これは、全くの私見にすぎないのですが、動物がらみの死亡事故がこうも
立て続けに起こると、なにか天変地異でも起こる前触れではないかと、
思ってしまいます。
それは、まだ東北大震災からそれほどの時間がたっていないからか、
それとも、単に私が「古い人間」だからなのか・・・。


私・・・本当は、動物パニック映画って好きなんです。
こんな時に、こんなことをかくと、本当に「不謹慎」なのですが、アマゾンで
大蛇に翻弄される「アナコンダ」とか、カナダの「シャイーン」なんて映画は
大好きなんです。

しかし、それもこれも、映画という虚像の中、故のことで、これが現実に
起こったとしたら・・・それは、まさしく身の毛もよだつことでしょう。

茨城の、ニシキヘビ殺人事件なんて、初めラジオで聞いたときは、「作り話」
かと思いましたもの。
そしてまた、ラジオニュースというものは、想像力を掻きたてるもので、
私の頭の中のスクリーンには、その光景が見てもいないのに、3D画像の
ように立体的に、鮮明に映し出されるのです。

そんな夜をすごして、まだ日もやらぬ昨日は、昨日で秋田の「熊襲撃事件」です。
まず、吉村昭さんの「熊嵐」を、思い浮かべましたね。

あの小説は、とても薄くて、本当に事実だけを淡々と、その凄惨さと
驚愕を、並べているだけなのですが、とても重く、厚く身に迫ってくるのは
「本当のこと」という重さだからなのでしょうね。


それにしても、お二人の女性従業員さんの恐怖を思ってみても、その
人智も想像も越えたところにある「恐怖」というのが、想像できません。


人は誰しも、いつかは命を召されることは、避けることはできませんが、
その最後が、蛇や熊であるというのは・・・ちよっと勘弁願いたいと
思う私は、やっぱり薄情者でしょうかね。


こんな私こそが、いざといういう時、動物の餌になるのでしょうか?
もしも、家人と一緒に時に、出逢ったら、家人は私を逃がして、自分が
先に餌になってくれるでしょうか?

いいえ・・それはないですね(きっぱり)
ヤツはこう言いました。

「ボクが餌になっても、きっとキミは逃げ切れないよ。走るのが致命的に
遅いからね。だから、キミが餌になってくれれば、ボクなら逃げ切れる。」


なんだか、説得力ありすぎて、ウンウンと頷きそうな自分を抑えます。


私が餌になるなら、私は家人のその腕を掴んで離しませんよ。(笑)
ええ。餌になるなら諸共ですよ。
そして、その蛇でも熊でもいいですけど、食べ過ぎて動けなくなると
いいですよ。
そのうち、猟友会が来てくれます。

一人だけだと、丁度いい腹具合になって、ラクラク逃げ切れるかも
しれないので、二人分・・・と、家人を説得すると

「なるほど・・」と、同意するって言うのは、いったいどんな了見なのか・・
ほんとに、摩訶不思議な人ではあります(笑)


事故に遭われた方たちには、お気の毒としか言いようがないのですが
交通事故にせよ、こんな災難によせ、特別長生きは望みませんが、
延命処置も全く、望みはしませんが、やはり布団の上では死にたい。

最後に見るのが、蛇の鱗ではなく、熊の剛毛でもなく、白い天井であれば
・・・幸せ・・・です。
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by sala729 | 2012-04-21 15:38 | Comments(0)

私の仕事は不定期なので、いつもタイムリーにニュースを見ている
訳ではないので、過日の祇園の暴走車のことも、翌日知りました。

本当に道を歩いているだけで、とんでもない災厄に見舞われることって
あるのですよね。
亡くなられた方たちの誰一人、自分が今日ここで今、命を絶たれるなんて
思いもよらないことだったでしょう。
ご本人と、ご家族様の胸中を思い巡れば、お伝えする言葉に詰まります。
ただ、ご冥福を心より、お祈り申し上げます。


ニュースで知る限りのことなのですが、運転者は「てんかん」の持病を持ち
彼自身も電柱に激突死したとか。
それで許されるはずも、水に流されるはずもありませんが、一時的に
気を失う発作のあるこの病を、放置する責任はどこにあるのでしょう。

病気の方々を誹謗中傷するつもりはありませんが、同じ病気で、つい先日
小学生の列に突っ込んだクレーン者の運転者の法的責任が軽すぎると、
マスコミに伝えられていたその舌の根も乾かぬ時期にこのニュースです。


いや、もしかしたら、あの報道があったからこそ、本事件の運転者は、持病を
誰にも告げられず、解雇の危機を身に感じながら、車を運転していたので
しょうか?

