今日で4月が終わります。
日々の時間をいつも同じに過ごしていけるような職場でないことは、百も承知、またそうでないからこその仕事への傾倒を広言してはばからない私ですが、それでも今年の4月は格別に
思いを巡らせる月であったことは、感慨深いものがあります。

ずっと同じ環境で仕事を続けて行くことの困難と、それを維持していくことの深い努力と実践の
間には、「運」と「機会」と「思い」だけでは、どうにもならない川の深さがあることを
目の当たりにしたような気がします。

継続は、どうやら花開かないと、その努力の半分すらも認められることはないようです。
それが、仕事と言われれば、至極ごもっともなことで、反論することはもちろん、挙手する資質
さえもないことは、わが身が一番よく知っていることなのですが・・(黙)


たいがいの日曜日に、ブログの更新をすることはなかったのですが、今日は今月の最後ということで、どうしても心の区切りをつけておきたくて、立ち上げました。
何事もなかったかのように、ブログを続けていこうかとも思いましたが、私という人間が
ここを立ち上げていることをご存知の多くの方たちに、なにかの形で自分の気持ちをお伝え
したかったですし、そうすることで、明日からの5月を、「迎え撃ち」たかったから、これも
一種の「自己満足」です。
そして、迎え撃つことが、私の結果であり、私の気持ちであり、力の及ばない処への意思表示だと思っています。


なんだかとても、抽象的な「言葉」を並べてしまいましたが、明日からの展開に
どうぞ「期待」していてくださいねっ・・という「予告ブログ」「有言面白ブログ」宣言です。

夏までにはこのブログも、記事数は300件を越えると思います。こんな、エキサイティングな
仕事・・他になにがあるでしょう?(笑)
・・・・・・・・・・・・私には、この仕事しか、ありません。。。。
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by sala729 | 2006-04-30 15:25 | Comments(5)

日常生活というのが、仕事も含めて私の24時間の全てを言うなら、私の日常はかなりの「バカに近い日々」と言うことになるのかもしれない・・・なんて思い詰めているわけではないのですが・・(笑)

それにしても・・・この2.3日(**)んな日々が続いています。
まずは、連日の小山さん。・・・・
「Aさんですか?。すみません、毎夜毎夜、それがですね。さっき息子が嫁を無理やり警察に連れて行くと言って、連れて行ってしまったんですが。」
「警察に?なぜ?」
「自分たちを尾行している奴らを捕まえたから、警察で証言せんといかんと言いまして、いやがる嫁を追い立てるようにして行きました。嫁は、ご飯食べているところで、これが終わってからというのに、メシや喰いよる場合やないって、引っ張っていきました。」
「息子さん、お酒飲んでましたか?」
「あ、はい・・」

ほんとに、小心者の酒乱ほど「バカに付ける薬はない」と言いますが・・。

「そうですか。でも、お母さん、大丈夫ですよ。というか、うちの誰も捕まっているものなんて誰一人おりませんし、第一、そんなことで動くほど警察はお暇じゃないです。たぶん、中浦(相手女性)の家だと思いますよ。」
「そーでしょうか。」
「ええ。ご心配になることはないですけど、それにしても連日の奥様連れ出しは困ったものですねぇ。」
「そーなんですよ。私が、嫁にあんたが二人の仲を認めるようなことしたらいかん。これからは
誘われても行ったらいかんよと言うたもんですから、嫁は頑としていかんと初めは言いよったんです。でも、息子は酒飲んでまして、このままだと暴力沙汰になると思って、私が行けと言うたんですよ。」と、小山さんは溜息をつきます。
「ともかく、今夜はこのまま様子見てください。明日、お嫁さんがどこに行ったか。なんの話をしたかお聞かせください。」


そして、今日です。

「はい。Aさんの言うとおり、嫁は中浦の家に連れて行かれたそうです。で、三人が座って
中浦が、私はえらい迷惑しとんよ。あんたのところの旦那のおかげで、クビになったら
給料は旦那から払ってもらいますからねっ。と、言われたらしいんです。」
「はぁぁ???・・・・。(なんとか気を取り直して・・)で、奥様はなんと?」
「それがです・・。黙って俯いていたと言うんです。ほんとになぁ。うちの嫁も世間知らずで・・。
あんたは本妻なんやから、そんなことあなたに言われる筋合いはありませんと、なんで言えなかったですやろか・・。ほんとに、学校のことしか判らん学校バカですわ・・・(溜息)」

・・・・・・・・・・・・・・うーん・・・・・た、確かに「学校バカ」とはよく言ったものです・・・
女性にして教頭という地位を得るまでは、それは男性以上の努力と実績があったのだと思います。家事をしながら、この「夫」に仕え、舅姑に仕え、ひとり息子を医者にまでした女性・・・という
ことですから、世間的には賞賛される婦人と言えるでしょう。

でも、一皮剥けば、それは、学校のことしか知らない「学校バカ」だったのです。(^^;)

そういえばと思い出したのが昨日のそめさんの話です。。
孫息子の所在を・・・と、切なる思いに応えて、居場所が確認され、本人写真をお見せしました。
「ほうほぅ・・・そーです。そーです。ありがとうございました。」と、皺の中にさらに埋め込まれた
ような小さな目が、輝いてみえました。

ところが・・・
そめさんは、孫のもとに行けない・・と、言うのです。
確かに、県外ですし、高齢で田舎者のそめさんがひとりで出向くのは、ちょっと無理でしょう。
こちらでなんとかしてあげたいのはやまやまなのですが、正直言って、調査費用も、めちゃめちゃ無理を通してもらっています。
これ以上は、いくら「情」にすがっても、できることとできないことがあるということぐらいは、
私にも判ります。。。
そして、それはそめさんもよーくわかってくださっているのです。

孫の母親は、頼れるような女性ではないですから、近くに住むという長男さんに連れて行って
もらったらどうですか?と聞いてみました。
そうすると、そめさんは即座にブルブルと首を振って
「とんでもなぁです。そげんことしたら、嫁がなんと言うてくるやら・・・」
と、深い溜息を洩らして、続けることには

「この家の台所を2年前に手を入れました。嫁や孫娘が来たときに、暗い台所では用のしにくかろうと、思うたんです。そしたら、嫁が鬼のように怒りましてな、そんな金があるんなら、なんで
うちらにくれんのか?と、言うて・・・。娘が大学に入るのに、金がよーけぇいるんじゃと。そんな
余計な金使うんなら、うちにくれりゃあよかろうに・・遺産分けが減るばぁでほんに余計なことばっかりする婆よ、と言われましたげに・・。

この嫁は、まだ私の母がいた当時、母は目も見えず、歩けず、しゃべれずでしたが、近所の人に、大姑はもう先が見えとるでこのままでもいいぎゃあ、姑の方が先ぃに死んでくれたらええのにのぉ・・・と、言うて周りよりましたです。

台所治してから、うちの下駄箱持って帰りよりましたけど、あれからはひとつも来やしませんが。
それなのに、連れてってくれ言うたら・・・はぁぁ・・よう言いません。。。」


そうですよね。もっともなお話です。言えるはずがないですよね。。。
それにしても、この嫁・・これも「欲バカ」ですね。
第一、そめさんには三人の子供がいるんですよ。遺産三分割です。それに・・失礼ながら
この山深い里の家では、まず「買い手」がありません。 売れませんっ。 

