できない時は、ほんとにできないもので、こんなに長くブログの間隔を開けたのは、初めてのことで、書きたい、書きたい病で心の中はあせりまくり・・状態ですね(笑)

さて、世の中にはいろいろな人がいる・・というのは、語り尽くされている言葉ですが、こんな仕事をしていると、日本語の真実というか、的をえているなと、しみじみ感じさせられることがままあります。
下世話で、恐縮ですが「色恋は灰の中まで」という、歌舞伎中によく使われる科白がありますが、ほんとだな・・と、納得させられる相談に出会いました。

もともとの相談は、先日夫の母が94才で亡くなった。ついては夫の4人兄弟で遺産を分けるのだが、3番目の弟の行方が20年前からわからず、相続手続きがとれないというものでした。
こういう相談自体はよくあることで、弟さんを捜し出すのは難しいことではありません。
しかし、本当に難しいのは、見つけてからで、何年も行方がわからないということは、残された兄弟と、本人の間にはなにか軋轢があったからで、その兄弟が突然、遺産(その多寡はともかく)
を前に対峙して、穏やかに話し合えるはずがないのです。
親もみていないのに同じだけの財産なんてやれるか!と、兄は叫び、どうせろくな世話もしてないくせに、俺は納得できないから判子なんて押さないぞ!と、弟は返す。そういう、亡くなられた方が見たら、胸の潰れるような言い争いがえんえんと続くことも、珍しくはありません。

高田さん(67才・仮名)は、長男の嫁として、葬儀から法事まで取り仕切ってきました。
ふたりの妹にはすでに、姑の遺産として、それそ゛れ幾許かのお金を渡していますが、預金の解約ができません。銀行に掛け合っても、取り合ってくれないどころか、泥棒あつかいです。
憤慨して、その悔しさを吐き出すように、話つづけます。
そして、とうとう、亡くなったお姑さんのことまで、あけすけに話をし始めました。
姑のてるさんは、4度結婚しています。
てるさんは、今でいうところの「セックス依存症」で、3日間、セックスがないと、興奮して錯乱状態に陥るというのです。・・・・・すみません。仕事はいりました。続きは、帰ってから~^^:

ながらくお待たせいたしました。月末はなんだかんだと、多忙を極め心ならずも・・失礼しました。
さて、てるさんの話を続けます。
この「セックス依存症」のてるさんの4番目の夫が癌で入院したのは、てるさんが81才の時です。夫はこの淫乱な妻の性癖を案じて、自分の叔父に留守番を頼みました。この叔父が当時88才。・・・・・しかし・・夫の配慮は見事に裏切られ、4日目の夜、どちらが迫ったかは謎ですが
てるさんと叔父は、肉体関係を結んでしまいました。
・・・・・・・・^^;
そして、数日を経てそれがばればれになると、つるさんは実家に帰され、「今後一切、当家とは
かかわりを待たず」との一筆を入れさされて離縁されました(とーぜんといえば、とーぜんかもしれませんが・・)
しかし、数日後またまた、てるさん、やってくれました・・^^

今度は・・実の兄。認知症(痴呆症)の実の兄と・・・・やっちゃったんですね・・。

こうなると、もうさすがに息子といえど、どうにも手の施しようがありません。とうとう、半強制的に
老人施設に入院させられてしまいました。
ここで、穏やかな余生・・だったかどうかは、実はよく判らないのです。というのも、そんな具合の母親ですから、子供も孫も誰も寄り付かない。
それでも長男の嫁として、高田さんだけは、入院費の支払い。介護保険の申請と、手を尽くしてきましたが、そのてるさんがとうとう亡くなりました。

そして・・前述の事態に陥ったのです。
心情的には、高田さんにすべてあげたいと思っても、日本国の法律では長男の嫁にはなんの権利も与えられません。そして、先に贈与を受けた妹たちも、いざ臨終となると駆けつけ、手をにぎり「お母さん。お母さん」と呼び続けます。
生前は「こんな母親なんていにいほうがいいわよ。恥知らず」と、罵った張本人が・・です。

行方不明の弟は、かつて極道の道に入っていたこともある、母親譲りの困り者。捜すのはなかなかのことです。もしも、弟が亡くなっていたら、今度はその子供を捜さねばなりません。。

本当に、遺産相続というものは、罪作りです。
高田さんご夫婦は今、とても迷っていらっしゃいます。わずかな遺産をまた分けあうために、弟を捜すべきなのか、このままほっておいて、国庫に寄付するか・・。
国庫に・・という案には妹二人が大反対しています。しかし、弟の所在調査にはお金がかかります。もちろん、それは高田さんの負担です。腕のいい大工さんだという高田さんのご主人は、
「もう捜さんでいい」と、言っています。
しかし、それではあとて妹たちからどんなに言われるか・・と思ったら、黙って夫に従えない高田さんでした。。

遺言状って、ほんとに必要ですよ。
しみじみ思います。・・・・・ちなみに、私は毎年1月2日、書初めの代わりに遺言状を書いています。なにがあるわけではありませんが、これを私は、毎年の行事としています。^^
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by sala729 | 2005-04-28 11:42

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