だから、タクシーと衝突して、自分が隠蔽していた事実が明らかにされる
ことを恐れ、あんな暴走に走ったのでしょうか?

もしそうであったとしても、これはもう「小心」という程度の言葉では
言い表せない、ものがあります。
保身のために、多くの人たちを無差別に道連れにしてよいのか?と
いう人間としての選択を誤った愚かな行為でしかありません。

病気は、自分のせいではありませんし、それを咎められたり、批難されたり
するものではありませんが、その病気のために起こしてしまった出来事に
対しては、罹患者自身の責任であると、私は思っています。

もちろん、罹患者が子供である場合は別ですが、大人であるなら、その
病気に対しても責任を持つべきと思っています。
もちろん、病気にかかったの本人のせいではありませんし、お気の毒とは
思います。
でも、それは誰かが、その人に意図的に与えた訳でもなければ、誰かの
身代わりになったという訳でもないはずです。

いわば「天災」・・・そう、本人のせいではありませんが、それを
受ける身になった以上、それに伴う・、理不尽な事も、無情な事も、
ある程度、受け入れざるを得ないのは、仕方がないことではないでしょうか?



こんなことを言うと、やっばり、相談員は「オニババ」だったとか
「冷酷無比な人間」と、言われることを覚悟でお話しているのですが
私は、全方位的優しさは、本当ちっとも優しくなんかない・・・と、
確信を持っている人間です。

ですから、ある方向から見ている方には、無慈悲、冷酷、人でなし
(我ながら、よくも並べたものです。笑)
と、映ることはあるでしょう。

でも、私は自分が守らなければならない人間。守りたい人間には
優しくありたいと思っています。
そのために、周囲から誤解されようと、ある一定の人たちに
批難、罵倒されようと、平気です。なんの痛痒も感じません。


これは、時として「臍まがり」と、称されて、周りを困らせたりも
するのですけれどもね(^^)



なんだか、祇園の暴走車について話していたつもりが、自分の私感に
なってしまって、いつもの回廊に嵌りこんでしまいましたが、
いつの時でも、いつまでも、私は私なのだなあと、こんな時は自分を
振り返ってみたくなります。
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by sala729 | 2012-04-14 13:05 | Comments(0)

待って、待って待ち焦がれた桜の花が、競い合うように咲き乱れて、
やっとこれで「春がきた」と言えるのかと思います。

昨日は、何年ぶりかで近くのお城のお花見に行ってまいりました。
ここは、京極様のご城下で、現存する山城の中では、最も高い標高地に
あるとかで、昨今の「津波対策」には、きっとその力を存分に発揮するで
あろうという造りです。

この町は、お城を中心に造られており、お堀の周りに官公庁や学校が
ぎっしりと並んでおります。

そして、こんな時期になると、それらが無料で駐車場を開放してくれますので
とても便利ではあるのです。

ただ・・・その整理するおじさんたちの、とっても無愛想な様さえなければ・・
昨日も、地元では有名な私立の中高一貫校の駐車場のスペースが上手く
空いたので、そこに車を滑り込ませます。

管理をしているのは60代と思われる男性で、無愛想に門扉を開け閉め
しています。

私達がそこに付いたのが午後2時ですから、そのおじさんもかなり疲れては
いたのでしょう。埃にまみれて、いやな気持ちで一杯だったのでしょう。
それは判ります。

でもね。周りの企業や官庁も協力していることなんです。
地域振興ということもあるのでしょう。
来月は「バサラ祭り」という、かなり賑やかなお祭りも例年催されています
よね?

そんな中で、その仏頂面はないんじゃありませんか?

とても失礼な言い方で申し訳ないけれど、そのがあなたの土地で、お上(ちょいと
古い・・ですね。笑)からの、強制的な申し渡しなら、ご同情もしますし、
こちらも、申し訳なさそうな態度もしましょう。

しかし、あなたも仕事でされているのなら、そこはプロではありませんか?
踊りながら車の整理しろとまでは言いませんが、車を停めて今から
桜を愛でようかという人や、「ありがとうございました。」と、頭を
下げる人、手を振る子供たちに、笑顔のひとつも返せませんか?
その年で・・・


などと、ツラツラ思ったのですが、そこでは顔には出さず(私も大人
ですから。はい。)大手門をくぐって、天守閣に向かう、見上げるような
坂道を目の前にしたとき、沸々とその怒りが燃え始めました。(笑)

