樹里さんの声は、醒めているのか冷静なのか、ともかく初対面の時のような、切羽詰った響きが
なくなったことだけは確かです。もちろん、それは喜ばしいことなのですけれとど・・・。
「2月までに5000万、用意したら、いつでも別れてあげるよって言っとったんよ。返事がないから、どーなっとん?って聞いたら、そんな金が簡単に作れるかぁ・・だって。うふっ」
含み笑いを添える余裕まであります。

一月に相談してきたときは
「夫が浮気を告白しましたけれど、女とは別れると言ってます。でも、最後の最後の決心がつかないって、まだ別れてしまってはないみたいなんです。」と、必死の形相で訴えた、樹里さんでした。しかし、調査が進むにつれ、夫の告白の大切な部分は嘘で、別れてしまえないというところだけが本当だったという真実が、樹里さんの心を凍てつかせているようでした。

女を仕事に送るために(女は、キャバクラ勤務ですので、いわゆるアッシー君をやってます)妻子と別居して、深夜に車で待つ夫。休日のスキー場で、女の肩に手を置いて、楽しそうに笑い転げる夫。
自分の前で「別れたいけど、別れられんのよ。」と、涙した夫。あれは、いった誰だったのだろう
あの涙はいったい何だったのだろう?

調査したことを後悔したこともありました。
真夜中に電話かけてきたこともありました。1分おきに、私の電話を鳴らしたこともありました。

でも、なにも知らず、迷いのままにすごしていたら、こんなに冷静に夫の声が聞ける日が来たでしょうか?
夫の身勝手な要求を、鼻であしらうことができたでしょうか?

5000万という数字が、現実なのではありません。
数字でしか、贖えない「自分の苦しみに、あえてつけた値札」です。
これが、高いか安いをを決められるのは樹里さんだけです。

「このうちは土地が姑のもので家は、主人と舅のものなんよ。でも、ローンはうちが払っとるんよ。離婚して、ローンだけ払わされて、名義がふたりのままなんて、ばからしい。」

夫の言葉にすがって、自分のもとに夫が帰ってくることしか考えなかった、樹里さんの選択肢が
増えたことはたしかのようです。
いいとか悪いとかは言いません。でも、トンネルの向こう側の丸い光の輪が、ちょっとでも大きくなったと感じられたら、それでいいのです。

3年ほど前だったでしょうか・・・

28才の新婚8ヶ月妻が、できちゃった婚の長男を抱えて、相談にきた暑い日のことを突然思い出しました。
両親はすでになくなり、四面楚歌の彼女の唯一の武器は「調査報告書」です。
逃げ惑う、夫を捕まえて、自分の車に詰めこみ「私とこのこの将来を返して。あなたが返せないのなら、あなたのお母さんにでも、おばあちゃんにでも言って、慰謝料払って。」と、実況中継しながら夫に迫った、智子さん。

あの母と子は、別れた夫の自宅から車で10分もかからぬところに「趣味の店」を開いています。
あのときに迫った、慰謝料を元手に開いたのです。
親や祖母にまでもと、言い募った智子さんに、いろいろな思いを抱いた方もおられるでしょう。
でも、他に頼るべきもののない、智子さんの、この心の叫びを、私は非難するべきではないと
思います。
守らねばならない者があるときの、人は、他人の目や思いよりも、本能を優先させるものだと思います。

智子さんが特別ではないのです。
夫婦が元に戻れるなら、それが一番。でも、戻れないときに、戻ることに自分の心がついていかないときには、「夫のいない生活」を、プロデュースしてみるのも、一つの方法ではないでしょうか。。
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by sala729 | 2006-02-28 23:14

長くて短い2月もあと一日限りです。
日々「意地と強気と向う意気」で、すごす私にだって、多少のスランプもストレスも「バイオリズム」の通りです(・・って、ホントはこういう類、まったく信じておりません。と、いうか、いいことしか採用しないという、身勝手占いです。笑)。

それでも、一夜明ければ、やなことはぜーんぶ忘れて次のこと考えているというのが、私の良いところでもあり、悪しきところでもありと、表裏一体・・と、言うところですな・・(って・・^^;)


そんな月末の押し迫った金曜日に鳴った一本の相談電話。

双葉さん(45才・仮名)は、田舎の長男の嫁になって23年。長男も次男も成人を迎えました。
舅、姑はもちろんのこと96才という大姑や、行かず後家の51才の夫の姉、三軒先の幼馴染に嫁いだ夫の妹も始終出入りしているという、まさに「ワイドショー嫁地獄」のような生活を続けていました。
そしてまた、お決まりのように、姑との仲は最悪。(苦笑)
介護ヘルパーの双葉さんが、バタバタと帰宅して、夕餉の支度をしていると、姑がすーっと近寄ってきて、切り離したばかりの大根のしっぽをごみ箱からつまみあげたかと思うと、だまってそれを味噌汁の中に「ぽちゃん」と、落とし込むのだそうです。(・・・・うーん、おそるべし・・)

炒め物を作れば「油っこい」と、お酢をボタボタふりかけて、それから食べる。
ちょっと味付けが薄いと、「こりゃ食えん」と、お醤油をドボドボ・・濃いかな・・と、思うと、ざるにあげて水道水をジャバジャバかけてから食べる・・(・・・・り、立派かも・・)

洗濯干して、雨が降ろうと地面に落ちようと、一切おかまいなし。洗濯機は「すかん」と、触れもしない。掃除機の音は、頭が痛いと訴え、箒を使うと、埃がたつと・・・・四六時中、こんな調子なのだそうです。

「ま、それに、姉や妹が傍にいるから、話が余計大きくなりますわな。」

話の内容は、暗くて深刻なのですが、それを話している双葉さん自身は、そう深刻そうな顔も
せず、他人事のように、平然と言い放ちます。

「それでこの家、買うたんです。」
「は?」
話の突然の展開についていけず、間の抜けた声を出して、私は双葉さんを見ました。

「主人には、いくら言っても、判ってもらえんしね。自分でなんとかせんといかんと、思って
私だけ、家を出ることにしたんよ。そいで、知り合いの不動産屋さんに家捜してって、そのときは
借家をね。そしたら、家賃払うくらいなら、買うたほうが得って言われて、ここ、買うたんよ。」

ああ・・なるほどね。
双葉さんとお逢いしたのは、彼女の買った、正真正銘彼女の家だったのです。
築10年とはいえ、前の持ち主も一度も住んだことがなく、しかも家具付き。どっしりとしたローボードや、ソファなどもそのまま双葉さんいわく「ぶっこみ」で、購入したそうです。

私は、双葉さんに好感を持ちました。
世に「嫁姑戦争」は、数ありますが、夫に頼らず、自分の手で自分の住居を構え、徹底抗戦に
備えるなんて・・・お嫁さんがわからしたら「痛快!」じゃありませんか?
(え?・・・夫からしたら、こ、こわいって??・・・・そりゃーそーでしょうね。笑)


しかし、ここを購入してから間もなく、姑は妹夫婦と同居することになりました。
それは、96才の大姑が、双葉さんを見かねて、夫と姑を一喝。(ま、大姑からみたら、姑だって、嫁だもんね。・・・こーいうの、因果応報って言うのでしょうかね?)

