふわっと揺れるものの、乗り心地はすごくいいです。
ゆったり、振られたり、落とされたりするジェットコースターの何倍も
紳士的で素敵です。

10分間が長いのか短いのか判らないままに、飛行時間は終わりました。
ベンチシートから降りたとき、美人さんがちびに
「どう?。楽しかった?」と聞いて
「うん。」と、しっかり返事をしていたのがなんだか頼もしかったです。



私の勝手な思い込みと方針なのですが、できればお友達の誰よりも早く、
いろいろな経験をさせてやりたい。
自分が可能な限りの経験をさせてやりたいと、思っています。
早いことがなに?と、開き直って問いかけられたら、明確な回答は
ないのですが、小さなうちの経験は財産です。
その時に、これは、誰よりも早かったという、ささやかな自負です。
ほんとにささやか・・ですけどね(笑)

お金や物で残すものはないけれど、経験という今のこのときでしか
できないことを、してやれる時間が与えられたということに感謝して
私はちびの経験値を広げてやりたいと思っています。



それは、私の子育ての基本方針で、子らにも、同じように思ってきました。
そしてその時代の自分ができうる限りのことをしてきたつもりです。
それが、彼らの財産になったかならなかったかは、判りませんが、
どこかに行った時、あ、ここはね・・と、大人として子供に話して聞かせて
あげられる事柄のひとつもあれば、それで私は満足です。


足を砂まみれにして、ビーチの娘の処に戻ったちびはVサインしてましたから
彼は彼なりに、パラセールを楽しんだということなのでしょう。

よかった・・・・


しかし、海はこれから、今からが本番です。
私の長い一日はこれからが、佳境に入ることになります。
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by sala729 | 2012-05-25 16:26 | Comments(0)

さて、美ら海水族館を出てから、しばらくの間は右手の海と併走しながらで
とてもいいかんじでした。
水族館の興奮も冷めやらず、あーだ、こーだと話もはずみ、ちびもいつの間にか
ちゃんと話の中に入って、自分の気持ちを告げれるようになっていました。

しかし、気が付くと前後の車の数が増えて、修学旅行の大型バスも何台も
連なっています。バスの乗客たちは疲れ果ててか、みんな眠りこけています。
そんなことを思っている間に、車は動かなくなっちゃいました。
国道とはいえ片側一車線の道です。抜けることもできず、なんとかこの渋滞を
乗り切るしかありません。
対向車線にも大型バス。京阪神地方の高校生はみんなここに、修学旅行に
来ているのかと思うような、勢いです。

反対側は、大きくえぐられた地肌に、ガジュマルの木が根元を露にして
鬱そうと生い茂り、かつてはここもジャングル?と、思わせるような
風景が展開されています。

たしかに、ここは、日本とは違う・・そんな気がします。
風も、空気も、山も海も、そして行き交う人の芯の色も、日本とは違うと
感じさせるものがあります。


万事休すと、家人は「ちぬまん」に電話を入れます。
ここは、ホテルまで送迎付きなので、飲んだくれたい家人にとって、
聖地のような居酒屋さんなのです。

土曜日に予約の「うら庭」も、そうで送迎付きというのは、酒飲みにとっては
これほどありがたいお店はないらしいです。


お店の方も状況は判ってくれたらしく、ホテルに着いたらまだ電話くださいと
言ってくださったそうで、一安心です。


行きに立ち寄った「許田」インターの少し手前で、この渋滞が事故の
ものであることが判りました。
ここを抜けると、また海沿いをスイスイです。

右手のかなたには「万座毛」が見えています。

ホテルの入り口から玄関まではかなり遠いです。
あとで判りましたが、移動は小型のバスというのも、うなづけます。


大型のスーツケースは空港からすでにホテルに届いていますから、身の回りの
ものだけもって、8階のお部屋に・・・
隣同士の二部屋です。
ANAインターコンチネンタルホテルは、真ん中が吹き抜けになっていて、部屋の
入り口が回廊になっています。透明カプセルみたいなエレベーターで、一気に
八階まで上がると、なかなか楽しいです。


お部屋は、広い!・・と、感激するほどではありません(笑)
でも、セミダブルのベッドが二つと、テーブルと椅子。小さめのソファ。
深めのお風呂は、ブラインドを上げると、ベランダ越しに東シナ海が
目の前に広がります。

部屋のカラーは白とブルーで「海感」が一杯。
もちろんベランダからは海は一望できますし、左手にはビーチが開け、
真下にはガーデンプールが青々と水を湛えています。
右手には鬱蒼とした木々の間を縫って、小さな浜辺にでるようになっています。
あとでここは、ダイビングのポイントだと知りました。


ちびは、お隣のベランダとの近さに大喜びですが、目を離せません。


一休みして、「ちぬまん」に電話を入れると、今からすぐに来てくれるとの
こと。みんなで再びフロントロビーに・・・

ロビーの真ん中が、ティールームになっていて、その向こうに大きく海が開けて
いるのですが、その海を自分だけのものするかのように、窓ガラスに向けて、
何脚かのオットマン付きの椅子と、大きな丸い果物入れのような形をした椅子が
設えてあって、その果物かごの中には、大少のソファがあり、とてもいい気持ち
でリラックスできます。

