先日から幼い子供二人をつれて、若いお母さんが家出をしています。
一旦は保護されて帰ってきたのですが、実家の両親の目を盗んで、再度でました。
今度は、車も使っていませんから、一人は抱いて、着の身着のままというやつです。

じつは、家出する人にはその人なりの理由と目的があります。多くの場合。
それが傍から見て、理不尽であろうと不可解であろうと、本人はそれに囚われていますから、目的が達成できないままに、保護されてかえるのは多分に不本意なのです。

そういう帰宅ケースほど、リカバリーが必要ということなのですね。
ところが、家族はそれを判りません。帰ってきたという事実の喜びだけが、後のことを考える思考を停止させてしまいます。
そしてやっかいなことに、再度の場合ほど、見つけるのに時間がかかります。


そんな、状況でしたが、「発見!」の第一報が届きました。
調査は、仕度して三々五々と現場に向かいましたが、無事家族とのお引き合わせが完了することを願うばかりです。




それにしても、最近若い母親の家出が相次いでいます。
これは、うちだけの状況なのかもしれませんが・・・。


子供を置いていく母。
連れていく母。

どちらがいいかは一概には言えませんが、置いていかれる子も、連れまわされる子も、どちらも
不幸でありがた迷惑な話です。
再度の家出のこの母の連れた上の子はもう5才です。
はじめに保護されたあと、お風呂にも入れず、長い髪をもつれさせたままで、母の実家でおばあちゃんに、ママなんか嫌い!
と、言い張って、おにぎりを一心不乱にほお張りながらも、おぱあちゃんから離れなかったといいます。この再度の家出が彼女の幼い記憶にどう刻まれるかと思うと、胸が痛みます。


この母は、結婚前はバリバリと働いて、そこいらの男性をはるかに凌ぐ収入があったそうです。
でも、結婚願望もあったのでしょうね。
お見合いパーティで知り合った、いまの旦那さんとめぐり合い結婚。
そして二人の子供を出産と、専業主婦のまま今に至りました。


二人の子供がそろって保育園に入園した去年ごろから、彼女の行動が不審になったと夫は言います。
ぼんやりして、気もそぞろ。保育園の準備物も用意しない。
行事ごとには不参加。
そして一日中、車で出かけている。そんな日々が続きました。
もちろん、夫婦喧嘩も繰り返したでしょう。
田舎とはいえ、新築自宅のローンをかかえ、つましやかに暮らしたい夫と、日々出歩く妻。
喧嘩がないはずがありません。

そんなこんなの繰り返しの果ての家出です。

でも、妻が悪いばかりではありません。
ギャンブルにのめりこんだ夫が、借金を重ねて夫の実家に尻拭いをしてもらったこともありました。
これは彼女の心を傷つけたでしょう。
保育園から「就業証明」を求められ、家計のためにも、パートでもなんでもしてくれと懇願する夫。
再就職するなら、自分の納得できる仕事を探したい妻。

こんな小さな食い違いが時間を重ねていくと、どんどん大きくなっていくのですね。

「こんなはずではなかった症候群」
これは誰にでも、どんな人にでもあるはずです。
思っていたことと、現実のギャップ。
あこがれの崩壊・・・・少しづつ、でも確実に彼女を蝕んでいったのは、後悔?それとも夫の無理解?


今日はたぶん無事に連れ戻せるでしょう。
でも、この家族にとって大変なのはこれからです。
まずは、幼い子供たちの心のケア。
そして、妻の言い分と夫の言い分の吐露でしょうね。
それから、再構築ができるのかできないのか、時間がかかるのか、かからないのか。。。
それは、もう夫婦の判断にかかっています。


親として、今この夫婦の話に入っていってやれることはないでしょう。
でも、幼いケアは、祖父母の役目でしょう。
幼い子供たちにこれ以上、父母の生身の姿を見せてはいけないと私は思います。
父と母が子供たちのことを、冷静に考えられる時間を持つまでは、それまでは幼い心を守るのは祖父母の役目です。

かつては、それぞれこうして役割分担をして、家族間や、人間関係をうまく構築していたはずです。

今は、幼い二人が一刻も早く、おばあちゃんのおにぎりを食べることができますように・・と。。
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by sala729 | 2010-03-31 11:35 | Comments(0)