母親を妹夫婦が見るからと、頭を下げてきた夫を受け入れないほど心の狭い双葉さんではありません。
でも、そーするとこの「家」が、いらなくなります。
もしもの時を思って、購入したので、手放したくはない。(そーですよ。いつまた、もしも・・があるかもしれませんもの)
そこで、借家にしたところ、すぐに借り手がつきました。母子の三人家族だそうです。


契約も決まり、転居日も決まり、この家ごと買った家具を、夫の家に運びこむ日が近づいてきて
双葉さんは、ずっと気がかりだったことに、向き合うことにしました。

それが「盗聴器探査」です。
気のせいかもしれない。でも、ここで、電話をすると「ジージー」と音がする。
携帯の音が切れるような気がする。・・・・双葉さんはずっと思ってきました。
この家のことは、もちろん夫も知ってます。来たこともあります。夫が・・・と、思わないこともないそうです。
でも、こうして、現実に人様に貸すようになって、そんなものが付いていたのでは、借主に申し訳がたちません。
そこで、いい機会だから、調べて欲しい・・と、言うのです。

その上、自宅も一緒に調べて欲しいと双葉さんは言います。
妹の家に行くと言った、姑のしおらしい「素直さ」が、不気味と言うのです。
なにかしてあるに違いない・・・双葉さんは心密かにそう思っています。

そして、もしも、見つかったら、もちろん彼女は帰りません。
この家も貸しません。違約金を払ってでも「ここに住む」と、決心しているそうです。

「男はねぇ。みんなずるいし、アホなんよ。嫁がオカンと上手くやれるはずなんかないやろって、どーして判らんのやろねぇ。自分のばーちゃんとオカン見とろーに(笑)」
豪快に笑う、双葉さんは、ちょっと素敵です。
日焼けした横顔と、節の高い太めの指が、双葉さんの旺盛な生活力を誇示しているみたいです。

奥様・・・こーやって、旦那様の喉元に「匕首」突きつけるような、嫁姑の解決策(って言うのかな・・)も、あるのです。夢、夢、ご安心なされませんよーに・・・(ドロン・謎)
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by sala729 | 2006-02-27 14:32

離婚が、珍しいことでもなんでもなく、ごく普通の現象に認知されて、もうどれぐらいの月日がたったのでしょう?
「三人にひとりは離婚経験者」とか「成田離婚」とか「バツイチ」とか、言うほうも、聞くほうも、なんのためらいも羞恥もなく、周囲に溶け込んでいるということは、社会の懐が深くなった・・と、いうことなのでしょうか


それでも、2年前の園美さん(57才・仮名)の、決心は、たいしたものです。
彼女は、2年前に、北の果てから、この山深い中国地方の小都市に、30才の長女を連れて、
再婚してきました。
北の果て・・と、言えども、東京・大阪と続く大都市で、そこから見れば、この地などは「流刑地」に見えたかもしれません(苦笑)

たまたま、旅先で知り合った人は、長岡さん(58才・仮名)は、私鉄勤務を早期退職して、高齢の母親が築いた、会社に転職することが決まったばかりと、笑っていました。
4年前に、離婚した妻との間の子供はそれぞれに成人して、母親のもとに帰るという父や夫を
理解してくれず、そのまま離婚に至ったという話を淡々とする長岡さんに園美さんは惹かれました。
母が一代で築いた会社を、妹夫婦が代替わりして、その途端、母は代表権のない「会長」に祭り上げられ、長男の自分は家を出ていたけれど、放置するわけに行かず、郷里に帰ったと、訥々と話します。

その知り合った旅の最終日
園美さんは、長岡さんに求婚されました。知り合って三日目。・・・・電光石火の早業でした。

しばらく考えさせてと、返事を保留したものの、園美さんの心は、大きく傾いていました。
長女を含め、三人の子供をもうけたものの、暴力とギャンブルに明け暮れる夫に嫌気がさし
美容師という仕事を頼りに離婚してから20年近い月日が流れていました。

離婚してから、ひとりで美容室を開業し、現在は長女がエステシャン。長男がカイロプロテクター。そして次女は嫁いでいます。
当然、子供たちには相談しました。
あまりの急な、プロポーズと、出来事に子供たちは当惑し、そして、そのことに心を揺らす母親に激怒しました。あまりに、思慮浅すぎはしないか・・と。

そんな園美さんのもとに、毎日何通ものメールが届きます。
夜は長い電話が始まります。気がつけば明け方まで話していた・・ということも何回もありました。電話を切るとまには必ず
「早く、ここに来て欲しい。園美といつも一緒にいたい。」そう囁く長岡さんに、園美さんの理性など、台風の前の板戸のようなものです。
抗うふりしてみせても、いつしか簡単に吹っ飛ばされていました。

そんな母親を心配して、長女は一緒にこの地に来たのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

園美さんは、「真実」を知りました。


長岡さんは、確かに母親の起こした会社に勤めていますが、若い頃、家出同然で街に出て
以来、ここに寄り付くことはなかったのですが、会社でリストラにあって、同時にそのころ離婚
ということにもなって、泣きついた・・というのが真相らしいと園美さんが気付いたのは、ずっと後のことです。

現在は妹の子(甥)が、社長をしているというその会社での、長岡さんの仕事は、現場パトロールという名の体のいい現場作業員です。
そして、離婚の原因は、長岡さんの浮気です。若い頃から、女に不自由したことはないと豪語する彼いわく、女がほっとかないのだそうです(^^;)
ですから、離婚後にも何人かの女性と交際をしており、そのうちのひとりが「婚約不履行」と、会社に乗り込んできて、それが原因でリストラ対象にされたと、彼は園美さんに打ち明けました。


園美さんは、品の良い眉をひそめ、そっと溜息をもらします。
色白の端正な横顔は、失礼ながらお年を感じさせません。派手すぎないメークと装いも、好感を感じます。世間知らずの「奥様」と言った風情です。

でも・・・いえ、だからこそ、彼女は長岡さんの「上手い作り話」を信じちゃったんでしょうね。
長岡さんの話は巧みです。嘘だけではなく、適当に本当を混ぜてしゃべると、嘘話が本当の
コーティング被っちゃうんですね。
これは、なかなか見抜けません。

北国で、評判のよかった彼女の美容サロンも、この田舎町ではなかなかに難しいと言います。
自宅は、彼の母親が建ててくれるという話だったのが、来て見ると古い平屋の家屋で、確かに
広いさは充分だそうですが、「北国育ちの私でも、隙ま風が沁みます」と、寂しく笑うほどの
つくり・・なのだそうです。

