今日も雨で始まりました。

そしてお昼休みが終わって、なんだか沸々と怒りがこみ上げてきて(・・またかと、
仰る声が聞こえたような・・)ブログに向かっています。

じつはわが社の入居しているビルは、某生命保険会社のものです。当然、他業種が
何社かは入っていますが、このビル管理は、この保険会社がやっています。
当然、管理人室には専門の管理者さんが交代で詰めていますが、この中の最古参の
方が今日をもってお辞めになることになっています。

律儀な方で、もうすでにご挨拶はいただているのですが、上司と相談して、気持ち
だけでも贈ろうかと、お花を贈ることにしました。

お昼休みに、私が買ってくることで話がつき、私は少し早めのお昼休みに、近くの
花屋さんに行きました。
この花屋さんは、私が公私ともによく利用しています。
見かけによらず・・って自分で断るのも悔しいですが、私はよく花屋さんを利用する
方だと思います。

母の日にはもちろん佐賀に住む家人の母上にカーネーションを毎年送ります。
いっだったか、届いた花の頭が全部取れてたこともありましたが、それを
母上は遠慮して翌年まで黙っていたので、知ったのは一年後でしたが(笑)
それでも、花屋さんを責めはしませんでしよ。

亡夫の誕生日も、もちろんここで花を買って帰ります。法事のときは、必ずお花を
届けます。お呼ばれのときも、お呼ばれに行けない時も、お花です。
自社で退職者の最後の日もお花ですし、クリスマスやお正月も自宅で祝うときは
お花を飾ります。
モミの木代わりに買ったクレマチスもここで買い求めました。もっとも翌月、
植え替えてすぐ、盗難にあっちゃいましたけど・・・。

ついでに記すなら、うちの娘や息子も花はよく贈ります。
女の子とはとんと縁の遠い息子も、ホワイトデーにお花を贈って、翌年には二倍の
チョコレートが届いたこともありました。

あの、ケチが身についた娘でさえ、独身時代ならともかく、今でもよくお花はプレゼント
てくれます。お花に関しては、金に糸目はつけない・・・ことはないでしょうが・・。
ともかく、かくも我が家でのお花の地位は高いのです。



そんな、私が花屋さんに赴いたとき、新しい店員さんしかいませんでした。
もちろん初対面です。
花束をお願いして、昼食を済ませて取りにいくと、期待を裏切らないとても素敵な
ラッピングの花束が出来上がっていました。
カードもきちんと挟んであります。
「ありがとう。」と、声をかけてカウンターを見ると、私に背を向けて、そのお店の
オーナー氏が座っているではありませんか?
何か書き物でもしているのか、背中をむけたままです。でも、手を伸ばせは届くような
そんな処にいるのです。


このお店のオーナー氏はまだ年若く、いろいろ精力的にこなしている地元有名人です。
地元のミュージカルで主役を張ったこともあります。
剃り上げた(いつもバンダナ巻いているので禿げぐあいを見たことはありませんが)
ユルブリンナー(だれ?って聞かないでくださいね。古い人間ですから・・)きどりで、
ちょっととっつきにくいイメージはありますが、普段は街中で会ったら、会釈は交わします。
それぐらいの顔見知りではあるのです。




領収書とお花の話を少ししているのに、彼は振り向こうともしません。
私は、常連客とは思っていませんが、これは不愉快です。
たとえ、一見の客であっても、こうしてお金を払いにきているのですから、オーナー
として、振り返って「ありがとうございます」とは、言うべきではないでしょうか?

ここのオーナー夫人は、愛想がよいとはいい難いのですが、丁寧な応対はいつも
感じています。それでよいのです。
誰も揉み手して「まいど~」なんて言われたいとは思っていないのです。
でも、来店客に一言の挨拶も、ましてやお礼も言えない店主なんて、商売人の風上にも
置けないと思いませんか?


そして管理人さんにお花を渡しました。
それはそれは、もうこちらが恐縮するほど喜んでいただきました。今も、そのお礼に
見えてます(笑)
こんなに喜んでいただけるお花を扱っているというのに、あの店主は何を考えて
いるのか・・。

確かにやり手の若手店主ではあると思います。
寂れた商店街の中で、二年前には、店舗を広げて、今は二階にお花グッズ、
三階は喫茶コーナーも揃えています。

でも、もうしばらく私はこのお店には行かないでおこうと思います。
置いているお花も綺麗で、アレンジメントもとても好きなお店なのですが、お客を
大切に思わない店というのは、もうそれだけで客商売というものを放棄しています。

私は、彼のアレンジを買いに行くのではないのです。
綺麗なお花を買い求め、そしてそれにアレンジが付いてくるのです。
もしも彼が、芸術家きどりなら、お花屋さんなんて辞めて、華道家になればよいのです。

こうして私は、またひとつ自分の行きたいお店を失くしました。
しばらくして・・・少し私の頭が冷えたら、その頃には店先に真っ赤なポインセチアが
花開いているでしょうか?
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by sala729 | 2010-09-30 13:17 | Comments(2)

今朝は、久々ベランダで朝食を摂りました。なんて、言ってもフレンチトーストと
コーヒー牛乳だけなんですけどね(笑)

夏の盛りはあまりに暑く、夜は蚊に悩まされるので、ベランダで食事は
限られた僅かな期間でしかないのです。
でも、なかなかいいものですよ。
朝の光の中で、ゆったりと朝ごはん摂っていると、生気が確かに満ちてくるような
気がします。


自宅の前の空き地でお隣のお母さんが、家庭菜園のトマトの残滓の片付けしていたり
向かいの奥さんが、自転車で今日集荷予定のゴミ出しに来たりで、生活の匂いが
そこかしこに漂っています。


私は、いい意味も悪い意味もなく、あまり「生活感のない人間」と、言われておりまして
こんな時間帯のこんな生活音は、なかなか楽しくもあります。
ちなみに、私のフレンチトーストは、食パンの耳はつけたまま、バターは十分に、
シナモンシュガーはそれはそれは、たっぷりと振りかけるのが、流儀で、家人いわく、
それで美味しくないわけがない・・・とか。

もっとも、これは引かれ者の小唄というか、敗者の負け惜しみと言うか・・・ともかく
私の方が、料理の腕は上・・ということは確かです。(ほっほほ~~)


