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本日は「みんなの沖縄 3」に続き、4が始まります。(^^)
一夜明けると外は真っ青な晴天が広がっています。 相変わらず5時すぎに起き出す家人と一緒に朝風呂を楽しんで、一階ロビーに 出ると、「朝市」が開催されています。 海ぶどうやもずくはもちろん、豚の顔をそのままぺちゃんこにした燻製。かなり グロテスクですが、スパイシーな香辛料がまぶされていて、食べる毎に引き裂いて 使うのだそうです。 おみやげのインパクトは十分ですが、さてこれを嬉しがって受け取ってくれる 人は・・・と、思いを巡らしましたが、誰ひとり思い当たらず断念。 そばにスナックパインがゴロゴロと並んであります。 昨日、許田の道の駅で私の二個買いました。二個で300円。 どこでもいいからスパーンと切ったら、そこから手でもいで食べるのですが これが面白い。 しかも、濃厚に甘い。筋っぽい感じはあるのですが、こちらで食べる パイナップルにはない濃い甘さが口に広がります。 これが、一個150から200円なのですよ。大きさはハンドボールの ボールを一回り大きくしたくらいですね。 あと、島ラー油。これ昨日、「ちぬまん」で私も試してみました。 テーブル席に透明の油に唐辛子が10本ぐらい漬かっていて、辛いとは 判っていましたが、息子に薦められ沖縄そばのスープを蓮華にとって1.2滴 垂らしてみました。 あうっ!!!・・か、辛いなんてもんじゃない。 みんながいなければ、そこいら中、走り回りたい衝動に駆られるほどでした。 そして「島らっきょう」 これも昨日、食べてみました。 娘は「案外、いけるんじゃない。」と、言っていましたが、私は塩味が強すぎて 好みではありません。 カレーに添えるにしても、もう少し甘めのほうがいいかな。。。 部屋に帰ると、「なんで待っててくれなかったん。」と、ちびはおかんむり。 それを宥めて、すかして、朝ごはんに誘います。 今からお風呂に行くという息子に、朝ごはんのレストランで待ち合わせる ように言い置いて、四人で先に向かいます。 開放的で広いレストランのさらに窓辺の席で、ゆったりと朝ごはんです。 子供連れですから、もちろんバイキング形式を選んで、ちびは大張り切り。 小さめに焼かれたパンは、とても美味しくて、種類を沢山食べれるようにとの 配慮でしょうか。 オムレツはその場で焼いてくれますから、自分でトマトやチーズ、 ハムやオニオンとチョイスすれば自分好みの味です。 私は何種類かあるジュースの中で「シークワァーサー」のジュースが お気に入りです。濃縮タイプを買って帰ったくらいです(笑) ホテルの人たちが十分に目配りしているので、食べ物が零れたり、 テーブルクロスが汚れたりすることはありません。 みんなきびきびと動いて、いい気分になれます。 ファミリーが多いので、子供の扱いにも慣れているようで、昨日、フロントで 子供向けの「はいさいカード」(かく部署のホテル担当員に、はいさいと言って 手を合わせて、サインをもらう。6個集まれば、記念品)の、ための申し出も 忙しい中でも笑顔、笑顔・・・。 ゆっくり朝ごはんを終えて、部屋で着替えて海への準備です。 実は、朝、食事の前に四人でビーチまで散歩していましたから、どのくらい かかるかは判っていたのですが、フロントからビーチまで車の送迎もあると いうので行きはそれをお願いしました。 ホテルのビーチですからいろいろな遊具がすでに海に漂っています。 ビーチフロントに行くと、浜辺のビーチパラソルとその下のベッドは無料で 提供されます。 一番前の正面にゲット。。。 ちびは浮き輪を膨らませて、もう心はすでに海、海、うみ、うみ~~~ 息子は入念に日焼け止めクリームを腕や足に塗りたくって、準備万端。 その間に、食事前に予約を入れた今日のメインイベント、 パラセールの時間が迫ります。 「ホントに、Aちゃん行くの?」という不安気な娘にVサインを残して、 家人と私とちびは、パラセールの受付桟橋に行きました。 今回は私達の他にもう一組いて、その方たちのあとで飛びますという 説明をうけ、モーターボートに乗り込みます。 先の一組は、白人の若い女性と黒人のマッチョなサングラス男。 二人とも全身刺青です。 女性の水着は腰のあたりで紐状になっており、解けやしないかと、いらぬ 心配が駆け巡りました。 施設者は男女二人。二人とも40代と思われるのですが、健康的な小麦色の 肌に精悍な肢体がまばゆいばかりです。 男性もハンサムですし、女性は有森裕子さんに似た、健康美人です。 美人がモーターボートのハンドルを握り、どんどん沖合いに出て行くのです。 その間に、ハンサム氏がパラグライダーの乗り方、バーの握り方、降り方 などを説明してくれますが、沖合いに出るとかなりのスピードのせいか 前からザバザバと波が飛んできて、顔や体にかかります。 もちろんボートもかなり揺れ揺れです。 私の横に座ったちびは緊張からか、固まったまま軽口はもちろん、微動だに しません。 ただ、時折「大丈夫?」と聞くと、大きく頷くのでそれは安心ではあるのですが・・ 息子や娘たちのいるビーチは遥か彼方でもうどこやら判りません。 飛んだら写真撮ってねと頼んでいましたが、これでは無理でしょう。 一回目のパラシュートは開閉に失敗しました。 海に沈んだパラシュートをハンサム氏と美人さんが力の限り手繰り寄せて います。 「バーはこうやって手を伸ばして持ってください。風があると揺れることが ありますが、多少の揺れは大丈夫です。たまに落ちることがありますが、 救命具をつけてますから、浮きますので慌てないでください。 お子さんは間に座らせて、どちらかが肩を抱き寄せてあげていてください。」 よーく考えれば、かなり危険なことを、へーぜんとハンサム氏は言い放ち まず、外国人カップル。 男性はマッチョで刺青だらけなのですが、飛ぶ寸前にサングラスを外すと 二重まぶたの長いまつげがなんとも可愛らしい。 これじゃ、サングラスいるわ・・と、思ったものです。 女性のほうは、こちらが子連れなので、手で「お先に」と、譲ってく くださったのですが、そういうものではないので、お気持ちだけ 有難くいただきました。 人間の優しさに、国境はありません。。。 二人を乗せたベンチシートはあっと言う間に高々と空に浮かびます。 「ボク、緊張しているけど、大丈夫やね。」美人さんが話しかけてくれます。 「飛ぶ寸前まで、やだぁって泣き叫ぶ子もいますけど、飛んだら大丈夫ですよ。」 笑って言います。 私だって・・・そりゃあ緊張はしてますよ。 でも、この立場でそんなことは言えないし、微妙に笑うしかないでしょ。 外人カップルが手を振りながら降りてきて、いよいよ私達の番です。 向かって左に家人。そしてちび。