この時期になって、親も子も「年忘れお遊びの日々」とばかりに、あそび計画ばかりの
我が家ですが、娘たちも12月に入ってすぐに、大阪・神戸に行く予定です。

一時期、大阪に住んでいましたので、娘にはお友達も多く、私のママ友もいて、とても
楽しみにしておりましたが、お友達たちの都合がなかなかつかず、今回は結局「お流れ」に
なってしまったようです。

この年頃の女の子は、結婚していたり、子供がいたり、独身ならそれで責任ある仕事を
任されていたりで、なかなかみんなの時間を合わせるのはたいへんなようです。
これは、女性には誰でも覚えのあることで、ここを上手に過ごしていくことが、
「女の要領」というものでしょう。まだまだ、娘には無理ですけどね・・(笑)


その結果、予定の時間が空いたので、どこにいこうかという話になっている
らしいのですが、娘的にはちびギャングが主体ですから、遊園地とか、動物園とか
水族館とか、そんなところばかりを計画に入れているらしいのです。
でも・・・それはちよっとちがうんじゃない?・・・・と、この、やっかいな母は
計画に異議を申し立てました。


そもそも、三歳児の行きたいところばかりを巡ることに、なんの意味がある?
親として、子供の行きたいところを主体にするというのは、判らないでもないですが
子供の希望など、ひとつ入れておけばよろしい。。。

家族旅行というのは、パパもママも子供も参加するものです。
これでは「子供旅行」ではありませんか?

それに、子供目線ばかりでは、子供の体験や経験は広がりません。
大人が行きたいところに、連れて行けばよろしい。そこから、子供の新しい興味が
広がるということもある。
親を見直すということもある。
そんな、試験的体験をさせてやるのも、親の務めです。

理解できなくても、判らなくても、歴史的出来事の場に連れて行く。
お話として聞かせる。体験させる。見せる。触れさせる。・・・・今、親として
最高に楽しい時間をすごせるチャンスなのです。

それを、みすみす放棄して、子供主体の計画云々なんて・・・・わが娘ながら
あまりの親バカの浅はかさに・・・(これも、親の教育の成果では?と、家人に
冷笑されて、さすがに今回ばかりは、パンチをこらえました。。。むかっ!)


2.3日前に、我が家に、ちびギャングを預けて、美容院に赴き、カットして帰えると
「ママ、きれい~」と、誰よりも早く声をかられて
「Dちゃん(婿殿の名)にも、言われたことないのにぃ・・」と、涙ぐむほど感激させた
ちびジゴロの成長にあわせて、親も成長せんでどうする???


確かに、「天に唾吐きゃ、我が身に還る」・・・ってなことを言っている自覚は
私にもあります。はい。

けれども、娘自身、私の父に溺愛されて育った自覚はあるでしょうが、私や亡夫が
溺愛したという記憶は、ないはずです。
(家人は、アホみたいに溺愛していますが・・・)

本当に「子育て」というものは、難しいものです。
その子が、大きくなってはじめて、その成果が目の前に突きつけられるのです。
親と子が、同居しないというのは、もしかしたら、その結果を突きつけられないための
賢明な選択なのかもしれません。

と、言いつつも、一泊目のホテルの近くの、食事場所をネットで検索している私も
やっぱり「アホ親」ではありますね。。。笑

では、もう開き直って、ついでと言ってはなんですが、大阪・神戸・京都あたりで
なにかお奨めどころはありますでしょうか?
なんて、娘のこと言えませんわ。
これって、隠れ親バカとでも、名づけられるでしょうか?(^^;)
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by sala729 | 2010-11-27 11:52 | Comments(2)

今年に入って、突然の「紅葉ブーム」が来たわけではないのですが、どうも当たり年のようで
昨日、嵐山に行って参りました。

と、言っても、流行の「バスツアー」で、思い返せば一年前、他社のバスツアーで「北陸
加賀屋に泊まる旅」に、初参加して、自分はこういう企画には向いてないと、思っては
いたのですが、ついもの「いやぁ、日帰りだったらまた違うと思うよ。」なんて、家人の
かる~い口車に乗せられ、今回も後先見ずに参加を決めちゃいました。

この企画は天橋立で蟹を食べて、嵐山散策・・という聞いただけでも一日コースとしては
かなり無謀・・・。

今年最期の紅葉期とあって、駅前から出発するバスの数も半端じゃありません。
ゆったり・・・とはいきませんが、それでも前から三番目で窓も広々としています。
添乗員さんは、まるで漫画に出てくるような体型とキャラの主で、暑苦しいったら
ありゃしない・・・とは言うものの、一生懸命であることはよく判ります。

乗客の殆どが、夫婦カップルで、お友達夫婦と二組カップルというのも、割りと
多かったです。
そして、珍しいのか珍しくないのかは、判りませんが、大人(女性)が二人に子供が
四人というグループもいて、なかなか多彩な顔ぶれです。

ところが、走り始めて二時間ばかりした頃、バスは二回目の休憩に入る前ですが
なにやら車内に、えもいわれぬ臭いが漂って、車内が静かにざわめきます。
冬場のことでもありますし、高速上ですから、窓を開けるわけにはもいかず、
小さなざわめきを残したまま、バスは走ります。

通路を挟んで、家人は隣のご主人と、なにやらひそひそ話しこんでいます。

「幼児はいませんでしたよね?」
「これ、子供のじゃないですよ。・・しかし、臭いですな。」

男同士の遠慮のない会話ですが、そこは大人同士、他に聞こえぬように、ひそひそと
話しています。

次の休憩地で、判ったことなのですが、同乗の中学生君がバスに酔って嘔吐したらしい
のです。
うーん・・これは彼には気の毒ですが、周囲への影響もなかなかのものがありますよ。

幸いなことに、私は「車酔い」というものをしたことがないのです。三半規管が狂ってると
家人ば言いますが・・・バシッ!!

しかし、他人の臭いには触発されるタイプなのです。
閉ざされた、狭い空間で行き場の無い臭いは、車内を循環するばかりです。
15分休憩のぎりぎりまで外にいましたが、車内に帰るにはなかなか勇気と忍耐がいりました。

でも、考えれば、当の本人が一番辛いはず・・そう思ったら、何もない顔をしてあげるのが
大人というものじゃないですか?
そして、彼にとっても幸運だったのは、この車内の方々はみんな大人だった・・という
ことです。

誰一人、「臭い」とも、臭いを追求することもなく、何もなかったかのようにバスは
進みます。
お説教臭いことは言いたくありませんが、もう中学生です。今回のこの事件での、
大人たちの対応を、彼にはぜひ覚えておいて欲しいですね。

「ありがとうございました」も「すみません」も、いりませんから、覚えておいて
くれるだけで、十分です。


バスはどんどん北上して、やっと京都・宮津に着きました。
レトロな建物が目立つ、鄙びたメインロードを抜けると、松林が開けてきます。
入り口にある「文殊神社」は、かの有名な「三人寄れば文殊の知恵」の神様のお一人を
祭っているそうです。

そこで、知恵守りとして、ランドセル型のお守りを購入。なかなか可愛いのですが、
これって・・・と、思わず家人と顔見合わせて笑ってしまいました。

ほんとに、親ばかならぬ、ジジババ馬鹿ですわ(笑)
長く続く松原と浜辺は、静かで、羽衣伝説もさもあらんと、思わせる景色が広がり
ます。
このあたりは、大江山の酒呑童子の話や、この羽衣の話など、さすがに由緒のある地です。
そんな話が違和感なく受け入れられる、景観です。
さすがに、日本三大景勝地です。

かつて、子供たちがまだ小学生の頃、ここに来た事がありますが、例のあの「股のぞき」を
嬉々としてやっていましたが、最近はそんなことする子らも少なくなりましたね。
というより、子供はこういう景勝地にはあまり足を向けないようです。
淋しい話ですね。