滞在中はここで何度もリラックスしました。
夜は夜で、暗い海の空にまたたく星の美しさに、見とれてしまいます。


「ちぬまん」は、車で5分もかからぬところにありました。
思っていたよりは小ぶりの店で、何組かの先客はいたようですが、そう混み合って
いるとは思えません。

座るなり息子が
「ソーメンチャンプルと、ゴーヤチャンプル。それからラフテーと
あぐー豚のソーセージ。あと、島・・・・・」
最後のほうはよく判らなかったのですが、いろいろとオーダーしています。

「あなた、沖縄料理よく知ってるの?」
あとで私が聞くと

「いや、東京には沖縄料理店が沢山あって、飲み会なんかでよく行くしね。
 どうせ、どれにしょう?あれにしょう?って、すぐに決まらなかったら、
 怒るでしょ?・・・なら、まずオーダーしたほうがいいかなって。」

・・・・む。。先読みされたことは悔しいけれど、さすがはわが息子です。
私の性格を熟知しておりますな。(笑)

家人と娘はまずオリオンビールで、息子は梅酒のなんとか割り。私とちびは
さんぴん茶で「かんぱーい!」

ソーメンチャンプル・・・そーめんの炒め物という概念から、私の選択を
外れておりましたが、これが案外美味しい。
べちゃべちゃしておらず、失礼ながら沖縄自慢の「ソーキそば」よりも
ずっとこっちの方が美味しいと、私は感じました。

ゴーヤという食べ物とは、ずっと相性が合いませんので、そこはスルーして
店先に行くと、赤や青の原色魚が並んでいます。
「これはどうやって食べるんですか?」
瀬戸内育ちの私には見たこともない魚たちです。
しかも、つい先日、ネットニュースで「青ぶだい」の食中毒で老漁師さんが
亡くなったというのを見聞したばかり・・

「焼いてもいいけど、ここいらではバター焼きにしてニンニク和えで
たべるさ」
「じゃ、それで。」

一緒に覗き込んだちびは「ボク、まぐろ!」
・・・・あんたはどこでもマグロなのね。・・・・・
幸いにもガラスケースにマグロの赤身が一冊。
これをお刺身と握りにしてもらって、ちびも満足。

ラフティーもホントに柔らかくて、箸で簡単に千切れると、ソーセージも
美味しいのですが、この魚のニンニクバターソースが目の前に
どんと出てから、ここ沖縄料理のカロリーの高さにしばし唖然・・・

なんにでもバターと、ニンニク。そしてラード。
これじゃあ、成人病罹患ナンバー1っていうのも頷けます。(もし、間違いなら
ごめんない。)

息子は今、お酒売り場で責任ある立場になっているらしく、日本酒だけでなく
ワインや泡盛、いろいろお酒の薀蓄を垂れて、それを嬉しげに聞き入る家人。
娘は、ほろ酔いなのか、そんなフリだけなのか(家人いわく娘はウワバミだそうで
少々では酔わないと断言しております。)壁にもたれかかって、いい気持ちげ
です。

家族総出で、ほんのりまったりとした幸せの時間です。
時がゆらゆらと、波打つように各人の間を抜けていくようで、これが
いつかは「思い出」という名前の、財産になって残っていくのだなと思います。
だから、このひと時がとても大切に思えてきます。
ヨッパライはすぐ忘れてしまうでしようけれど・・・(笑)


お勘定を終えて、外にでると小雨がぱらついているというのに、屋外の
外野席には酒盛りをしいるグループもあります。
みんなにぎやかで、楽しげですね。


ホテルまではまたまた送っていただけます。
さて、では大浴場にと、それぞれが準備しますが、なんと家人はいつもの
ように酔っ払って寝ていますし、息子も
「オレ、もうだめ。おやすみ」と、隣の部屋に消えました。

ヨッパライを張り飛ばして(笑)隣の部屋に追いやり、私と娘とちびはお風呂に
向かいます。
リゾートホテルのお風呂ですから、温泉地とは違いますが、浴槽にクジラの絵が
書いてあって、なかなか楽しいです。
ジェットバスも豪快。

脱衣所の施設もなかなかよいです。
癖のない化粧品が好感度アップ。

さて、第一日目の夜はようやく終わろうとしています。
隣のベッドでは娘とちびが静かな寝息を立てています。
レースのカーテンさえ全開にしたガラス越しのベランダの向こうは
たゆたゆと続く南の海です。

潮騒こそ聞こえませんが、海の底の魚たちや、甲殻類や、珊瑚の
吐息が感じられるような気さえします。

明日は朝からマリン三昧。
私もそろそろ寝なくては、明日のエネルギーの備蓄ができません。
何しろ、省エネ坊主が一緒です。
自分のエネルギーを無駄に使っていたのでは、とても体がもちません。