ここだけの話ですが・・(ブログにここだけの話なんてありませんけどね。笑)
昨日の夕飯の、ミートスパ。
これも、長い時間と、労力を費やして、タマネギやミンチと格闘していた家人でしたが
最後の味付けで、私が介入。
荒引き胡椒と、我が家秘伝の某社のソースを目分量で・・・
はい。これで一味、変わりましたよ。
そう、料理は「センス」ですよね~



ただ、私のセンスがよいのも(自画自賛もえーかげんにせよとばかりに家人の視線を
感じます)ひとえに、毎日のことでないからというのは、告白しておきます。
好きなときにだけ作る。だからこそ、センスが冴えるのです。


「だから、ふつーの主婦には無理よ!身勝手リタイア主婦の戯言」と、なんと、娘と
家人が二人して囁きあっているではないですか。・・・フン愚か者たちめ。


昨日の夜は、池上彰さんの番組を見ていましたが、ほんとに判りやすく説明される
方ですよね。ご自分の中で消化して、もう一度判りやすく人に伝えるために、
努力や工夫を重ねていらっしゃるのかと思えば、私など凡人には有難い限りですが
これって、はたと気づいたら、わが家人の料理と一緒なんです。

・・・・・・うーん。まずくはないけど、どっちかと言えば美味しいかもしれないけど
でも、もう続けてはいいかな・・・なんて味。


私のような、偏屈な人間には、まあまあの味よりも、まずいっ!とか、おげっ!とかの
味のほうが、嬉しくもあるのです。楽しいというのかもしれません。
そんな中での、「おっ!」という味に出会いたい。

池上さんのような、判り易い解説もいいけれど、とても毒のある解説や、偏向し切った
解説も聞いてみたい・・・これってありません?


そういう意味では前夜のTVタックルは、なかなか面白かったですよ。
胡散臭そうな人も交えた(笑)50人の一般人が、政治に物申す番組でしたが、
これがたとえ、「やらせ」であったとしても、いいです。私は面白かったですもの。
鉢巻巻いて、ダボシャツ着てテレビに出てくる運送屋さんなんていないでしょう。
普通ならね。たとえ、普段そうでも、テレビで意見を言うなら、服装くらいはきちんと
してきます。それが社会人というものです。
だから、かなり怪しいですが、それもテレビ。やらせでもいーじゃないですか?


最近、この手の番組を見なかったので、両方ともなかなかに楽しかったのは事実です。

秋の夜長は、テレビ三昧・・・というのも、なんだかな・・・ですね。
本?・・・本はだめです。夜まで本読んだら、私、一日二冊ペースになってしまいます。
これでは、財政が持ちません(笑)

こんな夜長・・みなさんは何してらっしゃるのですか?
家人のように、晩酌してマッサージしながら寝入ってしまうなんて、時間の神様が
見たら天罰下すようなそんなマネはしたくはないのです。
もっとも、私はお酒は嗜みませんけど・・・
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by sala729 | 2010-09-29 14:35 | Comments(0)

行きました。「十三人の刺客」
これだけ毎日、毎日、映画の宣伝と、監督や出演者がテレビに出まくり「どうだ!」と
迫られたら、じゃ見てみようか・・と、なるのは人の常。
要は、日頃、大嫌いと公言しているマスコミ商業魂にすっかり、騙されていると
いうことですわ。(笑)



こんないじましい自己弁護はさておき・・・
映画は確かに面白かったです。
近年の邦画は、質も高く、面白いものが多いのは認めますが、なにしろ「華」という
ことを省みると、東映時代劇黄金期に、子供時代をすごした私には・・物足りない。


しかも、娯楽大作と銘打ったものは、その絢爛さでやはり、見劣りがするのです。



かといって、かのNHKの大河ドラマの、妙なリアリティは、時代劇には馴染みません。
もともと、時代劇というのは、非日常ですから、乱暴な言い方をすれば、どんなに
リアリティを持たせたって、それは現代のリアリティにすぎないと私は思っています。

今は誰もその時代の生き証人はいないのです。写真といえど、白黒しか残っていない
のです。そんな時代のリアリティなんて、それは後世の製作者の自己満足にすぎないと
さえ思っています。・・・・これ言い出すと、とめどなく言葉が溢れそうなので、
ここでは一旦これで、中止ということに・・・・。


さて、本題に戻ります。

この映画、主役は「稲垣吾郎」さんですね。これは、もういろいろなところで絶賛
されていましたが、そのとおり!!
迷わず、私も一票入れます。

うつろな視線に、読めない表情。しかも時として機敏なその動き。
まさに、貫禄と妖しさと気品と狂気・・・・

この映画は1965年の東映作品のリメイクらしいのですが、じつはこれ、私、
ぼんやりと覚えています。
記憶違いがなければ、この吾郎さんの役は、「菅貫太郎」さんがなさっていたと思います。

菅さんは、「水戸黄門」の、初期から中期にかけてよく出てらしたので、ご記憶の方も
多いかと思いますが、東映時代はその「爬虫類的な容貌と雰囲気」(ごめんなさい・・
これ悪役としては褒め言葉と私は思っているのです・・)で、こういう狂気の殿様を
やらせたらビカ一だったと思います。
この、菅さんに勝るとも劣らない・・いいえ、その気品や端整容貌と裏側の激しさの
落差を指摘するなら、彼以上の「殿様」であったと、賞賛されるでしょう。


女優さんはとても少なかったのですが、それでも谷村美月さん・・いいですね。
若い女優さんが「お歯黒」塗ると、あんなに妖しげな色香が出るんだと思い知らされ
ました。それに比べると夫役の、げげげのアシスタント君(ごめんなさい。
名前がわかりません。背の高いほう・・・ちなみに大阪弁の方のアシスタント君も
刺客側に、なかなかの存在感でいましたよ。)は、ちよっとばかり見劣りがしますね。

ヒョロヒョロと背が高いだけの若侍で、短いシーンなんですが、それなりの見せ場を
与えられて、それがこなれていないかな・・と、思いましたが、なにしろ父親役が
松本幸四郎さんです。びびっちゃったかな??


