木島佳苗さんの死刑が現実のものとなりそうです。
つい先だって、週間新潮でしたか、木島佳苗さんの直筆の手紙が公開されていましたが
その字の美しさに、惚れ惚れと見とれてしまうほどでした。
そして、ことば遣いの美しさがそれに輪をかけています。
時に、慇懃すぎるけらいはありますが、この調子のお手紙をもらったら、ちょっと自分に自信のある
ハイソ意識の高いおじ様族なら、ついくらくら・・・というのも判ります。
それぼと魅力的で、美しい字姿でした。

もちろん、だからといって、わたくしは木島さんを養護したり、崇拝したりしているわけでは
ありませんよ。
彼女は稀代の悪女であることは間違いないと思います。
でも、いままでの犯歴ある悪女というくくりの中には、納めきれない「うそ臭いけど上品な
嫌いなキャラなんだけど確実に美しい実際の筆蹟」という二面性を、いつも
ちらつかせて、それを男を引き寄せる燐粉のような魅力にしているという現実を否定できないのです。

「裁判になって、いい人になった」と言われたら、それはそれで被害者家族はいやだろうなと家人は
言いますが、なにがいやなのでしょう?
仮に、加害者が刑務所内で心から反省し、聖人君子に近い人間になったとして、それを被害者が
なぜ受け止めなければならないのでしょう?

罪を憎んで人を憎まずという言葉は、誰のためにあるのでしょう。

わたくしは、たとえ犯罪者が、聖人に生まれ変わったとしても、わたくしが許せなかったら、
わたくしの中では犯罪者のままです。
たとえ、それを周りの全てが、非難しても、わたくしの善悪はわたくしのものです。
誰から言われたり、見せられたり、ましてや周りの言葉で変わるものではないのです。

だから、いやでもなんでもありません。
周囲の評価など、自分の尺度の前には何ほどのことでもないのですから・・・

こんなわたくしが、長生きしたら、どんなおババになるか、そら怖ろしい限りですが
人間は自分の思うようにも、人の思うようにも、生きられませんから、そのときは
悪しからず・・・と、言っておくしかありませんね。

そんなわたくしに巻き込まれた人たちは、なかなかに楽しい時間だったねと、
思っていただくしかありません。
春の宵は、ただたゆたゆと流れていく波のようです・・・
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# by sala729 | 2017-04-17 15:25 | Comments(0)

最近になって、家人の母の健康状態に黄色ランプがともし始めてきました。
それなりの年齢ですから仕方のないことではあるのですが、なにしろここから佐賀県というのは
交通アクセスの不便なこと・・どっちもマイナー県ゆえの仕打ちなんでしょうけどね。(笑)

家人はああ見えても(どう見えるのかしら?)案外親孝行です。
なんやかやと言いながら、大阪の叔母(母の妹)と相談する日々が続いています。

わたくしたちは、パートナーですが、原則、お互いのお身内には立ち入らないことにしておりますので、
わたくしは家人から相談されたときだけ、答えています。


わたくしの口癖は「あなたが先に死んだらどうして欲しいか文書で残しておいてね。それがあれば
どんな非難があろうと、うしろ指さされようと、あなたの願ったとおりにしてあげる。」といってます。
「そうやね。誤解には慣れてるもんね~」と、否定やら肯定やら判らない返しをしていますが
わたくしの真意をまっとうに信じてくれるのは、この家人だけだと思っています。


わたくしは自分の処し方を常々言葉にし、文書に認めておりますので、子供らがこの通りに
しないというならそれは彼らの責任でわたくしの関与するところではありません。
もしも、認知症や意識障害で自らの意思を伝えられなくなったとしても、正気のうちに書き残した
ものをわたくしの意志として欲しいということは残しております。

前夫が亡くなってから、わたくしは以後一切の健康診断というものを受けておりません。
もう子供も一人前になりましたし、両親は亡くなりましたから、わたくしの責任で処すべきことは
すべてなくなりました。
病気になっても、怪我をしても高度な治療はするなと言っております。
そんなことに、高額な医療費払うくらいなら、みんなで分けろ・・と(笑)

いやホントにそう思っていますよ。
わたくしは孤独死こそ本望。そうありたいとさえ願っています。
願わくばお風呂での自然死なんてことがあれば至福と思います。
若い頃は、ふやけた裸体はちょっとと思ったこともありますが、本人は死んでしまったんですもの、
なにもわかりはしません。