ましてや、彼女の美容サロンの開業に、出資してくれるはずはありません。
持ってきたお金と、借入金で、自分と娘の生活費と、職場確保のために頑張らざるをえません。

そんな中で発覚したのが、彼の浮気でした。

背中に深い爪あとをつけて帰った彼。
勝手に仕事を休んで、携帯にも出ず、行方をくらましていた彼。
わき腹にも、背中と同じ傷をつけていたこともある。
真夜中に、誰かに送ってもらっている彼。

不審な彼の言動なのに、園美さんは突き詰めることができません。
あんなに反対した、北国の両親や、振り切ってきた息子や娘の顔が、その追求の矛先を鈍らせます。

生涯で二度目というこの「恋愛」に賭けて、全てを振り切って、北国をあとにした園美さんの決断を誰が非難できるでしょう?
それがたとえ、結果は「愚かな終焉」であったとしても・・・・。

でも、私は、結果が一日も早く明らかになることを望んでいます。
園美さんには残酷な現実ですが、こういう男性は、きっとまた繰り返します・・(ここで逃げ切れば・・)
だからこそ、ここで一度、園美さんには泥田に入って欲しいのです。今なら、まだ泥田の中から
「蓮の花」が掴めそうな気がするのです・・・。

明日・・・結果が出ます・・・・・・。
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by sala729 | 2006-02-25 11:41

「如月は、いかに過ごすか、時たらず」と、思わずへたくそな句のひとつもひねりたくなるような(^^;;)勢いで、日々が過ぎていきます。
仕事というくくりの中では、同じであっても、お預かりする事柄はどれを取っても、ひとつとして同じものはなく、千の人には千の思いという、言い古された言葉が、思い起こされます。

傍目には、羨ましいほどの環境に思える方が、実は「火の車」なんてことは、この仕事していましたら、日常茶飯事で、とりたてて・・と、言うほどのことでもないのですが、それでもこのケースは、あまりのギャップに、唖然とするばかりでした。

麻理さん(39才・仮名)の、夫は国立大学医学部の講師で、31才で同期中一番に講師になったという、文句なしのエリートでした。招聘されて、今の大学に来ましたが、いつかは地元の大学に帰ることは決まっていたようです。ふたりの間には10才の長男がおり、国立大学の付属小学校に通っています。
麻理さんは専業主婦ですが、きちんとメークして、対峙する表情はきりりと知的に見えました。

この絵に描いたような家族が借金だらけだと、誰が信じるでしょうか。。。

麻理さんは、知的な眉を顰めながら、しゃべりはじめました。

主人は、両親が年老いて産まれた一人っ子です。成績も優秀でしたから、父も母も主人には何も言いません。主人の言うとおりにしていればいい・・と、そう信じています。
そして、主人はなんでも自分の思うままの人生をすごしてきました。

7年前、こちらに来たときも、そんなにお給料いただいているわけではないのですが、医局のみんなをひきつれてのみに行く。当然自分が支払います。
学会は自費です。三泊、四泊と平気です。講演会も断りません。でも、講演会って言っても、交通費や食事代は別なんです。講演料に含まれていますから、よっぽど高額でないと赤字なんです。それでも、先生!先生って持ち上げられるのが彼は好きですから、断りません。
それや、これやが積もり積もって、生活費が苦しくなりました。そして、生活費をあちこちから借りるようになりました。

彼は、我慢というものを忘れてきたような人間で、したいこと。欲しいことを抑制できません。
趣味は、ゲームとプロレス。新作はもちろんゲット。自宅にはゲームが堆く詰まれ、子供と一緒に時間無制限で対戦し続けます。子供も親公認ですから、いつまでもし続けます。
そして、プロレスも同じです。スカイパーフェクトTVで、ずーーっと見続けているのです。

(時々、奇声をあげながら、ゲームと、同時進行・・という第三者的に見ればなんとも
奇妙な家族団らん・・ではありますね。)
ちなみに通勤スタイルは、胸にプロレスロゴが大きく入った、フード付きパーカーだそうです。(苦笑)


彼は車も好きで「これ」と言えば、もうどうしても買わずにはいられないのです。今は時価800万のベンツに乗っています。私が、生活が苦しいので売りましょうと言っても、今ではローンの方が高くて、売り飛ばしたら、次の車が買えません。

子供が幼稚園や学校に行くのに、私が送り迎えしていますが、彼はそれが気に入らず、勤め先まで毎日タクシーを使って、それだけで月に30万を越えたこともありました。
それで、窮余の策として、子供の学校にも近く、公共の交通の便のよい今のマンションに引越したのですが、その引越し費用が200万。それもなくて、わたしの両親に借りました。
それまでも、何度も借金しており、今では1500万くらいになっています。二人の老後の費用ですから、返さなければならないのですが、彼は、一切知らんと言い切ります。

そんな彼が一方的に
「自分は三月でF県に帰る。ぼくの荷物は全部、実家に送っておいて。君と子供のは君の実家に、送っておくようにね。」と、言い放ちました。
「そんな・・」
私の抗議に耳を貸すような人ではなく、私は彼の実家に事の次第を打ち明けました。すると
姑は「あの子がそうしてというなら、そうして頂戴。貴方たちは帰らなくていいわ。」と、冷たく
言われました。


麻理さんの話には、救いがありません。
なぜ、こんなになるまで放って置いたのか。自分の実家に甘えるばかりで、なんとかしょうと
しなかったのか・・・。


麻理さんは続けます。

彼には女がいます。たぶん医局の女医さんです。私に内緒で、ふたりで留学も考えている
ようです。私、申し込み用紙見ました。子供が成人するまで離婚はしたくないのです。でも、このままなら、彼は女とどこかへ行ってしまうんです。


麻理さんは更に、彼がどこへ行こうとも、もうどうでもいい。だけど生活費だけは貰わなければ生活ができないと訴えます。


それにしても、お聞きすれば彼の年収は1300万。他に個別にアルバイトをしている個人病院の収入があります。それだけのものがあって親子三人がまともに食べていけないなんて・・・。
信じられますか???

でも、麻理さんの話に嘘はないのです。
調査をするにも、お金がないと、分割を申してで、ローン審査を通したところ、一銭も通らなかったという事実が借金だらけの今の生活を証明しています。

それでも、夫との生活をゼロにしたくないという麻理さん。それは医者の妻という自分を愛しているからでしょうか?
医者という立場がなければ「ただのプロレスオタク」にすぎない、絶対にもてそうにないこの夫に
ここまで執着するのは、「医者」と「講師」という肩書きでしょうか?

