日曜日に、久々映画に行ってきました。
12月はなんやかやと忙しく、1月に入ってからは、予定通りにキッチンと
バスルームを手直ししたり、ついでに余計な物の片付けも、していたものですから、
日曜日が潰れてしまい、ずっとご無沙汰の映画鑑賞でしたが、幸いにも
その間は、見たい映画も、興味ある企画もなく・・・(笑)←嫌味ですかね?

で、今回は「麒麟の翼」・・・ベターでしょ?(笑)
言わずと知れた、東野圭吾さんの原作で、阿部寛さんの主演です。
総合的にはなかなかよく出来ていたとは思います。

無理やり、日本橋に設定したのではないかという、ひねくれた危惧は、
私ならではのものかもしれませんが、日本橋の橋の欄干のあの「麒麟の
像」には、ちょっと心惹かれますね。

もちろん、日本橋は歩いたことはありますが、当然そんな像があるなどと知る由もなく
麒麟といえば「ビール!」くらいしか、思いつかなくなった私ですが(それは
ひとえに、同居人のせいでもあるのですが)次に東京に行った時は、
しっかり見てこようと、秘かに心に誓いました。
・・・ま、大好きな伊東屋さんに近いこともありますし、口実はいくらでも
付けられると思います。

でも、あの映画見た後、ふと思い出したのが「半落ち」
何年か前に、寺尾聡さんの主演した映画で、横山秀夫さんの作品です。
ストーリーもシチェーションも、全然違うのですが、なんだか「泣き」の
ポイントがとてもよく似ている。
そんな気がしたのです。・・・・もちろん、鬼の目に涙・・は、溜まりません
でしたけどね。

家族の愛としては、とても切なくて身につまされるのだけども、どこか
嘘っぽい(ファンのみなさま、ごめんなさい。)
中井貴一さん扮する、お父さんが刺されて、麒麟の像まで息も絶え絶えに
辿りつく理由が、いくらなんでも甘すぎる。

阿部寛さんが、ラストで中学教師の劇団ひとりさんを、罵倒するシーンが
ありますが、「そうだろう。」と、一瞬は同感するのです。
でも、でも、やっぱり一番悪いのは、本人たちじゃないの?と、
思い返してしまう私。

父の愛を知ることになる子も、友人も泣いたら「善い人」になっちゃうの?

彼らの為した行為は、仮にそれを父が代償したとしても、大地が水浸しに
なるほど泣いたとしても、許されるものではありません。

いくら物語りの中とはいえ、これが現実の世界であったなら、もしも
私が吉永君(これが誰かは映画を見てから、お確かめください)の、母なら
「こんなことで、あなた達は許されない!」と、世間に向かって叫び
続けるでしょう。


と、偉そうな御託を並べながら、映画を見終わり、折角ここまで来たのだからと
出産お祝いを買う事になりました。
娘の同級生のKちゃんで、ご実家が肉屋さんなのです。
我が家も、いつもお世話になっています。娘などは、なんやかやと、いつも
大サービス受けているらしいです。
かつて、Kちゃんのお誕生会といえば、分厚いステーキが何枚も焼かれて、
息子などは「オレもKちゃんのお誕生会行きた~い」と、叫んでいたものでした。

そういうお付き合いですから、私もぜひお祝いと、手ぐすねひいて
待っていたのですが、昨年7月に生まれた、お嬢ちゃんは心臓が悪く、
生まれて直ぐ、手術を受けたりして年末に退院してきたばかりということも
あって、お祝いを自粛していたのです。

しかし、女の子ですから、うらやましさも手伝って、私達は絶対お洋服に
しょうと心に決めていました。
そして、お店に行くと、なんと、可愛らしいこと・・・
ピンクや白の花や、リボン。フリル・・・もうお花畑みたいな店先です。

私も家人もすっかり舞い上がって、あれやこれやと手当たり放題。
しかし、サイズではたと迷いました。
普通、少し大きめサイズをお贈りするものなのですが、なにしろ、
ちびKちゃんは、普通よりもかなり小さめらしいのです。

