舞阪しづさんはもう90才に手が届こうかという年齢です。
三人の子供を産み育て、長男は12才で事故死。長女は結婚して間もなく、クモ膜下出血で倒れ、子供もいないまま寝たきりの生活を続けています。

しづさんの頼りは、現在59才の次男、信弘さんだけです。
信弘さんは、銀行員として15年ほど勤めましたが、しづさんいわく何の理由かわからないまま退職。その後は、アルバイトやパートでつないで、しづさんと二人で暮らしてきました。
もともと、やさしい性格なのでしょう。
年々老いてくるしづさんを労わって、食事の支度や、洗濯、お掃除などは彼がすべてこなしていました。・・・・そうなんです。信弘さんには結婚歴がありません。

バツイチでも、バツ2でもなく、彼は一度の婚歴もないのです。
それが、母親のせいなのか、彼自身のせいなのかは、誰にも判りませんが、今の二人のつつましやかな生活は、決して幸せそうではありません。彩りも、華やかさも皆無の、セピア色の毎日のようです。

それでも、静かだった二人の生活に変化が訪れたのは、最近のことです。
突然、信弘さんが仕事をやめたと宣言し、それから毎日のように、千円、三千円、一万円とせびり始めたのです。
59才の息子が90になろうかという母親に、毎日、毎日お小遣いをせびるのです。
そして、そのお金をもったまま、どこに行くのか自転車にまたがって出て行きます。

しばらくすると帰ってきて、しづさんの食事の用意をすると、日の落ちた夜の街にまたでかけていきます。そして、帰ってくるのはもう夜も明けた頃です。
それが毎日続くようになると、しづさんの不安はだんだんと膨らんできました。
信弘さんに聞いても、言葉を濁してはぐらかされます。
それに、気のせいか、信弘さんの態度が日々粗雑になっていくような気がします。
千円、一万円と言っても、年金暮らしの身です。しかも、それが毎日となると、しづさんの不安は
膨らむばかりです。


思い余って、しづさんは相談電話に手を伸ばしました。
担当はRさんです。
しづさんの話を充分に聞いてあげて、相槌をうっていると、しづさんが頭脳明晰で、しっかりした
性格であることはよく判ります。



そして調査に入りました。
折からの梅雨空は晴れそうにもありません。
ビニールカッパを着込んだ、信弘さんは、今日も自転車にまたがると、さっそうと街をかけぬけていきます。
でも、それは午後11時のことでした。
ふらふらと街をさまよいながら、深夜の公園を抜けると、住宅街です。
泥に汚れた自転車には防犯シールは貼られていませんから、警察に見つかったら、すぐに挙動不審で、職務質問を受け、拘束されるかもしれません。

そんなこともお構いなしに、信弘さんはふらりふらりと自転車を走らせます。
そして、公園のベンチに腰を下ろしたり、立ったりしたかと思うと、24時間営業のファミレスに立ち寄り、ドリンクバーを利用したかと思えば、それも30分足らずで、出てまた自転車にまたがり
ます。そして街を疾走するのです。

深夜とはいえ、まだまばらに家路に急ぐ人もいます。
その人が女性と判ると、ゆっくりと追い越しながら、じっと女性を見つめています。
女性も多少はお酒も入っていますから、そんな信弘さんを無遠慮に見返したり、何か雑言を投げかけたりしているようです。

次にむかう先は、駅です。
長距離バスの発着口で、時刻表を眺めては、この時間に決して来ることのないバスの時間を確認しては、うんうんとひとり頷きます。
それでも、駅には人はいるものですね。
待合室の椅子にもたれて眠っている人。階段のカゲで横になっているいつものホームレスおじさん。
しずかなはずの駅も、なにかしらざわめいているようです。
そんな風景を横目に、あっちをふらふら、こっちをふらふら。
信弘さんはひと時もじっとしていることがありません。