右に私と三人並んで、ハンサム氏がバーを 嵌め込んでくれます。 パラセールは他でもやっているのですが、4歳児が乗れるのはここだけなのです。 ベンチシートで合計160キロ以内なら三人乗りもオーケーというので 決めたのです。 ふわり~最初の感覚はそんなものでした。 それが見る間にどんどんボートから離れて、ワイヤー一本で私達三人は ベンチシート毎、空に高く舞い上がりました。 それはすばらしい感覚です。 飛行機のように物体の中ではなく、剝き身のままで宙に浮くことの快感。 360度の景観がすべて私のものです。 真下の青い海も目前のボートの舳先も、点在する岩や島も、上も下も横も 斜めもどこからでも見ることの出来る自由。 空が近い。掴めるほど近い。そんな錯覚が、現実のように身に迫ります。 ちびも緊張が少し解けてきたようです。 「どう、空飛んでるよ。すごいね。」 「うん。」 「お友達で空飛んでる子なんて誰もいないよ。」 「そーだね。」 先ほどまでの無言のちびが答えています。 そして空を飛ぶと、娘たちのいるビーチがはるかかなたに見えます。 「ほら、あそこがママたちのいる浜辺だよ。」 「遠いね。」 「そうだね。ママたちから見えるかな。」 もう、大丈夫。会話も交わせます。 時折、すこし横にふわっと揺れるものの、乗り心地はすごくいいです。 ゆったり、振られたり、落とされたりするジェットコースターの何倍も 紳士的で素敵です。 10分間が長いのか短いのか判らないままに、飛行時間は終わりました。 ベンチシートから降りたとき、美人さんがちびに 「どう?。楽しかった?」と聞いて 「うん。」と、しっかり返事をしていたのがなんだか頼もしかったです。 私の勝手な思い込みかもしれませんが、できればお友達の誰よりも早く、 いろいろな経験をさせてやりたい。 自分が可能な限りの経験をさせてやりたいと、思っています。 早いことがなに?と、開き直って問いかけられたら、明確な回答は ないのですが、小さなうちの経験は財産です。 お金や物で残すものはないけれど、経験という今のこのときでしか できないことを、してやれる時間が与えられたということに感謝して 私はちびの経験値を広げてやりたいと思っています。 それは、私の子育ての基本方針で、子らにも、同じように思ってきました。 そしてその時代の自分ができうる限りのことをしてきたつもりです。 それが、彼らの財産になったかならなかったかは、判りませんが、 どこかに行った時、あ、ここはね・・と、大人として子供に話して聞かせて あげられる事柄のひとつもあれば、それで私は満足です。 足を砂まみれにして、ビーチの娘の処に戻ったちびはVサインしてましたから 彼は彼なりに、パラセールを楽しんだということなのでしょう。 よかった・・・・ しかし、海はこれから、今からが本番です。 私の長い一日はこれからが、佳境に入ることになります。
さて、美ら海水族館を出てから、しばらくの間は右手の海と併走しながらで
とてもいいかんじでした。 水族館の興奮も冷めやらず、あーだ、こーだと話もはずみ、ちびもいつの間にか ちゃんと話の中に入って、自分の気持ちを告げれるようになっていました。 しかし、気が付くと前後の車の数が増えて、修学旅行の大型バスも何台も 連なっています。バスの乗客たちは疲れ果ててか、みんな眠りこけています。 そんなことを思っている間に、車は動かなくなっちゃいました。 国道とはいえ片側一車線の道です。抜けることもできず、なんとかこの渋滞を 乗り切るしかありません。 対向車線にも大型バス。京阪神地方の高校生はみんなここに、修学旅行に 来ているのかと思うような、勢いです。 反対側は、大きくえぐられた地肌に、ガジュマルの木が根元を露にして 鬱そうと生い茂り、かつてはここもジャングル?と、思わせるような 風景が展開されています。 たしかに、ここは、日本とは違う・・そんな気がします。 風も、空気も、山も海も、そして行き交う人の芯の色も、日本とは違うと 感じさせるものがあります。 万事休すと、家人は「ちぬまん」に電話を入れます。 ここは、ホテルまで送迎付きなので、飲んだくれたい家人にとって、 聖地のような居酒屋さんなのです。 土曜日に予約の「うら庭」も、そうで送迎付きというのは、酒飲みにとっては これほどありがたいお店はないらしいです。 お店の方も状況は判ってくれたらしく、ホテルに着いたらまだ電話くださいと 言ってくださったそうで、一安心です。 行きに立ち寄った「許田」インターの少し手前で、この渋滞が事故の ものであることが判りました。 ここを抜けると、また海沿いをスイスイです。 右手のかなたには「万座毛」が見えています。 ホテルの入り口から玄関まではかなり遠いです。 あとで判りましたが、移動は小型のバスというのも、うなづけます。 大型のスーツケースは空港からすでにホテルに届いていますから、身の回りの ものだけもって、8階のお部屋に・・・ 隣同士の二部屋です。 ANAインターコンチネンタルホテルは、真ん中が吹き抜けになっていて、部屋の 入り口が回廊になっています。透明カプセルみたいなエレベーターで、一気に 八階まで上がると、なかなか楽しいです。 お部屋は、広い!・・と、感激するほどではありません(笑) でも、セミダブルのベッドが二つと、テーブルと椅子。小さめのソファ。 深めのお風呂は、ブラインドを上げると、ベランダ越しに東シナ海が 目の前に広がります。 部屋のカラーは白とブルーで「海感」が一杯。 もちろんベランダからは海は一望できますし、左手にはビーチが開け、 真下にはガーデンプールが青々と水を湛えています。 右手には鬱蒼とした木々の間を縫って、小さな浜辺にでるようになっています。 あとでここは、ダイビングのポイントだと知りました。 ちびは、お隣のベランダとの近さに大喜びですが、目を離せません。 一休みして、「ちぬまん」に電話を入れると、今からすぐに来てくれるとの こと。みんなで再びフロントロビーに・・・ ロビーの真ん中が、ティールームになっていて、その向こうに大きく海が開けて いるのですが、その海を自分だけのものするかのように、窓ガラスに向けて、 何脚かのオットマン付きの椅子と、大きな丸い果物入れのような形をした椅子が 設えてあって、その果物かごの中には、大少のソファがあり、とてもいい気持ち でリラックスできます。 滞在中はここで何度もリラックスしました。 夜は夜で、暗い海の空にまたたく星の美しさに、見とれてしまいます。 「ちぬまん」は、車で5分もかからぬところにありました。 思っていたよりは小ぶりの店で、何組かの先客はいたようですが、そう混み合って いるとは思えません。 座るなり息子が 「ソーメンチャンプルと、ゴーヤチャンプル。それからラフテーと あぐー豚のソーセージ。あと、島・・・・・」 最後のほうはよく判らなかったのですが、いろいろとオーダーしています。 