それでも、これこれ!と、家人が改めと翌日お届けに参りました。


ところがっ!!!!!!!
なんとっ・・・・・なんと・・・Kママにお渡しして世間話をしていたら
ちびKちゃんは、体重こそ軽いのですが、身長は月齢と同じ程度と判りました。

あらら・・・ららら・・・・これではサイズが小さすぎ・・

家人は、一度お渡ししたものを、慌ててひったくるように回収して、「ダメ、ダメ
あぁぁ・・どうしょう・・・」と、世界の終わりのようなため息が洩れています。

その日のうちにお店に電話して、交換をお願いして、翌日無事に1サイズ
大きめに交換することができました。

「あのね、これ、昨日確認したら、サイズ間違ってなかったです。うちのが
1サイズ大きくしてました。ボクの間違いでした~って言って渡してね」と
言うと、家人は
「それって、ボクだけ間違って、キミは正しかったってこと?キミも同じ
ように買って間違ったのに??」

「何言ってるのよ。そうだけど、昨日のあなたの勘違いってことにしておけば
Kママだって気を遣わなくて済むでしょ。サイズ間違って買ってたって言えば
わざわざ交換に行ってもらってって、却って気遣いさせるでしょ?
 それなら、あなたの勘違い。早とちり。大ボケってことにしておけば、
誰も気遣いせずにすむじゃん。」

「そ、そーだね。しかも、キミは、いい格好できるしね。」


なんと、心の狭いヤツめ・・・それでも男かっ!と、叱責したくなるのを
押しとどめて、黙ってニヤリと笑ってやりました。
このほうが、何倍も効果的であることを、私は知っています。


お店の開店を待ちわびて、交換してもらってその足でK実家に行きます。
話がややこしくなるので、私は車で待機。

家人は満面の笑顔で帰ってきます。
「バッチリよ。Kママが、そうですか。さすが奥さん・・だって。」

家人は、自分が悪人になろうが、ボケ人になろうが、周囲が上手くいけばそれが
一番と思っているので、こういう時は、嬉しげです。
「ね?。よかったでしょ。あれで」
「そうだね。騙されてくれてよかったよ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも、向こうだって
客商売何十年です。
騙されたフリしてくれたのかもしれません。
でも、そうであっても、この騙しあい・・・そう悪いものでもありません。
楽しい、騙しあいですよ。
狐とタヌキのね・・・・
ただ、どちらが狐か狸かは、議論が別れるところでしょうが・・

何言ってるの。うちがタヌキに決まってるじゃんと、誇らしげな家人に
ストレートを決めてやりたいと、私は心から願いました。。。
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by sala729 | 2012-01-31 14:58

久々の投稿が、尾籠な話から始まるのも、なんですけれど(苦笑)
今朝のことに、ひょんなことから「トイレ」の話になりました。

食事中には、このブログ見ないとは思いますが、もし、終わってすぐとか
だったら、ごめんなさい。・・・と、先に謝っておきます(^^)


今でこそ、綺麗でないと、用を足すことが出来ないと嘯いている
私ですが(笑)、私の子供時代のトイレって、今とは、比べ物にならない
くらいの「ヒドイ」ものでした。

その昔は、「ご不浄」と言っていたくらいですから、その存在そのものが
日常生活の中で、いかに位置づけられていたかが、推し量られる
ようです。

清潔とか、綺麗とかいうランクではなく、もともと田舎ですから当時は
下水も整備している訳ではありません。
貧しく古い借家の(もっとも、当時の大部分の家はそうでしたから、それに不服はない
んですけどね)一番隅にそれはあって、狭くて暗くて、時折、手足のなが~い
蜘蛛が鎮座したりしているのですよね。

これも、扉を開けた途端いる!・・というならまだ対処もできるのですが、
その途中で現れた日には、もう冷や汗タラタラで、視線で威嚇しながらの
あの苦しく、怖ろしい時は、今でも二度と思い出したくない事柄のひとつ
です。

