実質的には、今日が今年最期の出社です。
そして、来年早々に、私は私の道を行くことになります。

この年まで生きていると、本当に人生は「輪廻」だなと、しみじみ感じます。
いいことも、悪いことも、悲しみも喜びも、来ては帰す波のように、順番に訪れて
そして去っていきます。

しかし、波打ち際の美しさは変わらないのですよねぇ。
どんな大きな波が打ち寄せようと、大嵐が過ぎ去ろうと、自分の世界は変わらない。
自分が自分であり続ける努力を、捨てさえしなければ変わらない。

ゴジラと同時代を生きてきた、これまでの私に対するこれが自分評価です。

とてもスリリングで、綱渡りみたいな時もあるのだけれど、それはそれでその危機感が
たまらない・・・っていうのは、俗にいうM体質というやつでしょうかね?(笑)



さて、明日と明後日は、京都に参ります。
昨日からの寒波を考えると、チト心もひるみますが、京都は寒くてナンボ。
今から15年位前は、年末年始は京都と決めていました。
だって、元旦からお店が開いてるなんて、京都ぐらいだったんですもの。その当時は。
一度、急に蟹が食べたいと、亡夫が言い出して、年末に金沢に行って、エライ目に
あいました。


金沢も十分、古都ですから、年末年始は、お店というお店は、全部お休みなんです。
蟹が食べたいったって、料亭も、割烹も、蟹専門店も開いてない・・・
何度か通ったことのある、和菓子屋さんのご主人が気の毒がってくださって、電話で
予約いれてくださった、料亭は、小さな川に竹の橋がかかって、雪を被った前栽が
とても綺麗な、お座敷でしたが・・・・「市場がお休みなんて、蟹はないんですぅ」と
言葉は気の毒げには聞こえますが、目は明らかに「そんなことも知らんのか」という
風情でした。・・・・田舎者の僻みかもしれませんが(笑)

子供たちは、初めて入った料亭に、興味しんしん、目を輝かせておりましたが、
お目当ての蟹もないのに、四人でいくら??・・・と、皮算用して、お料理の味も
形も、殆ど記憶にない思い出というのも・・・何なんですかね。(笑)


夫亡き後は、最近でこそ、よくあちこち行きますが、当時はまとまったお休みが取れると
いうこともなく、たいていが近場の温泉で家族みんなで、年越し・・というパターン
でした。
しかし、息子がデパート勤務になってからは、お正月に帰省ということは、有り得ませんし
娘も嫁ぐと、家人と二人になって、とても身軽になりました。

それからは、沖縄、琵琶湖、などを巡っていましたが、今年は久々に京都です。
そして今回は、10年来ご無沙汰の、三千院にも行くつもりです。

今はもう代替わりしておいでかもしれませんが、夫が亡くなってすぐの頃、娘と
二人で訪れると、たまたま院主さまとお話する機会に恵まれ(その時は、
そんなお偉い方とは、つゆ知らず、あとでお聞きして身がすくむ思いでした)
夫のいい供養ができました。


今回もそんな有難いお話を・・・などと厚かましい気持ちはありませんが、
曲がりなりにも、パートナーを得て、私の人生まだまだ結構楽しいですよという
気持ちだけでもお伝えしたいな・・・と、思います。

しかし・・・さっむいでしょうね。大原は・・・
もう何度も行ってはいるのです。明け方に到着して、写経を終え、冷たい廊下を
ひたひたと、歩き回ったこともあります。
雪を被った、樹齢の判らない老杉の、凛とした佇まいに圧倒されたこともありました。

参道を歩きながら、絶対に外せないのは「みたらし団子」
娘いわく、みたらし発祥の地は、下賀茂神社の境内の店だそうですが、私はここで
生まれて初めて、みたらし団子を食べました。
だから、私のみたらし発祥の地は、ここ「大原」です。

・・・・・・・みたらし団子でそんな熱くなることはないんぢゃない?と、
家人は言いますが、かく言う本人も、決して嫌いではありません。むしろ好きです。
左党のくせに、甘党にまで滲出してこようかというその二股あがきが・・・見苦しい(笑)



そして、今回外せないのが「伏見稲荷」
来年は、自らの意志で仕事に望みますから、商売繁盛の祈願はどうしても外せません。
あの並んだ朱色の鳥居は、今からとても楽しみです。

と、予定はここまで。あとは足のむくまま、気の向くままですよ。ほっほほ~
・・・・どーせ、予定入れても、その通りになったことがない。この程度でじゅーぶんと
家人は、ぼやいています。つぶやいてる??


今年はここですべてを浄め、ここから生まれ変わります。

(何回、生まれ変わるんじゃ。妖怪生まれかわりババァ・・・と、つぶやく家人。
宙をとぶ平手っ!!・・・・へっへへ、私の勝ちぃぃ~~)


京都のご報告は、このぶんでは、年を改めて・・と、いうことになりそうです。

今年一年、本当にありがとうございました。
来年も、ますますパワーアップで走り続けます。
どうぞ、よろしくお願いします。
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by sala729 | 2010-12-28 11:40 | Comments(3)

昨夜のことです。

仕事で少し遅くなった私が帰宅すると、家人が珍しくくらーい顔して近寄ってきます。

「あのさ、ちょっといやな話があるんだけどいい?」と、近寄ってきます。

「なによ?」
珍しいことなので、私も思わず身構えてしまいます。

「今日さ、外にいたら、奥のMさん家の奥さんが、すすって近づいてきて、このたびは
自治会のみなさんには、お心づかいいただいて、ありがとうございますって言うのよ。オレ
びっくりして、えぇ。。いつだったんですか?って聞いたら、10日前だってよ。気管支が悪くて
石も持ってたから、すぐだったんだって。」

「ええっ!!。だってつい最近見たわよ。私、Mさん家のご主人。」

「だからさ、急だったみたいだよ。それで、いや、何も知りませんで・・って、もし男手が必要なら
いつでも言ってくださいねって、言っといたんだけど・・」


うちの自治会は小さなもので、総軒数は7戸しかありません。
会長は持ち回りで、今年は運悪く?近所付き合いがあまり上手くない奥さんのお宅に当たっていて
現状は、その家のご主人が、雑事をしきってくださっています。

奥さんは、なかなかのトラブルメーカーで、うちも自宅の水道のバルブを勝手に閉められていたり、
いたずら電話をかけられたり、いろいろ悩まされました(笑)
ただ、二人の息子さんたちはよく出来ていて、自治会のお掃除にも、子供だけで参加するような事が
続いていたのですが、東京と大阪の大学に行ったきり、もう帰ってきません。
いい子たちだったのに、残念です。