もうこの年になると(どの年?・・なんて)大抵のことには驚かなくなるものですが、それは感性の枯渇ということなのか弛緩ということなのか・・と、悩んでいたら、となりで家人が「もともと大雑把な性格じゃない。なにをいまさら・・」と、鼻で笑いおったのです。
もちろん言い終えぬ間に、右フックが・・・(^^)

私はこの世代には珍しい一人っ子で、貧しいながらもそれなりに大事に育てられたと、人は言います。ところが、困ったことに本人にはそんな自覚がまったくないのです。

自分で言ってはなんですが、若き日の私はなかなかの文学少女で(さすがにこの表現は恥ずかしい・・テレテレ)いつも本を開いている子で、よく母から「いいかげんに本やめてご飯食べなさい。」と叱られていました。
そのせいか、気がつくと性格はシニカルな醒め醒めタイプと、言われるようになり、先生からは協調性に問題ありと指摘され、屁理屈が服を着ているなんていわれたこともありました。(自慢にもなりませんが)

私の母もさらに珍しい昭和初期の一人っ子で、若くして両親を亡くしておりましたので、私が年頃になるとよく夫婦のことでこぼしたりしていました。
ただ、母は、自分が育てたくせに、私が、へーそうなの。うんうん。お母さんもたいへんねぇなんてことを言うはずかないことに気づいてないとい不幸な人でした。

「じゃ、別れたら?」と、あっさり言われ、そのままむっとして口をつぐんだ母を尻目に、私は再び本に向かうという、まぁ可愛げのかけらもないタイプでした(それは今でもそーですが←カゲの声)

そんな母が亡くなって今年で12年になります。
可愛げのない私が、唯一した最高の親孝行は、私が息子を産んだことですね。
息子は私に似て、シニカル派なんですが、なぜか「おばあちゃんっ子」で、母が亡くなった時は大学に入ったばかりでしたが、その遺体にすがって号泣したという輩です。
母にとっては、誰よりも何よりも大切な孫息子であったようです。


上手くしたもので、去年亡くなった父には娘がじゃれつくようになついており、夫婦の冷血なひとり娘はこうして、自分を補う二世をきっちりと作り置いたのでした。
父には、ま、いろいろあるのですが、ここでご披露はやめておきます。
一言でいうなら、自分が一番かわいい人でしたね。自分だけが心配して、自分だけが悲しいと思っている人でした。
夫を亡くし、一人で子育てしている私に
「墓石動かしたいけど、勝手に動かしたら罰が当たるかもしれんから、お前がやってくれんか?」と
情けなさそうな顔で頼むような人でした。
・・・・・私には罰が当たってもいいんかいって、突っ込みたくなるでしょ?
私も私で、昨年父が入院した時に、息も絶え絶えなのを知っていながら
「ほら、足元にお母さんが迎えにきいるよ。」と、脅しをかけておきました。
すると父は意識朦朧のはずなのに、びくっと体を震わし、なんとその翌日からするすると回復に向かったのです。
・・・まだ、逝きたくなかったのですね。たとえ糟糠の妻が迎えにきても・・・・(私って鬼?
うんうん、激しく同意!!←カゲの声)



しかしながらこの両親。
どちらの死に目にもあえず、親不孝はしたとは思いますが「子孝行」であったとは思います。

失礼を承知でホンネを吐きますと、
今私のまわりには、自分の両親、夫の両親と、介護に駆け回っている人たちが何人かおります。
それは、それで美しい姿ではあると思います。
お前にできるかと突きつけられたら「許してください」と、おすがりするしかありません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私にはできないと思います。
仕事を捨てられないことも、環境的なことも、性格的なことも、すべてを含んでどう考えても
私には無理です。
私は、自分がそういう環境に置かれたら、きっと自分が介護するという選択はしないと思います。
子供として、薄情とそしられても、別の方法を捜すと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
たとえ親子といえど、私に介護されるよりはそのほうがよっぽど「マシ」なんて身勝手な理由をつけて。。

今までの、すべてを水に流して・・・なんてことができない女なんです。私って。
だから、それの気持ちをそのままぶつけてしまうことが怖いです。

なんてことも、今では言い訳にしかすぎませんが・・・


でもね。
自分が親に対して、してきたこと、接してきたこと、それらは決して褒められたものではありません。その自覚は持っています。
だから、子に対して、私は同じようにされても、何も言えませんし、受け入れるだけです。