そして肝心のヒーローたち・・


十三人たって、みなが主役張れる訳じゃないのは当然として、なかなかにいい
キャスティングと私は思いました。

役所広司さんは適役かな。。ってこれ当たり前すぎてコメントしょうがない(笑)
松方弘樹さんは、多くの方がネットで「さすが年を感じさせない殺陣」と絶賛して
いましたが、大部分は同意するものの、周りの人たちとは合っていませんでしたよね(笑)
敵と刀を合わせて、見得切ってみたり、ひとつひとつの動作に型わつけたり「おいおい、
敵は次々いるのにそんなことしてられるの?」と、思わず突っ込みそうになりました。


これは東映時代そのままで、懐かしさに思わず笑っちゃいました。
余談ですが、次の封切される「桜田門外の変」では、松方さんの終生のライバル(本人
たちはそうは思ってないでしょうが、私はそう信じていました。)
北大路欣也さんが出ていらっしゃいます。

かって、お二方は、共に父親が、市川歌右衛門、近衛十四郎という時代劇スターで
同じ頃にデビューして、共演するとライバル同士という設定が多かったように思います。
例えば、赤穂浪士では、北大路さんが大石主税なら、松方さんは矢頭衛門七と、互いに
遜色ない配役であったような気がします。

小学生の身でこんなこと考えながら、映画見てるなんて、なんて可愛げのない子
だろうかと、隣で家人が後先考えずにつぶやいておりますが、「記憶のない男」に
言われてもなんの痛痒も感じませんわ(ほっほほ~)



話がまたまた逸れましたので戻します。

なんたって刺客の中で、一番魅力的だったのは、伊原剛志さんでしょう。
上背はあるし、眼光鋭いし、うっそうと立つだけで絵になる方ですね。この中でも
一等の剣客ですから、切るわ、切るわ・・・敵の半分はこの方が切ったのではないかと
思われるほどの鬼神のような働きです。しかも、げげげのアシスタントの弟子(ややこしい
ですがよーくお含み理解ください。)との、武士らしいすがしい師弟愛も感じさせ
男が惚れる男・・もちろん、私は女ですから、女も惚れる男とも言えます。


伊勢谷友介さんに関しては、評価が分かれるところでしょうね。
三池監督も当然、七人の侍のパロディみたいなところも狙っているでしょうし(というか
戦闘シーンはそのものですけどね。)その上で、三船敏郎さんの菊千代と、伊勢谷さんの
山の民はだぶります。
でも、そうだとしたら、伊勢谷さんはどうみても野性味に欠けます。
野人を彷彿させるように、異常に強い性欲。男も女も受け入れる性癖が、少しも
エロっぽくないのは、見上げた演出としても、色香も感じられないってどういうこと?
私は、この配役・・失敗かなと思いました。


そりゃ、受け役の岸部一徳さんの勝ちですよ、どーみてもね(笑)


役所さんのかつての同門で、今はどんな主君であってもそのお命を守ることが臣下の
役目と「武士の忠義」をせつせつと説く、市村正親さんは、あまり忠義侍らしく見えない
のは、私の偏見??
だって、眼だって赤っぽくて、顔はバタ臭いし、この役より、眠り狂四郎の敵役のほうが
ぴったりくるような・・

でも、なぜかエンデングロールで、名前が一番最後なのが市村さんなんですよね。
松本幸四郎さんでも、平幹二郎さんでもなく・・・なぜ??




などなど、つらつら書きましたが、ようは面白かった!です。
これは間違いありません。

いろいろ突っ込み処は多々ありますが、これはいわば時代劇のお約束みたいなものです。
これも、消え行く記憶なので間違っていたらごめんなさいですが、内田吐夢監督の
映画で、刀をあちこちに突き立てて、4~5人切ったら次、次と刀を変えていた映画は
たしか「荒木又衛門・鍵屋の辻」だったでしょうか。
それから、「七人の侍」。そんな面白どころを、ぜーんぶまとめて、さらに面白作品に
作り上げた、三池監督は立派なものです。
失礼ながら、私にはホラー監督というイメージしかありませんでしたが・・
もしかしたら、彼こそが、時代劇を面白く復活させてくれる先駆者かもしれないとさえ
今は思っています。

あの暗く重苦しい、オタク見本みたいな、山田孝之君を武士に仕立て上げるのですから
その手腕や、恐るべし・・です。(笑)


最後にひとつ・・

血がどばぁ~は、もちろんのこと、首が飛んだり、手足も??なんてシーンはゴロゴロ
でます。お気の弱い方は、くれぐれもご注意あそばしますように・・

                    終わります。失礼しました。(笑)
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by sala729 | 2010-09-28 14:40 | Comments(0)

道行く人の服装が、一週間ですっかり「秋ファッション」に変わってしまいました。
今まで、肩身が狭げに夏物最終バーゲンの更に売れ残りものバーゲンも、さすがに
すっかり姿を消し、「あっついわねぇ~」の言葉も、次の夏までお蔵入りかと思うと
なんだか、少し寂しくなる私は、生まれながらの「夏女」です。

(もっとも、年と共に、ヘタレな夏女になり下がっていることは、認めざるを
得ませんが・・それでも、やっぱり、冬より夏。秋より夏。春より夏。夏!夏!夏!)


それにしても、土曜日からマスコミ報道は「中国人船長釈放」ばかりです。
もちろん日本国民として、黙視できるような事柄ではありませんので、当然の扱いとは
思っています。

それにしても、世界に自国の正義を示す兆しを何一つ示さず、代表者が自国の
イデオロギーを何も発せず、この人だれ?みたいな、地方の検察官がコメント出して
終わり・・・なんて、民主党って国民を甞めてるの???


与党や野党の議員さんたちも、識者と呼ばれる人たちもいろいろなことを言ってます。
もちろんコメンテーターとして出演していね方たちは、おしなべて非難論ばかりです。
もちろん、これは同感ですからわかりますが、時々、チッチと私の不快アンテナに
微妙に響いてくるコメントもあります。

これから、日本はどんな対応をしていけばいいのか?そんな質問が飛び交って、その中で、
前総務大臣原口氏のコメントに「尖閣問題は、領土問題ではない。この問題を領土
問題にすることは中国の思う壺だ」というものがありました。

かの原口氏は、佐賀県選出の国会議員だそうですが、この方のこれまでの答弁やコメントを
聞いていると、武士のバイブル「葉隠れ」(佐賀はこの葉隠れの地と言われていますよね)
と、かの前大臣の言動とが、どうしても一致しないのです。

質問にたいする回答が、いつも真ん中を外している・・と、感じてしまうのです。それも
とても意図的に。
今回にしても、領土問題ではないというなら、どんな解決ができるのか?というところ
までは踏み込んではこないのです。

質問に対して、原理原則で答えるけれど、責任を被る発言はしない・・・私にはそんな
印象がちらついてなりません。
「葉隠れ」の代わりに「巧言令色少なし仁」と、テレビを見ながら毒づいている私です。


菅総理は「日本は謝罪や賠償には応じない」と、俯いて見得切っていますが、これももう
信じられない。国民にはそう言って置いて、カゲで中国にお金渡しそうじゃありませんか?
それも、中国に、「日本政府の顔たてて、対外的にはないとしておこう。だからそのぶん
1000ドルのところを1500ドルね~。」なんと、更につけこまれそうじゃ
ありませんか?