「あなた、沖縄料理よく知ってるの?」 あとで私が聞くと 「いや、東京には沖縄料理店が沢山あって、飲み会なんかでよく行くしね。 どうせ、どれにしょう?あれにしょう?って、すぐに決まらなかったら、 怒るでしょ?・・・なら、まずオーダーしたほうがいいかなって。」 ・・・・む。。先読みされたことは悔しいけれど、さすがはわが息子です。 私の性格を熟知しておりますな。(笑) 家人と娘はまずオリオンビールで、息子は梅酒のなんとか割り。私とちびは さんぴん茶で「かんぱーい!」 ソーメンチャンプル・・・そーめんの炒め物という概念から、私の選択を 外れておりましたが、これが案外美味しい。 べちゃべちゃしておらず、失礼ながら沖縄自慢の「ソーキそば」よりも ずっとこっちの方が美味しいと、私は感じました。 ゴーヤという食べ物とは、ずっと相性が合いませんので、そこはスルーして 店先に行くと、赤や青の原色魚が並んでいます。 「これはどうやって食べるんですか?」 瀬戸内育ちの私には見たこともない魚たちです。 しかも、つい先日、ネットニュースで「青ぶだい」の食中毒で老漁師さんが 亡くなったというのを見聞したばかり・・ 「焼いてもいいけど、ここいらではバター焼きにしてニンニク和えで たべるさ」 「じゃ、それで。」 一緒に覗き込んだちびは「ボク、まぐろ!」 ・・・・あんたはどこでもマグロなのね。・・・・・ 幸いにもガラスケースにマグロの赤身が一冊。 これをお刺身と握りにしてもらって、ちびも満足。 ラフティーもホントに柔らかくて、箸で簡単に千切れると、ソーセージも 美味しいのですが、この魚のニンニクバターソースが目の前に どんと出てから、ここ沖縄料理のカロリーの高さにしばし唖然・・・ なんにでもバターと、ニンニク。そしてラード。 これじゃあ、成人病罹患ナンバー1っていうのも頷けます。(もし、間違いなら ごめんない。) 息子は今、お酒売り場で責任ある立場になっているらしく、日本酒だけでなく ワインや泡盛、いろいろお酒の薀蓄を垂れて、それを嬉しげに聞き入る家人。 娘は、ほろ酔いなのか、そんなフリだけなのか(家人いわく娘はウワバミだそうで 少々では酔わないと断言しております。)壁にもたれかかって、いい気持ちげ です。 家族総出で、ほんのりまったりとした幸せの時間です。 時がゆらゆらと、波打つように各人の間を抜けていくようで、これが いつかは「思い出」という名前の、財産になって残っていくのだなと思います。 だから、このひと時がとても大切に思えてきます。 ヨッパライはすぐ忘れてしまうでしようけれど・・・(笑) お勘定を終えて、外にでると小雨がぱらついているというのに、屋外の 外野席には酒盛りをしいるグループもあります。 みんなにぎやかで、楽しげですね。 ホテルまではまたまた送っていただけます。 さて、では大浴場にと、それぞれが準備しますが、なんと家人はいつもの ように酔っ払って寝ていますし、息子も 「オレ、もうだめ。おやすみ」と、隣の部屋に消えました。 ヨッパライを張り飛ばして(笑)隣の部屋に追いやり、私と娘とちびはお風呂に 向かいます。 リゾートホテルのお風呂ですから、温泉地とは違いますが、浴槽にクジラの絵が 書いてあって、なかなか楽しいです。 ジェットバスも豪快。 脱衣所の施設もなかなかよいです。 癖のない化粧品が好感度アップ。 さて、第一日目の夜はようやく終わろうとしています。 隣のベッドでは娘とちびが静かな寝息を立てています。 レースのカーテンさえ全開にしたガラス越しのベランダの向こうは たゆたゆと続く南の海です。 潮騒こそ聞こえませんが、海の底の魚たちや、甲殻類や、珊瑚の 吐息が感じられるような気さえします。 明日は朝からマリン三昧。 私もそろそろ寝なくては、明日のエネルギーの備蓄ができません。 何しろ、省エネ坊主が一緒です。 自分のエネルギーを無駄に使っていたのでは、とても体がもちません。 本日は「みんなの沖縄 3」に続き「4」が始まります。
前回、家人と二人で行った時は、駐車場が一番奥まったところだった為
車を降りてそのまま、水族館に入りましたが、今回は正面に一番近い場所に 停めましたので、正々堂々(?)表玄関から入りました。 正面はキラキラと東シナ海の、青が何層にも輝く海、海、海です。 はるかな水平線の、ほんの一瞬のところに、島か岩かと思うばかりの 突起があって、ここが大小いくつもの島からなる「国」であることを 実感します。 それにしても、この海の美しさは、なんと現せばいいのでしょうか。。 私は島国の生まれですから、すぐ傍に海を見て育っていますが、この海の 青と白の美しさには、ただただ見とれるばかりです。 「すごいね。」 私の隣で、ちびも目を輝かせながらつぶやいています。 こんな、いたずら盛りの4歳児でも、「美しいもの」「大きなもの」には 自然と敬意を払うことができるのですね。 それが、嬉しくもあり、この感性を大切に育ててやりたいものだと、しみじみ 思いました。 入り口の階段を下りると、大きな噴水があってそこを右に曲がって、しばらく 歩くと、水族館の入り口が見えてきます。 園内には電気自動車が走って、その昔、沖縄海洋博跡地の公園でしかなかった この地に、まだ幼かった息子と娘を連れてきたことを思い出しました。 当時はあちこちに「ハブに注意!」の立て看板が立てられ、「なんて怖ろしい ところ」と、思ったことがありますが、今はそんな看板は一枚もありません。 その時、一緒だった夫はいなくても、家人と、そして今回の主役のちびが 増えています。 それを思い返すだけで、私の人生は「特盛り!」と、言ったところです(笑) 入り口にたどり着くと、ちょうど「オキちゃん劇場」の始まりのアナウンスが 聞こえました。 野外のプールに設えた、イルカたちのショーですが、これがなかなかのアクター 揃い。 そして、調教師さんたちも名伯楽なので、とても楽しいショーです。 巨体を空に翻しての、ダイビング。連なってのスイミング。 かなりの技に、周囲の歓声も高まるばかりです。 その時、隣に座っていた息子が、ぽつりと 「ここは、いったいどこの国なんや?」と、苦笑い。 それで、初めて気づきました。 この歓声、なんだかヘンだなと、思っては いたのですが、よーく聞くと、何を言っているのか、さっぱり判らない。 殆どが中国語で、中に韓国語が混じっているそうで、日本語は殆ど聞き取れない とのことです。(息子いわく・・) そう言われて周囲を見回してみると、確かに、中国や韓国などの人がやたら 多い。 日本人で目立つのは、修学旅行生ばかりです。 もっとも、今日は木曜日ですから、それもアリでしょうか。 イルカスタジアムの後ろの売店の「やしの実ジュース」は、前回試飲済みで 正直、もう二度と飲みたくないと思っていましたのでパス。 そのまま、水族館入り口に向かいました。 