昨日は、大阪のW選挙の投票日でした。
結果はもちろんもう出ていますので、皆さん先刻ご承知と思いますが
NHKの「当確」の早かったこと・・・(笑)

開票も始まらない午後8時にはもう流してましたものね。
私は、あの出口調査なるものには、あまりいい感情は持っていないのですが
このあまりに早い「当確」報道に、これってもしもってことがあったら
どーするんだろう?なんて、心配してしまいました。

だって、近世の日本人・・信じられませんもの(自爆)
へーきで嘘ついたり、思い込みが激しかったり、豹変したりが
あっちこっちで起こっていますよね。
出口調査で、もしもみーんなが嘘言ってたら・・・なんて心配するのは
私だけ??

それに、昔、民放ではあったような記憶がありますよ。
「当確」の間違いテロップ。


ま、こんなにも世論が沸騰した選挙で、よもや天下の国営放送が間違える
なんてことはないでしょうけどね。。。嫌味?・・へっへへ、ちょっとね。



なんてことはさておいて、なんだか久々に燃えた選挙でした。私には・・。
もちろん私は大阪府民でも、大阪市民でもないのですが、あの、直火のような
燃え方の選挙は、なかなかいいですねぇ。

個人的見解を言えば、独断と言われようが、独裁と非難されようが
今のニッポンには、これくらい極端な指導者がでなければ、もうどうにも
ならないところまで来ていると思っています。

極論ですが、橋下政治がよくても悪くても、これくらいの
熱意と指導力を、民衆に示してくれた政治家は、小泉さん以来ではないで
しょうか。

その後、安倍さんからはコロコロと坂を転げ落ちるかのような首相の
交代の繰り返し。
いまじゃ「どじょう内閣」ですよ。
いくらなんでも、自国の内閣が「どじょう」だなんて・・・あまりに
恥ずかしい。


私は、橋下さんがテレビに出て「茶髪の風雲児」なんて呼ばれてた頃は
あまり好きではありませんでした。
大阪府知事に立候補したときも「200パーセントないっ!」と、言って
おきながらの出馬だったこと、某関西系政治トークショウの常連(私は
あの番組、最初頃は好きだったのですが、最近はサブ司会者のハナにつく
仕切りぶりと、老害評論家の放言に嫌気がさしており、あっけなく
キライな部類に入ってしまいました。)だったこともあり、好ましくは
思っておりませんでした。

しかしながら、知事に就任するやいなや、周りの雑音や非難を
ものともせず、大車輪に働き尽くめ、自らの信じる道を、除々に進めていく
その手腕は、たいしたものです。

これを「独裁」と言うなら言えと開き直るその心意気やなおよしっ!と
選挙権もない身ながら応援しておりました。

同じように、毎日放送のアナウンサー出身の平松さんも、そういう意味では
身近な政治家という印象はありました。
そして、平松さんはそうでありながらなお、クールで理知的な発言と物腰が
信頼感という点では、橋下さんに勝っていたような気もします。
スタート時点は・・・

しかし、それがW選挙が間違いなしという風潮になったときの、あの激変には
びっくりです。
自分の身に直接降りかからないことなら、クールに振舞えるけど、飛沫が
きそうになったら身を翻し、相手を罵倒するの?と、私は思ってしまいました。

何度か見た二人のトークは熱いものが滾ってはいましたが、平松さんの言葉の
裏や端々には、既得権益を絶対に離すものかという、誰かの怨念が貼り付いている
ような、いやなかんじがつきまといました。

そして、例の「中傷記事」です。

私は、週刊文春と新潮の愛読者で、仕事で新幹線往復してる頃は、行きは文春
帰りは新潮ときめていたくらいです。
しかし、あの記事は、最低の内容でしたね。

日本の一流といわれる出版社が、こんな記事許してもいいのか・・と、目を
疑いました。
私は、小学校時代の校区の一部に、同和地区が入っており、友人もいます。
そして、思春期の頃、彼や彼女らが、そのことでどんなに悩んで苦しくで
悲しんでいたかも、よく知っています。
今から何十年も前のことですから、今よりももっと差別はひどかった。

その後、同じ校区の県議会議員さんの事務所で働くことになり、その地域の
人たちが、どんな風に自分の権益を守り、利用するかも知りました。

私が結婚した時代は親たちが、相手がその地域かどうかをあからさまに
問いただしましたし、公然の秘密のように取り扱われていました。

でも、子供たちの時代になって、もうそういうことを知る人が少なくなって
人権教育が進んで・・といっても、実際にはなくなってはいないことは
百も承知です。

実際、いまだにこうして週刊誌が取り上げるのです。


そんな中、橋下さんは立派だと思います。
それを逆手にとっての選挙戦術も見事です。しかし、それは強い信念と
強靭な精神力と、家族の理解がなければできることではありません。