今現在この借家は、とても綺麗なマンションに様変わりしています。
しばらくぶりに見に行った時は、どこがどこやら判らないほどに
なっていました。


そんな子供時代をすごしても、自分が親になった時は、水洗トイレでしたから
我が家の子供たちは、当時通っていた、保育園の、いわゆる「ぽっとんトイレ」が
怖くて、長らくそこで用を足せなかったそうです。
ただ、それはうちだけの問題ではなく、そんな子が多くて困るんですと、
先生が零しておられたこともまだ覚えています。


月日が流れて、我が家はその間二度の建て替えをしました。
そのたびに、トイレはまたまた綺麗になっていき、今現在の我が家の
トイレは一階のトイレは、全体を薄いグリーン(もちろん便器もですよ。)で
統一しており、二階のトイレは洗面所も併設していることもあって、うすい
ピンクで統一しております。(笑)

最初は、ピンクのトイレ??・・・と、言われたものでしたが、慣れると
この、かる~い色合いはなかなか、馴染むものだと思っています。
なにより、明るい。
それに、目の前に本棚入れて、コミック本や、文庫本。今は漫画教養本
なども入れていますから、ちよっとした読書タイムも、ここですごせます。

ちょっと、顰蹙買うかもしれませんが、ここで食べたり飲んだりしても
「まぁ、いいかっ。」ぐらいには、受けられるトイレだと思っています。
(しませんけどねっ。)


年月といえば、それまでですけれど、ずいぶんと変わったものです。
でも、これは我が家だけのものでなく、私ら世代の多くが、同じように
感じているはずです。


ちよっと前から、古民家ブームで、手をいれて喫茶店や、創作料理店に
している処が目に付きますが、そこもトイレだけは、今風にリニューアル
してますものね。

地元のデパートでも、高級婦人服売り場や、貴金属売り場にあるトイレは
それはそれは、綺麗です。
私も行くと、いつもその階を利用しているのですが、心なしか、最近その
競争率が高くなっているような気がします。
ゆったりと、とても綺麗に設えてあるので、その分、個室の数が少ないのです。


こんなことを考えながら、思いを巡らせると、ちよっと前に流行った「トイレ
の神様」なる歌も、こんなことは、私達の子供時代には、みんな祖母や母から
言われていたことで、あろうことか妊婦にまで「トイレを綺麗にしておけば
綺麗な子ができる」と、お掃除を半強制してましたよね(笑)

私ら世代から言わせていただくと、今のトイレ掃除なんて、お部屋のお掃除と
なんら変わりありません。
もともと、綺麗なのですから。

あの時代に、暗くてじめじめして、蜘蛛や、見たこともないような虫が
蠢いていることもあったトイレのお掃除するのに、どれだけの勇気と
気構えが必要だったことか・・・


そんな、私ら世代が「トイレの神様」って歌を作ったら・・・
たぶん、おぞましくて、絶対にヒットすることはないでしょうね(笑)(笑)


なんやかやと言いながら、今はとってもいい時代・・・そんな気がする
今朝の会話でした。
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by sala729 | 2012-01-28 17:18

先日、久しぶりにかつての同僚二人とランチをご一緒しました。
あまりに楽しくて、なんとお昼から16時近くまで・・(笑)

積もる話というのは、尽きないものですねぇ。とても貴重な楽しい
時間でした。もちろん、次のお約束もして帰りましたよ。
こんな楽しい時間を、一度限りなんて・・そりゃないでしょ。


夜になって溜まりに溜まったビデオをなんとかしてよと、家人に泣きつかれて
録画記録を見ると、あらら・・・ホントです。「未読」がずらり。

そこで日曜日の夜は腰を据えてその消化に努めることになりました。

まず「とんび」の前後編です。
これは、重松清さんの原作で、もちろんハードカバーで読んでいます。もう
ずいぶん前のことですが・・
主役は、映画プリンセストヨトミや三丁目の夕陽で、なんだか「昭和の男」に
ぴったり感のある役者になっちゃった、堤真一さん。