本日は「みんなの沖縄 3」に続き「4」が始まります。
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by sala729 | 2012-05-25 13:36 | Comments(0)

前回、家人と二人で行った時は、駐車場が一番奥まったところだった為
車を降りてそのまま、水族館に入りましたが、今回は正面に一番近い場所に
停めましたので、正々堂々(?)表玄関から入りました。

正面はキラキラと東シナ海の、青が何層にも輝く海、海、海です。
はるかな水平線の、ほんの一瞬のところに、島か岩かと思うばかりの
突起があって、ここが大小いくつもの島からなる「国」であることを
実感します。

それにしても、この海の美しさは、なんと現せばいいのでしょうか。。
私は島国の生まれですから、すぐ傍に海を見て育っていますが、この海の
青と白の美しさには、ただただ見とれるばかりです。



「すごいね。」

私の隣で、ちびも目を輝かせながらつぶやいています。
こんな、いたずら盛りの4歳児でも、「美しいもの」「大きなもの」には
自然と敬意を払うことができるのですね。

それが、嬉しくもあり、この感性を大切に育ててやりたいものだと、しみじみ
思いました。

入り口の階段を下りると、大きな噴水があってそこを右に曲がって、しばらく
歩くと、水族館の入り口が見えてきます。

園内には電気自動車が走って、その昔、沖縄海洋博跡地の公園でしかなかった
この地に、まだ幼かった息子と娘を連れてきたことを思い出しました。
当時はあちこちに「ハブに注意!」の立て看板が立てられ、「なんて怖ろしい
ところ」と、思ったことがありますが、今はそんな看板は一枚もありません。

その時、一緒だった夫はいなくても、家人と、そして今回の主役のちびが
増えています。
それを思い返すだけで、私の人生は「特盛り!」と、言ったところです(笑)


入り口にたどり着くと、ちょうど「オキちゃん劇場」の始まりのアナウンスが
聞こえました。
野外のプールに設えた、イルカたちのショーですが、これがなかなかのアクター
揃い。
そして、調教師さんたちも名伯楽なので、とても楽しいショーです。

巨体を空に翻しての、ダイビング。連なってのスイミング。
かなりの技に、周囲の歓声も高まるばかりです。


その時、隣に座っていた息子が、ぽつりと
「ここは、いったいどこの国なんや?」と、苦笑い。

それで、初めて気づきました。
この歓声、なんだかヘンだなと、思っては
いたのですが、よーく聞くと、何を言っているのか、さっぱり判らない。

殆どが中国語で、中に韓国語が混じっているそうで、日本語は殆ど聞き取れない
とのことです。(息子いわく・・)

そう言われて周囲を見回してみると、確かに、中国や韓国などの人がやたら
多い。
日本人で目立つのは、修学旅行生ばかりです。

もっとも、今日は木曜日ですから、それもアリでしょうか。


イルカスタジアムの後ろの売店の「やしの実ジュース」は、前回試飲済みで
正直、もう二度と飲みたくないと思っていましたのでパス。


そのまま、水族館入り口に向かいました。


そもそも、こんかいの沖縄の旅は、この水族館の大水槽の前で、ちびとお茶を
飲みながら、マンタやジンベエザメを見たいと言う私の希望から始まったことです。
ここを楽しめなかったら、もうこのまま帰ってもいいです。・・・くらいに
私は思っていました。



入り口入るとすぐに、手で触れられる生き物のコーナーがあって、そこには
人の掌を二周りは大きくしたようなヒトデ。青く長い手足のヒトデ。
黒々とした一見針のような触角をもったクモヒトデが、静かに人間のちびっこ
ギャングの襲撃に備えています。
彼らも気の毒です。「水の上にはださないでください」と、注意書きがあるにも
係わらず、子供に少しでも触れさせようと、ヒトデをがばっと水から持ち上げて
手元に寄せてくるおばあちゃん。

あーやだやだ。。決してあんなおばあちゃんにだけはなるまいと、秘かに自戒
しながら、ちびに、触ってごらんと促すのですが、いたずら坊主なのに小心者の
ちびはなかなか手を出そうとしません。

そこで私が先に、指でクモヒトデの黒い先をツンツンとすると、おそるおそる・・・
それから、他のヒトデたちにも・・(あぁぁぁなんて臆病者・・・)

しかし、それから慣れたのか、暗い水族館内を先にたって探検しまくりのちび。



初めて、地元の水族館に連れ行ったときに、水槽から寄ってくる魚が「怖い」と
泣き叫んで、同じときに水族館見学に来ていた老人施設の車椅子のおばあさんに
「あらら。。この子。泣いとるわ。」と、嘲笑されたことが昨日のように
甦ります。

暗いゾーンには、パニック映画の主演を張れそうな大きさの、伊勢えび。
きっとお刺身にしたら100人分はあるでしょう。。。食べたい・・
あまりに可愛げのない大きさのうつぼ。
どこが頭か尻尾かみえない、大うなぎ。