あまりに失礼なのでそこまではお聞きできなかったのですが、ローンも通らず「一円のあてもない」と、戸惑う麻理さんに、私のしてあげられることは・・みつかりません。

席を立つ麻理さんの足元は、グッチの靴が・・・・と、そのまま視線を上げると
そのパンツの丈の異常な短さ・・・・女性の方なら、よくお判りでしょうが、パンツの丈は大事です。それひとつで全体の印象が、がらりと変わります。
麻理さんのグレーのパンツはくるぶしの上で、ちょん切られたように短く、黒いタイツが覗いていました。
持ち物や、メークの印象から比べたら、とても「ちぐはぐ」な印象です。

不思議なもので、そう思ったら、麻理さんの全体の印象がとても、ぼんやりとしてきて、最初の
印象はとうに消えてしまっていました。

この女性はこれからどうするのだろう・・・漠然とした思いを封じ込めて、残された如月の時間を
大切に、私は帰社することにしました。

ほんとうに、「人は見かけではわからない。」・・・・そんな言葉をしみじみと噛み締めた昼下がりです。
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by sala729 | 2006-02-24 13:10

外はあいかわらずの重たい雲がビルの谷間に沈んでいます。
冬だからとはいえ、こうも毎日のように灰色の空間ばかりを見ていると、いくらノーテンキとはいえ、さすがに私も、ちょっとブルーかな・・・なんてしおらしいこと考えていましたら、二月の風が余計に冷たく感じられそうなので・・・やめました(^^)・・・・はい!物事を思いっきり反対方向にぶらしたり、アクティブに方向転換したりするの・・得意なんです(・・謎・・)(^^)(^^)(^^)

確かに、この気候は、相談電話にも影響しているようで、ちょっと少なくなっているかな・・とは思います。
そんな中をしばらくぶりであの「はつみさん」から電話がかかってきました。

はつみさんとの出会いはもうずいぶん前になります。
つい何日か前にも、ブログではつみさんの夫の素行のお話したばかりです
不倫の相手女性と、こともあろうに「公衆トイレ」で、関係をもっていたという、「あれ」です。
そして、さらにびっくりなのは、はつみさんも「ええ。私の時もそうでした」と、へーぜんと答えたことだった・・とはもう既報のことですね。

「昨日、寝ていたら、急にすごく寂しくなって、となりで寝ている主人の布団の中に手をいれて握ろうとしたんです。そしたら。」
「そしたら?」

途中で言葉を切らないでよと、言いたいのをぐっとこらえて次を促します。
こんな、どうしょうもない夫婦関係になっていても、はつみさんは夫と同じ部屋で布団を二つ並べて寝ているそうです。
もちろん、その前まではひとつ布団で寝ていたそうですが・・・。

「そしたら、主人はびくっとして、あわてて手を引っ込めちゃうんです。私、哀しくなって・・」
はつみさんはもう涙声です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも、あなたの夫は夜中に寝惚けて妻の名前を呼ぶのを途中でやめて、不倫相手の名前を叫んだ人よ。それくらいは、するかも・・ね(^^;)

「でも、うとうとして、今朝起きたら、主人の布団と私の布団がすごく離れてたんです。主人が、夜中に離したんですよね。きっと。」
もう、はつみさんの声は、涙でしどろもどろです。

正直言うと、ここまでされていてまだ夫と同室で布団を並べて寝ていたいと願うはつみさんの心根が、私には共感できません。
夫を愛している・・・離婚は絶対にしないと、頑張るはつみさんは、いじらしいと思いますが、
これでは、逆効果でしょう。。。

追えば離れる・・・これは古今東西、恋愛の真理です。
この「離れる」という、大技がはつみさんには使えないのです。離れるそぶりすらできないのです。すがってもすがっても、離れていこうとする者に、さらにすがっても足蹴にされるだけなのです。
時には、荒療治でもこちらから「ぽーん」と、蹴飛ばしてやる・・・そんな荒業が効果が早い・・ということはよくあるのです。
でも、小心で一本気なはつみさんには、それができない。。。



ここまで書いて、ふと昨日家人と交わした会話が蘇ってきました・・・
「ねぇ、Aちゃんは、仕事時間が長いから、家にいるよりOリーダーといるほうが時間が長いよね?」
「そーね。」
「Oリーダーの奥さんは、AちゃんとOリーダーのこと疑ったりしないのかしら?」
「・・・んなわけないでしょう(笑)」

「そーだよね。・・男同士だものね。」(家人・笑)

・・・・・・・ち、ちょっとまったぁぁああ・・・・・・・・・・・・・お、男同士って・・男同士ってそれなによ??


最も身近な家人にさえ、こう評される私が、人様の恋愛感について、こんな判ったようなことほざいてよいのでしょうか???・・・そんな反省が、私のなかでグルグル回ります。。。

でも、ま・・
男だからこそ、男の気持ちも判るってものよ(笑・謎)。・・・・って、開き直っちゃっていいのかぁ??・・・・・・と、思いつつ、「これもまた、アクティブAよ」と、嘯いて、はつみさんへの
エールを考えている、こんな自分が、ちょっと好き・・かな(照・照)
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by sala729 | 2006-02-22 10:55

その奇妙な電話が鳴ったのは、三日前です。
思い詰めたような、くぐもった声で、お話されるものですから、聞き取りにくく、失礼とは思いつつ何度も、聴き直して、やっとお逢いする時間が決まりました。

一向に晴れ上がる気配もない空模様を恨めしく思いながら、相談室でお待ちしていると、芳恵さん(49才・仮名)は、雫の滴り落ちる前髪を気にしながら、おずおずと入ってこられました。
だいぶ緊張されているようなので、とびっきりの優しい声で(・・と、自分では思っているのですが、これがまた身内には、気味が悪いと評判がよくないようで・・)
「雨がなかなか上がりませんね。」と、世間話から入ってみました(^^)

「あの、あの、私・・・」
ところが、芳恵さんはすぐに本題に入ろうとします。


30年前、芳恵さんは、ある大学に入ったばかりでした。この大学は偏差値も高く、名前を言えば誰でも知っているような学校なのですが、実はこれは芳恵さんの本意ではありませんでした。彼女は、別の芸術系の大学に入りたかったのですが、芳恵さんの家は彼女が4才の時に
両親が離婚して、母は女でひとつで苦労して育ててくれました。母親は自分になんの資格もないのでこんなに苦労したから、娘にはぜひ・・と、この大学に固執して、芳恵さんは、その母に
逆らうことができず、入学を果たしたのですが、一ヶ月、二ヶ月とたつごとに、芳恵さんの中
には、あきらめた芸術大学への思慕が膨らんできて、どうにも抑えきれなくなっていました。

そして、それが原因で、田舎から電話をかけてくる母と、何度も何度も喧嘩になったそうです。

母の気持ちや期待はよーく判ります。私もそうしょうと思ったんですけど、でも、周りみていたら
みんな楽しそうに、学生生活を謳歌してるのに、自分だけがなんでこんな思いで学校続けないといけないんか・・と、思って・・・・と、芳恵さんはつぶやきます。

