いささか旧聞にすぎるかとも思いましたが、このことについて
ブログで書きたいと思いつつ、時間の流れやアクシデントでなかなか
機会がなく、やっと今日のことになったので、あえて書き留めて
おこうと思います。

母性ということについては、わたくしもここで何回も自論を展開
しており、今更・・とか、またか・・と、お思いの方はスルーして
ください。
わたくしは、書きたいという自らの欲求でここに認めるのです。
もちろんご意見や反論は、大歓迎です。
心からお待ちしております。


さて、前段はこれぐらいにして、先に川崎で中学一年生が、年上の遊び
仲間にリンチされ死亡する事件がありました。
彼の一年生は、隠岐の島から川崎に転校して一年余り。
あまりにかわいそうな事件でした。
・・・犯人は逮捕されたものの、まだ全面解決とまでは言えてはいない
ようですが・・。


この事件は、世間にいろいろなものを投げかけました。
まず被害者少年の生い立ち。
両親と隠岐の島で暮らすということになって、やってきた処は、風土も
気質も自分に会っていたのでしょうね。
楽しい少年時代をすごしていたものの、両親の離婚で再び、母親の実家で
ある川崎に帰ることになった少年。
彼は必ずここに帰ってくると島の友達に言い残し、語り草になるほど
盛大な見送りを受けて、島を後にしました。


その結果がこれでは、あまりに不憫です。


この事件について、林真理子さんが週刊文春のエッセーで「親は何をして
いたのか?」と、書いていましたが、私も全く同感です。
彼女は夫君に、「そんなことを言うものではない。今一番辛いのは
お母さんなんだから」と、諌められたと続けていましたが、それは
その通りです。
母親ですから、それが判らないはずはないのです。

でも、言わずにはいられない。


彼女(少年の母)が、離婚して実家に帰って、協力してもらえる
はずの両親だったのに、父が病に倒れ、母がその看病にあけくれ、とても
そんな状況ではなくなった。

5人の子供を抱えて、自分は昼も夜も働いて、家計を支えていたのでしょう。
長男の彼に下の子たちの面倒を見させていたのでしょう。
そんな中での精一杯の子育てだったことは推測できます。

そして、そんな彼女を林真理子氏は責めるなという論調がネットの中の
シングルマザーとその擁護者の間にあるのも知っています。



でも、極論を先に述べるなら、一生懸命育てようと、予定が狂おうと
その子が大人になるまでは、最低限死なせないという重い責務から
逃れることはできないのです。

Wワークでどんなに疲れていても、何度も顔を腫らして帰るわが子を
学校を無断欠席しているわが子を、夜も帰ってこないわが子を、そのままに
しておいた責任からは逃れられないのです。

きっとこれからも、彼女はその責任の重さに押しつぶされそうになって
幾夜も辛い日々を過ごすことでしょう。
それは判ります。
わたくしは、彼女を責めているのではないのです。
彼女はこれから、もうどうしても二度と、埋めることのできない
深い大きな穴の中で、癒えることのない傷を抱きしめて生きて
いかなくてはならないのですから、そんな人を責める気持ちはありません。

でも、せめての教訓として、「親は何をしていたの?」という問いかけは
親たるもの全てが持っておくべきではないかと思うのです。

それを、さもしたり顔で「シングルママの苦労を判ってない」とか
「貧困社会がこうした」とか「彼女だって一生懸命だったのよ」とかの
安易な同情論で片付けてはいけないと思っているのです。
シングルになったのは、子供の責任ではありません。

夫のせいかもしれませんが、そんな男を選んだのはあなたです。

でも、子供は自分の責任で産み育てるものです。もし仮に不幸にして
望まないとしても、産んだ以上は全責任がついてくると覚悟しなければ
ならないのです。


じゃ、仕事休んでクビになってみんなが路頭に迷ってもいいの?
そう言った人もいました。
クビになるかもしれないけれど、ここはどうしても優先しなければ
ならないことはあるでしょう。

それは、失礼ながら子供の保育園の送り迎えをどうするかとか
予防注射の日に父と母どっちが仕事を休むかというような問題とは
大きさが全く違います。
でも、それでもそうしなくてはいけなかったはずです。
日々のわが子の様子を見ていれば・・・

そしてそのために、周囲や行政や学校に助けを求めるべきだったのです。
一人で生きる母親は確かに偉いけれど、子供のためにそれが
できなくなったら、迷わず自分の信念も矜持も捨てて、子供の生きる道を
優先しなければならないのです。



こうして書いていくと、必ず「あなたはそういう目にあってないから
言えるのよ」と、反論がきます。
もういちいちそれに応えるのも、煩わしいのですが、離婚したか
しなかったかは、人の価値判断ではありませんし、シングルの苦労も
誰かの妻としての苦労も、各々の価値観の前では、甲乙つけることは
できないでしょう。
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by sala729 | 2015-04-06 11:50 | Comments(0)

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