ここに来たのは、もう何年前だったでしょう?
あの頃も、こんなに死ぬ思いでこの坂道をいたのかしら?
行ったんでしょうね。きっと。・・・いや、行きました。

甘くみたのか、無防備だったのか、10センチはありそうなピンヒールの
お嬢さんや、編み上げブーツの踵も坂の石畳にひっかかっては、あっちへ
ヨロヨロ。。。こっちにホロホロ・・・。

元気なのは、小学生くらいの子供たちと、運動部の学生たちばかりの
ようです。



それでも石垣を回り込んで、三の丸の跡地や、陣地の跡に立ってみると
町が一望できます。
県道と国道を越えると、そこは海です。
薄霞たなびく瀬戸内海は、それはそれは儚げで繊細です。
ぐるりと視線を返すと、山すそも美しい「飯の山」が佇み、かなたには
金比羅さんの山桜が視界に入ります。

こういうのを風光明媚と称するのでしょうね。
こうして坂道を登っていくと、お城公園の桜の木々を、上から見ることも
できるのです。

もちろんシートを敷いて、お酒や折り詰めを広げているグループも
まだおります。
さすがに、カラオケは聞こえませんでした。。。


ここは、昔から夜桜の場所でもあったので、今の時間帯は昼の部と
夜の部の間ということでしょう。
歌舞伎で言うところの「幕間」ってやつですな。


とても、急坂で明日の足腰の不安は募る一方でしたが、気のせいか
私はいつもより、ちよっとカルカルと上下できたような気がします。
考えてみれば、さる二月末からの、ダイエットの効果が、少しづつ
現れてきたのかと思うと、ちょっと嬉しいです。

家人には「案外やるね。」と、褒め言葉なのか、呆れ声なのか判らぬ
声援を受け、友たちからは
「あら、この人はやるったらやるわよ。」と、過大な評価を受け(その
ために辞めるに辞めれない事実もあるのです・・笑)日々を、コントロール
してきた身には、ちょっと嬉しい変化でした。



聞けば今年の桜は寒すぎて、なかなか開花が来ず、やっときたかと思えば
例年よりずっと早く、満開を迎えて、散るのだそうです。
それでなくても、散り際の潔さが称えられる花なのに、これ以上早いと
もう、潔いというより、「慌て者」ですよ。

さて、そんな慌て者の有終を今年は何処で見納めにしましょうか。
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by sala729 | 2012-04-09 15:54 | Comments(0)

「春の嵐」とは言いますが、ここ数日間の花嵐のすごかったこと・・
本当に、脆弱なこのオフィスも、我が家も吹き飛ばされてしまうかと
心配するような勢いでした。

あの風のさなか、街の中心にあるデパートに行くため、歩道橋を歩いて
いましたら、物凄い突風。
私の前を歩いていた、2.3歳くらいの女の子を連れたお母さんも
初めこそ、ヨロヨロしておりましたが、あまりの強さに、わが子をしっかり
抱きかかえ、風に自分の背中を向けて横歩きしておりました。

微力ながらつい私も女の子の風よけにと位置をずらしてみましたが
風にあおられ、足元がヨタヨタ・・・あー情けない・・。

それでも、無事デパートの入り口に辿りついた時は、その若いお母さんと
顔を見合わせて、にっこり微笑み合いました。
風は無慈悲に吹いていましたが、そのおかげで幸せな一時でしたね。

自転車ごと吹き飛ばされそうになった中学生を、地元テレビ局の報道班が
撮影も忘れて「助けてあげなきゃ。助けてあげなきゃ。」という音声の
入ったままブレブレの画面を映し続けていたのも、私的にはとても心地
よかったです。


それでも、この「爆弾低気圧」で家屋倒壊の下敷きで亡くなられた方や
怪我をされた方も多いとか・・・本当に、近年の気象状態はどうなって
いるのでしょうか?

反面、夜空には金星や月が一体化したショーが見られたり、5月には
皆既日食があると、家人は今から、それ様のメガネを手配したと大騒ぎ
していますが(それ、一個800円だそうですが・・・笑)本当に
自然界とは、人智など遠く及ばないところで、美しかったり、荒れ狂って
いたりを繰り返しているものだと、しみじみ思います。


そんな中での、国民新党のクーデーターや、わたくし事の、苛立ちなど
なにするものでありましょう。

(いくら少数党とはいえ、いやしくも一政党の党首の去就と、市井の
 意地悪おばばの胸中とを、一緒くたにするのは、如何なものかと
 思いますが・・と、家人が隣で囁く声は、いつものように無視します)