それは、双方もっともなことだと思います。
45年前です。今よりも、もっともっと「シングルママ」が子育てしにくい時代に、4才の子供を抱えて、なんの資格も技術もない女性が生きていくのは、それは本当に大変だっただろうと思います。
わが子には、そんな思いをさせたくないという母親の強い願いも判ります。そして、幸か不幸か娘は、そんな母の期待に応えるだけの、学力を持っていたので、母親としては、「最良の道」を
選んだものと安心していたのでしょう。
それが、突然の叛意を告げられたら、母も逆上することでしょう。

芳恵さんいわく、それはそれは口汚い罵りの投げ合いになったそうです。
母と娘というのは、ある種「あわせ鏡」ですもの、相手の仲に自分をみつけたら、それがまた悔しくて、恥ずかしくて、相手に対して容赦しなくなります。


そして、毎夜のそんな争いに疲れ果てた、芳恵さんは、母親を困らせてやろうと、精神病のふりを装うことを考え付きました。
今考えれば、他愛ないこと・・・と、私は思いました。
もちろん、当時の芳恵さんも、他愛ない発想からはじめたことでした。

そして、ある日
下宿近くの公立病院の精神科に受診しました。
ただ、当時はまだ「精神科」は今ほどの、世間的認知はなく、精神科=○チガイと、後ろ指指されていた時代です。芳恵さんも途中で怖くなって、投薬も貰わず、逃げるように帰ったといいます。
そう・・たった一日だけの受診でした。

ところが、数日後、芳恵さんが帰宅すると、下宿のおばさんが「今日、あんたに警察から電話が
かかってきたよ」と、知らされました。

田舎から出てきたばかりの18才の少女です。「警察が・・」というおばさんの一言が、胸に刺さりました。
そして、すぐに何日か前の精神科受診と結びつけてしまったのです。
・・・・・・なにかの事件があって、それが私と結び付けられたんだ。私が、精神病だとおもって
いるから・・・と。。。
18才の芳恵さんの胸は、不安で張り裂けそうになりました。
(自分は警察から精神病の犯罪者だ疑われている)・・・そう思い込んでしまったのですね。

芳恵さんは、早々にその下宿を引き払いました。
そして、おびえて大学生活を終えると、母の待つ故郷に帰ってきました。

その後、皮肉なことに、取得した資格を使うこともなく、現在の夫と結婚し、子供はいませんが
専業主婦として、穏やかに暮らしています。表面は・・・・。

あの30年前の思いは、芳恵さんの中では風化していませんでした。
大学を卒業しても、田舎に帰っても、結婚しても、あの思い出は、彼女に付きまとっていました。

自分ひとりの心の奥に、ずっと無理やり蓋をねじ込んで、押しつぶしたままでいました。

でも、その蓋がいつ壊れるか、いつ外れるか、彼女は不安で不安でたまりません。
そして、今度はこの30年の月日の重さが彼女を押しつぶしそうになります。

いま、このことを夫が知ったら、私のことを嫌いにならないだろうか?軽蔑しないだろうか?
母が私のこと責めないだろうか?・・・と。

そして、思い余って、かけてきたのが先日の奇妙な相談電話だったわけです。
たしかに、そのとき仰った「電話だけでは・・・上手く話せません・・」という意味がよーく判りました。そうですよね。お逢いしないと、こんな心の簸まで判るはずがありません。

私は、当時の芳恵さんのことを調べてみませんか?と提案しました。
どんな結果がでるにせよ、30年前のあなたのことを、その当時回りにいた人たちがなにも知らなければ、それでいいじゃないですか?
知らないということは、なにもなかったことと、同じです。今回の場合はね。

もし、なにか知っていたとしても、なにをどう知っていたかを、芳恵さん自身が把握していれば
なにも知らないと疑心暗鬼に陥ることもないでしょう?

「夫に知られないでしょうか?」
不安げな芳恵さんに、連絡は携帯でします。あなたがご主人に告白しなければ判ることは
ありませんと、微笑み返してあげました(・・ぶ、ぶるぶる・・こわっ←カゲの声)


こんなご相談もあるのです。
気のせい、考えすぎなんじゃない?と、笑い飛ばすのは簡単ですが、当人にとっては
とても重たくて、一生の負荷だと信じ込んでいるのです。
その負荷を降ろしてさしあげるのも、いい仕事じゃありませんか?

窓の外には水滴がびっしりと並んでいますが、芳恵さんは来られたときとはまったく違う表情で
帰って行きました。
こんなとき、小さな喜びが私のなかにも、ひっそりと灯ります。

明日は晴れたらいいなと思いながら、向かい側の歩道を見ると、透明の傘をさした芳恵さんの後姿が足早に角を曲がって行きました。時刻は17時をすぎています。
これから、彼女は夫のために、夕餉の支度を急ぐのでしょうね。
・・あなたの小さな幸せはきっと守られますよ・・・そう声をかけてあげたい背中でした。。。
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by sala729 | 2006-02-21 11:38

私の目の前を、すーっと通りすぎ、振り返るまでその人が、佐々木さんとは気付きませんでした。昼どきとはいえ、狭い喫茶店の中です。すぐに判る・・・・はずでした。。
それが・・・・・

佐々木さんは、それほど面変わりしていました。・・・(--)
二年前にお逢いしたときは、当時60才でしたが、色白の顔に施した薄化粧は品もよく、全体に身奇麗な雰囲気が、64才の夫の浮気に悩んでいるとはいえ、彼女を明るく若く見せていました。

そのときは、他所の調査会社で頼んだのだけど・・という報告書を持参しており、はきはきとした
物言いに聡明さが滲んでいました。
「私が、この日にって言うのに、なんだかんだでやらなくて、見てよ、これ」と、バックから取り出した薄っぺらな報告書は確かに・・・ひどい・・(レベル以下・・)

佐々木さんは、竹を割ったように、はっきりと仰るので、私としても、説明を理解していただけて満足でした。

そして、調査は開始され、何度かのチャンスにも接触がなく、さすがのN係長も「うーむ」と、
腕を組み始めた頃、やっと女がでました。

夫は、当時は県庁の外郭団体の非常勤理事をしており、前歴は某都市銀行の支店長を早期退職した身でした。
退職後、ある企業から経理重役で・・と乞われて、勤めた先にいたのが、その会社の経理員の
康子さん(51才・仮名)でした。
詳細は判らないのですが、ともかくそれから二人の仲は続いていたらしいです。もう、かれこれ10年近くの月日が流れています。
二人が逢うのは、ほぼ月に一度。大型スーパーの駐車場で待ち合わせ、お惣菜を買いこんで
そのままドライブに行き、いつものモーテル(ふっるいんです・・これが・・)に、滑り込みます。

そして、さすが元銀行員、きっちり二時間がたつと、出てきます。
そして、なにごともなかったかのように、それぞれの自宅に帰っていくのです。

夫は決して、亭主関白というのではありませんでした。
非常勤になってからは、非出社日には、材料買いこんで、夕食の支度はきっちりしているという
タイプです。
奥さんと一緒に、趣味のクラッシックを聴きに行ったり、映画を見たりすることも厭いません。
自分のライフワークのような、ゴルフにも奥さんも誘います。
そう・・けっして家庭をないがしろにはしないのです・・・・・。
でも・・・だからといって、夫の浮気に心が騒がない妻がいるでしょうか???