最初のころは「極端な」と言っていた家人も、今では諦めています。彼はわたくしの死後はすべて
息子が仕切るからオレは関係ないよ~と、逃げ腰ですが、それも結構。

この年まで好きに生きて、今になって急に物分りのよいばあさまになるつもりはさらさらありません。
わたくしが自分の親にしてきたことを考えると、親孝行を子供にしてくれなんて、言えるはずがありません。

ただねがわくば、自分の生き死には自分でプロデュースしたいと思うばかりです。
しかし、これもあくまで希みの話。
人はそう自分の思い通りには死ねません。

ただそうありたいと願い、病を得たらなるべく自然に、あるがままに死を受け入れられる自分で
ありたいなと思うばかりです。

今が自由な自分であることが、なにより幸せです。
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# by sala729 | 2017-04-13 15:54 | Comments(0)

わたくしの住む町の紀伊国屋さんが、5月末で閉店すると、娘が知らせてくれました。
HPなどを見ると、確かに告知されています。

このブログでもたびたびお伝えしていますが、わたくしの仕事を続けるモチベーションのひとつに
「自由に本が買える」程度の収入を得たいというのが、あります。
これはわたくしの中ではかなり大きな位置を占有しておりまして、少女の頃は母に「いいかげんに
本やめてご飯たべなさい」と叱られ、大人になってからは一人ランチに本は手放せないものに
なっておりました。

もともとは地元の大手本屋さんで買っていたのですが、10冊以上になるとビニールの袋では
持ち手がびろーんと伸びきってなんとも不細工であり、持ちづらい。
それでもそこの店員さんは、ただ事務的にその行為を繰り返すだけでした。
そんなとき・・10年前です。
地元商店街再開発の目玉として、紀伊国屋さんがわが町にやってきたのは・・

もちろん新宿の本店にも何度も行っておりましたから、よーく知っております。

広いフロアでしかも、店員さんの対応が気持ちがいい。そして当時は珍しかった買った本を
宅配してくれるシステムがあるというのです。
いまでこそ、地元本屋でもやっておりますが、当時はそんなこと一言も聞いたことはありません
でした。

月に2~3回。ここで目に付く手当たり次第に本をカートに入れることはわたくしの最上級の楽しみ
でした。
自慢するわけではありませんが・・いやちょっとは自慢かもしれませんが・・
この紀伊国屋さんで、個人の総売り上げ数でいけばベスト30くらいには入っているのでは・・と
思っております(笑)

うちのチビの絵本や図鑑や百科事典、国語辞典も買いました。
カレンダーも日記も、漢検の申し込みもここでしました。
そして毎回購入する10冊前後の本をそのたび宅配で送ってもらいました。
初めてのとき、本の隙間に英字新聞をくしゃくしゃくにして嵌めてあるのを見て、なんてオシャレ!
と、思ったことでしょう。

そのうち何人かの店員さんとも親しく言葉を交わすようにもなりました。
もう毎回宅配の宛名を自分で書かなくても、ちゃんと用意してくださるようにもなりました。
本当に、至れりのサービスを受けていたと思います。

もちろんなんのトラブルもない・・・なんてことはありませんでしたが、その応対も含めてねわたくしは
この紀伊国屋さんが大好きでした。

でも、こういう日がくるのです。
人にも物にも、終わりは来るのです。こうして見送る自分もいつかは見送られる側になるのです。

ここがなくなったら、もうわたくしは本を買うのはやめる・・・なんてはずはありません。
本は買います。これはわたくしの生きる糧です。
食べ物以外でのエネルギーの基です。
なくしては生きてはいけません。


ここには地元大手の宮脇書店、くまざわ書店、ジュンク堂と名だたる本屋さんが揃っています。
でも・・・
でも・・・・・
新しい本屋の平積み台に向かって、新刊と最新刊と、わたくしの好きな作家さんと・・・などなどと
考えていると、その配置に慣れるまでの時間が面倒なのです。

この年になると新しいことになれるのに時間がかかります。
新しい習慣はなかなか身につかないのです。

それでも、生きている以上、変化する環境に慣れていかなくては、生きてはいけません。


ここにこうして、じみーなブログで自分の思いを綴っても、紀伊国屋さんの誰一人に届く
ことはないでしょうが、それでも言っておきたい。

  長い間わたくしを楽しませてくださってありがとうございました。

もちろん、閉店まではまだ間がありますから行きますよ。たぶんぎりぎりまで・・・
ポイントは・・・使うかな?(←案外ケチ)
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# by sala729 | 2017-04-08 17:26 | Comments(0)

