久々に本業のお話から・・・(笑)


今年になってあちこちで「熊出没!」ニュースが流れていますが、町野洋子さん(60才)の
住むこの地域は、そんな警告は毎度のことで、飼い犬の散歩に出ると、この時期、野生の
鹿と出会うのだそうです。
そんなときは、鹿に向けて懐中電灯をピカッと向けてやると、慌てて逃げるよと、洋子さんは
こともなげに言いますが、それって・・どうよ?・・・ってな気になりません??


夫の一志さんは67才。小さな食堂を経営していましが、それを畳んで、市内の弁当屋に
勤務していましたが、それも去年退職しました。
もともと、生活は看護師としてのキャリアがある洋子さんの収入で賄ってきましたから
一志さんが退職したからといって生活に困るわけではないのです。


しかし、この一志さんに浮気疑惑が持ち上がりました。

相手は34才のバツ一。二人の子供をもつ、一志さんの元の勤務先の同僚です。
札付きの「遊び女」と、洋子さんは吐き捨てます。
小さな狭い町ですから、誰かのことを知ろうと思ったら、瞬く間に判ります。
女はあゆみ。高校時代に妊娠・出産して退学になり、その後子供わ連れて45才の
喫茶店経営者の妻になり、そこが潰れると夫を捨てて離婚。その後、やはり40代の男と
同棲中に、別の男との間に子供を産んで、その男とも別れたという、なんだか大昔の
大映ドラマみたいな激しい流転生活・・。

一志さんとあゆみは、私のの仕事中に自宅で逢引していると、洋子さんは言い張ります。
ボイスレコーダーの声、乱れたシーツ。無くなっていく日常品や食料。
それが判った今年の初めから、洋子さんと一志さんの諍いは激しくなるばかりです。


「あなたねぇ。そりゃあ酷いもんよ。蟹をね。蟹の足7本あったのよ。それが
うちが帰ると、もう2本になっとるのよ。いくらなんでも、あんた一人で5本も食べん
だろうがって責めたら、いいや、食った。食ったが悪いかって、今度は私を責めるんよ。」

これ、子供のけんかではありません。れっきとした還暦を超えた夫婦の会話です。

備蓄の缶詰も、ジュースも、買い置きの酒もビールも砂糖や塩や酢さえも、無くなったと
洋子さんは嘆きます。
そして、もっと大切なことは、老後のためにと、貯め続けていた500円貯金の黄金の豚が
三個とも、としても軽くなっているのだそうです。

洋子さんは腹いせに、一志さんにはお小遣いあげてないとは言いますが、これって
立派なお小遣いですよね?
ただ、貰うほうは、全部500円硬貨でもらうと、重くて仕方ないでしょうが・・。


一志さんも気短で、すぐに手が出るタイプなら、洋子さんも負けてはいません。
今までに、地元警察官の要請13回。もう110番したら、名前だけですぐ来るわよと
洋子さんは豪快に笑います。


しかし、笑ってばかりおれないのも事実で、二ヶ月前には激昂した一志さんに熱湯を
かけられ洋子さんは首筋から肩にかけて大火傷を負いました。
その後、一志さんが出て行くというのを停めるために乗り込んだ車のフロントガラスに
洋子さんは鍋を投げつけ、粉々に粉砕したりもしました。

女が自宅に入り込むことが許せなくて、汚物を部屋中に撒き散らして、一志さんに
「○チガイ女っ!!」と、罵倒されたこともありました。

ほんとに血みどろの命がけの夫婦喧嘩です。


洋子さんはもう離婚したいと言います。一志さんにもそう言いました。
でも、一志さんはそれに応じません。この家は、洋子さんのローンで建てて、支払いも洋子さんです。
前夫の子である娘の嫁ぎ先に近く、だからこそここに家を買ったのです。
洋子さんが出て行く気は全くありません。

一志さんは僅かな年金でここを出て、暮らしていけるかっ!と、開き直ります。


喧嘩をすれば物が飛び、ガラスが割れ、額も割れ、血が飛び流れ落ちる激しさに
家の中はもうボロボロと洋子さんは嘆きます。

そして、一志さんは夫婦喧嘩のあと、必ず洋子さんがわが子のように溺愛する紀州犬の
雑種「ホマレ」を叩いたり、食事抜きにしたりと、苛め抜くのだそうです。



うーーん。正直、とても重いです。
洋子さんは証拠を取って、突きつけて離婚を迫る覚悟でしょう。
それはもちろんできるでしょうが、後のプロセスを間違えると、大変なことが起こりそうです。
まずは、一志さんを洋子さんの50メートル以内接見禁止処分にしてからでないと、話し合い
にはなりません。

働きづめだったという小柄な体に不似合いな、節のたった太い指は、洋子さんの今までの
苦労を物語っています。
娘さんには
「だから再婚には反対したでしょ。お父さんのほうが、よっぽどましじゃった。」と
叱られたそうです。

でも、お話をお聞きしていると、前夫さんも、かなりの方で、洋子さんの苦労に
左程の差はないような気がします。


山間に見え隠れする朧の月は、「日本むかし話」に出てくるようです。
色づいた落葉樹が、里の秋をカラフルに染め上げています。
でも、周りを囲む深い山は、うっそうと一際黒く、高く聳えて、里の人たちを威圧してる
かのようです。

里の秋は、歌われるほど、のどかではないようです。。。
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by sala729 | 2010-10-28 14:44 | Comments(2)

この一週間は、仕事面でいろいろな出来事がありまして、なかなかブログ更新に
手が届かず、ちょっとストレス溜まり気味・・・でした(笑)

仕事にせよ、プライベートにせよ、十年一日の如し・・なんてことは有り得ないことで
良いことも、悪いことも、きっと必ず訪れます。
そして、その波を如何に上手にかい潜っていくかで、人生をどう楽しめるかという
私の課題の解が、そこにあるのです。

ビジネスはビジネスとして割り切っていくというのは、案外簡単ではありません。
でも、そうせざるを得なくなったとき、これが一番有効で現実的な解決の道で
あることを今更ながら、知ったような気がします。

死ぬまで、自分であるための道を、支えてくれるのは、家族と人間関係と、そして
ほどほどの経済力です。このために、私は今を生きています。




それにしても、秋の駆けっぷりには驚かされるばかりです。
あっという間に、寒波とか初冬とかいう文字が相応しい体感気候になってしまっています。
いつのまにか、春も秋も感じる間もなく、夏がきて冬が来る・・近年は特にこの傾向が
著しいかと思います。

そして振り返れば、その頃から、人に余裕がなくなってきたのかもしれないと思ったりも
するのです。
個人的に私は夏が一番好きですが、春や秋は、装いを一番楽しめる季節なのですね。
暑くもなく、寒くもない時期には、どんなファッションも似合いますと、楽しめます。
そういうときに、自分を主張する装い。自分の存在を確かめるファッションを、十分に
謳歌できると、人はものを見る眼が培われると、私は思っています。

今は数値でしか、物の値打ちや基準が測られない時代です。
それは、「見る眼」に、自信がないというより、それがもう無くなっている時代なのだと
痛感します。
自分基準で、ものを見るには、模倣もあり、反発もあり、失敗もチャレンジもあって
初めて育まれるものだと私は思っていますが、その第一歩が、ファッションだと
思っているのです。


春も秋もそれを試すには、絶好の機会だったのに、その時期があまりに短くて、
そういう体験をすることが難しくなっているのかな・・と、思ったりもしています。






話が繋がるかどうかは、読後のお気持ちひとつですが(笑)

我が家のちびギャングは11月初日に三歳のお誕生日を迎えます。
出だしで間違ったかどうかは、判りませんが、お誕生日は私達が企画します。
今年は、ケーキ屋さんがやっている欧風レストランの個室借りきりのパーティの予定で
もう準備はOK。もちろんケーキも予約済みです。


昨年、自転車を婿殿の実家とうちのどちらが買うかで大騒動の体験もあるので、今年は
先週、婿殿実家がプレゼントを買うのを見届けてから発注かけました。
ちなみに、自転車は婿殿実家が買ってくださって、いま機嫌よく乗り回しております。
もちろん、補助輪付きの三輪車のバージョンアップみたいなアレです。最近は、子供
子供した三輪車より、このタイプが主流だとか・・・


プレゼントの用意もよし。そして毎年お誕生日にまとめて一年分の成長記録と私からの
メッセージを入れた何ページものお誕生カードの製作も準備よし。(これは20ページ
くらいありますから、字が読めるようになったら読み返して欲しいと思っていますが、
本人はめんどくさくて嫌かもしれません。私のただの自己満足です・・笑)


そんなところに、昨夜、息子から電話が入りました。
「SHの誕生日にコート送ってやろうかと思うんだけど、サイズはいくらにしてたら
いいの?」

あらら・・・また、急に・・・
この夏、一緒に柏島に行って以来、なんだかちびギャングに、近づいた息子です。
しかし、子供に慣れていない独身男です。さすがにサイズまでは判らないでしよう。

「そうね。100なんだけどコートなら110でもいいかもよ。今年はうちもスタジャン
買ってるし、去年の冬はベージュのコート買ってあげてるのよ。ちょい、大きめのほうが
ありがたいかもね。」

息子はデパート勤務です。昨夜は同期会とかで飲みに出る前にと、新宿の自社で
買って送るつもりのようでした。

「判った。じゃダッフルコートかな。」
横でそれを聞いた家人が
「ダッフルのSやな。でも、あんまり重たいのはパスやで。」と、笑いながらの一言。



これには意味があって、わが息子、なぜかダッフルコート大好き人間なのです。
大人になってもそれは変わらず・・・と、別にそれはいいのですが、本格的な
ダッフルコートって、それはそれは重いんです。
英国製のという物を、お下がりと娘に送ってきたことがありますが、あまりの重さに
肩が懲りそうという笑い話も残っています。

しかし、そんな思惑をみじんも介さず
「いや、バーバリーにしょうかと思うんだけど、やっぱり重いかな?」
「バーバリ?????・・・三歳児にバーバーリのコート??。あなたそれ、いったい
いくらするの?」
「5万ちょっとかな・・高いよねぇ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いくら身近に子供のいない独身男とはいえ、もうちょっと常識を知れよ・・と
思ったのは母たる私だけでしょうか?