証拠の写真の貼られた報告書を見た、佐々木さんは「やっぱりね・・」と、つぶやいて微笑んだように見えました。


そして、そのあとが・・・佐々木さんの失敗だったのです。

佐々木さんは、康子さんの勤務先の経営者の妻の友人でした。
まず、その経営者妻に電話を入れました。はじめは偽名で・・・
「おたくの、○田さん、佐々木さんと浮気してますよ。」・・・・・・・・・・・(うーん・・・)
そして、なにも動きがないと判ると、次は康子さんの夫に匿名電話です。
「奥さんが浮気してるの知らないのですか?」
「あんた誰や?」
そして次は、康子さんの夫の姉に
「康子さん浮気してますよ。ほっといていいんですか?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これは、まずいです。。。。
打つ手としては最悪です・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まず、康子さんから、佐々木さんの夫に事の次第が伝わりました。もちろん、康子さんは悲劇のヒロインとして・・・

そして、夫は当然それが佐々木さんの仕業と判りました。
「お前が、わしの浮気を調べたのはまあいい。しょうがないだろう。だけど、そのあとの仕打ちが
許せん。お前は、なにをしたんや?。あちこちいいふらして、恥ずかしいはないんか?!」
「あの女が、そう泣きついたのね?」
「まだ、言うとるのか。あれがお前のこと鬼のような女だと言うとったが、ほんまじゃ。お前は、
鬼だ。キ○○ガイじゃ!」

・・・・・・・・・・・・・・佐々木さんは悔しくて、悔しくて、何日も眠れなかったそうです。。。

でも、これはほんとにまずかったのは確かです。
こんなことしたら、不倫に油を注ぐようなもの。下手したら「名誉毀損」で訴える!・・なんて言われかねません。

さらに佐々木さんはご自分の長男夫婦にもことの次第をつげ、親戚、友人たちにもしゃべりまわりました・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・結果・・・・・・

彼女の周りには人はいなくなりました・・・・
皆はそれぞれ口を揃えて言いました。
「しょうがないじゃないの。そこまでやったあなたが悪いのよ」
息子とその嫁に至っては
「お父さんとお母さんが喧嘩するのは勝手だけど、それでお母さんに転がり込まれたらぼくら
が困るよ」と、まで言われました。。。

誰も自分の気持ちを判ってくれず、掬ってくれず、思い余った佐々木さんは再び、私に電話を
してきてくださったのです。


正直に言って、佐々木さんのやり方はほんとに「マズイ」
でも、もうやってしまった以上、取り返すことはできないんですもの、別のことを考えましょうよ(^^)


夫と康子さんは、まだずっと月一の関係を続けています。
そして、今では、出勤時に康子さんと佐々木さんは田舎の一本道ですれ違うのですが、康子さんも避けようとはしません。そして、車中から視線を射掛けると、お互い一歩もひかず・・・を繰り返しているようです。


もう、やめましょう・・そんな大人げない態度は・・・。
佐々木さんは、夫とはすぐに離婚はしたくないと言います。離婚してもいいけど、いましたら
ふたりの思う壺・・だと。
それが悔しい・・と。そして、そんなふりたに一喜一憂している自分がたまらないと言います。。

嫉妬は女を変えます。愛が深ければ、深いだけその見返りは大きくこちらがわに振ってきます。
こうして、嫉妬と不信が佐々木さんからみずみずしさと、溌剌とを奪い取っていくのです。

「もう、いちいち行動かぎまわるのはやめましょう。二人の行動を把握しておけばいいのでしょう?。それなら、佐々木さんが嗅ぎまわらなくてもうちがやりますよ。そして、前の佐々木さんに
戻って、ご主人に、あんな女を手放したのか・・残念・・って言わせましょうよ。」

佐々木さんは、唇を噛んだままで私を見上げます。
年令は10才年上でも、もともとは佐々木さんのほうが康子さんよりずっと綺麗なのです。
そのことに、夫も佐々木さんご自身も気付いてないのです。
私は、佐々木さんに自信を取り戻してもらいたいのです。

きれいな、佐々木さんに戻って
「どうぞ、おふたりでいつまでも不倫あそばせ」と、微笑んで欲しいのです。

そういうと、佐々木さんは大笑いをしてくださいました。
「不倫あそばせ・・ね。うんうん。いーわ。それ言う。それ言いたい。」

こうして、私と佐々木さんの「不倫あそばせ作戦」は、始まりました。。。
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by sala729 | 2006-02-18 18:55

さて・・・なんと三日続きのこのいやーな空模様に、なにか喝を入れるような出来事はないかな・・なんて、私にしては珍しい消極的な朝を迎えましたが、今朝一番の社長のコメントを見て、
心を入れ替えて(・・と、言っても悪いことしているわけじゃないですよ・・汗)、曇り空を見上げていたら・・・・・・ぁ、ぁぁあ・・・雨が・・・・(**)
こんな日だってありますよ。(苦笑)。雨がないとね。農家も困るし~なんて、あらら・・いつもの私に帰ってるじゃん・・(^^)
これも、社長コメント効果??・・・・(単純な奴・・カゲの声)


そこで、先日、同業の中村様のブログコメントに「予告」しておりました(これも、勝手にしてたんですが・・)「電波電話」について、信じられないような、ほんとーのお話を・・・・

ある昼下がり・・・
いつものように、相談電話のベルが私を呼んでいました。
「はい。○○です。ご相談ですね?」
いつも、家人が、うそだろぉぉ・・と、心で叫ぶ私の優しい声が響きます。(^^)

「電波が・・電波が・・」
きた!・・・・・はい、この類のお電話は、季節の変わり目、とくに「木の芽立ち」と呼ばれる
春先には激増します。
「私の部屋に電波が・・あぁぁと、飛んでいます・・・飛んでいます」
本当に、電波に侵されそうな、悲痛な声が続いています。

「では、そっとお話してください。あなたは、おひとり暮らしですか?」
こちらも声を潜めてお話します。
「いいえ。主人とふたりです。」
「ご主人さまは、電波を感じていらっしゃいますか?」
「いいえ。主人には向かないのです。私だけに、来るんです。私の耳だけをめがけてくるんです。だから、主人はなにも知りません。」
彼女は大真面目です。

