篠つく雨が今朝も街を濡らしています。
これで三週続けて「週末の雨」です。時節柄とはいえ、この季節、どうしても好きには なれないようです。 田植えの終わった水田の、爽やかな緑の苗を、美しいと思う感慨と、この空の鬱々とした 暗さは、背中合わせとはいえ、ひっくるめて愛でるような、そんな懐の深さは、私には まだまだ・・ですね。 そういえば、二ヶ月ほど前から、調査を進めていた、沖永さん(56才)の件が、やっと 終了いたしました。 沖永さんは、婚暦なしの男性です。もちろん、同棲経験も、婚約経験もありません。 日本海に面した、地方都市のさらに奥まった処で、90才になろうかという母と、二人 暮らしをしていました。 50年以上の歳月を、未亡人として暮らした気丈な母とはいえ、この齢になると、 やはり相応の衰えは、隠すことができません。 そんな母を、嫁いだ妹と相談の上、近くの老人ホームに、入所させると、沖永さんの 一日は、急にぽっかりと空洞のようになってしまいました。 というのも、母の介護のために、沖永さんは三年前に、勤め先をやめていました。 もともと、定職というほどの仕事に、長く就いた事はありません。 日雇い仕事や、パチンコ店の店員、新聞配達、賄いの下働き、どこも、転々とした人生 でした。 でも、どこでも、真面目に仕事をしてきたとは思っています。 これでも、若い頃、一度だけ、恋愛したことはありますと、沖永さんは恥ずかしげに 告白します。 でも、その女は、当時の彼のありったけの預貯金を持ったまま、行方をくらませたそう です。 もちろん、警察には届けました。 しかし、正直者の沖永さんは、警察で、その女と結婚の意志があり、女にお金の出入り 任せていたと、ありのままに語りました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・当然、警察は 男と女の話として、取り合ってはくれませんでした。 そして、母との二人暮らしが、どっぷりと続き、相棒の母親が、施設に入ったとき 彼の時間の大部分が、空白になったのです。 彼は、初めてその番号を押してみました。 ぞんざいな男の声でした。応対してくれた相手の言うことを、頷きながら聞いて、その指示の とおりに、隣の町の小さなホテルで、女を待ちました。 こうして初めて、彼に呼ばれた女が、マリアです。 マリアは30才と言いました。父親が病気で借金がある。だからこんな仕事していると 誰が聞いても、笑い出すようなありきたりの作り話をしました。 でも、沖永さんは、それを信じてしまったのです。 マリアは、ホテトル嬢として三箇所に登録していると言います。しかも、こんな仕事を 30にもなってやっているのは、自分くらいだと自嘲気味に話したそうです。 それも、これも、父の借金が終わるまで・・・ こんな話、今どき誰が信じる?・・・と、思われるでしょ? でも、信じちゃうのですね。告白のシチェーションが上手いのか、想像もつかないくらい 演技力が抜群なのか・・・。 お金の貸し借りはありません。 父の借金はいくらだと聞いたときも、数字は言わなかったそうです。 でも、それが沖永さんの琴線に、かえって響いちゃったのですね。 沖永さんは、三日にあげずマリアを指名しました。 マリアの受け持ち範囲という県内のあちこちに、移動してまで彼女を指名し続けました。 そして、ある日 マリアにプロポーズしたそうです。 すると、マリアは「こんな仕事してるうちに、そんな話はしないで。卒業したら、考えたい。 それまで待って。」と、応えました。 そうかもしれないと、思った沖永さんはそのまま引き下がりましたが、ここではたと 思ったことは、自分はマリアの何も知らない。 もしも、マリアが明日から居なくなったら、自分は今後どうしてマリアに会う手段を 考えればいいんだ??・・と。 マリアにそのことを告げると、彼女は「それも、待って。卒業したら、全部受け入れて。」 そして、沖永さんは、私たちに相談に来たのです。 マリアの言い分は、尊重したい。でも、現実にマリアが、店に出なくなったら、自分との 縁はこれで切れてしまう。 本人が、言ってくれればそれでいいし、もしものために名前や住所を知っておきたいと。 この話には、初めから「嘘」が交錯しています。 でも、今、沖永さんにそれを言っても、信じないでしょうし、かえって反対の方向に 進みそうな気がします。 そこで 「お調べできますが、こういうお仕事の女性の場合、夫がいるということも、想定して おかなければなりません。そのときは、あきらめられますか?」と、お聞きすると 沖永さんは、とても明るい笑顔で 「そりゃあ、そのときはやめますよ。ま、そんなことはないですけどね。」と、笑い返し ました。 56才にしてこの、無垢、純朴、能天気・・・ これは、もう天然記念物としか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 思ったとおり・・というか、当然というか、マリアには夫がいました。 子供も二人います。 年齢は38才。まさしく、絵に描いたような「風俗嬢の作りごと」でした。 報告すると、沖永さんの表情はみるみる曇ります。 思ってもみなかったのでしょうね。 しばらく、報告書に見入って、顔をあげると、思いつめたような顔で 「夫がいて、こんな商売してるということは、夫が仕事せんとか、博打やるとかですよね。」 きた・・・ こういう調査の殆どは、今回のような結果に終わることが多いです。 そしてそのとき、依頼者の多くは、いまの沖永さんのようなことを言います。 でも、だからなに?とは、いえないのです。 もしも、マリアの夫が、大酒のみで博打もやって、女遊びしていたとしても、 それでも、マリアは自分の意志でこの仕事をしているのです。 子供のためかもしれません。 もっと、辛い複雑な事情があるのかもしれません。 でも・・でも、 沖永さんに、どんなことであれすべてひっくるめて、受け止める度量があるとは 失礼ながら、とても思えないのです。 私も、かつては、そんな依頼者さんに、同調して、騙した女を軽蔑したこともありますが 今は少し変わってきています。 彼女も仕事なのです。 女性として、けっして好き好んでやっているわけでもないでしょう。 小学生の子供もいるのです。 だったら、そっとしておいてあげませんか? 本当に彼女のことを、愛しているなら、そっとして今までどおり(週三回は多すぎると おもいますけどね。笑) 彼女の「いいお客さん」でいてあげませんか? こんな仕事していて、辛いこともあるでしょう。悔しいこともあるでしょう。 そのとき、黙って、話を聞いてあげる「いいお客さん」でいませんか? ほんとうに、彼女のこと愛しているのなら・・・・ 胸が・・痛いです。 こういう人生もあるのですね。 一生懸命お母さん介護して・・そのあげくが・・ そうですね。失礼な言い方ですが、彩のない人生と、言われる
かもしれません。 でも、彼の最後の男気を、彼女のことそっとしておく・・という ことで見せてはくれないでしょうか? 誰にも知られなくても、報われなくても、彼女のこと 愛してたというその思いだけで、これから生きていって ほしいと願う私は、過酷なことを強いているのでしょうか?
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