現に、お子さんたちは何も知らず、今回の報道で初めて知ったと、仰って
ましたね。
もう、中学生のお子さんは、これからいろんなことを知り、迷い、驚き
嘆くこともあるでしょう。
それを思うと、親としては申し訳ないと言った言葉に、嘘は全く感じられません
でした。

私もそれが心配です。
親が公人なら、子にもプライバシーはないのか?
一部週刊誌は、それならと、親が知事だから有名スポーツ選手と会えたという
ことを引き合いに出しいましたが、これはそんなことと比べられるレベルでは
ありません。

子供は守られるべきです。
親が公人であっても、犯罪者であったとしても・・・です。
こんなことぐらい、普通の大人なら誰でもが判るはずです。



そんなこんなを乗り越えて、圧勝した橋下さんには、心からエールを
送りたいと思います。

結果が絵空事になっても、大法螺吹きといわれることになっても、
この閉塞感で一杯の日本に、風穴を開けられるのは、そんな「大風呂敷
男」でなければ出来ません。

泥の中で息を潜めて、周囲を窺いながら、ちょこちょこと出てきては
また泥に潜っているような、そんな指導者はもう、うんざりです。


どうせこのままで行けば、日本の未来はありません。
年金だって枯渇していくことは、みんな判っています。
仕事をしない若者は更に増え、なんでも他人のせいにする「現代欝」と
やらが蔓延し、子供の数は減り続け、とぼとぼと全滅の道を歩いていく
くらいなら、私は賭けたい。
この「独裁者」に。自分で選んだ、独裁者に自分の未来を委ねたい。


本当は、今日のこのブログ、国政為政者に捧げたかった・・・です。
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by sala729 | 2011-11-28 16:37 | Comments(3)

最近のブログを読み返してみると、「相談員日記」というよりは、
「毒吐きおババの日記」みたいな印象を、書いている本人が受けるのですから
読まれている方もさぞや・・・と、思います。(笑)


しかし、相談員を廃業したわけでも、休業したわけでもありません。
この仕事は、私にとって「天職」だと信じておりますから、辞めるつもりも
投げ出すつもりも、毛頭ありません。
それでも、環境は常に動いており、それにあわせて自分も寄り付いたり
離れたりしながら、今を生きております。

それはある意味、とても贅沢で幸せであることは、こんな私でも
よく理解しているつもりですし、謹んで享受しております。



その上での最近のブログ傾向です。

負け惜しみでも、悪態でもなく、「年取るって、案外いいじゃん。」と、
思えるのは、ここに私の居場所があるからかもしれません。

若いときには、青臭くて言えなかったことも、生意気すぎて鼻についた
科白も、年を重ねていくと、自然に言えるし、届くようになるものですね。

それを、誰かにそのまま吐き出すと、いつかその吐かれた相手は毒気に
当てられ、死んでしまうか、心神喪失状態になりかねないのを、救って
いるのが、このブログかと・・・

私はここで好き勝手なことを言い、受け止めてもらえても、もらえなくても
そういう舞台の一人芝居が、楽しいですね。
そして時折の、まばらな拍手や、ブーイングがあることが、とても楽しいです。


もしも、今、この指が動かなくなったら、私は間違いなく口に朱塗りの箸を
加えてキーを叩くことでしょう「。
え?・・・なぜ朱塗りの箸かって??


そりゃ、長い棒で一番身近なのは「お箸」ですし、どうせなら、輪島か独楽塗りの
上等なのがいいですよ。
私の「意識発進装置」なんですもの。(ここまできてまだ、格好つけるかね。と、
家人は呆れ顔ですが・・笑)




さて、昨日の日曜日。
我が家にいつものように、やって来ましたちびギャング。

幼稚園に行くようになってから、目に見えて語彙が増え、只今の彼の流行語は
「どーしてそう思うの?」です。何かまず質問して、それに答えると
必ず次にこの言葉がきます。

つい先日までは、「どーして?。ねぇどーして?」の連続だったのが
日毎、会話として形を整えてきているようで嬉しく思いますが、
そうなると、困ったもので、このおババば、微笑ましく黙ってうんうんと
頷いてはいられなくなるのです。

はい。家人いわく「なんで4歳児にマジで議論吹っかけるの?」と
言われますが、私はこの日を首をながーくして待っておりました。


今まで、一方的に保護するだけの関係から、対等に話あえるまでになる
この年月の長かったこと・・・(会話ったって、まだまだやないか?と
事ある毎に嘴を挟んでくる家人。あぁっもうっ。うっとおしいぃぃ)


二年前のベランダ修理の、不備が見つかり、日曜日はその職人さんが
手直しに来てくださっていました。
最近は、リフォーム需要が多くて、忙しいのだそうです。
我が家は、無料で直してくださったのですが、電話予約して一ヶ月かかり
ました。

もの珍しそうに、職人仕事を見てはいるのですが、おじさんが「ボク、
いくつや?」とか声をかけられても、答えられないちびギャング。
そして、おじさんたちが仕事についてしばらくして蚊の泣くような声で
「4歳」と答えるちびギャング。