それでも、友達とはよいものです。
心の内のさらにその奥までも、読み取って知っていてくれるだけで
心のざわめきが、鎮まるような気がします。

近所のおばさんたちの世間話ではなく、家族間の近すぎる無礼でもなく
それでも、ちよっと厄介なこの私の性格の裏も表も周知している
彼女らは、私が投げる言葉も、受ける言葉も、その悉くを熟知して
くれています。

彼女らが、投げたり、受けたりする言葉を私が、そうやって受け止める
こともあります。

長い年月と、それぞれの経験と環境がそうさせたのでしょうが
本当に有難いものだと、しみじみ思います。

「友達が財産」という、使い古された言葉を持ち出すならば、さしずめ
私は「大金持ち」ということになります。
山と積まれた、財産の向こう側は見えませんが、見えなくても結構。
見なくても、なんの不自由もありません。


なんて、センチな春でしょう・・・これで桜が舞い散る頃になったら
私は、ハイネになっているのでしょうか?
それとも、中原中也?  金子みすゞ?・・・(あ、厚かましい・・またも
家人登場)バシッ!!

でも、よーく考えたら、みなさん短命ですわよね。

(・・・・そそ、いい人や才能溢れる人たちは早死にするのよと、三度の家人)

むっ・・むむ、懲りないヤツ・・。
今夜はビールに唐辛子入れようか、それとも白ワインに生姜汁を
絞り込んでみょうかと、秘かに心に決めている私です。・・・(笑)
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by sala729 | 2012-04-07 15:49 | Comments(0)

車で30ほど走ると、ごつごつとした形の奇妙な山が、視界に入ります。

「五剣山」と呼ばれるこの山は、片側から見ると、山肌が削られて
見ようによっては、悲惨な山とも言えるのですが、ここは高級墓石で
名高い「庵治石」の、切り出し場なのです。


専門業者によると、もう、本物の庵治石は採れないというぐらい、古来から
採って、採って取り尽くしたようです。
ここは、地元ですから、墓所にある多くは、庵治石ですが、県外に行くと
これらが一桁、場合によっては二桁も違うことがあって、びっくり・・
なんてことが、何度かはありました。

いまでも、高齢の方は「墓石は、庵治石でないと」と、仰る方は多いです。
自分のために、何百万という墓石を作る・・・これも、ある種の自己主張
ですから、お好きに・・・と、言うだけなのですが、私のように世俗まみれの
人間には、ちよっと度し難い種族ではあります(笑)

それでも、庵治石の美しさについては私も異議を唱えようとは思っておりません。
我が家にも、この庵治石で作った、室内灯篭が玄関に置いてあります。
夜になって、灯りを点すと、足元がぼんやりとやさしく照らされて、なんとも
風情があります。

その一角だけは、とても我が家とは思えず、どこかの旅館の離れの
趣を感じることすらあります。

その、作家のおじさんに「墓石作るなら、早ううしいや。わしが死ぬか
石がなくなるか、どっちみち間に合わんかもしれんからな。」と、笑われたのは
もう何年も前のことです。



その、五剣山のすぐ傍らに、四国八十五番目。「八栗寺」があります。
ここに行くには、4分ばかり、古くて小さなロープウェーに乗ります。
一時期このロープウェイも、不採算部門として閉鎖されたこともありますが
私の知らぬ間に、再開していたのは嬉しい誤算です。

たった4分乗るだけなのに、眼下には町並みが開け、海に浮かぶ島々まで
一望できます。
春霞の中での、この景色はなかなかのものです。


この商売繁盛のご霊験あらたかな「八栗寺」は、お正月ともなれば
参詣客で一杯ですが、さすがこの時期には、参拝者もまばら。
それでも、春遍路の方の姿はあちこちに見られます。
「お遍路さん」は、ロープウェイなどには乗らずに、きっと歩いて
昇られるのですよね。・・・・軟弱ですみません・・(--:)


本堂の前でお賽銭を用意して、さてと身構えると、目の端にちらちらと
白い紙が、行き来しています。
そこには「落ち着いて、ご参拝したい方は、本堂に入ってお参りすることも
できます。」と書かれ、となりには行く先を書いた地図まであります。


折角のチャンスです。
おみくじ売り場のおじさん(お正月ではないので、綺麗な巫女さんではなく
いつもの寺男さんなのでしょうね。)に、教えていただいて、本堂に入りました。