海辺に突き出した、岩場の先で、子供と向かい合って座りながら、羽衣の話や、酒呑童子
それから、八岐大蛇まで話がとんで、いつしか陽が海に沈みかけていたこともありました。
京都や奈良・大阪はこんな物語の宝庫です。
子供の前で、生半可な知識を広げるのも大人気ないといえば、これ以上のものはない
のですが(笑)思い返せば、とても楽しい時間でした。

ここは、言わずと知れた「丹波篠山」の栗や黒豆が、あちこちで売られています。
今は、天津甘栗よりも「焼き栗」が、人気だとかで神社の境内のお店で頂きましたが
・・・・お、おいしっ!!・・・・シアワセです。

それから、「黒豆のグラッセ」
これは、ブランデーをたっぷり仕込んでいますから、味が深くて濃いのです。
家人もお気に入りで、禁酒日にはこれを、食べようと今から楽しみにしていますが
それまでは、保たないと思います。・・・私がお先にいただきます~~


そんなこんなで騒いだあとは、再びバスに乗って、今回のメイン「蟹」を食べに
対岸のレストハウスに向かいます。
もうすでに13:00はすぎていますが、駐車場には観光バスが何台も連なり、
テーブルの上には、ずわい蟹の姿のままの茹でたのがひとつと、一人鍋。
蟹刺しとぼたん海老にご飯とお吸い物。茶碗蒸し。そして、お皿に盛り付けられた
たらば蟹の太い脚。

同乗の子供たちは、歓声をあげて、午前中の出来事なんてなに?・・・みたいな
旺盛な食欲を見せ、夫たちも妻たちも、自分の蟹をつっくことに集中。
蟹を食べ始めると静かになる・・・と、いうのは本当ですね。(笑)

美味しかったです。たらばは「ヤドカリ」と、言う人もありますが、それでも
あの大きな身は食べ応えはあります。
それに、お店の「蟹バサミ」の切れ味が気持ちいいぐらい鮮やかで、内側の薄い
殻をパチン、パチン。
ぷっくり白い身を掻きだしては頬張るシアワセ・・・あぁ、日本人でよかった・・と。


しかし、大変なのはこれからでした。
一時間余りをここですごして、それから嵐山に向かいます。
通常でも二時間近くかかる行程を、この時期に今から行こうかと言うのです。

「予定では16時ごろには着くかと・・・」と、最初に説明していた、大きな添乗員さんも
不安げ・・・そりゃ無理ですよ。絶対に。

「17時すぎたら、お寺は入れませんよね。それに、着いたらもう真っ暗?」
私が問いかけても、恐縮するばかりで、まともに答えられないのです。

運転手さんが気を利かせて、迂回路を通って、嵐山に着いたときは、18時すぎ・・
ライトアップのお寺は近場に一軒だけ。
「すみません。すみません。」大汗かいて謝る添乗員さんに、言いかがりつける気は
ないけれど、私、嵐山にはもう10回とは言わず、来ていますが、こんな時間に来たのは
初めてです。

紅葉ったって、外は真っ暗ですぅぅ。
渡月橋も暗くて、近寄らなければ欄干が見えず・・・

しかし、人通りはめちゃ多い・・・おおい・・・おおい・・・・多い!!
半端じゃありませんっ!!

天竜寺はもうとっくに閉門しているというのに、メインストリートは若い男女で
溢れかえっています。
そして行きかう、人力車。
・・とても生気に満ち溢れています。

私たちはバスを降りてすぐ、「嵐山コロッケ」を買い求め、はしたなくも食べながらの
散策です。
この嵐山コロッケ・・・あちこちにありますが、桂川沿いのお店が始まりだそうで
「お豆腐コロッケ」と、「湯葉まき肉じゃがコロッケ」の二種類です。
もちろん、ふたつ買って、食べ比べてみましたよ。
私は、湯葉まきのほうが好きです。少しお味が利いていて、ソースはもちろん、
他にはなにもいりません。


そして、閉まる寸前の「老松・嵐山店」に・・・
私の初めの計画では、ここで、蕨餅をいただくことになっていたのですが、時間が遅くて
喫茶コーナーは、もうおしまい。
お店売りだけでもと、蕨餅。落雁。老松と三種類ゲット。

和菓子って、結構重たいんですよね。
それをぶらぶら持って、野々宮神社への竹林の道を歩きます。
足元には光があるとはいえ淡いもので、竹林は真っ暗。行きかう人はたくさんいますが
家人と顔を見合わせて「なんだかナイトサファリみたいやね。」と、笑いあいました。

野々宮神社は、ご存知「源氏物語」で、六条御息所が斎宮だったところとして有名ですが
縁結びとしても名の通ったところ。

「Kちゃん(娘の友達で未婚の子です)の、良縁をお願いしておこうか。」と、私が言うと
「それより、S(息子)が先やろ。人のことより、自分家が先やろ?」と、家人。

それもそうだと、思い返し、そのまま息子の良縁を「無理だな」と、思いつつ願った
母でした。


唯一、ライトアップしている宝源院まで行こうとすると、他の人たちも同じ考えか
ぞろぞろと・・・


桂川べりを歩くと、あの有名な「嵐山・吉兆」が、自前の、お庭の紅葉をライトアップさせて
他を圧倒しています。
門前には、誘導かがリの若いお兄さんが二人、軽やかに動いて、さすがと思わせます。

ここは、私の古くからの友人の娘も、結婚するまでは働いており、一度は行ってみたいと
思いつつも、あまりの敷居の高さ(お値段の・・ですが。笑)に、二の足を踏んでいる
うちに、友人娘は嫁いでここを辞めてしまいました。残念。

しかし、さすがに「嵐山・吉兆」です。
その佇まいだけで、貫禄十分。私らでも足を運べる「美濃吉」や「たん熊」とは
やはり一味も二味も違います。


さて、宝源院まで来たものの、人出が多すぎて、入場制限しています。
バスの集合時間のこと考えたら、もう無理と判断して、バスに引き返すことにしました。


ほんとうに、こんな時間の嵐山なんて初めてでしたが、正直言って、こんなに、
賑やかなの?と、びっくり。
こんなことでもなけりゃ、知らないままでしたね。

それはそれでいいんだけど、でも紅葉は「赤く」は見えません。
どの木々の枝も、黒くしか見えないのは、この時期残念であることに変わりはありません。

帰りはとてもスムーズで、ドライバーさんの見事なテクニックで、時間も、きっちり
帳尻あわせて、無事に帰路につきましたが、最期のアンケートに「お昼時間が遅すぎ。
これで嵐山は、企画ミス」と、書いておくことは忘れませんでした(笑)

楽しかったけど・・・でも、私にはやっぱり、バス旅行は無理です。
切り刻まれた時間の中で、バタバタするのは性分に合いません。
それは、去年の加賀屋さんで、十分判っていたのですが、日帰りはいいかもよという
いつもの家人のかる~い口車に、今回も乗せられてしまった・・・と、いうところです。

今夜は「千枚漬け」と、帆立の旨煮で、ご飯をいただけるのが、とても楽しみです。
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by sala729 | 2010-11-24 15:04 | Comments(2)

昨日、車で50分ほどの処にある「紅葉の名所」に、行ってきました。
初めて行った頃とは比較にならないほどの、整備された路と、駐車場が車で満杯
状態で、有名なお寺の周辺施設を含んだ名所なのですが、その参道も人で溢れて
いました。