そもそも、こんかいの沖縄の旅は、この水族館の大水槽の前で、ちびとお茶を 飲みながら、マンタやジンベエザメを見たいと言う私の希望から始まったことです。 ここを楽しめなかったら、もうこのまま帰ってもいいです。・・・くらいに 私は思っていました。 入り口入るとすぐに、手で触れられる生き物のコーナーがあって、そこには 人の掌を二周りは大きくしたようなヒトデ。青く長い手足のヒトデ。 黒々とした一見針のような触角をもったクモヒトデが、静かに人間のちびっこ ギャングの襲撃に備えています。 彼らも気の毒です。「水の上にはださないでください」と、注意書きがあるにも 係わらず、子供に少しでも触れさせようと、ヒトデをがばっと水から持ち上げて 手元に寄せてくるおばあちゃん。 あーやだやだ。。決してあんなおばあちゃんにだけはなるまいと、秘かに自戒 しながら、ちびに、触ってごらんと促すのですが、いたずら坊主なのに小心者の ちびはなかなか手を出そうとしません。 そこで私が先に、指でクモヒトデの黒い先をツンツンとすると、おそるおそる・・・ それから、他のヒトデたちにも・・(あぁぁぁなんて臆病者・・・) しかし、それから慣れたのか、暗い水族館内を先にたって探検しまくりのちび。 初めて、地元の水族館に連れ行ったときに、水槽から寄ってくる魚が「怖い」と 泣き叫んで、同じときに水族館見学に来ていた老人施設の車椅子のおばあさんに 「あらら。。この子。泣いとるわ。」と、嘲笑されたことが昨日のように 甦ります。 暗いゾーンには、パニック映画の主演を張れそうな大きさの、伊勢えび。 きっとお刺身にしたら100人分はあるでしょう。。。食べたい・・ あまりに可愛げのない大きさのうつぼ。 どこが頭か尻尾かみえない、大うなぎ。 なんだこのゾーンは・・・・ そして、いよいよメインの「大水槽」にやってきました。 コースに沿って歩いていると、三階からこのゾーンに入ることになります。 水槽の正面にはゆるやかな螺旋階段になっているスロープがあって降りきると 水槽のまん前に着くようになっています。 平日であることと、午後の遅い時間であることなどが幸いしてか、混み合って というかんじではありませんが、修学旅行生が目立ち、彼らは数を頼んでいます から、ざわざわとしています。 ちびは大興奮しています。 「あーちゃん。見てみて!ジンベイだよっ!」 見えますよっ。あんな大きなジンベイザメが見えなかったらどーする。 「あ、マンタ。ママ~大好きなマンタがいるよぉ」と、声を限りに 娘を呼びます。 へーそうだったのか。わが娘はマンタ好きだったのか・・ 「やめてよ。そんな大きな声は。。」苦笑いしながらも娘の目も キラキラしています。 大水槽には、巨大なジンベエザメやマンタを首魁に、もう何百種類もの魚たちが ゆらゆらと、たゆたゆと漂い、泳いでいます。 「すっごいね。。。」言葉もなく立ち尽くす娘や息子をそのままに 私と家人は隣接の喫茶コーナーに向かいます。 この水族館で私の一押しはここです。 水槽にぴったり接して、テーブルと椅子の席が何席かあり、そこに座れば お茶を飲んだり、軽食食べたりしながら、魚たちを間近で見られるのです。 いろいろな水族館に行きましたが、こんな風にゆったりと見られる処を 他には知りません。 ところが、そんなに上手くそのコーナーに空席があるはずがなく、 二番目の席で家人が待機しているのを横目に、私は飲み物を購入に・・ そして、調達して帰るとなんと、家人が水槽前のコーナーに座ってVサイン。 やったねぇ!!・・・・数少ない見せ場よねぇ(笑) 携帯で居場所を知らせて、呼ぶと、ちびはもちろん、息子も娘も大興奮。 なにしろ、足元にサメが休憩していたり、マンタがひし形の体を翻して 漫画チックな目を寄せてきたりするのです。 ジンベエザメのお腹にはコバンザメが何匹もくつついたままです。 目の前を横切る、クエがぎょろりとその濁った目をこちらに向けます。 名前もしらない白地に黒の魚の群れがこちらにむかってはUターンを 繰り返しています。 そして、とうとう足元では、休憩中の白サメの尻尾を、同じ白サメがぱくりと 咥えて、少しづつ咀嚼し始めました。 「うわぁ・・・食われてる。食われてるよぉぉ。」ちびは、見たことのない 展開に大騒ぎです。 自分の足元、ガラス一枚向こう側でのドラマです。 大人もそれに釘付け・・・・ 結果が知りたいのですが、そんなにほいほいと食べるわけではなく、しばらく じっとしては咀嚼を繰り返し、少しづつ噛み進んでいく・・そんなかんじです。 それをガラスを隔てて、私達はジュースを飲みながら見ている・・・人間って 残酷・・(そりゃ、オニババ率いる軍団だもの。。。) 「すごいね。ここ。海遊館より大きいとは判ってたけど、比べ物にならんわ。 それに、このコーナー。いいねぇ。こんなかんじで見れるところは、確かに ないわね。」と、娘。 息子は寡黙にジュース片手に水槽を見ていますが、満足しているのはその 様子でわかります。 ここの、この場所はあまりに楽しくて、唯一、動きたくなるのが欠点なのです。 いつまでいても、楽しい場所・・・素敵ですよね。 「竜宮城みたいやね。」と、ちびにふると「うんうん。」と、何度も頷きます。 心を残しながら、そこを後にして、出口に向かいます。 「また、来たいねぇ。」と娘はちびをそそのかし、ちびは「うん。 また来たいっ!」と、母の心を知ってか知らずか踊らされております。 どこの施設でもそうですが、出口はおみやげ売り場と相場は決まっています(笑) ちびはそこで、幼稚園のお友達とお絵かき教室のお友達のおみやげを買い、 自分のために、青いジンベエザメとオットセイの縫いぐるみを購入。 私も張り合って、マンタの縫いぐるみをゲット。 もう時間は夕刻に迫っています。 帰りがけに、正面前で息子が、前に来たとき、ここから海に向けて海中展望塔が 立ってたよね。このあたりと思うんだけど・・と、言い出します。 もう、30年近い前のことを、なんで私が覚えているはずがあるか・・・ とは思いつつ、そこを確かめにいく息子と一緒に海に向かっていくと、途中で 海がめのゾーンに入ります。 5,6頭はいるでしょうか・・・ これなら、浦島太郎も絶対乗れるというほどの大きさです。 甲羅はきれいな亀甲模様で、鼈甲にしたらさぞやと、つい密猟者の気持ちに なってしまったことを反省。 息子の感傷(こやつは、センチメンタルな人間なのです。本質は・・)に、 適当に合図して、私は亀に夢中。 そして、車に戻ると、あとはホテルに行くだけです。 今夜は、地元の「ちぬまん」という居酒屋さんに予約を入れています。 しかし、予約時間に間に合わないかもねという時間になっていますが、 そこのところは、家人がなんとかするでしょう。と、楽観的な私。 帰りのハンドルは娘が握ります。
日曜日に沖縄から帰ってきました!
