その電話は、穏やかな日曜日の朝けたたましく鳴り響いた。

「こんなことお願いしていいのかどうか・・」
かなりの年配そうではあるがしっかりした口ぶりに違和感はなかった。
「どうぞ、ご心配なくお話ください。」
営業用とはいえ、普段とは似ても似つかぬ「甘声」で相談員は答えた。

しかし、その相槌の間隔は次第に長くなり、眉間のしわは深くなり
「はい。伺います」という声は、先ほどとは比べ物にならないほど落ち込んでいた。

それも、無理ないことかもしれない・・
なにしろ、相談内容というのがタニシ退治をして欲しいというのだから・・(ーー;)

長い相談員生活の中で、それはいろいろな経験や体験を重ねてきたとはいえ、「タニシ退治」の依頼というのは・・初めてだった・・。



畑中凛子さんは小柄で色白の肌に薄化粧。ピンクの口紅がかわいらしい76歳の女性だった。
「こんにちわ」と微笑むしぐさも向かい合って覗きこむ表情にも、なんの違和感もない。
ただ内容を除きさえすれば・・・


「うちの田んぼは二枚あるんですけど並んでなくて、真ん中に両田さんといって、ちょっと前まではここいらの大地主の家の水田があります。
50年も前までは、ここいらはぜーんぶ両田さんとこのもんでした。
それが、バイパスができたり、道沿いに店や会社が建ったりで、両田さんとこは次々と田んぼを
手放して、今では、とうとうその水田と、自宅の周りだけになったんですよ。
そりゃあ、おーきなお屋敷建てましたわね。
そやけど、それはそのときだけのもんで、代が変われば、尻すぼみってね・・(笑)

そこの、冷凍会社の配送センターができた時は、私道分を幅2メーターで取りましょうって周りのみんなが決めたのに、両田さんとこだけが反対して1.4メーターしか取れんかったんですよ。ほんとに、ケチでねぇ。
おかげで、道通るときに、ほら蟹みたいに横歩きせんといかんよーになったんですよ。」

そのままにしておくと、畑中さんの話は果てしなく続きそうでした。


「それでね。もともとは婦人会のボスだった両田さんが、いやがらせしょんよぉ。。」
やっと本題に入ったようです。

「昨日も一昨日も、私が田んぼに行ったら、ほら、タニシがね・・どんどと・・・昨日なんてスーパーの袋一杯あるんよねぇ。」

・・タニシが袋一杯・・ごくっ。お、美味しそうかも・・・

「タニシって、ほらあの、秋祭りに境内で辛子つけて売ってるあれですよね?」
生唾を飲み込み問いかける相談員を冷ややかに見つめる畑中さん・・

「あれは、違いますっ。うちのは外来種で、大きいんだから・・ほら、このぐらいはあるんよ。」と
両手の指で〇を作ります。

げっ・・それは大きい。
けど、ほんとかな・・・そんなでかいの見たことないけど・・・

半信半疑でいるとさらに畑中さんは
「このタニシはねぇ、真っ赤な卵をコンクリートの上へ上と産み付けるんよ。」

赤い卵・・・赤い卵・・・なんだかやーなかんじ~



ともかく、畑中さんはそのタニシを両田さんが毎夜、毎夜、自分のところの田んぼに捨てに来るというのです。
そしてその証拠を取ってくれというのです・・・


そりゃあもちろん、仕事ですから、対象者がタニシであろうと、サザエであろうと、やりますよ。
やりますともっ・・・


一日目は雨の夜
二日目は台風の夜
三日目は闇夜

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もちろん真夜中の田んぼに人影はなく、うちが引き揚げると
畑中さんの田んぼにタニシが撒かれるという悪循環が続きました。


でもこれは、タニシの性質なんですよね。
田んぼに水を引くための用水にのってタニシはやってきます。
そして、用水路の側面に真っ赤な卵をびっしりと産み付けるのです。
それはそれは気持ち悪いですよぉぉぉ。

そして、卵からかえったタニシも水路に運ばれ田んぼに・・
夏は水田の泥田に潜ります。
そして秋になると出てきて稲を食べつくすのだそうです。

ですから、昼間はタニシ君泥の中で、夜から早朝にかけて出てくる・・・
それを田んぼに出てきた、畑中さんが見つける・・・どうもこのパターンのようです。


タニシの生態から分布まで報告書にまとめ事実をどう説明しょうかと考えあぐねている相談員に畑中さんから電話が入りました。

「もういいですわ。相談員さん。人のこと疑った私が悪かったんですよ。あれから、ちっとも出ないんですよ。やっぱり人を疑ったらいかんよね。
どーも。どーも。ほんとにありがと。ほなね~」
と、一方的にしゃべって電話を切ってしまいました。

あらら・・・

でも、まぁ、これでよかったかも・・・
タニシ掃討作戦でやってくれって言われたら、調査部は気が狂うかもね。
だってタニシは、次々と湧いてくるんだもの。果てしないものね。

そうやって人心地ついて仕上げの報告書を送付する手続きを再開した相談員でした。
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by sala729 | 2008-10-02 22:13 | Comments(4)