そんな状態だったので、私はてっきり今年会長のS家のご主人がM家のことを、知らせてくれなかったのだと
思い込んでしまいました。



「でも、10日前って言っても、あの家、そんなに人の出入り多かった時なんてなかったわよ。」

「そりゃあ、うちみたいに、最近はやりの、家族葬ってやつだったんじゃない?」
「それにしたって・・・ま、でもそれなら、私、ごあいさつに行ってくるわ。」
「いまから?」

「うん。すぐ行く。パパの時に、Mさんちのご主人にはお世話になったの。」



M家のご主人は、某大手の会社をリタイアされて、故郷に家を建てて帰ってこられた方で、穏やかで
優しい好々爺という言葉がぴったりのイメージの方です。
でも、行動力もあって、私道を自治会のために、公道申請する時には、実に整然と的確にして下さいました。

うちのちびギャングや、お隣のM姫なども、遊んでいるとよく声をかけてくださっていました。
御兄弟が周りの宅地を、それぞれ持っていらして、管理のために暑い盛りによく草の手入れをしていらして
今年の夏は本当に心配しました。

つい、この前も、自宅の前で枯葉を集めて燃やしていたところを見たばかりでした。



外は真っ暗で、風はぴゅうぴゅうと吹きすさんでいます。
インターホンを押すと、ホームウェアの奥さんが、何事かと出てこられました。
夜ですから、当然お化粧はしていませんから、顔も白く唇の色もはかばかしくはありません。


「すみません。夜分に。でも、あの、今聞いたものですから・・あの、ご主人さまのこと・・。
うちは前にもお世話になりまして・・あの、男手がいるときは、いつでも仰ってくださいね。
自由な仕事してますから、時間は余裕があるんです。」



こういう時のご挨拶は、はっきり言わないのがマナーですから、ぐちゅぐちゅと口の中で繰り返すと

「いーえ。もう前から石は持ってたんです。だからひと思いにって切っちゃったんですよ。
もう、今夜は一人で置いてきちゃいました。」
と、奥様は、にっこりとチャーミングなえくぼを見せてくれます。


・・・・え??・・・えぇぇ????
ひとりで置いてきたって・・・それって、それって、胆石の手術してきたってこと??


一緒に来た、家人は会話が全部聞こえなかったみたいで、自分の携帯番号書いた、名刺を手に
今か、今かと出そうと準備しています。


ばかっ!!ばかばかばかばかばか!!!!!!


叫びたい自分を、強固な意志で押しとどめて、私は、中途半端な笑顔を見せながら
「そうなんですか。ほんとに今聞いたものですから何もしらなくて・・本当に何かありましたら
遠慮なく、声かけてくださいね。」
と、まだ状況がよく判らない家人を、半ばひきづり回すように、自宅の玄関ドアを入った私は
あっけにとられたような家人を、罵倒しました。


そりゃあ、いつもは、いわれない罵倒と非難されることも認めます。
言いすぎることもあります。
でも、今夜のこれは、ないでょう。
私・・心から怒っていいですよね??

この我が家の、飲んだくれの、早とちりの、いーかげんの、お調子者を!!!(怒)



この話、今朝、上司にするとお腹を抱えて笑われました。
そしてもひとこと

「Aちゃん家って、まるでサザエさん家みたいやね。」って・・・これってどういう意味でしょう?


私は、Mさんの奥様にお会いするのが、恥ずかしくて、今朝もいつもより早めに出て、帰りは
そそくさと、玄関を入りました。
彼女は、大人ですから、きっと私の勘違いに気付いても、笑ってお腹に収めてくれると思います。
そりゃあ、娘さんたちには言うかもしれませんが、それが原因でご近所付き合いできなくなるという
ことはないと思います。


でも、それにしても、それにしても・・・は、恥ずかしい一夜ではありました・・・
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by sala729 | 2010-12-25 23:11 | Comments(2)

土曜日に、娘とちびギャングがお泊りに帰ってきました。
一ヶ月に一回程度、育児からの開放という意味もこめて、プチ里帰りは続いています。
この間、ちびギャングは、私か家人について回りますから、娘は一人時間を楽しめると
いうことです。


育児経験者なら、よく判ると思いますが、この「ひとり時間」を取るのは、なかなか
難しいことなのです。
でも、これを取る事で、心の余裕が得られて子供に対して余裕が持てるというのも
実感した方は多いのではないでしょうか?
私は自分自身がそうでしたから、娘にもそんな時間は与えようと思っていました。

私よりは、ずっと生真面目な性格ですから(・・あなたより大雑把なのは、ちょっと
いないと思いますがと、つぶやく家人にパンチをお見舞いして・・・続けます)
上手に「息抜き」ということができません。
こうすることで、もっと家族に優しくできる「余裕」が育まれるということが、
まだまだ判っていないようです。


しかし・・・そうは言うものの、一泊二日のお相手は・・・・死にます・・ハイ・・

家人は小学校三年まで、母親方の祖父母に育てられてきて、わるガキ時代は、いたずら
して、叱られると、祖母のことを「クソババァ」と、叫んで逃げたそうですが、今では
当時、私達よりずっと年配の祖父母が育児をすることの、精神的、体力的大変さが、
わが身に沁みて、心から詫びたいと申しております。ほんとに、親孝行したいときに
親はなし・・を、地でいく男です。


土曜日は、いつもの居酒屋さんで夕食です。
婿殿が下戸なので、ふだんは飲まない娘も、このときとばかりは、ルンルンです。
しかも、今夜は「今年最期だし、心ゆくまで相手してあげればいいよ。」なんて、
この夏以来、生まれ変わったかのような、気の効いた発言の続く婿殿からの、
言葉までうけて、ジョッキが・・中ハイが・・・またジョッキが・・・あれよあれよ・・


この居酒屋さんは、メニューがとても多くて、ご飯系からデザート、
イタリアンまであって、しかも今のところどのメニューも、外れなし。
さらに、お値段リーズナブルという、人気のお店で、お店の、少々トウのたった
三姉妹がこれまた、アジのある接客という、我が家好みストライクというお店なのです。

ただ、人気店のご多聞にもれず、すぐに満席になるので、娘はまだ訪れたことが
ありませんでした。


ちびギャングは、突き出しの「飯タコの煮物」を、突きながら、カルピスで何度も
乾杯を強要する、約束された左党です。
家族のささやかな、忘年会です。
今夜は、ちょっとだけ、多目にみるとしましょう。。。