「5万って、それはちょっと高いわよ。もう来年は着れなくなるのよ。子供服は・・」
「そりゃそーだけど・・・・コートってこんなもんじゃない?」
「あのさ、親の立場から言うなら、5万のコート一回買ってくれるなら、1万の
セーターでいいから5回かって欲しいと、私なら思うわね。」

(オレなら5万の商品券が欲しい・・・と、家人。これには私も激しく頷く。久々の
同意ですわ。)

「そーなんや。判った。じゃコートは辞めるわ。子供服売り場行って何か相談してくるわ。」
「そーしなさいよ。コートは今年あるよ。もしも、どうしても買いたいなら、来年に
したら?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・その前に母の日に何か送ってこんかいっ!
私には、いつも、お誕生日と合同でアイスクリームなのに・・・と、思いつつ、これが
案外嬉しいものなんですね。ちびギャングは、日毎伯父である息子に、よく似てきています。
将来、ああなると思うと期待感ゼロではあるのですが(笑)それはねそれで可愛いものです。


そんな二人が仲良しというのも、幸せなものです。


しばらくしてPCに向かっている私に携帯メール受信のお知らせが~
「くっ・・やっぱり予算オーバーだったわ・・・泣」と、メールが・・


もういくらオーバーかは聞きませんでしたが、ここでも見る眼の問題でしょうね。
それがよいと思えば、妥当ですし、そうでないと思えば、ユニクロで買えばいいのです。

お誕生会で送られた物を見て、娘がなんと言うか、それはとても楽しみな一瞬では
あると思います、

息子よ。
がんばって働け!!
そして私にも、眼もくらむよなピアジュの腕時計をプレゼントしてくれ給え。
え?なぜピアジュかって??
高そうなの、それしか思い浮かばなくて・・・(^^;)
・・・・・・・・・・・慣れないものですから・・・・・・・・・・・・・・(自爆)
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by sala729 | 2010-10-27 12:57 | Comments(2)

わがブログ、唯一の写真がコスモスの海に変わりました。
先日、娘が不本意にも(本当は私が・・ですが)個別弁当を持って行った、公園のコスモス山の
一隅です。
なかなか見事なものです。ここで、散々蹴散らされた腹いせを、こういう形で返して来る
とは、娘も大人になったものです。なかなかのものと、少しは認めてやりましょう。


家人の風邪を「虎わずらい」と、見抜いたおりがみ様は、さすがの慧眼です。
昨夜は、ヨタヨタと巨人と中日の試合を恨めしげに眺めながら、さすが中日は強いと
力なくつぶやいておりました。
そこで私も一言。

「そうよね。日本シリーズ、ロッテが勝ち残ってくれたら、楽やけどなんて言っていた
けど、肝心の自分ち(阪神)が、負けて日本シリーズ自分から離脱しておいて、何言うかって
もんよねぇ~」と、囁くとがっくりとうな垂れて屑折れていました(笑)


先日は昔からの友4人と久しぶりのプチ同窓会。
ながーい付き合いの友というのは、本当にいいものです。
お互いの息子も娘も生まれた時からの、正真正銘の「幼馴染」と、いうやつです。

こういう友達は、ほんとにラクです。所謂「気心のしれた間柄」というものですね。
夫への不満も、介護の愚痴も、子供への思いも、吐き出せば受け止めてくれ、時には
投げ返したりもあったりして、本当の自分に近づいて話ができる相手がいるというのは
幸せなことです。

私を含めたこの四人。現実性はともかくとして、将来は4人でシェアして暮らそうかと
思っています。
共同生活は、ストレスも溜まるし、一番苦手なのは、誰あろうこの私なのですが(笑)
それでも、その時になったら、この暮らしは最有力候補です。

どんな形にせよ、誰か最後、誰か救急車を呼ぶ人間がいてくれる・・それだけで安心と
言う両親介護の友の一言は、なかなかに重みがあります。

なんと言っても、この話の前提には、みんな夫が先に逝き、自分が生き残るという
前提でものを考えているというところが笑えますが、夫たちもそれを苦笑いしながら
聞いているというところに、現実性があるでしょ?(笑)


年が明けたら、お泊りでどこかへ行こうかと、誘い合っていますが、それもこの年に
なればこその楽しみです。
お互いの体を詮索しながらの温泉もよし(自爆)海老・蟹三昧で乱れる(?)もよし。
夫たちの寝静まった夜に、一人づつを俎上にあげ、悪口三昧もこれまたよし・・
そういえば、若き頃、同じメンバーでキャンプに赴き、やっぱり夜中に、それぞれの
夫たちの悪口を言いながら夜を過ごしたことは何度もありました。
夫たちも、そういう妻の「夜のお仕置き」(なんだかあやしいビデオのタイトル
みたいになっちゃいましたが・・笑)を、聞かぬふりして、狸寝入りをしていたことも
妻たちはみんな知っています。

私達は、そうやって「ガス抜き」しながら、時に理不尽な人間関係をやり過ごしてきた
のですが、最近の若き人間どもは、どうもこのガス抜きが上手ではないようです。

今日は、取り止めも泣く書き綴っているものですから、時間ばかりがすぎていきます。

手抜きするわけではありませんが、今日はこのあたりで・・・
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by sala729 | 2010-10-21 16:06 | Comments(0)

秋晴れのいい日曜日です。

うちの娘家族三人は、県内の大規模公園の「コスモス祭」にお弁当持参で、出かける予定だそうです。
コスモスはもう、終わったのでは?という、余計な詮索はさておいて、今日のブログはここから始まります。


今はまだ製作中かと思いますが、わが娘宅の行楽弁当は、なぜか個々にひとつづつの弁当箱に
詰められているだそうです。
????

私にしたら、この時点でもう?マーク全開です。
家族で行くお弁当なのに、それぞれの弁当箱って、それなに?
ドラマでも、絵本でも、ネットブログでさえも、行楽弁当って大きな弁当箱に詰め合わせて
現地で、取り皿やお弁当箱の蓋を利用して取り分けて食べません?

「いや、ちびギャングがそうして欲しいらしいよ。」と、私から娘を防御しょうかというのがみえみえの
弁護。
「そうしいって、ちびギャングはまだ2才よ。何も考えずに、二歳児の言うがまま、はいそうですかって
言うわけ?」
「いや、そうじゃないけど、ほらDちゃんの実家も、大皿盛りの食卓じゃなくて、いつも個々盛りって
言ってたじゃん。だからでしょ。」

「だったら尚更、家族弁当の姿を見せてやらないといけないんじゃない?たった三人の家族で
公園行って、それぞれの弁当箱広げて食べるなんて、違和感ないの?」

「そんなこと、今言われても・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





思えば・・・
ちびギャングは、来年から幼稚園です。
保育園か幼稚園か、散々迷って、公立か私立か、更に迷って、結局自宅近くの公立幼稚園に決めたのは
母である娘です。(ややこしい表現ですみません。)

おかげさまで、私たちの住む地域は公私の幼稚園はそれなりの数があり、こちらが選択できるのは
ありがたい限りですが、娘がここを選んだ理由が、私の「口撃中枢」を刺激しました。

「お弁当づくりに自信がない」と、家人に洩らしたそうです。
周りにあるいくつかの、私立幼稚園は、週に二回程度、お弁当日があります。その他は給食らしいのですが。
公立幼稚園は、完全給食制です。

「今は、お母さんたちが、デコレーション弁当を競っている。そこで、お弁当作る自信がない。」と
言うことらしいのです。


アホかいな・・・
そもそも、自分自身、幼稚園時代(彼女は大阪で某私立女子大の付属幼稚園に通っていました)
週2のお弁当を楽しみに、給食はいやだいやだとほざいていたのを忘れたかっ!!