もうそれくらい不信で一杯です。


私は、前述しているように、徴兵とか開戦とかについて、今はことさらに過敏になって
いますが、それは無条件にそう信じ込んでいるわけではありません。
一国民がそう思うことと、国家の代表者が国益と自国民を守るために、時には対立的に
対峙するのは必要であるくらいの、常識はわきまえているつもりです。

自国の大使が、真夜中に何度も呼び出され、罪人のような尋問を幾夜か受け、自国の
領土と言っている地で、無断漁をされ、それを咎めたら開き直られ、その悉くを受け
入れるなら、「外交」という言葉は死語です。

それは。早暁、破滅の道をたどるだけです。
何もしないで、屈辱のままで破滅するか、自国の尊厳のために行動して破滅するか・・
こんな究極の選択を、将来迫られるかもしれません。

その時のために、自分がどうしたいか。どう考えているか。そのことを、ちびギャングに
尋ねられたとき、きちんと話ができる「おババ」でいたいと、今は心から願っています。

娘よ・・
あなたもそうです。
親ならば、子に尋ねられた時に、自分の主観を冷静に判りやすく、伝えられる母に
なりなさい。

自分の言葉で、自分の声で、自分の文字で・・・・
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by sala729 | 2010-09-27 14:43 | Comments(12)

ドアを開けたら、ショートパンツに真っ赤なTシャツの正美(仮名)さんが出迎えてくれて、
おもわず後ずさりしそうになった体制を立て直して、私は営業スマイルで微笑んで
みせました。

お聞きしていたところでは、正美さんは53才とお聞きしていましたが、なかなか
どーして、とてもお若く見えますし、美形であることも異存はありません。


しかし・・です。この時間に私がお伺いすることはもう3時間前には判っていたはず
です。正客とは言いませんが、初対面である私たちが顔を合わせるのに、この格好は
ないでしょう・・と、思った私は「古い」ですか?

ここは、とある警察官舎です。しかも、幹部さんが住まわれるそうで、見た目は
古いですが、間取りはなかなか広く、ゆったりとしています。
壁一面の、フィギアと、コミック雑誌はこの家の主の、人柄を彷彿とさせます。


ただ、夫の一志(仮名)さんとは18才違いですから、彼は33才です。
もちろん正式な夫婦です。入籍もしていますし、扶養手当も頂いています。



この、一志さんがこの春、幹部試験に合格して以来、帰宅が遅くなり、夏からは
小さな諍いが絶えなくなり、とうとう先週末には離婚しょうと一志さんに宣言された
そうです。
その翌日、近所のスポーツセンターの駐車場で、一志さんが若い女性と一緒にいるところを
目撃しました。見覚えのあるその女性のことを、思い出した正美さんは、周囲の友人たちに
何気に聞いたところ、なんと友人たちはみな、女と一志さんの関係を知っていたと言うのです。


・・・・知らないのは私だけだった・・・この事実は正美さんを打ちのめしました。
友人たちは、人目もはばからぬ、一志さんと女の逢瀬を、気の毒で正美さんには
言えなかったと口をそろえます。
何度か、一志さんに忠告もしていたそうです。
しかし、万年だめ警察官だった彼は、正美さんとの結婚以来、管理されて勉強に励み
幹部になってから、人が変わりました。

なんで?というほどの、根拠のない自信に満ち溢れ、周りの言葉を聞く耳を持ちません。
現に、女には他に男性関係が、2,3人はいるというのに、それを一志さんも知って
いるのに、その男達と比べても、自分が勝つと言い放っているそうです。


唖然とする私に、正美さんは続けます。

「なんでも、自分の思うとおりになると思っているみたいですね。結婚当時、彼には
借金もあったんですが、私の貯金で清算して、ここまで来ました。離婚を言い出した時に
私が、では慰謝料2000万と言うと、おお、出してやるよって、大見得切っておきながら
翌日になると冷静になるのか、そんな金だせるかって開き直るんですよ。」

「まるで、子供。駄々っ子ですね。」

「はい。そのとおりです。あの子はなんでも自分の思い通りになると思ってるんですね。」


・・・・あの子って・・・それはないわよ。正美さん・・
いくら
年上とはいえ、他人の私の前で、夫を「あの子」と呼んではいけませんよ。
この一言で、この家の夫婦の関係がわかりますよね。



正美さんは離婚覚悟といいます。現に仕事も探しているそうです。
でも、心の片隅には、一志さんが女に振られて、自分のもとに帰ってくることを
喉から手が出る思いで、待っていることは誰がみても明らかです。

そしてその公算は大です。
調査一日目にして、女には他の男の影が見られました。(まだはっきりとはしていませんが、
状況証拠は真っ黒です。)
女と逢っていたことは、正美さんにとって、大きな痛手ではあるのですが、女に他の男の
影がチラついたことは、朗報なのです。


一志さんの眼が、これで醒めるかどうかは判りませんが、正美さんの中に光明は灯りました。


夫婦にはいろんな形があります。
それぞれの数だけの形があります。その形をそのままに「夫婦道」を全うするのは
なかなか難しいようです。
雨も嵐もあるでしょうが、それを乗り越えたとき、もっと深い絆で結ばれていたい
ものです。
(ちなみに、このPCで、ふかいきずなと変換すると、不快絆となるのは、ご愛嬌という
ところでしょう・・笑)


今夜も調査は入ります。きっと一志さんはまた女と逢うでしょう。
正美さんは気が狂ったように、何度も私の携帯に電話してきては「今なにしてますか?」
と、同じことを何度も尋ね、「今は動いていますので判りません。落ち着いてから、また
ご連絡します。」と、私は同じ返事を繰り返し、待ちきれなくなった正美さんからは
30分もしない間に、また・・・ということを繰り返すでしょう。昨日のように・・・。


嫉妬は女を変えます。(女だけではありませんけれど・・)
嫉妬は女から自制心を奪います。
嫉妬は女を深遠の淵に追い詰めます。

そんな自分の姿に気づいたら、そっと立ち止まって、静かな沼に自分の姿を映してみて
くださいね。
赤いTシャツや、白くなまめかしい足が見えたら、そっと大きなシーツで包んで
みてください。
剥き出しでは見えなかった、自分の心の奥が見えるかもしれません。