そんな私の優しさを知ってや、知らずや、家人と娘は飲み続け、私とちびギャングは
途中で、すぐ近くの大型文具店に・・

ここで、クレパスとスケッチブック。「アンパンマンかるた」を購入。
それを見た娘は・・・

「あぁぁ~~。Aちゃん(娘は私を名前で呼びます)それ、私達がクリスマス
プレゼントで用意してるのに・・」と、クレパスとスケッチブックを指差して
哀れな声・・

「しかも、このほうが本数多いし・・・」と、嘆きます。

「いいじゃないの。これはうちに置いとけばいいのよ。ねぇ~」
「ねぇ~」と、調子よく相槌うつ、ちびギャング


「あのさ、Aちゃん知ってたんだよ。君達がクレヨン買うって。だから対抗したに
決まってるよ。」と、家人。
酔いが回っているせいか、後先考えない、大胆な、囁きです。

「だからなに?・・・もう、帰りたいってことなの?。いいわよ。すぐに帰っても。」
「い、いや。いえいえ・・・そんなこと・・・心にも思っていません。」


ほんとに、お酒飲むためなら、きっと悪魔にでも揉み手するタイプですよ。このテの
人間は・・・。


ちびギャングにとって初めてのカルタですから、しかもひらがなもマスターしては
おりません。たかを括っていたことは確かです。
ところが、結構やるもんですよ。子供って・・
読み上げたら、絵と文を頭で整理しているのか、結構、次々と取って行くのですよ。
これが・・

しかし、そのまま、自在に取らせては、彼のためになりません。
程よく、こちらも取って、なおかつ「勝利の醍醐味」を味あわせる・・・これが
大切です。

1回目の勝利に気を良くしたか、「もう一回」と・・・ま、こうなるだろうと予測は
していましたが・・・なにしろ我が家では「もう一回のちび」と、呼ばれていますから・・

しかし、二回目はもう少し、現実を見せてやらねばなりません。
彼は私の目の前に座って、読み上げる私が取れないように、ガードしながら、広げた
絵柄を見ています。

家人は、手のひらを宙にひらひらさせて、牽制しています。そして、微妙な差で、
ちびギャングの手が絵カルタに届く寸前に、自分の手を先にカルタの上に・・
2,3枚までは、苦笑いみたいなのを浮かべていたちびギャングも、さすがに5枚
6枚となると、むきになります。
そして、下にある家人の手を無理やりどかそうと、やっきになっています。



「大人気ない・・」と、娘は苦笑いしますが、いいえ、これはそうではありません。
大人の中で、たった一人の子供として、一人勝ちのちびギャングに、こういうことも
あるということを、誰かが教えてやらねばなりません。

悔しいという感情は、とても大切なものです。
譲られるばかりの人間は、譲るということができなくなります。譲られなかった
悔しさを知っておくべきなのです。
ほんの少しの差で勝たせてあげる・・・これが大事です。

それにしても、恐るべし「かるた」
しばらくは、我が家でこの遊びは続くことでしょう。
文字も文も絵も、一挙三得の、この遊びが、日本の長い伝統の中で生きつづけてきた
理由がここにあるのかもしれません。

三歳児でも、しっかり自力で取れる札が、確かにここにはあるのです。
そういえば、ずっと昔、娘がまた゛小学生のころ、こうして百人一首をした
ことがありました。

一番年下の彼女は当然、なかなか取れませんでしたが、絶対にこれだけは取ると
決めていた札があります。


紫式部の・・・・

めぐりあひて 見しやそれともわかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな




これだけは、確かに誰にも取らせませんでした(笑)ついでながら、小学校でも
百人一首を朝の時間に暗誦するという行事があったそうで、この歌のときは、一番に
諳んじていたそうです。・・これは当時、担任の先生からお聞きしました(笑)

ちなみに、私は小野小町の

花の色は 移りにけりないたづらに わが身世にふる ながめせしまに





・・・しかしこの歌は、年とともに身につまされますな(笑)


とかなんとかのうちに、お風呂の時間になりました。


ちびギャングは、「あーちゃんと入る。あーちゃんと入る」と、連呼するので
私も応えないわけにはいきません。
じつは、私、ちびギャングと二人でお風呂に入るの、初めてなんです。

生まれたてのころは、家人が入れていました。
少し大きくなってからも、かなり派手に遊ぶので、私はご遠慮しておりました。しかし
こうも、乞われると、応えないわけにはいきません。

でも、シャンプーが怖いので゛、先にちびギャングを丸裸にして、お風呂に入れ
先に入っている家人にそれはお任せ。
ころあいを見計らって、私も・・・

ドアを開けるや否や、奇声とともに、ちびギャングは飛びついてきます。
バスタブに逃げると、そこにも身を翻して入ってきます。
そして
「おっぱい!!おっぱい!!」と、かん高い声で連呼して、鷲掴みにしてくるのです。

「ち、ちょっと、ちょっと、待って!!」なんて言葉を聞くものですか。
ニコニコと笑いながら、上目遣いで、掴んだり、離したり、噛み付きにきたり・・

(なんだか、エッチサイトブログのようになってきました・・お恥ずかしい・・)


「ママのおっぱいと、あーちゃんのと、どっちがいい?」
また、余計なことを家人が聞きます。

「あーちゃんのっ!」


あぁぁ・・・やれやれ・・・
これからは「ちびギャング」ではなく
「エロエロ小坊主」とでも、改名してやろうかと、その時は本気で思いました(笑)


翌日、今度は朝ごはんの前に、キャッチボールのお相手を命じられました。
外に出ると、お隣のご夫婦が犬の散歩の準備中です。
お隣は、ちびギャングのただいまのガールフレンドその1の、Mちゃんのおじいちゃん
おばあちゃんのお宅です。

つい二日前まで、三連チャンでMちゃんが来ていたことは知っています。

「あ~ら、OHちゃん(ちびギャングです)。お泊りだったんやねぇ。いいねぇ」

青息吐息の私を見て、微笑んで言うその姿に、本気で、ご近所づきあい辞めようかと
思いました。

しかし、三連チャンのことを思い出して
「Mちゃん、三連チャンだったみたいですね?」と、言うと
「そーなんよ。おかげて、肩はバリバリ。腕は上がりません・・・ですわ。」と
急に真顔に・・・