今回は、行く前からいろいろな出来事が重なり、「よもや」と、思ったことも 一度や二度ではありませんでしたが、それでもなんとか計画通り、楽しめたので 私はとても満足しています。 ご存知のように、娘夫婦との確執は以前にここに記しておりましたが、私が ちびと約束している沖縄にはどうしても行きたいと言うと、家人がそれなら 沖縄に関する記事は、行って帰るまで絶対に書くなと言われ、それもそうだなと 珍しく納得し、私自身で封印してきましたが、もう、今日、只今をもちまして 「バッサリ」とその封印を解きました(^^) はい。もちろん、今までの我慢と思いの丈を綴りますわよ。 と、前置きはこれぐらいで、まずはいつものように、沖縄旅行の顛末からの 始まりです。 5/17 この日は4時起きです。 私の住む地域からも沖縄便はあるのですが、一日一便。しかも行きも帰りも 昼出発ですから、なんとも勿体ない。 そこで調べに調べて、広島空港からは午前、午後便があることが判り、広島発に 決めました。 朝、8:30発ですから、自宅を5時には出て、娘とちびを迎えに行かなくては なりません。 しかし、この季節、5時と言っても、明るいものですね。 娘宅に着くと、寝たまま車に乗せると思っていたちびは、元気溌剌。ランランと スキップで近寄ってきました。 婿殿は、お祖母さんの容態がよくないので、今回は不参加ということは、前もって 聞いていましたが、なんという偶然か、先週の木曜日にお亡くなりになってしま われました。 もちろん、もうキャンセルしていましたので、今回もこのまま不参加です。 車の中でもちびのテンションはあがりっぱなし。 SAでも、おやつどころではありません。 空港に着くと、朝が早いせいか割といいポジションに車が停められ、大型の スーツケースと、小型のスーツケースを家人とちびがそれぞれに退いて歩く 姿は、なかなかいいものです。 わが家族の間ではちびは「小家人」と呼ばれているほど、なんでも真似ています。 はい。いいことも、悪いこともです。・・・・・ 空港カウンターで荷物のチェック。 なんでも珍しく、やりたがりのちびは家人から離れません。 大型スーツケースは、ここから直接ホテルに送ってもらいます。 そして、チェックインを済ませると、「お腹が空いた」と、空港内の喫茶店に。 「あんまり時間がないんで、和定食」 「それは時間がかかります。」 「ホットケーキ。」 「それも・・・」 そんなこと言ってる間に、時間はすぎていきます。 スクランブルエッグが一番早いとのことでそれに決め、その間にトイレタイムを 取っていると、あらら・・・のんびり食べてる場合じゃないよ。 早々に、登場口に行くと、空港のおねーさんが「沖縄便のお客様はいらっしゃい ますか?」と・・・ 「はーい」と、元気よく手をあげると 「お急ぎください。間もなく出発します。恐れ入ります。沖縄便のお客様が いらっしゃいますので、お先にお願いいたします。」と、並ぶ乗客さんを 制して、私達を先導してくれます。 並ばないで済むのは有難いけど、これはこれで恥ずかしいです。 ・・・す、すみません・・・・ と、言いつつ、左右の人に頭を下げ、私達は無事ゲートをくぐり、機内に・・ 一日二便の代わりに、この機体はかなり小さくて、左右に三席づつになっています。 もちろん、私達が最後・・です。 「あー。Sみたいにしちやったね。」と家人は苦笑い。 いつも飛行機利用の息子は、私と同じで並ぶことが大キライですから、最後の 搭乗者ということはよくあります。 それを、非常識と批難していたの私達が、朝ごはん食べたいばかりに、同じこと やっちゃいました。 ちびは初めての飛行機ですから、窓に顔をくっつけて外を見ています。 いつからか、飛行機は乗るたびに、チープになっていくようです。 機内の軽食がなくなり、週刊誌がなくなり、コーヒーがなくなり(お茶と りんごジュースはありました) 新聞すらもなくなっていました。 格安航空機が、料金を思いっきり値下げして、必要なものはその場で お金を出して買うという形にしたのは、それはそれでありだと思います。 でも、私のような世代の人間にとって、スチュワーデス(これも死語に なって久しいですよね。笑)が、飲み物や食べ物のサービスを、きれいな 身の振るまいでしてくれるというところも、飛行機の魅力のひとつでは あったのです。 スチュワーデスから、エアーホステス・キヤビンアテンダントと名前が 替わる度に、飛行機から「優雅な接客」という言葉が剥がれ落ちたような 気がするのは私だけでしょうか? 仕事で飛行機を始終利用しいる人や、出稼ぎやお金儲けのために、遠い 国からはるばるやってくる人たちには、そんなサービスは必要ないかも しれませんが、ごくたまに、ささやかな楽しみのために、これを利用する 私のような顧客も、存在することをぜひ、飛行機会社さんにも知っておいて いただきたいものです。 それでもちびは、子供用のおみやげの組み立て飛行機を貰って、大満足の 様子です。 二時間ほどで、那覇空港に到着しました。 外は雨です。この時期、沖縄が「梅雨」と知っていましたから、残念とは 思いませんが、なにしろ「風災害のR」こと、娘が参加しております。 初日からの雨・・・これもありでしょう。(--:) 荷物を待っている間に「あっ!」という家人の声。 この声だけで判りました。 「んもぅ・・今日はいったい何忘れたのよっ!」 「メ、メガネを座席ポケットに・・」 本当によく忘れます。 車のキー。サイフ。メガネ。iパット。帽子。・・・しかしながら、 忘れても、忘れても、これがまた出てくるんです。だから、懲りないという 悪のスパイラル・・・・ 案内口で問い合わせると、確かにあります。 でも、お届けにはあと30ほどかかりますとのこと。 「もういいよ。サングラスあるから・・」 「何言ってるのよ。サングラスで夜運転できるの?」と、いつもの 小競り合い。 そこに、5分あとの、東京発で着いた息子がやってきました。 ちびは、真っ先に見つけると、どーんと、体ごとぶっかっていきます。 「何してんの?」 顛末を話すと、「じゃ、お茶でも飲んで待ってればいいじゃん。30分 なんてすぐだし。」と、いうことで、私達四人は四階のティールームへ。 さすがにANNです。20分もしないうちに「待たせてごめーん。」と 家人はやってきました。 那覇空港にはレンタカー会社のバスが待っていて、それにのって5分くらいの 営業所に行くと、恥ずかしいような青色のステップワゴンが待っていました。 沖縄の「わ」ナンバーの車には、なぜかこの青色が多かったのですが、 これって売れないからレンタカーになったのでしょうか? はっきり言って、お金だしまで買いたいという色ではなかったですね。 