今日は、朝から「なでしこジャパン」の快挙で、日本中が一杯の感があります。

生来の「ウルトラスポーツ音痴」の、この私でさえ、天晴れと拍手したい心境になっているのですから
サポーターと呼ばれる人たちの熱狂は、さもありなん・・と、納得もするのです。



でも、そこではたと疑問に突き当たった、私は家人に「ねぇ、なんでサッカーは、ファンって言わないで
サポーターって言うの?」と素朴な質問をしてみました。

「うーん。よくは判らんけど、ファンは、サッカーのチームウェアを買ったり、小物買ったりして、
売上に貢献しているからじゃない?」

「ふーん。でも、ウェアなら野球ファンも買ってるわよね。みんなウェア来て球場行ってるし、
キーホルダーや、メガホンみたいのも買ってるし、どこに違いがあるの?
サポーターと言うからには、例えば月々1000円でも、10000円でも、自分のできる範囲のお金を
クラブチームの運営に使ってくれと、寄附するとかいう人のことだと思ってたんだけど・・」

「そう言われりゃそうかもね。でも、ま、サッカーのファンのことは、サポーターと言うのよ。」と
最後は投げやりな言葉。ようはどうでもいいってことなのね?

サッカーファンのこと「サポーター」というのはなぜなんでしょう?
こんな、今更的なことを質問するほうも方ですが、なにしろ疑問に思ったことは、解明されないと
どうにも我慢のできない性格なので、もし、ご愛読者さまで、こんな私にでも、かき口説いて教えてやろうと
いう、心やさしい方がいらっしゃいましたら、是非是非、ご教授下さりませ。




さて、時系列に話を戻しますと、昨夜、家人は今夜のサッカーのためと、早寝しました。

もっとも、アルコールの入った夜は(それは毎晩と置き換えても、決して間違いではないのですが
年に何回かは、そうでない時もあり、それを殊更に主張するのでこういう表現になっております)、
何もしなくても、そのまま寝入り、明け方5時頃起きてくるという、典型的「老人型生活パターン」に
入っておりますので、特別にこの夜のためということは、ないのです。


私はいつもよりやや遅めの午前1時半ころ、ベッドに入りました。
そして、ふと目覚めると、隣の家人はおりません。時計は見ていませんが、大体の感じで「ああ、
始まったのね」と、思いつつ、リビングのドアを開けると、家人がテレビの真ん前に座り込んで
声をあげています。・・・状況を知らない人が見たら、かなり異常。

今日は、阪神の試合がとても長引いて応援もへたへたと、言う割には睡眠で活力をしっかり
取り戻しています。やればやれるんじゃん。


普段は見過ごす私も、日本人ですもの。気になりますわよ。

そばに行くと、2-2で、なんとか言う日本の女の子が、レッドカード出されている処でした。
「勝ちそう?」
「いいとこよ。でも、今のレッドカードかぁ。やなかんじ。」

ということは、今まではいいムードだったのに、私が見たこの瞬間から、流れが変わった??


私の中で、前のオリンピックのあの、いやなシーンが蘇りました。
仕事から帰って、私がテレビつけた途端、あの、女子柔道の塚原真紀さんが、負けるはずのない相手に
コロンと転がされたシーンが・・・
あれから、私の見た競技は悉くメダルを逃し、私は「敗戦女王」なる汚名を着せられ、クラッシックベース
ボールのときは、お願いだから試合を見ないでくれとまで懇願された、筋金入り、負け女です。


ここは、日本国民として、個人の要望よりも、公共の福祉を優先させるべきと悟りました。


「私、もう寝るわ。」
「うんうん。そーして。」
家人も、きっと同じ気持ちであったのでしょう。安堵感一杯の弾んだ声が、私の心を逆なでしますが
ここは、日本人として、寛い心を持たなくてはなりません。


そして、一寝入りして、再びリビングへ。

「どーなった?」

「うん、寝てくれたおかげで、勝ったよ。優勝したぁ~。」

寝てくれたおかげでという言葉に、ひっかかりを覚えつつも、優勝とは、おめでたい。

「やったね。ネットで見てたら、なでしこジャパンの人たちって、経済的に大変みたいよね。仲居さんしたり
スーパーのレジしてたりしてるんだってね。」

「そうみたいだよ。男子はずっと恵まれてるよね。最後はPK戦だから、ほんといい試合だったよ。」

「PK戦って、あの順番に蹴りいれるあれ?。。日本の男子が肝心な時に、はずしたあれ?」

「そ、そーだけど、やな言い方するよね。」

「だって、恵まれた環境で、試合して外す男子と、苦労してきっちり決める女子となら、誰だって
女子応援したくなるわよ。」

「いや、そーいうことではないんだけど・・」

まだ、もの言いたげな家人を制して、あの冒頭のサポータってなに?・・・質問になるのですが、私の
中では、こんな経済的苦労して、試合に臨んだり練習してたりする女子チームを、こんなに熱狂的に
多くの人が応援しているのなら、せめて今回この、優勝のご祝儀に、みんながそれぞれ、できる範囲を
今後の運営の足しにと、御寄附してもいいんではないかと、思ったりしたのですが・・・



そして、日本のマスコミは、一斉に、自分だけがずっと応援してました的な報道を流し始めます。
そんなこと右へならえしてどーする?
選手のお母様や、監督の奥さまに、おためごかしのような、お追従言うくらいなら、番組で
スポンサー探しの企画ぐらい流してあげればどうよ?と、私などはつい、突っ込み入れたくなって
しまうのです。


お昼の番組に至っては、試合後、休む間もない現地の監督さんに電話を入れて
「監督、勝つとおもっていらっしゃいましたか?」と、聞いて
「勝つと思っていない監督がいるかっ。」と、返されてましたが、これは至極ごもっとも。

人のよさそうな司会者ではありますが、人のよさと頭のよさは、比例しないということが
よーく判ったシーンでしたね。



明日、なでしこジャパンのみなさんは、帰国されるそうですが、またまたマスコミが
砂糖に群がる蟻のように、取材合戦するのでしょうね。

マスコミに注目されることで、なでしこジャパンのみなさんの、選手活動が少しでもよくなるなら
それもよしと思って、耐えられるかもしれないとは思いますが、くれぐれも振り回されませんように・・

あなたたちの快挙は、普段スポーツには無縁のこんな田舎の相談員にさえ、楽しい時間をすごさせて
くださいました。

これまでの、道のりを思うと、これは決して一過性のものではないと、確信しています。

どうぞ、アホなマスコミに利用されたり、踊らされたりされませんうように・・

東日本大震災以来、愚かな首相と、自分のことしか考えない与党のおバカ加減と、救いのなさに
怒りを通り越して、げんなりしていた、私を含めた日本国民に、久々に心から喝采を叫べる快挙です。

ほんとうにおめでとう!!