なんだこのゾーンは・・・・



そして、いよいよメインの「大水槽」にやってきました。
コースに沿って歩いていると、三階からこのゾーンに入ることになります。
水槽の正面にはゆるやかな螺旋階段になっているスロープがあって降りきると
水槽のまん前に着くようになっています。


平日であることと、午後の遅い時間であることなどが幸いしてか、混み合って
というかんじではありませんが、修学旅行生が目立ち、彼らは数を頼んでいます
から、ざわざわとしています。


ちびは大興奮しています。

「あーちゃん。見てみて!ジンベイだよっ!」

見えますよっ。あんな大きなジンベイザメが見えなかったらどーする。

「あ、マンタ。ママ~大好きなマンタがいるよぉ」と、声を限りに
娘を呼びます。

へーそうだったのか。わが娘はマンタ好きだったのか・・

「やめてよ。そんな大きな声は。。」苦笑いしながらも娘の目も
キラキラしています。

大水槽には、巨大なジンベエザメやマンタを首魁に、もう何百種類もの魚たちが
ゆらゆらと、たゆたゆと漂い、泳いでいます。

「すっごいね。。。」言葉もなく立ち尽くす娘や息子をそのままに
私と家人は隣接の喫茶コーナーに向かいます。


この水族館で私の一押しはここです。
水槽にぴったり接して、テーブルと椅子の席が何席かあり、そこに座れば
お茶を飲んだり、軽食食べたりしながら、魚たちを間近で見られるのです。

いろいろな水族館に行きましたが、こんな風にゆったりと見られる処を
他には知りません。

ところが、そんなに上手くそのコーナーに空席があるはずがなく、
二番目の席で家人が待機しているのを横目に、私は飲み物を購入に・・

そして、調達して帰るとなんと、家人が水槽前のコーナーに座ってVサイン。


やったねぇ!!・・・・数少ない見せ場よねぇ(笑)

携帯で居場所を知らせて、呼ぶと、ちびはもちろん、息子も娘も大興奮。

なにしろ、足元にサメが休憩していたり、マンタがひし形の体を翻して
漫画チックな目を寄せてきたりするのです。
ジンベエザメのお腹にはコバンザメが何匹もくつついたままです。
目の前を横切る、クエがぎょろりとその濁った目をこちらに向けます。
名前もしらない白地に黒の魚の群れがこちらにむかってはUターンを
繰り返しています。

そして、とうとう足元では、休憩中の白サメの尻尾を、同じ白サメがぱくりと
咥えて、少しづつ咀嚼し始めました。


「うわぁ・・・食われてる。食われてるよぉぉ。」ちびは、見たことのない
展開に大騒ぎです。
自分の足元、ガラス一枚向こう側でのドラマです。
大人もそれに釘付け・・・・

結果が知りたいのですが、そんなにほいほいと食べるわけではなく、しばらく
じっとしては咀嚼を繰り返し、少しづつ噛み進んでいく・・そんなかんじです。
それをガラスを隔てて、私達はジュースを飲みながら見ている・・・人間って
残酷・・(そりゃ、オニババ率いる軍団だもの。。。)


「すごいね。ここ。海遊館より大きいとは判ってたけど、比べ物にならんわ。
それに、このコーナー。いいねぇ。こんなかんじで見れるところは、確かに
ないわね。」と、娘。

息子は寡黙にジュース片手に水槽を見ていますが、満足しているのはその
様子でわかります。
ここの、この場所はあまりに楽しくて、唯一、動きたくなるのが欠点なのです。
いつまでいても、楽しい場所・・・素敵ですよね。


「竜宮城みたいやね。」と、ちびにふると「うんうん。」と、何度も頷きます。


心を残しながら、そこを後にして、出口に向かいます。
「また、来たいねぇ。」と娘はちびをそそのかし、ちびは「うん。
また来たいっ!」と、母の心を知ってか知らずか踊らされております。


どこの施設でもそうですが、出口はおみやげ売り場と相場は決まっています(笑)
ちびはそこで、幼稚園のお友達とお絵かき教室のお友達のおみやげを買い、
自分のために、青いジンベエザメとオットセイの縫いぐるみを購入。
私も張り合って、マンタの縫いぐるみをゲット。

もう時間は夕刻に迫っています。
帰りがけに、正面前で息子が、前に来たとき、ここから海に向けて海中展望塔が
立ってたよね。このあたりと思うんだけど・・と、言い出します。

もう、30年近い前のことを、なんで私が覚えているはずがあるか・・・
とは思いつつ、そこを確かめにいく息子と一緒に海に向かっていくと、途中で
海がめのゾーンに入ります。

5,6頭はいるでしょうか・・・
これなら、浦島太郎も絶対乗れるというほどの大きさです。
甲羅はきれいな亀甲模様で、鼈甲にしたらさぞやと、つい密猟者の気持ちに
なってしまったことを反省。

息子の感傷(こやつは、センチメンタルな人間なのです。本質は・・)に、
適当に合図して、私は亀に夢中。

そして、車に戻ると、あとはホテルに行くだけです。

今夜は、地元の「ちぬまん」という居酒屋さんに予約を入れています。
しかし、予約時間に間に合わないかもねという時間になっていますが、
そこのところは、家人がなんとかするでしょう。と、楽観的な私。

帰りのハンドルは娘が握ります。
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by sala729 | 2012-05-24 12:24 | Comments(0)

日曜日に沖縄から帰ってきました!