・・・・くっ・・判る。わかります。その心・・・同病相哀れむ・・というやつですね。

お互いに
「ご愁傷様」と、アイコンタクトを交わしながら、ご夫婦はお散歩に・・・
残された私は、秘かにポケットに忍ばせた携帯を手にして、家人に
「もう、ダメ。疲れた。」と、SOSメールを打つも、返信はない・・・
二度三度と送信するも、それも無視され、足元をコロコロと転がるボールにさえ
手がでません。


すべての力を出しつくし、精魂疲れ果て、シニア力を振り絞ってやっとお役ご免に
なると、途端に家中は静かに戻り、温度さえ何度か下がったように感じます。

ほんとに、性質の悪い男にひっかかったようなものです。
逢えばサイフを開かされ、肉体的にも精神的にも、辛く苦しい目にあうのに、
別れた途端逢いたくなる。ホントに。。しかもあのエロさ加減ときたら・・・
まさしく「ジゴロ」


やっぱり、これからはここでの呼び名は「エロエロ小坊主」と、変えようかと、私
ホンキで思っています。

・・・・・・・・・・・・・・・今夜の、マッサージチェアは、私のものよっ!!
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by sala729 | 2010-12-20 15:45 | Comments(2)

転居のことでバタバタと動いていると、本業が何も手に付かないまま、時間が
流れていくようで、ちよっと不安です。

「心機一転」というのは、いい言葉で、すべてをクリアにして、次に臨むというのは
何をするにも必要不可欠な、スターテングメッセージではないかと思います。

ただ、その前に火の粉を被ってでも、白黒つけないといけない事柄はあるのですけどね。
そのために、己を奮立たせるのは、なかなかに快感です。
このまま、「よきサラリーマン」として一生を終える・・というのは、やはり、
私にはどうも似つかわしくはないようです。

よく息子が仕事の愚痴で
「上司に何々言われた。全然判ってないやないか。もう、仕事やめたる。」と、
零すとき、私は必ず言います。

「そんなにいやなら、お辞めなさい。どうやっても、自分を評価してもらえないというなら
そんな処にいてもしょうがない。でも、辞めるときはには、自分だけ・・なんてことは
ないように。必ず、その原因さんにもご一緒してもらいなさい。そうでなければ、
その愚痴は、ただの負け犬の遠吠え。」



息子にそうやって大口叩いている張本人が、何もせず、何も動かず、ただ手を拱いて
いるだけなんてことは、許されないでしょう。
そうやってけしかけている以上、自分にかかった火の粉は自分で払います。
払いきれないときは、抱き合わせて火傷を負っていただきましょう。
たとえ及ばずとも。黙って、言いなりにはなりません。


幸いにも、この戦いには同志がおりますので、孤軍奮闘ということは避けられます。
これからの戦いの中で、ここで勝利宣言できる日がくると、私は固く信じています。



穏やかな土曜日の昼下がりというのに、暖かな室温の中で、ぬくぬくと時間が過ぎている
というのに、私の心の中は、燃え滾るばかりです。

やはり、私に「穏やかな日々」というのは、似合わないようです。
・・・死ぬまで働くんやろ?・・・・その声は??


そうですよね。死ぬ間際まで働いていられたら、どんなにか幸せでしょう。
そして、それはどんなにか、難しいことなのでしょうか。
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by sala729 | 2010-12-18 13:34 | Comments(0)

今、わが社の前の国道に堂々と街宣車が車を停めて、演説をはじめました。
これが始まったのは、もう一週間ほどになるでしょうか?



私の住む街は、多くの地方商店街がそうであるように、疲弊しています。
かつては、日本一長いアーケードと称えられていたことが、まるで嘘のようです。
南北に二本、平行して続く商店街と、それに垂直に伸びる商店街は、かつては棲み分けも
きちんとしていました。
この時期には、「歳末大売出し」と銘打って、華やかな商戦が繰り広げられて
いたものでした。

夏の頃は、「土曜デー」「夏まつり」など、夜遅くまで、賑わっていたものでした。

それが、郊外店の進出や、長引く不況の嵐に飲み込まれ、いつしか「シヤッター商店街」と
成り果ててしまいました。

メインストリートというのに、あるのは大手の立ち飲みコーヒー店のフランチャイズや、
百円ショップ。銀行のATMだけ置いているコーナー、500円や1000円の
お子様ファッションのお店などだけ・・・

大人の鑑賞と興味に耐えられるお店など、気がついたらどこにもありません。


そんな時、数年前からの懸案事項だった、商店街再開発事業がスタートしたのでした。


ご自慢の、アーケードを取っ払って、唯一のデパートを基点に、ミラノの町並みを
お手本にしたかのような、オープンなビル。
大型書店と、有名シェフが核になった商業施設で、なかなかにしゃれた外観です。
その前は、小さな広場風になっていて、日曜日には外国人の大道演芸や、国内外の
高級車の展示スペース。
ミニ演奏会や、催し物などがあって、なかなかに面白い志向になっています。



計画では第四次くらいに分けて、次々と開発していく計画らしいのですが、
この保守的な地域の、さらに保守的な商店街をまとめあげ、新しい「街づくり」を
出発させるには、関係各位の大変な努力と忍耐がいったことだと思います。


この街づくりは、全国的には成功の部類に入るらしく、よく地方の方たちも視察に
訪れるそうです。

かつて、私もここではありませんが、商店街の一角で、商売をしていたことがありますが、
その時にも、同じような、再発計画が持ち上がり、地元大手建設会社と、東京の
コンサルタント会社がチームを立ち上げたことがありました。

しかしながら、その時のその地域は、ここよりも更に保守的で、全会一致が求められ
それら必ず反対する方がいて、とうとう途半ばで頓挫してしまったことがあります。
古ければ古いほど、既得権や過去の栄光から離れられず、しかも経営者たちも
年老いて、冒険ができなくなるのです。

私はその中で、一番年も若く、新参者でしたから、発言の機会もなく、ましてや
誰ひとり賛同してくれる人もいるはずもなく、口を開くたびに、冷笑されるだけ
でしたね。
「喉に刺さった小骨」と言われたこともありましたっけ・・(笑)
いまでこそ、笑っていえますが、その時は悔しくて、高速道路を暴走族のように
突っ走って、怒りを鎮めたこともありました。はい、すみません。制限時速は、きれいに
超えています・・・(^^;)


ま、そんなこんながありましたから、商店街を纏め上げ、計画的に開発していく
道筋をつけた、「商店街組合」のみなさんのお力には、心から敬意を表していました。

その、商店街の組合長さんというのが、老舗のカバン店の店主さんです。
私が子供の頃からもう、そこにその店はありましたから、かなりの老舗には
違いありませんし、もちろん組合長さんに面識もないのですが、もちろんお店に行った
ことは何度もあります。