さて、続きますが、大抵の大人なら、この時点で(幼稚園児に右よりばんばんの教育している)で、
相手に対して不信感や、疑惑、危険信号を感じるものです。もう50年以上も生きてきたのならば・・
それがなにも感じず、主人のことよく言われて嬉しかったなんていうのは・・失礼を万万承知で言いますが
わたくしらの間では「おバカ」または「空気読めないちゃん」と、囁かれます。

彼女はわたくしらと違って、裕福な家に生まれ名家に嫁ぎ、生まれながらに「忖度」される環境にあったので
人が忖度とるということを知らずに生きてきたのかとも思います。
忖度はする側だけが気遣うもので、されるほうはそうは思わないものです。
至極当たり前のことなのて゛「ノーガード」でいたということなのでしょうか?

そんな妻を必死で庇う安倍首相は、いい夫???
でも、それはあまりに公私混同ですよね?
これまた、不敬ながら、公務をお選びあそばしてなかなかおでましにならない雅子妃をおかばいになる
皇太子様みたいじゃありませんか?
お二人とも、「並のご夫婦」ではありません。重い公務を背負った方々です。
皇太子様はともかく、安倍さんは自らが望んで得た地位ではありませんか。その地位をまっとうするためには
自らの「私」よりも、もっと優先させねばならぬことがあるのは、ご承知の上ではないのですか?

そしてそれを論うなら、昭恵夫人のお姑に当たる首相のお母様のお怒りはいかばかりかと、下世話な
想像をもしてしまうのです。
家や血筋で繋がった上流階級のご結婚が、どういうものであるかは、小説やドキュメント、テレビや映画
にもよくありますが、あの通りであるなら、お姑さまはまさに嫁を「八つ裂きにしたい」とお思いではないかと。
そしてそのお気持ちが、ちよっと同情できる気がするのは、わたくしにも息子がおり(未婚ですが)
わたくしも一度は嫁と呼ばれた時期があるからなのでしょうか。

それにしても、民主党の福山議員が「偽証罪が行使されるかもしれない場に出てきた
籠池さんの言動をどう重く受け止めるのか?今の状況は、土俵の上に堂々と上がってきた力士に、
土俵の外から、やいやいと罵声をあびせてるのと同じですよ」とおっしゃっていましたが、まさに
その通りだとわたくしも思いますね。

思い返せば鳩山氏を筆頭に、一人として信頼できる議員の居ない「党」だなとは思っておりましたが、福山
議員の今朝の発言をお聞きして、この考えは少し改めるべきかなとは反省いたしました。
一人はいました。確実に。

ともあれ、これで幕引きしたい自民党と、これを幕開けにしたい与党。
喧嘩のやり方は、どうも野党には期待できないのですが、火種とはいえ、私人の籠池さんが堂々と
長丁場を質疑しとおしたのです。

相手方である、昭恵夫人がこれに応じないというのは、あまりに片手落ちではないですか?
今、昭恵夫人が公人か私人かと問われていますが、そんなことはどうでもよろしい。
彼女が私人なら同じ私人として、もしや公人ならなおさらのこと、反対の立場の人間として
証人喚問に出席するべきではありませんか。

安倍首相も奥様に代わって発言なさるのも結構ですが、妻といえど一人の人間です。
彼女がどう考え、なにを言いたいのか彼女自身の口からお話させるべきです。
あなたが本気で「女性の地位向上」をお考えになっているなら、是非そうすべきです。

あなたが奥様を、公の場に出さないのは「とんでもないこと言われたら困る」なんて小さなこと考えて
いらっしゃるせいではない・・・と、わたくしは日本国国民の一人として信じたいと思っています。

ぜひぜひ、フェアな闘いを国民に、そして日本の子供たちに見せてください。
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# by sala729 | 2017-03-25 09:55 | Comments(0)

昨日は年に一度の業界の研修会翌日だったので、残念なことに「籠池」氏の国会証人喚問はタイムリーに
見ることができませんでした。
自宅に帰ってから、そのあとの外国人記者クラブでの応答は、あまりの面白さにご飯を作るのも忘れて
見入ってしまい、我が家の夕飯は「たこ焼き」と「蒸穴子巻寿司」で終わっちゃいました。