今回は、行く前からいろいろな出来事が重なり、「よもや」と、思ったことも
一度や二度ではありませんでしたが、それでもなんとか計画通り、楽しめたので
私はとても満足しています。

ご存知のように、娘夫婦との確執は以前にここに記しておりましたが、私が
ちびと約束している沖縄にはどうしても行きたいと言うと、家人がそれなら
沖縄に関する記事は、行って帰るまで絶対に書くなと言われ、それもそうだなと
珍しく納得し、私自身で封印してきましたが、もう、今日、只今をもちまして
「バッサリ」とその封印を解きました(^^)


はい。もちろん、今までの我慢と思いの丈を綴りますわよ。





と、前置きはこれぐらいで、まずはいつものように、沖縄旅行の顛末からの
始まりです。


5/17

この日は4時起きです。
私の住む地域からも沖縄便はあるのですが、一日一便。しかも行きも帰りも
昼出発ですから、なんとも勿体ない。
そこで調べに調べて、広島空港からは午前、午後便があることが判り、広島発に
決めました。

朝、8:30発ですから、自宅を5時には出て、娘とちびを迎えに行かなくては
なりません。
しかし、この季節、5時と言っても、明るいものですね。
娘宅に着くと、寝たまま車に乗せると思っていたちびは、元気溌剌。ランランと
スキップで近寄ってきました。

婿殿は、お祖母さんの容態がよくないので、今回は不参加ということは、前もって
聞いていましたが、なんという偶然か、先週の木曜日にお亡くなりになってしま
われました。
もちろん、もうキャンセルしていましたので、今回もこのまま不参加です。


車の中でもちびのテンションはあがりっぱなし。
SAでも、おやつどころではありません。

空港に着くと、朝が早いせいか割といいポジションに車が停められ、大型の
スーツケースと、小型のスーツケースを家人とちびがそれぞれに退いて歩く
姿は、なかなかいいものです。

わが家族の間ではちびは「小家人」と呼ばれているほど、なんでも真似ています。
はい。いいことも、悪いこともです。・・・・・



空港カウンターで荷物のチェック。
なんでも珍しく、やりたがりのちびは家人から離れません。

大型スーツケースは、ここから直接ホテルに送ってもらいます。

そして、チェックインを済ませると、「お腹が空いた」と、空港内の喫茶店に。
「あんまり時間がないんで、和定食」
「それは時間がかかります。」
「ホットケーキ。」
「それも・・・」
そんなこと言ってる間に、時間はすぎていきます。

スクランブルエッグが一番早いとのことでそれに決め、その間にトイレタイムを
取っていると、あらら・・・のんびり食べてる場合じゃないよ。

早々に、登場口に行くと、空港のおねーさんが「沖縄便のお客様はいらっしゃい
ますか?」と・・・

「はーい」と、元気よく手をあげると
「お急ぎください。間もなく出発します。恐れ入ります。沖縄便のお客様が
いらっしゃいますので、お先にお願いいたします。」と、並ぶ乗客さんを
制して、私達を先導してくれます。

並ばないで済むのは有難いけど、これはこれで恥ずかしいです。
・・・す、すみません・・・・
と、言いつつ、左右の人に頭を下げ、私達は無事ゲートをくぐり、機内に・・

一日二便の代わりに、この機体はかなり小さくて、左右に三席づつになっています。
もちろん、私達が最後・・です。

「あー。Sみたいにしちやったね。」と家人は苦笑い。
いつも飛行機利用の息子は、私と同じで並ぶことが大キライですから、最後の
搭乗者ということはよくあります。

それを、非常識と批難していたの私達が、朝ごはん食べたいばかりに、同じこと
やっちゃいました。



ちびは初めての飛行機ですから、窓に顔をくっつけて外を見ています。

いつからか、飛行機は乗るたびに、チープになっていくようです。
機内の軽食がなくなり、週刊誌がなくなり、コーヒーがなくなり(お茶と
りんごジュースはありました)
新聞すらもなくなっていました。


格安航空機が、料金を思いっきり値下げして、必要なものはその場で
お金を出して買うという形にしたのは、それはそれでありだと思います。

でも、私のような世代の人間にとって、スチュワーデス(これも死語に
なって久しいですよね。笑)が、飲み物や食べ物のサービスを、きれいな
身の振るまいでしてくれるというところも、飛行機の魅力のひとつでは
あったのです。


スチュワーデスから、エアーホステス・キヤビンアテンダントと名前が
替わる度に、飛行機から「優雅な接客」という言葉が剥がれ落ちたような
気がするのは私だけでしょうか?