そうこうするうちに、夏の日の出は早いですから、空が白みかけてきました。
すると、彼はまた自転車にまたがって、走り出します。

信弘さんよりも、ずっとずっと若いはずの調査員が、その走行距離に顎をだしかけています。
(ちなみにこの時間内の総走行距離は47キロだったのです。驚!)
それでも、こんな「オヤジ」に負けてたまるかと、若い調査員の意地が炸裂します。


朝焼けの舗道を、タッタッタと小気味よい足音を立てて、背の高いきりりとした表情の女性が走り抜けていきます。ショートカットの髪がサラサラと揺れて、長いストロークが、まるで映画の一シーンのようです。
その、女性が信弘さんの横を駆け抜けると、それを目で追った彼は、猛然と自転車をこぎ始め
彼女を追い抜くと、ずっとその先の、歩道にしつらえた石のベンチに座り込みました。
やがて彼女がやってきて、目の前を通り過ぎるのを、じっと目で追って、何かを納得したように
うんうんと頷いています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う~んこれって・・・・
見ようによっては、犯罪の一歩手前ですね・・・・(苦笑)
まだ、何をしているとは断定できないですが、あの視線を女性に絡めたら、これは誤解の素です。
しかも、防犯登録のない自転車ですから・・・・何もなくても、警察官に見つかったら、言い訳は
聞いてはもらえないでしょう。


翌日、信弘さんはしづさんに、定期預金を解約しろと迫り、「もう、老人ホームに行けや」と、迫ったそうです。
「長生きなんてしても、なんもいいことはなかった。なんで、こんな歳まで生きてきたんやろ。」
誰に言うでなく、ぽつりともらしたしづさんの背中は一段と小さくなって、かける言葉もありません。

でも、正直な話、しづさんは信弘さんと離れていたほうが幸せかもしれません。このままでは
もしかしたら、もっと不幸なことに巻き込まれるかもしれないとさえ思います。
たったひとり残った大事な息子だけれど、その子が自分に幸せくれるとは限らないのです。
いいえ、むしろその逆の方が多いのです。

しづさんを見ていたら、今まで袖擦り合った、数々の「親不孝息子たち」の顔が、次々と浮かんできます。そして、そんな息子たちでも、愛しかばい、慈しんできた母たちの、悲しいけれど
優しく美しい横顔も、走馬灯のように回り続けるのです。
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by sala729 | 2007-07-12 16:36 | Comments(5)

Commented by momo5183 at 2007-07-12 16:41
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Commented by 文房具や at 2007-07-16 23:42 x
あぁぁぁ、切ないなぁ。。。 (´Д`)
子供のやったことの責任は親が持つ、とは言うけれど。。。
これでは切なすぎますよ。
でも私も離れた方が良いと思います。
施設でお仲間と楽しく生活するのも良いことだと思います。
てかそうしてほしい。長生きして良かったと思って欲しい。
もう一つ言えば、そんな息子の根性をたたき直してやりたい。。。w
Commented by sala729 at 2007-07-17 17:27
文房具や 様
こんな息子て゜も、何かしらひとつ位は良いところがあると、信じたいのが
母親なんですよね。
昔の母は偉かったですよ。(・・しみじみ)
いいにつけ、悪いにつけ、子供の育て方は自分の責任という意識が強かった。・・それが結果こんなになっちゃったんだけど・・・
この母の子が、こんな無責任に育つなんて・・・神様の悪戯??って
思ってしまいそうです。
Commented by 一銭五厘 at 2007-07-17 22:01 x
お久しぶりです。
うーん。こんなことはしてませんけど、ワタクシも親不孝ッちゃ親不幸かも。
あんまり実家には帰らんし、電話もめったにしないし(嫁さんに、たまにはかけろ!と言われてかけてるという・・)。
息子は息子で疲れてしまったのかもしれませんね。
と言って、同情の余地はないですが。
自分の負担を少しでも減らす手立ては何かしらあったはずですから。
Commented by sala729 at 2007-07-18 22:18
一銭五厘 様
おひさしぶりでございます。
体調はいかがですか?
ま、親不孝と言えば、たいていが「ドキッ」とするものはあるはず(笑)
でも、それも限度っていやぁ限度ってあるじゃないですか??(笑)

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