それにしても、春は「桜」夏は「薔薇」秋は「紅葉」に、冬「椿」と、四季折々の
名花が楽しめるというのは、幸せなものです。
色々な赤の重なった枝に、黄色と黄土色の葉っぱが更に重なって、晩秋の
グラデーションはどこまでも深く、艶やかで、日ごろは「風流」なんて無縁の
暮らしをしていても、このときばかりは、秋の色の中に埋まりそうなひと時を
過ごしました。

もちろんその後は、参道前のお店で名物の「打ち込みうどん」を、頂くことも
予定のうちです。
お昼時を、少しすぎているというのに、お店の中は順番待ちの長蛇の列です。
家人が並んでいると、婿殿が代わりに並んでくれて、私たちはおみやげ場を見て回り
ます。

ひところは、「箸にも棒にもかからない・・」とまで、罵詈雑言をここで吐きまくった
私ですが、睡眠時無呼吸症候群の治療以来、人が変わったかのような「心遣い」が
できるようになった婿殿の株は、「やや成長株」と、いうところです。(笑)

もちろん、成長したところを見た以上は、それを正しく評価するにはやぶさかでは
ありません。
それくらいの、心の広さは持っている・・・と、自負はしております。ハイ。




おみやげ物売り場で、見つけたのが「こんにゃく」
山村でのおみやげには、ポピュラーなものですが、ここのこんにゃくの珍しいところは
小さな丸い玉状になっているのです。
ピンポン玉くらいの、まんまるい黒い玉がビニール袋にパンパンに詰められている様は、
なかなかユーモラスでもあります。

これを薄味に煮込んで、「ゆず味噌」で、食べるのですが、試食がなかなかに美味しい
んです。これが。
打ち込みうどんと一緒にオーダーすると、おでんとして10個くらいが串に連なって、
供されますが美味しく楽しく、いただけま
それと、ここのお豆腐は、とても堅いのです。もう少し山間部に入ると、かつては
お豆腐に藁縄かけて持ち帰ったというほどの堅さになるそうです。
これを、おでんにしていますから、「ホントにお豆腐?」ってな堅さだそうです。
(私、あんまりお豆腐好きではないので・・。でも、京都では食べますが・・)

メインの「打ち込みうどん」は、ごぼう、人参、大根、サトイモ、お揚げ、豚肉、
わけぎ(太めの細葱です)が、入った味噌味で、山椒をいっぱい利かせた、ちよっと
大人好みの、お味です。
これが、鉄鍋に入って、どさっと食卓に出されます。


おみやげもの兼食堂といっても、かなり大きな建物で、私たちも「離れ」に
通されました。
私たちのあとからも何組もの、老若男女が通されましたが、どれも似たようなものを
食べています。あまり、他にメニューがないということもあるのですけどね(笑)

お隣のテーブルの、お爺ちゃん、お婆ちゃんの四人カップルは、ちびギャングが
バタバタと騒ぐ様子を眼を細めて見てくださっていて、帰り際、私が
「すみません。お騒がせしました。」と、言うと

「なんの。子供は元気が一番。あれくらいの子が、じっとしとったら、熱でも
あるんじゃろ。はっはは~」と、水戸黄門様みたいな、笑い声で受け入れてください
ました。
「ほんまや。ほんまや。」と、他の方々も賛同して下さって、細めた眼が、目じりの皺に
隠れるほどに、優しいまなざしをいただきました。


ありがたいことです。
私は、こんな鷹揚なお婆ちゃんになれるか?・・・・いや、まだちょっと自信が
ありませんわ。

秋晴れの空の紅葉も、暖かいまなざしも、とても素敵な一日でしたのに、帰りがけ
私たちの三台前の車から、やはり三台が玉突き事故していたのは、ちょっと残念でした。
幸い大きな事故ではなく、けが人はなかったようでしたが・・・。


自宅のちよっと手前で車を降りて、家人と二人ぶらぶらと歩いて帰っていると
すごくいい気持ちになりました。
今は、散歩には一番いい季節なのでしょうね。

帰り着いてから、ベランダに出て、今年の「年賀状」の、準備です。
水彩絵の具を薄く溶かして、背景から入ります。
去年は、ぎりぎりまでほったらかして、結局、郵便局の判子で済ませたという
情けない過去が私を縛っております。
今年こそはと、早々に絵の具、シール、筆、蛍光ペン、貼り付けおみくじなどを
買い込んで、一枚、一枚、丁寧なものづくりをするつもりです。

そして、その第一日目が、今日という日になりました。

下絵はすべて終わりましたが、サンプルと一枚完成させてみました・・・なかなかに
いい!・・・・のですが、時間かかります。・・・・続くでしょうか???


重ねて自慢するわけではないのですが・・(結局はしているのですけど)
今年はポンチョやケープが流行と、街を歩くと女の子たちが装っています。
この季節・・なんだか私、急にものづくりしたくなるのですね。なぜか・・・。

そこでやりました。編み物・・・鈎針のパイナップル模様のケープを。。。
じつは、前にここで、frankurin様に教えていただいた、書見台がとても役立ったと
書きましたが、それはこのケープを編むためのものだったのです。

あの時は、まだ、出来上がっていなくて、娘もこのブログを見るために、
書けなかったのですが、このケープ、久々に娘にプレゼントしょうかと・・(笑)

出来上がる前に、暴露してしまうと、完成しないときに「カッコ悪い」ので
それまでは、伏せておこうと思ったわけです。

この性格ですから、それはとても辛い作業でした(笑)・・・早い話が、おしゃべり
ですから~



こうして、とても穏やかで、健康的な日曜日がすぎていきました。。。
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by sala729 | 2010-11-22 15:00 | Comments(0)

今日は、家人の母上が神戸のお墓参りの帰りにと、こちらに立ち寄っている
そうです。

うーん・・なんだか書きにくいなぁ(笑)
・・・・と、言うのも母上のことを、敬体で書けばいいのか、常体で書けばいいのかと
いうところで、少し躊躇しました。
本来なら、内々の人間として、よそ様にお話するのに、敬体を使うのは愚かしいこと
なのでしょうが、私達の場合、ちょっと違った「家族」の作り方をしているものですから
こういう場合、悩みます。


私と家人は、紛れもなく「パートナー」ですが、私は「嫁」ではありません。
もう何回となくここにも書きましたが、私は夫亡き後、生まれ変わって新しい
「A」という人間になりました。
それまでの夫家とのしがらみは、すべて息子が引き受けてくれています。最近は娘や
ちびギャングも受けてくれているようです。



もう、絶対に「嫁」と呼ばれる立場にはならないと決めました。
世の中のすべてがそうだとは言いませんが、折角自由に生きることのできるこの今の
立場を私は自ら、手放したくは無いのです。

最初は、望んでいた家人も、今は私のことが判りすぎて、自由気ままにさせてくれて
います。
息子も娘もそうです。もしかしたら、「何言ってもどうせ聞きやしない。」と、
諦めているのかもしれませんが、ともかく何も言いません。何も求めません。



そして、家人が母上にどう説明したかは知りませんが、母上も今の私たちの
状況を彼女なりに受け止めていてくれてます。
最も親しい他人として、最大限の礼儀と義理を尽くすこと・・・とても
ドラステックな言い方ですが、私はこのスタンスで接しょうと思っていますし、家人も
それでよいと言います。

母上も、あの世代としてはとても、ドラスティックな方で、こちらに来ることは殆ど
ありませんが、たまにきても「疲れたからホテル取って」と、言いますし、私もその方が
有難いです。
最初は我が家にも泊まりましたが、その後はありません。

それを、「気に入らなかったのかしら?」とか「汚れてた?」とか、もう思い悩み
たくはないのです。
疲れたのなら、ホテルにいるほうが、彼女もよっぽどラクでしょうし、私も楽です。



今回も立ち寄って、お昼を家人と一緒に摂りますが、そのあとお茶したら、同行の
妹ご夫婦と連れ立って、そのまま佐賀に帰ります。

もちろん、家人にはできる限りのことをしてもらいますが、私はいつものように仕事に
出ます。
私はその方が楽ですし、母上もホンネはその方が楽ではないかと、私は推測しています。


この年で、もう「ホンネ」で生きることを覚えたら、「建前の暮らし」ができないのです。
母上のホンネがどうであれ、あれこれ思い迷う関係を求めない性格に感謝しています。


と、いうことで、母上についてはやはり「敬体」で書くべきかなと、思ったら、
もうこれで認めることは、終了したみたいです(笑)



なんだか、とても回りくどい女でしょ?(爆)
私は、ずっとこうやって、自分のこと一番に愛しながら、きっととても我儘な
「白髪おばば」になっていくのだと思います。
なぜ白髪かって??