仕事で飛行機を始終利用しいる人や、出稼ぎやお金儲けのために、遠い
国からはるばるやってくる人たちには、そんなサービスは必要ないかも
しれませんが、ごくたまに、ささやかな楽しみのために、これを利用する
私のような顧客も、存在することをぜひ、飛行機会社さんにも知っておいて
いただきたいものです。

それでもちびは、子供用のおみやげの組み立て飛行機を貰って、大満足の
様子です。

二時間ほどで、那覇空港に到着しました。
外は雨です。この時期、沖縄が「梅雨」と知っていましたから、残念とは
思いませんが、なにしろ「風災害のR」こと、娘が参加しております。
初日からの雨・・・これもありでしょう。(--:)


荷物を待っている間に「あっ!」という家人の声。
この声だけで判りました。
「んもぅ・・今日はいったい何忘れたのよっ!」
「メ、メガネを座席ポケットに・・」

本当によく忘れます。
車のキー。サイフ。メガネ。iパット。帽子。・・・しかしながら、
忘れても、忘れても、これがまた出てくるんです。だから、懲りないという
悪のスパイラル・・・・

案内口で問い合わせると、確かにあります。
でも、お届けにはあと30ほどかかりますとのこと。
「もういいよ。サングラスあるから・・」
「何言ってるのよ。サングラスで夜運転できるの?」と、いつもの
小競り合い。

そこに、5分あとの、東京発で着いた息子がやってきました。
ちびは、真っ先に見つけると、どーんと、体ごとぶっかっていきます。
「何してんの?」

顛末を話すと、「じゃ、お茶でも飲んで待ってればいいじゃん。30分
なんてすぐだし。」と、いうことで、私達四人は四階のティールームへ。


さすがにANNです。20分もしないうちに「待たせてごめーん。」と
家人はやってきました。
那覇空港にはレンタカー会社のバスが待っていて、それにのって5分くらいの
営業所に行くと、恥ずかしいような青色のステップワゴンが待っていました。

沖縄の「わ」ナンバーの車には、なぜかこの青色が多かったのですが、
これって売れないからレンタカーになったのでしょうか?
はっきり言って、お金だしまで買いたいという色ではなかったですね。

ただし、車自体は広くて清潔でとてもよかったです。


そして目指すは「美ら海水族館」です。
混み合う市内から高速に乗ると、スイスイと車は進みます。
ここから「許田」ICまで進むと、もう先は高速はありません。

ここで降りて「道の駅」で、水族館の二割引チケットを購入。
これは前回、家人と二人で来たとき、地元の方に教えてもらった
お安い購入方法だとかで、今回も同じように・・・

この「道の駅」は、おみやげや食堂も何軒かあって広いので、ここで
昼食です。
もちろん、ここに着たからには「沖縄そば」
スープが少ないのが玉に瑕で、本音を言えば、そんなに好きではない
のですが、郷に入ればなんとやら・・・

私と娘はスペアリブを煮込んだ「ソーキそば」。家人と息子は三枚バラ
を煮込んだ「沖縄そば」

早々と食べ終えた私とちびは、おみやげものやさんをぶらり。ぶらり。。
外では、様々なサーターアンダギーが並べられており、これもチョイス。
これが、案外美味しかったですね。
外はカリカリ。中はしっくりってかんじ。
黒糖とくるみを購入しましたが、私はくるみが好みです。
でも、ここのがあまりに美味しかったので、この語いく先々で、私は
サータアンダギーを買いまわることになりました。


海辺の58号線を走り続けていると、やっと見えました。
「美ら海水族館」・・・・沖縄海洋博跡地だけに、広大です。

私の今回の旅の目的の第一はこの「美ら海」に、ちびを連れて来たいと
いうことでしたから、着いたときは感慨無量でした。
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by sala729 | 2012-05-23 14:11 | Comments(0)

母の日が終わりました。・・・と、言っても私の母はもう亡くなって14年に
なります。

私は一人っ子でしたから、幼い頃の自分の世界には父と母しかいませんでした。

父と母は幼馴染でしたが結婚したのは日本がかの世界大戦に敗北してから三年目。
当時の日本の国には、戦争の影響で適齢期の男性の絶対数が極端に少なく、
正直言って、こんな時代でなければ、母は父を選んでいなかったと、私は今でも
思っています。(笑)


色が浅黒く、早くに母親を亡くしていますから、当時の女性の身だしなみや
常識に欠けるところはあったと思いますが、元気で男勝りというのが、
その頃の母の「持ち味」だったことは、近所の友達であった父の姉妹たちや
父方の祖母から聞いています。