わが地方の格言では、このような反応を「犬の遅れ声」と言います。
臆病な犬は、危機に際して、その時は何も声を発しないのに、それが去ってから
急に、大袈裟に吼えまくるところからきた格言だそうです。
私は、亡き母からそう教えられました。


そのちびギャング、ふと気が付くとなんだか、体が熱い。
何気に体温測ってびっくり。「39,2度」うっそぉ・・・
なのに、本人は元気に走り回っています。

しかも、夕飯に予定していたのは「握り寿司」。
本人も、作る気満々です。


寿司飯を用意して、お魚を切っているときにも「へーい。らっしゃいっ!」と
やる気を見せています。
その上、我が家の血筋か、形から入るタイプなので、豆絞りの手ぬぐいで
きりりと鉢巻。最初、ゆるくてずり落ちたのは、ご愛嬌ということで・・

我が家では、握り寿司は家人が握るのですが、今日は「ボクが作る」と
言ってききません。

生魚相手ですから、氷水で手を冷たくしながら握るらしいのですが、
本人は39度からの熱で、カッカと熱い手で握りますから、心なしか切り身の
魚も、ぐったり見えます(笑)
しかも、シャリの大きいことと言ったら、まるで「おにぎり」(笑)

洋服の袖のの中まで、ご飯粒入れて、水浸りにしての悪戦苦闘でしたが、なんとか
直径50センチはあろうかという木製のピザ皿一杯に並べられた、形もいびつな
握り寿司。

その一部始終を、ビデオにばっちり収めている娘。

いやはや、暢気な親子です。


婿殿も仕事帰りに参加して、握り寿司ならぬ「おにぎり寿司」晩餐です。
もちろん、親には責任もって、食べてもらいました。

作った本人は、製作後、力尽きたのか、崩れるようにお昼寝タイムに入り
ましたが、それがよかったのか目覚めたときは、熱もだいぶ下がっており
自分で作った、おにぎり寿司を頬張っておりました。


なんにも、劇的な出来事などない日曜日でしたが、なんだか楽しい日曜日
でした。
ちびギャングたちが帰って、家人としみじみ顔を見合わせ
「これが、ホントの、小僧寿しよねぇ。」と、頷きあったものでした。
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by sala729 | 2011-11-21 16:07 | Comments(0)

私にはどうしても理解できないことがあります。
そのままここに記すると「またか。」とか「運動オンチには判らん」とかの
非難が轟々と挙がりそうなことを承知で、それでも書くのですが(笑)
ここは、ひとつ、クレームおババの与太話と思って聞いてください。

しかし、なにしろ自他共に許す「運動オンチ」ですから、場違いや、勘違いも
紛れ込んでいることは・・・多々あります。その時は、お許しくださいね。



と、いつものように、長い前置きとなりましたが、本題はというと、昨夜の
北朝鮮とのサッカーの試合のことです。

もうずいぶん前から、マスコミで北朝鮮では、サポーターを何人までしか
受け付けないとか、日の丸は見せちゃいけないとか、いろいろ報道されて
いましたが、なにしろサッカーが、ボールを蹴り合って相手のキーパーを
掠めてゴールに入れあう競技というくらいの、認識しかない私ですから、
所詮は「他人事ニュース」としてしか、聞いていませんでした。

それが昨日の昼間、家人が「今日は北朝鮮戦があるから見たいよな。」なんて
呟きます。
ニュースでも、選手達が4時間も空港に缶詰にされたとか流れていました。
そして、150人ものサポーターさんたちが観戦に行っているとも・・・


ここからが我が家の会話です。

私  「なんで、わざわざ北朝鮮にまで行って試合するの?」

家  「アジアで・・・・なんたらかんたら・・・」要はリーグ戦なので、
   自国で試合するのと、相手国でするのがある・・・みたいな話だった
   ような気がします。

私  「あのさ、なんで自国の人が何人も拉致されて、今も返してくれなくて、
    言いたい放題の国に、わざわざ試合に行かないといけないのよ。
    しかも、自分ところはお得意のマスゲームみたいな応援するくせに
    日本からはサポーターは150人。マスコミは一社だけなんて、ふざけた
    要求する国に、わざわざ行くわけよ?」

家  「だって、それが試合のルールなんだし・」

私  「国際社会のルールを守れない国が、なにがルールよ。日本人も日本人
    よね。自分のところの同胞が、人数判らんくらい拉致されていること
   知っていて、そんな国にわざわざスポーツ応援に行こうかって気がしれない。
   マスコミもアホみたいに、わあわあ騒いでばかりいて・・」

