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春になったり冬になったりと、啓蟄で顔をだした虫たちが、右往左往している様子が、目に浮かぶような日々が続いていますが、みなさん、お変わりはありませんか?

私の日々は、仕事という括りでは変化なく、日常という目で見ると、完結あり、続きありと行程は
さまざまだけれど、毎回中身の違う、ドラマを堪能させてくれる毎日が続いております。

そして、今日も・・・・(^^::)

松村よしさん(76才・仮名)の、相談電話は、今朝の7:00ジャストです。

「相談がありますけん、すぐ来てください。いまからすぐ」
・・・・と、言われても、いくらなんでも、この時間からすぐには出られません。
もちろん、事前の面談予約なら、5時でも6時でも、お伺いしますが、すぐの電話で、朝7時すぐにと言われても・・・・。

「どんなご相談ですか?。だいたいのところでもちょっとお聞かせ願えますか?」
緊急性の確認のためにも、相談の内容を少しは把握しておきたいものです。

「どんなって、そりゃあ来てもらえたら判るけん。すぐ来てください。」
・・・・・すぐすぐって言ったって・・・・・・・
ま、気ぜわしいお年寄りはいるものですけれどもね・・・・(笑)

「判りました。でも今からでも、そちらに着くのは9時ごろにはなりますよ。いいですか?」

「はいはい。そんでいいです。」


お名前も住所もきちんと仰いました。
そう遠い距離ではありません・・・が、なにしろ7時です。
ぼんやりした頭を振り払って、少し熱めのお風呂に漬かって、髪も洗います。(幸いにも・・・
というか、好きこのんでなのですが・・・私の髪は非常に短いので、シャンプーも乾燥もあっという間です。通勤時の車の中で、充分に乾きますから、とても便利なつくりになっています。笑)

朝食用のロールケーキを切り分けて、紅茶と一緒に楽しんで、さて、出発です。


訪問先は、半島の途中にあり、国道をはずれて5分もすると、左手にはキラキラと光る海と
春霞にたなびく島々が、遠景のように広がっていきます。
この時季の瀬戸内海の美しさは、喩えようもないほどです。
ぼんやりしてても、きりりとしてても美しいものは美しいのだなぁと、この時季の海を見ていると
しみじみと思います。


松村さんのお宅は、その海を眼下にした高台にありました。
三軒ならびの奥まった真ん中のおうちです。なぜかぐるっと回ったところに玄関があるので
海はまったく見えません。
雑草と、つる草の茂った中庭を通り過ぎると、夏なら蛇の一匹もでそうな草叢があってそれを
踏み越えると、ようやく玄関です。


開け放したガラス戸の玄関を入ると、古い土壁の饐えたような匂いと、ひんやりとした空気が
 いやーな予感 ・・・・・・
よしさんは、自分だけぞうりを脱いで、あがると私には「あがれ」とも「待て」とも言いません。

しかしいくらなんでも、勝手にあがりこむわけにはいかず、じっと玄関で待っていると、先が見えないほど暗い廊下の先で、カチャカチャと食器の音がします。

・・・(あー・・お茶いれてくれているのなか・・・)なーんて思って、そのまま玄関に立ちつくして
いましたが、待てど暮らせど、よしさんは現れません。

・・・5分・・・10分・・・・・・・

「あ、あのぉ、お構いなしで結構ですよ。」
とうとう、待ちきれなくなって、奥に向かって声をかけました。二回、三回・・・・

「へ???」
奇妙な声を発して現れたよしさんの手には、お箸が握られているではありませんか・・・・(--;)
・・・・ぎょっ!お、お茶の用意じゃなかったんだ・・これって、これって、もしかして、私のこと
忘れて、ごはん食べていたとか????(@@)(@@)(@@)

「おーおー。そーやったのぉ」と、にたりとすると、よしさんは再び奥にひっこむと、座布団を一枚大事に持ってきました。
そして、ニコニコと微笑みかけると、玄関にそれを置き、自分がそこにちょこん!・・・・・・・・(わ、笑うしかない・・)


・・・・急げ、今すぐに来てくれと、忙しく追い立てられて、この「仕打ち」は、神様・・・あんまりです・・・(うっうぅぅぅ・・・)


「で、ご相談は??」
もうここまでされていても、それでもつい、相談事を聞いてしまうのは、「悲しい性」です。

「あんなぁ、この前の道、前はうちの田圃じゃったんや。私のもんや。お父さんが、私に残して
くれてたものや。それが、道になるんで役場の人間がきてとりあげたんよ。ほんまは、お金もってきてくれる言いよったんが、何年待っても、もってきよらん。毎日、毎日、今日か明日かと
思っとったら、寝れんようになってしもうて・・・」

「前の道って・・・相当古いですよね?20年くらい前?」
おそるおそる聞くと・・・

「いんや、じいさんと一緒になった次の年やけんのぉ・・20年とは言わんわい。」
・・・・・・・そ、そーですよね。。。それなら、もしかしたら50年以上前の話????

「じいさんがのぉ、役場の人に、10坪くらいやけん、もういらん言うてしもーたんよ。ほやけど
あれは私のもんぜ。お父さんが私にくれたもんやけんの。」
真剣に訴える、よしさんに、反論する気持ちが湧きません。

どこで、どう記憶が入れ違ったのか、還ってしまったのかは判りませんが、よしさんの思考は
50年前(たぶん・・)に、引き戻されてしまったようです。。。。


「ずいぶんと昔のことですらねぇ。役場の人ももういないでしょうし、それに、ご主人さんが、
もういらないと決めたことを、今更、奥さんが返せと言うのも、旦那さんの顔を潰しませんか?」

・・・・ええいっ!もうここは、言いなり、役になりきろーじゃないのっ。

「そーやのぉ。じいさんの顔潰してものぉ。。。私が、笑われやせんかのぉ。」
「そーですよ。ま、今回は旦那さんのお顔たててあげましょうよ。」

よしさんは口の中で、なにやら、フニャラムニャラとつぶやくと、また奥に引っ込んでしまいました。

またしても、ひとり玄関に残された私は、奥にむかって
「松村さーん」と、何度か呼びかけましたが、よしさんの出てくる気配はありません。。。。



なんだったんだ?あの電話は・・・と、思いつつも、50年の月日を行ったり来たりするよしさんと、ご主人の
ふたりだけのこの暗い奥屋の生活を思うと、なんとも言えない思いがこみあげてきます。

老人世帯の孤独は、もはや都会だけのものではありません。
げんにこんな田舎にも、明るい陽光と景色に恵まれながらも、こうしてそれに背を向けるように
ひっそりと冷ややかなな、時間をすごしているご夫婦もいるのです。

目の前で煌く波の艶やかさは、この人たちのものではないのです。
潮風の優しさと、清々しさは、ここを訪れる人たちと、現在を生きている人たちと、ほんの一握りの幸せな老後を営む人たちだけが、享受できる「豊かな時間」のようです。

忘れ去られた、置き去りにされた人たちは、この海のどこに自分の居場所を探すのでしょうか。。。

by sala729 | 2007-03-19 17:14

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