できるなら、自分の父母のように「子孝行」と言われたいけど、それは無理ですね。
だって言うじゃありませんか。昔から
  憎まれっ子世にはばかるって・・

私たぶん、120歳くらいまで生きると思いますよ(はっははは~~)
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by sala729 | 2010-03-29 20:18 | Comments(0)

さて、そのワカモノ住宅・・
じつは、私はこれを「自治会」か何かの名前だと思っていたのです。
ほら、新興住宅地によくあるでしょ。OOタウンとか、××住宅とかいう、自治会。
てっきり、あれだと思っていたのですが、この舅さんいわく・・

「ほれ、ここは、わしの娘んちじゃ。こまーい家じゃけんど、わしが建ててやったんで、遠慮はいらん。ささ、上がりんさい。」と、機嫌良く薦めてくれます。
「娘さんの・・・あら、かわいい椅子があるじゃないですか?」
食卓の前にちょこんと並んだ小さめの椅子にはぷーさんの彫り物。
窓辺のソファにはぷーさんの毛布がかけられ、等身大(ってどれが等身大かは知らないんですけど)
の、ぷーさんのぬいぐるみ。なんともメルヘンチックなおうちなのです。

「小さいお子さんがいらっしゃると、全体が可愛くていいですねぇ。」
「いんや。子供はおらん。娘ったって、あんたじき60じゃよ。60の嫁きおくれじゃ。」
「・・・・へ、一度も??」
「そーよ。いっぺんもじゃ。あれは60の処女じゃの。」
「へ・・あ、あーそですか。」

なんだか、とんでもないじーさんかも・・・

「そやけどの、60でも娘は娘じゃ。やっぱ家建てるんなら、こんなワカモノ住宅建ててやらにゃあ
なるまいがな。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、そーいうことですか。
ワカモノ住宅って、要するに、若者向け住宅ってことなんですね、
・・・・・・・・・・・・・・・・・そりゃ、道行く中学生が知るわけないですわ。


・・・・・・・それにしても、このワカモノ住宅・・・
たしかに、若者向け住宅で売り出してみたら、若いファミリーが食いつきそうな、内装です。
なんたってドアノブまでぷーさんですよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とても、60処女の・・失礼しました。(謝)


と、なんやかやで本題に入るまでに、30分。


そして、ひそやかに舅の憂鬱が吐き出されました。
息子さんは勤勉な村役場の管理職。嫁は隣町のスーパー敷地内の「タネものや」にパート勤務。
タネものやとは、花や野菜の種や苗を売るお店です。

パートが終わると一旦帰って、夕食の支度して、そのあと、毎日プールに行くというのです。
それも、ときどき、はっとするほど濃い化粧をしていくと言い、舅さんは懐から、カレンダーの切れ端を出してきて、ほら見ろと付きつけます。

それは先月のもので、日にちの数字の下に・・・
「とも子(嫁の名)。今日は濃い。雄一(息子の名)が、帰るまでには帰るか。いや、帰らん!!」
「とも子化粧濃し。今日も男か。雄一はあほじゃ。まだ気がつかんか。」
「とも子、雄一より10分遅い。いいわけするな」

・・・・・と、まぁ、書きたい放題。
なんだか、お嫁さんに同情したくなりそう・・・な。

「この調査のこと、息子さんはご存じなんですか?」
「いや、知らん。あいつはええ奴なんやけど、ちょいとあほなとこもある。嫁の言うこと信じとるけんのぉ。うちのオバもこんなことやめ、言いよる。」
「そうでしょうね。」と、思わず同意。。

「そやけどの、もし男がおってみぃ。家中めちゃじゃ。そうやったら取り返しがつかんじゃろ。
男がおったら、わしが話つけてやらにゃあいけんじゃろ?」
うーーーーん・・・
同意できるような、できないような・・・・(苦笑)


「息子さんに黙って?」
舅さんは大きくうなづきます。
「息子はいけん。あのおなごに騙されとるんぢゃ。まぁ嫁ぢゃからのぉ。」
判っているのかどうかびみょーな反応。。。

「じゃ、調べてみて、お嫁さんに怪しいところがなかったら、もう信じてあげられますね。」
「そりゃそーじゃろが。なんもないのには、言えんわなぁ。そやけどある。絶対あるっ!」と、言いきる舅さん。