こういう電話は、早々に切ると、何度もかかって来ますので、ある程度はお話聞いて差し上げる
ほうが、結果的にはラクです。

でも、なかには・・
「ええ。ええ。そーなんですか。でもね、調べるとなったら、お金もかかりますしね。」
と、大抵はここで、一度正気に戻ります。
人間とは不思議なもので、心がどんどん蝕まれていっても、食欲や、睡眠欲は残るように、物欲も最後の最後まで残るようです。

「じゃ、ちょっと考えてみます。」とか「そーなんですか。お金なんて、ありません。」(そりゃそーですよね。ご病気ですから、そういう方は仕事はもちろんしてらっしゃらないですし、家族もお金は持たせないのが普通です・・)

さらに・・・
「いーんです。お金はいくらかかっても、だからすぐにきてちょーだい」
・・・・これは重症です。もう、どっぷり頭まで、別の世界に浸かっています。

「ともかく、来てちょうだい。お話だけ聞いて。」
・・・・・・これは、なかなか判断が難しいです。。。
彼女の中で、お金という感覚が吹っ飛んでいるのか、判っていて、あえて触れないのか・・。(苦笑)


でも、「来てくれ」と、言われたら、行きますよ。どこまでも・・・ね(^^;)

そして、そういうご要望は・・・あるんですねぇ・・これが。。。

松江さん(仮名・62才)に、呼ばれて、訪れた自宅は、葬儀社の真横の三軒長屋の真ん中です。運良くというか、悪くというか、その日は、二組のご葬儀があるらしく、並んだ花輪は、松江
さん宅の前まであふれていました。

落ちかけた壁土がざらざらと足の裏を伝わるいやーな感触に耐えながら、通された居間は、
見事なほど、なーんにもにもない空間です。
煤けた床の間はもちろん、赤茶けた畳は磨り減って、真ん中あたりには畳表の下から黄色くなったい草がはみ出ています。

そのなにもない、六畳ぐらいの空間に、姿勢よくすっと正座した松江さんは、一種「修行僧」のような趣があります。
・・・・・すみません。。。でます・・・・・つづきはあとで・・・


二日にまたがったブログになっちゃいましたが、続きます・・(^^;)

「あっ・・・あぁぁ・・・せんせ、先生、やめてください。丸石せんせやめてください。私にめがけて電波出すののは、やめて・・・」
枯れ木のような腕を顔の高さにあげ、さも電波を遮るようにのけぞる松江さんに、のけぞりそーになるわたし・・・(@@)

「あ、あのう、こんな特殊な電波は、調査は不可能です。申し訳ありませんが・・」
恐る恐る切り出すと、松江さんは私をきっと見据えて

「不可能ですって?・・それはなぜ?。なぜ不可能なんです??」と、するどい質問。
うーん。。不可能を証明するのはひじょーに難しいのですね。。。

「できないことの証明はできません。あなたにのみ降りかかる電波ですから、私たちには
捕らえようがないんです。」
「こんなに私が苦しめられていても?」
「はい。申し訳ありませんが、私たちには、それだけの強い力はありません。」
「あぁぁぁ・・・・私は、私はどうしらいいの??・・・・・日本は、もう終りね・・・」

そうかもしれません。真昼間から、大の大人がふたり、家に閉じこもって「電波」だの「調査」だのと・・・大真面目に話しているのです。
生真面目な方が見たら、この問答だけでのけぞってしまいそうです。。。


でも・・・でもですね。。。
これもまた「あり」かな・・とも思うのです。
私たちは精神科医でもなければ、心理カウンセラーでもありません。
治療や、学術的な意義は見いだせなくても、その方が望む方向に、話を帰結してあげることは
できます。
そして、対処療法と言われようとも、それを相談してこられた方は望んでいるのです。
それが、現実の調査に繋がらなくても、そういう形のある意味「還元」は、あってもよいのではないかと、私は思います。

逢わなきゃ判らないのが、私の仕事です。
そして、逢った以上、なんらかの「答え」か「逃げ道」を見つけてあげるのが私の仕事です。


「力の及ばないことで申し訳ありませんでした。では、これで・・」
と、退出しょうとすると、な、なんと・・・足が・・・・・足が・・・・
上半身の重みに耐え切れず、全く感覚が・・・・ない・・・・(汗。汗)

思わず、上半身がよろけると、松江さんが心配そうに覗き込んで言いました。

「あなたにも、とうとう、電波か゜来た??」・・・・・・・・・(**)合掌。。。。
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by sala729 | 2006-02-16 12:24

重い雲の重なりからみえる陽射しは弱く長い尾をひいて、時間を追うごとに、街をはしる風が雨を含んで重たく沈んでいくような、そんな黄昏時に、長いコートの裾を翻してW社長はまっすぐに支社のあるビルに入っていきました。

なんて書き始めましたが、実は2日前からビル暖房がなぜかうちの部屋だけ故障しておりまして、Oリーダーのデスクの隣には、近年お目にかかることのないような、旧式のダルマ型ストーブが真っ赤に、二酸化炭素を撒き散らしているという、めまいがしそうな「住環境」で、すごしておりました。なんともまぁ・・・(苦笑)

W社長は、超多忙な方ですから、支社にいらっしゃるチャンスは滅多にありません。(外国に行ってらっしゃるほうが多いかな・・ぼそっ)
OリーダーやH氏、本社のM部長などとの首脳会談を早々に終えられると、一応まじめに働いたと、私Aも、お褒めにあずかりました(^^/)・・・ちょっと自慢で、すごーく嬉しいですが、くやしさも、顔を覗かせていたりして・・・と、私は複雑なのです・・(謎・苦笑)

業界の実情や、わが社の現状、そして世間の認知と広報の大切さを、グローバルな視野で捕らえてのお話ですから、100パーセントの理解とは言いがたいのですが、社長の理想と慧眼には
「一社員として、あこがれと期待と希望」を持って拝聴しております。

そして「これに応えよ!」と、おっしゃる言葉に、もちろん、社員として自らの非力の限りを尽くすべきと心得ております。来年も再来年も、その激にお応えできるように、「日本一のサラリーマン」に、なるべく努力いたします。


と、一転・・・・・

折角のチャンスだからと、ご一緒に食事することになりました。。
前にも何度か、書きましたが、わが社は社長以下、その酒量たるや生半可なものではありません。あれよ、あれよと言う間に、秘蔵ものの「焼酎」の一升瓶はただの空瓶になり、ブランドの「○王」とやらの瓶は転がり、氷とミネラルウォーターの消えていくのが早いこと・・・(唖然・・)

