親不孝な男たち
2007年 07月 12日
舞阪しづさんはもう90才に手が届こうかという年齢です。
三人の子供を産み育て、長男は12才で事故死。長女は結婚して間もなく、クモ膜下出血で倒れ、子供もいないまま寝たきりの生活を続けています。
しづさんの頼りは、現在59才の次男、信弘さんだけです。
信弘さんは、銀行員として15年ほど勤めましたが、しづさんいわく何の理由かわからないまま退職。その後は、アルバイトやパートでつないで、しづさんと二人で暮らしてきました。
もともと、やさしい性格なのでしょう。
年々老いてくるしづさんを労わって、食事の支度や、洗濯、お掃除などは彼がすべてこなしていました。・・・・そうなんです。信弘さんには結婚歴がありません。
バツイチでも、バツ2でもなく、彼は一度の婚歴もないのです。
それが、母親のせいなのか、彼自身のせいなのかは、誰にも判りませんが、今の二人のつつましやかな生活は、決して幸せそうではありません。彩りも、華やかさも皆無の、セピア色の毎日のようです。
それでも、静かだった二人の生活に変化が訪れたのは、最近のことです。
突然、信弘さんが仕事をやめたと宣言し、それから毎日のように、千円、三千円、一万円とせびり始めたのです。
59才の息子が90になろうかという母親に、毎日、毎日お小遣いをせびるのです。
そして、そのお金をもったまま、どこに行くのか自転車にまたがって出て行きます。
しばらくすると帰ってきて、しづさんの食事の用意をすると、日の落ちた夜の街にまたでかけていきます。そして、帰ってくるのはもう夜も明けた頃です。
それが毎日続くようになると、しづさんの不安はだんだんと膨らんできました。
信弘さんに聞いても、言葉を濁してはぐらかされます。
それに、気のせいか、信弘さんの態度が日々粗雑になっていくような気がします。
千円、一万円と言っても、年金暮らしの身です。しかも、それが毎日となると、しづさんの不安は
膨らむばかりです。
思い余って、しづさんは相談電話に手を伸ばしました。
担当はRさんです。
しづさんの話を充分に聞いてあげて、相槌をうっていると、しづさんが頭脳明晰で、しっかりした
性格であることはよく判ります。
そして調査に入りました。
折からの梅雨空は晴れそうにもありません。
ビニールカッパを着込んだ、信弘さんは、今日も自転車にまたがると、さっそうと街をかけぬけていきます。
でも、それは午後11時のことでした。
ふらふらと街をさまよいながら、深夜の公園を抜けると、住宅街です。
泥に汚れた自転車には防犯シールは貼られていませんから、警察に見つかったら、すぐに挙動不審で、職務質問を受け、拘束されるかもしれません。
そんなこともお構いなしに、信弘さんはふらりふらりと自転車を走らせます。
そして、公園のベンチに腰を下ろしたり、立ったりしたかと思うと、24時間営業のファミレスに立ち寄り、ドリンクバーを利用したかと思えば、それも30分足らずで、出てまた自転車にまたがり
ます。そして街を疾走するのです。
深夜とはいえ、まだまばらに家路に急ぐ人もいます。
その人が女性と判ると、ゆっくりと追い越しながら、じっと女性を見つめています。
女性も多少はお酒も入っていますから、そんな信弘さんを無遠慮に見返したり、何か雑言を投げかけたりしているようです。
次にむかう先は、駅です。
長距離バスの発着口で、時刻表を眺めては、この時間に決して来ることのないバスの時間を確認しては、うんうんとひとり頷きます。
それでも、駅には人はいるものですね。
待合室の椅子にもたれて眠っている人。階段のカゲで横になっているいつものホームレスおじさん。
しずかなはずの駅も、なにかしらざわめいているようです。
そんな風景を横目に、あっちをふらふら、こっちをふらふら。
信弘さんはひと時もじっとしていることがありません。
そうこうするうちに、夏の日の出は早いですから、空が白みかけてきました。
すると、彼はまた自転車にまたがって、走り出します。
信弘さんよりも、ずっとずっと若いはずの調査員が、その走行距離に顎をだしかけています。
(ちなみにこの時間内の総走行距離は47キロだったのです。驚!)