じつは、私は性格的問題もあって(自覚はしております・・はい。)こういう
みーんな善い人が出てきて、あれやこれやあってというドラマはあまり好きでは
ないのです。

昔で言うなら「肝っ玉母さん」とか「ありがとう」ただこれは当時はまだ子供
でしたので、こういうドラマ大好きの父母に逆らえ切れず、見てはいました。
渋々と・・・(苦笑)
ですから、今の「渡る世間は・・」なんていうのは、一切見たことがありません。

こんなことが自慢になると思っているわけではないのですが、この「とんび」も
どちらかと言えば、この善い人ドラマであることは、もちろんもう原作読んでいる
私には判っていました。
でも、それでもなぜドラマを録画してまで見たかと言うと、原作者が好きというのも
もちろんありますが、あの原作の最後の科白。あの科白を役者さんが言葉に
したらどうなるのか、それを聞きたかったのです。


ところが・・・ところがです。
何がどうなったのか、脚本家さんの読んだ原作にその科白が入ってなかったか
(・・ンなはずはありませんよねぇ。)最後のエンデングロールまで行って
もう一度巻き戻しても、あの科白ばありません。

うそ・・なんで?
あの、科白こそがこの物語の「肝」でしょ。
あれがあって初めてこの作品が、ただの善い人ドラマじゃなくなるんじゃ
ないですか?
たぶん傍に脚本家さんがいたら、私は胸倉掴まえて詰め寄っていたかも・・

見られた方も多いでしょうから細かなことは避けますが、妻に先立たれたものの
周囲の暖かい目と援助で子供を育て、その子が結婚するまでの話を、昭和の
エネルギッシュな成長期と共に語っていくお話なのですが、男と子供の周りには
育児を助けてくれる、飲み屋のママさんや、同僚。上司。幼馴染の住職やその妻。
そしてその父住職などがいます。

子供は成長して連れ子を持つ女性と結婚します。
その時、女性は妊娠しており、本当の意味での初孫がそのお腹に宿っているの
です。ドラマはそこでほぼ終わり。

でも、原作ではその夜、男は息子に話すのです。

もうずいぶん前ですので、細かなニュアンスは忘れましたが、男は息子に

もしも、家族で乗った船が沈んだら、お前はどっちの子を助けるか?と問い、
一瞬怯んだ息子に静かに言います。

「お前は、お腹の子を助けんさい。親じゃったらそうするべきだ」と。
そして
「オレは健介を助ける(連れ子の名前・・だったと思います)。健介は
ワシの孫じゃけんの。」



この物語が、家族がテーマというのであれば、父がいて母がいて子がいてという
そんな家族でなくても、連れ子もあって、片親であっても、それぞれの
家族の形があり、そしてそれがその家の「家族」であるというのがテーマで
あるなら、この科白は絶対に入れるべきと私は思っていたのですが、脚本家さんは
どうもそうは思わなかったようです。

「うちもそういう意味では、定規で測ったような家族ではないけど、案外
いい家族だよね」と、家人にしては珍しく名言を吐いたので、思わず
「今夜はワインをグラス一杯分大目に許そう」と言いながら、ボトルを見て
黙って半分以上空けていたのを確認したので、言うのはやめにしました。


そして続けて、「平清盛」を二回分。
先の「江」があまりの有様で二回見ただけでがっかり。
その前の「坂本龍馬」が、あまりのくどさに、半分見てげんなり・・・が、
続いていたので、今回はと期待しておりました。

うーん。正直言ってまだ判らん・・というところでしょうか。
ただ、三回目を見ない・・とは思いません。
時代もなかなか面白いし、白河法王の伊東四郎さんはさすがの貫禄です。
松山ケンイチ君は、まだ設定が元服前後だからでしょうか、幼い表情が
気に入りません(笑)が、これからかなという期待も持っています。

しかしながら、檀れいさんと松田聖子さん・・・あのお二人はさすがと
いえばさすが・・・
何しても、どんな役柄でも、檀れいであり、松田聖子であることを隠そうとは
しませんね。ある意味立派ですよ。

しかも役柄が「璋子」と「祇園女御」というのがこれまた面白いじゃないですか。
そういえば、オープニングでは、あの「ベラ」こと、杏さんが「北条政子」を
やってましたね。
こういうキャスティングは、大好きですよ。
これだけでも、一見の価値あり・・かな。