そりゃ、はげババよりは白髪ババのほうが、良いんでない?

・・・・・・どっちもどっちだよと、草葉の陰で亡夫が苦笑いするのが見えるようです。




ちょっと、意地悪なこといいますと(いつも言ってるんですけどね・・)
じつは、亡夫の両親は二人とも「薄毛」です。舅はもちろんですが、姑もそれは気の毒な
くらいの薄毛です。
結婚前に「母親の誕生日」と聞いて、張り切った私はプレゼントに「櫛」を買ったのです。

はい・・聞いてはいましたよ。薄毛とはね。でも、まだ一度も会ったこともなかったので
そこまでとは、思いも寄らなかったのです。
でも、亡夫も亡夫です。私が満面の笑顔で「サイズ気にしなくていい櫛にしたからね」と
言ったとき「えーっ」と言いながら、渡しちゃったんですよ。そのまま。


次の日「あれは嫌味か?」って言われたと聞いた時、「うわっ、やなかんじ」と、
思いましたが、初対面の日・・・しまった!!・・・
と、初めて知りました。世の中には、自分の想像できないことは、いくらでもあるのだと
しみじみ知りました。
そして、そのことが、今のこの状況の予兆だったのかもしれないと、今は思います。

ほんとに他意はなかったです。ごめんなさい。お義母さん・・・・


ということで、我が家の息子も娘も「髪」には、とても気を使っています。
あの、ファッションとは縁遠い、息子が原宿の美容院で三万円もかけて、髪皮質の
ケアをしていると聞いたときは、びっくり。

娘も、女性でもああなるという見本を見ていますから、びくびくしているようです。


私??

へっへへ~~
私はですねぇ、父も母も髪はたっぷり系なのです。
つまり、子らにとっての遺伝子は、母親系は問題なし。
父親系は、問題大有り・・・と、いうことなのです。
ちなみに、亡夫の祖父もテカテカで卵の白身で頭磨いてたそうです。(笑)


ですから、私は「白髪おばば」に・・・・と、いう長い、ながーい説明でした。
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by sala729 | 2010-11-20 16:11 | Comments(2)

午後の遅い時間になると、いつも顔を見せるのが、O川急便のドライバーの
おにーちゃんです。
小さな顔にサラサラの茶髪で、リスのようにクルクル動く瞳は、なかなかのイケメンで
ジャニーズ事務所に・・なんてお決まりの台詞が出てきてもなんの違和感もない風貌
なのです。


しかも、このおにーちゃん、可愛げがあるというか・・あて先の市町村名を見て
「これって、どこですか?何県?」と、物怖じも恥ずかしげでもなく、自然に
聞いてきたり
「ごめんね。今日はお願いするものないわ。」と言うと
天を仰いで
「そうっすか。・・・またお願いします~。」と、本当に残念な表情を残して
ビルの階段を駆け下りていくのです。

そうかと思えば、頼みもしないのに、送り人の欄に私の個人名を印刷した「送り状」を
何十冊と持ってきて、にっこり微笑みながら渡してくれて、さも気が利くでしょう?と
ばかりの「どや顔」(どうや?と、得意げな顔をすることなんだそうです。)して
みせたりで、なかなか楽しい子ではありました。

ある日のこと、彼の華奢な手首にパワーストーンのブレスレットが二本巻かれて
あるので、「それ、彼女からのプレゼント?」と、私がからかい半分に聞くと

「いや。ボク、嫁いますよ。子もいます。それに嫁の腹ん中には二人目もいます。」と
くりくりとしたリス瞳を輝かせて真顔で言うのです。

「へーーっ。こんな若いのに?。あたないくつ?」
「ボク20才です。」


・・・・・・・・年齢聞いて、二度びっくりです。
確かに、若いとは思っていました。しかし、二十歳でしかも妻子持ちとは・・・想像も
つかなかったです。


「そーなの。偉いわね。うちの息子なんて30。いまだ妻子なしよ。」
なんて、聞かれもしないのに、余計なことまで言ってしまいました。許せ、息子よ。


「待ってるときに、ガサガサって音がしたら、ああ、今日はあるんだなって、嬉しく
なります。」彼はなかなか社交的でもあります。
「そお?・・・ないときは気の毒よね。ほんとに辛そうな顔するものね。」と
言うと、またまた真顔で
「辛いっす。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いやはや、
もう30年遅れて生まれてきていたら(私がです。)きっと、心揺さぶられるような
そんな、爽やかな応対です。

「若くても、家族のために頑張ってるのよね。偉いよね。」
この話を聞いていた、上司も彼には好印象を持っているようです。

ホントに、今時の・・と、耳にタコのような言葉を吐くつもりはありませんが、彼が
そういう言葉を払拭させるような、存在であることは確かです。


自宅で夕飯を食べながらこの話をすると最初は、ふんふん。偉いね・・と、聞いていた
家人が、もう30年遅く・・という話のくだりになると

「40年でしょ。年のバラスから言えば・・」と、へーぜんと断言するのです。



むかっ!!・・・・・
この日は「ふぐ鍋」でした。
最期の「お雑炊」を何より楽しみにしている私と、「ひれ酒」を愛してやまない家人。
私は、お皿に盛り付けてあった「ふぐひれ」を、静かにそっと取り出して、
シンクのごみ入れに紛れ込ませました。


「あ、あれ??ヒレは?・・・ヒレがないよ。」
お皿の上を右往左往する家人のお箸を、横目で見ながら

「口は禍の元って諺の意味を、まだ判ってないみたいね。」冷たく言い放つ私に
やっと事の重大さに気づいた家人が、ごみ箱を覗き、シンクのごみ入れを確かめ
絶望的な顔して、席に戻ってきました。


「ひ、ひどい・・」と、言っているのでしょうか。
何か言うたび、広がる傷口を思い出したのでしょうか。表立っては何も言わないまま
楽しく食事は始まりました。(^^)

寒い夜は、やっぱり「鍋」ですねぇ。
ところで、ふぐのあとの、お雑炊、山口では「塩味」が普通ってご存知でしたか?
私は、去年知ったのですが、確かにとても美味しかったのですが、醤油の国の生まれ
なものですから、自宅で作ると、やはり「お醤油味」になってしまうのですね。

ゆらゆらと立ち上る湯気の間を、刻み海苔の香りと、小口葱の香りが交わって、
立ち上り、熱々のお雑炊を「木制スプーン」で戴くのは、とても幸せな時間です。

・・・・あ~日本人でよかった。お米さんありがとう~・・・・・・
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by sala729 | 2010-11-18 11:51 | Comments(2)

もうさすがに、私の住む地域も木々が色づいて、秋はさらに深く冬は間近に迫って
いることを実感しますね。


日曜日に、久米宏さんが司会をする「日本の食卓・・」という番組は、なかなか面白
かったです。
今の40代前後の主婦のお宅の、食卓がテーマなのですが、もう何年もコンビニの
お惣菜をお皿に移しただけの夕食を家族に提供していて、夫はそれを食べながら
「うちの奥さんは料理、上手いですよ。もしかしたら、オフクロのより美味いかも」
なんて、にっこりコメントしているのです。