「ママのお弁当は楽しい。開けるのが楽しみ~」と、るんるん気分でお弁当箱やランチクロスを
買い集めていたことを忘れたかっ!!



私は、理由を聞いて呆れ果て、
「あのね。Rに言っといて。お弁当に自信がないなら、私が作ってあげる。そこいらのチンピラママ(すみ
ませんこれはただの表現上の言葉で、若いママさんに敵意を持っているわけではありません。)には
負けない自信があるわっ!!。」と、高らかに宣言。

「じゃ、その日は、オレのも作ってくれる?」と、期待一杯の家人のキラキラ目をスルーして、私の胸は
娘の消極性と不甲斐なさで、煮えくりかえりそうでした。



だいたい、彼女は名ばかりとはいえ(失礼)栄養士なのです。その肩書で結婚前は仕事もしていたのです。
ケーキやお菓子も手作りで、よく試食させられました。
それが、結婚わずか三年でこの「セリフ」・・・どーなってるんでしょうね。


確かに、もともと想像力とか、美的感覚には、多少問題があるとは、常々思っておりました。
自分で作ったお弁当の盛り付けに、躊躇して私に助けを求めたことも多々あります。
しかしです。

今から入園までは半年はあるのです。
この半年間に、練習しょうとか、デコレーションなんて流行に左右されなで「味」というものを
子供に教え込もうとか、母のセンスを日本一と思いこませようとか、そんな努力を一切考えもしないで
一番安易に逃げ込もうとする、その姿勢が私は気に入りません。



このブログを、現役保育士おりがみ様にもご覧いただいておりますので、こんなこと言うのも
口はばったいような、面映ゆい思いも多少はあるのですが、あえて言わせていただきますが
(どーせ、言うんでしょ?と、またまた家人。ばしっ!!・・懲りない奴め)

私は娘には、幼稚園役員は引き受けよと言うつもりです。
最近・・いや、私が母の時代もそうでしたが、なかなか役員の成り手がなく、持ちまわりだったり
無記名投票だったり、ひどいのはじゃんけんだったりしたこともありましたが、役員は少なくとも
一度は引き受けるべきです。

幼稚園と対等に話をする気なら。
自分の子供が幼稚園でどういう扱いを受けているかを知りたいならば・・。

昔は「保護者会」という名前で、運営されていましたが、ようはPTAですよね。親が自分の
責任を果たさないで、園や先生に求めても、それは聞き入れられなくて当然です。
自分の意見を言いたいなら、それは子供のことを知り、守るということだと思いますが
子供が可愛いなら、役員は引き受けろと言うつもりです。


私が母時代にもいました。
「私は仕事してるから」と、逃げる輩は。今はこんなこと言ってたら誰ひとり役員にはなれませんが
仕事をしていることを承知で役員に選出されたのなら、万難を排しても出れない行事には、申し訳ない
とは思っても、引け目を感じる必要はなにもありません。

子供にも、ママは全力を尽くしたけれどもできなかったと教えてやれるいいチャンスです。
もちろんそうなったら、私はサポートを惜しみませんよ。
でも、若いママたちも、利用上手、甘え上手になって、協力者を増やす練習だと割り切ればいいのです。
仲間のママや、年上の友達。近所の人。じじばば。
どうやったら、嫌われずに上手に利用できるか、こんないい練習台はないですよ。

私自身は「あの人はやりたがりだから」という声は何度も背中で聞きました。
でも、そんなことはなんとも思いません。
ではあなたがやれば?と、開き直らないのが大人と思っていましたもの(笑)

ただ前述の「私は仕事があるから」と、断るお母さんには言いましたよ。
「私は、あなたのおうちを共稼ぎさせてあげるために、役員になるのでも、ここに子供を入れたのでも
ないですけどね。もし、お仕事のために役員ができないと言うなら、代わりに役員しますから役員報酬
出していただけますか?」

もちろん、大顰蹙買いました(大笑)
園長先生にも苦笑いされました。でも、息子がお世話になってしばらくは娘もお世話になっての4年間
ずっと役員続けてきましたけど、面白かったですよ。
それは今も、思い返せばいい思い出ばかりです。


ただ、娘は私とは性格も考え方も違います。
何といっても、開き直れないというのが致命的なのも知っています。
でも、だからこそ、私たちが全面サポートするから、推されたら役員引き受けなさいと
言っているのです。
もしも、幼稚園と対立するようなことがあっても、自分の責任果たしていない保護者には
何も言う資格はないし、先生は誰も本気で聞かないと思います。

大事な子供を預けるのだからこそ、物言える保護者になりなさいと娘には言いたいのです。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そして、まずは、かってのように、華やかで輝かしい家族弁当を作りなさい。
個々弁当に慣れた、婿殿にも、これから弁当生活を始めるちびギャングにも、家族で囲むお弁当を、
分け与えたり、譲り合ったりする楽しさを、教えたり教えられたりできるような、そんな魅力的な
お弁当を作ってみなさいよっ。味はともかく・・(笑)
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by sala729 | 2010-10-17 09:40 | Comments(4)

もう、最近とは言えないのですが、それでもまた目につくようになったのが
学校現場での先生の放言・暴言報道の数々です。

今日も読売新聞に、米子の中学校の理科の先生が「崖っぷちの人をどの角度で押せば
どうなる・・」みたいな授業を云々という記事が、かなり大きく報道されていましたが
ここ最近こんな記事が目につきまくりです。

何人殺したら・・と、割り算教えた算数の先生。生徒に死ねと言った先生。
たしかに、ここだけ切り取れば、みんなとんでもない先生ばかりです。

・・・・・が・・・

ここで、上手に自分の気持ちを文字にできなければ、誤解を呼ぶことを承知の上で
あえて、物申すのですが、こういう教師の発言のニュースソースはどこなのでしょう?

当然、授業中ですから発言の大部分は、教室内ですよね。
そして、そこにいるのは先生と生徒です。まず他の第三者はいません。
すると、生徒達が親・友人に話した・・と、考えるのが妥当かなと思います。

それを聞いた親はどんな反応を示すのでしょう?
「ええっ!そんな極悪非道な先生に任せておけないわっ。」なんてことになる?
いや、なったからからこそ、こういう報道になったのですよね。たぶん。



そりゃあ昔もいましたよ。私達の時代も、子供の時代も・・
こんな先生も、こんな親も・・・


あまりに昔のことなので、歴史的物語と笑われるかもしれませんが、私の時代は
先生は絶対の存在で、親は先生を批判することは滅多にありませんでした。
でも、それでも「無い」ことはなかったのですよ。
先生を批判したり、非難したりする親たちが・・
でも、その頃は、親が学校に乗り込んできて、先生を吊るし上げ、校長先生や教頭先生が
それをまあまあと、宥めている姿を私は、子供時代何度か見ました。

隣の先生が吊るし上げられるのを、自分の担任がなだめているのを見て、「うちの
先生かっこいいな。」なんて思ったこともありました。

昔の先生だって皆が皆、強くて正義の人であったわけではありません。
中学二年の時に、体育館で全校生徒並ばされて、「静かに」と、生徒指導の先生に睨まれ
後ろの子の靴を踏んだことを謝ろうと、振り返ると
「そこっ。話すなと言っただろ。立っとけ。」と、あまりに理不尽な扱いを受けたことは
今でも忘れられません。

私は、遅れてきた全共闘予備軍生徒(笑)でしたから、日頃の言動をその先生に
眼を付けられていたのだと思います。
生徒会糾弾キャンペーンを、センター廊下に貼りだして、「お前は紅衛兵かっ!」と
叱咤されたこともありましたが、これも、昔気質のわが両親は、笑っていましたが、
今ならこのままでは済みませんよね?(笑)

(もしかして、皆さんの世代は、紅衛兵をご存知なかったりして?・・・
私、墓穴掘りました???)