自分が血を流さないように、自分が自分で心に刃をたてないように、そっと優しく
心も体も包んでしまいましょう。
そして、そっと眼を閉じることができたら、きっと今よりはずっと穏やかな目覚めを
迎えられるでしょうに・・・・。
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by sala729 | 2010-09-24 15:09 | Comments(4)

昨夜、たまたまテレビを点けていたら、新藤兼人さんの最後の作品ではないかと言われている新作映
画「一枚のハガキ」をとりあげたドキュメンタリーが放映されていました。


NHKでしたのでどこかの民放のような、あからさまな「宣伝活動」のような番組ではなく、
今年96才になる監督の映画作りと日常を、淡々と映しているのですが、その日の夕方に、
やしきたかじんさんの「そこまで言って・・」を見ていたばかりだったからなのか、
家人と二人、珍しく真面目に戦争観について話しこんでしまいました。
やしきさんの番組は、関西圏のみの放映・・というより東京だけはずしているかのように、
視聴地域は広がっているようですが、面白い時と、馬鹿らしい時が両極端で、私はビデオに
録っておいて、あとから見るようにしています。



昨日には、三人の中国人(と、言っても一人は帰化したらしいですけど)が、パネラーで、
ワイワイガヤガヤやってましたが、その中で一つ、引っかかったのは、同番組のパネラーの
評論家、三宅久之氏が、靖国神社参拝問題にからんだテーマで、日中戦争(彼はこれを
大東亜戦争と呼称していました)が、日本の儀侠心から出た結果のように述べた時でした。



三宅氏は、戦争がテーマの時、必ずここいう言い方をします。
西欧列強の植民地であったアジアの諸国を解放するために、日本は立ち上がったと・・・。

これは、当時の日本人の多くの日本人の考えと同じだとは思います。



でも、当時と今とでは歴史の認識も、思考の広さも格段に違うということです。あの当時の
日本人の多くがそう思っていたのは、明治・大正・昭和という時代の流れを見たとき、
お上と呼ばれる方の名前を借りた思想誘導があってそれに流されたと思うのは私だけで
しょうか?


でも、今は違います。かの大戦が間違いであったことは明らかです。
それを今の時代に声高に、政治評論家と名の付く人物が、さも正論のように自説を展開する様は
信じられません。



奇しくも、パネラーの一人、作家の楊逸さんが「そんなこと誰も頼んでいない!」と、
言っていましたがまさにその通りでしょう。
当時はそうであったとしても、後から検証すればそれは、一部の日本人の「思い上がり」に
すぎないことは普通の教育を受けた人間なら誰でも判ります。


この、自分は高邁な思想を持った人間であるかの如く自説を展開するおジィさんが、私は嫌いです。

ま、私なんかに嫌われたとしても、なんの痛痒も感じることはないでしょうが、少なくとも山崎豊子さんも
彼のことあまり好きではないかな・・なんて勝手に解釈しています。(理由は、山崎さんの
著書<運命の人>を読んでそう思いました。笑)



それはともかく、そんな思いの時に、たまたま、NHKの新藤兼人さんの特集を見たのでした。
私は、ブログでも書きましたが、何カ月か前に監督の作品を続けて拝聴して、ファンになって
いましたから見ないわけはありません。



彼はもう右目は殆ど見えず、左も白内障に冒されているそうですが、水彩画の絵コンテを書いています。
その淡い色合いの前でナレーションが流れます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




当時100人いた同期の兵隊たちは、60人がフィリピンに向けて発ったけれど途中でアメリカ軍に船が
撃沈され、残りの30人は潜水艦に乗せられ死に、さらに4人が海防艦に乗せられ死んでいった。しかも
それは、すべて上官のくじで決められた。そして新藤兼人はその残った6人にいた・・・・・




この100人は戦争末期の徴兵ですから、みな家庭持ちです。30代、40代ですね。
このあたりは、浅田次郎氏の「終わりのない夏」にも詳しくあります。



監督は生き残った自分を許せないのです。
くじで、決められた人生で、なんの感慨を持つことも、反芻することも許されず、
将棋の駒のように散って行った、戦友たちと自分との間が「くじ」であったことの理不尽に、
自分が助かったという喜びが湧きあがらないのです。


監督は言います。「戦争に正義なんてない。下級兵士には何も許されず、ただ物のようにあちこちに
移されていくだけの生と死しかない。」

当時は言えない言葉であったでしょうが、敗戦を経て、日本国民は学んだのだと私は思います。
言葉に尽くせない大きな、犠牲の上に心から学んだのだと思います。


新藤監督は、反戦を言い続け、撮り続け、主張し続けています。


この長い、長い年月を一貫して言い続けた、新藤監督の勇気と人間性を私は信じます。


大新聞社の幹部として、恰好つけて気障なせりふ吐いていたいた(・・これは山崎さんが
このような言い方しています・・笑)短気な老害評論家よりも・・・・


さて、話は少し戻ります。

靖国神社参拝について、日本はどうしたらいいかというのがお昼の番組のテーマでした。
楊逸さんは、A級戦犯を分祀すればいいという意見に、私は同意しますね。

評論家(長くなるので彼はそう呼ばせていただきます)は、戦犯といっても東京裁判はもともと
戦勝国が敗戦国を裁くと言うありえない裁判であるから、戦犯なんてないと言い切りました。



そうでしょうか?
私は戦犯はあると思います。
少なくとも、戦争を起こし、兵士でもない市井の人たちを次々と徴兵して戦地に送り込み、
虫けらのように死なせてしまった責任は、誰かが取るべきだと思います。


そうでなければ、死んでいったあまたの名もない人たちは、その家族たちは何のために、誰のために
死んでいったのか・・


評論家は言います。大都会の知事も言います。
「国を愛する。そこに住む人を守るために彼らは逝ったのだ。」と・・・・
でも、それは一部の人たちの、自らの死に対する「意味づけ」ではないかと私は思うのです。

その何倍も、何十倍もの人たちは、きっと「物」のように、自分たちを使い捨てにした人を
一瞬でも怨んだにちがいないと思います。
そして、家族もそれは同じではないかと思います。


政治家たちに「市民感覚がない」だとか言って非難している評論家さんは、彼こそが市民感覚が
ないのかもしれません。
一家の柱であり働き手の男が、突然の死にみまわれたとき、貧しい多くの人たちが何を
思ったかを想像できないのではないでしょうか。