それでも文句言わない家人はたいしたものです(笑)
こんなとき数少ない彼の「いいところ」を見たなと・・あんまり思ってはいませんが、それでも、自由にさせて
くれるという点では、なかなかいない人物ではあると思います。


さて、件の籠池氏。
問題が発覚した当時は、ただただ右よりの金権主義の怪しいおっさん・・でしかなかったのですが、こうも日々
テレビで顔を晒され、週刊誌で隅をほじくられ、雑多なコメンテーターさんやらに好き放題いわているのを
見ると、なんだかちょっと違った見方をしたくなるのが・・・人情(いやいや、わたくしの習性というか・・)というものです。

確かに籠池さんは、怪しい、胡散臭い。何より年端もいかない子供たちに、尖閣だ、安保だと唱えさせる
姿勢には、納得しがたいものがありますが、でも、そんな彼の学園に出向いて、つらつらと「講演」しました
という安倍昭恵さんは、わたくしが籠池氏に抱いたような「うさんくささ」を感じなかったのでしょうか?

いくら自分の夫が賛辞されたことが嬉かっとしても、相手は幼稚園児ですよ。その子らが声を揃えて
「尖閣を取り戻してください。悪い中国や韓国と戦ってくれてありがとうございます」と言うのを聞いて
嬉しがるだけ?
普通の感覚なら、むしろこれはまずい。これは夫にとっても、まずい状況だとは思いませんか?
大人なら、褒められるにも褒められ方があることくらい、誰でもしています。
それを涙がでるくらい嬉しかったって・・・そんなあなた・・単純なアホな・・と、絶句してしまうのはわたくし
だけでしょうか?

これだけのことが出ているのです。何もなかったはずはない。
なのに周りの与党の太鼓もち議員たちは、お殿様のばか奥方を守ろうと、必死こいてる・・(あら、
下品な表現でしつれ)
・・・・・・続は明日に。
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# by sala729 | 2017-03-24 15:43 | Comments(0)

ひさびさに読み返して見ると、なんとまぁ・・書きっぱなしの切れっぱなしなお話が中途半端で
ぶら下がっておりました(笑)

いやいや、笑い事ではないのですが・・

わたくしが「相談員ブログ」を始めてからもう何年がたったでしょう。10年か15年か、もう判らなくなり
ました。いやいやこれは、年のせいでも、もう予兆のある認知症のせいでもありませんよ。
ほんとうに、はっきりとしないぐらい、昔、昔のことなのです。

当時のわたくしは某大手調査会社の相談員で、「日本一のサラリーマン」になるために、日夜奮闘
しておりました。
これまた、大法螺でも誇張でもなく、本当に目指していたのです。

その仕事の一環であり、日々の防備録代わりと思って始めたブログが、細々と延々と続き今日に至った
わけです。

その間にはいろいろありました。
個性的などという言葉が逃げたすほどぶっ飛んだ依頼者さんや、オカルトチックな出来事や、こんな
わたくしでも泣きたいほどの出来事もありました。

プライベートでも息子はなんとか就職し、娘は結婚していまや二児の母です。
変わらないのはわたくしと家人との関係ぐらいのもんで・・・あ、いまや
公私の相棒となっていますので、これも変わりましたね。そしてわたくしはサラリーマンをやめました。

ブログを初めてからの年月でこれだけのことがあったのです。
わたくしの長いながーい年月には、本当に様々なことがありました。
でも、これはわたくしだけのことではなくて、人が一人生きて死んでいくというのは、そういうことだと
思います。

人に語る長い長い物語がどなたにもあるのです。
わたくしのような、おしゃべりな女にも、寡黙な渋い男を演じているあなたにも・・

このブログはいつしかわたくしのおしゃべりの相手をしてくれるようになりました。
仕事のこと以外では、その時の気持ちや、出来事をただ黙って受け止めてくれる「無二の親友」であり
仕事における「戦友」でもあるのです。

誰が見ていなくても、同感してくれなくても、こうしてわたくしはわたくしの「居場所」を造ってくれるブログに
改めて感謝しながら、これからもここに「鬼ババの戯言」を書き綴っていくと思います。
それでは今日はこのへんで・・・
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# by sala729 | 2017-03-07 14:02 | Comments(0)

なんと、読み返せば今はもう9月も終わろうとしているではありませんか。
この夏はいろいろとありました。
第一の出来事は、娘に二人目が生まれました。妊娠中はなんやかやとあり
ましたが、おかげさまで母子ともに元気ですごしております。

