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福崎太郎さん(54才。もちろん仮名)は、その名の通りの印象で、穏やかで
温和。はっきり言えば、カゲの薄い中間管理職のモデルみたいな方でした。

相談電話も何回もかけてきました。
「あ、あのう、人を尾行けてもらっていくらですか?」
その次は
「女の人なんですけど、行動が判らんのです。」

次は
「いやまったく読めん。今日しかないんです。怪しいのは。」

またまた次は
「今日こそ絶対。すぐにお願いできんですかね。」


ブログても何度も言っているように、「いますぐ」と、いくら乞われても
それはできないのです。
話を聞いて、それで即動くのはドラマの世界。
下準備や、計画がなく、見知らぬ人物の行動調査が簡単にできるはずがない
のです。

電話のたびに何度も、そう伝えているのですが、それを聞いているのか、
いないのか・・・
同じような電話を何度もかけてきて、そのたび私は同じように答え、この
人私の言うこと聞いてないの?と、本気でむっとしかけたときに、突然
この太郎氏はやってきました。


向かい合うと、おどおどと視線を逸らすのは、小心者によくある行動です。
ひとしきり事務所内を見回して、彼は話はじめました。


「じつは部下の吉見礼子(34才・仮名)のことなんですわ。もう10年近く
事務をしてくれてますが、彼女取引先のコネでうちの会社に入っとんです。
それでも、よくしてくれてますから、今まではなんにもなかったんですが、
去年の秋ごろから、よくミスをするようになりました。
気をつけて見ていると、身なりも派手になってます。そんなある日、
残業終えて、私が帰ろうとしたら、吉見の机の下がピカピカ光ってます。
なんだろうと見たら、携帯電話を充電しているとこでした。それも
見たこともないような派手な装飾つけたやつですわ。吉見のではありませんが、
もしかしたらふたつめのかとおもって開いてみたんです。

いやいや、そりゃ他人のもの見たらいかんのは判ってます。だけど充電している
電気は会社のものですしふたつ目ですし・・・」

・・・・電気は会社のものは判るにしても、二つめだからいいというのは、
無理やりのこじつけにすぎないのでは?という言葉を飲み込んで、私は
太郎氏を促しました。


「そしたら、ハートマークがチラチラするメールが出るわ。出るわ。
そりゃ、びっくりしましたわ。相手の男は、かずちゃんとか言うてました。
ホテルじゃ、車じゃとそれはもうびっくりの連続ですわ。」

太郎氏はそこではぁと深呼吸をして続けます。

「そこでよーく考えたら、彼女よく会合を抜け出してますのや。もう吉見
くらいのベテランになったら、同業他社との会合に代理で出ることも多い
んです。そんなとき、彼女、必ず抜けてるみたいなんです。
子供も三人いますし、夫婦仲はええんですが、なにぶん舅姑とは、
ものすごく仲が悪い。だから、子供は預けられんので、そういう会合を
抜け出したときに逢ってるみたいなんですわ。」


「判りました。でもそれは、まずはご夫婦の問題ではありませんか?」

「いや、そーなんですが、それ以来ずっと見ていると、吉見の服装や
持ち物が日に日に派手になっていくんです。
彼女は経理全般を見ているので、もしもなにかあったら、それはえらいこと
になります。それで、そうなる前にできれば辞めさせたいと思いますが
なにぶん取引先のヒキできてますので、もしも違うかったら、それは
それでおおごとです。
彼女を納得させるためにも、一度きちんと調べておきたいと思っているんです。」


・・・・・ふーん。まあ、納得できない理由ではありません。



そして調査当日。

太郎氏は刻々と情報を入れてくれます。
「吉見は今日行きます」・・・判ってます。だから今日なんでしょ?
「吉見は今、会社です」・・・判ってますよ。会合は午後からで今は午前10時
なんですから・・

「吉見はスカートです」・・・はいはい。
「それでは私は別の会合に行きます。吉見の車は玄関です」・・はい。判ってます。
確認してます。

「吉見は絶対車ですから、車は見失わないでください。」・・・はい。

正直煩いです。でも、いただく情報の何が役立つかは、やってみないと判らないことも
多いので無下には出来ません。


そして一時間、二時間・・
お昼をすぎても吉見は出てきません。
いくらなんでも遅すぎると思っていると、太郎氏から連絡が入りました。

「吉見は会合に行ってます。」
「は?・・車はありますよ。」
「ええ。今日は車では出なかったようですわ。男に迎えに来てもらったかも
しれません。」

「でも、玄関からは誰も出ていませんよ。」写真はないのですが、当然
出入り口はマークしています。

「いや、それが友達と一緒に、別棟の出入り口から出たらしいんですわ。」
「別棟って・・そんなことはお聞きしてませんでしたけど。」
「ええ。絶対そんなことはないと思って言いませんでした。」
「・・・あらら・・・・」

 
太郎氏はこのまま、会合場所で捕まえてくれと言います。
しかし、会合場所はとても大きなホールで、その会自体何百人という参加者が
いるのです。

「福崎さん、今日はもう無理だと思います。来週も次の会合があると伺って
いるので今日は中止にして、その日に変えませんか?」

「い、いやいや。やってください。絶対行ってるんですわ。」

「でも、こちらもこの状況で必ず吉見さんを確認できるとは思えません。
不確かなことを続けるより、仕切りなおししたほうがよいと思いますが。」
もちろん私は、太郎氏のためにこちらの選択をお薦めしたほうがいいと
思っています。

「いや、今日でなければいかんのです。このまましてください。」

「でも、確認できないこともある。いやその確率が高いのですけど、それは
ご承知していただけるのですか?ご契約のお時間を無駄に使い果たすと
いうことになりかねませんよ。」
私の念押しに、太郎氏は珍しくはっきりと
「はい。それでもいいです。」



結局、吉見さんは確認できませんでした。
会合が終わって、会社に帰り着くところは確認できましたが、それも
徒歩で一人で帰ってきました。


「いやあ、Aさんの言うとおりにしとけばよかった。」
「写真もないから無理って言いましたでしょ。」
「ホントです。自分の車で出ないとは思わんかった。帰りに一人とは・・。
いや、餅は餅屋ですな。」
淋しげに笑う太郎氏の横顔は、哀愁に満ちています。

もしかしたら、吉見さんは太郎氏の恋人であったかもしれません。
この決断のなさが太郎氏の欠点でしょうが、自分の判断間違いを誰かの
せいにしないだけ、まだ「マシな人種」といえるかもしれません。

背中を丸めて事務所を出る太郎氏の背中に夕陽が赤く差し込めて、その
シルエットをちょっと魅力的にしていると感じたのは私だけ
かもしれませんが・・(苦笑)

by sala729 | 2013-03-12 14:43

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