そめさんに、大きな写真をお約束して、昨日は辞した私でしたが、今朝、机にはH氏から
孫のプリントアウトされた写真が届いていました。
さすがに、たいしたものです。鮮明に、自然に撮れています。

でも、この男性は、覇気もなく俯いて、外出中というにの、上着の下から見える白いシャツの首周りの半分くらいか、裂けて首肌が見えています。
まだ30代というのに、表情は50代。遠めの様子は60代にも見えます。
荒んだ生活が窺えるような、いやな感じですが、そめさんは待っているはずです。
この男性も「バカ」・・・・・でしょうね。。。。と、つぶやいたものの、それでも待っているそめさんの
ことを考えると「バカ」でもいいと、受け入れてくれるのが「家族」というものなのだろうな・・・と、
思ったりもします。

・・・・・・・はぁぁ・・・今日は、バカ、バカと連呼しすぎ・・(^^;;)・・・・・・・・・・・・・
お許しくださいね。こんな、やるせない「日」もあるのです。。。。
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by sala729 | 2006-04-26 12:37 | Comments(7)

思いの外静かな昨日が過ぎて、それはそれで物足りなく、不本意な月曜日が終わって(苦笑)
ぎりぎりと今朝も時間が過ぎていきます。それもまた、悔しいような・・・(笑)

それでも、電話が鳴らないことはなく、私の携帯や、相談電話、その他の相談員さんの携帯も
あちこちで「三分間クッキング」やら「地上の星」が鳴っています。
そんな喧騒の中で、N係長は一心不乱にPCに向かい、K主任は、・・・・・K主任は・・なーに
やってんだか(苦笑)・・・。

昨日の小山さんからは更に報告がありました。
「さっき嫁が来て言うんですが、あの子から、俺たちを尾行していた奴は捕まえて、警察に突き出したからもう心配するなと、メールが入ったというんです。嫁はなんのことか判らんので、なんのこと?って聞いたら、いや、なんでもないと返事が来たと言うんですが、捕まえたというのは、
本当のことですやろか?」

ほんとに「おバカ」な男でしょう(笑)
「墓穴」という言葉はこの男のためにある・・・と、思いません?
それでも、小山さんにとっては、大切な「ご子息」であることに変わりはありません。

「大丈夫ですよ。本日はこちらは動いておりません。誰か捕まえたのが本当なら、人違いで
大騒動ですよ。でも、たぶん奥様に対する、探りのつもりじゃないでしょうか?」

「そーですよね。私もそう思います。ほんとにもう、アホになってしもーて・・・。Aさん、アホに
つける薬はありますじゃろーか?」

・・・・ありますけど効くかどうかは判りませんねぇ・・・という言葉をぐっと飲み込んで

「そのために動いています。時間は必要ですよ。彼らが、焦りに焦るほど墓穴はさらに大きくなりますし、状況は動きます。バタバタと動くのを見ていましょう。」
「そーですね。ほんとに、アホな息子ですわ。ま、わたしらの育て方が、悪かったんでしょうな。。」
小さく消え入るような語尾で、小山さんはつぶやきました。

50もすぎた息子のことで、育て方が悪いとお母さんにつぶやかせるとは、本当になんと罰当たりなことでしょう。
この結末がどうなるにせよ、ちょっと時間はかかるでしょうね。
奥様は、調査のことは全くご存知ではないですし、息子自体が女に「洗脳」あるいは「傾倒」してしまってますもの・・・(**)
畏れ多いことですが、ちょうど、カミラ夫人に傾倒のあまり、ダイアナ妃の悲劇を招き寄せた
あの、大英帝国の、マザコン皇太子と、一緒ですわ(・・・苦笑)


あんなこんなの、電話に構っているうちに、いつしかお昼タイムに入ろうとしているではありませんか・・。

あの、薄幸の孫息子を捜したいと、心待ちにしているはずの、そめさんに、
「見つかりましたよ」と、朗報を一刻も早くお伝えしたいのに、昨夜から何度電話しても
不在です。
そーなんです。あのそめさんのお孫さんは見つかったのです。
H氏が、顔撮りもバッチリ終えたと、連絡してきました。
それなのに・・・・なぜ、出ない・・・・・・・・・なぜ?????

桜色の街がいつしか、葉桜の緑に変わって、野もレンゲ色に染め変わって、菜の花の黄色が
周りの景色を席捲しても、街のたたずまいは変わらず・・・そのままに、今日も人々を受け止めています。
こんな田舎の町でも、大都会でも・・・


今日は、あの「JR福知山事故」から一年目です。
失くした大切なものが、還るにはまだまだ時間が必要です。
なにを言っても、なにをしても、なににも代えられはしないのです。唯一無二の「たいせつな
もの」は・・・
ただひたすら、傷だらけの衣を頭から被って、時間がすぎていくのじっと待つしかないのです。
その手をとってくれる温かさや、その眼に映る穏やかさが、実感できるまで、その衣を
被り続けるしかないのです。
そして、周りの人たちは、その温かさと穏やかの発信を繰り返してあげてください。
見つめていないわけではないのです。感じていないわけではないのです。
ただ、自分に訪れたあまりに大きな「不幸」に、戸惑って、立ち止まって、なす術がないのです。

永遠の別れとは・・・そういうことだと私は思っています。。。。
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by sala729 | 2006-04-25 12:12 | Comments(5)

決して同じ「事情」はなく、同じ「人」でも、同じ「状況」でもないのに、出来事は、潮の満ち干きのように、押し寄せてきては、それぞれの結果を得て引いていきます。綺麗な引きざまを見せる
浜辺もあれば、眉を顰めたり、心が騒いだりする幕切れもあって、日々同じ気持ちで過ごせないのが、この仕事の「醍醐味」なんですねぇ。これが・・(^^)

51才の息子さんの浮気の相談にこられた小山さんのその後について、お話したいとおもいます。。。

息子は6才年上の同僚女性とデートを重ね、あろうことか夫婦喧嘩のさなかに、その女を呼び出し女に「妻の心得」を、嫁に向かってとうとうと披露させるという、トンデモナイ夫だったのですが・・。
その息子をマークし続けて、判ったことは、二人は「ダンス」に「カラオケ」という、中年デートパターンを繰り返しているということ。女に息子がいるので(女は夫と死別)いつもいつもは、女の所には立ち寄れないし、泊まれないということ。そして、リードはいつも女。息子はそのリードを享受するかのように、まるで「ポチ犬」のように、あとをついて回っているということでした。

報告書を一瞥した小山さんは、半ば想像していたとはいえ、あまりに情けない息子の姿に
言葉もなく、暫し呆然としてらっしゃいました。
女に指示されて、お使いロボットのような息子。飲んだくれて歩道にぺたんと座り込み、いぎたなく眠りこける息子。忠実な召使のように女の後ろを嬉々としてついて歩く息子。

お母様は途中で、報告書をパタンと閉じ、目をつぶったまま身じろきもしませんでした。


さて、このあとです。・・・・・企業秘密もありますので(・・すみません。思わせぶりで・・^^;)
途中経過は・・・・すっ飛ばしますが・・・・(どうぞ、いろいろごそーぞーくださいね。)
この、調査結果は、ふたりの知るところになりました。

経緯はどうであれ、不倫関係であることは事実ですから、ふたりに弁明の余地はない・・・はずでした・・(苦笑)

ところがです。。
真夜中まで、妻子ある男性と毎日カラオケ入り浸りなんて、それだけでも倫理に外れていますよね。ダンスにしても、連れて行ってとせがむ奥さんを、叱り飛ばして連日ふたりでチークなんて、これも、良識のある大人の所業とは思えないと、責められた息子と女が取った行動は・・・・
嫁を仲間にいれることでした。
翌日の勤務が朝早いからと断る嫁を無理やりカラオケに連れまわして
「なぁ、いつもこうして三人で遊んでるって、誰に聞かれても言えよ。」と、息子は迫り
「私らのこと、なんも後ろ指、指されるようなことはしとらん。ぐたくだ言うのは人権侵害やないの。徹底的に戦うわよっ。」なんて的外れの怒りを口にして、ふたりは意気軒昂としているのだそうです。

翌日の勤務のことを考えると、嫁は返す言葉もなく、ただ時間が過ぎるのを待つばかりでした。
これって、一種の拷問じゃありません???