ただし、車自体は広くて清潔でとてもよかったです。 そして目指すは「美ら海水族館」です。 混み合う市内から高速に乗ると、スイスイと車は進みます。 ここから「許田」ICまで進むと、もう先は高速はありません。 ここで降りて「道の駅」で、水族館の二割引チケットを購入。 これは前回、家人と二人で来たとき、地元の方に教えてもらった お安い購入方法だとかで、今回も同じように・・・ この「道の駅」は、おみやげや食堂も何軒かあって広いので、ここで 昼食です。 もちろん、ここに着たからには「沖縄そば」 スープが少ないのが玉に瑕で、本音を言えば、そんなに好きではない のですが、郷に入ればなんとやら・・・ 私と娘はスペアリブを煮込んだ「ソーキそば」。家人と息子は三枚バラ を煮込んだ「沖縄そば」 早々と食べ終えた私とちびは、おみやげものやさんをぶらり。ぶらり。。 外では、様々なサーターアンダギーが並べられており、これもチョイス。 これが、案外美味しかったですね。 外はカリカリ。中はしっくりってかんじ。 黒糖とくるみを購入しましたが、私はくるみが好みです。 でも、ここのがあまりに美味しかったので、この語いく先々で、私は サータアンダギーを買いまわることになりました。 海辺の58号線を走り続けていると、やっと見えました。 「美ら海水族館」・・・・沖縄海洋博跡地だけに、広大です。 私の今回の旅の目的の第一はこの「美ら海」に、ちびを連れて来たいと いうことでしたから、着いたときは感慨無量でした。
母の日が終わりました。・・・と、言っても私の母はもう亡くなって14年に
なります。 私は一人っ子でしたから、幼い頃の自分の世界には父と母しかいませんでした。 父と母は幼馴染でしたが結婚したのは日本がかの世界大戦に敗北してから三年目。 当時の日本の国には、戦争の影響で適齢期の男性の絶対数が極端に少なく、 正直言って、こんな時代でなければ、母は父を選んでいなかったと、私は今でも 思っています。(笑) 色が浅黒く、早くに母親を亡くしていますから、当時の女性の身だしなみや 常識に欠けるところはあったと思いますが、元気で男勝りというのが、 その頃の母の「持ち味」だったことは、近所の友達であった父の姉妹たちや 父方の祖母から聞いています。 母は私と同じ一人っ子で、母方の祖父と二人暮らしでした。 結婚してからも自分の実家の隣に住むようにしたのも、そういうことの 配慮からだったのかもしれません。 でも、その当時の女の多くがそうであったように、母も娘から嫁に呼び名が 変わった途端、「嫁・姑戦争」の真っ只中に放り込まれることになりました。 なにしろ、うちの祖母ときたら、自分の浮気が原因でのバツ一。その後も 男性をとっかえひっかえ(笑)。 復員してきた父が赤ちゃんを背負っている妹を見て「何処の子だ?」と聞いたら 「妹の○○子よ。」と、応えたというくらい自由奔放に生きた人でしたが そういう人のご多聞に洩れず、自分には甘く、他人には厳しいというのを絵に 描いた様な性格でした。これは、私もよく見聞きしております。 こんな姑に嫁しづいて、上手くやれる嫁はまずいないでしょうけれど、もちろん うちの母もその他大勢の口でした。 戦争で焼けた家の代わりと建てた、二間の掘っ立て小屋みたいな家に、若夫婦と姑。 そして赤ちゃんを含む5人の妹。 隣の部屋で寝ていると、エッヘン、オッホンと意味のない咳払いを繰り返し 自分が外出するときは、米びつに印を入れて、帰ると必ず確認していたという ツワモノ姑です。 後年、この祖母には母も私も振り回されました。 もちろん、母のほうが私の数倍彼女の面倒見ていましたが、彼女は母よりも ずっと後に94才で大往生いたしました。 生前の行いなんて、エンマ様でも騙されることがあるんですねぇ。。。 妹たちが嫁ぐことになって、なんの仕度しないわけにはいかず、自分の 持ってきた箪笥や鏡台をひとつづつ持たせて、幼い下の妹たちの学校に 父兄として参加したり、当時の嫁としては当たり前かもしれませんが、 私には、かなり理不尽なことに思えました。 もっとも、私は両親の遅い子で(隣の部屋の祖母があの調子でしたら なかなか子供に恵まれません・・というか作れません。苦笑)こんな ことを私が理解した頃はもう母もいい年になっていました。 妹達が結婚したり、学校を卒業したりして、やっと人並みの生活を手にする 頃、わが父はギャンブルに嵌りこみ、それも元来の小心者ですから、 自分だけでなく、母も連れて出かけていくのです。 父が母も好きなんだから・・という名目を作りたいという意図を知ったのは ずっと後のことです。 私は小さい頃から、自分で言うのもなんですが、本が大好きでいつも本を 読んでいる子でした。そのまま成長して、今は、いつも本を読んでいる おばさんになりました。(^^) でも、それだけに小生意気な子で、いつも父のことはもちろん、母のことも 冷ややかな目で見ていました。 私が中学生の頃は、学生運動真っ盛りの頃で、父は本気で、このままでは 私が全学連にでも入るんじゃないかと心配していたようです。 ・・・ま、その心配は浅間山荘事件でなくなり、私は立派に「過激なおばさん」に なりましたけどね。 私は自分が親に対してしてきたことを、決して褒められたものではないことは 自覚しています。 たったひとりの子供でありながら、時には他人よりも冷たい視線で接して いたこともあります。 でも、そのことを今になっても父に対して後悔はしておりませんが、母には もう少し判ってあげてもよかったかなと、思い返すことはよくあります。 自分を主張する術を知らず、ただ夫に寄り添っていることでしか生きられないと 思い込んでいた母は、ある意味その当時の日本の女性の縮図です。 私は、そんなことはないと何度も説得し、あまつさえ離婚を勧めたことも ありますが(・・はい。とんでもない娘です。)自分が、だんだんと 母の亡くなった年に近づくにつれ、この母のことを息子や娘に伝えておきたく なりました。 特に、息子は極めつけの「ばあちゃんっ子」ですから(今でも帰省のたびに お墓参りを欠かしたことはありません)この母の生涯を、伝えておいても いいかなという気がします。 生涯と言ったって、大それた事をしたわけでも、もちろんたいした事を したわけでもないのですが、息子や娘にとってはルーツです。 私が判っていることだけでも、きちんと伝えておきたいなと、1年ほど前から 思ってきました。 もちろん、いいカッコしぃの私が残す文章ですから、ちよっとばかり、格好 つけたところもあります(笑) でも、概ね、事実だけを残すつもりです。なにしろ読者はたった二人。しかも 肉親ですから、今更格好つけてもね。(自爆) これを、母の日にと思いつつ、実は今年も間に合いませんでした。(^^:) 私もまだ当分は死にそうにもありませんので、いつかは間に合うと思って いますが、こんな私の一代記は、誰が書いてくれるのか・・ 振り返れば、誰もいなかった・・・ですね(笑)