ほんとうにありがとう!!
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by sala729 | 2011-07-18 18:15 | Comments(0)

最近は、私事の記事がメインになってしまい、相談員の仕事してないのではないか?
というお声を受け(・・いや、ホントは何も受けてはおりませんが・・)
今日は、本来の「相談員日記」に戻った一話を・・・なんだか講談師みたいな
始まりではありますが、そこは稚拙や表現をお許しください。




目の前に座る河野さん(41歳)は、見るからに真面目。
ちよっとくたびれたノーネクタイの白シャツに、思いっきり引き締めたベルト。
そこまでしなくても、薄い印象の河野さんは更に、細く、陽炎がゆらゆらと
立ち上るような印象を受けました。


結婚14年の奥様との間の二人の女の子には、バレエ、水泳、お習字、ピアノ
英語塾と通わせています。
30年ローンで購入した瀟洒な一戸建て住宅の庭は、手入れの行き届いた芝生が
刈り揃えられて、この家の主婦の細やかな性格がそのまま映し出されているようでした。


「妻は几帳面な性格で、家事も万全にこなしますし、今はパートですが、幼稚園の
先生をしています。ですから、何も疑ったことはなかったのですが、先日妻の
机の抽斗から去年のカレンダーが出てきたのです。

それ見ると、一ヶ月のうち5回くらいハートマークが付いた日があります。それ以外にも
□マークや、花○いろいろ付いてるんですね。もちろん私にはなんの覚えもない
ものばかりです。そして思い返したら、最近妻は毎晩のように出て行くのです。散歩とか
買い物とか、友達の相談とか言って・・子供が寝てから2~3時間くらい。」

「どこに行ったかお聞きにならないのですか?」

「え、ええ。私が寝ているときに帰ったり、聞いても、買い物って言ったでしょと、
本屋や雑貨屋の袋を持って帰るんです。」

本屋や、雑貨屋とはいえ、毎晩そんな夜遅くにひとりで行く必要があるでしょうか。


しかもねその頻度はますます上がるばかりで、河野さんは「これでも私のことが
好きなの?」と、奥さんに詰め寄られている気がすると言います。


「私と妻は、同じ目的で暮らしてきて、私にはなんの不満もないのです。でも、
妻は私に何の不満があったのでしょうか?」真面目なメガネの奥の目が、答えを
私に求めます。

「浮気というのは、相手の不満があるからするのではなくて、あくまでタイミング
なんですよね。不満があっても、相手と巡りあえなければ、浮気には進展しませんし
不満など何もなくても、ふとしたきっかけで、浮気に染まった奥さんやご主人を
私はやまほど知っています。

でも、毎晩というのはちょっと度を越えつつあるような気がします。もう、奥さんは
隠したくないというか、バレてもいいと心を決めたのかもしれませんね。」

こうなったら、浮気された方はもう為す術がありません。まずは自分の立場と
子供のことを守ることを考えることが先決です

家庭の主婦が浮気に走る場合、その多くが相手男性に引きずられて、
自分を見失っていることに、この仕事を長くしていると気づきます。

でもその見失った自分を取り戻したとき、夫が自分を許してくれるかどうかは
夫次第です。
そして、よくも悪くも、河野さんはその資格十分ありとお見受けいたしました。

浮気がバレて
「それでも私が好きなのっ?」と、詰め寄って、頷いた夫の胸に飛び込んで
いったなどと、ラブコメも真っ青な展開は、多いです。

それでも、そのあとの幸せが続くなら、それはそれでよし・・です。
私は彼らの親でみなければ、肉親でもありません。

でも、仕事の依頼者として、誠心誠意尽くすのみです。



彼女の浮気工作は、巧妙です。
たぶん、協力者もいると思います。(これもまま、あることですよ。)

証拠があがって彼女に詰め寄り、すべての言い訳が途絶えたとき、彼女が何を
言うか・・・楽しみでもあります。

「ごめんなさい」とうな垂れるのか、


「それでも、私が好きなのっ?」と、開き直るのか・・


仕事的には、ごめんなさいで、シャンシャンと終わることが望ましいのですが、
個人的レベルでは、開き直ったときの、河野さんの顔が見てみたいと思うのは
不謹慎でしょうか?
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by sala729 | 2011-07-14 14:45 | Comments(0)

「ここしかない」の謳い文句に、物欲神経を刺激され、一箱購入。
実は、生しらすも販売はしていたのですが、なにしろ帰りまでの時間が長い。
しかも、ちびギャングにも食べさせたいと思ったら、その時にそれが傷んでいるか
どうかは、あの頼りない娘の嗅覚を信じるしかないと考えたら、それはとても
恐ろしい冒険のような気がして、「蒸ししらす」に決めたのでした。



後日談として、これ昨夜いただきましたが、とても美味しかったです。
もちろん生とは食感も味も違いますが、釜揚げよりも、身の味が濃い気がします。
ちびギャングも、お茶碗一杯に広げたしらすを、頬張っている写真が届きました。


この生しらすのシーズンというのは今なのだそうですが、このしらすパークの技術で
なんと年中食べられるとかで、チャンスはまだまだありそうです。

私達のすぐ傍らの席で、40代前半と思えるお父さんと、小学3年生くらいの
男の子が二人で、しらすどんぶりを食べて、お母さんにおみやげと、パック入りの
シラスを手にレジに向かう姿はなかなか、幸福感のあふれて美しい風景でした。