そして翌日も
嫁は息子に引きづられるようにして、女と待ち合わせの喫茶店に連れて行かれました。
「もう、こうなったら弁護士さんに頼んで、ぜーんぶ調べてもらうから、あんたもしっかりせな
あかんよ。」と、女にハッパかけられ、息子はハイハイと、頷いています。


それを見ていた嫁が、自宅に帰り、お母様に
「お義母さん、うちの人立ち直らせることができるのは、あの女しかいないわ。あの女にすがって
立ち直らせてもらわんと、もう、うちの人だめやわ。」と、訴えてきたのだそうです。

「何を言うの。どこの世界に、妻が、愛人に、夫を立ち直らせてくれなんていう話がありますかっ。お芝居やあるまいし・・。あんたがそんな弱気言うてどうするの?」と、お母様は叱咤したそうですが、困り果てて、私に電話をしてきました。

今回の調査のことは、嫁は知りません。知りませんが、いくらなんでも、この嫁も、主体性がなさすぎ。
お母様の言うとおり、どこの世界に・・・と、いう話です。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この場合、嫁がまず意識を
変えないことには、状況は変わりません。自分は妻であって、夫は自分の夫であるという意識。
女に、夫の指示してもらいたくないという嫌悪と、ましてや夫婦間のことについての、口出し無用という強い態度が生まれないと、夫は戻りません。

今だって、女は
「私は、こんな優柔不断な男は嫌いよ。でも、いやいや言ってもついてくるんだから、しょーがないでしょ」と、嘯いており、誰の前でも
「私にも選ぶ権利があるわよ。なんでこんな男を・・」と、言われても、息子はヘラヘラと笑っているだけです。
こんな夫でもいい(・・失礼。)と、嫁が思うなら、ならば女から夫を取り戻さなければなりません。
・・・・・・私なら、いりませんけどね(ーー;)


現状報告をしたあとで、新聞を広げてビックリ仰天!!
78才の妻が62才の夫にてんぷら油かけたという記事。・・・・・よーく目を凝らして見ていると
これって・・・今月の初めにあった「相談電話」と、同じシチェーション・・・・・・・。
あわわわ・・・・あのときの相談者なんだ・・・・・・(言葉なく・・)

こんなエキセントリックな「週明け」で、今日も始まりました。
まだまだ、表面は静かな午前のオフィスです。この静けさが、喧騒に変わるときが、ドキドキするほど楽しみです~。
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by sala729 | 2006-04-24 10:45 | Comments(5)

・・・・・@@@@@@@・・・・・私の机が、机が・・・一面のつくし畑になっている・・・(**)
私の位置は、こーいっちゃなんですけど、社内で一番日当たりのいいポジションにあり、窓から
差し込む陽射しを充分に謳歌できる場所にあるのです。

でも、だからと言って、机がつくしで埋まるなんて・・(唖然)

そのとき携帯がプルプルと鳴って
「あ、おはようっす。Kです。昨日、スペシャルS氏と、中村さん家に行ったんですけど、留守だったんで、連絡したら、散歩してるって言うんです。S氏が なんじゃそれ ってことに
なって、じゃつくし採って、Aさんへのおみやげにしょうって・・・」

??????それこそ なんじゃそれぇ?

要するに、問題の解決に依頼者宅に行ったけど、依頼者は不在で、早くしてくれ、早くしてくれと
急かすくせにのんびり散歩してるのが気に入らないと・・・。このまま帰れば、またAから
早くしてくれ、早くしてくれと急かされるから、来たぞという証拠に、つくしを残して置こうと・・・こういうことなの??

「ま、そーいうことっす。」

・・・・・なんと回りくどい・・・・けど、なんとかわいらしいこと(爆)

ちょっと想像してみました。
昨日のスペシャルS氏は、ダブルのスーツに、ニナリッチの派手目のネクタイ。しょーじき
言って・・「強面」って言葉がぴったり・・・(す、すみません・・・^^;)
そして、K主任はといえば、トレードマークのズボン吊りに、細身のスーツ。髪をつんつんと立たして、有名ブランドのおしゃれな時計を覗かせて、二人は黒塗り国産高級車(・・・よーするに誰が見ても、威圧されるあの、車ですよ)で、乗り付けたものの、不在に「むっ」として、そのまま
高原の花畑で・・・・つくしを、つくしを摘んでいる・・・・・の、ですよ。一心不乱に・・・
(・・・ふっ・・ふふふふ・・・・・笑えませんか。笑えるでしょう?)


そういえば、昨日は夕方から、H氏の支社にOリーダーと向かったのです。
とても風の強い日で、瀬戸内海に架けられた橋は、さすがにびくともしないものの、私たちの乗ったミニバン車は、車高が高いものですから、もろにあおりを受けて、あっちへヨロヨロ。こっちへフラフラ・・・(いつもの車を点検に出しているときに限って、こーなっちゃうんですよね。。)

風速25メートルでここは「通行禁止」になりますが、今は・・と、見れば、21メートルです。
橋の下段を通るJRは15メートルで止まりますから、もうとっくに止まっています。

「おっ、あぶねぇ。おっとと・・」
自車だけでなく、隣を走るトラックや、マイクロバスが、よろよろと寄ってくるのを、右に左にかわしながら、制限時速50キロを守るはずもなく
「さすがのAちゃんも、今日は寝れんだろう」と、渡りきったときに、隣を見たら、いつもと変わらない、安らかな眠りに就いていた私がいた・・・と、Oリーダーは、その夜、H氏に力説しておりました。

 えーえー。そーですよ。私は寝てましたよっ ・・・ホントです(^^;)
・・・ぐふっ今も隣でOリーダーは、Rさんに昨日の私を、面白おかしく話てますわ。・・・
「そーなんよ。さすがにAちゃんも、今日は寝れんよねぇと言って、そーですよ。いくらなんでもねぇって言うから、ふと見たら、もう寝てるわけよ。」・・・・・・・・くっ・・(嘘でないから反論できない・・)


なんやかやで、H氏の支社について、相談者にお逢いして、面談が終わって、久しぶりにE調査員も交えて、ご飯たべて帰ることになりました。
近くの「韓国焼肉」ですが、これがなかなかマニアック・・・ロース。カルビ。コーネ。・・ん
コーネ?・・・コーネってなに???
「ネコよ。ネコ。」と、かるーくOリーダー・・・
げっげげげ・・・・・ネコって・・ネコって・・・猫。猫。猫。

・・・・・・ んなわけないでしょ!・・・・・・
真ん中が「赤身」で両側が白い脂身なんですけど、炒った荒塩で食べるんですが、これが
なかなかの「美味」。もー猫でもいいや。って気に・・・・は、なりませんでしたよ。(--;)

うちの食事は、賑やかですよ。
みんなが、エンタテーィナーなんですもの(笑)

話題はいつしか子供の話に・・・(OリーダーもH氏も、すこぶるつきの子煩悩ですから)
「もう、幼稚園ですよ。早いっすよね。」
子供さんに自らを「ちち」と呼ばせているH氏がしみじみ言います。

「そーいえば、あの話、思い出しますよね」と、話を振るE調査員。

「なになに??」そーいえば聞きたいじゃありませんか?