今、お店は二番目の開発地域に入っているので、仮店舗営業をしているのですが
先日しばらくぶりに訪れてみました。
細道を入った、ビルの二階で、従来のお店の10分の1くらいしかない広さです。
家人のバックを捜しに行ったのですが、あまりの品揃えの薄さに、思わず店員さんに
むかって「早く、商店街に帰らないと、商売にならないですね。」と、言うと・・・

たった一人だけいる、留守番みたいな店員さんが、申し訳なさそうに
「いいえ。もう、うちは商店街には戻らないんです。」と、言うではありませんか。

「えっ。なぜ??だって、○○さん(お店の名前)は、組合長さんとして、再開発に
取り組んで、やっと実現したというのに、なんでまた・・・肝心の立役者さんが・・」


「ええ。そうなんです。今ここは、組合長の孫がやっているんですけど、もう店は
出さないって。そう決めたらしいんです。」と、彼女もいかにも残念そうに言います。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そりゃあ
いろいろな事情はあるでしょう。
他人が憶測することではないとは思いますが、何十年という月日を費やして、やっと
実現に至ったこのプロジェクトに、後継者が参加しないというのは、私的には残念で
仕方ありません。
ましてや、ご本人さまはどう思っていらっしゃるのか・・・





そんなこんなを、思っているときに、冒頭の街宣車です。
演説を要約すると・・・

「商店街の開発事業には、地元対策費として我々の税金が注ぎ込まれている。
それを元受ゼネコンから、地元の工務店が全額受け取っている。もしも、対策費が
必要にならなかったら、それはまるまる工務店のものになる。こんなことを許していい
のか」と・・・・

もちろん会社の前での大音響は迷惑です。
でも、その声を聞きながら、組合長さんにもご苦労様でしたと、労をねぎらう
声をかけてあげたいなと私は思いました。

もしも、またあの店が、商店街で営業したら、私は絶対に行きますよ。
組合長さんがお元気で、お店に出ていらっしゃるなら、何でもいいから
ひとつだけでもいただきます。
それが、この街の消費者の心意気ですよ。・・・なんて古いですか??
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by sala729 | 2010-12-15 16:15 | Comments(0)

先日、来るクリスマスを前に、各々のプレゼントの用意をしておこうと、いろいろと
足を伸ばしてきました。

自分の子供がまだ幼いころは、おもちゃといえば「キディランド」に、決まって
いましたが、いまや時代は、トイザラス!!
ここに行かなければ、何も始まりません。



しかるに、今年は、家人の従姉妹の姉娘が某有名私立中学に入学したあと、なんと
吹奏楽部でトランペットを吹いているという情報が入りました。かつての自分を見るようだと
ぬるい追憶に浸る家人をほっといて、そのお祝いもかねて、姉妹にクリスマスプレゼントを
贈ろうということになりました。

中学1年と、小学5年生です。
姉は、勉強好きで、典型的な「長女体質」。妹は、ちょっと前までは、お茶目な次女気質で
パパの隣にしなだれかかって「ぱーさん(パパのぱで)おひとつどーぞ。」なんて
お酌していたのが嘘のように、今は反抗期真っ盛り・・・らしいのです。
もっとも、そういう子、私は好きなのですけどね(笑)

姉には、自宅で練習ができるようにと、トランペットに付ける器機があるそうで、
家人がそれに決めました。
さて、妹のほうは、私が担当で、なににするか・・・と。

以前は、姉のリクエストで「メゾピアノ」なるメーカーの洋服が欲しいとのこと
だったので、考えるまでもなかったのですが、今回は自力で考えないといけません。

悲しいことに、この田舎のデパートの子供服売り場の、充実感の無さったら・・(怒)


そこで日曜日のお昼時という最混時間帯に、少し離れたショッピングモールに・・・。
普段は、あまり足を踏み入れないところなのですが、専門店街には、若い女の子の
喜びそうな小物や、洋服、アクセサリーの店がずらっと並んでいます。

洋服や、アクセサリーと見回りながら、何件目かに選んだのは、バッグ店。

ファーのポシェットや、キラキラ光るショルダー、モザイク模様のバックに、
はっきりニセモノと判る型押し風のバッグ(笑)
狭いお店に、それはそれは芸術的と思えるデイスプレィです。
そして、対応の店員さんがこれまた、一昔前のガングロ女子高生の、色素が抜けきら
なかったかのような、肌色の店長さんとやら。

いや、しかしなかなか面白いかったのです。

私は、自分が決めたものしか信じないのですが、専門家の意見は聞くようにはしています。
そりゃあ、私よりは彼女のほうが、その年代の女の子の嗜好を知っているでしょう。

そして、このガングロ店長(すみません、便宜上こう呼んでいます)見掛けよりは
ずっとプロ意識があります。
薦めるのと、ひくタイミングが絶妙なのです。
私は、最初からふわふわの白いファーのポシェットと決めていましたから、迷わずそれを
手にしたのですが、そのポシェットにはジャラジャラと小物がぶら下がっています。
それは別売りなので、当然数多くの種類の中から選べるのですが、それを薦めるセンスが
私の好みを外しません。


「うん。なかなか可愛いわよね。」と、私。
「でしょ。でしょ。」・・・・言葉遣いは気になりますが、この店ではこれで
いいのでしょう。ここでは、たぶん、私が「異端」(苦笑)
「じゃあね、このポシェットに、このあたりの小物を詰めてみて。」
「え?・・・あぁ、ほらあの、出しても出しても中からまた何が出てくるみたいな?」
「そうそう。」なかなか、判りが早いじゃない(笑)
「いーですね。そーいうの。」

かくして、ガングロ店長が選んでくれたのが、うさぎの耳を付けた小ぶりのポシェット。
ニットの縞々模様のさらに小さなポシェット。
ピンクのテカテカ光る、ニセモノ型押しのデジカメケース。ファーのシュシュが二個。
バッグに付けるチャームが、今つけているものの他に一個。

小学生なら、可愛いなと思えるかな・・と、私も納得しました。
実は、うさぎポシェットは可愛かったので、色違いも、もうひとつと言うと、ガングロ店長
いわく
「ダメダメ。これはひとつでいいんです。二つあっても可愛くない」と、きっぱり。