私の母の従兄弟も、満州牡丹江で亡くなったと、その従兄弟の姉から聞かされました。
もちろん私の生まれるずっと、ずっと前の話で、顔も写真で見たことしかありませんが、
ソ連に抑留されて戦後七年目に死亡通知が、一欠片の土くれの入った箱と一緒に届いたそうです。


その姉は、結婚もせず実母を守って待ち続け、結局、生涯未婚のままでした。のちに、
私の母から聞いたところによると、美貌の人で(私が知ってるときは、もう単に小綺麗な
おばさんでしかありませんでしたが・・)縁談は降るほどあったそうです。



私は何度も東京に遊びに出ています。今は息子も東京におりますので、行こうと思えば
いつでも行けるのですがA級戦犯を分祀しない限り、私は靖国神社で、手を合わせる
気持ちにはなりません。


今日これを、読まれた方は、私のことを、意固地な女と思われるかもしれないと思いつつも、
なんだか書かずにはいられなくて休日にPCに向かっていました。
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by sala729 | 2010-09-20 20:44 | Comments(5)

驚くべき早さで秋がやってきています。
このままでは、あっという間に冬に突入してしまうのではないかと危惧するほどです。
でも、この季節の主役「曼珠紗華」は、まだその朱色を見せてはいません。
秋の日のほんのわずかの時にだけ咲き誇るあの、華やかで艶やかで、なのに退廃の薫り
漂う、黄泉の国からの贈り物みたいな花ですが、私の母は大好きでした。

母が亡くなってもう14年になりますが、毎年我が家の狭い庭の一角で、きっちりと
妖艶な朱色を誇らしげに咲かせていました。今年はまだです。
曼珠紗華の球根は、なかなかに根深く、しかもご存知のように茎は力を入れようなら
あっさりとポキンと折れてしまいますから、野に咲くあの花を、咲いたまま球根を取ろう
とするのは、思いの外難しいのです。

それをどうやったのか、母と息子が取り出して、持って帰って庭のあの位置に埋めたのは
いつのことだったでしょうか?
遠い昔のことなのに、こんな思い出は、突然に目の前に甦ってくるものなのですね。



5年位前だったでしょうか。山下景子さんという方の著書で「美人の日本語」という本が
ありました。
私にしては珍しく、今でも手元においているのですが、それによれば今日、9月16日は
「九十九髪」について記されていました。

この本は、一年毎日を、美しい日本語にあてて、書かれている歳時記のようなものだと
私は理解しています。


それによると、百から一を引くと「白」。数字に当てると九十九。
そこで白髪のことを、九十九髪と呼んだということなのだそうです。古人の言葉遊び
ですよね。
百も九十九も、古人からみたら、大変数が多いということで、積み重ねていくということは
どんなささやかなことでも、確実に残っていくというこどてすねと、今日のページには
綴られていました。



私は、何気ないときに、ふとこの本を捲ってみたくなります。
そして、文字を追いながら、普段の自分のあまりの日本語を恥じながら、古語や和歌や
詩歌、そんな中にちりばめられた、美しい日本語を、縦横には使いこなせなくても、
それがあるということは、知っておこう。
見ることの楽しさは、忘れないでおこうと思っています。


それを、さりげなく振舞って、若者たちを煙にまける、「おババ」になろうと思って
います(笑)

まずは、我が家から・・・
一番最初の獲物は、やっぱり家人ですね。若者とはいえないですが、お試しには
ぴったりの標本です。(笑)


ここで、上手くいったら、次はちびギャング・・・ふぅぅ、なかなか穏やかな晩年は
迎えられそうにありません。
・・・・そんなこと、思ってもないんですけどね(自嘲)


何もないこんな日は、つらつらと思い浮かべるままに、書き連ねています。
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by sala729 | 2010-09-16 11:10 | Comments(0)

数日のうちに、なんだか「秋の日」になってしまったような、朝晩のすがしさは
熱帯夜を何度も越えた、今年のわたし達には嬉しいプレゼントですね。

そして秋深い夜を待ちかねて、昨夜行ってきました。

「悪人」

前評判があまりに高く、これはハードル高いぞと、心して見て参りました。
もっとも、原作は既に読んでいますので、作品の高い評価には、私も激しく同感することは
あれ、異議申し立ては毛頭ありません。

これはエンデングロールで判ったことですが、脚本には原作者の吉田修一氏も参加して
おり、そういえば道理で原作と乖離するところがなかったなと、納得しました。

さて内容ですが、深津絵里さん、さすがです。
こういう役をやらせたら、本当にぴったり嵌ります。
綺麗な顔立ちなのに、どこか寂しい。華やかな雰囲気があるのに、なぜか陰鬱な影を
感じさせる。その立ち居振る舞い、しぐさのひとつひとつが、「田舎に絡め取られた
自分をどうにもできない婚き遅れの女」を、これでもかと感じさせてくれます。


そして、もう一人。
この映画の中での重要な役柄の女の子。
主人公に殺されてしまう、どこの会社にもいそうな、人に併せたり、人におもねったり
人と一緒じゃなければ落ち着かないタイプの女の子。
仲間には入れるけど、ちよっと嫌われる女の子を好演していたのが満島ひかりさん。
若い子的には損な役回りですけれど、彼女は光ってましたよ。

なんだか、上ばっかり見ていた若い頃の自分を思い出させるような、そんな危ない
爪先立ちの人生を違う意味で見せてくれました。
そして、こういうこともあろうと納得させる演技力も光ましたね。
私は、こういう女優さん好きです。



樹木希林さんに至っては、もうそのまま「田舎のばあちゃん」と、家人が洩らしたほど
です。(余談ながら、家人はこの映画の舞台のひとつである、佐賀の出身です。ちなみに
祐一と光代が出会う、駅のシーンは佐賀駅の裏側方面でそうです。)
彼女の演技力は確かに、何もいうことはありませんが、その個性で時に、すべてを「樹木色」
に、染めてしまうほどの時もありますが、この映画に関してはラスト近くの、組員のアパート
に、乗り込むシーンはいらないかな・・と、私的には思います。
騙されるだけで十分です。本当の田舎のばあちゃんは、出したものをいくら惜しくても
組員のアパートまで取り返しに行こうなどとは思いません。


余貴美子さんも、シーンはわずかながら、その存在感は、やはりそこいらの女優さんの
比ではありません。
強くて、我侭で冷酷で身勝手な母(まるで、誰かさんのような・・と、つぶやく声が・・
おだまりっ!!)