いい悪いを別にして、事実だけを述べるなら何日もお風呂に入っていない、在日の
女の子に
「くっさいなぁ。風呂くらい入れよ。」と、言い放った先生もおりました。
給食費が払えず、集金時に下を向いている子に
「いいかげん、毎日忘れた言うなよ。親に言うとけ。」と、投げつけた先生もおり
ました。


昔の先生だからと言って、給食費の払えない子を、そっと庇って・・・なんて先生は
一握りです。それは今も同じでしょ?
いい先生の数だけ、悪いのもいる・・・(笑)


時代が過ぎて、私が母親になった頃は、「荒れた中学」がやや、収まりかけた頃
でした。
その頃は、夫の転勤に伴って子供たちも転校したこともありますが、結局、高校受験の
ためにと、地元に戻ってくる選択をしたので、わが子たちは、いわゆる「出戻り組」です。

親になって見ると、先生のあら探しには熱が入るのは確かです。(笑)
昔の自分の親のように、黙って「はい。」とは従えない親ではありました。
三年連続妊娠した娘の担任教師に「妊娠・出産は計画的にしてください。次も計画されて
いるなら担任は辞退していただきたい。」と、言って
「私に子供を産むなというんですかっ。」と、逆ギレされたこともありました。

もちろん産むななんて言ってませんよ。持ち上がり担任ですから、この先生の
生徒たちは三年連続、途中で担任が代休教諭に代わり、あまつさえ三年目は
隣の教室との複合授業になったので、もう我慢の限界が超えました。
当然、校長先生の人員配置についての、責任もお伺いしました。



こんな話も、当事者間では、泣いたり喚いたり(この場合、泣いたのも喚いたのも
先生ですが。。)しましたが、それ以上に広がることはありませんでした。




息子が中学のとき、修学旅行先で先生が生徒を叩いて、鼓膜が破れる事件が
起こりました。それは新聞沙汰になりました。読売新聞が一番熱心でした。

叩かれた子供の親は、とても教育熱心で、我が家の近所でしたからお顔は知っています。
子供同士もそれなりに、知っているらしかったです。
何度も、父母会が開かれました。

親は先生を許さないと言い、他の親たちは先生を庇う署名をしょうと提案しました。

そして「もう親の言うことなんて聞かない。悪いことしたら、先生、うちの子を
叩いてやってください」なんて父親まで現れました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アホかいなと、思ったのは
どうやら私だけのようで、その父親に賛同する声が、あちこちからあがりました。


「私はいやです。」黙っていられないのが、私の幸か不幸か・・。
体育館に座った父兄の視線が熱い・・・なんて殊勝な心根は持ち合わせていません。

「もう子供といえど、中学生ですから話せば判ります。話して判るように
育てています。それを、親を差し置いて、先生に叩いて欲しいなんて、私は望んで
いません。みなさんが、同意されるのは自由ですが、私は望みませんので、うちの子
には手を出さないでください。もし、先生がお話して、こいつは判らないと判断された
のなら、私に連絡ください。判らないのは私の責任ですから、私どもで判らせます。
先生といえど、他人様にわが子を叩いて教え導いていただきたいなんて、私は決して
思いませんから。」

言い終わりましたが、壇上の先生は、ぽか~ん。
父兄達は、シーン。そして割れんばかりの拍手が・・・なんてドラマみたいなことは
起こりませんでした。
そのまま、その会合は意気消沈したまま、終回となりました。(笑)


ただ帰りごろに、息子の音楽の先生がニコニコと近寄ってこられて
「いゃあ、S君に聞いたとおりのお母さんですね。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・息子は私のこと、どう言ってるのよ。

「なんですか、聞いたところによると、スリッパで叩く躾されているとか」
だからなに?
「いけませんか?」
「いやいや。今時、なかなか立派なことかと。」
「私の子供ですから、何かあれば私が責任取りますので、私は叩きます。でも、
他人様に面倒は見てもらいませんから、体罰はお断りです。」
先生を振り切って帰った翌日、叩かれた生徒のお母さんから道端で呼び止められました。

「Aさん、ありがとう。あなたにも応援してもらったら力強いわ。」
「は?・・・なんの応援?」
「聞いたわよ。昨日の父兄集会。みんな先生の味方して嘆願書なんて書いて、うやむやに
しょうとしてるのよ。私は絶対に許せない。あんな先生馘首にしてやる。」と
息巻いています。

「あ、あのね、何か誤解しているみたいだけど、確かに私も先生の体罰は支持しない。
嘆願書も書くつもりもない。でも、だからと言ってあなた達親子を支持するなんてことは
言った覚えもないし、悪いけどそのつもりもない。どんな状況で先生が手をあげたかは
Sから聞きました。あの場にいたからね。先生を支持しないのは、体罰という点だけね。
それは100%先生が悪い。でも、原因は、そちらにもあるかなと、私は思ってる。」

あの頃、私も若かった。今みたいな、オブラート会話ができなかったのですね。
叩かれ母は、真っ赤に怒り狂って、アクセル全開で私の目の前から去りました。


この件は長引きました。かの母は、新聞記者相手にかなり過激な発言を繰り返して
いました。
それでも、その発言は一問一句も紙上には載りませんでした。
出たのは、うちひしがれて下を向いたままの体罰教師の姿ばかりでした。



前述のようにこの件は目撃者が多かったのです。修学旅行の班長たちの目の前で
起こりましたから。
息子も見ています。そして彼らの多くは「あいつも悪いわ。」と、納得していました
から、帰ってきて、こんな大騒ぎになっていることは知らなかったと言います。
その後、今に至るまで、その叩かれ母と会話を交わしたことは一切ありません。
よほど腹に据えかねたのか、私の顔を見ると、顔を背けます。
私も、その存在がないかのように振る舞いますので、さらに彼女の怒りに油を注いで
いるようですが、もう今更、歩み寄るなんて考えられませんし、そんな気もサラサラ
ありません(笑)





この程度の話は、どこにでもあろうかとは思います。
子供相手に、確かに「殺す」とか「毒殺」とか言うのは適切な表現ではありませんが
これを、重箱の隅を突くようなと感じる私は、私の感性のほうがマヒしているの
でしょうか?

親だって、子供相手に「ぶっ殺すぞ」なんて言ってる人は案外多いですよ。
スーパーの駐車場でよく聞こえます(笑)

先生たちだって、その授業全部聞いていたら「・・・・・なんてことはしては
いけないんだけど、興味をもってもらうために引用したわけよ。そのまま
受け取るほど、子供じゃないと先生は信じてる。」・・・くらいのことは
言ったかもしれないし、子供の話を聞いた多くの親は
「へーそうなの。先生もわざわざ過激な例えだして大変よね。あなたたちが、授業に
集中しないからでしょ?」と、フォローを入れたのではないかと想像します。


そして、その中のほんの一部が、神経質に過敏になって、まるで殺人教唆でも
したかのように、マスコミに垂れ込んだ・・・というのが真相ではないかと
私は想像するのですが、的外れでしょうか?




確かに、先生の中にはとんでもない人種もおります。
でも、それは親も生徒も同じです。その「とんでも人種」たちを、ふつーの人種が
さりげなく、外れたところを、フォローしあいながら生きていく・・・これが
人間界だと私は思っていました。


こんなひとつのニュースから、次々といろいろなことを思い出すのは、年とった
証拠でしょうか?
まだまだ、血気盛ん。予定死亡年齢まであとバツバツ年。(ちなみに予定死亡年齢は
120才なのですが・・笑)
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by sala729 | 2010-10-16 15:47 | Comments(0)

もうすっかり秋らしくなりましたね。
夜が長すぎて、持て余している私は、連日連夜、wowowのサスペンスシリーズ
を見続けています。
昨日は「死の接吻」1992年の作品でしたか・・
その前が「ルームメイト」。これも同じ頃の作品なのですが、両方に共通して
おや?っと思ったのが、この時代、物語の中に携帯電話が出てこない。
これって、なかなか新鮮でいいですよ。

その代わり、ひっきりなしに電話はかかる。留守電は作動するってかんじで、こんな
時代のほうが、確かに想像力は育まれるというのを実感しましたね。


そういえば、ずっと昔・・・
息子は小学生の身で、一人旅大好き小僧でした(笑)
その頃はもちろん携帯電話などなく、旅立つ息子に緊急連絡先用の、夫の名刺と、
テレホンカードを持たせて、行く先々で電話するように言い聞かせて、見送ったもの
でした。

すると、旅先や乗り物の中で、気のいい、優しい大人は必ずいるもので、息子が
ひとり旅と言うと「へぇ~すごいね。」と、手放しで褒めてくださり、お弁当を買って
くださったり、持っていると言っても、テレカを買ってくださり「お母さんが心配しとる
よ。早く電話してあげ。」と、教え諭してくださったりしたものでした。

そんなときは、必ずお名前と住所をお聞きしておくようにと言って、手帳を持たせて
いましたから、あとで本人はもちろん、私からもお礼のお手紙は出させていただき
ましたが、今にしても本当にいい思い出です。
これも、携帯があったら、こんなつながりはできないでしょうね。

文明の利器を、否定したり、無視したりするつもりはありませんが、何かを得るという
ことは、確かに他の何かを無くすということですよね。


もっと遡れば、電話もない時代にも、物語は作れたし、コミニュケーションツールは
何かあったわけですから、案外、携帯がなくなっても、困らないかもね。なんて
思ってみましたが、若い世代はどうなんでしょうね?
我が家では、私も仕事してましたから、携帯がでた時は、飛びつきました。
子供たちにも持たせようとしました。娘はルンルンで、当時、中学生は殆ど持って
いない時代に、嬉しがって持っていましたが、高校生だった息子は「いらん。」と
一言。

とうとう高校卒業まで持とうとはしませんでした。
大学生になって、東京に出るという段になって初めて持ちましたが、それでも
下宿先に、固定電話とFAXを引いたという古典的人間ではありますけどね。


今の私の仕事は、携帯なしでは成り立たないので、今すぐ手放すことは事実上
不可能ですが、いつか仕事をリタイアしたら、もう持たなくてもいいかな・・とも
思います。
それで、連絡不能になって、独居死を迎えても、それはそれでまたよし・・(笑)