いや。。見直しました。
外見は、遊び人に見えますが、彼女、なかなかプロ意識高いです。


店外で待っていた、家人が「いいのあった?」
「まーね。一番よかったのは、ガングロちゃんかもよ。」と、笑うと複雑な顔してました。
「で、いくらかかったよ?」
「うーん。ま、いいんじゃない。久しぶりのことだし、私も楽しませてもらったし~」

いや、ホントに楽しかったですよ。
女の子の華やかなものというのは、選んでいるだけで楽しい。
こんな楽しい体験させてくれた、妹ちゃんには、こちらが感謝。感謝です。


さて、その足でおもちゃ売り場に行くと、そこも小さな子供たちでおおわらわです。
家人は、ちびギャングに、バットとボールと決めていましたが・・・たしかに
それはありましたが・・・980円・・・・
いや、高ければいいなんて、そんなことは思っていませんよ。
でも、でもね、クリスマスプレゼントですよ。
私も、買い物を楽しみたい。
「そのバット。次のときにでも、買ってやって。わざわざクリスマスプレゼントで
買わなくてもいいわよ。」

私の不機嫌な理由を、家人は察知しています。
「そうだよね。じゃ、やっぱり、トイザラス行こうか。」
日曜日に、不要な喧嘩は避けたいのでしょう。妙に、素直・・・・気持ちわるっ。



渋滞の国道をすぎても、駐車場の大混雑はそれ以上でした。
「車、停めるとこ捜すから、先に行って」と、言われて、私は一人でトイザラスに。
クリスマス前に、用意しておこうと思うのは、どの親もジジババも同じらしく、ここの
混みようも、半端ではありません。
ただ、あとで上司に聞きましたところ、サンタさんを信じている子供のために、
親は下見でここにきて、何が欲しいかリサーチして、あとでこっそり買いにくる
のだそうですね。ご苦労様です。。。


おもちゃ売り場は、楽しいですよ。とても♪~
観察してみると、大人のほうが夢中ですよ。
だいたいが「パパはどこよ~」と、お母さんと子供がお父さんを捜すと、お父さんは
ラジコンや、モデルガンの前で自分が楽しんでいる・・・そんな光景です。

ま、うちだって似たようなものですけどね(笑)
紙のエレキギター(もち、音はでます)に、アンプもいるね・・とか、レゴブロックの
上級版とか、いろいろ候補は出てきます。
やっぱり、トイザラスです。

迷いながら今年は、エアーカート(これが正しい名前かどうかは不明です)にしました。
前にテレビにも出ていましたが、三角錐みたいな乗り物で、体重移動かなにかで前進したり
後退したりするそうです。
ヨーロッパのどこかの国のもので、女の子が赤いカートに乗っている箱が印象的です。
もちろん大人も乗れます。
体重100キロまでOK。

大丈夫!!、、、まだまだちびギャングと一緒に乗れます(笑)
この青色は、最期のひとつでした。

そして、ついでとばかりに、やはりバットとボールも買って、帰りかけたとき
「ちょ、ちよっと待って!」と、家人。
行ったことがある方はご存知でしょうが、あのトイザラスのカートは、とても
大きくて、重いのです。
簡単に方向転換はできないし、通路に人がいると通れません。
なのに・・・むっ。


家人が行った先には、黄色と紺色のプラスチック製の拳銃。
形は、あの「宇宙戦艦ヤマト」で使われているみたいな、レザー銃みたいなもので
先にプラスチックは付いてはいますが全体はスポンジの長さ10センチくらいの、弾が
6発ついています。
弾を一発づつシリンダーに充填して、撃つタイプのものです。
「これ、面白そうだよ。」と、嬉々として言います。
「だめよ。そんなの持たしたら、私たちが標的になっちゃうわよ。」
「いや、これ先にオレたちが遊ぼうよ。」
「へっ??・・・・遊ぶって・・・撃ち合うわけ???」
「うんうん。そそ。」

なんだか幼稚園児みたいな、喜び顔して私に迫ります。


「うーん。それもいいかもね。」と、私もあっさりと承諾。
「じゃあ、二個買わないとね。」

家人は二個というと、躊躇しています。・・・・けち(笑)

「だって二個無いと、撃ち合えないでしょ。」
「そ、そーだよね。」
ホントにもう・・・へんなとこケチなんだから。。。

と、思っていると、それを見透かしたのか、拳銃二挺と、予備弾も40発ばかり
買って来ました。
まさか、まわりの人たちは、いい年の大人が二人で、自宅でこれで撃ち合いするとは
思わないでしょうね(笑)


プレゼントはここで終わらず、そのままデパートへ・・・
今夜の夕食を買い、お休みの日はここの地下でのデリカが多いです。
帰りがけ、一階で柔らかなファーのショールが目に付きました。
少し短めで、ネックガード風ですが、バラのショール留めがなかなか素敵です。
ここで、私にもクリスマスプレゼントをと迫り、ゲットしました。
私は、ショール、ストール、スカーフ系が大好きなのです。

私はもちろん、もう家人へのクリスマスプレゼントは用意していますよ。
東急ハンズで見つけた、カップ麺のふたを止めるゴム人形と、カップ麺を素手で
持って火傷しないようにという、カップ麺フォルダー

え?格差ありすぎですって??
・・・・だって、プレゼントは気持ちですもの。ほっほほ~~~

もちろん、娘と婿殿にもありますよ。気持ちだけね~(笑)
中身はここでは言えません。なにしろ、娘はこのブログ、暇に任せて読んでますから(笑)



さて我が家はといえば、毎夜、毎夜、二人で銃撃戦の戦場と化しています。
最初は、あしらっていた私が、思いの外上達して、今は家人を標的として、かなりの
命中率を誇っています。
飽きたら、ちびギャングに払い下げしょうかと思っていますが、これがなかなかに
爽快!!