さて、しらすパークをあとにして、私達が向かったのは「伊方原発」です。
初めは、昨日のうちに、場内案内と説明の予約を入れていたのですが、急に
私に仕事が入ってキャンセルしたので、この日は説明なし。自由見学です。

かなり前に私はここに来ているのですが、家人はもちろん始めて。
家人は、島根原発を見学したことはあるそうです。

碧い海を目の前に、真っ白い灯台風のビジターセンターに入ります。
昨日のニュースで、伊方の再稼動を見合わせたということを聞いていましたので
トラブルはないでしょうが、見学者なんているの???
と、思っていたのは私のあさはかで、小学生と思われる子たちが20人ばかり
来ていました。

そして、もちろんその父兄と思われる大人もいたりして、館内はなかなかの
ご盛況。
でも、予約していないとはいえ、館内案内の綺麗な受付おねーさんもいるし
もちろん予約したときは、それなりの方が説明してくださるのでしょうが、
こうしてフリーダムに訪れる人にも、少しくらいは説明してやろーかという気は
ないのでしようかね。
誰一人、関係者は現れませんでしたね。


こんな時です。
少しでも理解を得ようとするのが、企業のありかたかと思いますが、やはり
電力業界は「殿様商法」のようです。

それでも、屋上に設置された望遠鏡は無料ですし、こんな晴々した日は、九州まで
見えます。
ぐるりと回りを見回すと、失礼ながらこんな鄙びた里にしては、鉄筋の家屋が多いな
という印象を受けます。
これも、原発のおかげ?それとも、身を守るための防御???

この町は、漁業とみかん以外はこれといって、なにもないところです。
家業を継ぐ以外の若者たちが、ここで暮らすことは無理でしょう。
だからここが、雇用の場なのだから受け入れろと言っているのではありません。
現実に、ここで働く人の大部分は、電力会社やその下請け企業から来た人たちばかりで、
現地採用されているわけではありません。

でも、これが田舎の現実です。
ここがあるから潤っていることも、消せない事実です。

こうして見学に来ている子供たちが楽しげに歓声をあげている姿を見たら、なぜに
安全と原子力が共存できないのかと思ってしまいます。

確かに、3月11日以来、政府見解はウソばっかりで、それからのあまりの
体たらくは、もう言葉もありませんが、私には、そんなウソ発表に、多くの
エコロジストや、平和主義者や、母性原理主義の人たちが、踊らされているようにしか
見えないのです。


こんな片隅の私が言うのもなんですが、私には今回の福島原発の事故の最大原因は
その建屋の老朽化(もしくはボロさかげん)にあると思うのです。
だから、今政府が一番にしなければならないことは、今更のストレステストや、
「何ミリシーベルト検出しました」という、人を煽るだけの政府見解よりも、
まずは全国すべての原発の建屋の検査と補強ではないかと思うのです。

少なくとも、これで、今すぐにある地震から外的には守れます。


それをやってから、そもそも原発はいるかいらないかという原則論に入る
べきではないかと思うのです。

原発が安全でないなら、廃止もやむ得ないでしょう。
でも、代替案もなにもなしで次々と原発を停止して、それに携わる人やその
まわりの人たちの生活や、経済的負担はどこに置き去りにされるのです?

もっと極論を言うなら「自分や自分の子供たちさえ安全なら、他はどうなっても
いいということですか?」

原発反対もいいでしょう。
もともと反対していた方も多いでしょう。
誰も、もしもということを考えたら、自分の地域にあってほしいわけではありません。
でも、どこかといわれて、地域のこと、人のこと、田舎で生き延びることなどを
考えて、砂を噛むような思いで受け入れた地元もあります。

そしてその結果、快適で文化的な生活と、エコ環境な社会の実現などという
口当たりのよい「環境支持派」の人たちは増えました。
でも、その人たちは自分には被らないところで生活しているのです。

海は綺麗。空も抜けるように碧い。
そして周囲にはみかんの青い葉が揺れている。
とても綺麗な風景ですが、でもそれ以外は何もないのです。
ここがあるから、エコロジストさんたちはエアコンがほどよく聞いた会議室で
地球の二酸化炭素のことを考えていられたのです。

(もっとも、最近私は原発が電力の三割というのは、思い違いであったことを
知りましが・・)



最近、あまりの菅さんの不様ぶりと日本の政治に失望して、しかもこの上、電気まで
自由に使えなくなるくらいなら、生活費の安い外国を捜して、そこに移るために
今から頑張ろうかと思っていましたが、今は、太陽パネルで自分家の電気を100
%作ることができるなら、今からそれをして、誰にも文句も言われず、自分で作った
自分のための電気を思う存分使いきってやるのもいいかと思い返したりもします。


じつは、もう三十年も前に、ほんとに初期の太陽パネルを我が家もつけていました。
若くしてなんとか購入した建売住宅でしたが、その建築会社の社長さんの自宅が
目の前で
「あーー。折角いい瓦使ったのに、なんてことしてくれたんや。」と、嘆かれた
ことも今では楽しい思い出ですが、その当時の太陽パネルは不完全そのもので
雨が降って、蓄電できないとユノックス(確か当時はそんな名前の電気温水器だった
ような気がします)に、補充してもらわねばならないのですが、それがスムーズには
いかず、雨の日に限ってお風呂が中途半端な温度になるという最悪な環境で、これに
私がキレて、もう二度と使わないと宣言。

建て替えたときは、もちろんそんなこと心の片隅にも止めていませんでした。(笑)


でも、今は真剣に考えています。
自分で作って、自分で使い放題。これならどんなにジャブジャブ使っても、誰にも
なにも言われることはないでしょう。



そんなことを考えた、伊方の旅でした。

今は「反原発」でないと正義がないかのように、言われかねない状況ですが、こんな
時にこそ、そうではない方向から見てみたいと思うのが私の性分というもの
なのでしょうね。


今、こんなタイムリーに伊方の町を眺めて、自分が生まれて育った町と、
それまでのながーーい年月が、じんわりと心に沁みてくる・・のは
なぜでしょうね。


秋になって、このあたりがみかんの実で、橙色にあふれたらまた来ようと
心に決めました。

その時には、今この日本の原発行政は何か変わっていることでしょう。
どう変わるかは判りませんし、期待もできませんが、今よりも悪いことは
ないと思います。

やっぱり、私は日本の国で死にたいなぁ・・・・
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by sala729 | 2011-07-12 13:22 | Comments(0)