家  「でも、行かないと不戦敗になるんだよ。」

私  「別にいいじゃん。北朝鮮に抗議して試合に行かなくて不戦敗になった
    ってそれは決して不名誉なことじゃないと思うけどね。
   日頃は殊勝な顔して、拉致問題の街頭署名しているくせに、こんな時は
   マスコミと一緒になって、わあわあ騒いでいるなんて・・・私が横田めぐみ
   さんのお母さんなら、自分の国を信じられなくなるわね。」

家  「それは判るけど、選手だって戦わず負けるのは気の毒じゃない?」

私  「何が気の毒よ。選手が一生懸命なのは判るわよ。でもね。スポーツ選手で
    ある前に、人であるべきでしょ。人としての正義はどうなるの?
    もしも、横田めぐみさんや、他の拉致された方がこの試合見ていたら、
    きっと日本人は自分たちのこと忘れたと悲しく思うでしょうね。」


家  「国際的に決まったことだからね。」

私  「どこかのスポーツバカたちが集まって決めたのよね。スポーツに政治も
    国境もないなんて、空っぽのスローガン並べて。  
    そんなこと誰が本気で信じているのよ。オリンピックでさえ、政治色プン
    プンなのは、誰でも知ってることじゃない?
    だいたい、国際ルールも守れないあんな国を競技会に参加させることが
    間違いよ。」

家  「それは、北朝鮮の選手が気の毒じゃない?」

私  「もちろん気の毒よ。でもね。食糧援助してもお礼も言わず、庶民にも
    届かないって言われている国よ。人道的に生死に係わるから、それでも
    食糧援助はしなくてはいけないけど、国際スポーツ界からはオフリミット
    することはできるんじゃない?
    ましてや、あの国は、スポーツを国威掲揚に使っているんでしょ。
    そんなことに協力していいの?」


なんだか言い始めると、だんだん怒りがこみ上げてきて、家人の顔が、
スポーツ振興の代表のように見え始めました。

しかも、こんな話のあとでも、何事もなかったかのような顔して、北朝鮮戦を
楽しんでいるのです。・・・・・むかっ・・・


結局、北朝鮮にはO-1で負けましたね。
翌朝のニュースは、その話でもちきりでした。

私には、どうしてもこの展開が理解できません。
スポーツ選手であるよりも先に、人であり、日本国民であるというのは、
狭い考えなのでしょうか?

北朝鮮で試合をすることが決まったときに
「あんたのような、人さらいするような国では試合なんかしない。人としての
支援はするけど、国威掲揚に利用されるようなことは、絶対にしないよ。
いーよ。別に不戦敗でも。そんなことはちっとも恥じゃない。
正義が守られない国なんて、相手にするかよっ!」くらいの啖呵を切って(現実
的にはありえませんが・・笑)試合ボイコットするほうが、よっぽど
カッコイイと私などは思うのですが、それは違うのでしょうか?

今日、街中で「拉致問題の署名活動」を見かけたら、私は何を置いても
同意しょうと思います。
そして、一緒に署名しょうとする、家人の手を、思いっきり引っ叩くと
思います。
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by sala729 | 2011-11-16 11:07 | Comments(0)

今年になってなのか、それとも徐々にではあったのかは、定かではないのですが
気が付くと、相談者に男性の数が増えてきたような気がします。

もちろん、前々からそれほど男女格差があったわけではないのですが、現実に
電話を取っている身の、皮膚感覚で言えば、相談も、調査も男性が増えているような
気がします。

これが世相と言ってしまえば元も子もない話で「そうですね」で終わってしまう
のですが、この私が言ってしまえば、周囲から石礫が飛んできそうな話になるので
躊躇いながら、切り出しますが・・(ほんとうはそんなこと微塵も思っていません
が・・笑)女性のわがまま度が増大して、男性の女性化が進んだことが原因で
しょうか?


奥様の浮気調査をして、男との証拠写真をもとに、話合おうとする夫に投げかけた
妻の第一声が「なんて卑怯なの。それでも男!?」

これは、ないでしょ。しかも続けて
「私が悪いんじゃないわよ。あなたが家のこと何もしてくれなかったから
こんなことになったんじゃない?」
「私にどうしろって言うの?」
「夜出歩くな?。それは無理よ。私にも付き合いがある。」
「謝れって?。はいはい。ごめんなさい。」


これ、浮気妻を追求した時の現実の反応です。
そう、これっぽっちも「悪い」なんて思ってないのです。
すべて、相手のせい。自分が不倫したのも、ばれたのも、ぜーんぶ
相手のせいなのです。

もっとも、もともと不倫妻の反応としては、ありました。こーいうの。

でも、中には
「ごめんなさい。私が悪かったの。淋しかった・・」と、
嘘でも泣き濡れて、夫に詫びて、夫婦仲は元に納まったというパターンも
あったのですよ。何件かは・・。

それが、ここ最近、ちっとも見当たらない。
なんて言うか、「開き直り直り妻」が、増大しているような気がします。


夫婦の形は、その数だけあるというのは、この仕事をしている身には
よーく判っている真実ですが、意識の変化は確実に、夫婦の形を変えてきている
ようです。

ただ、夫であれ妻であれ、不倫をしていると、その一番の被害者は、子供で
あること、これは不変です。
父であり、母である以上、たとえ不倫の沼にどっぷり浸かっていても、その声
だけは聞き逃がして欲しくはありません。

どんな親でも、「大好きなママ」であることは、古今東西、変わりません。
私が鬼のような形相で子供を叱っていたら(いまでも、喧嘩するとき、そー
じゃん・・と、家人。バシッ!)今は亡き母が
「こんな鬼みたいなママでも、ママがいいのかねぇ。」と、小さな息子の
頭を撫でていたことを思い出します。

・・・え?・・・今ですか?