これって・・やらせ??
だって、これテレビで放映されるんですよ。知り合いも、もちろん「オフクロ」も
見るでしょう?
第一、奥さんが今まで、黙って「手作りよ~」なんて、嘯いていたのがバレバレになるん
ですよ。

そんなひとり突っ込み入れながら、見ていたのですが、正直に言うと、なかなか
面白かったですし、興味深かったです。


手抜き・・というよりは、食事を作るということに対する、根本的考えの相違では
ないかと思うのです。
「母の味」というのは、手間隙かけて作った「煮物」だったり、和え物、漬物と
いうのは一般的イメージですが、前にも言ったかと思うのですが、どの母もが
お料理が得意なわけではありません。
苦手なのに、料理本片手に四苦八苦している主婦もおりますし、何時間もかけて煮込んだ
お料理を「まずい」と言われ、すさまじい喧嘩に発展した夫婦も知っています。


番組では、この世代の母世代を番組に呼んで、「母の味」を教えなかったか?と
いうテーマで話は進んでいきました。
70代の母親世代の殆どが「教えてない。無理に教えるものじゃないと思っていた。」と
口を揃えてお話していました。
この世代は、少女時代を戦中、戦後ですごした所謂「飢餓と絶対性の否定世代」です。
そして戦後の急激な欧米化を、より短期間で受け止め、こなして行った、賢い世代
でもあるのです。

そこにいたのは、スチュワーデス(あえてこう呼びます)だった方、英文タイピストだった方、
デパガだった方。洋画に憧れ向上心と好奇心に満ちた青春をすごした魅力的な方たちです。
その方たちは、自分の娘たちに、「押し付ける」ということを、自分の意志でしなかった
人たちなのですね。
そして、彼女らも、厳しい戦中、戦後時代に「母の味」なんて、悠長なものを伝授される
そんな時代ではなかった・・・と、いうことなのでしょう。

自分たちが作り上げたものだから、娘たちに押し付けたくはない・・・と、
言うことなのでしょうか・・・。


一理はあるかな・・とは、思いました。


でも、自分を振り返ると、私は丁度この真ん中世代なのですが、私も母からお料理を
教わったことはありません。
社会人になっても、お料理どころか、お洗濯すら母親任せの「ものぐさ娘」でした。

でも、うちの母は、とても料理が下手で、それはずっと共稼ぎで作る時間がないから
だと、長いこと思っていましたが、そうではないことにもう今は気づいています。



母の母(母方の祖母です)は、母が7才のときに、リューマチにかかってから、ずっと
寝たきりの生活だったそうです。
昔のこととて、入院するにも果てしなく続く長期入院に経済的に賄えるはずがなく、
祖父は生活のため仕事を少なくすることはできず、看護することは不可能で、
身の回りの世話は必然的に幼い母がすることになります。


母はそのため実質的に、小学校は半分くらいしか通っていないと言っていました。
そんな状況の中で、母が18才で祖母は亡くなりましたが、とても母の味を、
教えられたり、教わったりするような環境ではありませんでした。


見よう、見真似の料理ですから、レパートリーも少なく、美味しいはずもなく、
トンカツもハンバーグの味も、ずいぶん大きくなってから知りました。


今このスタジオに参加の方々のように、初代OLとか、華やかな社会生活とは無縁の
母でしたが、「母の味」が伝えられなかったというのは同じですけど、内容には
大きな違いがあるものです。


そんなことを思いながら、テレビを見終えて、私の子らの「母の味」というのは
一体なんだろうと思い始めたら聞かずにはいられなくなりました。

すると、息子は「・・・・」
娘は「カレーとスペアリブ」

・・・・・・・・・・・・・・・なんだそうです。
そして、娘は返すメールで
「Aちゃん(娘は私を名前で呼びますので)の、母の味はなに?」と、痛いところを
突いてきます。


「・・・・・ん。。。うーーーーん・・・ないっ。」と応えると、なんと笑い顔マーク
入りのメールで
「そう言うだろうと思った。おばあちゃん、天国で怒っとるよ。」との返信。



さもあらん・・・今夜は恨まれて、夢枕に立たれて、眠れないほど脅されても仕方ないかと
覚悟を決めて、寝室に向かった夜でした。。。(^^;)
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by sala729 | 2010-11-17 13:58 | Comments(0)

いろんなことがあったから、更新を滞った訳ではないのです。

と、今日の弁解は一行だけにしておきます。続けると、また毒液が流れ出しそうで、
ずっと見守っていてくださる他の読者様に、またまたいやな思いを投げつけそうなので
もう、やめておきます。
見てくださる方だけが見てくださり、ご意見くださる・・・それだけで十分です。



私のかっての同僚に「Tキャラ」と、呼ばれた女性がいました。
それはそれは、強烈な個性の主で、ここでもその「大物」ぶりのエピソードを何度か
ご披露したことがありますが、もちろん彼女はもう退職して、二度目の旦那様と、
仲良く(?)暮らしていることだろうと、思っておりました。

もっとも、あのキャラですから、普通の暮らしはしてないに違いないという声も、
周りからは上がっておりましたが、その彼女の息子さんは、アメリカで会社を経営
されています。
グリーンカードも取得しているそうで、なかなかの実業家さんらしいのですが
その方が、会社のHPを利用してご自分の個人的なブログをかいていらっしゃいます。
私たちは、時々それを見て、Tキャラの無事を密かに確かめあっているのですが、
しばらくそのブログに登場してないことが、気にはなっていました。

そして先日、そのブログを通して、Tキャラが二度目の離婚をしたことを知りました。
もともと、危うい再婚と危惧はしていたのです。
あんな強烈な個性のTキャラをどう調教するのか・・並の男性ではちょっと無理
でしょう・・・。
結婚相談所を通して知り合った当時は、まわりが赤面するようなラブFAXを、毎晩
交わし続けた二人です。最初は本当に、仲睦まじくTキャラは恋する少女のようでした。
しかし、それも長続きはせず、自分の全財産をカート付きの旅行カバンに入れて、
Tキャラは出社するようになりました。
いわく「彼が自分(Tキャラ)の、財産、狙ってる」・・・
とは言うものの、彼女自身、夫は億ションに住んでいるとか、お母様は某高級住宅地に
一人住まいとか、今時の女の子が垂涎するようなことを、吹きまくり(苦笑)・・だった
のです。


そんな中での、退職でしたから、みなそれぞれに気にはなっていたのです。

とても個性的で。。いやもしかしら、もうそれは「個性的」の範疇を超えているのかも
しれませんが、それでも同僚として机を並べて仕事をした仲であります。
やはり、幸せな結婚生活を続けていて欲しいという思いと、あのキャラだもの、続けるのは
難しいよねぇという思いが絡まって、複雑な毎日ではありました。


そのニュースソースである、息子さんのブログですが・・・
彼もなかなかに苦労したのだと思います。
強烈な個性の母親から逃れるためか、自分の志のためかは知りませんが、学校を出て
すぐからアメリカに渡り、いまは世界中を飛び回る仕事をしています。
向上心と、武道に通じる義理や節度を重んじて、妻を愛し、子供を愛する、陽気で
爽やかな、アメリカンドリームを体現したような方らしいです。ブログで見る限り・・