そして、続いて「運命の人」
これは、大好きな山崎豊子さんの原作ですもの、見ないはずがありません。
しかし、ここに続けると延々と続きそうなので、これはまた改めて・・
ということで・・
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by sala729 | 2012-01-16 12:23

私世代は、成人式というと15日と摺り込まれていますので、今の
連休制度はどうもしっくりこないと思いつつ、今年もその日がすぎて
いきました。

時代は変われども、女の子の振袖とあの白い羽毛ショールは、時代を越えて
健在なのには驚かされますが、なんとかならないのかといつも思うのは
あの、男の子の色柄つきの羽織、袴。
正直、あれらを着用している子らの中に、一人として賢そうに見えるのは
おりませんっ。

だいたい、茶髪で羽織、袴という姿からして、もう見たくない。
そして、一様に、あのカラー羽織族は、姿勢が悪い。態度が悪い。品がない。

衣裳というのは、外に向けての自分表現です。
しかも、日本の着物という伝統文化を身につけるには、それなりの
意味としきたりがあることを、全く解しておりません。

なにも、堅苦しく着ろと言っているのではありません。
一生に一度(もしかしたら、結婚式にも着るのかもしれませんが)自分の
生まれた国の正装を身につける機会なのです。
せめて最低限のルールくらいは守らせたいと、私などは思うのです。

もっとも、彼らはまだまだ世間もルールも知らない「ひよっ子」ですから
それを、最初に教えてあげるのは親ではないですか?
そして、いつの日かあまりに不振の和服業界で、唯一といっていいチャンスと
ばかりに、売れない落語家さんみたいな、カラー羽織を売り続け、又は
貸し続けた、業界さんたちの責任は重いですよ。

親と同伴で来るのか、友達と連れ立ってくるのかは知りませんが、彼らが
派手なカラー羽織を、レンタルに来たときに、一緒になってヘラヘラと
追従しているようでは、日本の特に、男性の着物文化は終わりです。
いえ、終わるべきです。

テレビニュースで、成人式風景が映し出されて、華やかな和服女子に
混じって、色だけは負けじと、オレンジや黄色。ブルーの羽織に金糸銀糸の
袴の男の子は、外国人が見たって、けっして「美しい」とは感じないと思いますよ。

私は、あれ見るたび、「売れない落語家」か、座布団運びにしか思えないのです。

あの、色の氾濫。
華やかな女子和服の中に、黒羽織に仙台平の袴の男子和服があって、お互いに
引き立てあい、引き締めあって「相乗の美」を作り出す・・・なんて思う
私は古いですか?

そう言えば、わが娘も、去年ちびの七五三で羽織袴を作ったあと、「来年は
お友達に貸してあげてもいいと思ったんだけど、その時家紋があるとヘンやね。
ここだけ、入れなおしするか、消さんとね。」と、言い放ったのにはびっくり。

入れなおしはまだしも、消す・・とは。
紋は正装の五つ紋であるからこそ、格式が高いのであって消すなどとは・・
着物の意味が、判ってないにもほどがある。

・・・それに、家紋を入れなおす?・・・あのね、私がなんでレンタルで
なくて作ったと思ってるのよ。
貸してあげるのはいいですよ。望んでいる方がいるなら、貸してあげなさい。
でも、それはあげるのではなく、あくまで貸してあげるのよ。
家紋はそのまま・・・それは当然でしょ。
これは、あくまでちびの七五三のもので、そのために婿殿家の家紋を入れて
あるのです。(とっても不本意だけど・・)
・・・・私って心が狭い?・・・

ともあれ、こんなことまで思い出したのです。成人式で・・・。
はい、想像力豊かということは、なかなかに楽しいというか、厄介というか・・

もちろん、ちびが成人の暁には、もしも和服で行くというなら、黒羽織に
仙台平ですよ。当然。
親がなんと言おうと、本人がなんと言おうと、「大人の礼儀と常識」を
成人の日に教えなくてどうするんですか。
それがいやなら、スーツで行けと突き放しますよ。