そして一日目。。。
嫁は仕事を終え、何事もないように一旦帰り、確かに夜目にもはっきり判る厚化粧で再び出て行きました。
行く先は「ハッピースイミング」
なんともまぁ、コメントしょうもないネーミングで・・・(苦笑)
そして、終われば何事もなく自宅に帰って行きました。

翌日も、少し仕事時間が遅かったものの(もちろんその時間仕事していることは確認しています)
帰ってご飯食べてハッピースイミングへ・・

そして三日目も・・・
何事もないかのように、ハッピースイミングへ・・


途中で自分には連絡してくれるな、オバアに感ずかれたらまずいと言っていたくせに、舅さんは翌日の昼ごろには必ず電話を入れてきます。そして開口一番自分から
「昨日は行かなんじゃやろ?」と言ってきます。
それが判っているならなぜ・・・

「お約束の三日がすぎましたけど、もう信じてあげていいですよね?」
「うーーん。うーーん。・・・・・・・」
電話口のしばしの沈黙はこわいです。
年が年ですもの、息絶えてるとか、卒倒してるとか・・(失礼)

「い、いや、ちょっと待ってくれ。もーちょっとしたほうがいいかもしれん。そやけど、しばらくは
動かんかもしれんのぉ。。ちょっと、ちょっと待っとってくれ。考えさせてくれ。」
悩める老ハムレットは、やめるべきか続けるべきか天を仰いでいることでしょう。

・・・・・確かに、ちょっと方向違いではありますが、根底は息子家の安定ということなのでしょう。余計なお世話という前に、憎みきれない「おせっかいジジィ」と、いうところでしょうか。
こんな、舅となら、ドライなケンカができるかもしれませんね。


それにしても・・夜目にも鮮やかなあの「厚化粧」・・・確かに、気にはなる。。。
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by sala729 | 2010-03-27 18:43 | Comments(0)

私くらいの年齢になると、あまたの経験と知恵(そんなものあったかな?)で、煩わしい家族関係は
上手に捌いていけるのですが(・・あんたはめんどくさいから絶ってるだけでしょ?・・・と、うるさいカゲの声が響いています。)

いや、そう思っていたこともあったのですよ。事実ね。
でも、この仕事に就いてからというもの、人間に対する見方が変わりましたから、おのずと家族や親戚、血縁や地縁に対しても考え方は変わりましたね。

いくつになっても、家族間を上下でしか計れない人もいれば、耐えることだけが生きる道とまるでかたつむりのように、殻に閉じこもっているだけの人。案外多いです。この世の中。。。
私のような戦闘的な人間にとってこの前者のようなタイプは戦いがいあると、ある種楽しみなのですが後者になると、ちょっとお取り扱い注意と、接するのに足踏みしてしまうかもしれません。

いえいえ、ずっとそうだった訳ではありませんよ。
この私にも、か弱くて(今になって白状すると、そういうフリしてただけなんですけどね)傷つきやすい新妻時代はありました。
舅・姑との距離が計れなくて、泣いたことも何度もあります。(これも、嘘です。ちょっと文面を
ドラマチックにしたくって・・・へへ~~)


でも、この仕事について、娘婿をもつ今になって、当時の舅・姑の気持ちがちよっとだけわかるようになったのは、成長でしょうか?(笑)
こうして人は大人になっていくのです。って、もう十分大人ですけどね。「大人気ない」とはよく言われますが・・



さて、今日のお話は、山間の深い谷底みたいな地域にある「村」の舅さんからの相談電話が始まりでした。
息子の嫁が、夜な夜な濃い化粧をして出かける・・と、いうのです。
舅さんは88才。息子嫁は55才です。
狭い地域ですから、舅さんも、息子さんも、嫁さんもそれなりの地域の有名人で、村中で顔を知らない人など誰一人おりません。
そんな中、電動車いすだという舅さんに、遠出は無理ですから自宅でお話を・・・と、言うと「おばあ(妻でしょうね)がいて無理だ」と、仰る。
では・・・と、考えていると
「判った。家の近くに、わしの娘がおるワカモノ住宅がある。そこにしょう。娘は仕事やけん。昼は誰もおらん。わしが建てた家じゃけんかまわん。」と、一人で納得して決めたので、その、ワカモノ住宅にむかいました。