それでも、こんな「オヤジ」に負けてたまるかと、若い調査員の意地が炸裂します。
朝焼けの舗道を、タッタッタと小気味よい足音を立てて、背の高いきりりとした表情の女性が走り抜けていきます。ショートカットの髪がサラサラと揺れて、長いストロークが、まるで映画の一シーンのようです。
その、女性が信弘さんの横を駆け抜けると、それを目で追った彼は、猛然と自転車をこぎ始め
彼女を追い抜くと、ずっとその先の、歩道にしつらえた石のベンチに座り込みました。
やがて彼女がやってきて、目の前を通り過ぎるのを、じっと目で追って、何かを納得したように
うんうんと頷いています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う~んこれって・・・・
見ようによっては、犯罪の一歩手前ですね・・・・(苦笑)
まだ、何をしているとは断定できないですが、あの視線を女性に絡めたら、これは誤解の素です。
しかも、防犯登録のない自転車ですから・・・・何もなくても、警察官に見つかったら、言い訳は
聞いてはもらえないでしょう。
翌日、信弘さんはしづさんに、定期預金を解約しろと迫り、「もう、老人ホームに行けや」と、迫ったそうです。
「長生きなんてしても、なんもいいことはなかった。なんで、こんな歳まで生きてきたんやろ。」
誰に言うでなく、ぽつりともらしたしづさんの背中は一段と小さくなって、かける言葉もありません。
でも、正直な話、しづさんは信弘さんと離れていたほうが幸せかもしれません。このままでは
もしかしたら、もっと不幸なことに巻き込まれるかもしれないとさえ思います。
たったひとり残った大事な息子だけれど、その子が自分に幸せくれるとは限らないのです。
いいえ、むしろその逆の方が多いのです。
しづさんを見ていたら、今まで袖擦り合った、数々の「親不孝息子たち」の顔が、次々と浮かんできます。そして、そんな息子たちでも、愛しかばい、慈しんできた母たちの、悲しいけれど
優しく美しい横顔も、走馬灯のように回り続けるのです。
三人の子供を産み育て、長男は12才で事故死。長女は結婚して間もなく、クモ膜下出血で倒れ、子供もいないまま寝たきりの生活を続けています。
しづさんの頼りは、現在59才の次男、信弘さんだけです。
信弘さんは、銀行員として15年ほど勤めましたが、しづさんいわく何の理由かわからないまま退職。その後は、アルバイトやパートでつないで、しづさんと二人で暮らしてきました。
もともと、やさしい性格なのでしょう。
年々老いてくるしづさんを労わって、食事の支度や、洗濯、お掃除などは彼がすべてこなしていました。・・・・そうなんです。信弘さんには結婚歴がありません。
バツイチでも、バツ2でもなく、彼は一度の婚歴もないのです。
それが、母親のせいなのか、彼自身のせいなのかは、誰にも判りませんが、今の二人のつつましやかな生活は、決して幸せそうではありません。彩りも、華やかさも皆無の、セピア色の毎日のようです。
それでも、静かだった二人の生活に変化が訪れたのは、最近のことです。
突然、信弘さんが仕事をやめたと宣言し、それから毎日のように、千円、三千円、一万円とせびり始めたのです。
59才の息子が90になろうかという母親に、毎日、毎日お小遣いをせびるのです。
そして、そのお金をもったまま、どこに行くのか自転車にまたがって出て行きます。
しばらくすると帰ってきて、しづさんの食事の用意をすると、日の落ちた夜の街にまたでかけていきます。そして、帰ってくるのはもう夜も明けた頃です。
それが毎日続くようになると、しづさんの不安はだんだんと膨らんできました。
信弘さんに聞いても、言葉を濁してはぐらかされます。
それに、気のせいか、信弘さんの態度が日々粗雑になっていくような気がします。
千円、一万円と言っても、年金暮らしの身です。しかも、それが毎日となると、しづさんの不安は
膨らむばかりです。
思い余って、しづさんは相談電話に手を伸ばしました。
担当はRさんです。
しづさんの話を充分に聞いてあげて、相槌をうっていると、しづさんが頭脳明晰で、しっかりした