そんなことすれば、仲間からハブられると泣きついたら、こんな軟弱な
男にどうやって育てた!と、親を叱り飛ばして溜飲を下げることにしましょう。
もちろん、その日から、ちびは我が家には出入り禁止です。

おぉぉ・・・なんだか、そんな想像すると、楽しいですね。
年をとるということも、なかなかに楽しいことが増えるということ
かもしれません。

その日のために、私は心身を鍛え、毒舌に磨きをかけ、衰え勝ちの
記憶力を呼び覚まし続けなければなりません。

準備万端、「飛んで火にいる夏の虫」状態で、その日を待ちましょう。

ふふふ・・なんて楽しい時間なんでしょう。
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by sala729 | 2012-01-11 11:50

はい。新年早々の「大激突」です(笑)

我が家の年中行事ではありますので、今や息子や娘は「またか・・」と
呆れ、半ば放置状態ではありますが、戦いの本人たちは、その最中は
至って真剣。真面目。戦闘的ですから、周囲の目も、言葉も、思惑も
何も感じることはありません。

もともと、我儘と自尊心が服を着て歩いていると言われておりますから
妥協や諦めという言葉は、私の辞書にはありません。
(もともと、諦めの悪い女と呼ばれていたのです・・・わたし。)

昨年からは公私が「一緒」になって、激突の原因の殆どはこの「公」の
部分になりました。

こうなることは、お互い判ってはいたのです。
私は、人に求めるものがとても高いのだそうで、特に身内にはより高く
なる傾向があるのだそうです。

私自身はそうは思いませんが、仕事を人に任せたとき、自分の思い通りに
ならないと、自分でやったほうが「マシ」というタイプの人間ですから
必ずしも、円滑な人間関係を作れる・・という訳ではありません。
(もちろん、他人様がお相手のときは、その本心に衣を被せるくらいの
小技はもう、この年ですからできますよ。笑。・・でも、身内にはできません)

家人いわく「とてもヤな女なのだそうです」・・・なんとでも言え。ふっ。

しかし、いくら非難されようと、鬼ババのように言われようと(え?・・
誰もそこまで言ってない?・・・そ、そうでしたね。自爆)
仕事の中でも私の最優先順位は「依頼者さん」であることは揺るぎません。

依頼者さんの、望むところをどう受け止め、処理していくか・・・それは
私の永遠の命題であって、その解を求めるために、私の試行錯誤は、周りに
過大な要求をする・・・・という図式らしいのです。
もっとも、私は、ちっとも過大とは思ってはいませんけれどね。

為して当然。為さざるは己の不明なり!・・・と、古の人が言った・・か
どうかは知りません。


家人は自分の掌の上で、私を遊ばせていると嘯きますが、否定はしませんが、
それならばもっと楽しく、いい気分で遊ばせなさいよっ!と、私は望みます。

そして相手は、こんな、猛獣使いみたいな毎日はもういやだと言いながらの年月が
いつの間にか、積もり積もっています。

とても奇妙で不思議な関係だと人は言いますし、世の多数派の支持を受ける
こともないかとは思います。

それでも、この関係が続いているのは、それをお互いが求めて、得た結果
だからだと思うのです。
私の子らも、家人の母も、この奇妙なバランスを、なんとはなしに理解して
くれている結果だと思うのです。

「自分の好きに生きたい。楽しい人生だったと思いなさい。」そう言って
息子や娘を育てた私が、この言葉を実行しなくては、私の子育ては「嘘」に
なります。

・・・この言葉、それだけピックアップすると、とんでもない誤解受けそう
なんですけど、言葉って怖いですねぇ・・・なんだか、ちよっとだけ
失言大臣の心境が思いやれるような気がします。(笑)


今も、無言のまま仕事を続ける家人に一瞥をくれることもなく、私は
このブログを打ち続けています。

今年も、私らしい年になりそうです。(^^)
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by sala729 | 2012-01-07 11:30