今は「仏のようなババ」になっていますよ(きっぱり)

・・・・・(んな、バカなっ。なってないっ。なってないっ・・・by家族一同)
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by sala729 | 2011-11-15 14:30 | Comments(0)

かねてから思っていたことなのですが、超個性的我が家(と、言っも
楳図かずお先生のお宅には遠く、及びもつきませんが・・)も、築20年。
老朽化も目立ってきました。

数年前に、外壁塗装工事で、パールグレーだった壁を、海の底のような「青」にして
ベランダ周りや、シヤッター周りを白にした時には、ご近所びっくり状態だった
らしいのですが、さすがに息子は長い付き合いです。

帰省しても、なんの反応もなく、もしかしたらこいつは色盲かと疑い、
「ね。どうよ?」と重ねて感想を聞くと
「いいんじゃない。うちらしくて。」
「驚かないの?」
「別に。もっと驚くことは沢山あったし・・」
これには、返す言葉が見つかりませんでした。。。


さてそんなことも人心地ついて、やはりお風呂に手をかけたくなりました。
我が家のお風呂は「落とし込み」というらしく、いわゆる「追い炊き」が
できません。
熱めの温度設定にしてはいるのですが、冬はやはり温度が下がりますし、
二人しかいないとはいえ、入浴タイムにはズレがありますから、後湯のとき
(殆どそれは家人なのですが)は、かなりの高温のお湯を入れなくてはならず
面倒このうえないのです。

もともとの風呂好きに加えて、ちびギャングがこれまた、「お風呂命っ子」
なので、長湯なのです。
しかも、最近の傾向として、ジャクジーや、バブルのお風呂にも、心惹かれており
私達は「お風呂の改築」に心が傾いていました。

そこに、じつにタイミングよく、我が家を建てた住宅会社からリフォームの
お誘いメールがきました。

そこで、実際に改築するにせよ、しないにせよ、どんなものか一度見てみようと
言うことになり、家人と二人で、出かけました。

名前さえ言えば、設計図もありますからと言われていたので、何ももたずに
行きました。
私たちの担当は、その住宅会社の社員さんと、その会社のエクステリアの担当
をしている会社(ようは子会社?)の、俳優の田辺誠一さんに似たお兄さん。
そして、カラーコーディネートは、一昔前のJALのスッチー(ふるっ・・)
みたいなスカーフの女性です。

いやはや面白いですね。
浴槽から壁、窓やドア、水栓からシャワーヘッドまで、ミニチュアセットがあって
カタログ見ながら、あれがいい、これがいいと言うたび、その色にして見せてくださる
のです。
嵌め込み式の積み木みたいなものです。

20年の月日の進歩は、すごいですね。
新築時には、お風呂場はユニットですからと、色と浴槽の大きさ選んで
はい。おしまい・・だったのが、ひとつひとつ、しかも壁に至っては、三面
違う色にすることもできるのです。

私達のことですから、意見は真っ二つに対立して、なかなか決まらないものを
なんとかすり合わせて、「こ~んなかんじ」という模型ができると、会社担当
さんが「それでは台所のほうを・・」

「へ?。いやいや、うちは台所はいいんです。料理しないし。」と、私。

「いや、オール電化ということは台所も含めてということですよ。」と、
さも当然そうな担当さん。

「うちは今、ガスなんですけど、ガスではできないの?」
「いや、できますけど、将来的なことを考えて、今みなさんオール電化と
いうことで、それなら台所も含めてと仰いますよ。」

じつは、我が家でも喧々諤々だったのです。
オール電化・・・もちろん家人は推進派。
私の友人のJ宅は、旦那様が〇立に勤務していますから、もうすっかり
オール電化です。

もちろん、私も、老いて火を使う危険を考えたら、電気かなと思ってはいたのです。

あの日までは・・・


そう、あの日です。3月11日。

あの原発事故以来の、電力会社の所業を見ていたら、これ以上、電力会社を
儲けさせるなんて考えられません。

ここで、明確にしておきますが、私は「原発推進派」でした。
不便を取るか、ないと言っている数万分の一の危険をとるかと、考えたとき
今更、不便に帰れないと思っていました。