なんてこと考えていると、携帯に上司から連絡が・・(笑)

今日、上司は5年生のお嬢ちゃんが、市内の学童陸上競技大会に、走り高跳びの
選抜選手として出場するので、午前中はお休みすることになっていました。

午後になって出てこられたので、様子をお聞きすると、なんと一位!
それはおめでたいことです。

で、その時の話が・・・
上司とO夫人は揃って、競技場の観覧席に並んでいました。
さて、いよいよ残り、二人です。

もちろん、上司はビデオをスタンバイ。今か今かと待ち構えています。
すると、いつのまにか構えた左腕に、黒い大きな蟻が這い上がってきています。
もちろん、痒いでしょうし、気づかない訳はありませんが、こういう時は、一瞬の間も
外せません。
じっと我慢の子です。

そこに・・・
「あっ!パパ!!。。アリよ!。アリ、アリ」と、声がしたかと思うと、O夫人の手が
伸びて、上司の左腕を容赦なく叩きます。
いくら力を入れていたとはいえ、容赦なく叩かれると、さすがにぐらぐらと手元が
揺れ、思わず
「バカヤロー。ほら、もうHRちゃん(娘の名)の、順番来たじゃないかっ!。
もう、お前なんか、あっちへ行っとけ!!」と、さすがに日頃冷静な上司も、興奮気味。

「え?ええ?・・そうなの?。もうHRちゃんの番。あれがそうなの?」
O夫人は、不審げに競技場内を見渡します。



なんたるタイミングの悪さに、思わず私は笑いのツボをつかれて、しばらく
笑い転げておりました。
なんとも、O夫人は大らかです。
彼女は今、韓国ドラマに嵌っていて、「ロードナンバー1」の、ソ・ジソブさんの
ファンなのだそうです。
残念ですが、私とは全く志向が違うので、その「ソ氏」を、存じ上げませんし、
縁あって、家人がその番組をDVDで撮ってさしあげているのですが、なんの
興味もわきません。

家人は行きかがり上、そのドラマを見ていて「案外、面白いよ。ものはためしに
一回だけ見てごらんよ。」と、薦めるので第一回目だけ見ました。
最初の10分だけ・・・(笑)


この世にはどうしても、相容れない芸術もあるものだと、知っただけでした。



O夫人は何の屈託もなく、私に微笑んで「社員旅行は、家族同伴で、韓国旅行が
いいですねぇ~」と、話しかけてこられるのですが、私の韓国嫌いを知っている
上司は苦笑いしながら
「あのね。Aちゃんは韓国嫌いなのよ。ハサミの焼肉も、キムチもキライなの。」と。


訂正しておきますが、私はキムチ、嫌いじゃないですよ。
焼肉屋さんに行くと必ず、きゅうりキムチはオーダーしますし、焼肉も好きですよ。
自宅近くにはもう何十年も行き続けている「焼肉屋」さんもあります。
ハサミでは切りませんが・・・

でも、韓国は好きじゃないです。というより、キライです。
個々の韓国人が嫌いではないのですが、あの声高に自分を主張し、他者の声をオフリミット
するあの姿勢が嫌いなのです。(・・それはわが身を見ているようだから?と。
またまた家人の言わずもがな声が聞こえますが、シャットアウト!!)

そして「泣き女」にみられる、あの感情を隠しもしない厚顔。あれこそ、私の
美学の中の最も、受け付けない処なのです。

そして、私の血を引いたのか、見て育ったからなのか、わが息子も私に輪をかけた
「韓国嫌い」で、高校時代の修学旅行が「チャーター船での韓国」だったのですが
それが嫌だと、生徒会副会長の身でありながら、修学旅行をエスケープして
ずっと東京を彷徨い歩いていたという筋金入りです。

家人はお手軽海外旅行だから「焼肉食べに韓国行こうよ」と、何度も誘いますが
一切、聞く耳持たないようにしています。
お隣の国なのだから、仲良くしょうとも言われますが、それは政治や外交がすれば
いいことで、私など一民間人など、なにほどのことがありましょうや。


あらあら・・・なんだか話があらぬ方向に向いてしまいました。
今日はこの辺りで収めておかないと、何を口走るかもしれません。
では、また・・・と、いうことで・・・(微笑)
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by sala729 | 2010-10-15 12:51 | Comments(0)

10月の連休初日に、娘家族と共に、「祖谷・かずら橋」に行って来ました。

ご存知の方も多いかと思いますが、高知県と徳島県に跨る大歩危・小歩危(おおぼけ・
こぼけ)と呼ばれる深い渓谷の、まだその先にあります。
この地名、音にだすとなんだか、小バカにしたニュアンスがありますが、本来の意味は
大股で歩くと危ない。小股でも危ないと言われるくらい急峻という意味なのだそうです。

往路はこの渓谷を通らず、県道とは名ばかりの、隘路の続く道を、運転者以外は
久しぶりの車酔いの洗礼を受けながら、やっと到着したのがお昼前です。


行きがけに、近所の喫茶店でモーニング囲みながら、家人と婿殿がどのコースに
するかと相談していますと、その店のマスターが「かずら橋いくの?」と、親しげに・。
白の混じった剛毛と、髭が、喫茶店マスターらしいといえば、らしいような・・

「ええ。どのコースにしょうかと思って。」
「紅葉には、ちよっと早いようやね。私、祖谷出身よ。」
「あら?、西祖谷山村?」
「いや、もひとつ奥の東祖谷山村。」
「じゃ、マスター、平家の末裔?」

会話だけ聞くと、すごい遠国に聞こえるでしょ?
祖谷山村は、西・東とありますが、どちらも平家伝説が残っており、落人部落と
言われています。
たしかに、鄙という言葉が、これほど似つかわしい土地もないと断言できるほどの
山里であることは、間違いありません。


三年に一度でしたか、山の蔓を村民総出で切り取って、切り立つ岩場の渓谷に吊橋として
渡すのです。
もちろん、今は安全面を考えて、ワイヤーも渡しているらしいのですが、足元も蔓なので
広いところは20センチ近く間が開いています。そこからは流れの早い渓谷の白いしぶきや
岩がゴロゴロと見えます。欄干といっても、これも蔓ですから、持っても体を支えて
くれるわけではなく、足元、手元ともにぐらぐらと揺れ動く、なかなかにスリリングな
橋なのです。


初めての女性観光客は、ハイヒールだったりすると、絶対に後悔します。

奈良県の十津川渓谷の吊橋はその高さで日本一ですが(あれも怖いですけどね。余談
ですが、あの橋の僅か30センチの幅を、観光客が渡りはじめる前に、郵便やさんが
バイクで渡っているのを見た事があります。あれも、匠の技というものかと・・)
高さこそ譲れ、その奇橋の形状は、勝るとも劣らないと私は思います。

キャアキャアと、黄色い声に混じって「やめて~。揺らさないで~」と、哀願する
声も上がっています。
そうなんです。いるのですよ。必ず・・こんな時に、ぐらぐらと橋をゆする者が・・


あらら・・・知らずにもう橋まで話が飛んでしまって・・・ほほほ~



マスターがこの村の出身と聞いて、私はさらに質問。

「祖谷そばも食べたいんですよね。ほら、かずら橋渡って、びわの滝の前をずっと
あがったところに、お蕎麦屋さんありましたよね?」



しばらく行っていないとはいえ、私はここの蕎麦屋さんが大好きで、かつては
橋の下の岩場でお弁当広げたあと、その蕎麦屋で祖谷そば・・というのが
我が家の定番コースでした。

祖谷そばというのは、10割蕎麦で、晒していませんから、黒くて短くてブチブチ
切れます(笑)
そんな蕎麦の何が旨い?と、江戸蕎麦通さんには言われそうですが、このねちねちと
した素朴感がなんとも言えず、美味しく感じられるのです。

一言添えますが、私は神田藪そばのあの、細めのせいろも好きですが、この山里の
素朴な蕎麦に、そこいらの山で採れた、山菜やきのこが、たっぷりの田舎蕎麦も
大好きです。



ところが・・・

「ああ、あれ。あそこはもうないよ。お爺ちゃんが死んで、蕎麦打つ人がもうおらん
のよ。」

そうか・・改めて行かなくなった歳月の長さが身にしみます。
でも、食べたい。。。

「じゃ、どこ?」
「もうないよ。あのあたりにゃ、もう旨い蕎麦食わせるところはもうない。だって
蕎麦打っとらんのやもの。みんな香川のうどんやから買うとんよ。わっはは~」