会社を出て、まっすぐ南に下りて、裾野の狭い分だけ案外急峻な山脈をひとつふたつ越えたところが
目的地です。
(すんごい田舎をイメージしてらっしゃるでしょ? 確かに田舎です。未舗装道路もありましたし、ここ海抜何メートル?なんてとこで、ガードーレールのない道もありました。なんたって小学校が茶畑に混じって台形の高台にあるのです)

ここに到着するのに二時間はかかりました。
ところが、この台形の小学校が見つからない。と、いうより地図はどんな地形も平面にでます。ナビは当然そうですよね。
ところが目的の小学校は、とても立体的で、どこが上がり口かまったく判らない。
ぐるぐる回っていると、めがねをかけた中学生がとぼとぼと自転車押して向かってくるではありませんか?

「ねぇ、ごめんなさい。このあたりにワカモノ住宅ってある?」
突然の見知らぬおばさんの問いかけに、一瞬びくっとしたものの、中学生くんは、おどおどと顔をあげました。
「ワカモノ住宅??。。さ、さあ・し、知りません。」

なんで私がもの聞くと、みんなこうしてオドオドするのかしらね。やさしく聞いてるし・・・
顔だって、決して美人だとは思ってないけど、ぱっと見て恐れおののくほどではないかと・・(
おののきますが・・と、家人。むかっ。)

「そお・この近くらしいんだけどね。ね、そしたらこの小学校の正門どこ?どこからあがるの?」

ああ、それは・・・それさえ教えたら、開放されると喜んだのでしょうね。
じつに気持ちよさげに教えてくれました。

そして小学校を回りこんで、舅さんの電話の案内を頼りに探していると、どこからともなく現れた電動車いすが私の前に回りこんで
「Aさんかの?」
「はい。笹田さんですね?」
「そうじゃ。遅かったのぉ。」
って、あなたの説明が上手だからよ・・と、言う言葉は飲み込みました。

さすがに車代わりに電動車いす使っていらっしゃる舅さんは家の前ですっくと立ち上がったかと思うとスタスタと歩み寄り、慣れた手つきで開錠すると、私を招いてくれました。


・・・・・・・と、いうところで小休止。
仕事に出ます。。。。
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by sala729 | 2010-03-26 10:04 | Comments(0)

件の室長氏、静かな相槌で私の言い分を聞いてくださいました。
そして、私が話終えると
「それは、故障原因云々の前に店の対応がなっていなかったと思います。末端とはいえ、わたくし共にも当然責任の一旦があることです。申し訳ありませんでした。その説明書はお送りいただけたら目を通させていただき、私のほうから対応部署に回します。どちらに回したかは、私がA様にお電話で
お知らせさせていただきます。」と・・・

私はこの対応で満足です。
そこで、名刺から説明書三枚すべてコピーをとって原本を本社お客様相談室、室長あてに送付しました。
もちろん、趣旨説明文も添付して・・・

三日後
室長氏から電話があり、携帯専用工場は広島県福山市にあり、そこには研究所もあります。
そこに自分の責任で送りました。もちろんA様の趣旨説明文も付けております。じきに担当からお電話させていただくと思いますが、もしも、時間がかかるようなら直接こちらにお電話くださいと、直通電話を教えていただきました。

同じ日の午後
福山の研究室の技術主任さんからお電話いただきました。
「お手紙みました。データーが消えてしまうということは、ままあります。それは事実ですが、それがメーカーの基本的な不備ということはあり得ないと思います。
端的に言うなら、人為的ミスで消えることがほとんどなんです。」
理系の方ですから訥々とお話されるのですが、誠実味は十分感じられます。
「自分にも5歳の子供がいますから、親御さんが写真をどんなに大切にしているかは、よく判ります。正直言ってお預かりしても、復旧する可能性はまずありません。それでもとおっしゃるなら、一度お預かりして見せていただく分には、こちらはぜんぜん構わないのですが・・」とも、仰っていただきました。

写真が復旧しないことは、家人から最初に聞いています。
娘にも言い聞かせて、私たちの持っているデータを集めて今はパソコンに大切に保存しています。
できないけれども、お気持ちに添えるならと言ってくださっただけで私は満足です。
そのことをお話すると