「いや、あのですね。生まれるって時、自分は四国にいたんですよ。でも、いよいよって連絡が
きて、帰りましたよ。夜中に高速ぶっとばして。・・・。病院駆け込んで、階段ばあ~っと駆け上がって、大丈夫かっ・・て、声かけたとたん
部屋にいた、看護婦さんが゛はい。これ゛って、ペットボトルのジュース差し出すんですよ。
こりゃ気の利く看護婦さんだわって、蓋あけて一息に、ごくごく・・・。」
これ、H氏が身振り手振りで話すんです・・・。

「そしたら、その看護婦が鬼のよーな顔して
゛あんたやないじゃろ。奥さんじゃ。奥さんにあげにゃあ゛と、怒鳴るんですよ。
゛へ?゛・・・えろう気の利く看護婦じゃなぁっておもうとったんですけどねぇ」と、苦笑いするH氏。

そのシーンが鮮明に浮かんできて
笑い転げる私とOリーダー。
その端正なマスクと、言動のアンバランスが、H氏の魅力をさらに際立たせていることは、
百も承知ですが、このミスマッチの面白さは、ぜひぜひ「ライブ」でお伝えしたい・・・(爆)

そして、この夜は
「昨日さ、車で帰っていたら、歩道に女子学生が歩いているわけよ。おっ綺麗なかんじやなぁ
って追い越しざま彼女を見て、ぶっ飛んだね。」
と、いうOリーダーの目撃談で閉められました。
「なぜです?」

「カップラーメン食べてたのよ。歩きながらカップラーメン食ってたの。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うーん
超秘技・・かも(笑)

「オレは思わず、○○(お嬢ちゃんの名前です)に、言ったね。カップラーメンだけは、食いながら
歩いちゃだめだよって」

・・・「ということは、゛どんべえ゛なら良いってこと?」という、素朴な疑問を隣で飲み込んだ私は
「部下」です(^^)
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by sala729 | 2006-04-21 11:51 | Comments(5)

今日は珍しく揃ってデスクワークをしています。
外は、黄砂のせいか少しだけ、景色がセピア色に染まって、センターラインに植えられた、街路樹が大きくたわんでいます。
ほんとに、今年は「春の嵐」の多いこと・・・。季節の色がどんどん塗り替えられて、いつの日にか春は、けばけばしい赤や緑に変わっていくかもしれません。

人に限らず、どんなことに於いても「不変」ということは、なかなかに難しく、まずは不可能なことです。(意識や信条は別にして・・)
自分がどんなにこのシステムを信頼していても、それに変わる合理性のあるものと認められものが、認可されれば、前のシステムはいとも簡単に変えられ、自分の仕事の姿勢がどんなに
頑固一途であったとしても、周りの環境からそれが望めなくなる・・と、いう現実は珍しくはありません。

環境は変わる・・・不変はない。・・・・・
私は、そう信じていますから、むしろ「環境の変化」をいつも、楽しんでいたいですね。
いつも、なにかあるかもしれないという、興味と緊張感を持っていたいですね。私はそういう
人間ですから、のんびりとか穏やかとかいう言葉は、人のために使っていたいと思うのです。


人は生きている時間を自分のためだけに使える物量は、限られています。
親や子や、その他周りのもろもろに、自分の時間といえども、優先させなくてはならないときが
あります。

でも、自分自身を思い返してみれば、私は、間違いなく人よりも、自分のために使った時間の
質量は多いと断言できます。
それは、私の周囲の人たちの、愛と理解(ちょっと恥ずかしいフレーズですが・・^^;)の、賜物ということは、有難く受け止めています。

そして今の私は・・・・と、言うと んもぉぉ~傍若無人厚顔無恥唯我独尊・・・などなど、それはそれは、穏やかな(・・どこが??)四字熟語が並びます・・(^^;)

でもまぁ、それは長い歴史を、がんばって生きてきた「ご褒美」と、今は許してくださいなと
言うと、周りの人間たちが、一斉に振り返って
「じゃ、それまでのは、ご褒美の前倒し??!!」と、詰め寄られ、むむむっ・・と、思わず
言葉に詰まった私でした。


今まで、ずっと変わらずにきた「私」が、今から変わるとは誰も考えないでしょうし、
私も変わろうとは思わない・・・。
願わくば、息絶えるその時まで、こうして走り続けていることができたら、これ以上の幸せは
ないだろうなと、思い続けておりますが、周りは大変だろうなと、気遣う気持ちが芽生えてきたのも、「遅れた成長」と、受け止めたいと思います(笑)


電話の音も途絶えた、こんな穏やかな時間には、走り続けたい私でも、ちょっとだけ振り返って見たい気持ちになるのです・・・
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by sala729 | 2006-04-20 11:44 | Comments(0)

勘違いや、疑心暗鬼という言葉は、人間の心に巣食うものですが、これが嵩じてくると、一気に錯乱へと落下しますから、なかなか半端に見過ごすわけにはいきません。

「あのう、昨日、来ていただいたものなんですが・・・」

昨日、盗発(盗聴器発見)で、現場に出ていたのはH氏とE調査員、あとは盗発要員ですから、なにかあればこの二人のどちらかだと思います。
「はい。なにかありましたか?」
「いえ・・あの、別に、何ってことじゃないんですけど、あの・・」
恥じらいを含んで言いにくげです。・・・・なんとなくピーンとくるものはありますが、相手の心にずかずかと立ち入るわけにはいきませんから、慎重にお話を引き出そうとします。

そもそも、盗発というのは、神経過敏な方なら、一度は考えたことがあるはずです。ただ、相談と実行の間にはかなりのへだたりがあって、実行しょうというのは、よほどの事情がある場合が多いです。

この、作田さん(37才・仮名)の、場合も・・・


作田さんは二年前に離婚しました。14才年上の夫との間には当時1才の息子がいましたが
子供は作田さんが連れてでました。
協議離婚でしたが、別れて一ヶ月もしないうちに、前夫から連絡があり、復縁したいと言います。
そんな気の全くない彼女が取り合わないでいると、突然に児童相談所の指導員という男女が
やってきて
「あなたがお子さんを虐待しているという通報がありました。それで訪問させていただきました」と
言うではありませんか。
作田さんは、あまりのことに言葉もなく、なにをどう説明すればよいやら判らぬままに、その日は終わりました。

しかし、二日後
今度は勤め先の社長に呼ばれていくと
「じつは、昨日児童相談所から、あなたのことで問い合わせ電話があった」と、知らされました。

・・・・・・・・確かに子供をヒステリックに叱ったこともあります。叩いたこともあります。
でも、でも、虐待なんてしてません。私は父も母もなく、今の身寄りはこの子だけなんです。
それなのに、別れた主人は、私からこの子を取り上げようとしてるんです。・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんと卑劣な男でしょうか・・・・・