昨日と今日が同じであることを「平穏」と言って喜ぶのがいいか
「平凡」といって、つまらなく思うのがいいかは、人それぞれでしょうが 私は、自分のことたぶん「後者」だと思っています。 GWも終わってしまえば、それまでと同じGWの思い出のひとつになって しまうのでしょうが、今年は高速バス事故に始まって、遭難、竜巻と、 これでもかと凶事が続き、いやな終わり方だったなと、私は思っています。 でも、考えることも多かったとも思います。 こういうことを言うと、批難もありかと思うことも承知で書きますが、 今の時代の価値判断が「安いか高いか」という、とても単純でしかも 安いことがすべての「値打ち」のような時代に対する警鐘ではないかとも 思えるのです。 高速バスは私達の世代では考えられないくらい普及して、私の住む街の駅にも 朝と夜はいろいろなツアーバスが溢れかえっています。 私自身も何回か利用したこともあります。 ツアーも路線バスもです。 特に「日帰りツアー」は、とても人気らしく、テレビでもよく特集を していますよね。 ・・・・たしかに「安い」。それは間違いありません。 利用者として、少しでも安いところを利用したいという気持ちも、もちろん よーく判ります。 でも、ものごとには、何事にでも「限度」というものがあります。 昔の人は「安物買いの銭失い」とか「タダほど怖いものはない」とか 言って、その限度を越えるこに注意を喚起していましたが、今は誰も そんなことは言わない。 その、安さのひずみがどこに来ているかを、ちよっと想像してみると、 怖くはありませんか? 少し前に、焼肉屋さんのユッケで死者を出した事件にしても、もちろん 被害にあわれた方はお気の毒ですし、彼の人たちになんの落ち度もないことは 確かですが、通常の焼肉店で、あの値段で「ユッケ」を出す店を、私は 見たことがありません。 知り合いを通じて、自宅に貰ったとか、コネで・・とても美味しい肉を わけていただいて、みんなで楽しんだ・・とかなら別ですが、お店を構えて 従業員も雇って、それであの値段で提供するなんてことは、まず不可能で しょう。 (その肉だけがその日の特別価格とでもいうなら、別ですが・・) 被害にあわれた方たちに、罪はありませんが、自分たちも自分を守る 本能を、少しは磨いでおかなければならないのではありませんか? 今回のバス事故の原因は今、追求しているところだそうですが、もちろん 運転手や、バス会社、ツアー会社に過失があることは明白なのですが、 自分たちも、車を運転して高速道路を走った経験のある方は多いでしょう。 その人たちが、そのバス価格を安いだけで選んだとしたら、無念です。 高速料金。ガソリン代金。人件費。・・・細かなことは判らなくても これくらいの想像はつきます。 でも、これは今の日本の国全体の流れであることは間違いありません。 私は以前にも、このブログで言ったこともありますし、常々家族には言って おりますが、今の日本のこの経済低迷の一端は、ユニクロと百円ショップに あると、固く信じています。 もちろん、この二社になんの恨みもありませんが、この二つが日本人から 「選択」とか「見る目」とかを奪い取ったと思っています。 そして「個性」も・・・・。 なんでも百円で買えるお店。 同じ色で同じ型のパンツやTシャツが色違いでずらっと並ぶ衣料品店。 家人は大好きですし、わが娘も、大きなショップに入れば、ほっとけば 一日中でも遊んでいるかもと、思うぐらい好きです。 他のお店と比べるものといったら「価格」だけです。 品の質や、風合い、使い心地、味わい、自己満足・・そんなものは、 そこにはありません。 いくらテレビで、日本の職人さんの技術の高さや、優秀さをたまにアピール しても、今の殆どの日本人はそれをテレビの中だけにしてしまって、自分が それを得ようとはしません。 なぜなら、目に見えるもの、数値として表示されているものでしか、比較と いうことができないからです。 これを産み育て、助長してきたのがこの二社だと私は今も固く信じています。 私のこの偏向を、家族も笑いますが、同じ1000円のパンツを買うなら、 ユニクロには行きません。 どうしても1000円しかなくて、何かを買わなくてはならないなら、 まずは、デパートでも洋品店にでも言って、お買い得や目玉商品を探し それでもないなら、手芸店に行き、手持ちのものになにか細工することを 考えます。(自分で作るほどの腕はありません。) ま、私が何をどうするかは私の勝手ですし、こんなことを言うと 「じゃ、お前は安いもは買わないのかっ?」って必ず言う方がいるのですが 私も安いほうが好きです。 好きに決まっています。 ただ、それだけに流されたくないと言っているのです。 バス事故から思わぬところに逸れましたが、ユニクロさんや百円ショップ さんに、個人的恨みは何もありません。 私のような、ゴミのような一人が買っても買わなくても、なんの痛痒も ないでしょうが、単に、いじわるおババの片意地です(笑) 昔、長谷川町子さんの原作で、青島幸男さんの「意地悪ばあさん」と いうドラマがありましたが、あんなばーさんにはなりたくないと、その 頃は思っていましたが、なってみると、案外いいものですね(笑) 五月というのに、どんよりとした雲を見ていたら、いやなことばかり 思い出しそうなので、今日はこれで、お・わ・り・で・す。
なんやかやと言う間に、世間様はGWに入って、5月の声を聞きました。
ここで「ダイエット宣言」をしてほぼ二ヶ月。(ほんとはもうちよっとありました けど・・) 宣言通り、なんとか二桁台に乗りました。これも皆様の声なき声援のおかげ。 いやいやこれは嫌味でもなんでもありませんよ。(そういう理由付けが十分嫌味と いう声もありますが・・笑) ここで、一旦中断して、6月に入って、再び再起動する予定です。 なにしろ、寄る年波です。 若い頃のように、猪突猛進。はい転倒!・・なんてことしてたら身がもちません。 まずは、自分に「有言実行」を実践できるかどうか試してみて、それから 次へと、思うようになったのは、齢を重ねた余裕なのか、はたまた、言い訳 なのか・・(^^) ま、ちよっと自慢させていただくと、家人は私の頑張りには、ちょっと驚いた ようです。 しかし、古い友人や娘は、なにしろ付き合いが長い。 言えばやる。やるときは意地と見栄にかけてやる・・・と、言うことは もうすでに承知のこと。 「やった!」と、伝えても、「ふーん」という反応。 これが、ちょっと面白くなかったりして、乙女心は複雑です。