それに比べて、男優さんたちは、今ひとつ、突っ込みが足りないかな・・と、やや
不満です。

主演の妻夫木君が、最初に出たときは「おぉっ。直江兼継も成長したか?」と、期待を
待たせてくれました。
何しろ、この歴史ファンの、大河ドラマファンの私に、毎回、毎回、バックを赤や黒に
そめて花びらヒラヒラさせて泣き演技の押し売りで、とうとうその年の大河ドラマを
諦めさせた男です。

その思いつめた目線の先で、息苦しい田舎の生活と、変えようのない日々の時間を
諦めきった男を、トランクス一枚で十分演じて見せてくれました。


ただ・・・この野生的な、でも自虐的な目つきが、どんどん優しくなるのです。
光代という、本当に愛した女性と巡りあって、そんな気持ちになることは判らないでは
ないのです。
でも、閉塞的な環境に育って、愛する人を知ったからして、その人以外のものに
そんなに優しいまなざしを、易々と投げかけられるか?と、問われれば、それはない
と、言わざるを得ませんね。
愛する人はいとおしい。でも、それを自分の周りにも感じられるようになるには、
こんな環境で育った人間には、それなりの時間が要ります。
それを、いとも易々と、愛を振舞える人間になっていくことが、妻夫木君を見ていると
判ってしまいます。

もうここで、誰もが「悪人は祐一じゃない」と、知ってしまいます。
まだ、映画は中盤なのに・・


そして、佳境に入ると、彼の「いい人度」は、ますます上がり、
最西端の灯台生活の中で、寒さに震える光代の唇も、頬もかさかさと音をたてるように
乾いていくのに、祐一の顎の下には無精ひげのあともなく(さすがに青々とした剃り跡は
なかったですが)逃亡生活の中での、脂ぎった生々しさも、垢じみた生活感もなく
ただ彼は、保護された交番から、傷だらけで逃げてきた光代を抱きしめるだけなのです。

・・・・・妻夫木君は、よくやっているとは思いますが、いまひとつ「ワル」には
踏み込めなかったかな・・というところですね。


そういえば、この映画の中で、今年の龍馬伝に出演している役者さんが二人。
一人は、三条実美役の、池内万作さん。
もちろん、ご存知でしょうが、伊丹十三氏の息子さんですね。
彼、いいですよ。最初のシーンのつかみは、彼が演じています。どういうシーンかは
見てのお楽しみ・・(笑)

そして、人斬り以蔵役の、佐藤健君。
正直、彼は何のための役柄かは判らんかったです。あえて考えるなら、若者の良心?
でも、ナイーブな、表情と動作は、十分に発揮していましたね。
岡田将生君の、ぶっ飛びお馬鹿ぶりも、なかなか見事でしたが、彼は告白にも出てましたね。
ノーテンキな、むやみに明るい教師役で。
彼は、確か「重力ピエロ」で、加瀬亮さんの、とび抜けた美形の弟役をしていましたが、
ああいう役も、もう一度見てみたいですね。




なんだか、役者評ばかりになってしまいましたが、最近の私は辛口評が多いのだそうです。

でも、なんだかんだと言いながら、仕事を終えて、映画館に向かい、氷抜きのコーラと
レギュラーサイズの塩味のポップコーン抱えて、指定座席に行くときは、ささやかな
幸せを感じます。

さて、次は「十三人の刺客」ですかね。
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by sala729 | 2010-09-15 16:06 | Comments(2)

先日ここで、もっと楽に本を読みたいと、零しましたら、いつもここを見ていただいている
frankrin様から「これはどーですか?」と、お奨めいただきまして、さっそく購入
いたしました。

その名もなんと「ほんたった」
なんと判りやすいネーミング(笑)。正直、このネーミングですから、期待は、まぁ
半分かな・・と。(ごめんなさい。frankrin様・・・)
で、着ました。昨日、夜になって(これは私が不在のためです。郵政公社に非はありません)

封をといてコンパクトな透明ケースに入っている物を取り出し、ああだこうだとひねくり
回している私を、家人はニヤニヤと、とても不快な笑みを浮かべてみています。




じつは、この商品、ネットで見た途端、「おっ!これ!」と早速申し込んだのですが
本来ネット商品を購入するのは、私がネットを開いてこれ!と、思うと「お気に入り」に
放り込んでおいて、あとで家人が申し込みをしているというパターンが我が家の通常なのです。

これには理由が二つあって、ひとつは、ネット購入された方はご存知でしょうが、申し込み
すると、郵便番号やら住所、パスワードやらなんやら書き込みすることが多いですよね?
あれが、面倒なのでそういうのは、すべて家人に代行してもらっています。

もうひとつは、専ら家人側の理由で、すべて私に任せておくと、「何、買うか判らん!」
と、いう危険を防ぐためと言うのです。
確かに、私は「衝動買いの女王」(家族の中でのささやかな女王ではありますが・・)と
呼ばれて、畏れられ、呆れられ、ため息つかれてはいますけどね(苦笑)


後のこと考えず、置き場所考えず、値段考えず、使用頻度考えずに物買う天才と
あまり有難くはなさそうな称号を与えられております。
ここてまで言うことはないと、抗議しましたが、黙って頭をかる~く、フンフンとばかり
二度、三度と、横に振られて、私の抗議はあえなく無視されました。




今回の書見台「ほんたった」は、とてもリーズナブルで、私的には物凄い「お得感
一杯のお買い物」と、鼻高々ではあったですが、この買い物を知った、家人と娘は
私が何回使うか・・・何回で飽きるかを賭けにしたらしいのです。(むかっ!)