しかし、事故発生以来、危険がないといい続けていたことは、大嘘であったことは
明白になり、隠して、隠して、隠し切れなくなった時、はじめて「じつは・・」と
真実を明かす、何十年か前の事故隠蔽体質は全く変わっていないことが判り、しかも
最後は開き直る・・・こんな会社を誰が儲けさせてやりたいと思うでしょう・・・

私は、今でも、原発のすべてを今すぐ全廃せよとは、思っていません。
原因の多くは、建屋の耐久性にあると思っていますから、まずはそれを
強化し、それから段階的に別のエネルギーに交換してゆくことが最善と思っています。

今のこの便利さを、手放したくはありません。
過激な脱原発を叫びながら、携帯片手に、PCにツィートして、電気自動車にのった
エコロジストは「ニセモノ」と、思っています。

そんな私でも、電気会社の専制と、政府をも虚仮にしているその会社体質には
反吐が出そうな思いなのです。


私は考えました。ここから先は、耄碌おババの夢物語ですから、事実と違うことが
多々あるかもしれませんが、そんなことはお気になさらず読み進んでくださいませ。



もしかしたら、この「オール電化」計画は政府と電力会社の深遠な陰謀ではないか・・
こうして、すべての民家がオール電化になった暁には、きっと
「みなさんが電気使いすぎて、電力がたりなくなりました。これを解消するには、
全住宅にソーラーパネルをつけていただいて、自家発電するしかありません。
それができないご家庭の電気基本料金は一ヶ月10万ほどになります。ご了承
ください」などというチラシが一枚、郵便受けに放り込まれて、終わり・・と
いうことになります。


そうなれば、ソーラー発電はそれぞれが自己負担で設置してくれますし、
みんながつければ、残った電気を電力会社が買いとることもありません。
みんな余るほどもっているのですから・・

そして、ソーラーパネル付けられない者たちは、言われたとおりの値上げに
異論をだしても、電気がこなけりゃそれでおしまいです。
なにしろ、お風呂も煮炊きもぜーんぶ、電気なしでないとできないように
なっているのでから。

こうして、電力会社は、安定供給先である大企業だけを相手に、自社をリストラして
一部の天下り役員と、政党イソギンチャクだけが甘い汁を吸うことになりました。。。


そんな片棒担ぐのはいやです。

そう思って思い返すと、約30年ほど前。。
我が家を建て替えたときのことです。
その10年前に購入した、建売住宅を壊して建て替えたのですが、それまでは
「ユノックス」という、電気給湯機を使っていました。
深夜料金でお安いというのと、安全。そして、アメリカのホームドラマにでて
くるような「捻ったらお湯のでる生活」それを満たしてくれそうな気がしました。

でも、現実は、冬の夜になると、その「湯量」が、深夜電気で溜め込んでいた
量では足りなくなるのです。
何度、寒い中を外に出て(お風呂の途中ですよ)バルブを開いたり、閉じたりした
ことでしょう。(もっとも、それは亡夫の仕事でしたけれど・・)

現実のこんな行為がいやで、新築時にわざわざガスにしたのに、またまた
「エコキュート」とか、可愛らしい言葉でお誘いになるなんて、性質の悪い
「浮気男」みたいじゃありませんか。





私がここまで言うので、オール電化推進派だった家人も、振り返って見るように
なったようです。
住宅会社さんにはなんの恨みもなく、むしろ、気持ちのいい営業さんたちと好感を
持っていますが、なんでも「エコ」と「オール電化」を薦めるのは止めて下さい。
あなたたちまで、嫌いになりそうです。

私達の改築熱が醒めたのではありません。
むしろ、お風呂に関しては、ボルテージ上がるばかりです。
でも、「オール電化」ということに関しては、醒めた自分がいることを、
実感しています。

さて、我が家はどうなっていくのでしょうか。。。
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by sala729 | 2011-11-09 15:09 | Comments(0)

さすがに今朝は「立冬」です。
行きがかり上とはいえ、午前6時は肌寒く、あの大っきらいな「冬」が
ひたひたと忍び寄ってくる気配を、しっかりと受け止めました。

前の日曜日の夜は、ちびギャングの4才のお誕生パーティでした。
本当はこの日ではないのですが、日曜日でないと、全員参加が難しいので、
この日に決定。
でも、「お祝い事」を、日延べするのはと、家人は最初不機嫌だったので、
来年からは、前日のお祝いということを決めました。
どちらにしても、たいしたことはないのですけれどもね。

ただ、我が家と婿殿家は、する事、為す事、悉く相反する家風で、それで
間に入った、子たちは右往左往しているようです。(はっはは~みんな
辿る道ぢゃ。せいぜい精進しなされよ。うわっはっはは~)

去年から、お誕生パーティはケーキをお願いしている、なじみのカフェに
決めていますから、もちろん今年もそこで18時集合。
その日は、お店で、クラッシック演奏会があって、それが終わってからですから
店員さんも大わらわですが、殆どの店員さんと顔見知りですから
その忙しさも、楽しんで眺めています。