いや、彼を貶めようと思っているわけではないのです。
ただ、とても気になっているのが、彼の母親に対するブログでの「扱い」なのです。
彼は妻の両親をとても高く評価しており、誠実で温厚な義父と、優しく慈悲深い義母。
自分たちの将来のお手本とまで書いています。
妻側の親戚の人たちのことも、褒め称えています。
これは、これで義理の仲としては、褒められたことなのかもしれませんが、返して、
自分の両親のことは、対極的人間として書いてあります。

それでも、父親については、たびたび、まだ優しいまなざしが感じられるのですが
Tキャラ・・彼にとっては母親ですが・・については、ここまで書かんでも・・と、
いうようなところまで書いていることもしばしばです。



彼は嘘は書いてはいません。Tキャラを知る私達には、頷けることばかりです。
でも、それは当然、よい話ではありません。
母親に振り回され、騙され、右往左往させられたことは、本当だとは思いますが、
その母親だったからこそ、今の自分がいる・・・ということは書きません。
私たちは、彼にとっては不愉快かもしれませんが、Tキャラが、彼ら子供のために、
どんな援助をしてきたかを、知っています。
すべてとは言いませんが、彼女が寝る間も割いて、東奔西走して仕事に励んでいた
ことを知っています。
そして、頼られるまま、子供達に捧げていたことも知っています。


それでも、彼女は私たちの前で、どんだけ息子が立派になったか、優しくしてくれるか。
自分に何を返してくれたかを、切々と訴えます。

ずっと前に彼女とJRで隣り合わせに座って
「Tさんはいいですね。息子さんも立派になられて。うちなんて、いつ孝行してくれるか、
それどころか、いつ一人前になるか・・」と、話を向けると、嬉しそうに

「もうすぐよ。Aちゃん、もうすぐ、あなたのとこだって、うちみたいに、一億円送って
くれる時がくるわよ。」と、誇らしげに説いた彼女の笑顔が忘れられません。

一億円の送金は、大風呂敷ですが、いくらかの送金か、母親への借金の返済があった
のでしょう。
それを、「一億円」と、大きく広げてみせる母親は、迷惑ではあるでしょうが、これも
裏を返せば「母の愛」です。



かけられた迷惑と、与えられた「愛」とを、秤にかけたら、どちらにもそう極端には
傾かないはずです。

義理のご両親に向けられる、そんな考慮があるなら、Tキャラにも、もう少しだけ
彼女の喜ぶフレーズをちりばめてあげて欲しいな・・・と、思うのは、余計なお世話で
しょうか?やっぱり・・・(--:)


このあたりが、台風被害にあったら、炊き出しのおにぎりを作って、配らないといけないと
マジ顔で語ったTキャラ。
飲んだくれて、とりとめも無い愚痴をえんえんと吐き続けたTキャラ・・・

本当に困った人なんだけど(笑)、でも、気にかかる人ではあります。
一時、どうしても合わなくて、悔し紛れに買ってきたケーキをシンクに叩きつけて、
Tキャラストレスを発散していたこともある私ですが(笑)、彼女の母親としての愛情の深さは
認めています。

「そんな母親だけど、この母のおかげで今の自分と仕事がある」と、いつかそんな
文に出会えるかなと思いつつ、また私は彼のブログを覗くことでしょう。
余計なお世話と知りつつ、お節介おババと自嘲しつつ・・・(笑)
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by sala729 | 2010-11-16 15:36 | Comments(0)

ここで書いてしまうと、フェアじゃなくなるかな・・と、思いながら、大人気ない
性格ですから、触れずにはいられないのです。

この前回のブログを見ていただいたら、「あ~このことね。」と、笑っていただける
でしょうが、私あてのコメントに、かなり本気で返信させていただきました。



ここからは、あえて誤解を恐れずに書きますが、
私はこのブログ「私的」に公開しています。私に公の立場はありませんし、そういう肩書きも
もちろんありません。
私が私として自由に話のできる場として、私はここを持ったのです。

ここで、教えていただくことは多いです。
私がふつーに生活する中ではとても判らなかったり、触れることのできない、情報も
ここで知らされることは多々あります。

それらを知ることは、自称「知りたがりや」の私にはとても嬉しいことですし、楽しみ
でもあります。


私はこういう性分ですから、かなりはっきり自分の意見も書きますし、過激なことも
述べます。それについてのご意見は、いろいろ頂いて、それ自体が楽しみでもあります。
でも、私はここで、人様を煽ったり、同意を求めたりしたことはありません。
私は、いつも私だと思っていますし、他人様に自分のことを理解していただこうなんて
思ってもみません。
そういう意味では意固地です。



「和して同ぜず」・・・これ小学生の頃からの私の座右の銘です。恥ずかしながら、
こんな、生意気な小学生でした。(笑)


私は私の意見として、受け止め更にいろいろな考え方があるよと、ご意見をくださった
方、自分の意見を深遠に投げかけてこんな謙虚な意見の披露の仕方もあるのかと、
知らしめてくださった方、まったく無知な私に、専門的なことを判りやすく
掻き口説いて教えてくださった方・・その皆様に感謝こそすれ、反論などする気持ちは
全くおきませんでした。

さらにここで、私の一方的意見を広げると、それはあまりにアンフェアと、さすがに
私も思いますので、ここで止めますが、私はお話することが嫌いではありません。
仕事柄「お話してナンボ」と思っています。
ですから、反論も中途半端になるのは、いやなんです。

もしも、ここで十分な反論が受けられなかったり、投げられなかったりするのが
いやなのです。
もしも、ご意見がお互いに、消化不良だったら、二人だけで(・・へんな意味じゃ
ないですよ。笑)
思う存分、お話しましょうよ。メールなんて、とても便利なツールがあるんですから。





(^^)・・これですっきりしました。
割と単純なんです。(割と・・ではない。きっぱりとカゲの声)


今日は、携帯電話の機種変更にいきます。
仕事に使うので今までは防水と頑丈一辺倒のカシオのものを使っていたのですが、
確かにこれ、頑丈ではあるのですが・・・お、重い。。。

私は仕事電話が二個あって、どちらもすぐに出れるようにと、バッグの外側に吊り下げて
いるのですが、このカシオの重さに、バッグの持ち手が、少しづつ剥がれていってる
ようなんです。
仕事も大事だけど、私物も大切。しかも、私はこだわりですから、このバッグが
壊れたら困ります。
それで、もう少し、軽いめの防水ということで、捜していたのですが、携帯電話って
いつからこんなに高額商品になったの??と、思うばかりのお値段なんですねぇ。

常に仕事電話が二個ですから、私物としての携帯は持っていません。だから、価格に
ついても、本当に無関心だったのですが、私の知らない間に、とんでもない価格なって
いたのですね。

もちろん、家人や娘たちは、私物ですから知っていたのでしょうが、私はそんなことには
無頓着。それに、機種変更したって、なんとかポイントとか、なんとか割引で、結局は
ただか、それに近い金額でしょ?・・・なんて思っていたのですね。

事実、もうひとつのドコモは、いつもゼロに近い金額で機種変更していました。
auって、あくどい商売するわよねぇと、私が言うと、家人が呆れ顔で

「それは違うよ。君のドコモは毎月の使用料が高いからポイントが沢山つくのよ。
だから、機種変のときに、お金がかからないの。auはいわば受信専用で使って
いるみたいなもんだから、ポイントがないのよ。だからお金がかかるということで
auが悪徳商法しているわけではない。」と、・・・


なーるほどね。世の中にはいろいろ裏技があるものです。
そういえば、ドコモに行くと、こんなプラン、あんなプランと、訳のわからない
プランをいろいろ披露されて、さあどれ?・・・現実にはこういう言い方はしません
けどね。(笑)

なんてことはあったけど、メンドクサイので、「お奨めで・・」なんて鮨屋で
注文するみたいにしてたのよね。私・・と、ものぐさな自分を、この時ばかりは
ちよっと反省してみました。