母は私と同じ一人っ子で、母方の祖父と二人暮らしでした。
結婚してからも自分の実家の隣に住むようにしたのも、そういうことの
配慮からだったのかもしれません。


でも、その当時の女の多くがそうであったように、母も娘から嫁に呼び名が
変わった途端、「嫁・姑戦争」の真っ只中に放り込まれることになりました。


なにしろ、うちの祖母ときたら、自分の浮気が原因でのバツ一。その後も
男性をとっかえひっかえ(笑)。
復員してきた父が赤ちゃんを背負っている妹を見て「何処の子だ?」と聞いたら
「妹の○○子よ。」と、応えたというくらい自由奔放に生きた人でしたが
そういう人のご多聞に洩れず、自分には甘く、他人には厳しいというのを絵に
描いた様な性格でした。これは、私もよく見聞きしております。


こんな姑に嫁しづいて、上手くやれる嫁はまずいないでしょうけれど、もちろん
うちの母もその他大勢の口でした。
戦争で焼けた家の代わりと建てた、二間の掘っ立て小屋みたいな家に、若夫婦と姑。
そして赤ちゃんを含む5人の妹。
隣の部屋で寝ていると、エッヘン、オッホンと意味のない咳払いを繰り返し
自分が外出するときは、米びつに印を入れて、帰ると必ず確認していたという
ツワモノ姑です。


後年、この祖母には母も私も振り回されました。
もちろん、母のほうが私の数倍彼女の面倒見ていましたが、彼女は母よりも
ずっと後に94才で大往生いたしました。
生前の行いなんて、エンマ様でも騙されることがあるんですねぇ。。。


妹たちが嫁ぐことになって、なんの仕度しないわけにはいかず、自分の
持ってきた箪笥や鏡台をひとつづつ持たせて、幼い下の妹たちの学校に
父兄として参加したり、当時の嫁としては当たり前かもしれませんが、
私には、かなり理不尽なことに思えました。


もっとも、私は両親の遅い子で(隣の部屋の祖母があの調子でしたら
なかなか子供に恵まれません・・というか作れません。苦笑)こんな
ことを私が理解した頃はもう母もいい年になっていました。


妹達が結婚したり、学校を卒業したりして、やっと人並みの生活を手にする
頃、わが父はギャンブルに嵌りこみ、それも元来の小心者ですから、
自分だけでなく、母も連れて出かけていくのです。
父が母も好きなんだから・・という名目を作りたいという意図を知ったのは
ずっと後のことです。



私は小さい頃から、自分で言うのもなんですが、本が大好きでいつも本を
読んでいる子でした。そのまま成長して、今は、いつも本を読んでいる
おばさんになりました。(^^)

でも、それだけに小生意気な子で、いつも父のことはもちろん、母のことも
冷ややかな目で見ていました。
私が中学生の頃は、学生運動真っ盛りの頃で、父は本気で、このままでは
私が全学連にでも入るんじゃないかと心配していたようです。

・・・ま、その心配は浅間山荘事件でなくなり、私は立派に「過激なおばさん」に
なりましたけどね。



私は自分が親に対してしてきたことを、決して褒められたものではないことは
自覚しています。
たったひとりの子供でありながら、時には他人よりも冷たい視線で接して
いたこともあります。

でも、そのことを今になっても父に対して後悔はしておりませんが、母には
もう少し判ってあげてもよかったかなと、思い返すことはよくあります。

自分を主張する術を知らず、ただ夫に寄り添っていることでしか生きられないと
思い込んでいた母は、ある意味その当時の日本の女性の縮図です。

私は、そんなことはないと何度も説得し、あまつさえ離婚を勧めたことも
ありますが(・・はい。とんでもない娘です。)自分が、だんだんと
母の亡くなった年に近づくにつれ、この母のことを息子や娘に伝えておきたく
なりました。

特に、息子は極めつけの「ばあちゃんっ子」ですから(今でも帰省のたびに
お墓参りを欠かしたことはありません)この母の生涯を、伝えておいても
いいかなという気がします。

生涯と言ったって、大それた事をしたわけでも、もちろんたいした事を
したわけでもないのですが、息子や娘にとってはルーツです。
私が判っていることだけでも、きちんと伝えておきたいなと、1年ほど前から
思ってきました。


もちろん、いいカッコしぃの私が残す文章ですから、ちよっとばかり、格好
つけたところもあります(笑)
でも、概ね、事実だけを残すつもりです。なにしろ読者はたった二人。しかも
肉親ですから、今更格好つけてもね。(自爆)


これを、母の日にと思いつつ、実は今年も間に合いませんでした。(^^:)
私もまだ当分は死にそうにもありませんので、いつかは間に合うと思って
いますが、こんな私の一代記は、誰が書いてくれるのか・・

振り返れば、誰もいなかった・・・ですね(笑)
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by sala729 | 2012-05-14 15:55 | Comments(2)

昨日と今日が同じであることを「平穏」と言って喜ぶのがいいか
「平凡」といって、つまらなく思うのがいいかは、人それぞれでしょうが
私は、自分のことたぶん「後者」だと思っています。

GWも終わってしまえば、それまでと同じGWの思い出のひとつになって
しまうのでしょうが、今年は高速バス事故に始まって、遭難、竜巻と、
これでもかと凶事が続き、いやな終わり方だったなと、私は思っています。