え?乙女って誰 だって?・・・(無゛) 宣言してから今日まで、外食主体の我が家の夕食は、基本「家食」になりました。 メインは「魚」 おかげさまで、瀬戸内の海の幸に恵まれた土地に暮らしております。 特にこの時期は、魚が美味しいったら・・・鯵もひらめも鯛も舞い踊って いるようです。 それに、ここに生まれ育った私です。 お魚の目利きにかけては、ちょっと自信あり。失礼ながら魚屋さんや漁師さんの 言いなりにはなれせん。 鯛は一匹買いすると、片身はお刺身用の短冊にして、その半分をその日のうちに いただきます。あとの半分は、昆布の切れ端一枚載せて、冷蔵庫に寝かせ、 翌日いただくと、これがまた身が締まって美味しいのなんのって・・。 お刺身の残りは切り身にして、煮付け、焼き物。酒蒸し(これがまた簡単。 美味しい)。そして鯛めし。 鯛飯は、沢山だと一匹を炊飯器でということになりますが、二人程度なら 骨のついた切り身で十分。 しかも、切り身なら、身離れもよく、我が家のような酒にまみれた酒仙人の ぼーっとした目でも、骨の心配なしに食べられるんです。 あこう鯛も、我が家の定番ですが、今年はなんと言っても、「貝三昧」 瀬戸内の「たいらぎ貝」に始まって、赤貝、にし貝、さざえ、そして今は、アサリの 最盛期ではありませんか。 アサリ以外はお刺身がメインの生食。 アサリは大粒を選んで、やっぱりバター焼きが一番。昨日もしました(^^;) この海辺の街のいいところは、なんと言っても、これらのお魚の美味しいことと お安いことです。 東京や大阪の人たちが、目を疑うような価格のこれら海の幸を毎日味わえる 幸せは、私よりも家人のほうが身に沁みているらしく、口を開けば 「こんな美味しいもの毎日たべていいんやろか?」 ・・・・・・ふっふふ。。死にますって。 お魚には罪はないけど、それを文字通り肴に、日々飲み暮らしているあなたは きっと「アルコール過剰症」で死にます。 でも、我が家はお魚だけでなく、お野菜も信じられないくらい摂るように なりました。 なにしろ、私の主食が「野菜味噌汁」ですから(笑) 野菜と茸は冷蔵庫の野菜室にいつも満杯ですが、最近は朝に自家製野菜ジュースを 飲むようになってからは、ベランダのプランターに、パセリとチシャを育てて います。 りんごとバナナをメインに、人参、レタス、紫蘇、それにプランター野菜。 ヨーグルトに豆乳で作るジュース。 もちろん日々野菜と果物は微妙に変わりますので、お味も微妙に違います。 そしてこれがまた、スリルとサスペンスに富んで、面白いというか楽しみと いうか・・・(笑) そんなこんな、非常に健康的な毎日を続けておりますが、それなら もっと続けなさいよという声も聞こえますが、なにしろ私は 趣味で、料理している人です。 自分で言うのもなんですが、作るのは早いと思いますし、味の失敗はまず ない・・・ことはないですが、ほんのたまに・・。 品数も6~7品は毎日並べます。 しかし、これも、趣味で゛やっているから出来るのです。 これが、仕事になったら、もういやです。なにしろリタイヤ主婦ですから 復帰など考えたくもありません。 これだけ続けると、もうちよっとお休みしたくもなるのです。 もちろん、これも正しくは、自分のダイエット計画の流れからなの ですけどね。 そんな5月の始まりは、急に上がった気温と共に、私にやる気と、生気を 充填してくれるようです。 やっぱり、私は「夏の女」です。
これは、全くの私見にすぎないのですが、動物がらみの死亡事故がこうも
立て続けに起こると、なにか天変地異でも起こる前触れではないかと、 思ってしまいます。 それは、まだ東北大震災からそれほどの時間がたっていないからか、 それとも、単に私が「古い人間」だからなのか・・・。 私・・・本当は、動物パニック映画って好きなんです。 こんな時に、こんなことをかくと、本当に「不謹慎」なのですが、アマゾンで 大蛇に翻弄される「アナコンダ」とか、カナダの「シャイーン」なんて映画は 大好きなんです。 しかし、それもこれも、映画という虚像の中、故のことで、これが現実に 起こったとしたら・・・それは、まさしく身の毛もよだつことでしょう。 茨城の、ニシキヘビ殺人事件なんて、初めラジオで聞いたときは、「作り話」 かと思いましたもの。 そしてまた、ラジオニュースというものは、想像力を掻きたてるもので、 私の頭の中のスクリーンには、その光景が見てもいないのに、3D画像の ように立体的に、鮮明に映し出されるのです。 そんな夜をすごして、まだ日もやらぬ昨日は、昨日で秋田の「熊襲撃事件」です。 まず、吉村昭さんの「熊嵐」を、思い浮かべましたね。 あの小説は、とても薄くて、本当に事実だけを淡々と、その凄惨さと 驚愕を、並べているだけなのですが、とても重く、厚く身に迫ってくるのは 「本当のこと」という重さだからなのでしょうね。 それにしても、お二人の女性従業員さんの恐怖を思ってみても、その 人智も想像も越えたところにある「恐怖」というのが、想像できません。 人は誰しも、いつかは命を召されることは、避けることはできませんが、 その最後が、蛇や熊であるというのは・・・ちよっと勘弁願いたいと 思う私は、やっぱり薄情者でしょうかね。 こんな私こそが、いざといういう時、動物の餌になるのでしょうか? もしも、家人と一緒に時に、出逢ったら、家人は私を逃がして、自分が 先に餌になってくれるでしょうか? いいえ・・それはないですね(きっぱり) ヤツはこう言いました。 「ボクが餌になっても、きっとキミは逃げ切れないよ。走るのが致命的に 遅いからね。だから、キミが餌になってくれれば、ボクなら逃げ切れる。」 なんだか、説得力ありすぎて、ウンウンと頷きそうな自分を抑えます。 私が餌になるなら、私は家人のその腕を掴んで離しませんよ。(笑) ええ。餌になるなら諸共ですよ。 そして、その蛇でも熊でもいいですけど、食べ過ぎて動けなくなると いいですよ。 そのうち、猟友会が来てくれます。 一人だけだと、丁度いい腹具合になって、ラクラク逃げ切れるかも しれないので、二人分・・・と、家人を説得すると 「なるほど・・」と、同意するって言うのは、いったいどんな了見なのか・・ ほんとに、摩訶不思議な人ではあります(笑) 事故に遭われた方たちには、お気の毒としか言いようがないのですが 交通事故にせよ、こんな災難によせ、特別長生きは望みませんが、 延命処置も全く、望みはしませんが、やはり布団の上では死にたい。 最後に見るのが、蛇の鱗ではなく、熊の剛毛でもなく、白い天井であれば ・・・幸せ・・・です。
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