そんなこんなな、昼下がりです。
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by sala729 | 2010-11-12 14:29 | Comments(0)

仕事の上で、次々とまぁ、いろんなことが起こるものです。
でも、悲しいかな、私は正真正銘「昭和の女」ですから、なにか事が起これば
起こるほど、奮い立つ性分なのですよね。(笑)



こうして、何かに向かって、いろいろ思考や工作を重ねている自分が、私は大好き
なのですよね。困ったことに・・
しかも、息子はまったくおんなじ性格で、つまらんところに見栄や意地を張り、
それが判る私にだけ、アピールしてきます。
これって、もしかしたら「変形マザコン」ではないかとも思いますが、男はみんな
マザコンが私の見識ですから、わが子が違うはずはありません(きっぱり)



でもね、裏を返せば、これだけの時間と努力と、愛情をかけて育てた子供ですもの、
大人になって伴侶を得たからといって、簡単に向こう側に寝返えられたのでは、
母親業はつまらんですよ。
ちょっとぐらいは、伴侶さんともバトルをさせてもらわねば、今までの苦労が悔しい
です。(^^)

そう言ったら、わが息子は怖気づいたのか、彼女の話を私の前では一切しなくなりました。
表向きは、仕事が忙しいということですが、ホントにいないのか、まだまだ私の攻撃に
耐えられたり、迎え撃ったりできる子とは巡りあっていないということなのでしょうか?

戦闘的な母親を持つと、子供は苦労するものです(大笑)



今、巷では尖閣ビデオの流出で大騒ぎしていますが、ネットに流した海保の方のお気持ちも
判らなくはありません。
現に、逮捕なんて!・・と、いう声は多いですよね。
彼も自らの正義に鑑みてとった行為なら、彼に同調する人たちも、何かしらの行動を
起こしてみるのはどうでしょう。例えば「我も。我も」と、流出犯に何千、何万もの人
たちが名乗りをあげてみる・・とか。

もちろん、犯人は特定できるでしょうが、少なくとも、彼を支持しているという
意思表示にはなるのではないか・・などと、私などは考えてしまいます。
中国の顔色ばっかり見ていると、振り返ったら国民はみんなそっぽ向いてるかもよと
民主党さんに、警告してあげたいくらいです。

今、中国旅行しょうなんて人は、非国民です(ふるっ・・笑)
なんで、今、中国に行く必要があるのか。「万博おばさん」も、今ではむかつく(笑)
戦え!・・・とは言いません。中国人のすべてが嫌いなわけでもありません。
でも、ヒステリックな一部の中国人と、それを利用しょうとする中国政府に
されるがまま、言われるがままというのは、どうしても受け入れられません。
なのに、自費で中国にお金を落としにいく人の気が知れません。


普通に戻ったら、いつものように旅立てばいいのです。
仲良くすればいいのです。
でも、それができない今、こちら側だけがいくら下手に出ても、それは無理。
なにがあっても「言ったものの勝ち」なんて、悪しき前例はもう沢山でしょう。


硬軟取り混ぜて、上手に付き合う。・・・それがご近所づきあいの極意ですよ。
こんな簡単なこと、私でも判るのに・・・

どうやら、与党という名の魔殿に、内閣というきらびやかな衣装を付けて住んだら
前も後ろも、両隣も見えなくなるらしいですね。

自民党さんだって、案外、野党として攻撃する愉しさを味わったら、もう守りだけの
与党になんか帰りたくない・・・なんて思ったりしてるかも・・
などと、思ってしまうんですけど・・・。。。
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by sala729 | 2010-11-11 11:54 | Comments(8)

昨日は高速道路にも枯葉が舞って、詩的ではありますが運転にはかなり迷惑な状況が
続いております。

でも、秋の夜長・・この時期になると、突然創作意欲が掻き立てられる私は、先日から
編み物の興じております。そしてその時に、何にもまして、今年の私のなかのビカ一
優れものが、frankrin様、ご推奨のあの「書見台」。

あれはいいですよ。すばらしいっ!!
最初は、「また、ほら・・」なんて、いつもの初物買いと、冷たい眼で見ていた家人も
「おお!・・これはいい。」と、賞賛の嵐・・と、言っても二人だけの小さな、嵐では
ありますが・・。

何がいいって、この書見台に編み物本を立てかけておくと、編み物記号がとても見やすい。
女性の方なら、男性も一度は見たことがあるとは思うのですが,、あの暗号もどきの、
編み物記号、段落ごとに変化していますから、目で追っていかねばならず、それは
この老体の眼にはとても酷な所業なのです。

毎年この時期になると、そのページを拡大コピーして、しかも編み終えた段落ごとに、
色を変えて印をいれ・・と、10年前に比べたら、1.5倍は時間がかかるようになりました。

それがです。それが今年は全くなしっ!!。
少し鋭角気味に本を立てて、色印こそ入れますが、拡大コピーなんて「ふん」ってな
かんじです。

この書見台、正直言うと、あわや家族の思い通り、無用の長物として「お蔵入り」かと
思われていましたが、ここにきて株は急上昇。

frankurin様、本当にありがとうございました。
当分の間、誰かのプレゼントにこれ、送りまわることと、存じます。自分が使って
いいものは、誰にでも押し付けてでも、使わせたくなるという、とても奇特な性分なので
皆様にも、きっとお喜びいただけるかと・・
(それで何度も、痛い目にもあいましたが、今回は自分も喜んで・・と、家人も隣で
申しております。)



さて、先日、私達にしては久々に映画に行ってまいりました。
あの(どの?)岡田クン主演の「SP」です。
ワーナーマイカルズは、どこでもそうなのかどうかは知りませんが、私たちの行く処では
5回映画を見たら、次は「ただ」になります。
私たちはもう何度もそれを利用させていただいております。
そして、何度目かの「ただ鑑賞」に、今回これを選びました。

テレビでも見てはいたのです。時々・、・
というのも、テレビで見た方は、ご存知と思いますが、あの番組の作り方って、ずるいと
思いません?
ドラマの半分とは言いませんが4分の1は、フラッシュバックシーンばっかりでしたよ。
効果的かどうかは知りませんが、見ていて「もう判ったわよ。」と、言いたくなるほど
でした。でも、ドラマとしては硬質で、乾いた雰囲気もそれまでにない感じであった
ことは認めます。


それで、どうしょうかと迷った挙句、行くことに決めました。



やっぱり、ジャニーズさん系ですね。
「大奥」ほどではないによせ、館内は若い女の子が沢山来ていました。
私の隣は、女子高生(制服着ていました)で、家人の隣は空き・・・ふふふ
邪心を持つと、そうなるんだよ。判ったかね?アケチ君・・ではなかったですが。。。


そして、まず予告編が・・・



おお・・なんと予告編はあの、実写版「宇宙戦艦ヤマト」ではありませんか。
かなり前から、話題にはなっていたので、主演が木村拓哉クンとか、黒木メイサさんとか
そういうことは、私も知っていましたが、隣で、家人がクスリと笑います。



「これ、突っ込みどころ満載だよね。」
「そお?パパ(亡き夫)が、いたら、絶対に来るというけどね。」
「そりゃ言うよ。突っ込みにね(笑)ボクだって、ファンだけど、だからこそ実写なんて
ありえない。しかもこの配役じゃあね。」
「へーそういうもの。ヤマトか・・・」



実は、私、この「宇宙戦艦ヤマト」なるもの、一度もテレビで見たことがありません。
全く、興味がなかったのです。
話題作ですから、粗筋ぐらいは知っていますが、それだけのこと。
しかし、亡夫は違います。