もう少し、ビシッ!バシッ!と、標的に当たる瞬間を楽しみたいものだと思っています。
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by sala729 | 2010-12-14 12:02 | Comments(0)

いま「ご覧になりましたか?」と、問えば、「海老蔵さんニュース?」と、問い返される
らしいのですが、いえいえ、そうではなくて、昨日の海外ニュース。

あの「ノーベル受賞晩餐会」のことです。
針葉樹に、しんしんと降り積もる粉雪と、古式ゆかしい馬車。
ストックホルム庁舎の窓から漏れる灯りは、今流行りのLEDではなく、「灯り」と
呼ぶに相応しい、暖かな白熱球の黄金色に輝いています。

その中を、第一礼装に身を包んだ、世界中の英知と正義と教養に溢れた、男女が三々五々
集まってくるのです。その年の第一等の、知識者と正義の人を祝う晩餐会に出席するために。

なんて素敵な、なんて美しい光景だとは思いませんか?
本物の王女様をエスコートしたり、王様にエスコートされたりして、主賓席に向かう
受賞者の皆さんの、緊張と感激した姿は、荘厳ですらあります。

きらびやかな、シャンデリアの下で、その光を反射して、銀の輝きを見せている
カトラリーは、日本製なのだそうですね。

これが本当の「晩餐会」というものであろうと、遠い極北の相談員は、うっとりと
見惚れています。

パリやウィーンの、貴族間の晩餐会や、皇族たちの晩餐会は、多々あるのでしょうが
気品と、本物の教養が集うという意味では、これ以上のものがあるでしょうか?



・・・・・・・・・・・・・・・・・この、晩餐会に、出席してみたいと、私が
つぶやくと家人は、またはじまったかという顔をして「ヘンな女やなぁ」と、
言うのです。

私は何も、自分が受賞者や、その夫人になりたいなんて、そんなおこがましいことを
言っているわけではないのです。

ニュースをご覧になった方は、あの席の配置をご存知とは思いますが、主賓は細長い
テーブルを挟んで二列に座して、その長い主賓テーブルに、垂直に左右にまた、長い
テーブルが何列も、配置されていましたよね?

そうして見ると、あの晩餐会の出席者の数は、相当なもののはずです。
では、どんな方々が出席されているのでしょう?・・・と、私の興味はかきたて
られるのですが、それはおかしいですか?

例えば、そのカトラリーの製作会社の社長も末席に・・・とか。(じつは、これは
ないと、カトラリー山崎の社長自身が、ラジオで話しいてるのを聞いたことがあります。
あくまで、ここでの例え話ということで・・)

さすがに、ロールデコルテにティアラまでなどと、(まるでいつぞやの、柔ちゃんみたい)
とは、思いませんが
そういう世紀の第一盛装をして、晩餐会に出る・・・・なんて素敵なことでしょう。

・・・余談ながら、今「第一盛装」と入れると「第一清掃」と、変換されました。
これは、私にはこれが似合いとの暗示でしょうか?・・・・・暗示ではなくて、
はまりすぎと、笑いこける家人を、撃ち殺したと思った私は、間違っていますか?(笑)


死ぬまでにしたいことの、一番はコレかな・・・と、言うと、せめてもうちよっと
実現可能なことにしたら?
その時になって、「お母さん、今何がしたい?」って子供たちに聞かれ
「ノーベル賞の晩餐会に出たい」って言ったら、シリアスなシーンが、コメディに
なっちゃうよと、家人は言うのです。


でも、案外うちの子たちは、
「そりゃ無理だ。」と、しらっとした顔で返すと思います。
なんたって、私が産んで育てた作品ですから、そのリアクションに間違いはありません。
そう言い合いながら、ドラステックに死んでいくのが、一番私らしいかな・・なんて
思いながら、尚もしっこく「ノーベル賞晩餐会」のニュース映像を思い浮かべる私です。
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by sala729 | 2010-12-13 11:23 | Comments(0)

先日も記しましたように、なんだか身の回りが、バタバタと騒がしく、落ち着いて
PCに迎えない日々が続いていました。

私の属するこの業界は、過渡期のまっさなかです。
わが社も、当然この嵐の中に身を任せながら、この1、2年は、煽られ、翻弄され、騙され
というかなり厳しい環境にありました。

もっとも、私は一社員であり、仕事も誰かに供応したり、指導されたりというものではなく
社員の中の「独立」みたいな立場でしたので、私は私の道を行く・・で、通しておりました。

しかしながら、それとても限界が来るのは、もちろん判っていたことで、それが「今」で
あるということですね。

この年まで生きてきますと、いろんなことに遭遇しております。
人の経験はそれぞれですが、どの経験も遭遇も何一つ無駄なことはなかった・・と、
今は確信を持って言えますね。

若い頃はそれが判らず、己の未熟や、決断の過ち、浅慮を、周りのせいにして、
嘆いたり、落ち込んだりしたことも、多々ありますが(・・私は生来の意地っ張り
なので、それを人には見せないように、生きていきたつもりです)
今なら、どんな状況も、厭世的気分などはなしに、受け入れられると思います。


業務は縮小しても、自分の好きなことを仕事にして、自分で舵取りができる環境を
作って、それにむけての準備になんら、不満も心配もありません。
ただ、雑事で忙しいだけです。
でも、この雑事、ひとつひとつ積んでいくと、これって結構な知識になるのですね。
これが、また仕事で役立つ日が必ずきっとあることは、経験上よく判っています。

どんな環境でも、不変ということはないのです。
社長も、社長夫人も、官僚も、政治家も、ホームレスも、ただの会社員でも・・・
その立場が永遠に続くということはありません。
いつかは、変わる。必ず変わる。
だからこそ、人は努力もするし、希望も持てると、私は思っています。
私は、自分の選択がパーフェクトと思ったことはないですが、自分で選んでいくという
ことだけは、自信をもって言えます。
失敗しても、成功しても、それは自分の所業です。
だからこそ、失敗したときには、次はしないようにと、思慮も深くなるのです。

ま、成功して、出る釘のごとく頭を叩かれ続けたことも、多々ありましたけどね(笑)


そんなこんなで、忙しかったり、雑事に囚われたりしていますが、これもあと
1,2ヶ月のことかと思います。
日々は、悔しかったり、戸惑ったり、落胆したりが続いていますが、一夜明けると
「これもまたありか。」と、受け入れる自分がちょっと好きだったり・・(ナルシスト?
笑)


少しの余裕と遊び心を満足させれて、日々の仕事が楽しかったら、それ以上
何を求めましょうや・・・なんだか、正岡子規さんみたいになっちゃいましたね(笑)
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by sala729 | 2010-12-11 13:32 | Comments(0)

現在の事務所が、来年2月にお引越しをすることになり、そのための片付けに取り掛かったら
その大変なこと・・(笑)

もともと、片付け、お掃除の苦手な私は、周りから「近未来のゴミ屋敷ばばあ」と、
カゲ口を叩かれているそうですが、それはちょっと異議あり!・・です。
私は、片付けは確かに、下手ですが、整理は嫌いじゃありません。
要するに、なんでも捨てる・・と、いうところから始まりますので、私の片付けた
跡は、それはそれはすっきりとしていますよ。
ただし、必要なものも、かなり無くなりますから、功罪ということを考えたら、うーんと
考え込むケースが多いようです。