一夜明けたら・・・外にはやはり重苦しい霧が漂っています。

それにしても、ここは風が強い。ほんとに一晩中ガタゴトと吹き荒れています。
いや、もちろん部屋の中ですから、うるさくはないのですよ。でも、外の気配は
騒がしく感じます。

それでも、朝一番に、お風呂に入っていーきもちになった頃には、霧が晴れて
入り組んだ海岸線がくっきりと鮮やかに浮かび上がります。
まるで、グーグル地図を現物で見るような、地形の美しさに息を呑むばかりです。

係留中の漁船は、静かに漂って、浜辺に通したコンクリートの道を、網を荷台から
こぼれそうなほど積み上げた軽トラックが、向こうからやってきます。

まるで何十年か前の青春ドラマのワンシーンのような風景です。

着替えて下に下りると、朝は女将さんの他に二人、女性従業員さんが忙しげに
立ち働いています。
どうやら、今日は土曜日なので、お昼の団体客があるみたいで、その準備に
忙しいみたいです。

朝ごはんは、岬アジの干物に、じゃこ天、釜揚げしらす、子持ち昆布と、山菜煮、
固めの冷奴味付け海苔と温泉卵。そして味噌汁は、アサヒ蟹を豪快に真っ二つに割った
身入りというもの。


はい。文句なく美味しかったです。
固めのご飯も私好みですし、昨日の伊勢えびといい、今朝のアサヒ蟹といい、
ここの人たちは美味しいものを、美味しく食べることを知り尽くしているようです。

家人は三杯目を、しらすのために我慢し(後にこの判断が正しかったことが
証明されます・・なんておおげさですが。)後ろ髪引かれる思いで部屋に帰りました。

くだくだと帰り支度をして、精算を済ませ、車を出そうとすると、女将さんがお見送りの
ために、駐車場入り口にスタンバイしています。
お忙しいのでしょうに・・


窓をあけて「お世話になりました。」と言うと、大きく艶やかな八朔を二つ
「これここで採れるんですよ。」と、笑顔で下さるではありませんか。
「ありがとうございます。とても美味しかったので、また必ず来ます。」と
私も手を振ってご挨拶。

実際このあたりはビーチも多く、来年の海水浴はここかな・・と、思っています。

さて、ここまで来たならたいていの人は「佐田岬灯台」を見て帰ります。
ここからなら、車で10分。そのあと歩いて20分と書いてありました。
宿のバンフに・・

しかし、歩いて20分ということは帰りもそれだけの時間かかるということですよ。
この炎天下・・

しかも、じつは私の友人のお父様が、現役海上保安庁の職員だった頃、この灯台に
赴任したことがあったそうです。
当時はもちろん今よりももっともっと不便で、しかも灯台までの一本道にマムシが
うじゃうじゃいて(ホントにそう言ったのです。)長靴履いてないと危険なのよと
いう話をきいていたので、私は迷わずパス。

家人も、マムシうじゃうじゃに顔面蒼白で、首を横に振り続けます。

ということで・・・灯台はここから・・・は、見えませんでした。はい。



さて、車は一路、しらすパークへ・・・
もともと、今回の目的はここなんですから。

「佐田岬メロディライン」と名づけられた道を走りながら、なんでメロディライン?
と、思った途端外から

「みぃか~んの花がぁ~さぁいているぅぅ・・」というメロディが・・歌詞はありません
でした。私が歌ってみただけです。

しかしそれも二回繰り返して終わり。
「なーんだ。」という私に
「いやぁ。いいよ。これ。こーいうの好きだなぁ。」と家人。

そういえばかつて、大分の竹田城に、中秋の満月を見に行った時(着いた時、空は
白々と明け、白い月が空高くぼんやりと佇んでいた苦い思い出も甦りました。。)
近くの、滝廉太郎の生家跡も行ってみたのです。その時、家屋の隣に、歩いて通る
狭いトンネル状の道があってそこを通るたび「荒城の月」が流れるのです。
通るたびですから、面白くて何度も行ったり来たりしましたが、よく考えれば
周りのおうちは、ご迷惑だったことでしょう。
お休みの日の朝早くに、何度も何度もですからね。・・・そのせつは
大変申し訳ありませんでした。大人気ない私の愚かな行為をお許しください。


と、またまた寄り道した話を戻します。

狭い道を下に下ると浜辺に続く道にでて、その先に「しらすパーク」はあります。
目の前は、白砂のビーチです。
建物は新しく綺麗で、説明書によるとここの先代社長が生のしらすを
みなさんにお届けしたいと、特別な冷凍技術で実現したとかで、希望すれば
工場見学もできます。


もちろん、私はそれをパスして二階のレストランへ。
メニュー・・ったってしらす・・ばっかり・・です(^^)
私は、もしものこと考えて(もしも生しらすがまずかったら嫌ですもの)生しらすと
釜揚げシラスといくらの三色どんぶりご膳。これに、たらば蟹のてんぷらと、シラスと
三つ葉など青野菜の搔き揚げが付きます。そして上品なお吸い物も。

家人は、生しらすどんぶりご膳。お椀いっぱいの透明生しらす・・・


どんぶりの他に小鉢にも生しらすが・・それには生姜醤油をかけてパクっ。
お!・・・おぉぉぉぉ

なんと表現しましょうか・・この食感。
プチプチではないのです。そんな弾力はない。でも、ぶちぶち切れるかというと
そーでもない。細くて短い、絶妙な茹で加減の、冷麦の感覚に、のれそれの
魚感と、清涼感のある歯ごたえ。

いやぁ失礼しました。
もしもなどと考えた私があさはかでした。

生しらす・・いけますっ。美味しいです。それも、とびっきり。

私はきっちり生しらす分を食べて、釜揚げといくら分は、気持ちのままに・・(笑)
家人のどんぶりには米粒ひとつ残っていません。
「朝、三杯目我慢してせーかい。」と、自己満足の微笑み。