わっはは~じゃないわよ。それって・・・

「ないって・・・ないってどーいうことよ。」
思わず、マスターの胸倉を・・・なんてことはありませんでしたが、私は全身から
力が抜けました。

「あ、あの、ネットで検索した○○の蕎麦って店はどうですか?」と、おそるおそる
家人。

「あぁ。あそこね。あそこは旨くないよ。なんたって、オレの従姉妹んとこやからね。
間違いないっ。わっはは~」

あぁぁ・・・お昼ごはんが・・・・・消える。きえる。キエル・・・・・・


「だけど、まぁ、おみやげくらい買ってやって。俺からって言えば、安くして
くれるから」と、ご丁寧に、マスターのお父様のお名前まで教えてれました。

でも・・・おみやげ別に、お安くなくてもいいんですけどぉ・・・
お蕎麦が食べたいだけなんですけどぉぉ・・・


そしてくねくね道を経て、かずら橋へ・・

昨日までの雨がすっかりあがって、冷たい空気がとても清浄で心地よいです。
はらはらと風に舞う、黄色い落ち葉も秋の訪れの使者のようです。


お約束の、かずら橋をちびギャングは婿殿に肩車され上機嫌で渡っています。
入り口では、そのあまりの自然さに、しり込みしていたくせに・・(笑)
渡りきったら、すぐに「びわの滝」が、水音高く落ちています。
すごく涼しくて、マイナスイオン全開ってかんじですね。

その前の店先には、祖谷の名物「でこまわし」とあめご焼きが、炭火を囲んで串刺しに
されています。
「でこまわし」は、じゃがいもとこの地独特の堅い木綿豆腐、それにこんにゃくを串刺し
にして、自家製の味噌を塗りながら、炭火で焼くというものです。
阿波名物「人形浄瑠璃」の、頭部分を「でこ」といい、劇中の見得を切るシーンでは
頭を回したりしますが、この串刺しも同じように回して焼くことから「でこまわし」と
呼ばれるらしいです。


ちょっと一休み。
今日は運転しない家人は迷わずビールとあめご刺し。
私たちは「でこまわし」と「だんご」と、ラムネ。
そして、ちびギャングはなんと「そば」が欲しいと・・・

「ほら、マスターが美味しくないって言っていたから、○○の蕎麦はやめて、ここで
食べようよ。」と、家人がいつもの妥協策を提案。

うんうんと、頷く娘と婿殿より先に私は
「だめっ。行くわよ。食べてみないと判らない。味覚なんて人それぞれ。」
「だって、わざわざ、まずいといってるのに、行くことないじゃない?」
「何言ってるのよ。食べてみたからこそ、ホントにまずいって言えるんじゃないの。
行くわよ。まずくても行く。」

大人三人は、もう何も言いません。
ちびギャングだけが、蕎麦をまってルンルン~
「あのさ、どうせ○○の蕎麦行くんだったら、ここで食べたら、食べれないから
一応、Dちゃん(婿殿の名)だけ、食べてみて。で、味教えてよ。」と、家人。

「いや。むりむり。わかんないっす。オレが食べたら全部、旨いっす。」

なんだか、みんなが責任回避しているような会話です。


「でこまわし」・・美味しかったです。おかわりしました。(笑)
娘は「だんご」が、美味しいと。団子粉で作ったねっとりした団子ですが、それが
味噌によく会うと申しておりました。
あめごは、もう感激するくらい美味しいと、いつものように大げさな家人コメント。
かの人は、ビールのつまみになるなら、大福餅でも美味しいと、叫ぶことでしょう。


そして、車にのって、例の○○の蕎麦に・・・
ところが、このあたりでも大きな方の店なので、駐車場も広いのですが、なんとこの
時間帯は、満車。
この地に不似合いな、無粋な制服のガードマン氏が、誘導しているではありませんか。

「もう、いい。バス。」
「へ?」ハンドルを握ったまま、固まる婿殿に「待ってまでは入らないってよ。」と
娘が囁いています。
そして、次の店・・・またも満車。
次は店がチープ・・・・

なんやかやのうちに、次の予定地「ラピス大歩危」に。。。
ここの渓谷は、吉野川を源流としていますから、その水流の豊かなことと、綺麗なことは
特筆ものです。

この地で切り出した、原石の美しさを展示しているのですが、それよりまずここで
腹ごしらえです。さすがに、空腹。。。

川にせり出した、テラスに席を取ると、眼下に岩場の渓谷。川を挟んで対岸は土讃線の
線路と背後の緑豊かな山、また山です。店内のレストルームで調達してきた、お蕎麦。
山菜蕎麦は「ニッスイ」。焼きおにぎりも、もちろんニッスイ。
それでも、誰も文句も言わず食べてます。そう、美味しけりゃいいんです。
「ちがうだろっ!!」と、家人と娘の突っ込みが見えてくるような・・・
でも、ここにしたおかげ・・・と、思えたのは、食後すぐのことでした。


何気に対岸の山を見ていた、婿殿。
「あの木の動き、なんだか不自然。」と、指を指します。
確かに・・・周りは動いてないのに、その木の枝だけがたわんでいます。
じっと、眼をこらすと・・・

あっ!・・・・・猿!!猿!

そうなんです。木々の間を野生の猿があちこちに、伝わって、とうとう線路にまで
降りてきました。
それも、何頭もが連なって、猿はグループ行動って本当だったのですね。
ちびギャングも大喜び。まわりのテーブルの人たちも、みんなザワザワ・・・
そうですよね。野生の猿なんて、早々見られるようなものではありません。
今年の夏はあまりに暑かったので、どんぐりの実の生育が悪く、猿や熊が里に下りてくる
というニュースを実感した一こまでしたね。


「ほら、ごらん。ここでお昼食べたから、見られたのよ。」と、言う私の声を無視して
家族は、併設してある「妖怪博物館」に向かいます。
水木しげるさんでおなじみの「子啼き爺」は、ここの生まれなのだそうです。
それが、妖怪になってからここで生まれたのか、妖怪になる前の人間時代の話だった
のかは聞き逃し、見逃しましたが、なかなかに商魂逞しいものです。

でも、ひやっとさせられたのは、入り口前がPになっているのですが、車を降りようと
すると、目の前を妖怪の着ぐるみたちが、やってくるのです。
もちろん、子供たちは大騒ぎ。
ちびギャングも固まってしまって、動こうともしません。
「パパのお友達なんよ。」と、言い募って無理やりツーシヨット写真。
・・・・パパのお友達って・・・パパも妖怪かい??・・・・・・・・・・・・


その後の車で到着した5才くらいのおにーちゃん。
降りた途端、「カラス天狗」の洗礼をうけて、うわぁ~っと回り右して走り出したのです。
そして、見境なく走ったものですから、車道に飛び出す寸前。その子のパパがキャッチ。
車道は国道ですから、結構往来はあるのです。

そうなんですよね。子供は精一杯だから、だから面白いのだけど、こんなことで事故でも
あったら、なんのために着たのか判りません。
くれぐれも気をつけろという戒めと、私も受け止めました。


そして、すぐ眼と鼻の先から「遊覧船」が出ているのです。
エンジンは積んでいるものの、25人乗りの、見かけは「櫓こぎ舟」です。
もちろん、乗りますよ。こういうものは乗ることにしているのです(笑)

両岸が切り立った花崗岩。川鵜や鴨が水辺に、鳶が空高く舞って、情緒たっぷりです。
そして、頬にあたる風のすがすがしさ。
岩場の上の歩道を行く人や、すれ違う船の客たちに、手を振り合って、お互い
嬉しそうです。こういう、ご挨拶、私、大好きですよ。
なんだか、とても楽しくなるでしょ?
30分の船旅があっという間です。


ハードな一日でしたが、とても楽しかったです。ちびギャングがもう少し、おとなし
ければ・・・(苦笑)
はい。彼は日毎ハードに、逞しくなっていきます。
疲れたら、僅かの充電時間で、再びさらにハイパワーで動きます。ほんとに、
上り坂のエネルギーに対抗できるものは、何もありません。


ようやく別れてやれやれと一息ついた時、家人の携帯にメールの音が・・・
いやーな予感・・・・
私の携帯は、仕事関係がよく入るので、私と家人がいるときは、用件があれば
家人のほうにメールが入るのです。

「明日、お隣のMIちゃんのお誕生日プレゼント買いにいくから、連れてってね。
Dちゃん仕事だから、午前中には行きます。」と、Vサインメール・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほっとしたのも束の間、明日もまた続くのか
と、嬉しいような辛いような・・・

家人は、そそくさとマッサージ機に身を任せ、私は念入りに、家人に足裏マッサージを
施してもらい、明日に備えたのは言うまでもありません。

あぁぁぁ・・・明日が、こわい・・・
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by sala729 | 2010-10-13 14:10 | Comments(4)

しばらく、バタバタとしていたので、ブログを書けない時間があると、テーマは
溜まっていくものですね。と言っても、すべて私の独断と偏見ではあるのですが・・


昨日も久しぶりに中国道を走りながら、国会中継を聞いていましたが、なかなかの
論戦で面白かったです。
石原氏は、さすがにメリハリ利いて、朗読劇聞いてるような錯覚に陥ることも
ありましたが、石破氏はあの独特のトーンを繰り返し聞いていると、眠りを
誘われますね(笑)

ただ仙石さんを除けば、民主党さんはみなさん、自民党二氏の前に役者負け
している感は否めませんでしたね。
仙石さんはさすが、弁護士さんです。役者負けはしていませんが、いかんせん
悪代官の捨て台詞にしか響かないのが、お気の毒のような、自業自得のような・・


その中でも、やはりメインは中国問題。これは当然ですよね。

そこで思い出したのが、ノーベル平和賞です。

中国の詩人にして思想家「劉暁波」氏。

私は、ノーベル賞の中でも、この平和賞の、その選択の基準について、かつて
佐藤栄作氏が受賞して以来、ずっと疑問符を抱えたままでした。
アウンサンスーチー氏の時に、少し基準が戻ったかと思ったものの、昨年の
オバマ氏で、また迷路に入ったかと、落胆とほのかな期待を繰り返してきましたが
今回の、劉氏の決定については、委員会決定に無条件で敬意を表します。



しかるに、この決定の前に、委員会に圧力をかけるなんて、中国もアホさ加減を
世界に知らしめたものです。
自国の文化と意識水準の低さを、世界に公開したようなものではありませんか?