「ありがとうございます。ご理解いただいて。しかし、この店長についてはこちらとしても、そのまま放っておくわけにはいきません。自分のところのミスをよそになすりつけようなんて・・」

そこで、いえいえ、もういいんです・・・・なんて心の広い女ではありません。私は・・・
黙っていれば、そうせざるを得ないと判っているからこそ、黙っているのです。
もちろん、森壁氏をくびにしたわけではありません。
でも、そのままにしておく気もありません。自分のしたこと、言ったことの責任は取ってもらわなければ私はただの「クレマーばばぁ」です。


そして再び室長氏から電話が入りました。
「技術主任とお話していただいたようでありがとうございます。代理店に関してはこちらの担当を通じて今後このような事態のないようにと厳しく指導をしておきますので、ご理解いただけましたでしょうか。」
「判りました。室長さんも、主任さんも私の気持ちを判っていただいてそれで満足しています。お店の対応については、どうしても許し難いところが残るのは事実ですが、それも注意していただけたということで納得しなければいけないのでしょうね。」
「おそれいります。つきましてはこのたびのことについて、A様には大変不快な思いもなされお時間やお手数も煩わせて、会社といたしましても、お詫びの意味で何かご希望がありましたらぜひお伺いさせていただきたいと思うのですが・・・」

なるほどね。なかなか上手い尋ね方ですよね。
落とし所を相手に言わせるということですね。・・・・
でも、もうかけひきはやめです。今はとてもいい気持なのですもの。それに、別にお金が欲しかったわけでもありませんし・・ね。
でも、いえ、なにも・・・なんて殊勝なことは私には似合わないでしょ?(うん。その通り←カゲの声)

「判りました。ではケチのついたあの機種を交換してください。うちの娘が選んだものと。」
「それでよろしいですか?。」
「結構です。ただ、お店に行ってこれはないとかあれはないとかは言わせないでください。じつは
かの店長氏は二回目に娘が携帯修理に行ったときに、じつは三回同じ機種ならメーカーが無料交換してくれる。だから三回目ということにしてあげましょうかと言ったそうです。」
「・・・・・」あの馬鹿と心の中のつぶやきが聞こえたような気がしました(笑)
「もちろん、私はお断りしましたよ。なんでうちのせいでもないのに、そんな姑息なことうちがしなきゃならないんです?」
「仰るとおりです。」
「ですからパンフレットみて決めていきます。そしてそれでも推薦機種がどうのこうのとか、差額が発生するとか言われたら、その場で室長さんにお電話してもいいですか?」
「もちろんです。」


さらに3日後
私と娘は三度販売店に・・・
来ましたよ。もみ手して・・・あの、も・り・か・べ
「連絡が行ってるかと思いますが、機種交換にきました。」
「はい。聞いてます。これなんかどうですか?一番の人気ですよ。色もいいし」
・・・・・・・・・・・・・・・・・この男アホ?
今までの事なにもなかったことにできると思ってるの?
謝罪もなにもなしで、へらへらと安い代替え品薦めているなんて、私をなめてるの?それとも、とりかえしのつかないアホ?

娘は私の顔色窺い、私は森壁を無表情に見つめて・・・
その時店内の電話がなりました。女性店員がとると二言、三言はなして、森壁に近寄って耳元でなにか囁いています。そして席を立つと電話に向かいました。
なにやらヘコヘコと相槌打ってます。

しばらくして帰ると手元の電話の内線おして
「上の販社の責任者からです。一言お詫びしたいと言ってますので。」と、途方にくれたような顔して受話器を渡してくれました。
販社の責任者という方は、これまでの経緯のお詫びと本社からの厳しい指導があったこと。また今回はお客様のご意思を一番に対応すべきことをいま店の責任者にも叱りつけておきましたので、今後ともよろしく・・・なんて内容でした。

「お聞きになったでしょ。だからいくら人気でもこれはいらないんです。この最新機種のこの色が
希望なんです。」
「あ。は、はい。あ、でも、いまこの色はないかも。こちらなら・・」
「あなた私の言うこと聞いてないの? ないなら取り寄せることもできないの?できないならいいです。本社のカスタマーセンターの室長さんに電話して取り寄せていただきます。」
「い、いえ。いえ。至急取り寄せます。至急。××くーん、あの機種のボルドーいつ入る?」