主人と、相談所で、私が虐待している事実を掴もうと、私の部屋に盗聴器つけてると思うんです。前のアパートのときもおかしかったんで、引越したんですけど、やっぱり今度も・・・。


うーん・・ちょっと話の整合性に無理がありますが、ここに至った経緯はよく理解できます。

「隣の人は一人暮らしなんですけど、その人が壁になにか仕掛けてるってことありますか?」
「あなたはそう思っているの?」
「はい。思ってます。引越して一ヶ月なんですけど、隣の人と会ったことがないんです。でも、いつもゴソゴソ音がしてます。」
「失礼ですけど、あなたの前のご主人は、お金だしても隣の人とかに、そういうことをやってもらいたって考える人なの?」
「あの人にはお金ないとおもいます。でも、相談所がかんでるから・・」

このあたりに作田さんの「心の混乱」があります。
児童相談所がそんなことするはずかないと言っても、現に訪問受けていますから、そのまま
信じることができないのです。


一刻も早くというご希望で、日時をなんとかやりくりして、翌日、H氏の班が出動することになったのです。

小さな2DKです。二時間もあれば、隅々まで調べられます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・丹念に調べましたが、盗聴器はありませんでした。
調査の経緯を説明して、方法をお伝えして、報告書のことをご説明して、調査班が退出したのが18時です。

近くのファミレスで、夕食を終えて、調査班が解散した頃、再び作田さんから、今度はじかに
H氏に電話が入りました。
どうしても、もう一度と懇願されて、躊躇したものの、結局、解散した班を呼び戻すまでもないと
H氏とE調査員の二人だけで再び訪問しました。

女所帯ですから、相当に怖かったのでしょう。
もう一度念入りに調べてあげて、「問題なし」と、太鼓判を押してあげると、はじめて作田さんは
にっこり笑って頷いたそうです。



その翌日の電話です。
まさか、また来いなんて言うんじゃないでしょうね・・・と、恐る恐る聴き質すと
「いえ、あの、とてもよくしていただいたので、お礼をと」
と、作田さんはしどろもどろです。

「あら、わざわざご丁寧に恐れ入ります。でも、きちんと調査してないと判ってよかったでしょ。安心できた?」
「はい。おかげさまで・・それであの・・」
「はい?」
「あのですね・・・・そのぉ・・昨日来てくださった方、夜来てくださった方なんですけど・・・」
「はい。なにか失礼がありましたか?」
「いえっ。失礼なんてなにもありません。そーじゃなくて、あの、お名前を・・」
「あら、名刺お渡ししませんでしたか?。すみません、なにか不都合がおありでしたら、私が
承りますけれど・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「そーじゃないんです。名刺はいただきました。チーフの方のを。でも、そーじゃなくて、私は、
私は、もう一人の方の名刺が欲しいんです。名前が知りたいんです。電話も・・・ハァハァ・・」
絞り出すような作田さんの声に、今度は私が絶句する番です。

もうひとりって・・・・もうひとりって・・H氏じゃなくて???????
と、言うことは・・・と、言うことは・・・・・あの、w社長から花のないと言われ続けているE調査員・・・・?????????

 おぉぉ~~おぉぉぉおおおお

H氏に逢いたい。携帯番号を・・というのはこれまで数限りなくありました。
不倫したいと言い切った、奥様もいました。
しかし・・・・・しかし・・・・・・・・・・・・(目がテン・・)

思い込みの激しい作田さんなんだけど・・・E調査員より、かなり年上なんだけど・・・子供もいるんだけど・・・・・・・・どーよ??
って思わず問いかけようかなって思ったんですけど、でもね。相談者と「そういうのはね」(謎)
やっぱよくないでしょ・・・・。
第一そんなことしてたら、E調査員の直属上司のH氏なんて身がもちませんよ。(笑)

ここで、作田さんの思いを告げたら、今年の初めにスタートしたK班長との「マリッジ競争」に
差をつけられるかもしれないけど・・・ごめんね。E調査員・・・私、私はやっぱり公平じゃなくっちゃあね(^^)


なんて、ひとりほくそえんでいた私の前に どわぁ~ん と、置かれた、子供の頭ほどの大きさの新聞紙に包まれた「物」
「な、なんですか??これ・・・」
「前島さんから、Aさんに渡してくださいっておみやげだそうですよ。」
浮気をしている夫と別れたくないと、調査が続いているはつみさんの処に、これからの
展開を説明にN係長とスペシャルS氏、OH氏が連れ立って、善後策の打ち合わせに行って帰ったばかりの所でした。

恐る恐る、新聞紙を開いてみると、蒸パン色をした、どーみても「特大メロンパン」・・・・・(うーむ)
そ、それにしても・・・・自家製と思われるこのパン・・・そのまま新聞紙に包み込んでというのは・・・うーん。はつみさんのお気持ちは嬉しいけど・・・正直、そのまま食べる勇気は・・・振り絞らないとないですね。(苦笑)
だって、パンの表面に、新聞見出しの「電車と自家用車正面衝突・三人死傷」とか「ミニコミ誌の主幹発砲事件の容疑者逮捕」とかいう文字が、貼りついているのです(^^;)


お気持ちだけは、有難く押し頂きます・・・と、いうことで勘弁してください(泣)
この私の複雑な気持ちをK班長が汲んでくれて、「じゃ、自分が試食しますよ」と、Rさんが真っ二つに切ったその「子供頭メロンパン」を、パクっ・・・・。

「どぉお??」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」なんとも複雑な表情です。。。。

・・・・・・あぁぁ、いい人だ。・・・・・・・・・・・・K班長いい人っ!!
作田さんのこと、こっそりK班長に紹介しちゃおうかな~って密に思った私って、人間じゃない?
(^^;)
「公平」な人間でないことは・・・確かですっ。。。








  
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by sala729 | 2006-04-19 16:55 | Comments(5)

81才だという菊村そめ(仮名)さんからの電話で、18年前に行方不明になった孫の、日野一志(37才・仮名)を捜したいというご相談に、山間のその村に向かったのは昨日のことです。
距離にすればわずか150キロ程度のところですが、高速を下りてからの40キロは、そのまま
ずっと山の中に続く道を走りますから、かなり奥深い里に向かうことになります。

まるで時代劇のロケに使えそうな、のんびりとした田んぼや、沼地の周りには、タンポポやナズナが生い茂り、山桜や枝垂桜の一斉に花ほころんで、春が一度にやってきたかのような、そんな風景の中を、県道を山道にむかって更に登っていくと、そめさんの住む古い民家がやっと見えてきました。

半分開かれたままの玄関引き戸を入って「ごめんくださーい」を何回か連呼すると、すぐ手前の部屋から、90度も腰が曲がっているのではないかと思えるほどの、そめさんが皺だらけの笑顔で迎えてくれました。

かび臭い広い部屋は仏間でしょうか。華美ではないですが、かなり大きな仏壇が野花を両前に飾ってひっそりと佇んでいました。

この広い古家にそめさんは一人で住んでいるのでしょうか・・・。


人恋しいのか、そめさんの話は、まず自分の半生から入ります。
こうなると、時間は構っていられません。じっくりと腰据えてお聞きしないと、肝心の事が聞けなくなります。(^^;)