1年たって、一番の変化はその「語彙」の多さですね。
良いに付け、悪いにつけ、本当に増えました。
幼稚園生活が始まると、ますます増えて、しかも「方言」がかなり混じって
きますから、もともとの在来種ではない家人などは、意味不明で目をシロクロと
言うこともあり、自分だけが判らぬ悔しさに人知れず泣いております。← それは
嘘ですが・・・

でも、悔しがっているのは確かなのです。
というのも、ちびギャングの方言は、私が聞いてもかなり「古い」
私の母親世代の使う方言もあって、これでは外来種に判るはずがありません。

ちなみに・・・「まけた」というのがその言葉なのですが、意味、お判りになる
方はいらっしゃいますか?(笑)「まける」と紐解くと・・・

負ける。巻ける。蒔ける。いろいろとありますが、これは「撒く」と同じ意味
なのです。でも、撒くは「撒き散らす」となってるのですが、方言の「まく」と
いうのは、撒き散らさなくても、「零す」「滴る」程度でも使うのですね。
このあたりの微妙なニュアンスがねどうも外来種には、判らないようです。

ま、本人は、佐賀弁、関西弁、広島弁、四国弁のバイリンガルだなどと、
訳の判らぬ自慢をしておりますが、要するに、ちびギャングの使う「方言」が
自分だけ理解不能であるという事実の前に、目の前が真っ暗になっております
そうな・・・(なぜか、日本昔話調・・ですな。)

そして、今、なんの意味もなく「まいた」「まいた」と、やたらに使い続けており
あまりのくどさに、私はヘキヘキしております。

ついでのことに、更にご披露しますと、3日には仕事先で派手な争いをいたしまして
激昂した私は、家人を田舎の無人駅に打ち棄てて帰りました。
駅前でおばあちゃんがご親切にも
「もう、汽車(田舎ではまだこう言います)ないで。車で待ってくれとるんやから
○○駅まで送ってもろうたらええが。」と、言ってくださったので、私もさすがに
「乗れば?」と、言ってみたのですが、依怙地になってか、「いや、最寄まで
歩きます」と、おばあちゃんに微笑んで歩き始めたのです。

私は、それを追いかけて、「ねぇ、乗ればぁ?」などと、もう一度お誘いするような
寛容さは、生憎と持ち合わせておりませんので、その横スレスレを思いっきり
噴かしてフルスピードで駆け抜けて行きました。

3時間遅れで帰った家人に聞くと、最寄り駅までの約10キロは、田舎道と、
トラック砂埃の国道を歩いたそうです。
「毎日一時間、ルームランナーの成果が見たかった」などと、まだ可愛げのない
言い訳するこの不届き者への、制裁はやはり「酒断ち」しかないようです。



さて、いつものように話が逸れましたので戻ります。

ちびギャングのお誕生日のメインは「ケーキ」です。
というのも、一年前から、ちびギャングには、こんなケーキを作ってほしいという
願いがあって、その写真をずっと持ち続けていたのです。


一昨年のお誕生日ケーキは「機関車トーマス」を、形から作ってもらいました。
丸でも四角でもないケーキに、大人の方が感嘆したものです。
そして昨年は、お店のオリジナルケーキにしたのですが、それが終わってすぐ
ある雑誌の表紙にあったイラストケーキが気に入って、それが欲しいと言い出した
そうです。


一ヶ月前、その表紙を持ってお店に行きました。
パテシェさんは変わっていましたが、優しそうな女性です。
「これなんですけど・・」

ケーキは螺旋状に三段になって、周りの斜め階段の横にはびっしりと
イチゴが貼り付けられています。

パテシェさんの第一声が
「あのう、これ全部苺ですよね?」
今の時期は苺が一番少ない時期なのだそうです。
「そうなんです。しかも、本人はすっぱいのはいやだと言ってますので・・」

パテシェさんはますます困った顔をしています。

「この段の間も苺ですか?」
「いや、それは他のフルーツも混ぜてください。いくらなんでも、三段全部
苺は・・・つまらないです。」

「そうですよねぇ。」

そんなやりとりがしばし続いて
「判りました。お引き受けします。」と、きっぱり。



そして当日
持ち込みOKの、シャンパンで乾杯したあと、お店の部長さんが「ケーキお持ち
していいですか?」と聞いてきました。
食事のあとかとも思ったのですが、早く見たいと思い、お願いすると・・


まるで絵本に出てくるケーキ屋さんのように、ケーキのお皿を持ったバテシェさんと
取り分け皿と、フォークをもった、ウェイトレスさん(これがまた可愛いのです)が
行列のように並んでやってきました。