その場のW社長は、お子さんのことを素直に「可愛い」と言い、そのお行儀のよさをほめると「リモコン操作している」と、照れる、じつに子煩悩ないーいパパの顔になります。
もっとも、これもわが社の伝統か、子煩悩といえば、「われも、われも」と、名乗りをあげる人は
少なくないでしょう・・・。
「子供に責任の取れる社会にする」・・・・じつに判りやすい基準で、私などは激しく同意の首振り人形化しておりました。。。


その場でも、ブログの話題になり、なんとOリーダーに「僕だって、日曜日には、緑のたぬきと赤いきつね、食ってるよ」と、激励された(?)とき、(あ・・しまった。O夫人・・ご、ごめんなさい)と、
心で手を合わせつつ、次はあれ書こうかな、これにしょうか・・なんて考えてしまった私は、不埒者でしょうか??
・・・・・ちなみに私は、10年ぶりに食べた「どん兵衛・肉うどん」の思いがけない美味しさに、ちょっと、はまりかけているのは・・・たしかです(^^;)


そんなこんなの緊張の一夜(←うそつけと、カゲの声が・・・)が、明けて、昨日よりも暗い空が広がっています。
部屋の温度はぐんぐん上昇して、このまま換気なしでいたら、きっとみんな知らぬ間に昇天しているだろうなというような「空気濃度」です。

そして、その中でさらに、自分の体温と脳の温度が沸騰しかけるのを、深呼吸でなだめながら
あの「逆援助交際詐欺」にひっかかった石丸さんに、これからの対応を電話でお知らせしています。しかし、私の説明不足か、彼の理解足らずか・・(たぶんどちらもでしょう・・)なかなか、判り合えないこのもどかしさ・・・(苦笑)

それが終わる間もなく、H氏から七穂さんに、状況の説明をしてくれと言われ、久々にお声を聞きます。相変わらずの、独断と思い込みのしゃべり方ですが、少なくとも、彼女は自分の一番大切なものは長男と長女であるということはぶれていません。
その、七穂さんの「母の座」を守るためにこの長い戦いを続けているのです。
「もう少し、お友達でいましょうね」と囁く私の言葉に
「しょーがないですわよね。」と、応えた七穂さんの言葉尻に、笑いが含まれていると感じたのは私の思いあがりでしょうか?


社長!!
このブログ発信を見ていてください。
ここで、どう仕事をしているか、どう対処しているか、そして、私たちが仕事をどんな愛しているか、ここで見守っていていください。
来年も、再来年も・・・ずーーーーーっと・・・・(^^/)
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by sala729 | 2006-02-15 16:59

彼方の空が僅かに染まっているような気がするものの、まだ「夜明け前」かな・・と、半分だけ覚醒した意識の奥で、新聞配達のバイクの音が聞こえてきました。
仕事柄、早起きは何度もあります。
冬場の4時、5時起きは・・・目覚ましのベルよりも早く起きれる自信がありますが、なんの予定もなく、こんな時間に目が醒めることは・・珍しいです。

でも、前にRさんがしみじみと言っていた「寝るのにも体力がいるんですよねぇ。若い頃はいくらでも寝れて、気がついたらお昼だったり、夕方だったりなんて・・もう無理ですね。」という言葉を思い出して、いやーな気持ちになった私は、現実を受け入れられないタイプでしょうか?(なんの現実だろーか??笑)

でも、白々と明けつつある外の光をカーテン越しに浴びながらPCに向かっているというのは、
なかなかいいものです。足元の冷気さえも、新鮮に感じます。


お礼が遅くなりましたが、前回の「お願いだらけ」のブログに、多くの方のお気持ちをいただき
ありがとうございました。
人間は欲深いもので(え?・・欲深いのはわたし??)ブログをはじめた頃は、見ていてくださる方がいればいい・・と、思っていたものの、ひとつ、ふたつとコメント頂けるようになると、もっと、
もっとと、思ってしまうのは、やっぱり私が「欲深」・・ということなのでしょうね・・(笑)

でも、呼べば応えてくださる「ブログ」をはじめたことを、今は本当に嬉しく思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。


さて、週末はあいも変らずバタバタしておりました。
もっとも、私の「バタバタ」は、「おはようございます」のご挨拶と同じ「意味」を持っていまして、ま、いわゆる「ご挨拶」と同じ程度のもの・・と、ご認識ください(・・謎・・)

少し前に、JR事故のあった「伯備線・根雨駅」も朝靄の中、向かって行き、夕闇が迫るころに戻ってきました。
雪を被った駅舎の屋根や、反対側の山に続く稜線の積雪は、事故があったことなど「意に介してもない」と、いうように銀色に光っていました。

松江の街でたまたま聞いた「あの事故で死んだ子、松江○専の出身でなぁ、よーこのバスにものっとったんよ。JR西日本に就職できたって喜んでたのに、米子の出身やったから、こっちに帰っとったんやなぁ」言葉が蘇り、彼の不運を思わずにはいられませんでした。(合掌)

その日、私もお逢いするはずの方から何度も、時間変更の申し入れがあり、結局は逢えず終い
という、悲惨な時のなかで、唯一の救いは10年ぶりに訪れた「小泉八雲記念館」の、変らぬ静かな佇まいでした。
望んで武家屋敷に住み「枯れ山水」の庭を愛で、日本を愛したラフカディオハーンの、端正な横顔の肖像画を見ていると、掘割の水面を滑るように流れていく屋形船でさえ、一幅の水墨画のように音もなく見えてくるから不思議です。

松江は静かな街です。。。。。


翌日の朝は、もうずいぶん前に、ご相談を受けた佐々木さん(62才・仮名)からの電話で起こされました(^^;)
これも、よくあること・・・ですけれどもね(笑)
歯切れの良い口調で、まくし立てる佐々木さんですが、彼女が今どんな思いでこの電話をかけてきているかが、判っているだけにその元気のよさがかえって、痛々しく感じられます。

もう、調査が終わった方から、お電話をいただくことは多いです。
でも、それは大抵の場合、幸せな電話であったことはありません。

そりゃあそうですよね。幸せになっています・・・というなら、私の必要はないですもの(って・・私は憑神かって??)・・・・余談ですが、浅田次郎氏の「憑神」。これは面白いですよ。貧乏神、疫病神、死神の総称で使われているようですが、これがみな、なかなか愛すべき神々でして・・(^^)

ともかく、佐々木さんのお話はお聞きするつもりですが、今日はあいにくと先のお約束があり、時間がとれません。
明日のお昼ということにしていただき、まずは今日のお約束を果たすべく、急ぎます。

大霜の朝は暖かくなるという言い伝えの通り、ぐんぐんと上がっていく気温に気をよくして、今日も高速を飛ばします。。。

春は近い・・・季節は多少の差はあれ、必ず巡ってくる・・・こんな当たり前のことが、妙に嬉しい
朝は、なにかいいことがありそうです・・(^^)
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by sala729 | 2006-02-14 07:35