・・・・・・・・わていは青年学校出た年に父を亡くしました。18のときです。ひとり子でしたから、その日から、わていは母とふたりきりです。毎日、毎日田圃で働きました。戦時中とはいえ、みんなが挺身隊に召集されていくんですが、わていは家継ぐ身ですから、それもなく、ただひたすら
働きました。
そうこうしているうちに、終戦になって、食べるものに困った、町の人や復員さんらが、このあたりまできて、盗人したり、悪さしたりすることが続いて、女ふたりの家を心配した村の世話役さんが
わていに、進駐軍のカバン持ちしておった人を、婿にもらわんかという話を持ってきよりました。

それが、最初のわていの主人です。悪い人じゃねーけんど、なにせ町もんだで、田圃なんぞ
したことがありません。要領もわりーし、仕事もおせえで、母はイライラしておったんでしょうね。
ぼっけえ、辛う当たったんですわ。
長女の和子が生まれて、ええ、これが一志の母親です。そいから長男がわていの腹ン中にいたときに、とうとう主人は逃げ出してしもうたですよ。はっはっは~

そんなわけで、和子らは、ずっと母が育ててくれたよーなもんです。わていは、毎日、毎日
朝星から夜星まで、外仕事ばっかりしておりました。

和子が高校を出て、隣町の縫製工場に就職して、そこにおる100人の縫い子さんたちの中でも一番の腕前だったのは、そりゃあ自慢でしたげよ。それなのに、そこで知り合ったのが、四国から流れて来とった日野ですら。
工場の奥さんは、わざわざここまで来んさって
「あれはいかん。日野はワルですけえ、あの男だけは、付き合うたらいかんですよ。」と
いうてくれたんじゃが、和子はとうとう、日野について四国に行ってしもうたんですよ。

四国で、一志と園子が生まれて、やれやれと思うとったんですが、あの日野という男は、大酒のみで、酔うと女房子供に暴力振るうたんじゃそうですら。
そんなこんなで5年くらいたったでしょうかの・・・とうとう耐えきれんごとなって、和子は子供二人つれて逃げ帰りました。3人だけやら、なーんも問題なかったですけぇ、その時日野の友達たら言う、岡部という男がついてきよりましたんや。


岡部ははじめんは「ワシは刑事や。日野がきたら、和子さんらを守ってやるけん」言うとっんじゃが、毎日毎日、和子とふたりでパチンコ行っとるし、この家では不便じゃ言うて町で家借りたんはいいけんど、家賃やら敷金やらがいるゆうて、私の母を騙して、ずーっとため込んでいた年金を使うてしもーたんじゃ。

一志も園子も、放ったらかし、学校も満足に行けんよーになっちょるとはしらなんだです。
ある日、知らない男の人がきて、岡部を捕まえたと言いました。なーんのことはない、その人らが、刑事さんやったとです。
岡部は、ドロボーを繰り返して、結局、刑務所に行きました。懲役6年だったです。

その6年だけか゜、考えて見れば一志には幸せなときだったかもしれんですら。
岡部が出所して、また和子のとこに転がり込んで、前ン時みたいに、ふたりでパチンコじゃ、競輪じゃいうて、遊び暮して、サラ金ば゜ぁに借金して・・・・・。そんときに、和子の弟が、あれらの家に行っといたら、岡部が一志に・・一公、なんぼやぼやしとるんや。早う帰ってこんかい。くそたわけめ。遊んどいたらしょーちせんどぉ・・・やら言うのを聞いて

あんた他人の息子にそんだら言い様はないじゃろと、言うた途端、岡部は次ぎの日から、弟の勤め先から嫁の実家、弟家の近所に、毎日毎日、いやがらせ言うて歩きましたげな。

一志は、高校も中退して、近場のパン工場の三交代しちょりましたけど、給料日やら、なんやら、いちも岡部が来ては、金せびりよったげなですら。断ったら、叩いたり、蹴ったりするですよ。和子にも、そんなやから、一志は、出さんとはおれんかったんですな。
そのうち、金がのうなりよりまして、サラ金やら、友達やらにも借金して、とうとう返せんげになったです。

そいで、どうにもならんごつ、ここに帰ってきました。
わていも、こん年ですげぇ、なんもできんけど、なんとか金かき集めて、ようよう返してやったですが、おばあちゃんに悪いゆうて・・・・(泣・・)
おらんようになった日の日付で、駅からわていに10万円送ってきよりましたがぁ。それも、あとで
サラ金の金やらが判ったですが、一志の気持ちがかわえそーで・・・。




・・・・長い、長いお話です。
一志さんは、結局この母と一緒にいる岡部に、利用されることを苦にして家を出た・・というところが事実なのでしょう。
そして、皮肉なことに、一志さんが家を出て間もなく、岡部と和子は、サラ金に追い立てられ
夜逃げしていまだに音信不通です。風の噂では四国にいるらしいとのことですが、一志さんも
もう少し、待つていればよかったかもしれません。。。これは、結果論なのですけれども・・ね。

そめさんは、自分の年齢も考えたら、なんとか今のうちに一志さんを捜したいと日々思いつめるようなったと言います。
岡部に居場所を突き止められたら、また地獄の日がくるから、自分だけには居場所を知らせてほしいと訴えます。

「あん子(一志)が、こまい時に、ボクはなんで生まれたんじゃろ。生まれてこんけりゃよかった」言うのを聞いたときにゃ、かわえそうで、なーんも言えんじゃったですら。どうぞ、捜しておくれんさいと、そめさんの、長い長い話は終わりました。


正直、これは難しいです。
一志さんは逃げてますし、18年前の出来事です。
そめさんの記憶は、断片的ですし、具体性があるものがない・・(^^;)
母親である和子さん協力は得られないどころか、岡部のこと考えたら、知られてはならない

こんな難解な条件下での調査になります。
でも、これだけの話をお聞きして「できません」とは言えるでしょうか?

いくら、緑色の血を流すと言われる私でも(・・私はガメラかっ?!)・・なんとかしてと、
Oリーダーに泣きつかないわけにはいきません。


小さな体を何度も何度も折りたたむように、おじぎするそめさんにお暇して、帰路についた私の目には、この小さな集落が、そっくりそのまま、そめさんの生きてきた月日の中を、ゆらゆらと漂っているように見えました。
この波の向こうには、これからの苦労をまだ知らぬ18才のそめさんが手を振っているのでしょうか。
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by sala729 | 2006-04-18 23:32 | Comments(3)

和美さんの携帯は相変わらずなり続け、拒否すると今度は、喫茶店の方にかかってきます。
母がでると「関係ないやろ。和美、出せ」と、夫は凄むそうです。
そして、姉からは
「女がひとりで子供育てるのがどんなたいへんなのか、あなただって、私見ていたら判るでしょ。妻の務めも果たせない人が、できるわけないんだから、すぐにその報告書もって、私のところに来なさい。なんで、もっと初めから来ないのよ。」と、訳のわからぬお叱り電話が入ります。

そして、金曜日の夜になって母から私のもとに「主人が帰りました。」と、連絡が入りました。
やはり「お父さん」です。土曜日の夜でないと帰れないとお聞きしていましたが、無理をなさったようです。翌朝、報告書をお持ちする旨を伝えて、一夜が明けました。

「ごめんください」と、お店のドアをあけると、母の肩越しに、グレーの髪が波打った広い背中が見え、その人がゆっくりと振り返りました。
日焼けした顔に、大きな目がギョロっと光って、強面・・と、いうイメージではあります。
「あ、すみません。Aさん。主人です。」
「あ、どうも、このたびは娘がお世話になりまして。」と、挨拶する声も、堂々として押し出しは強そうです。