もちろん、一階ではお土産も売っています。
そこで目にしたのが「蒸ししらす」これはここでしかありません。
そー言われれば、これ買うしかないっしょ。ここにしかない。今しかないに
弱いんですねぇ。。
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by sala729 | 2011-07-11 17:58 | Comments(0)

もうと言うか、やっとと言うか「梅雨」があけました。
九州・四国を皮切りに、日本中が次々と、梅雨明け宣言しています。


さあ、夏がやってきました。くらくらとめまいのするような、強烈な暑さこそが「夏」そのもの。



少し前に、テレビで「生しらす」の丼を、タレントさんが美味しそうに食べているのを、たまたま
目にして(実はその時出ていた、柳原可奈子さんのこと、私好きなんです。一緒に出ていた、まいう~さんは
いらなかったですけどね。笑)・・・とても食べたくなっちゃったんですねぇ。(笑)


瀬戸内に生まれ育ったとはいえ、生のしらすというのは、今まで食べたことがありません。
釜揚げと言われる茹でた白濁色のものは、スーパーにも置いていますし、乾かしたものは「ちりめん」と
呼ばれて、カルシュウム補強の骨せんべい代わりに、子供のおやつにしたりもしていました。

もちろん、瀬戸内の子ですから「生しらす」なるものがあることは知っていましたが、しらすは釜揚げで
食べるものと思い込んでいたところがあるのも事実です。

それが、あの柳原可奈子ちゃんが、実に幸せそうに美味しそうに、食べているのを見ると、俄然食べたく
なりました。
透明の体にはっきり主張した目玉。
高知の「どろめ」に、姿形は似ていますが、ずっとこぶりです。
どろめは確か、ウナギの稚魚でしたか・・。しらすは、カタクチイワシの子です。




そう思い込んだら、我慢できないのがこの「私」です。
四国のどこで生しらすが食べられるか検索すると(ほんとに便利な世の中になったものです)、愛媛県の
最西端。伊方町というところで「しらすパーク」という、世にも判りやすいネーミングのお店があることが
判明いたしました。


そう・・あの「伊方町」です。
なんというタイミング。なんという偶然・・・この時期に、しかも予定は、9日。
四国唯一の原子力発電所であり、この10日には再稼働するかどうか、地元協議の上回答すると、ニュースで
何度も流れていました。



しかし、ここから伊方までは5時間近くかかります。日帰りは老体二人にはちと辛い・・・

と、いうことで、前々から気になっていた、四国最西端の民宿「大岩」さんにお世話になることに
しました。
ここは,豊後水道のこちら側で「岬のアジ」「岬のサバ」と呼ばれ、向こう側では、「関アジ」「関サバ」と呼ばれる
あのブランド魚たちがメイン料理に出てくるという、噂の料理民宿です。



その日は、仕事がらみで少し遅くなったのですが、西へ西へと進むと、右手に巨大な風車が林立して
見え始めます。梅雨明けとはいえ、曇った空の下、風はかなり強く吹いていますが、巨大な風車は
ゆっくりと、両腕を回転させているかのような動きです。

道はだんだん細くなり、地図をごらんになればよく判りますが、伊方町から西は、佐田岬半島と言って
細く、細くなっていきます。
それにつれて、濃い霧が立ち込めて、夕方というのに、ライトが必要になっています。

集落と山道を越えるたびに、視界の向こうに切り立った岩肌とその下にへばりつくような家々が
点在して、まるで「新・日本紀行」見ているみたいです。

佐賀関と三崎を結ぶフェリー乗り場を越えること20分・・・やっと最後の集落が見えてきました。
三崎漁港の出入り口にたたずむ6階建てのビル(・・・ちょっとオーバーです)
そこが「大岩」さんでした。


今夜は三組だけとかで、女将さん一人が応対してくれましたが、お風呂も自由。食事もいつでもどーぞと
私好み。
それに、お風呂というのが男性5階、女性6階にあって、正面ガラスのジェットバスなんです。
だぁれもいない浴槽にひとり、浸かりきるし・あ・わ・せ・・・


ゆったりお風呂を終えたら、一階に下りて、さあ食事です。
お部屋はなんと「たこの間」・・・ちなみに泊り部屋は4階の「ひらまさの間」


二人きりなのに、座卓を二つ並べてその向かい合わせにセッティングされています。

真ん中には、ガス器具が用意され、傍らには、アワビ、さざえ、緋扇貝、大あさり、これがゴロゴロ
(これ冗談じゃなくホントです。アワビもさざえも、それぞれ4~5個くらいあるのです。)

手前には、もちろんお刺身。アジ、カンパチ。ヒラマサ。鯛。雲丹。
小さなイワシみたいな魚の三杯酢。大根とニンジンの酢のもの。鱶の酢味噌和え。ひじきの煮物。
ところてん。名前聞き忘れた大きな魚の切り身と田舎豆腐の煮物。そして小鍋は、白みそ仕立ての、
イセエビの味噌汁。こぶりですが一匹入ってました。

デザートはネーブルオレンジ。

家人は、当然ビールやら冷酒やらを、この世の極楽とばかりに飲み干し、私は女将さんから差し入れの
梅ジュースの美味しさに酔い、この上まだ、アジのお刺身追加注文して、もうヘロヘロ。

じつは、家人は「関サバ」をお目当てに来たのですが、今日は霧が濃くて、漁ができなかったと聞いて
残念っ!!
ここでもお話しましたが、私は生まれてこのかた「サバ」を食べたことがありません。
そうすると、もうどうあっても食べられないのです。匂いもだめ。視覚もだめ。
当然、我が家の食卓にサバが乗せられることはありません。


ですから、家人はこの日のこの機会を指折り数えてまっていたのです。
しかし・・神はなんと非情。なんと、楽しい行為~


こうして、家人の目論見は淡くも砕け散ったわけですが、それにしても、さすが「岬アジ」それは、それは、
おいしゅうございました。
失礼ながら、民宿ですから、綺麗な飾りや、芸術的盛り付けはありませんが、なにしろ素材が美味しく
また、それがふんだんに盛られている。


食事を終えて、部屋に帰ったら家人は、パタンとばかり、高いびき・・・(うるさいっ!)