最近の中国は、聞き分けのない幼児国「北朝鮮」の兄貴分みたいになっていますよ。
やっていることも、言っていることも。。。
聞き分けのない巨大児だから、抱き上げてあやすこともできず、ただアメを与える
だけしかしないのは、持て余しているからだけで、怖がってるのでも、ましてや
可愛いからでないことは、確かです。


今、私は大好きな「蒼穹の昴」の吹き替え版を見ています。
でも、やはり吹き替え版は、それなり・・・ですね。
もちろん、中国語が判るわけではないのですが、中国人が中国人を演じている
以上は、中国語の強さや、堅さや、響きの中に、その思いは詰まっているのでは
ないかと感じるのです。
だから、春児がつぶやいても、梁文秀が朗々と事をわけても、西太后が令を
発しても、吹き替えで見ると、なんだか他人事のような聞こえてしまうのです。

声って大事ですよね。さすがに、京劇の歌は、中国語でした(笑)

ただ、吹き替え版で何がいいかと言うと、なにかのついでに見られるということ
ですね。
画面に集中しなくても、声だけでその場面の想像が付きます。
・・・・・・・これがいいことなのかどうかは別ですけどね。

秋の夜長は、時間が私のものです。
やりたいことも、遣り残したことも、あまりに多くて、ひとつひとつを拾い
集めることは無理でも、楽しい時間を多くすごせますようにと、細い月に
願いをかけてみました。
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by sala729 | 2010-10-13 11:20 | Comments(0)

昨日の教養あふるるブログ・・・ホントかいな? ただテーマがノーベル賞受賞と
いうだけで、教養あるというより、むしろ、教養のなさを暴露したという方が
正しいような・・・という世間の声は無視して、なんと今日の話題は
「ミスタードーナッツ」


この統一感のなさ、テーマの散乱、行き当たりばったりの感性・・・いやぁ、
これこそが、私「相談員」の、すべてであります。(・・・なんて、開き直っちゃって
いいのかな?)


さて、本題の戻ります(笑)

なぜ、ミスタードーナツツ(これはミスドと称するらしいので以下ミスドで)かと
言うと、いとも簡単、聞けば単純。はっはは~~


みなさんは「シルシルミシル」という番組をご存知ですか?
私はいつも、録画で見るので、いつ放映されているのか知らないのですが、私、アレ
好きなんです。もちろんテーマにもよりますが、大雑把に言うと、企業探検という
のがメインですね。

他にメールで寄せられた、子供さんからの質問や疑問を解決していくコーナーも
あってなかなか面白いです。
ただ、番組の性質上、企業臭がたちこめている感はありますが、概ね「へぇー」とか
「ふーん」とかで見ていられます。


昨日はスペシャル版とかで長かったのですが、ご飯時に見るには、丁度いい番組と
私は思っています。

ここで取り上げられたのが、ミスド。
もうこの年ですから、頻繁に買うことはありませんが、それでもたまーに、買って
帰ることもあるミスド。
何より、子供たちが幼いころは、おまけのお弁当箱や、手帳なんかを集めるために
欲しくもないドーナッツ何十個も買ったこともありましたっけ・・(笑)

聞けば今「なんでも100円セール」とかいう日があって、その時は戦争状態だとか。
24時間の密着取材があったり、手作り(と、言っても種は機械を通して油に
落とすんですけどね)ミスドでチャンピオンの技があったりで、なかなか面白かった
のです。
なんでも、プロの技というのは、たいしたものです。

その中で、これはいつものお約束みたいですが、その商品のちよっと変わった食べ方を
企業側の人たちに聞くコーナーがあります。
今回、その中でご披露があったのが「ポンテリング」の和風の食べ方。
15秒ほどレンジで加熱して、コーティングの砂糖が溶けかけたのを見計らって
だし醤油を絡めて、海苔をまいて「磯部リング」。


もうひとつは、ちぎって、やはりレンジでチン。黄粉をまぶして安倍川風に。


これ見たら、どうしても居ても立ってもいられなくなり、夕飯を途中でやめて、
ビールから水割りに手を出していた、酔っ払いを叱咤して、私は着替えはじめました。
今から、一番近くのミスドに行くと、宣言すると目の前の酔っ払いも、自分も行くと
言うではありませんか。

魂胆は判っています。私一人を店にやったら、何個買ってくるのか判らないと
思っているのに違いありません。
酔っ払っているので、運転もできないのに、付いてくるのは迷惑千万と、言っても
「ポンテ~」などと、浮かれています。


しかたがないので車に詰め込んで、近くの大型スーパーに・・



もう時間が時間ですからと高を括って行くと、店の前には「本日100円セール」の
の幟旗。
おっ!ラッキーと思いつつも、テレビで見たあの混雑が甦り、一瞬いやな気に
なりましたが、やはりあれはテレビ用。もしくは、都会用ですね。


お客さんはいらしたのですが、なんの混雑もなく、しかも買い方に慣れていない
私達は手際が悪いので(この店では店員さんが商品取るのではなく客が自分で取って
レジ前に並ぶみたいです)、後ろの女子高生二人と、主婦三人連れに順番を譲って
ゆっくりと品定めです。


車の中で、酔っ払いは娘に電話を入れて
「いゃあ、失敗したよ。ご飯食べながらシルシルミシル見ていたら、Aちゃんが
突然買いに行く!だってよ。ホントに猪だからね。すぐじゃないとダメみたいよ。
一人で行かせたら、何個買うか判らないから付いてきた。Rは何が欲しいかメールで
送って・・」なんて余裕の会話。


何種かの名前はありましたが(忘れたもので・・笑)肝心のポンテリングはありません。
「おバカね。なんでポンテが入ってないのよ。」と、毒づく私に酔っ払いは微妙な
笑顔です。
娘もたまたま、今日の昼間、このビデオを見ていたらしく、私の反応に驚いた風では
なかったようです。


散々迷って、合計17個。誰がこんなに食べるんじゃという声を無視してレジを
済ませると、多い目の箱を娘の家に届け。もちろん、頼まれもしないポンテリングも
しっかり入れてます。残りは我が家へ。
そして私は定番のフレンチクルーラーをいただきながら、番組の続きを見ます。
たまに食べると、美味しいですよね。フレンチクルーラー。
ポンテは翌日の朝、試しました。

「いけますっ!」これはほんとに美味しい。
お正月用に売り出される、真空パックの鏡餅の中に入っている、水分だらけの機械餅
なんかで作る安倍川餅より何倍も美味しいですよ。
ただ、テレビで15秒チンと言っていましたが、あれはレンジの種類にもよるでしょうが
我が家では25秒ほどかかりました。
要は、あのお砂糖コーティングが、やや溶け加減というところがタイミングです。
そして、何も入れないただの黄粉をころころと塗して、いただくと幸せです。


さて、番組は続きます。

子供さんからのお願いメールを次々にこなしていく企画もあって、たいていの
場合は面白く見ています。
今回は「金太郎のように熊にまたがれるか?」という質問で、これも世界中を
探し回って、アルゼンチンの動物園で実行していました。

熊はもちろん、チーターがじゃれ付いたりや、ライオンの背中にまで乗れるのです。
この番組のデレクター氏が、ちゃんとやって見せてくれました。

う~ん。。。アルゼンチン、行きたい・・・
なんたって、動物園フリークの私としては、やりたい・・・
トラの頭を撫でて、ピースサインして顔を並べてみたい(それは、どっちも怖い・・と、
家人が・・ばしっ!)