みんなの第一声は「うぉ~おぉぉ」


いやはや、それは見事な「螺旋イチゴのお城ケーキ」(命名は私です)が、
現れました。
見るからに・、ずっしりと量感のある三段のケーキの側面はイチゴで覆われ、
階段の下には、顔のように目鼻をくり貫いたイチゴが点在。
なかにはチョコレートのふわふわ髪や、お下げのイチゴ顔もあります。
三段のてっぺんには、えっへんと威張っていそうな顔イチゴ。

部長さんの説明では、もっと高かったのだそうですが、時間と共に少しづつ
下がってくるとのことで、このままテーブルに飾っておくと、溶けてデロデロに
なるそうなのです。

「じゃ、もう切り分けていただきましょう。」と、あっさりと私。
もう一度、冷蔵庫に入れておいていただいて、食事のあとまた出してもらってと
いう家人。

「今、食べたい」と、言う私とちびギャング。

そして、当然、ケーキはその時に切り分けられることになりました。
その前に、みんな写真取り捲りです。
そしてまた、タイミングのよいことに、今年の私からのお誕生日プレゼントは
「デジカメ」。ですからちびギャングも思い切り、写真撮ってます。


それが終わって、取り分けのためケーキは退場します。

このケーキ、形だけでなく、お味もすばらしかったです。
イチゴのなんと甘いこと。後でお聞きすると、この日に合わせて、数を
仕入れるように手配していましたとのこと。

もともと、このお店のケーキが好きで、何十年来のご贔屓ですから、スポンジの
柔らかさと美味しさは、十分知っています。

みんな食事を忘れてパクパク。
家人も、シャンパン吞みながら、ケーキパクパク。もちろん娘も婿殿も、
言葉もなく、一心不乱に食べてます。

正直、このあとの食事はみんな霞んでしまうほどの、すばらしいケーキでした。


しかも、この話には後日談があり・・・


楽しい時間を終えて、残ったケーキを箱詰めにしていただき(残ったほうが断然
多いのですが・・)精算しょうと、レジに向かいました。
オーナーの奥様は、その時いらっしゃらなくて、部長さんは他のお客さんと
商談中でした。
若いウェイトレスの女の子がレシートを見て、一瞬不安気には見えました。
部長さんがケーキのスタンプカードを持ってきてくれ、女の子が精算して
「○○円です。」
私は、話しかけるちびギャングに気を取られながら、財布からお金を出して
レシートを・・・貰ったかどうかは忘れたのですが。。普段貰わないものですから・・

そして、駐車場で娘たちと別れ、帰途に着く途中、携帯が鳴りました。
見ると、先ほどのお店からです。
奥様から丁寧なお礼の電話と、しばらくおいて、とても言い憎そうに
「じつは、あのう、大変申し上げにくいことなのですが、こちらの粗相で、
ケーキのお代金をいただいておりません。申し訳ありません。アルバイトの女の子
なものですから。」

あらら・・・そう言えばなんだか安かったような気がする・・・
ケーキはオーダーなので、金額は私も知らなかったのです。
でも、長いお付き合いのお店ですし、かえってそんな電話をかけてくるのは
恥ずかしかっただろうなという気持ちさえわきます。

私の方も確認しなかったのも一因ですし、奥様の気持ちを推し量ると、
却って申し訳なく思います。

「いえいえ。私の方こそ、バタバタ精算して確かめませんでしたから、
申し訳なかったです。どうぞ、アルバイトさんをお叱りになりませんように・・」と
答えると
「ありがとうございます。そういって頂けると・・・」
そこで、はじめてケーキのお値段を知りました(笑)
もちろん、それでも感激が薄れることは、少しもありませんでしたよ。


結局、いつでもいいとは言われたのですが、翌日家人と二人でまたお店に
行きました。
モーニングサービスもやっているので、朝ごはんもかねてです。

まずレジに行くと、顔なじみのオールドウェイトレスが微笑んで待って
いてくれました。
「あのね。昨日・・」
「ええ。聞いてます。ごめんなさいねぇ。」
なんだか、近所のおばさんかお友達みたいな会話で始まります。

「でも、ケーキ、すっごく美味しかった。みんなもう感激ですよ。」
「私らも見てました。それでこんな赤いイチゴ、サンプルみたいやない?
って、パテシェに言ったら、いいえ、今の時期、これが一番甘いんですよって
言われたけど、ホントだった?」
「ホントですよ。とっても甘かった。形もサンプルよりずっと綺麗で白雪城
みたいでしたよ。」と、話をしているところに奥様が現れて、昨日は・・と
またまた謝辞。


結局、私の誕生日ケーキの予約もして、おみやげにマロンパイと、シフォンケーキも
いただいて、帰りましたが、なんとも楽しい一連の出来事でした。


美味しいものは、人を優しくするという言葉をどこかで聞いたような気がしますが
本当にそのとおりです。
どんなミスがあっても、美味しいものをいただいたあとなら、許容の範囲はかなり
広がります。

パテシェさんありがとう!・・・ですね。
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by sala729 | 2011-11-08 16:22 | Comments(2)