しかも、失礼なことに、使用回数、あまりに少なすぎて、賭けにならん。息子も誘ったけど
ますます賭けにならん・・・こうなったら、ブログ読者様を巻き込んでやらないと
などと、たわけたことを申しております。


もちろん、昨夜試しました。本を挟むところが、透明のプラスチックなので、それを
通して読めますので、端の行が読みづらいということはありません。
本の角度も自由自在です。
あえて難を言うなら、初めの第一ページ目はめくり辛いとは感じました。
でも、姿勢はよくなるし、少し離して、近視用メガネでちゃんと焦点が合います。

ですから今後は、ちゃんとメガネかけて読むことができます。
外すと、字は大きくなりますが、かなり前に近づけるので、姿勢が崩れます。
お試しにと思いながら、思わず買ってきた新刊本を50ページ余り読み進んで、
とても、満足です。


その上、これで読みましたら、クッキーの粉やチョコの切れはしがページの間に
挟まれる心配もなく、何も言うことはありません。。。(笑)

念のため、申し添えますが、物食べながら読むのは、自分の本の時だけですよ。基本的に
本は自分のものを読みますが、たまに誰かのお奨めで借りたり、昔は図書館を利用した
こともありましたが、そんなときは絶対に飲食はいたしません。それは神様に誓います。

でも、自分の本のときは、お昼ご飯も本読みながら食べてますけど・・(笑)



こうなったら、家人たちとの賭け、私が全部引き受けで、一人勝ちを決めてもいいな
などとも思います。ふっふふ~自信あり。。。


ともあれ、frankrin 様、本当にありがとうございました。
これで、自分の時間がますます快適になりました。まだ、お試し期間ですから、十分な
レポートはお出しできませんが、もうしばらくしましたら、きちんとご報告いたします。
そして、その時、私は賭けに一人勝ちして、ライトつきの「ほんたった」を、更に購入
していることでしょう。
いや、その前に、我が家に「ほんたった」が、各色でゴロゴロしているかもしれません。



携帯用ケースも付いているのですが、良いとなったら、何色も何個も欲しくなるのが
私の癖でして、それを無理やり、周囲の人間にも使わせるのも、どうやら家人たちは
嬉しくはないようで・・・(はっきり言って、無理やり使わされるので、迷惑ですっ。
私は本読まないですし・・と、家人の独り言)


ほんとに、私の、真の優しさはなかなか、誰にも判ってもらえないようです。。。
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by sala729 | 2010-09-14 15:29 | Comments(2)

今日は娘の誕生日です。
9.11・・・そう、あの同時テロなる世界最悪の日の日に彼女は生を受けました。
それも、希望して予定日を二週間近く早めて、出産をこの日に決めたのは、私です。


娘はこの日であることを、深く嘆いておりますが、良いにせよ、悪いにせよ、世間の
注目を浴びるということは、なかなか、やろうとして出来ることでなく、むしろ
この母の先見の明を、感謝して欲しいと思う今日の日ですが、一本多目のロウソクを
加えたプレゼントのバースディケーキに「喜べない」と、ほんとに素直なメールが
帰ってまいりましたわ。

まだまだ、人間ができておりませぬ。未熟者めが・・・わっはは~



ところで、今は我が家では、ちびギャングの教育方針について、親を一切無視して
喧々諤々の日々が続いております。


私たちの住む地域は、いわゆる田舎ですから、私立の学校があまりありません。
しかも居住地で校区は決められており、公立の場合、居住区外の学校に通学すること
はできません。
今、ちびギャングが住む地域は、娘も息子も通った小学校と中学校があります。
もっとも、途中で二人とも、親の転勤に伴って転校してゆき、また帰ってきたという
変則的卒業生ではありますが、ともあれ、その昔は、優秀とは決して言えませんが、
そんな問題校ではなかったと思います。

それが、月日が流れ、いつのまにかその中学校は県下一の問題校になっている!
と、言うではありませんか・・・

その噂に色めきたったのは家人です。
そんな中学校にちびギャングを入れるわけには行かない・・・と。
家人は、自殺に走る子供たちを救いたいと、心理学を学びその道に進む予定をしていた
人間ですから「いじめ」とか「自殺」とか「登校拒否」などの言葉には敏感に反応します。


しかし、現実問題として、この地域には大学の付属小・中は各一校しかありません。
私立中学も程度の高いものといえば、1,2校でしょう。
そうなると、小学校がら入っておかないと、中学にあがるのはとても難しいことになります。

では、送迎は誰がするか??



アホらしいでしょ?
ほんとに、ジジ馬鹿、ババ馬鹿を絵にかいたような会話でしょ?(笑)

半分無責任に、こんなことを話を続けているのは、笑っちゃいますけど、これ、なかなか
楽しいです。
子供って、こうして夢や希望を、知らず知らずに与えてくれるものなのですね。



そして、そんな会話の中にふと出てきたのか、「ネットの功罪」というやつですね。


親と子が会話している中には、必ず子供は???を、沢山投げかけてきます。
理系のお父さんに歴史のこと聞いたり、文系のお父さんにカマキリの交尾聞いたり
分野なんておかまいなしです。

たいていのことには応えられても、中には即答できないのもありますよね?
昔なら、私はたいてい聞こえなかったふりをして、子供が寝たあと、必死で百科事典で
調べまくり、よく朝、何事もなかったかのような顔して
「あ、そうそう、昨日のあれね・・・」と、薀蓄垂れ流しなんて、小技使っていましたが
最近は、なんでもネットさえ手元にあれば判るようになっていますよね。

ちょっとGoogie、ウィキペディア・・・
とても便利なのはよーく判ってるんです。もち、私も利用しまくりです。
でも、これって記憶に残らないのは私だけですか?
歳のせいだから?


真夜中に重たい百科事典を、何冊も広げて、「だからこーじゃない?」「でも、すると
あれはなに?」と、バタバタと騒いでいた頃は、本題から外れてもいろんなこと覚えていた
ような気がするのは、単なる私の懐古趣味でしょうか?


私は典型的文系人間ですから、数字や化学式は、さっぱりですが、万葉集や古今和歌集、
百人一首なら、何首かは、まだそらで詠えますよ。果てしなく昔に、教わった授業で
あっても・・(と言っても、明治や戦前ではないですよ。念のため)

でも、何か拍子に、額田王のあの歌・・と、おもってネットで検索しても、悔しいかな
すぐに忘れてしまいます。
これは歳のせいばかりではないような気がするのです。


便利と簡単は、確かに人間の脳みそから大切なものをポロポロと剥がしていくような
気がします。
だからと言って、ネットのない時代に帰ろうなんてことは思わないですけどね。
現にこうして、楽しみとしてのブログも、ネットあればこそで、楽しく遊ばせて
もらっていますもの。


記憶は時として、曖昧なのですが、その不確かなところを埋めていくのが、面白いと
いうことに、はてさて、ちびギャングは、いつ気づいてくれますことやら・・。


本当に「子供」というのは、宝です。子宝というのは、けだし名言です。
自分の子でなくても、自分の周りに子供がいるだけで、こんな楽しい時間が得られます。

それを思うだけで、「娘よ。よくやった」と、褒めてやりたくなりますね。


ただ、今は眠っている時が一番可愛いのは事実です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう少し
天使でいてくれと、眠っている顔に祈りを捧げています(笑)
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by sala729 | 2010-09-11 15:34 | Comments(2)