そんな中で、今朝のわたくしと家人の会話・・・

家 「これからは、なでも作業ロボットが代わりにやってくれるって時代に
   なりそうだね。AIと、それを作動させる人、プログラムを組む人が
   一番って時代になるよね。」

私 「・・それって怖ろしいことじゃない?」

家 「なんで?」

私 「だって考えてみて。AIがなんでもやってくれて、それを動かす人と
   プログラム組む人だけで済む世の中なら、その他の人はどうするの?
   例えば高度な医療システムが作られても、それを利用できるのは、ほんの
   一握りよね。だって、他の人たちはお金がないんだもの。仕事がなくて
   お金がないんだから、どんな高度なシステムが作られても、使えないわよね。」

家 「今だって、高度医療はそんなもんでしょ。」

私 「でも、さらにそれが増加するわよね。だって普通の人はみんな仕事ない
   んだもの。それって、偏った社会よね。政府だって、いまこういう最先端
  科学にいろいろ補助金とか出しているけど、それって間違っていると思う。」

家 「でも、補助金なしには研究はできないよ。」

私 「それが将来の社会を歪ませ、最終的に滅ぼすものでも?
   こういう最先端の仕事に携わる人は確かに偉い。社会に恩恵ももたらすでしょう。
   でも、その恩恵を蒙る人がいなければ、いくら発明しても意味がないんじゃない?

   そして、その補助金は、その他の大勢の人たちの税金でしょ?。みんなの仕事が
   なくなればその税金も入ってこないのよ。
   多くの人たちが働いて、納税してこその補助金なのよ。」

家 「そうだけど、じゃどうするのよ?」

私 「いま先端技術に降ろしている補助金の何割かを、普通に働いている人たちに
   分け与えるの。例えば介護職の人たちや保育士さんたちの最低賃金の補助とか
   ロボットでもできるけど、高齢者の体力保存と生きがいのための労働確保の
   ための準備金に使うとかするわけよ。」

家 「でも先端技術はお金がかかるから、そんなことして予算削ったら、日本の
   技術は世界に置いていかれるよ。」
私 「いいじゃないの。」

家 「へ?」

私 「いいじゃん。今や世界はひとつ。日本で作ろうがアメリカで作ろうが、ドイツ
   でつくろうが翌日には全世界に広がるんだから、別に一番を競う必要なんて
   ない。それは他国に任せて、日本は国内の、納税者の育成と、全人口的
   労働環境の確保と育成に身を入れるべきでは?
   先進技術は後から使わせてもらえばいい。もともと天才なんて、どんな
   環境でも人が驚くようなことを成し遂げるのが天才なんだから、乳母日傘の
   天才なんて聞いたことがない。」

家 「そりゃそうかもしれないけど・・。今は確かに二極化が進んでいるとは
   思うよ。」
私 「二極化が一概に悪いとは思わないのよ。だいたい平均って言葉が今は間違って
   いるよね。なんでもかんでもいっしょくたにしてポンとわって平均値をだす。
   じゃなくて、足らずにはハンデをあげて、足りすぎには差し引いて、条件を
   同じにして競うのが本当の平均。中庸ってやつよね。
   小学校の徒競走がこれをだめにしたわよね。」

話はまだまだ続くのですが、この話は明日もまた続くので、今日はこれで一旦終わり
ます。ではでは~
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# by sala729 | 2016-09-26 16:33 | Comments(0)

日曜日に参院選が終わって、わたくしも「池上ライブ」を興味深く視聴
いたしました。
さすがに、池上氏は大人です。辛口で切り込んでいても、引き際を弁えて
いらっしゃる。
もう一歩踏み込んだら、相手陣営が怒り出すかという瀬戸際で、さっとひいて
何事もなかったかのようなポーカーフェイスで番組を進行しているように見えました。
一社会人としては、処世の術として拝聴すべきと思いました。

ただ、惜しむらくは、毎度の番組なので、聴かれるほうもあらかた心の準備が
あるようで、最初の頃のようなドキドキ感が薄れているのは事実です。こういう
番組の性でしょうか・・


そして、国政の宴は終わり、待ってましたとばかり自民党都連の担ぎだしたのは
やっぱり増田氏。
個人的には氏に恨みも辛みも、何もありませんが、参院選の自民党大勝利を背景に
と、誰もが思ったその通りの出馬表明。
絶対安全な道でないと通らないというのか、石橋を叩きまくりというのか・・
失礼ながら、やっぱり「お役人体質」だなぁなどと、百鬼のおババ(いつの間にか
妖怪になっていたようです。。)は、思ってしまったのです。


男らしくないよなぁ・・などと言ったら、男女差別云々の諸氏に糾弾されるでしょうか?
風車のお百合だとか、政界渡り鳥とか、陰口を叩かれながら、しかも後だしジャンケン
有利と囁かれている時期に、そしてなお都連の反発覚悟で、出馬表明した小池百合子氏
のほうに肩入れしたくなるのは、わたくしがへそ曲りのせいでしょうか?