彼は、お城フェチでもありますが、戦艦大和だとか、隼戦闘機とかが大好き(念のため
申し添えておきますが、これ、戦前の話ではないですよ。決して・・高度成長期が
終わりかけた頃のお話です。バブルにはまだ間があります・・)
当然「宇宙戦艦ヤマト」も、毎週欠かさず・・というタイプの人間でした。
時代を遅れて生まれてきたなら、約束された「オタク」だったと思います。


当時、付き合い始めて間がないというのに、土曜日になると彼は、デートもそこそこに
時には断っても、そそくさと家に帰ります。

その理由が・・・なんと「ヤマト」を見るためだと、ぬけぬけと言うのです。
当時は土曜日の夜7時という、なんとも中途半端な時間に放映されていましたから、
それを見るためには、土曜の夜のデートはなし・・・と、言うわけなのです。


これって、相当屈辱的な話ですよね。それを、言わなきゃいいのに、この話、家人にも
したのです。
案の定、家人は涙を流して・・・・笑いおったのです(怒)
そして、それ以来、私のことを「ヤマトに負けた女」と、呼びおるのです。(怒)(怒)




そんな私が、なんで、突っ込むためだけに、この実写版「宇宙戦艦ヤマト」を、
見なければいけないのかっ・・・あほらしい。

「あなただけ来ればいいじゃない?」
「いやだよ。あのね、突っ込むっていうのはね、一人じゃできないの。できても
なにも面白くも可笑しくもないのよ。受けてもらって初めて成立する文化なの。
見たくなくても、一緒に来るのが、供養ってもんじゃない?」

なにが供養よっ。・・・・こんな供養なんて聞いたことも、見たこともないわよっ。

「じゃ、R(娘)と、来ればいいじゃない?」
「ダメだよ。君も一度はちゃんとこれ見て、あぁ自分はこれに負けたんだと思うか、
こんなのに負けたんだと思うか、ちゃんと自分を評価しなくちゃあ・・」


・・・・なんで??
なんで、今更、私がそんな評価しないといけないのよ???
普段は、私の半分も言葉数の少ないくせに、こんな時だけ妙に語彙が多くなるって、
どんな性格してるのよっ。

第一「屁理屈」は、私の専売特許ですよ。あなたなんかに、弄ばれたくはありません。



言いたい事は山ほどあるのですが、いくら空いているとはいえ、映画館の中です。
少しは自重もしなくては、大人として恥ずかしい。
そんな、良識が私の口を閉ざしました。



そして本編です。(前置きが長すぎて・・・笑)

まずこの映画は、テレビ見ていないと、話が理解できないと思います。
なぜ岡田クンが特別な能力を持ったのか。それがどんなものであるか。
そして、上司である堤真一さんと、岡田クンの心理的戦いの始まりはどこだったのか。
なぜ今こうなのか・・これを、映画だけで理解するのは無理だと思います。

映画の中にも、テレビの数々のシーンが織り込まれ、これはもう完全にテレビ・映画が
一体化した作品といえるでしょう。

そして、映画そのものも、今回で完結はしません。
最終テロップのときに、すでに次回編を流していたように、これには続きがあります。
でも、続きもこれを見ないと、判らないようになっています。

そういう意味では「コア」といえる作品かもしれません。
映画ファンにはサービスなし・・・なのですから。


アクションは、前評判どおり、なかなかよかったですよ。カーアクションも、
体を使ったものも。
ただ、私のように、ジャッキー・チェン世代には
アクションの感動ハードルが高いのです。ごめんなさいね。

でも、岡田クンは、精悍でクールでよかったです。これなら、あんなややこしい能力なんて
持ってないほうが、カッコイイかなと思ったほどです。

真木洋子さんも、「お龍さん」なんかより、ずっとこっちのほうが魅力的ですよ。
NHKさんに、上手に騙されたかも・・なんて思ってしまいそうなほどのはまり役
です。


そして、またまた出ました。香川照之さん。
日本映画に彼がいないと・・・なんて持ち上げているコメントも見ましたが、大抵の
方たちは、「出すぎ」と、思っていると思いますよ。
なにしろ、濃い。熱い。だからうざい。・・・なんて言うと、ファンの方からお叱りも
受けましょうが、なにしろひとつひとつのキャラが、濃すぎるからなにを演っても、
彼だけ熱い。

賢い方だから、それを狙っているのでしょうが、これだけ数多く出ると、食傷気味です。
どれが、岩崎弥太郎だか、正岡子規だか、与党の大物だか、JALの誠実な組合員だか
判らなくなってきます。というより、どれも同じに見えてしまいます。
ただ、映画の中で
「私は東大出るほどの頭はなかったですがね」と、にやりと笑いながら囁く台詞には
お遊び感一杯で、こちらも思わず笑えました。

某週刊誌によると、彼は子供を市川猿之助さんの跡継ぎにしたいとか報道されていましたが
真偽のほどはともかく、浜木綿子さんと猿之助さんが僅かの結婚生活で離婚して、
以来女手で育てられて、東大まで行って、それから役者になった、彼の人生を思えば
(あくまで傍目からですが・・)そんなに拘ることはないような気がするのですけどね。。

なにしろ、巷間言われている猿之助さんと、故藤間紫さんの恋愛は、年の差はともかく
小学生のときからの初恋の人とまで言われて、結婚相手だった浜木綿子さんにとっては
最大の侮辱であったろうと、私などは推測するのです。

それをもしも、週刊誌にあるようなことを、もしも息子が考えていたのなら、
浜木綿子さんにとっては、長い年月の末に、再びやってきた「津波」みたいなものです。
母として、女として・・・そう思うのは、平凡な女の人生しか知らない者だけが、
考えることなのでしょうか?


そして堤真一さん。
彼は岡田クンの上司の役です。もともと岡田クンをSPに抜擢するのは彼なのですが、
この彼が「日本革命」のメンバーでもあったというオチ。これはもうすでにテレビの
最終回で岡田クンには判っています。
それでも、映画では疑惑を持ちながらも、一緒に仕事をしています。
そんなことは、普通、ありえないでしょ?
命がけの仕事なのに、その指示を出す上司が信じられないのに、そんな下で仕事
できますか?


ま、それを言っちゃ、この映画は見れません。
ラストシーンなんて、深夜に呼び出された、幹事長を守りながら首相官邸までの三キロを
一人倒れ、二人倒れたSPたちをその場に残し護衛しきるのですが、その間、住宅街の
真夜中の路上で車がぶつかり合い、ダイナマイトで車が吹っ飛んでも、誰ひとり家から
出てこないし、灯りもつかない。

倒れたSPも死んじゃいないのだから、携帯で救急車呼ぶついでに、応援呼びゃあいいのに
誰一人、応援はこない。
国会議事堂が目の前の交差点で、信号が吹っとぶのに、路上は静か・・・

こんなのあり??
と、思っていると、スナイパーを、見つめるカラスが意味ありげ・・・なのになにもなし。

次回作のこと考えると、これで精一杯かなとも思いますが、正直言って、「ただ招待」で
行ってよかった・・と、思いましたね。(笑)

テレビでも十分です。これなら・・・
でも、悲しいかな、ここで終わらせるのは、私のこの性格が許しません。
こうなったら、どうしても完結編は見に行きますよ。
この、消化不良の鑑賞感を、もう少しなんとかしてもらわなければ、私はただの
「ヤマトに負けた女」です・・・(って、意味不明・・)


蛇足ながら、NHKの朝ドラ「てっぱん」の、子持ち下宿人のおじさんが、SPの
一人というのは、判りやすいですが、主人公の尾道のおにーちゃん(長男の方)も、
この映画に出ています。
下っ端テロリスト役で(笑)
家人は、こっちのほうが、はまり役やなぁ・・などとつぶやいておりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・おしまい
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by sala729 | 2010-11-10 11:53 | Comments(2)