木島佳苗さんの死刑が現実のものとなりそうです。
つい先だって、週間新潮でしたか、木島佳苗さんの直筆の手紙が公開されていましたが
その字の美しさに、惚れ惚れと見とれてしまうほどでした。
そして、ことば遣いの美しさがそれに輪をかけています。
時に、慇懃すぎるけらいはありますが、この調子のお手紙をもらったら、ちょっと自分に自信のある
ハイソ意識の高いおじ様族なら、ついくらくら・・・というのも判ります。
それぼと魅力的で、美しい字姿でした。

もちろん、だからといって、わたくしは木島さんを養護したり、崇拝したりしているわけでは
ありませんよ。
彼女は稀代の悪女であることは間違いないと思います。
でも、いままでの犯歴ある悪女というくくりの中には、納めきれない「うそ臭いけど上品な
嫌いなキャラなんだけど確実に美しい実際の筆蹟」という二面性を、いつも
ちらつかせて、それを男を引き寄せる燐粉のような魅力にしているという現実を否定できないのです。

「裁判になって、いい人になった」と言われたら、それはそれで被害者家族はいやだろうなと家人は
言いますが、なにがいやなのでしょう?
仮に、加害者が刑務所内で心から反省し、聖人君子に近い人間になったとして、それを被害者が
なぜ受け止めなければならないのでしょう?

罪を憎んで人を憎まずという言葉は、誰のためにあるのでしょう。

わたくしは、たとえ犯罪者が、聖人に生まれ変わったとしても、わたくしが許せなかったら、
わたくしの中では犯罪者のままです。
たとえ、それを周りの全てが、非難しても、わたくしの善悪はわたくしのものです。
誰から言われたり、見せられたり、ましてや周りの言葉で変わるものではないのです。

だから、いやでもなんでもありません。
周囲の評価など、自分の尺度の前には何ほどのことでもないのですから・・・

こんなわたくしが、長生きしたら、どんなおババになるか、そら怖ろしい限りですが
人間は自分の思うようにも、人の思うようにも、生きられませんから、そのときは
悪しからず・・・と、言っておくしかありませんね。

そんなわたくしに巻き込まれた人たちは、なかなかに楽しい時間だったねと、
思っていただくしかありません。
春の宵は、ただたゆたゆと流れていく波のようです・・・
[PR]

by sala729 | 2017-04-17 15:25 | Comments(0)

<< 決裂    生死感 >>