お店に繋がった、居間で報告書をお見せしました。肝心のところは、分厚い報告書の後半になっていますから、そのことをお話すると、初めのほうは、端折って、後半をじっくりと見てくださり
「これだけのものがあれば、充分です。ありがとうございました。」と、私に深々と頭を下げられました。

そして、和美さんに向かって
「これだけのものがあったら、白川には何でも言える。向こうの、お母さんがどう言おうと、かまやせん。オレは、お前のことだけ考えてやる。親とはそういうもんじゃ。だから、お前はチビたちのことだけ考えてやれ。わしらは、まりたちが大人になるまで生きているかどうかは、判らんのやから、今のうちにお前たちの先々のことをできる限りやってやる。」と、頷きました。

母は「白川のお母さんは、離婚したら家の恥やと思ってるから、和美に帰れ、帰れ言うけど
泰明さんにはなんにも言いませんがな。まだ和美に向かって、あんたにはないものが、向こうにはあったんやろって言うぐらいですよ。私はあんな家に和美はよう帰しませんっ。」と、私に訴えます。

「そうじゃろな。向こうのお母さんは、どうせ、そちらさんにも恥になりますよ。ぐらいは言うじゃろうけど、子供の為になら、恥になろうが、なんになろうが、かまやせん。子供のためにかく恥なら
オレはなんぼでもかいてやる。世間や、他人の目なんて、なんぼのものや。オレは、オレのファミリーが幸せならそれでええ。そのためなら、なんでもする。」

そう言って胸を張るお父さんを、和美さんは潤んだ目で見つめていました。
私は、やれやれと胸を撫で下ろし、・・・やっぱりなんと言っても父親よ・・・と、久々に見る
逞しい父親に、見とれる想いでした。

明日の結果はまた連絡しますから、これからも相談に乗ってくださいというお母さん、「ええ。ぜひ」と、微笑んで、丁寧に頭を下げた私の視線が・・・点、点、点・・・・お父さんの足元に・・・・。


そこには・・・そこには、なんと、私の大っ嫌いな、あの 5本指ソックス の、グレーの足が・・・・(@@)(@@)(@@)
(マイナス30・・・と、心の中で囁いて、早々に帰社した私でした・・・)(^^;)




二日後・・・・お母さんから電話がありました。

・・・・Aさん、主人から電話ありました?と、開口一番聞かれましたので、いえ、まだですとお答えしましたら、それじゃあ私が・・・と、お母さんは怒りに震えながら話し始めました。

・・・昨日の夜、主人と和美と私で、チビたち連れて白川の家に行きました。
そしたら、向こうは義母さんと義姉さんが待ち構えていました。居間に座るなり、義姉さんが
「和美さん、お茶入れなさいっ。」と、こうです。(怒・怒)

それからは義母さんの一人舞台。
そもそも、和美さんには母たる自覚がない。母親として子供のこと本当に考えたら、勝手に連れ帰れるはずがないんです。自分のことしか考えてない。だいたい、男の浮気なんて病気みたいなもんです。誰でもします。女房というものは、それを我慢するものです。それもできない。泰明を責めるばかりですけど、浮気するには、それだけ相手に、和美さんにないところがあったということと違いますか?。」

「いや、ちょっと待ってください。」と、父が制すると
「いいえ。言わせてください。お父さん。私もずっと我慢してきました。世間さまからは、白川さんも人がいい。他所の子を自分の処の子として、訳隔てなく育てられるもんやと言われて来ました。和美さんの至らないところにも、ずいぶん目を瞑ってきました。それなのに、なんですか、
人の頭ごなしに、白川の子を勝手に連れて、実家に帰って、帰って来いといっても、帰らず、なしの礫。電話しても出ない。あげく、休みに両親つれて、直談判。これが、嫁たる者のやることですか?」まるで、機関銃です。


「では、では、泰明さんが浮気してもいいって言うんですか。」やっとのことで和美さんが一言言うと
「和美さん、お義母さんにむかって、なんて口きくの。」と、義姉の時代錯誤の叱責です。

その間、夫はと言えば、子供二人を相手に、生まれたばかりの子猫のところに行ったきりでまるで他人事のようです。・・・・・(溜息・・・アホ夫・・アホ姑・・アホ小姑・・・アホ馬鹿トリオだわね。)


「それで、じゃこの始末はどうつけるんです?」という父に

「和美さんがここに帰れば済むことです。泰明も反省してますし、子たちも帰りたがっていますしね。」と、姑。さらに小姑が
「第一、夫が浮気したくらいで、ギャアギャア騒いで実家に逃げ帰ったりするから話が大きくなるんよ。探偵までやとって・・。なんで私に相談に来なかったのよ。」と、さらに追い討ちです。


思い余って、お母さんは席を立とうとしたのですが、そのとき、まりちゃんが
「ここに帰る。白川の家がいい。」と、泣いて訴えてきたというのです。あまりのタイミングのよさ・・と言うのか・・。
子供心の配慮というのか・・・・。

姑は鬼の首を取ったように勝ち誇ります。
「そーらみなさい。あなたは子供のことなんてなにも考えてないのよ。」

和美さんは、返す言葉もなく父を見つめます。



結局、お父さんはこの子供たちの涙を押しきることはできませんでした。
こんなところに娘は置けないというお母さんに頷きながら、しばらくは離れて暮そう。そして泰明さんがどうでるか見よう。なにも動かないのなら、そのときに家裁に相談に行く・・という、お母さんいわく「生ぬるい判断」でした。
離婚したいという和美さんの気持ちを押しきることが出来なかったのは、やはりこれも「親心」というものなのでしょう。
子供を抱えて「ごめんね。ごめんね」と泣く和美さんを見下ろしながら
「子供が可哀想」と泣く、姑、小姑に
「私は、涙も出ませんでした。」と、吐き捨てたお母さんの気持ちのほうが私にはよく判ります。

そう・・・もうすでに、涙も枯れるほど泣いた人は、人前では泣かないものです。心の病気でもない限り・・。


もしも、和美さんがこの家に帰ることになったとしても、もう彼女の居場所はこの家にはありません。冷たい針の筵が待っているだけです。
それは例え、夫が心から詫びを入れることがあったとしても・・(それすらも、ありえないと私は思っているのですが・・・)

それにしても、男は口ばっかり・・・。なに冷静なふりしてんのよっ。もっと熱くなればいいじゃないの。「子供のためなら恥でもなんでもかいてやる」って息巻いたあの気合は何処にいったのですか?
あの5本指のソックスの上から、思いっきり足指を踏んづけてやりたい気持ちを、私はどこに
発散させようかと、持て余しています・・・(脱力・・・ふぅう・・)
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by sala729 | 2006-04-17 19:44 | Comments(6)

和美さん(31才・仮名)の、相談電話が入ったのがつい先日でしたが、結果は事の外早くでました。
和美さんはバツイチで、当時2才のまりちゃんを連れて、夫のもとに嫁ぎました。夫は初婚で、父を早くに亡くし母が、田舎の旧家を切り盛りしていました。それでも、初めて和美さんが実家の両親と当家を訪れたとき、まりちゃんが小さな両手を合わせて、仏壇に額づく姿を見て「あぁ、この子は白川(婚家)の家の子です。大事にしますから、心配しないで来てくださいね。」と、和美さんの手を取った姑さんの姿は忘れられないと、和美さんの母は言います。