ライオンの背中にまたがって、ときの声をあげてみたい・・・・

そうは思うものの、アルゼンチンは日本から30時間かかるとか。
・・・・うっううぅぅぅぅ・・・・ても、行きたい・・・


東南アジアのどこだったかには、トラと散歩できる動物園がありましたっけ・・
そこも行きたい・・・と、望みは膨らむばかり・・



と、いい気持ちもそこまで・・・
そのあと「食べ放題シリーズ」みたいなのがあって、女子プロレスラーの
北斗晶さん家族が、食べ放題にチャレンジ・・みたいな企画が続きます。
実は、これ、前回「牛角」のときも、見ていて不快感が、わらわらとこみ上げて
きたのですが、今回も同じことが繰り返されました。

テレビの企画ですから、多少のオーバーな演出は仕方がないとは思いますが
子供連れの、ファミリー対象番組としては、やりすぎ感ばかり目立ちました。

小学生の息子さん二人を連れて、北斗さんと夫の四人で今回は「しゃぶしゃぶ」
でした。

しかし、その食べ方のあまりの汚らしさに、もうこの企画だけは二度と見まいと
決めました。
牛角のときも、網にお肉を山盛り入れて、「これ食え!ほら食え!」のオンパレード。
今回も、しゃぶ鍋に10人前くらいのお肉を一度に入れて、鍋の温度が下がろうが
食え!食え!・・・

今年は酷暑で野菜が高いんだから、さあ食え!・・・・・


となりで、店長さんが苦笑いしながら見ています。
食べ放題、どこまで食べれば赤字?って企画だったのですが、前回にせよ今回にせよ
なかなか小奇麗なお店で「特選何々肉」とか「旨味なんとか・・」と、銘打ったお肉を
出しているのなら、せめて「そんなにしなくても、時間はたっぷりありますから、
味わってみてください」くらいは言えないものでしょうか?

あの食べ方は「餌」です。
見ている子供たちにもよくないし、第一見せたくはないですね。あれは食に対する
冒涜です。
グルメ番組といわれるものでも、タレントさんやリポーターさんが口に一杯
頬張って、あまつさえ口から食べ零しながら「まいう~」なんていうのは、見苦しい
ばかりです。

美味しく食べることと、がつがつ食べることは、全く違うことを、見せて欲しいですね。
高級なところで、通ぶって薀蓄垂れるのもうっとおしいですが、あまりに下品に
食べ散らかすのも見られたものではありません。

この番組全体を流れる、優しいのかキツイのか判らない微妙で、それでいて好ましい
ナレーションや、司会者たちのリアクションも、このときは聞きたくないですね。
もちろん、もう次回からは、このときになったら見ません。

私はご飯を食べながら見ていますので、こんなものを見ながら、自分が食事したく
ありません。番組のことが、とても好きなだけに、本当に残念です。



さて、一個残った、ポンテリング・・・今日帰ったら「磯辺もち」に挑戦して
みましょうか。。
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by sala729 | 2010-10-13 10:38 | Comments(0)

「男心と秋の空」というのか「女心と秋の空」というのか、この歳になっても
定かではありませんが、兎にも角にも、秋の空は変わりやすいみたいですね。

わが息子は、この季節の変わり目に、お約束のように風邪をひき、直属の上司がその上の
上司に叱責されて出社拒否してるから、熱があろうが関節が軋もうが、会社を
休めないと、弱音電話を入れてきました。


「そりゃなんと、お気の毒な。まぁ上司は選べんからねぇ。それにしても、
あなたのところの人事は、ほんとに選りによって、なんで?ってのばかり選んでる
よねぇ。」と、高笑いして気づきました。
・・・・・・・・・・・・・・・・あ、わが息子もその人事に選ばれたのだと・・
天に唾吐きゃわが身にかえるとはこのことですよね(大笑)


横で聞いていた、家人がぽつりと、これって、風邪ひいたと弱音吐いてる息子にかける
言葉?と、ひとりごちているのを、酔っ払いのたわごとと、無視していると、
なんとテレビが、、北大の鈴木教授と、米パデュー大の根岸教授のお二人が
ノーベル化学賞を受賞したとのニュースを流しているではありませんか。


「おぉ!快挙。ニュース見るわね。あなたも早く休みなさいよ。風邪は寝てれば
治るわよ。」と、激励し(これが?激励?・・by家人)電話を切ると、テレビに
鈴木教授がクローズアップされていました。

失礼ながら80才とはいえ、その気力迫力はたいしたものです。
見ていたテレビが、ニュースステーションだったので、コメンテーターは
かの古舘氏です。
この番組はあまり見ないのですが、たまたまテレビつけたら息子から電話で、そのまま
話し込んだという経緯で流していたのです。

鈴木教授は、若き頃お父様を亡くされて、長男としてご苦労なさったそうですが、
その兄を語る弟さんの、嬉しげな笑顔がとても好ましく、晴れやかでそれに感激
しました。
想像すれば、あの時代の長男です。確か6人兄弟の長男とお聞きしています。
いくら優秀であっても、天才と言われようとも、お母様や下の兄弟たちの理解と協力なし
では研究の道に進めなかったのではないかと拝察します。


弟さんは、「兄は自分で学費を稼いで勉強してました。たいしたもんです。」と、
コメントしていましたが、自分の学費だけ稼げばよいという時代ではなかったはずです。
家のため、家族のために、自分の夢や志を折り曲げた人はあの時代何人もいたことは
後世の私たちでさえ知っています。

それをこんなに言える弟さんは立派です。鈴木家という家風、家族愛を感じましたね。


テレビでは例のごとく、古館氏が自分が正義の使者か語り部であるかのような顔を
して、喋り続けています。
「で、この研究は私もみせていただきましたが、一言で言えばどういうことなんで
しょうね?」と、したり顔で鈴木教授にふると、
「それはさきほど、そちらのスタッフから請われて、FAXで送りましたが見れば
判ります。」と、つれない回答。


私は、拍手喝采しましたね。
このテレビに媚びない姿勢。フリを当然のように言い放ち、相手が絶対に拒まない
という傲慢なテレビ司会者の鼻っ柱をぱき~んと・・・(笑)

一瞬の沈黙のあと、古館氏はなんとも奇妙な表情でわが身を立て直して、質問を
投げるのですが、それにも鈴木教授は軽々と乗ってはきません。


さすがです。
ノーベル賞を授与されようという方は、立派です。
そうです。こんな番組や司会者に阿ることなんて何もないのです。
どうも、お話のかんじからすると午後8時くらいから、教授はずっとこうしてテレビに
拘束されているらしいのです。

あとで判りましたが、ニュースZEROでも、同じように出ていらして、とても
お疲れ気味に見えました。そして「もう何度もいいましたが・・」と、繰り返して
コメントしていらっしゃいましたが、マスコミというのは、ほんとに何を考えて
いるのでしょうね?

芸能人でもタレントでもない、研究者を長時間拘束して、次々と同じような番組に
出させて、気の利いたコメントとろうなんて、お手軽すぎます。
連続して出て、毎回何か違うことなんて言えるはずないじゃないですか?


ましてや、ご高齢の「日本の宝」ですよ。もっと大切に処遇すべきではありませんかっ!



毎回同じ話を喋らされて、聞かされる・・・マスコミ業界さんというのは、自分の記事
自分の番組しか見ないのですか?
それなら一回で済むでしょうが、流されっぱなしの視聴者というのは、彼らの思考の
中にはないのですね。
だから面白くない。テレビ離れ、新聞離れしている現実にいつまでも気がつかないのか、
気がつかない振りしているのか・・。
それとも、古館氏のように、深刻に悩むポーズだけとっているのか・・。



私は、普段はこの手の報道番組は、見ないのですが、古舘氏の番組で疲れた鈴木教授を
見て、もしやと思ってニュースZEROを、見たら、やはりここでも同じことが
繰り返されていたということです。


鈴木教授と、根岸教授は、同じ米パデュー大学のブラウン教授の教えを受けていたと
いうことでしたが、私の興味をひいたのは、このパデュー大学です。
今朝の読売新聞によると、この大学は、アメリカの慈善事業家ジョンパデュー氏が
資金援助して設立したものだそうです。

慈善事業家なんて、私、「小公女」や「あしながおじさん」の世界のものばかり
と、思っていました。
日本でも、福沢諭吉さんや新島襄さんとか、大学を設立した方は多いですが、
彼らは慈善事業家とは呼ばれません。

この慈善事業家なる肩書きの正確な定義は知りませんが、単なるお金持ちの寄付とは
違うのではないかと思ったりもします。
ちょっと知っておきたいなと、またまた私の「知りたがり虫」がむずむずと・・(笑)



そしてこうなると、鈴木教授のご本を一冊は拝読してみたいものだと、怖れを知らぬ
私は思うのです。
学生時代に、元気号や化学式を、毛虫のごとく嫌い、亀の甲のごとく悪態ついたことも
忘れて・・・。

数多ある、鈴木教授のご本の中で、どなたか、私にも判る・・かもしれない(複雑な笑)
そんな本がありましたら「これだっ!」と、ご紹介くださいませんか?
読み終えて、頭の中に亀が散っても、1ページも進めなくて自己嫌悪に陥っても
ご紹介者さまを、決してお恨みには思いません。それはここに誓います。

どうぞ、よろしくお願いします。
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by sala729 | 2010-10-07 11:26 | Comments(5)