・・・・・・・ホントに、バカとアホウにつける薬はないとはよく言ったものです。

さすがに4日後に入荷すると聞いても、もうその日も一緒に来る気はさらさらありません。
私たちが帰ろうとすると女子社員が2人カウンターから出てきて
揃って深々と頭を下げます。
「本当に私たちの対応は間違っていたと思います。申し訳ありませんでした。」
娘がそっと、あの時カウンターにいた2人と、そっと教えてくれました。

・・・・そう。あのときは腹も立ったけど、こうして自主的に頭を下げられたらこれ以上怒るのはあまりに大人げない。
「あなたたちも大変ねぇ。親と上司は選べないからねぇ。」と、だけ言ってにっこり笑って見せました。となりで、娘も激しく同意してウンウンと頷いているのはなぜでしょう??


こうして、我が家のソフトバンク騒動はドタバタを繰り返しながらようやく終結しました。
私に「最強クレマー」という新しい称号を残して・・・はぁ(溜息)
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by sala729 | 2010-03-24 21:02 | Comments(10)

みなさま、こんなわがままブログにお付き合いくださいましてありがとうございます。
ほんの思いつきではじめて、不定期に書き連ね、あろうことか勝手に閉じたり、開けたりしたにも関わらず、「待ってました」との温かいお言葉・・(待ってましたっ!・・なんてまるで千両役者みたい。うふっ(^^)・・)

しかしです。天は過酷でした。こんな私の怠惰で気ままな性格をお許しにはなりませんでした。
下されました・・鉄鎚
心を入れ替えて、書き綴ったつもりだったのです。顛末記のその後・・・
ところが、1回目は、もうすぐ終わりという寸前で、何をどう間違えたか、キータッチの不備か、あ・・というまに画面が真っ白・・・・くらくら

気を取り直して昨夜・・・再び綴りました。つらつらと・・
おお、投稿終了。送信と軽やかにボタンタッチ・・・そして画面が変わって・・
エキサイトブログは24日0:00からメンテナンスに入ります。ん。んん・・・時刻をみると0:13・・・・あ゛と思う間もなく画面は真っ白・・・・・くっくくく(悔し泣き)

あまりといえば、あまり。
当然と言われればそれも納得(どっちなのよっ!)


そして、性懲りもなく三回目。
家人は冷ややかに、直接入力はよしたらって何度も言ってるでしょ。待っててくださる方に悪いよ。
あんまり待たせたら・・・なんてつぶやいてています。
うるさいっ・・うるさいっ・・うるさいっ・・・
1度ならずも2度まてでも、このエキプロに虚仮にされて、ぢゃあと方針変えるなんて、私にはできません。こうなったら、何度でも挑戦しますとも、直接入力・・

ええ。ええ。私はこんな女ですよ。
こーいう性格ですよ。なんたって「意地と見栄」で生きてますから・・・って。


この悔しさはさておき、では本題に入りましょう。。。




さて、私と娘は、森壁氏(ショップ店長)に、説明文書に、メーカー責任を明記してくださいと言い置いて、時間待ち買い物を済ませました。
ゆうに30分はたっていたとおもいます。

「できましたか?」
「い、いや、あの。。も、もう少し」
「説明の文とイラストはあるじゃないですか。この故障の全責任はメーカーにありますって書くだけですよ。なんでこんなに時間がかかるんです?」
「す、すみません。もうすぐですから」
さすがに彼も、全責任がメーカーにあると書くことにはためらいがあったのでしょう。

待つこと5分・・・
「で、できました。」
できましたって、テストの答案提出じゃあるまいし・・・
一枚目は機能について私に見せてくれたもの。
二枚目は機種の説明書
三枚目は携帯のイラストとその下に
「これらのことが故障の原因と思われます」と、小さな字でかいてあります。

「これ、書きなおしてください。これらのこと云々ではなくて、この故障の原因はすべてメーカーにありますと、はっきりと明記してください。
そうですよね?そうおっしゃいましたよね。これはメーカーの責任で、このお店にはないと。」
「あ、はい。そ、そうですが・・」
「では、そう書いてください。」
三枚目を突き返すと、それをしばし見たあと、森壁氏は決心したように、ボールペンを持ち直しました。
「その下に、署名と捺印してくださいね。それからお名刺もいただけますか?」
私の言葉のたびに、背中がぴくぴくと動くのはなぜ??