私は、少しして、もう一度お風呂に・・・
先客一人と入れ違って、やっぱり一人入浴・・あぁぁし・あ・わ・せ


そして、私も深い眠りに落ちたのでした・・・・
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by sala729 | 2011-07-10 21:46 | Comments(0)

この暑さの中「デンデラ」を見に行ってきました。

上映が始まってから、もう時間がたっているので、一日二回上映ということも
あってか、はたまた男女、年齢問わず1000円という料金の、成果か、なんと
ほぼ満席というご盛況ぶりにはびっくりです。


前から三分の一くらいの場所に陣取ったのは、あの二宮クンの「大奥」以来。
ただ、今回は振り返った家人が「うわぁ、みんなデンデラに出演できそうな
人ばっかり・・」と、ほざいて周りから、思いっきり白い目で見られていたのは
ご愛嬌というえ、自業自得というものでしょう。


もちろん、原作はとっくに読んでいますから、ストーリーは判っています。
雪山シーンばっかりだから、こんな暑い日にはぴったりと言ったのも私です。
でも、本当はこの原作そう好きではありません。

映画の謳い文句は「楢山節考」に続きがあったというらしいのですが、
まぁそれもあたらずとも遠からじ・・とは思いますが・・


私的にはこの「楢山節考」と、村田喜代子さんの「蕨野行」に、「熊嵐」を
まぶしたような作品という印象でした。


それでも、見に行こうと思ったのは、そのキャスティング。
かつて、スクリーンにカサブランカのように咲き誇った、浅丘ルリ子さん。
道端のすみれのように清らかな印象の山本陽子さん。
何やっても、その貫禄で自分色に染め上げる草笛光子さん。
そして、不思議な存在感の倍賞美津子さん。

そのあと、エンディングロールで、結構名だたる女優さんたちが、出ているので
びっくりしました。


彼女らが、ノーメイク(いや、年寄りメイクで)薄汚いというか、ボロボロの
衣類を身にまとって、訛ばかりの言葉を喋りながら、雪の山を転がり落ち、
熊と戦い、身を千切られ、70歳以上の女ばかりの、コミニュティを作る・・
と、なればどんなものか見たくもなるでしょう・・私たち世代としては。



私が子供時代、あの浅丘ルリ子さんは、まさしく生きたバービー人形でした。
(当時はまだリカちゃん人形はありませんでした。)
小さな顔に、くっきりでた頬骨とその上の、まるで漫画の主人公のような
黒くて大きな瞳・・のちにそれがアイラインの魔術と判りますが当時の子供には
そんなこと思いもよりませんでした。

そしてその折れそうなほど細いウェストを、石原裕次郎さんや、小林旭さんは
ひょいと抱き寄せて、いとも軽々と抱きあげていく姿は、夢見る小学生のあこがれ
でした。
(へぇ~そんな時代もあったのか・・と、家人。当たり前でしょっ。生まれた時から
このままであるはずないでしょうがっ!。)


本気で、浅丘ルリ子さんは、トイレにも行かず、オナラなんてするはずがないと
信じていました。
これは、のちに林真理子さんが「RURIKO」でも書いていましたが、まさに
その通りです。

私は、当時、浅丘ルリ子さんは、小林旭さんと結婚するとばかり思っていましたが、
小林旭さんが、美空ひばりさんと結婚すると知った時、幼心に芸能界の力関係を
感じたものでしたが、のちにやはり「RURIKO」を読んで、その時の
浅丘ルリ子さんの心情が理解できました。(余計なことですが。。。)


ともかく、浅丘ルリ子さんという女優さんが、すっぴんでしかも田舎の老婆の
役をするということに、多大な興味を覚え見に行くことにしたのです。

もっともつい先だって「ジーンワルツ」で、老婆を演じ、あれも鬼気迫るものが
ありましたが、あれはまだ、知性と美貌の残る老女医という設定ですから、
今回とは根本が違います。


やっぱり女優さんですね。いや、立派です。
ちりめん皺なんてもんじゃないくっきり皺を惜しげもなく目元に入れて、
なんと最初から、放尿シーンまで見せて・・私の「ルリ子像」を、粉々に
してくれます。

草笛光子さんは、さすがに大貫禄、長いどてら状のものを着て出てきたり
雪崩に向かって両手を挙げるシーンなんて、まるで「十戒」のチャールトン・
ヘストンかと思いましたわ。

それで言うなら、倍賞美津子さんは、チャールズブロンソンみたいで、格好
よかったですね。
あれ、この映画で一番「美味しい役」ですよね。家人が「さすが、猪木の元
女房」と、訳のわからない感心の仕方をしていましたが・・。


ルリ子様に戻りますが、最初、息子に背負われて足をぶらぶらさせながら
捨てられ場所に行くシーンでは、本当にちっちゃな足で、昔を彷彿とさせましたが
そのあとが、例の放尿シーン。思わず目を覆っちゃいました。


そして、熊との戦いではなんと、尖った木切れを熊の右目に刺しこんじゃったり
するのです。
ぼうぼうと伸びた髪を石で、すりきりながら、短髪にしたルリ子様は、確かに
前より若返っている(笑)
白髪も少なくなっているし、足元もすっくとしっかり立っている。


おお!環境が変えたのかっ・・・・


ラストシーンは、原作とは少し違うのですが、あれはあれでよしかなとも思います。

家人は、熊が出てきてからは、コメディかと思ったなどと言いますが、私は
違う映画の見方をする楽しみが増えたような気がします。

ラストシーン近くで、顔を真っ黒にした、浅丘ルリ子さんと山本陽子さんが
にやっと笑いあうところがあるのですが、日活アクション全盛期を知っている
身にすれば、これはこれでとても楽しい。

ただひとつ、とても残念だったのは、初めは爪の中も真っ黒で、違和感なかった
のですが、最期になると、爪がとても綺麗な形で白く伸びているのです。
爪を切るなんてことはできないにせよ、あんな野生生活で、先が尖って
白くなっているなんてことは、あまりにリアリティ無視。


