とうとうこの日が来たか・・というのが正直な感想ですね。
もともと、水と油のわたくしと彼女が40年もの間、友人でいたということが、摩訶不思議だった
のです。

彼女とは多感な頃に知り合いました。
進学のために東京に行く彼女を、羨望を押し殺して格好つけたわたくしが見送り、都会で恋におちた
彼女を慰めたり、力づけたりしたあの頃は、わたくしの中でも唯一の甘い「青春」ではありました。
実家に引き戻された彼女を手助けして東京に逃がした時は、まるで自分もドラマの参加者になった
ような気分になりましたが、このことは今も彼女のご両親には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
若気の至りとはいえ、親の気持ちも先のことも考えずに、自分に酔いしれて片棒担いだお恥ずかしい
「青春の懺悔」です。

その後、わたくしも結婚して、彼女も結婚して、家族ぐるみのお付き合いがはじまり他の友人家族も
交えた長い蜜月がありました。

これだけ長いと、その間にはいろいろなことがあります。

わたくしの父も母も夫も亡くなりました。仕事も失敗もしましたし、休みもなく働き続けた時期もありました。
子供も成長して、進学だ、結婚だと離れていき、家人とめぐりあって・・・と、こんなわたくしの半世紀を
彼女は彼女なりに知っています。

そして、彼女もお父様が亡くなり、お母様は長い患いの床についたままです。子供はそれぞれ独立し
夫と二人きりの生活が始りました。


今から考えれば、その頃からわたくしと彼女は、お互いを分かり合えないという、最初っから判りきった
条件を考えられなくなっていたのかと思います。

彼女の夫への愚痴をわたくしはどうしても受け入れられず、彼女はわたくしと家人との、過剰な言葉の
応酬についていけないと思ったそうです。
わたくしの言葉に傷ついて、その夜は断崖まで追い詰められる夢を見たそうです。


こうなると、長い分だけいろいろな出来事がつらつらとあふれ出してきます。
もともとお互いに、相容れないと知りながら続いた関係です。どこかが壊れたら、決壊は早いです。

彼女は、またみんなで逢おうといいますが、わたくしは「何もなかったような顔をしては逢えない」と
頑なでした。
わたくしの言葉が、悪夢を呼ぶほどという人間の前で、なにもなかったような普通の会話を
どうしてできるでしょうか?


長かった40年は、案外短かったのかもしれません。
でも、人には何があっても口にしてはならないことのひとつやふたつはあるでしょう。
それを、何度も口にする彼女を見て、受けて立ちたくなるわたくしはやはり
「戦闘的性質」を持ち合わせているのでしょうね。

それを家人に話すと
「え?知らなかったの。君ほど戦闘的な人はいないよ。」と、あっさりとかえされました。
でも、いまはこの直接的な物言いがなぜか、心地よい心境なのです。(笑)
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by sala729 | 2017-05-13 16:01 | Comments(0)

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