こうして始まった和美さんの結婚生活でしたが、二人目の子供にも恵まれ、まりちゃんが2年生を終えた3月に、夫の浮気が発覚しました。ダッシュボードを調べてみると、ルート薬品の営業をしている夫は、得意先のエステサロンのバツイチ経営者が相手のようです。二人のツーショット写真に始まって、ラブホテルでの携帯動画を取っていたり、ペアネックレスにペアリング、相手女性のあられもない姿の写真と、出るわ、出るわ・・(^^;)
和美さんは、逆上して、その携帯を ばきっ と、真っ二つにしたそうです。そしてリングもネックレスも、川に投げ捨て、残された写真だけを、スーパーのビニール袋に投げ入れ、実家に持ってきていました。

実家は住宅街の喫茶店で、母と祖母が回してしましたが、祖母が亡くなり、和美さんが手伝うことになっていました。ですから、もちろんこのことは、母も知っています。

「もう二度としない」と、平謝りの夫でしたが、相手の名前を聞いても言わず、女と話したいという
和美さんの希望も叶わず、無理やり問い詰めて、夫に女に電話をさせて代わり、別れてくださいと言うと、しばらくの沈黙があって、明らかに相手は不貞腐れて「・・当人同士の問題でしょ。でも
そんなに言うなら、別れてあげるわよ。」と、ほざいたそうです。(あら、下品な言葉でごめんなさい~)

そういう経過があって、和美さんの心の中は、もやもやとするばかりで、納得するはずがありません。それで、調査を決心した・・ということです。そして、前述の通り、結果はあっという間に出て、夫が女と待ち合わせて、デートしたりホテルに入ったりしていることは翌日には和美さんの
知るところとなりました。

「そうですか。はい。判りました。これからの調査はもう結構です。よーく判りましたから。もう
私、離婚する覚悟はできてるんです。そのための調査ですから。ありがとうございました。」
とても冷静な対応に、かえって「厭な予感」がしました。
経験から、こんな物分りの良い「ふり」こそが、危険というのは、身に沁みています(苦笑)


果たして、10分もしないうちに、和美さんの母から電話がかかって来ました。
「Aさん、和美が倒れたんです。電話のあと、半狂乱に泣き出して、もう何を言っても聞く耳持たずで、耳を塞いで喚き散らして、そのまま倒れて・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うーむ。想像はできますが、それにしても、予想外に激しいリアクションでしたね・・・・・・・・・・・・・

「じつは、和美は感情の起伏が激しくて、前の結婚の時も、いろいろなトラブルがあって、それに耐え切れずに、うつ病にかかったんです。そのときは、幼児退行になって、20才も過ぎているのにオムツを当てて、哺乳瓶でミルクだけの生活が三ヶ月続きました。今度もそうなるかと思ったら・・」


・・・・・・・幼児退行・・・・これは、想像を超えたお話でした。少し、神経質な感じはしましたが
時にはにこやかに会話を続けた和美さんの心がそんなにも、脆く危かったとは・・・。

「子供が心配して、ママ、ママってとりすがってはいるんですけど、まりたちは白川に帰るって言うんです。ママとパパ、離婚しないでって、一緒に泣いてるんです。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あららら
もう、子供たちにも知れてしまっているのですね・・・・・(**)


和美さんは、夫を問い詰めました。
夫は「女とは逢ってない。絶対に逢ってないよ。」
「絶対ないっ。そんなに信じられないんのか」と、怒る始末。
そして、その夜、子供ふたりを連れて婚家に帰らない和美さんのもとに、姑から電話が入りました。
「なにしてるの?。帰りなさい。あなた子供が可愛くないの?」
「泰明さん(夫の名)が、浮気続けてました。もう、私は結婚続けるつもりはありません。」
「なに言ってるのよ。もう別れたって泰明は言ったんでしょ。どうして自分の夫の言うことを信じられないの?。子供まで巻き添えにして。あなたそれでも母親なの?」
姑の言葉はするどく和美さんの心に斬り込んできます。
見かねた母が電話を変わって
「今日のところは、ここに置きます。お話はあとで、主人がそちらに伺いますから。」

和美さんの父は、単身赴任中ですが、事実を知って週末には帰ってきて、白川家に話に行く
ことになっていました。

「週末って、まだ3日もありますよ。白川の嫁が帰ってないなんて、みっともないったらありゃしない。なに考えてるんですか?」
あまりのことに母も
「それは、泰明さんにも問題があるんじゃないですか?。和美だけが悪いんですか?」
「泰明はしてないって言ってますよ。それに、もしもそうでも、それは和美さんにないところが、あちらにはあったということでしょう?」

・・・・・・・母は、絶句したそうです。。。。

「してますよ。昨日、ホテルに行ってます。」
「どうしてそんなことが・・・あっ、調べたんですね。」姑の声が裏返っています。
母はそのまま電話を置きました。


その夜は、夫から40数回、和美さんの携帯に着信があったそうです。(ストーカーですよ・・・)

翌日、出戻り姉から早速第一便です。
「あなたね、どうしてそんなことなら、まず私のところに相談にこないのよっ?。今すぐその
報告書もって来なさいっ。子供のことも考えないで、それでも親?。私には信じられないわよ。
いいわね。すぐに来るのよ」と、居丈高な電話です。

和美さんからの電話に
「いいえ。まだ報告書はできてません。週末ですね。それまで待ってください。それに第一
なんでお姉さんのところに行かなきゃならないんです?」
じつは、報告書はできていたのですが、このまま渡すと、白川家の誰かが強引に取りにくるかもしれないという不安もあってお父さんが帰られるまで、お渡しするのをやめておこうと決めた、私の判断です(ゴメンナサイ・・調査には早くっ。早くって急きたててしまいました・・)

「私が、母親として失格だと言われて、まりたちも帰りたいって泣くんです。正直、私、迷っています。このまま子供のために我慢したほうがいいのかとも、思います。」

「我慢したら、状況は変わる?。冷たい言い方するようだけど、7才やそこいらの子供が、今の状況がいいって泣いたから、それに従うっていうのは、親としての責任回避じゃない?。たとえ、今子供が泣こうが喚こうが、将来をみてこのほうがいいって判断したら、それでもするのが大人だし、親でしょ?。今の判断を子供の意見に摺りあわせるなんて、私に言わせれば、親の責任放棄だと思うけど。」

和美さんは黙っています。

夫はメールで
「女とは確かに逢った。でも、それは別れる話をするためだ」
「まりには、可哀想なことしてしまった。もう一度やり直そう」
「チャー(飼い猫)に子供が産まれた。まりたちも楽しみにしてたよな。」
と、次々に送信してきます。

そうなると、心が揺らぐと和美さんは言います。

そうでしょうね。もともと心が強い方ではありません。でも、だからこそ、このままだと白川家の
思うがままに流されてしまいます。
私はなんとしても、お父さんのお帰りを待つべきだと、繰り返し告げ、それまでは報告書はできませんと、言い張るつもりでした。


・・・・・・・・・・・これからも続きます。とても長いので、一旦これで収めます(^^)
続きは、「その2」で、展開しますので、どうぞよろしく~・・・・・・・・・ つづく・・
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by sala729 | 2006-04-17 11:57 | Comments(4)