でも、映画が終わって、外に出てきたときは、確実に少し涼しくなっていると
感じたと、私が言うと
「そりゃあもう日が落ちてるもの。」と、情緒のないこと言うのです私の
パートナーは・・・
今夜の、だし巻き卵の中に小石のひとつでも入れてやろうかなと、秘かに心に
決めた私です。
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by sala729 | 2011-07-05 16:52 | Comments(2)

日曜日に、ちびギャングと家人と三人で、鳴門の海に行ってきました。

ちびギャングは二年前に「海デビュー」を果たした処ですが、そんなことは
当然覚えているはずもなく、今度、小豆島に行くから(柏島が小豆島に変更に
なりました。私の一存で・・笑)その、練習と謀って連れ出しました。

小雨の中迎えに行くと、行く気満々で楽しみにしている様子は十分窺えます。
後部座席に私と二人乗り込んで、いざ出発。

行きがけに、ホンダに寄って、限定トミカを一個ゲットはご愛嬌(あとで
ママに、むやみに買うなと大目玉くらっちゃいました・・)
高速でもご機嫌で、いろんな替え歌歌い続けています。

フロントガラスを思い出したように叩く雨粒には、「雨やだねぇ~」と、
生意気なこと言ってます。

それが海に着くと、ウソのような晴天。
しかも、午前中の雨模様が幸いしてか、ビーチの人影はまばら・・・
一台観光バスが、京阪神地方の子供会の海水浴に停車していましたが、浜辺の
広さに、子供会は点在・・・点・・点・・点


ちびギャングは、ハワイアンな海水パンツ(去年までのグレコローマンは
卒業しました)にタンクトップシャツ。
基本的に怖がりですから、恐る恐る波打ち際に近寄って生きます。

私は、さすがに水着というのも、あまりに世間に憚れるかと思い、今日は
ストレッチの効いた、パンツというかスパッツというか・・ともかく裾を
恥ずかしげもなく膝上までたくし上げ、お殿様に下賜づく下僕のように、
従います。


少し慣れると、もう平気で波に向かっていきます。

鳴門の海のいいところは、砂がとても柔らかくやさしいことです。
黒い色をしていますので、好き好きはあるようですが、私はこの細やかな
砂質が好きです。

瀬戸内の海に囲まれて、生まれ育ちましたので子供時代からいろんな浜辺に
行ってますが、島の浜辺は案外、砂が粗いのです。中には小石ぐらいの浜も
あって、裸足では痛くて、火傷しそうな体験したことも何度もありました。

また、そういうところは、サンダルで歩いても、足とサンダルの間に入った
小石みたいな砂が痛くて、歩くにも不便なのです。

ところが、砂がさらさらと細やかなら、裸足はもちろん、サンダルの間に
嵌っても、なんの支障もありません。



ちびギャングは、濡れた砂を両手一杯に掴んで、家人を追い掛け回します。
きゃあきやあと声を上げて、逃げる家人。追うちびギャング。
海と空と・・・なんだか30年位前にタイムスリップしたみたいです。

しばらくすると小学校高学年と思われる三人のおにーちゃんがテトラポットから
泳いでやってきました。
どうやら、少し沖にでると、クラゲがいるらしいです。


波打ち際を歩いていると、死んだ蟹がゆらゆらと漂っています。
その隣を・・・・あら・・クラゲ

なんと手のひらの一回りぐらい大きなクラゲが、海にその半透明の体を
くゆらせているではありませんか。
ちびギャングも覗き込みますが、なにせ怖がり。
しかも、相手はクラゲですから、刺されるといやですしね。

そうしていると、家人がやってきて「死んでるよ。これ」と、言って
足で器用に、浜辺にクラゲを掬い上げます。

砂にぺったりとついた、「寒天ゼリー」様のクラゲに、ちびギャングは
興味シンシンです。
「これ死んでる?死んでる?」と、何度も確認して、それまで手にして
遊んでいた発泡スチロールの欠片で、クラゲをツンツンしてみます。

「これ、今は死んでるけど、海の中でゆらゆらしているときは、触っちゃ
ダメよ。刺された痛いからね。」
真剣な顔して頷いているところを見ると、言ったことは判ったということか・・。



昇天クラゲさんには、申し訳ないのですが、それからちびギャングは、ひっくり
返したり、そっと指で触れたり、もうしたい放題。触りたい放題。
いい経験になりました。

岩場のフナムシに悲鳴をあげるかと思えば、案外クールにやりすごしたり
ほんとに、日々成長しているものです。


一時間ほど遊んだでしょうか。おなかすいたねと、海を切り上げることにしました。
車まで、家人が発泡スチロールに真水を汲んできて、私とちびギャングはそこで足を
洗い、ちびはお尻も洗い、着替えたらお昼ご飯です。

海岸沿いには、かつてちびギャングのママも、子供時代によく行ったリゾート
ホテルがあり、二階のメインダイニングに行くと、なんと満席。

並んで待てない私は、次に行こうかとしたのですが、ちびギャングは
「待とうよ。ね、待つよ。」と、私を止めるのです。

待つって・・・こんな小さな子が、ご飯食べるにのに待つって言うのって・・
どーなんでしょうね。
なんだか、小さく収まってしまっているような、今時は子連れでいくような
処はどこも待つのが当たり前になっているのか・・

ともかく、それをなだめすかして、待つのがいやな私は、一階のラウンジへ。


窓際は、一面が海。海。海
モーターボートに牽引されたバナナボートが横切り、ちびギャングは目を
輝かせて大喜び。

自分のオーダーはちゃんと自分で食べようとするし、欲しい物は欲しいと
言い、私のパンにバターを塗り、自分のオーダーを「お味見」しょうとする
家人に「いいよ。食べて。」などと、大人びたことを言い、シェアすることを
教えると、さっそくにそれに慣れ、自分のものを食べさせてくれようとしたり、
本当に子供の成長は早いです。


途中で、娘に電話を入れてちびに変わると
「あのね。海で遊んでたけど、みんなお腹すいたから、ご飯たべにホテル
来たの。いーちゃんは、車置いてくるから、あーちゃんと二人で待ってるの。」と
ちゃんと状況説明もできています。