そして、ドンキホーテのように、出馬しょうかな表明した石田純一氏の方が、
純粋に見えるのは、錯覚でしょうか?


残念ながらわたくしには都知事選に入れる票がありませんが、もしあったら
わたくしは今回の選挙、とても楽しい思いで、自分の思い人に一票投じれるのにと
残念でなりません。

こんな混迷の時代にあって、いつまでも都連だとか、柵だとか、前例だとか言っている
古い体質に、いつまで振り回されているのか。
古くは、全共闘時代から、この社会を変えていくのは、自分達だという強烈な
意志を抱いていたのは、やはりわたくしの上の世代ではないかと思うのです。
その多くが、年齢とともに、社会の第一線から身を引いていってはいるものの
まだ現役の方達の働きっぷりは、そこいらの若者ニートや、軟弱デモ隊とは
その力強さが違うような気がします。


そんな折も折
新聞に年金掛年数を10年にしょうなんて文字が躍っていました。
厚生年金は将来受け取れないから、払わないという若者世代に、掛け易く
するためのアイデア策ですと?

ふざけるなっ!!(・・失礼、つい激昂のあまり・・)
そもそも、昭和30何年だかに(識者でないので正確な年代はウロ覚え
なので明記しません)国民皆保険制度とかなんとかで、みんな年金掛ける
ようになりました。

わたくし達の父母の世代もその時からです。
でも、そうすると掛年月が足りないので、特例として生年で、掛年期間を
10年とか15年に短縮しましたよね?

それでどうなりました?
年金受給資格を得た贋老人たちは、たいした病気でもないのに、退職後の
散歩感覚で病院に集結し、わたくしたち労働者が仕事の合間を縫って
受診しょうにも、早朝から終結した贋老人の数に押され、受診もままならず。

その頃ですよ。
病院の待合での会話「あら、○○さん最近見ないわね。」
「ええ。なんだか体の具合が悪いみたいよ。」なんて小咄が世に溢れ
戦前戦後を生き抜いた、頑強な老人たちは手厚すぎる医療と、年金で
世界有数の長寿国になり・・・・

さて、やっと我々の時代に・・と、思ったら、年金破綻で、下の世代からは
私たちの子が、あなた方の年金を作るんだから大事にしなさいよなんて
謂れのないことを押し付けられ、そしてもっと下をみたら、掛年を10年
ですって。

為政者たちよ!!各世代、時代のゴマをするのもいい加減にせよと
本当に心から叫びたいです。
少子化、少子化とお題目のように唱え、子供手当てだとか、待機児童ゼロとか
子育て世代に媚、介護と老後問題で老齢世代に媚て、ただただ票集めのための
政策しか考えない、世の為政者たちよ。

あなた達が、自分の子供にまっとうな責任を持てない親や、自分を抑えられない
暴走老人を作ったのですぞ。
少子化と言われて久しいのですから、それならそれで「少子化に対応する政策」を
考えればいいではないでか?
子供を産んでもらうのではなく、産まれた子供を元気に健全に育てていく政策に
力を入れましょうよ。

年寄りはいつかは死にます。
永らえる生がよいか、決められた生を生きるのかを自分で決めさせてくださいな。
今の自分より、先の子供のために限られた資源や資金を使って欲しいと
切に願う老人たちだっているのですよ。
口先や小手先だけの、長寿願いはもうやめましょう。
どう生きるか。どう死ぬか。それを自分で極めてみたいヒトもいるのですよ。

・・・・・・・・・・もうすぐ誕生日を迎える、百鬼のおババのたわごとと
聞き流してくださっても結構。でも、わたくしは、本当に今日、心の底から
為政者たちは、わたくしたちをバカにしてるのだなあと怒りました。
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# by sala729 | 2016-07-12 14:55 | Comments(0)