お寺にしては狭いスペースなのですが、座布団とお鈴。木魚が置かれています。
まずは、賽銭箱に「気持ち分」入れて、お鈴を叩くと、澄んだいい音が響きます。



普段は本当に「罰当たり」な、私ですが、たまにこんな処に足を運ぶと
やはり敬虔な気持ちにはなります。
4月の始まりの日曜日ということもあって、それもお昼を、あまたのうどん屋
さんの中でも、私の大好きナンバー3に入ろうかというお店で、楽しんで
そのあとで・・・ということですから、心の狭い神様、仏様なら、それだけで
神罰や仏罰が下りそうな、展開ではあったのですが、さすがお大師さまの
開かれたお寺だけあります。

そんな、偏狭な神様も仏様もおられなかったようです。(笑)

無信心で、無作法で、無礼なこんな私にも、とても言い気持ちにさせて
いただきました。
誠に、広い、寛い、御心に、お礼申し上げるばかりです。   合掌
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by sala729 | 2012-04-03 11:06 | Comments(0)

ようやく「春うらら」という陽気に近づいたような気がしますが、
ニュースによると週末の東京はとんでもない突風に見舞われたとか・・


二年前まで、息子は大学時代からずっと同じアパートに住んでいました。
6畳と三畳の台所付きとはいえ、外階段の二階の一番はじっこ。
大家さんには申し訳ないけれど、本当に地震や台風が来たら、きっと
ひとたまりもない・・・そんなかんじのところでした(もちろんお家賃は
格安で、額を聞いた誰もが信じられないと呟いたものでした・・)


学生時代はともかく、社会人になっても、23区内という地の利が代え難く
彼はずっとそこに住み続け、大家さんにはとてもよくしていただきました。

私も借りるときに一度だけ行きましたが、トイレの窓から隣の公園の桜が
咲き誇る頃で、借景とはいえそれは見事なものでした。


あらら・・・またまた話が逸れちゃいました・・・(笑)


そこが建てえ変えられることになって、近くのコーポに引っ越したのが
二年前。
おかげさまで、風が吹いても、台風が来ても、前ほど心配しなくても
よくなりましたと、言うが為の「前ふり」です。
相変わらずの、長話とお笑いください。(^^)


先週末には、久々に講演会に行ってまいりました。
地元の大学の協賛で「市民文化大学講座」なるものが、開講され(もう5年目
なのだそうです)3月から12月までの月一で、著名人の講演会があります。
第一回目の三月は「金田一秀穂」さんでした。

定員2000人の市民ホールはぎっしり、満席です。
大抵は私より少し年上かなと思われる女性の二人連れか、ご夫婦です。

講演はとても楽しかったです。
金田一先生の、あの楽しいキャラクターがそここに垣間見れて、会場は
大いに沸いておりました。

もともと、金田一先生は、若い人たちの言葉遣いに対して、かなり肯定的とは
前々から感じておりましたけれど、それがどうしてなのか、なぜなのか・・
そのあたりのお話を、お聞きするとそれも、もっともかなとも思います。

心に残った話はふたつ。
ひとつは、敬語は話している人も偉く感じるから、子供や学生に敬語を
求めてはいけないという趣旨のお話でした。
美智子皇后のお話を比較して、お話されていましたが、あんな最上級のお立場の
方が、誰もが聞きほれるお言葉遣いをされるから、受けた側はみな感心し
感動するのであって、我々が同じような言葉遣いをしたときは、「なーに、
偉そうに」と、言われるのではないかと言うのです。

それは、そうかもしれないと思いました。
そこで、これからは、若い人や子供の敬語に、目くじら立てるのはよそうと
心の中でゆるい約束をしました。(笑)



二番目は、自分が正しいと信じていても、それが本当は正しくないことも
あると・・・
年をとっても、そういうことはあると心しておかねばならないと・・・。
一例で「アボガド」と「アボカド」どちらが正しいですか?

はい。正解は「アボカド」なんだそうです。
もちろん、私も間違いました(笑)

年を取ったからと言って、それが正しいのかどうかは判らないという
ことなのでしょう。

これは、これで、私のような人間には「座右の銘」として心に止めて
おくべきかと思います。

次回は「曾野綾子」さんで、私はとても楽しみにしています。
彼女の毅然とした生き方は、宗教という後ろ盾の故かとおもうことも
ありますが、それでも、こう生き、こう死にたいと思わせる言葉を
なんとも感じてきました。


ずいぶんと、久しぶりに「講演会」を拝聴しましたが、たまにはいいもの
です。
他人様のご意見を、お伺いするというのも・・・




講演会が終わって、お城の石垣周りの遊歩道から、街を南北に走る国道の
両横に植えられた、桜のつぼみが、思ったよりも大きく膨らんでいたことに
なんとなく、幸せな気分になったのも、久々のことでした。
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by sala729 | 2012-04-02 16:10 | Comments(0)