字の大きさこそは、先ほどよりましとはいえ、なんたって字面がふるえて見えるのは、ご愛嬌??
・・・・んな訳ないですわよねぇ(微笑)

「どうも。ではこれは私のほうからメーカーさんにお送りしておきます。」
そう言い置いて帰り始めた私を見て、森壁氏がひそやかな笑いを収めたのを私は見逃しませんでした。でも、それが私が帰るための安堵ではなく、今から私がしょうとしていることが、いかに困難なのかを知っているからだと、私が気付いたのは後の事でした。


翌日、9:00を待ちかねて、メーカーの携帯電話専用カスタマーに電話入れました。
つながりません・・・0120しかありませんからかけ続けて、1時間もしてからやっとつながり
受話器の向こうはあの音声ガイダンスの冷徹な声。。。
故障、修理は1を押してください。料金は2を・・・ずっと聞いても、私の話は何番なのかさっぱり判りません。

なんたる不親切・・・無礼。
そもそも、カスタマーセンターってなんのためにあるの?
顧客サービスのためでしょ?
こんなに携帯が普及して、老若男女問わず携帯しはじめて、ほんとにサービスが必要なのは、どの世代??
若い世代はこんなところ通さなくても、自力でなんとでもできます。
でも、私たち世代以上の多くは、より細かい支援が必要です。悔しいけれど・・。
それなのになに?
この木で鼻をくくったような音声ガイダンス。
サービスってことばを馬鹿にしてるの???
なんて、ここで吠えてもはじまらない。で、ここで気付きました。
あの森壁氏のひそやかな笑いの意味・・・
そう、彼はこの事態を知っていたのです。こうやっても、なかなかつながらないことも、私のクレームも持っていき場のないことも。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふっふふふ
私のことみくびっちやいけないわよ。
こんなことくらいで諦めるとおもってんの?
上等よ。
やるわよ。どこまでもね。



私は携帯専用カスタマーを諦めました。
で、メーカーの本社総務部に電話をいれました。そこで、お客様相談に電話をしたいが番号が判らない教えていただきたいと丁寧にお話しましたところ、なんの抵抗もなくじつにすみやかに番号教えていただけました(^^)

そして、おもむろに本社の相談窓口に電話をしますと、音声ガイダンスではなく女性の丁寧な声が届きました。
私は、携帯専用にかけたがどれも該当する番号がなくやむえずこちらにかけたことをお詫びし、簡単に顛末を説明し、店からの説明書と店長の意見書を今から速達書留で送りますので対処して頂きたい旨を話ました。
すると、しばらく待たされて、責任者とおっしゃる室長氏が電話に代わられました。
ここで、私は一気に今までのことを話ました。
多少の誇張はあったかもしれませんが、なにしろ相談員ですもの。説得と自己PRは得意(笑)です。

長くなるのでここで一旦休止。
続きは「ソフトバンク顛末4」で・・・
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by sala729 | 2010-03-24 18:44 | Comments(3)

思いだしたように・・・実際ほんとに思いだしたのですけどね(笑)
ブログを開いてみたら、こんなに無責任にほっぽらかしていた拙ブログを毎日何人かの方がのぞいていただけていたのかと思い知った次第です。

あらためて、心よりお礼申し上げます。


さて、心を入れ替えて細々とでも、ブログを再開しょうかと秘かに心をきめて背景なんかを変えてみたりしたのですが、この生来の飽きやすい、冷めやすい性格がどこまで続きますやら・・

それにしても、この1.2年は激変の年ではありました。
人が生きていく上で変化がないということはあり得ないにしても、その変化の大きな時とそうでない時というのは確かにあります。
今はちょうどその激流の真っただ中、というかんじですね。ただ、生来の性格がそれを表に出すのを潔しとしないだけなのです。
こんないびつな性格ですから、付き合ってくれる人はおのずから限られてきます。
そんな私を判ってくださる、わがブログの読者の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。


さて・・・再開にあたって、前述の続きで「ソフトバンク顛末」を書き終えてしまうか、とりあえずはまっさらで始めるか、今それに迷っているのですが、それはかなり偏った悩み事なのでしょうか?
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by sala729 | 2010-03-21 16:30 | Comments(4)