新年明けましておめでとうございます。

本日から今年の仕事はじめです。
とはいえ、相談電話は大晦日にも、2日にも入っておりますので、
年末も年始も、はっきりと線引きできないのがこの仕事でございます。

本年も元旦早々に、依頼者さんから夫婦関係のことでショートメールが
入り、お雑煮を作りながら、片手に携帯と、傍から見れば、さも奇妙な
年の初めであったことでしょう(笑)

それでも、こうして年頭が迎えられるのも、幸せというものです。
年末には、かっての仲間からの連絡も入り、私は昨年をルンルン気分で
終えることができました。


さて、我が家のお雑煮は「白味噌、餡餅仕立」です。
家人が初めてこれを、見たときは目をシロクロさせていたものですが
今ではすっかり慣れて、お屠蘇気分の合間に、しっかりいただいております。
もう、白餅雑煮は食べられない・・までに洗脳しております(笑)

この、餡餅雑煮は、みのもんたさんの「ケンミンショー」などでも
取り上げられておりますが、本当はこれにはとても「こだわり」が
必要なのです。

まず、白味噌ですが、これが、白味噌ならなんでもいい・・ってな
わけにはいかないのです。
第一に、「麹」が粒で残っていなければならない。
あの、京風のさらさらとした白味噌ではだめなのです。
しっかり、どっしり・・・まぁ、早い話が、田舎臭い粒白味噌で
ないと、こってりとした「こく」がでないのです。

そして、大根は「雑煮大根」と呼ばれる、短くて細いもの。
普通、大根は「半月」や「いちょう」に切りますが、この雑煮大根は、
そのまま、トントンと輪切りにします。

人参は「金時人参」と呼ばれる真っ赤な匂いの強いものです。(もっとも
我が家は、私が人参嫌いなので入れません。え?・・はい。いくら
歳時記のものでも、私の判断で、どうにでもするのです。我が家ではっ!)

そして、人様が???マーク一杯にするのが、この中に豆腐を入れることです。
これは、私も結婚して初めてでした。
お雑煮に豆腐・・・これってぐすぐずにして下さいって、言うのと同じですよね?

若かりし頃・・・当然私にもあった新婚時代です。
今は亡き夫に、お雑煮に豆腐入れてくれと言われたときは、私も驚きました。
しかも、その時は「ソフト豆腐」ですよ。
お餅に挟まれ、もまれ、豆腐はぐしゃぐしゃ・・・見栄えはサイテー・・・
それでも、婚家のままにと従って、幾星霜・・・

今では、お雑煮に豆腐が当たり前になっていますから、習慣とは怖ろしいもの
です。ただし、今は「木綿豆腐」にしていますから、煮崩れはありません。
でも、息子はいまだに、ソフト豆腐のお雑煮が本流と信じていますから、
たまに季節はずれの帰省時に、作ると必ずソフト豆腐を買い込んできますね。

ま、そんなところに、竹輪加え、かなり濃度の高い汁物になります。

今は、この麹粒の残る白味噌を見つけるのが大変で、テレビで、餡餅雑煮が
紹介されるたび「味噌がミソよ」と、一人突っ込み入れる私は、
何者なのでしょうか?(笑)


お節は、デパートで調達しますが、「お煮しめ」だけは私が作ります。
これは、沢山つくらないと美味しくないので、かなりの量になりますが
毎日、煮返して食べることにしています。


そして、元旦には近所の神社に歩いて初詣をします。
片道20分弱くらいのところにある神社は、国の守り神でので、なかなか
有名です。当然参拝客も多く、元旦には参道はもちろん通り道にまで
参拝客が並びます。

二年前に、ここで並んでいて、娘の仲良しのKちゃんのお母さんに
ばったりお逢いして、お孫ちゃんと一緒だったのに、お年玉袋の
用意をしておらず、ティッシュに包んで渡したなんて、みっともない
ことした反省から、お正月には必ず「ぽち袋」を持っておくことを
自分に義務付けておりますが、用意しているときというのは、なかなか
その成果を見せるときが来ず、今年も意気込みだけに終わりました。

いつかきっとこの心遣いが生きるときがくる・・・・かな。。。
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by sala729 | 2012-01-04 16:26