それでも、ごみ屋敷になることはないと思います。ないでしょう。ないはずです。。


しかし、個人情報に関するものが、殆どですかその整理に時間がかかること。かかること・・
大型のシュレッダーはもう何回、フリーズしたことか。
フロッピーの破片は、飛び交い、もう大変です。







私は一足お先に、お引越ししていくつもりなのですが・・なぜって??
残っていれば、そのぶん、お片づけが増えるばかりかと・・みなに言われています。。

それで、思うように、時間がとれない事態に陥っております。



なんて言いながらも、昨日は「坂の上の雲」の舞台、松山城に行って参りました。
冒頭のナレーションのような、青い空にいちだの雲が流れて、一瞬、明治に
遡ったような、そんな思いさえ抱きました。


松山城は、ロープウェイかリフトで途中まで昇ります。
メイン通りの、松山三越、全日空ホテルの前の道を横断して、「ロープウェイ
商店街」なる道を上り詰めれば、乗り場に辿り着きます。
20年ぶりの、松山城ですが、その沿線の様変わりにびっくり。

その頃は、本当に鄙びたという言葉がぴったりの、うらぶれた小店の並ぶ商店街
でしたが(失礼)、今は来てみてびっくり。歩いてドッキリみたいな、綺麗な
石畳が敷き詰められ、こじゃれたカフェや、お休み処、小物のお店が並んでいて
ちよっとした映画のロケでもできようかという装い。

ただ・・いつものように、一口だけ辛口言わせていただければ、とても綺麗なのは
確かなのですが、いつか、どこかで見た「綺麗さ感」は、否めません。
私には、小樽の運河と反対側の商業小町みたいな商店街のミニチュア版という印象を
受けたことも事実です。

ただ、これは昔の佇まいを知っているから言っているだけで、この松山の賑わいは
楽しいですし、いいことだとは思っていますよ。


さて、20年前は、へーきでリフトを選択したはずなのに、今回は迷いもせず
ロープウェイ乗り場へ・・・月日は残酷です。肉体の衰えを精神が迷いもせずに
受け止めて、懐古もなにもなく、楽に、楽にと流れていきます。


12月にしては、爽やかな風と、鮮やかな晴天がまことに「坂の上の雲」に相応しい
お日柄です。
ロープウェイの5分間は、お城山の紅葉の美しさに見とれ、あれよあれよという間に
頂へ到着です。

しかしまた、ここからが一苦労。
整備はされていますが、上り坂の石畳を息を切らせながら昇りつめると、一の門。
もうここからでも、町並みは眼下に広がっています。
360度のパノラマは、箱庭の真ん中に立って、そのまま昇天したような、爽快な美しさです。

伊予の海も、四国山脈の山並みも、石鎚の霊峰も、その悉くが手に入るかのような
錯覚に囚われそうな景観です。

家族連れも多くて、お父さんと男の子はリフト。お母さんと女の子はロープウェイみたいな
別れ方をして乗っている風景もまた、好ましいものです。

桜の馬場をかるく歩いて、いよいよ天守閣への入り口にさしかかります。
すると、あちこちに、たぶんボランティアだと思うのですが、揃いのウインドブレーカーを
着込んだガイドさんが、小さなグループや、少し多い目のグループ相手に、お城の歴史や
城下町伊予の歴史を説明しているシーンに遭遇しました。

私達は我儘勝手に見回ってはいますが、お隣でガイドさんが説明していると、つい、耳を
そばだててしまいます。
すると・・・・・ん??・・・・あれれ・・・れれ


とても情熱的な口調で、畳み込むようなこの物言いとアクセント。
これは・・・まさしく、中国の女性か・・・思わずウィンドブレーカーを見上げると、
長身の中年(失礼)女性がも口角泡を飛ばす勢いで、喋っています。
そして、周りの人々もうんうんと、物静かに頷くばかり・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うぅ--んこれって・・


いいえ、誤解しないでくださいね。
中国人女性だからというのではないのです。これがアメリカ人女性でも、フランス人でも、
チリでも、エチオピアでも同じなのですが、自国の歴史を、外国の方に熱く語られて、
何もリアクションなしで、ふんふんと聞いている、わが国民の国民性というか、歴史認識の
薄さというか・・それを嘆いているのです。

彼女は、ガイドをしているくらいですから、日本の歴史を学んだのでしょう。そして
日本人に負けない知識と見識を持ったことは、賞賛に値することです。

でも、それを聞いて、何も質問しない。問いかけない。反論しない日本人って・・
なんか、おかしくありません??

日本人だから、日本史を勉強した外国人より、日本の歴史を知っておくべきと言っている
わけではありません。
外国の方で、日本の歴史を深く理解している方が大勢いらっしゃることは私も知っています。
また、その逆もありでしょう。

でも、それならば、せめてひとつぐらいは、その説明の中での質問事項を見つけて
ほしかったと思う私は、思想的偏りがあるでしょうか?

こうなったら、故宮博物館の歴史を死ぬほど勉強して、むこうのガイドさんを質問攻めに
してやる・・・と、密かに決意した私は、あまりに心が狭いでしょうか??

息を切らして、天守閣に登り、途中の部屋では、甲冑を自分でつけよう!なんて
魅力的趣向があったのに、それを横目で見て・・・天守閣上下で体力を使い果たして
おりました。・・・降り立ったとき、再びガイドさんと遭遇。

建物の外に出て、グループの人たちと、世間話をしているところでした。
漏れ聞くと、彼女は、函館にも行ったことがあると、談笑していました。まわりの
おじさんたちは「へー」とか「それはすごいな。」とか、言っていましたが、やはり
誰も、それが歴史の勉強のためなのか、観光なのか、などと聞く人はおりません。

今の今まで、松山藩が幕末に朝敵として苦労したという説明を散々見ていたのです。
函館と聞いて、土方歳三とは言いません(これは私の好みの問題ですから)、せめて
函館戦争や、榎本武楊くらいには、話題は振って欲しかったな・・・


この話をすると、私のこと、中途半端な歴女ばばぁと、笑われるかもしれませんが、
あんな、こんなを思いながら、お城を散策したり、天守閣に昇ったりする、日曜日は
なかなかに楽しいですよ。

そして、この夜・・・
正岡子規は、亡くなりました。BSNHKの中で・・・。合掌
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by sala729 | 2010-12-08 14:54 | Comments(4)