性格であることはよく判ります。
そして調査に入りました。
折からの梅雨空は晴れそうにもありません。
ビニールカッパを着込んだ、信弘さんは、今日も自転車にまたがると、さっそうと街をかけぬけていきます。
でも、それは午後11時のことでした。
ふらふらと街をさまよいながら、深夜の公園を抜けると、住宅街です。
泥に汚れた自転車には防犯シールは貼られていませんから、警察に見つかったら、すぐに挙動不審で、職務質問を受け、拘束されるかもしれません。
そんなこともお構いなしに、信弘さんはふらりふらりと自転車を走らせます。
そして、公園のベンチに腰を下ろしたり、立ったりしたかと思うと、24時間営業のファミレスに立ち寄り、ドリンクバーを利用したかと思えば、それも30分足らずで、出てまた自転車にまたがり
ます。そして街を疾走するのです。
深夜とはいえ、まだまばらに家路に急ぐ人もいます。
その人が女性と判ると、ゆっくりと追い越しながら、じっと女性を見つめています。
女性も多少はお酒も入っていますから、そんな信弘さんを無遠慮に見返したり、何か雑言を投げかけたりしているようです。
次にむかう先は、駅です。
長距離バスの発着口で、時刻表を眺めては、この時間に決して来ることのないバスの時間を確認しては、うんうんとひとり頷きます。
それでも、駅には人はいるものですね。
待合室の椅子にもたれて眠っている人。階段のカゲで横になっているいつものホームレスおじさん。
しずかなはずの駅も、なにかしらざわめいているようです。
そんな風景を横目に、あっちをふらふら、こっちをふらふら。
信弘さんはひと時もじっとしていることがありません。
そうこうするうちに、夏の日の出は早いですから、空が白みかけてきました。
すると、彼はまた自転車にまたがって、走り出します。
信弘さんよりも、ずっとずっと若いはずの調査員が、その走行距離に顎をだしかけています。
(ちなみにこの時間内の総走行距離は47キロだったのです。驚!)
それでも、こんな「オヤジ」に負けてたまるかと、若い調査員の意地が炸裂します。
朝焼けの舗道を、タッタッタと小気味よい足音を立てて、背の高いきりりとした表情の女性が走り抜けていきます。ショートカットの髪がサラサラと揺れて、長いストロークが、まるで映画の一シーンのようです。
その、女性が信弘さんの横を駆け抜けると、それを目で追った彼は、猛然と自転車をこぎ始め
彼女を追い抜くと、ずっとその先の、歩道にしつらえた石のベンチに座り込みました。
やがて彼女がやってきて、目の前を通り過ぎるのを、じっと目で追って、何かを納得したように
うんうんと頷いています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う~んこれって・・・・
見ようによっては、犯罪の一歩手前ですね・・・・(苦笑)
まだ、何をしているとは断定できないですが、あの視線を女性に絡めたら、これは誤解の素です。
しかも、防犯登録のない自転車ですから・・・・何もなくても、警察官に見つかったら、言い訳は
聞いてはもらえないでしょう。
翌日、信弘さんはしづさんに、定期預金を解約しろと迫り、「もう、老人ホームに行けや」と、迫ったそうです。
「長生きなんてしても、なんもいいことはなかった。なんで、こんな歳まで生きてきたんやろ。」
誰に言うでなく、ぽつりともらしたしづさんの背中は一段と小さくなって、かける言葉もありません。
でも、正直な話、しづさんは信弘さんと離れていたほうが幸せかもしれません。このままでは
もしかしたら、もっと不幸なことに巻き込まれるかもしれないとさえ思います。
たったひとり残った大事な息子だけれど、その子が自分に幸せくれるとは限らないのです。
いいえ、むしろその逆の方が多いのです。
しづさんを見ていたら、今まで袖擦り合った、数々の「親不孝息子たち」の顔が、次々と浮かんできます。そして、そんな息子たちでも、愛しかばい、慈しんできた母たちの、悲しいけれど
優しく美しい横顔も、走馬灯のように回り続けるのです。
by sala729 | 2007-07-12 16:36