帰りには七夕の短冊にお願い事ならぬ、自分の名前をでかでかと書き記し(
ただし、慣れないと読みづらいのが難点ではありますが・・)
帰りの車の中では、ポテン・・とばかりにお昼寝タイムに入っちゃいました。
途中のSAで、私達お奨めの「三盆白のソフトクリーム」も食べず、そのまま
自宅まで寝たままでした。


やはり、幼稚園の力は偉大です。
日々、成長しているとはいえ、こんなステップアップは、やはり先生方の
忍耐と愛情の賜物でしょう。
一人で食べ、一人でおしっこもでき、したいこと、したくないことを自分で
言え、自分の気持ちを言葉で伝えられる。

本当に「人間」になってきています。
いやいや、動物の子というのではなく、人としての知識やマナーを少しづつ
会得しているというか・・

本当の人間になるには、このあとには、躾という大きな壁が待っていますが、
いつまでも、この素直なままの心で受け止めて欲しいと思います。



それにしても、
食事中、小豆島の話になって
「S(息子の名)ちゃんも行くからね」と言うと
目を輝かせて、歓声をあげていましたが
「あとは、ママといーちゃんとあーちゃんね。パパはお仕事なんだって。」と
言うと、急に黙りこくってしまいました。

「SOちゃんが、パパのこと誘ってみる?」と、言っても何も言いません。



このときのことを、後で家人が言うには
私達と婿殿との微妙な関係を、ちびギャングは敏感に感じていると思うと言うのです。
私達はなるべく、ちびギャングの前では、そういうことは話題にしないと心がけては
いるのですが、なにしろ私は年甲斐もなくまだまだ未熟者ですから、なんとなく
察していたかもしれません。

そうだとしたら、可哀想なことをしたものです。

このときばかりは、「大人気ない自分」をふかーく反省いたしました。
もう、決して、ちびギャングに気取られるようなことはすまい。言いまいと
誓いました。

・・・と、いいながら前回は、あの「蛾」発言を根に持って、みなさまに
ご協力仰いだりしたのも、他ならぬ私ですけどね(笑)
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by sala729 | 2011-07-05 13:58 | Comments(0)

さて、皆様。

ブログ画面右上の写真が変わっているのがお目に留まりましたか?
じつは、これ先日「リベンジ」とタイトルした私のブログを見てくださった、長年の
ブログ友(あちらはご迷惑かもしれませんが、私は勝手にそう呼ばせていただいて
おります。笑)「一銭五厘」様から、蝶も蛾も、すべてが羽を広げて止まるわけでも
畳んで止まるわけでもないという、暖かいコメントをいただいたものですから、
私の中のもう一人の「私」が、そーよねぇ!・・・と、激しく同意いたしまして
ここに、一枚だけ残っていた、写メをアップすることになったのです。

・・・しっこい・・ええ、いーですとも。
しっこいですわよ。結構ですよ。しっこくて・・私はこの「執念」で今まで
生きてきたのですもの、今更、誰に何言われようとへーきですっ。


しもかく、まぁ一見してくださいませ。
これは、ほんとに「蛾」ですか?


いくら、しっこい性格とはいえ、私の内にも、もちろんささやかですが、良心とか
包容力とかも、残ってはおります。
皆様が、「蛾」というなら、今度という今度は、認めましょう。
すっぱり認めて・・・でも、婿殿に言いませんよ。黙って胸に収めておきます。

で、「蝶」ならどーするって??

もちろん、この結果を叩きつけてやりますわよっ。ほっほほ~


ほーんと、やな性格だよねぇ。陰険。わがまま。横暴と、横からいろんな
声が飛んできています。・・・が、言わば言え。君たちよ。
我は我の道を行くのみぞ。(← そんない威張れる道ではないような・・と、
またまた家人がトラの尻尾を踏みました。バキッ!!)


ということで、この項は、番外編ということで・・(^^)
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by sala729 | 2011-07-05 12:01 | Comments(2)

行きつ戻りつしながら、確実に季節は盛夏にまっしぐら・・・という
かんじですね。

今年も、もう半分が終わったというものの、今年の前半は、本当に激動の日々
でした。
この年になると、もう何回かはこんな時期を経験はしているのですが、こんな時は
時間が進むのが遅い。とても、遅い・・
もう、何年もたったような気がしているのは、いい兆候? 悪い知らせ?

それでも、自分のペースで仕事をこなしていけるというのは、有難いことです。


さきほど、電話口で、ちびギャングに
「ママとあーちゃんと、どっちが好き?」なんてバカなこと聞いて、即座に
「ママ。」と、答えられたときの、あの割り切れなさに、自らの未熟をしみじみと
感じました。


かつて、私の母が、私の息子や娘に
「あんな鬼みたいなママでも、ママがえーのか?」と、子供相手にムキになっている
のを見て、冷ややかに笑っていた自分を今、反省しています。

たしかに、自分のほうが「この子」を愛しているし、捧げてもいるのに、それでも
母親には勝てないこの「ジレンマ」
私はこれを、娘に気弱なぶつけますが、人一倍気の強い娘を持った私の母は、さぞかし
持って行き場のない怒りを、自らで鎮めていたことでしょう。

そう思うと、若き頃の言葉と所作の残酷さに、赤面する思いもします。
「若気の至り」とは、こういう時に使うのでしょう。




はい。はい。結構ですよ。
そーですよね。ママが一番。じょーとうです。(子供相手に大人気ないと、家人は
言いますが、もう三才。マジで勝負するところはしますよ。)

悔しいけれど、どんなに頑張ってみても、逆立ちしてみても「親」にはなれない
私達です。
もしも、何かで決裂してしまったら、もう二度と逢えないかもしれないと、私は
常々思っています。


家人は、大げさなと笑いますが、私がどんなに物足りなく思っても、甲斐ないと
罵っても、ちびギャングの親は、娘と婿殿であることは、間違いありません。


とても、大切な大切な宝物なんだけど、所有権は別にあって、あこぎな所有者が
それを貸してくれることはあっても、決して売ってはくれない・・・そんな
かんじですかね。


ても、だからと言って、彼らに媚びるなんてことは絶対にできない私です。
この、不思議な感情を「嫉妬」と、呼ぶのでしょうか。(照)
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by sala729 | 2011-07-02 15:13 | Comments(0)