でも、考えることも多かったとも思います。

こういうことを言うと、批難もありかと思うことも承知で書きますが、
今の時代の価値判断が「安いか高いか」という、とても単純でしかも
安いことがすべての「値打ち」のような時代に対する警鐘ではないかとも
思えるのです。

高速バスは私達の世代では考えられないくらい普及して、私の住む街の駅にも
朝と夜はいろいろなツアーバスが溢れかえっています。

私自身も何回か利用したこともあります。
ツアーも路線バスもです。
特に「日帰りツアー」は、とても人気らしく、テレビでもよく特集を
していますよね。

・・・・たしかに「安い」。それは間違いありません。
利用者として、少しでも安いところを利用したいという気持ちも、もちろん
よーく判ります。

でも、ものごとには、何事にでも「限度」というものがあります。
昔の人は「安物買いの銭失い」とか「タダほど怖いものはない」とか
言って、その限度を越えるこに注意を喚起していましたが、今は誰も
そんなことは言わない。

その、安さのひずみがどこに来ているかを、ちよっと想像してみると、
怖くはありませんか?


少し前に、焼肉屋さんのユッケで死者を出した事件にしても、もちろん
被害にあわれた方はお気の毒ですし、彼の人たちになんの落ち度もないことは
確かですが、通常の焼肉店で、あの値段で「ユッケ」を出す店を、私は
見たことがありません。

知り合いを通じて、自宅に貰ったとか、コネで・・とても美味しい肉を
わけていただいて、みんなで楽しんだ・・とかなら別ですが、お店を構えて
従業員も雇って、それであの値段で提供するなんてことは、まず不可能で
しょう。
(その肉だけがその日の特別価格とでもいうなら、別ですが・・)


被害にあわれた方たちに、罪はありませんが、自分たちも自分を守る
本能を、少しは磨いでおかなければならないのではありませんか?



今回のバス事故の原因は今、追求しているところだそうですが、もちろん
運転手や、バス会社、ツアー会社に過失があることは明白なのですが、
自分たちも、車を運転して高速道路を走った経験のある方は多いでしょう。

その人たちが、そのバス価格を安いだけで選んだとしたら、無念です。
高速料金。ガソリン代金。人件費。・・・細かなことは判らなくても
これくらいの想像はつきます。


でも、これは今の日本の国全体の流れであることは間違いありません。

私は以前にも、このブログで言ったこともありますし、常々家族には言って
おりますが、今の日本のこの経済低迷の一端は、ユニクロと百円ショップに
あると、固く信じています。

もちろん、この二社になんの恨みもありませんが、この二つが日本人から
「選択」とか「見る目」とかを奪い取ったと思っています。
そして「個性」も・・・・。


なんでも百円で買えるお店。
同じ色で同じ型のパンツやTシャツが色違いでずらっと並ぶ衣料品店。

家人は大好きですし、わが娘も、大きなショップに入れば、ほっとけば
一日中でも遊んでいるかもと、思うぐらい好きです。


他のお店と比べるものといったら「価格」だけです。
品の質や、風合い、使い心地、味わい、自己満足・・そんなものは、
そこにはありません。

いくらテレビで、日本の職人さんの技術の高さや、優秀さをたまにアピール
しても、今の殆どの日本人はそれをテレビの中だけにしてしまって、自分が
それを得ようとはしません。

なぜなら、目に見えるもの、数値として表示されているものでしか、比較と
いうことができないからです。
これを産み育て、助長してきたのがこの二社だと私は今も固く信じています。


私のこの偏向を、家族も笑いますが、同じ1000円のパンツを買うなら、
ユニクロには行きません。
どうしても1000円しかなくて、何かを買わなくてはならないなら、
まずは、デパートでも洋品店にでも言って、お買い得や目玉商品を探し
それでもないなら、手芸店に行き、手持ちのものになにか細工することを
考えます。(自分で作るほどの腕はありません。)


ま、私が何をどうするかは私の勝手ですし、こんなことを言うと
「じゃ、お前は安いもは買わないのかっ?」って必ず言う方がいるのですが
私も安いほうが好きです。
好きに決まっています。


ただ、それだけに流されたくないと言っているのです。


バス事故から思わぬところに逸れましたが、ユニクロさんや百円ショップ
さんに、個人的恨みは何もありません。
私のような、ゴミのような一人が買っても買わなくても、なんの痛痒も
ないでしょうが、単に、いじわるおババの片意地です(笑)


昔、長谷川町子さんの原作で、青島幸男さんの「意地悪ばあさん」と
いうドラマがありましたが、あんなばーさんにはなりたくないと、その
頃は思っていましたが、なってみると、案外いいものですね(笑)

五月というのに、どんよりとした雲を見ていたら、いやなことばかり
思い出しそうなので、今日はこれで、お・わ・り・で・す。
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by sala729 | 2012-05-09 12:39 | Comments(0)